
逃げと自立の境界線。オーストラリア戦記vol.3
↑前回のお話
◼︎救いだったMさんとの、タバコ休憩
罵詈雑言に耐えながら、必死に食らいついていたエセ寿司屋のキッチン。そんな中で唯一、僕が心を開けたのが、中学生の頃からオーストラリアで生きているMさんだった。
ある日の営業終わり。
夜風に当たりながら、二人でタバコを吸っていた時のことだ。
「……で、(僕)は何しにここに来たん?」
不意に聞かれた。僕は、それまでの経緯をポツリポツリと話し始めた。
水泳に全てを捧げた日々、大学を辞めたこと、何かに追われるように日本を出たこと。
僕の話を最後まで聞き終えたMさんは、煙を吐き出しながら、さらりと言った。
「じゃあお前、今までは親のレールに乗っかってて、やっとそこから外れたんだな」
■ 雷に打たれたような衝撃
その一言は、僕の脳天を直撃した。
今まで感じていた言いようのない焦燥感、何者かにならなきゃというプレッシャー、そして上手くいかない時の過度な落ち込み。その正体が、一瞬ですべて理解できた。
「……あぁ、そうか。俺、自分の意思で生きてなかったんだ」
それまでの人生、何を選ぶにもどこかで「親が納得するか」「世間的に正解か」というレールを気にして走ってきた。オーストラリアに来て、ロシア人ギャルに詰められ、公園で泣きべそをかき、ようやく「自分の足」で立とうとしてもがいていたから、あんなに痛かったんだ。