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回想Ⅰ サン・ニコラの祝祭日探偵の経枈的合理性、涙のアスベスト陀去完了報告曞 【間宮真の機胜的ロココ探偵事務所】


    間宮真がロココ探偵ずなる前の時間軞。
    2024幎の冬の出来事。


    独立開業するための物件探し。
    ここは、なかなかの掘り出し物ず呌べる。

    板橋区、䞉田線の駅埒歩分。目の前の通りには掻気がある。階のテナントはパティスリヌカフェ。
    探偵家業で皌ぐには、明るい雰囲気の呚蟺環境ず駅近は必須条件に近い。

    なによりも春䞀の䜏むマンション、クレヌル・ド・ロヌズ志村坂䞊から埒歩分だ。車なら分もかからない。


    廃墟以䞋の芋た目、売䞻は手元資金枯枇、そのうえロヌンもある。ず考えるず、この物件、䞇円以䞋に買い叩ける可胜性もある。

    そもそも転売目的の悪埳な䞍動産業者が盞手だったら、䞋手したら䞇円近くたで容赊なく叩かれおいたはず。​

    よくある悪埳業者のロゞックは、こうだ。
    「゚レベヌタヌなしの階で、䞭身はコンクリヌト剥き出しの廃墟。ここからたずもなオフィスや居䜏甚に仕䞊げるなら、平米単䟡を考えおもリノベに䞇はかかるよ。固定資産皎も払い続けるの ロヌンの返枈日、すぐそこでしょう うちなら今すぐ䞇キャッシュで匕き取っおあげたすよ。そのうちロヌンが払えなくなれば、銀行に差し抌さえられお競売。䞇円で売れたら埡の字。挙句に入札者がいなければ売华されないで䜕床も仕切り盎し。その間もどんどんロヌンが嵩む。それでいいの」

    売䞻は手元資金が尜き、毎月のロヌン返枈に远われおいる。「今すぐ楜になれるなら、倧赀字でも䞇でいいから手攟したい」ず、恐怖から刀を抌しおしたう可胜性が極めお高い。

    退官時の退職金䞇円のうち䞇円は老埌や傷病時を芋据えお党お枩存する必芁がある。
    俺自身の生掻ず、探偵業の運転資金。
    人ずしお、人の誠意を螏み躙っおはならない。だがそのために、人を貶めるような仕事を、毅然ず断る自由が損なわれおは本末転倒。

    嫌な仕事を断るための運転資金の有無が、探偵の質ず未来を決める。
    そのために、倧手調査事務所で䞇円を貯めおから独立するず決めたのだから。退職金の䞇円、及び退官前に貯め蟌んだ䞇円ず合わせお䞇円。

    ずはいえ、ここに出入りするであろう春䞀の安党を考えれば、将来の怚恚リスクをれロにするこず以䞊に優先すべき事柄はない。

    売䞻の誠実さに敬意を払い、「救枈」の圢で着地させねばならない。少々甘いくらいが、俺の魂の健やかさを保぀にも䞁床良い。

    アスベストが含たれおいた断熱材は、完党に陀去されおいる。安っぜいクリアファむルに閉じられた蚌拠がそれを俺に教える。
    斜工圓時の写真。カラヌコピヌに写る、癜く煙るような建材は、今ここにはない。そしお、成分分析詊隓結果ず、産業廃棄物管理祚。

      盞堎の底倀より䞇円くらいは出しおおくべきだな。
    俺の提瀺するべきは䞇円の即金。

    リノベヌション必須状態の゚レベヌタヌなし階ワンフロア。盞堎の適正範囲は、䞇から䞇円皋床だろう。
    この珟状、この立地でのリノベヌションの困難さを思えば、悪いが䞇円は払えない。

    高霢の売䞻。その萜ち蟌み具合。枅廉朔癜の物件。
    圌の「誠実さぞの察䟡」ずしお䞇円を支払うのが、正しい経枈的合理性だろう。

    春䞀の生掻圏、駅埒歩分、䞇円以䞋の物件。
    さらに探すより、ここで決めたいずころだ。

    今決たれば、来月の春䞀の誕生日プレれント予算に、独立開業資金の保党を考える必芁がなくなる。

    「䞇円でなら。即金で買えたす」
    亀枉はしない。初手で決める。

    「え、いや。、䞇円  あの、本圓に、いいんですか」
    売䞻、山仲忠資が目を癜黒させる。

    䞇円のうち䞇円は資本金、䞇円は圓面の生掻防衛資金。䞇円は、物件取埗ずリノベヌションに䜿える。
    「ええ、手元に独立費甚ずしお貯めた䞇円がありたすから。ですがこの状態です。それなりのリノベヌション費甚を残す必芁がある。そこを考慮しおくれるず助かりたす。この階段。゚レベヌタヌなし階ワンフロア。資材を運ぶだけで職人が逃げ出す。人件費の割り増し分がどれだけかかるかは、貎方が䞀番ご存じでしょう」

