
お願い、迎えに来てね #025 (4-3) 三次元の幸福、透明な犠牲
第1部 諦念編|第4章
Hello, target. My substitute.
ぼくが一歩 踏み出せば
きみの世界は 壊れてしまう
幸福という名の 脚本(シナリオ)
一瞬の 極彩色(マジックアワー)
一滴の毒も 落とさないように
息を潜めて 透明な 観測者になる
「なんなの? あの男! わけわかんない! 貴樹くんはやめた方がいいよ。やめた方がいいけど、その前に、ひとこと文句言った方がいいよ。ひどいよ。あんな男のどこがいいの?」
何が起きたの?
知咲は怒り心頭で、とにかくムカついている様子だ。予告どおりに貴樹くんに連絡したらしく、興奮気味に電話をかけてきた。
でたよ! 咄嗟に思った。紗良ちゃんにも言われたこのセリフ「やめた方がいいよ」。やめるもやめないも「好き」って気持ちはコントロールできる感情じゃない。やめたくても「好き」と感じてしまう。それなのに、みんなどうして「やめるとか、やめないとか」制御できることが当たり前のように話すんだろう?
「月桜のことどう思ってるの?」
「友だちだよ」
「友だちって……月桜の気持ちわかってるよね? まさか彼女いるわけじゃないよね?」
「いる」
「えっ? 彼女いるって……それなのに、どうして文化祭に来たの?」
「結琉や瑞來に誘われたから」
「いや……そういうことじゃなくて。なんで月桜に『逢いたい』なんて言ったの?」
「逢いたかったから」
「じゃ、月桜はなんなん?」
「月桜は、いい友だちだよ」
「……ひどいよ。月桜に謝ってよ」
まるで再現VTRのように、知咲は貴樹くんとの会話を、ひとことひとこと思い出しながら教えてくれた。そして、今日もまた、この後すぐ月桜から電話があると宣言したそうだ。
「昨日のパニクった様子を見れば、月桜がまだ貴樹くんを好きなことは察しがつくはず。それなのに……それ以前に、彼女がいるのに、月桜に逢いに来る時点でどうかと思うし。『逢いたかった』なんて言われたら、誰でも舞い上がっちゃうよ。どうして、月桜が傷つくようなこと平気でできるの? 絶対文句言いなよ。ひどいよ。傷ついた。ちゃんと言いなよ」
知咲が怒るのもムリはないよ。わたしだって、そこまでバカじゃない。貴樹くんの態度、どれだけひどいことか、そんなことくらいわかってる。
でも、違うんだよ。そこじゃないんだよ。
貴樹くんに、説明なんかできないよ……
「もしもし……知咲がいろいろ言ったみたいで……ごめんね」
「うん」
「彼女いるって……それなら言ってほしかった」
「すまん」
すまん……いつの時代の人だよ。武士かよ!
謝り方がおもしろすぎて、怒るより笑っちゃうよ。
「それならあのとき、ちゃんと言ってほしかっ……」
「違う。違う。それは違う」
わたしの言葉を遮るように、貴樹くんは全力で否定する。
「バイト先のひとつ下の後輩で。相手から告白されて。最近付き合い始めたばかりだから」
相手の女の子がどんな子かなんて、そんなこと、ひとことも訊いてないけど。何ひとりでベラベラ喋ってんの? ふつうさぁ……自分のことが好きな女の子に、自分の彼女の話するかなぁ? ひょっとして、貴樹くんってバカなの?
あのときのノーコメントの理由を誤解されたくない。貴樹くんの必死さが伝わってくる。ある意味、正直なのか。誠実なのか。不器用なのか……
あんなフリ方をしてしまったから、怒っていると思ってたんだろう。自分はもう、嫌われてしまったと。二年も経てば、ほとぼりも冷めて、友だちに戻れるんじゃないか? そう思って文化祭に来てくれたんだろう。
彼女のことだってきっと……いつまでも立ち止まってないで、前を向いて青春を謳歌していこうと思って、オッケーしたのかも。わたしを傷つけてしまった自分が、まだ想われているはずはないと……
もしかしたら……
もしかしたら、確かめたかったのかもしれない。
「まだ貴樹くんが好きだよ! 他の女の子と付き合ったりしたら嫌だよ! 貴樹くんのそばにいたいよ!」ってわめき散らしたら、彼女と別れてくれるのかな? わたしのこと考えてくれるのかな?
もし、わたしが貴樹くんを奪ったら、彼女さんショックを受けるよね。憧れの先輩に告白して、オッケーしてもらって、しあわせいっぱいだったのに。突然、昔の女みたいな人が現れて、嵐のように好きな人を奪い去っていったら……彼女さんは何も悪くないのに。バイトだって辞めちゃうかも。わたしの幸せは、知らない誰かを不幸にしてしまう。
貴樹くんは、重い空気を変えるのが得意だ。いつしか会話はただの雑談に変わり、今日もまた、かれこれ三時間近く話し込んでいる。
わたし受験生だから。今は恋愛どころじゃないから。春からは地元離れるから。こんなふうに伝わるように、できる限り、受験勉強でいっぱいいっぱいの瀬波野女子高生を演じていた。
誰かのために、自分を殺す。そんなの、美学でもなんでもない。のにね。だよね。
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