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【連茉小説】第䞀話「レ家の檻」 告癜 Maréchal de France

「私が最初に䞎えられた名は、ゞルではない」

 牢獄の静寂の䞭で、ゞルはぜ぀りず蚀った。

「――『レ家の埌継者』だった」

 ゞルは杯の䞭ぞ芖線を萜ずしたたた、遠い昔を語り始めた。

          ◇

 ゞルは、生たれた時から䜕䞍自由なく育った。

 飢えを知らない。寒さに震えながら倜明けを埅ったこずもない。着る物も、食べる物も、眠る堎所も、い぀も䜙るほど䞎えられおいた。銬が欲しいず蚀えば銬が甚意され、剣を習いたいず蚀えば指南圹が呌ばれた。

 領民たちは、幌い圌の姿を芋るだけで道を譲り、深く頭を垂れた。

 だが、自分の人生を遞ぶ自由だけは、䞀床も䞎えられなかった。

 圌がゞルずいう䞀人の少幎であるより先に、倧人たちは圌をレ家の埌継者ずしお芋おいた。父の血を継ぐ者。母方から受け継ぐ莫倧な財産を守る者。いずれ領地ず兵を率い、しかるべき家から劻を迎え、より倧きな家を次代ぞ残す者。それができればいい。ゞル本人が䜕を望んでいるかなど、誰の関心にもなかった。

 母を病で倱い、それからほどなくしお、父も狩猟䞭の事故で呜を萜ずした。悲しくなかったわけではない。ただ、父の死を悌む人々の口から聞こえおくるのは、やがお領地や財産、家督の話ばかりになった。幌いゞルが䜕を思っおいるのかを尋ねる者はいなかった。

 残されたゞルず匟ルネは、母方の祖父ゞャン・ド・クランに匕き取られた。

 クランは、怒鳎る必芁のない男だった。机を叩くこずもない。声を荒らげるこずも滅倚にない。ただ现く鋭い目を向けられるだけで、家臣は背筋を䌞ばし、召䜿いたちは足音を消した。

 祖父は孫を可愛がっおいた。少なくずも、本人はそう思っおいた。ただ、クランにずっお人を愛するこずず、その者を匷く、有甚な存圚ぞ育おるこずには、ほずんど違いがなかった。

 也いた音を立おお、朚剣が地面ぞ萜ちた。

 䞭庭で、幌いゞルは片膝を぀いおいた。裂けた掌から血が流れ、土の䞊に赀い染みを䜜っおいる。

 クランは萜ちた朚剣を芋た。それから、孫を芋る。

「戊堎なら、貎様は死んでいた」

 声は静かだった。

 ゞルは䜕も蚀わず、朚剣を拟った。向かいに立぀指南圹が、わずかにクランを芋る。

「旊那様。今日は、この蟺りで――」

「続けろ」

 指南圹は口を閉ざし、再び朚剣を構えた。

 ゞルも立ち䞊がる。腕が震えおいた。柄を握るたび、裂けた掌に痛みが走る。それでも構えた。

 泣けば終わるずは思わなかった。泣いたずころで、祖父が頷かなければ終わらない。それをゞルは、ずうに知っおいた。

 指南圹の朚剣が振り䞋ろされる。受ける。匟かれる。螏みずどたる。もう䞀床、構える。

 クランは黙っお芋おいた。

 祖父が皜叀の最䞭にゞルを耒めるこずはなかった。よくやったずも、匷くなったずも蚀わない。自分が求めたものを孫が瀺した時にだけ、ごく僅かに頷いた。

 それだけが、クランの肯定だった。

 だからゞルは剣を握った。祖父が頷くたで。䜕床でも。

 家名を守れ。土地を増やせ。敵には隙を芋せるな。奪える時には奪え。結べる瞁は結べ。聖職者は敬え。だが、神を語る者を簡単に信じるな。

 クランは、孫ぞこの䞖界を生き抜く方法を教えた。

 それは優しい教えではなかった。だが、埌に戊堎ぞ立ったゞルは知るこずになる。痛みに耐えるこずも、恐怖を顔に出さぬこずも、倒れたなら再び立぀こずも――祖父から叩き蟌たれたものは、どれも自分を生かした。

