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Photo byjunsus79

小説/神視点の物語

    豆島 圭

    仄暗い谷底に、ガードレールを破って転落した一台の自家用車。
    運転席の男が目覚める。
    男の体は逆さまで、ハンドルと天井に挟まれて動けない。首があらぬ方向に曲がりくねり、呼吸はすでにしていない。

    男に痛みはない。正確に言えば、実感することができない。
    すでに、魂が体に別れを告げたからだ。
    男自身もそれを悟った。

    男は、自由になった体で車からスルリと抜け、助手席に座っていた女を探している。
    女は車の外だ。首に巻いたマフラーの端がドアに挟まれ、頭部だけ地面から浮いている。体じゅうに擦り傷。崖の途中の折れ枝が肩に突き刺さり、血がどくどくと止まらない。
    「だいじょうぶか!」
    男が声をかけると女は意識を取り戻し、うっすらと瞳を動かした。
    まだ、生きている。
    「がんばれ。救助を呼んでやるから」
    体の透けている男の叫ぶ声は女にも聞こえる。
    土気色の顔の女は、慄きの表情を浮かべる。

    *

    現状をざっと記録した私はペンを胸ポケットにしまった。
    さっそく、仕事にとりかかろう。
    「もし、男」
    男の背後から声をかけると、男は飛び上がって振り返る。
    自分が死んだことはすぐに理解できたくせに、私が何者かはぴんと来ないようだ。
    私は手のひらに光の玉を3つ浮かべ、手早く説明を始めた。
    「希望を述べよ。あらたな人間に生まれ変わるAコース、虫けらに生まれ変わるBコース、完全地獄のCコース。さあ、どれ?」
    男は返事をしない。魚みたいに口をぱくぱくさせている。
    「残業になっちゃうから早く希望を述べよ。早く選ばないと次の人によいコースを奪われるぞ。今日は、もう、ひとつずつしか残っていない」
    そこまで言っても男はまだ返事をしない。女を指差しながら私に言う。
    「そ、それより早く、彼女を助けてくれ」
    「助けるのは私の仕事ではない。それに無駄だ。もう死ぬ」
    「そんなっ」
    女はお腹を抱え込み、ゴボッという音を立てて血を吐いた。
    あちらも私が対応しないといけないだろう。早くこっちを済ませたい。
    「もういちどコースを説明しようか? 早い者勝ちだぞ。ひとつずつしか残ってな――」
    「そりゃ、もちろん二人とも人間に生まれ変わ――」
    私が話しているのと同時に男が希望を言い出し、途中でふと言葉を止めた。戸惑うように私に問い返す。
    「ひとつ、ずつ?」
    「そう。ABCそれぞれ、あとひとつ」
    男は愕然とした顔に変わった。
    「じゃあ、僕がもしAを選んだら、彼女はAを選べないのですか?」
    「いや、そもそも、まだ生きているので選べない」
    「じゃあ、彼女を早く助けてあげてくださいよ」
    「だから、それは私の仕事ではない」
    「彼女は……、僕なんかより全然いい人間だったんだ」
    男は、涙ながらに思い出を語りだす。

    自分がいかに不甲斐ない、器の小さい人間だったか。
    ろくに働かず、ちょいとギャンブル好きで浮気もした。今日の温泉旅行をきっかけに生まれ変わって彼女を幸せにするつもりだったのに居眠り運転なんて――

    とかなんとか。

    「全部知ってるから。聞いてるヒマないの。もう日が暮れるから帰りたいの。いいから早く決めなさい」
    女の命のともしびは、今にも消えそうだ。
    「次は女にも説明せにゃならん。もめる前に、まず男よ。どうする?」
    「僕は……僕は……」
    男は涙を流しながら言った。
    「Bコースでやり直します。虫けらに生まれ変わって、小さくても、そこで頑張って人間に――」
    「はい、よろこんでっ」
    私はBの玉を男に投げつけた。はっきりとBコース宣言をしたのだから、最後まで御託を聞く必要はない。

    男はB玉に吸い込まれた。
    次の手続きで何の虫けらがいいかさっそく選択をせまられているだろう。
    同時に、女の命の炎が消えた。
    女の魂が近寄ってくる。
    「説明は聞いていました。あの人、最後の最後に私に譲ってくれるなんて……心根は優しい人だった」
    「うむ。惜しい事をした」
    「では、私はA……」
    「いや、まて。焦るな。ちゃんと手順を踏まないと、私が説明義務違反で訴えられる。言うぞ」
    「はぁ。じゃあ、お願いします」
    女は少し不満げな顔をしたが、私の言葉を待った。
    「女。お前は睡眠薬を飲ませて事故に見せかけ男を殺したから地獄のCコース決定! 選ぶ資格ナシ! まさかマフラーがドアに挟まって自分も落ちるとは、残念だったな」
    女は叫び声をあげ、C玉に吸い込まれるのを必死に拒んだ。
    「A玉は、あの子のなんだから。ほら、間もなくだ」
    そう告げると、車体からぶら下がった女の腹から小さな魂がポッと出てきた。
    女は抵抗をやめ、C玉に力なく吸い込まれていった。

    (了)

    あ、すみません。
    神視点で書かれた物語っていうか、神様の一人称で書かれた物語ですっていうオチでした。テヘペロ(๑´ڡ`๑)

    いやまてよ?
    男は… 女は… って三人称だよね? 「私」の一視点だけど。
    この場合に、「私」じゃなくて「神は」と書くべき?
    そうすると「三人称一視点です」と堂々言えますけど。
    でも、「私」でもおかしくないですよね。自分としては、この書き方が一番慣れています o(゚^ ゚)ウーン

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    2022年〜小説公募開始。読む書く共に「重い・イヤミス」好き。noteでは創作大賞2024ミステリー小説部門で中間選考通過。2023,2024ベストレビュアー賞受賞。 春ピリカグランプリ個人賞受賞。高田純次同盟会員No.3。アイコン画は橘鶫さん作。

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