    山仲は、苊枋の衚情で頷く。この階段で、金が恐ろしい勢いで溶けおいった結果の困窮か。

    「買い叩くようで申し蚳ないが  。貎方もロヌンがあるなら早いほうがいいず思う。築幎の䞭小事業者向け雑居ビルで、この廃墟のような芋た目。ずはいえ区で駅埒歩分です。腰を据えお売りに出せば、䞇から䞇くらいにはなる。  だが、ロヌンや皎金が払えず競売に行けば䞇から䞇円」

    最悪のリスクをようやく想像したか。激しく青耪めた目の前の老人に、些か気が咎める。だが、たずは珟実を盎芖しお貰う。䞇が䞀、誀解で恚たれおは困る。

    「  壁や倩井を剥がれ、コンクリヌトが剥き出し、断熱材もなく、配線が垂れ䞋がった状況。スケルトン以䞋の廃墟、あるいは工事珟堎そのものです。䞍動産垂堎は誠実さを評䟡しない。評䟡するのは『芋た目』ず『利䟿性』。䞇以䞊出す奇特な人間が珟れるたでどれだけかかるか。  固定資産皎の粟算は、こちらで持ちたす」
    俺の付け加えた䞀蚀に、山仲はぎょっずした顔で俺を芋䞊げる。

    固定資産皎は日割りが垞識。だが、ここを俺が持おば、この物件に纏わる圌の持ち出しはロヌン返枈だけになる。手元に金のないご老人からすれば、その心理的効果は極めお高い。

    静かに告げる。
    「この報告曞。サンプリングの箇所が異垞に倚い。隅々たで調べ尜くしお、完璧にアスベストを抜いおいたすね。業者の蚀いなりになったのかもしれないが、貎方は逃げずに、このビルの違法性を完党に陀去した。この無惚な剥き出しのコンクリヌトを差し匕いおも、この『アスベスト陀去完了報告曞』には高い䟡倀があるず私は考えたす。固定資産皎の負担、䞇ずいう䟡栌は、私が貎方に払う敬意です」

    䞀瞬、匷く目を瞑った山仲が目を開き、俺を芋据える。
    「貎方に、お売りしたい」
    吐き出した、力匷い声。
    ここに䞊った圓初、ひどく小さく芋えたご老人。背筋が䌞びただけで随分ず印象が倉わるものだ。

    口頭ずはいえ、合意は取れた。
    階のパティスリヌカフェで、春䞀にケヌキを買っおいくか。


    ◆



    よし。春䞀の誕生日プレれントは甚意枈み。今幎のクリスマスプレれントも遞定した。合わせお䞇円。

    クリスマスプレれントには、陀菌空気枅浄機。春䞀の私宀むンテリアにも合うミニマルな姿、性胜も申し分ない。
    今週、時間を䜜っお買いに行かねばならない。

    歳の誕生日プレれントは、山葡萄のカゎバッグ。
    「芪子䞉代で䜿える」ず蚀われるほど匷靭、しかも堅牢な革よりも軜い。雪深い山奥で受け継がれた職人の手仕事、自然の蔓が端正に線み䞊げられた工芞品だ。歪み䞀぀、ささくれ䞀぀ない。䌑みに山圢たで買いに行った甲斐がある。

    山葡萄のバッグの最倧の魅力は、䜿うほどに矎しくなる゚むゞング。日々䜿い、撫でるこずで深みず艶が増す。型厩れもしにくい。実甚性は十分。
    なにより幎、圌の傍に眮けるものだ。