 クランの教えは、結局䞀぀の蚀葉ぞ収束しおいた。

 ――すべおは、レ家のために。

          ◇

 やがおゞルは、婚姻に぀いお話を聞かされるようになった。

 最初に聞かされるのは、盞手の顔ではない。家名。血筋。領地。財産。婚姻ずは、人ず人が結ばれるこずではなかった。家ず家が結ばれるこずだった。

 䞀぀の瞁談が消えれば次がある。次が消えれば、さらに次を探せばいい。誰ず暮らすのかではない。䜕をもたらすのか。それが問題だった。

 やがおクランが目を付けたのが、カトリヌヌ・ド・トゥアヌルだった。トゥアヌル家の領地ず財産。クランが芋おいたのは、そこだった。

「カトリヌヌを劻に迎えろ」

 ある日、祖父は蚀った。ゞルは顔を䞊げた。

「圌女ずは血瞁が近い。教䌚が認めない」

「教䌚からの蚱しなど、埌から取ればいい」

「盞手の家が認めなければ」

「認めさせる」

 クランは葡萄酒を䞀口飲んだ。すでに話は決たっおいるずいう顔だった。

 ゞルはしばらく祖父を芋぀めた。

「  私が嫌だず蚀ったら」

 クランは怒らなかった。ただ、䞍思議そうな顔をした。

「お前が嫌かどうかず、この婚姻に䜕の関わりがある」

 ゞルは祖父を芋぀めた。やがお、小さく頷いた。

          ◇

 カトリヌヌが連れ去られたのは、䞡芪の䞍圚を狙った時だった。

 圌女は抵抗した。泣き叫び、ゞルを眵った。だが、ゞルは止めなかった。家のために必芁なこずだず理解しおいたからだ。

          ◇

 倜。カトリヌヌは寝台の䞊で、身䜓をシヌツに包んでいた。乱れた髪が頬ぞ匵り付いおいる。

 ゞルは背を向け、黙っお服を身に぀けおいた。

「こんな  」

 背埌から声がした。

「こんな婚姻、認められるはずがないわ」

 ゞルは振り返らない。

「そうかもしれない」

「私はあなたの劻にはならない」

 ゞルは答えなかった。垯を締めながら、独り蚀のように蚀った。

「今日のこずを知っお――お前を劻に迎えたい男が、どれだけいるだろうな」

 二人の間に静寂が䞋りた。ゞルは垯を締め終えた。

「少なくずも、祖父はそう考えおいる」

 長い沈黙の埌、背埌から掠れた声がした。

「  この悪魔」

 ゞルの動きが止たった。振り返る。

 カトリヌヌは泣いおいた。だが涙よりも、その目に浮かぶ憎悪の方が、はっきり芋えた。

 ゞルは䜕も蚀わなかった。その芖線から目を逞らし、郚屋を出た。なぜ逞らしたのか。その時は考えなかった。

          ◇

 教䌚は二人を匕き離した。婚姻は認められなかった。

 だが、クランは諊めなかった。聖職者に働きかけ、諞䟯を動かし、血瞁関係を敎理し、必芁な蚱可を取り぀けおいった。最埌には婚姻を成立させた。報せを聞いた日、祖父は䞀蚀だけ蚀った。

「これでいい」

 家臣たちは喜んだ。領地は増える。財産も増える。レ家はさらに倧きくなる。誰もが成功ず呌んだ。

 カトリヌヌを陀いお。

 婚姻埌、圌女はゞルぞ劻ずしお接した。必芁な堎では隣に立った。家政にも携わった。

 ただし、愛情を芋せたこずは䞀床もなかった。それでゞルも構わなかった。倫婊ずは、そういうものなのだず思っおいた。

          ◇

 ゞルは成長するに぀れお、クランの求めた通りの男になっおいった。

 剣を振るえば人より匷い。兵を率いれば迷わない。宮廷ぞ出れば、誰ず手を結べばよいか、誰から距離を眮くべきかを孊んだ。

 ラ・トレモむナをはじめ、宮廷の有力者たちずの繋がりも埗おいく。

 戊は、むしろ簡単だった。敵がいれば、斬ればいい。領地があれば、奪えばいい。呜什があれば、果たせばいい。そこには疑問の入り蟌む䜙地がなかった。

 自分はそういう人間なのだず思っおいた。圹目を果たす。家を倧きくする。戊堎で功を立おる。それがゞル・ド・レずいう男に䞎えられた圹割なのだず、疑ったこずはなかった。

 ――あの少女に䌚うたでは。

          ◇

 牢獄の䞭で、束明の炎が揺れた。

「その頃の私は、それでいいず思っおいた」

 ゞルは杯の䞭ぞ芖線を萜ずした。

「家には家の圹目がある。貎族には貎族の務めがある。王には王の責任がある」

 葡萄酒を䞀口飲む。

「人間ずは、䞎えられた圹目を果たすために生きるものだず思っおいた」

「  今は」

 ニコラが蚊いた。ゞルは答えなかった。

 杯を指先でゆっくりず回す。やがお、僅かに目を现めた。

「だから最初は、あい぀のこずも同じだず思った」

「同じ」

「誰かに圹目を䞎えられた嚘だ」

 ニコラの杯が止たった。ゞルの口元に、埮かな笑みが浮かぶ。

「聖女ずいう圹目をな。だが、私は――」

 束明が小さく爆ぜた。ゞルは杯を傟けた。

「――たるで、分かっおいなかった」

 第䞀話 了


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