
介護と相続は相性が悪すぎる
介護した人ほど、遺産の話ができない空気がある。
両親を引き取って同居してから、生活は介護中心になっていった。
私の時間、仕事、家庭、全てが変わり、体力、気力を捧げても今日を回すだけで精一杯だった。
その頃の私は相続なんて考える余裕がなかった。…というかまだ頑張っている人の横で考えたくなかった。
父が亡くなり、後を追うように3ヶ月後に母が亡くなった。
怒涛の日々が終わったと思ったら、今度は遺産相続の期限が迫った。
遺産分割協議書というものを作らなければならない。
遺言書は無かった。
日本の法律では、ウチのような2人姉妹は遺産を半分ずつに分ける。
母の四十九日法要の後、相続について話し合うことになった。
姉は、持病や家庭の事情を理由にずっと介護を避けて来た。だから、悪気なくズレたことを言う。
頭に血がのぼり、声が震えた。感情が爆発して大喧嘩になった。
話し合いは途中だったが、姉を家から追い出した。
最悪だ。
四十九日だったのに…酷い娘達だ。
ああ、もうっ。
珍しく姉に食ってかかった私に、夫が言った。
「そりゃ、今日は言いたくなったんだなと思った。だから止めなかったんだよ」
娘がお菓子を私の前に並べた。
急変の連絡をするたびに返ってきた、姉からの
「ありがとう」のLINEスタンプを見て、息を吐いた。まったく、便利なシステムだ。
私は遺産のために介護をしてきたわけではない。
簡単に「じゃ、半分ね」とか言われたことも嫌だった。
自分でも何に怒っているのか整理できなかった。
ただ、私や家族の労力を無かったことのように扱われたのが許せない。
法律に
「はい。お疲れ様!やってもやらなくても同じでした」
と判定を下されたみたいだった。
“半分ずつ”
その言葉に、思っていた以上に傷ついていた。
そんな自分が卑しく感じた。
こんな悔しい思いをするなら遺産なんて無くていいのに!
この説明のつかない動揺を、どう処理していいのか分からないでいた。
“介護と相続は別問題”そう線引きしないと、前に進めそうになかった。
半月後、改めて話し合いをした。
とにかく、やらなければならないことを進めるために、喧嘩は避けたい。
“線引き、線引き“と心の中で唱えた。
その夜、なんとか話し合いを終えた事を家族に話した。
すると息子が、うんざりした表情で言った。
「お金の話、したっていいだろ。怒っていいだろ」
そして続けた。
「自分はすっごい頑張ったのに、そうじゃないヤツとバイト代が同じだったら普通に腹立つじゃん」
…私は何をこんなにも悩んできたんだろう。
「私、怒ってよかったんだ。そっか」
笑ってしまった。
「ママが頑張ってきたこと、みんな知ってる。小多機の人も、病院の人も、職場の人も、俺たちも。事実は変わらない」
…慌てて息を止めた。
息子はソファーに移動して、スマホで動画を見始めた。
“話しかけんなオーラ“を出しながら。
介護と相続は相性が悪すぎる。
頑張った人に、“平等“だとか言って、容赦なく傷を負わせる。
深夜に何度も救急車へ乗り込んだことも、
予定表から自分の予定が消えていったことも、
あの日々を、本当に理解してもらう事はできない。
もう親を介護する事は、二度とないのだから。
(小多機=小規模多機能型居宅介護)