    スマホが鳎る。山仲あの売䞻がなんだ
    「はい、間宮です。どうしたした」

    「    暩利蚌の玛倱は䞍動産屋取匕においおよくあるトラブルです。問題ありたせん。資栌者代理人による本人確認情報の曞類で代替できる。今から知り合いの叞法曞士に連絡しお詳しく確認したす。明日の朝、再床ご連絡したすから、それたでにマむナンバヌカヌド、パスポヌトあるいは免蚱蚌、実印、印鑑登録蚌を探しお手元に甚意しおおいおください。無いものは無い。圹所も法務局も幎の瀬で混み合う。萜ち蟌む暇はありたせん」

    どうやら萜ち着いたらしい山仲を再床宥めおから、明日の予定を取り付ける。

    「可胜なら明日の予定を空けおおいおください。可胜ですか  それは重畳。明日の時にご連絡を入れおも構いたせんか曞類が揃っおいたなら、明日、私の車で法務局ず圹所、叞法曞士事務所に行きたしょう」

    電話を切っおから、思わず溜息を吐く。少しばかり面倒なこずになった。だが高霢の売䞻なら、これは非垞によくあるトラブルだ。確率的には想定倖ずは蚀えない。

    たずは、東郷先生に連絡だな。


    ◆


    「忙しい䞀日にはなるが、あなたに必芁なのはその芚悟だけだ。マむナンバヌカヌドはある。パスポヌトか免蚱蚌は運転経歎蚌明曞がある。ではそれも持っお。実印ず印鑑登録蚌は実印はある、印鑑登録蚌はない。問題ありたせん。ご本人がマむナンバヌカヌドを提瀺すれば印鑑登録蚌明曞は即日発行可胜です。印鑑登録蚌も可胜です。では車に乗っおください。たずは圹所で印鑑登録蚌明曞、法務局で登蚘事項蚌明曞を回収したす。そのあず、私の知り合いの優秀な叞法曞士の事務所ぞあなたをお連れしたす。午埌時に予玄を入れおある。叞法曞士の先生に、あなたの『本人確認』をしお曞類を䜜っおもらいたしょう。あなたに暩利蚌の再発行はされないが、私ずの売買は可胜です。叞法曞士の先生ぞの支払いはこちらで持ちたす。必芁曞類を事前に揃え、聞き取りが即日終わるなら䞇円。萜ち蟌む前に立お」


    ◆


    ​最初の目的地は、板橋区圹所本庁舎。
    ​山仲の自宅からは、車で分もかからない。

    板橋区圹所前駅に盎結しおいる、利䟿性の良い堎所だ。これから俺も床々䞖話になるだろう。駐車堎をよく芋おおくいい機䌚だ。

    ​車を停めたら、山仲の歩幅を確認しながら南通ぞ向かう。戞籍䜏民課の窓口は、南通階だったな。

    ​​午前時分。開通から分。
    自動ドアが開いた瞬間、月の也いた寒颚が消え、倧型暖房が吐き出す生暖かい空気に包たれる。お圹所独特の䜎くかすれた発刞機の電子音の響く受付ロビヌ。

    想定より混み合っおいるな。月の圹所ずはいえ早朝だずいうのに。たあ、今日は月日の金曜日。週末ず日の仕事玍め前を避けたい人間だろう。埅合ロビヌにはスヌツ姿が倚かった。

    「たずは『印鑑登録蚌』を手に入れたしょう。実印ずマむナンバヌカヌドがあれば問題ありたせん。あちらです」

    蚘茉台に向かい、『印鑑登録亡倱届』ず『印鑑登録申請曞』の甚玙を匕き抜き、山仲に手枡す。
    「この枚に蚘入しおください。ここに氏名ず生幎月日を。実印はここに」
    『印鑑登録申請曞』の倪枠内を指差す。圹所曞類は、よほどマむナヌなものでなければ頭に入っおいる。
    山仲は「はい」ず頷き、曞き始めた。

    曞き終えた山仲の蚱可を取り、曞類に目を走らせる。芋たずころ䞍備はない。
    「問題ありたせん。そちらに座っおいおください。私は発刞をしおきたす」

    「ありがずうございたす」ず少し安堵した衚情で゜ファに腰掛ける山仲を暪目に、足早に発刞機ぞず向かう。

    ​発刞機から匕きちぎった「䜏民登録・印鑑登録人埅ち」の番号札。朝䞀番に動いお正解だったな。

    人で窓口に呌ばれるのを埅ち、山仲に『亡倱届』、『申請曞』、マむナンバヌカヌドを提出させる。

    しばし​窓口の凊理を埅぀。名前が呌ばれた。

    新しい『印鑑登録蚌』のカヌド。そしお、刷り䞊がったばかりの『印鑑登録蚌明曞』が手元に収たる。


    ◆


    午前時分。『印鑑登録蚌』ず『印鑑登録蚌明曞』を手に入れた俺ず山仲は、次なる目的地に向かった。

    第二の目的地は、東京法務局板橋出匵所。
    板橋区内党おの、土地・建物のデヌタ、登蚘簿を管理しおいる堎所。

    板橋区圹所から囜道号方面に車を分走らせ、栄町の䜏宅街にある法務局ぞ。 

    『登蚘事項蚌明曞』を回収しなければならない。

    圌の誠実さを疑っおはいない。だが人間の認知機胜は、生物の必然ずしお高霢になれば䜎䞋する。

    抹消された項目には、アンダヌラむンが匕かれる。
    「差抌」の赀文字を意味するそれが登蚘事項に入っおいないかだけは、確認させおもらう。


    法務局のロビヌ。タッチパネルの機械の前には、䞍慣れそうな私服の䞭幎女性ず、慣れた手぀きで画面を叩くスヌツ姿の若い男性。男は、叞法曞士の補助者だろうな。

    蚌明曞発行請求機。
    俺が操䜜すれば早い。『登蚘事項蚌明曞亀付申請曞』の手曞きが䞍芁になったのは、い぀だっただろうか。
    「䞍動産」を遞択。「土地・建物」を遞択。「地番入力」を遞択。画面の指瀺に埓っおビルの䜏所を打ち蟌み、最埌に「確定」。
    機械から暗号バヌコヌド付きの受付祚がプリントアりトされる。

    タッチパネルから出た受付祚を確認し぀぀、山仲に次の指瀺を出す。刞売機で『収入印玙』の賌入。通円。「山仲さん、あの機械で円の印玙を枚買っおおいおください」

    発刞機の前で、秒ほど现い指がふらふら圷埚う様子が芋えたが、無事に買えたらしい。印玙を手に、満足そうに戻っおくる。動かず正解だったな。

    分埌。窓口のモニタヌに俺たちの番号が衚瀺された。呌ばれた窓口で、手枡された蚌明曞の受領曞。

    山仲が買った円の収入印玙を貌り付け、匕き換えに刷り䞊がったばかりの『登蚘事項蚌明曞』を受け取る。

    独特の緑色の透かしが入ったその厚手の玙は、法務局のレヌザヌプリンタヌの熱を吞っお、ただほんのりず枩かかった。

    山仲に手枡す前に、玠早く目を走らせる。たずは暩利郚甲区。「差抌」の二文字はない。次いで乙区。山仲の蚀う通りの抵圓暩であるこずを確認。

    ​そしお本日取埗した印鑑蚌明曞にあった䜏所ず この登蚘事項蚌明曞にある名矩人の䜏所。その文字列に䞀字䞀句の狂いがないこずを確認し、内心で安堵する。

    昔ビルを建おた時から、山仲の䜏所はあの平屋のたた。『登蚘名矩人䜏所倉曎』の手続きを挟む必芁はない。

    圹所は終わった。混み合っおはいたが想定よりスムヌズにいっお助かった。
    次は叞法曞士事務所だ。午埌時たであず時間。

    りむンカヌの芏則正しいカチカチずいう音が響く車内。
    ​助手垭の山仲は、借りおきた猫のように小さくなっおシヌトに深く背を預けおいた。叀い桐箪笥の防虫剀のような匂いが埮かに挂う。山仲の衣服か。仕舞い蟌んでいた小綺麗な服を着おきおくれたらしい。

    「山仲さん。叞法曞士の先生ずの玄束たで時間がありたすから、䞀床ご自宅に送りたす。お昌を食べおおいおください。午埌時に、再び迎えに行きたす。曞類を忘れずに」

    山仲の自宅から東郷叞法曞士事務所たでの道は、車を飛ばせば分前埌。早めに行っお埅たせおもらおう。垫走に時間を䜜っお貰ったんだ、遅れるよりマシだ。

    自宅前に降ろした山仲から、神劙な顔で尋ねられる。
    「叞法曞士の先生のずころに出発する前に、䞀床曞類が揃っおいるか確認しおもらえたすか私の䞍泚意で先生ず間宮さんにご迷惑をお掛けするわけにはいかない」

    実盎な人柄、ずいうのはこういうのを蚀うのだろう。
    「ええ、勿論。ご配慮いただき助かりたす。  再集合を時分に倉曎しお、ご自宅で䞀緒に確認したしょう」

    本人確認情報の䜜成。
    通垞、登蚘枈蚌暩利蚌がない堎合、「事前通知」法務局から本人確認の郵䟿が届くのを埅぀必芁があり、これだず週間ほどかかる。

    叞法曞士が「本人確認情報」を䜜成しお登蚘申請する手法は、信頌関係のある叞法曞士の䌝がある堎合においおのみ可胜な最速ルヌト。
    これは面倒な䜜業ではなく、春䞀ずの時間を守るための「必芁経費」。

    昌食を終えたら、陀菌空気枅浄機を買いに行こう。


    ◆


    ​平屋のむンタヌホンを鳎らすず、すぐさた匕き戞の向こう偎から足音近づいおくる。転がるように玄関の戞を開けた山仲が、俺を迎え入れる。
    「間宮さん、よろしくお願いいたしたす」

    「はい。お邪魔いたしたす」
    䞊がり框の前で靎を脱ぎ、甚意されたスリッパに瀌を述べ、履き替える。しゃがんで革靎の぀た先を倖に向けお揃え、玄関の端ぞず寄せる。

    山仲の芖線。なんだ

    「あ、䞍躟に申し蚳ない。  うちの息子にも、そういう教育しおやれば良かったず思いたしお」

    「  恐瞮です」

    居間らしき空間に通される。
    い草の銙る畳、日に焌けた襖、排萜た欄干、重厚なロヌテヌブル、型萜ち甚だしいテレビ。
    叀き良き高霢者の慎たしい暮らし、を絵に描いたような䜏たいだ。

    刑事時代の、高霢被害者の自宅を思い出す。こういった家に本人から招かれるのは、今日が初めおだ。

    茶を淹れようずする山仲を抌し留め、曞類の確認を急かす。
    「先生ずの玄束がありたすから、曞類を揃えたら盎ぐに出たすよ」

    手枡された革のドキュメントケヌスから曞類を取り出し、ロヌテヌブルに䞊べお確認しおいく。

    マむナンバヌカヌド、運転経歎蚌明曞、実印、本日取埗した印鑑登録蚌、印鑑登録蚌明曞、登蚘事項蚌明曞

    「基本の曞類は完璧です。あずは、前回芋せおいただいたアスベスト陀去完了報告曞をお願いしたす。それから貞借人の方ずの契玄曞、売华したフロアがあるならその契玄曞も。あずは、グランパレ元町ビルを建おられた圓時の曞類でなにか」

    山仲が、䞍安そうに呟く。
    「党郚、曞類入れにあるかず。でも盎ぐに探し出すのは  」

    「  私が芋たしょうか元刑事ですから、難しい曞類を手早く仕分けるのは埗意です」

    キラキラずした目を向けられる。
    「元刑事さん  申し蚳ないですが、お願いしたす」 

    元刑事ずいう肩曞がここで圹立぀ずは。たあいい。

    「あずは、そうですね。曞類ではありたせんから、なくおも問題はありたせんが。圓時のビルず写った写真や圓時の日蚘などもあれば『ずおも心匷い』かず」

    「日蚘ありたす。幎、幎日蚘を぀けおいたすので。それにビルの写真も貌っおありたす」

    曞類が溜め蟌たれおいたのは、぀の文曞保存箱だった。文房具メヌカヌの出しおいる、しっかりずした䜜りのもの。

    雑倚な曞類を党お䞀箇所で保管する。
    倧倉賢明なご老人だ。自分の老いを自芚し、察策をずっおいる。これなら䞇が䞀の事態においお家族が困らない。

    「時間もありたせんから、確認前のもずず確認埌のものが混ざらないように、確認したものを䞀旊党お出したす。構いたせんか」

    「はい。お願いしたす」

    ざっず目を通しおいく。必須なのは玍皎通知曞だ。次に必芁なのはグラン・パレ元町ビル関係の契玄曞。グランパレ元町ビルの『建築確認通知曞』があれば最良だが、果たしお。

    このファむルは家電の説明曞ず保蚌曞。

    このファむルは保険関係党般。

    このファむルは幎金関係。

    これは山仲の所有する別物件の曞類だな。
    幎前に賌入した戞の築幎アパヌトか。満宀ならそれなりの皌ぎだろうが  。わざわざ銀行ロヌンを組んだこず、そしおこの暮らしぶりを考えるず、珟状は皎金の支払いに消えおいるず考えるべきだな。

    このファむルは職堎関係。嘉氞電機工業の営業だったのか。あの総合電機メヌカヌずもなれば、退職金でアパヌトを新芏に賌入できるのも玍埗だ。

    この分厚いファむルは、確定申告関連の保管か。
    今幎床の『固定資産皎・郜垂蚈画皎の玍皎通知曞』、課皎明现曞を匕っこ抜く。これで東郷先生に枡す登録免蚱皎の蚈算曞類ず、俺が被るべき皎金の正確な額面が揃った。


    このファむルは。思わず指先が止たる。
    黄ばんだ厚手の玙に抌された圹所の公印は、すっかり退色しお朱色から朱茶色に倉色しおいる。
    ​「これです。山仲さん。グランパレ元町ビルの『建築確認通知曞』ず『怜査枈蚌』」

    たさか『怜査枈蚌』たでずり、保管しおいおくれたずは。

    築叀の雑居ビルでこれが残っおいるのは奇跡に近いず聞く。これがあれば圹所の建築指導課ずの泥沌の曞類闘争はすべおスキップできる。今埌の察策での、行政手続きの難易床も劇的に䞋がる。

    「それから、これ」
    銀行関係の䞭にあった、幎前の『金銭消費貞借契玄曞』。及び、玛れ蟌んでいた階の売华、梅野悠貎ずの売買契玄曞の原本。
    そしおグラン・パレ元町ビル関係が纏められおいたファむルにあった、アスベスト陀去完了報告曞、及び青山雅子、笹朚亜矎の䞉文刀がそれぞれ捺された賃貞借契玄曞。

    ​
    山仲が恐る恐る差し出しおきた、色耪せた垃衚玙の日蚘垳。蚱可をずり、䞭身を怜める。

    写真が貌っおあるペヌゞだったな。パラパラず撫で、硬い手觊りを探す。

    開いたペヌゞには、糊が也いお端が少し浮き䞊がったカラヌ写真。ただ髪が黒く、仕立おの良いスヌツを着た若い頃の山仲が、足堎が倖れたばかりのグランパレ元町ビルの前で、少し照れくさそうに笑っおいた。

    たさか、ここたで完璧な蚌拠が出るずは。

    「幎のむンク経幎劣化を含んだ」幎前の幎日蚘ず「幎前のビルず写った」写真。

    そんなものを停造できる技術を持぀地面垫が存圚するのは、SFかファンタゞヌの䞖界だけだ。


    ◆


    午埌時分。東郷叞法曞士事務所の応接宀。
    壁には䞭䞞信甚金庫のロゎが入った、実甚的なカレンダヌ。あの信金が、この事務所の最倧の倪客だ。

    郚屋の隅ではサりンドマスキングの埮匱な環境音が流れ、隣の事務スペヌスの気配を完党に遮断しおいる。

    重厚な朚補のテヌブルず、座り心地の良い革匵りの゜ファ。山仲を先に座らせおから、隣に浅く腰を萜ずした。

    ここに来るのは、もう床目になる。

    床目ず床目は、東郷から倩城調査事務所に䟝頌された調査の報告。床目はクラむアントの察凊法務のため、俺が助蚀を乞うために蚪れた。床目は倩城調査事務所から東郷に斡旋したクラむアントの付き添いだ。

    「東郷先生。垫走のお忙しいずころ、お時間いただきありがずうございたす」
    面談宀で、たずは東郷に瀌を述べる。

    䞭肉䞭背。柔和な衚情ず顔立ち。瞁のない䞊品な県鏡。仕立おの良いシャドヌストラむプのグレヌスヌツ。その胞元には、桐の花を象ったバッゞが誇らしげに揺れおいる。

    「こちらは山仲忠資さん。物件の取匕盎前に暩利蚌の玛倱が発芚。マむナンバヌカヌドず運転経歎蚌明曞、実印、印鑑登録蚌、本日取埗した印鑑登録蚌明曞、登蚘事項蚌明曞、圓該ビルの建築確認通知曞、そのビルを賌入した幎前の金銭消費貞借契玄曞を持参しおいたす」

    東郷は俺のペヌスに「完璧な段取りですね」ず苊笑する。その芖線は俺がテヌブルに䞊べた曞類の脇に眮いた、色耪せた垃衚玙の日蚘垳に留たった。
    ​「  間宮さん。これは」

    「山仲さんが保管しおいたビルの竣工圓時の曞類ず、幎前の幎日蚘です。写真も圓時のものが貌っおありたす」

    䞀瞬目を芋匵った東郷が、柔らかく山仲に声をかける。
    「日蚘垳、拝芋したすね」

    それを受け取り、ペヌゞを繰りながら埮笑む。
    「では、お茶を飲んで、少しお埅ちくださいね、たず曞類を確認したすから」

    事務員が淹れおくれた熱い緑茶。俺ず山仲は揃っお湯呑みに口を぀け、俺が䞊べた曞類ず、開かれた日蚘垳の蚘述を次々ず粟査しおいく東郷を芋守る。

    分埌。曞類を䞁寧に束ねながら、東郷が口を開く。
    「では、これからいく぀か質問をしおいきたす。本人確認の䞀般的な手順ですから、緊匵せず気楜に答えおくださっお倧䞈倫ですよ」

    たあ、嘘ではないな。必須か぀重芁ゆえ、䞀般的な手順である。
    東郷流のクラむアントを緊匵させない気遣いだ。

    東郷は手元に幎前の日蚘垳を開いたたた、䞖間話を振るように口を開く。
    「山仲さん。このビルを建おられた圓時、䞀番最初に階のフロアに入ったテナントの業皮ず、その方のお名前を芚えおいたすか」

    「スナックです。お名前は掋子さん。  えヌず、尟田掋子さんです。幎前たで階におられお。階には、今はパティシ゚の梅野さんが」

    東郷は満足そうに頷き、日蚘のペヌゞをめくっお次の質問を投げた。
    「このグランパレ元町ビルを建おられた、あるいは賌入された際、賌入資金を借りた支店名ず、担圓者の苗字を芚えおいたすか」

    「板橋支店です。担圓者の名前は、山䞭さんです。人偏のない䞭の字でしたが、同じ苗字だず印象に残ったので確かです」

    「同じダマナカさんでしたか、それは忘れたせんね」
    東郷の指先が、幎前の金銭消費貞借契玄曞の末尟にある、薄くなった銀行員の䞉文刀をそっずなぞる。完党に䞀臎しおいる。

     「では、さきほどお名前の出た、階を売华した梅野さん。圌ずはどこの喫茶店で売買の契玄曞を亀わしたしたか」

    ​「ええず  契玄曞を正匏に亀わしたのは融資を受けた銀行の応接宀ですが、売買の口玄束、実質の亀枉をしたのは、その階のスナックの跡地です」

    ​東郷の目が埮かに现められた。契玄曞ずいう『文字』には残らない生きた蚘憶。圓事者間の脳内にしかない、地面垫が停造できない領域だ。

    「なるほど。では、最初にビルの䞀郚、ワンフロアを売华されたのは、い぀頃、どこの階でしたか」

    ​「最初に売ったのは、幎に、階の束浊さんにです。建おたばかりでしたが、ワンフロアを売っお銀行ぞの返枈に充おようかず。束浊さんのテナントは雀荘です」

    ​「では最埌に、今も賃貞で入られおいる階の青山さんですが、い぀頃から入居されおいたすか」

    ​「えヌず、階の青山さんですか  たしか圌女は、幎に。居抜きで入居されたんです。前のテナントも矎容宀で、そのたた匕き継ぐ圢で」

    矢継ぎ早な質問だが、䞍思議ず嚁圧感はない。
    卓越した尋問スキルだ。圌が資栌をずり、ここに事務所を開いたのは幎前だず聞く。圌が、池袋ずいう士業の激戊区で生き残っおいる理由が垣間みえる。

    山仲は、時々蚀葉に詰たるが、盎ぐに応答する。
    幎続けおいるずいう日蚘の効果か、歳ずいう幎霢を鑑みれば驚異的ず蚀うべき蚘憶力だ。

    東郷にあった僅かな緊匵が完党に消え、い぀もの穏やかな笑みが戻る。
    「ありがずうございたす。結構です。間違いなく、ご本人ですね。これほどの蚌拠を揃えられおは、私も疑う䜙地がありたせん」

    「山仲さん、最埌に確認情報に添付するため、今のお顔写真を䞀枚撮圱させおいただきたすね。はい、正面を向いおください」
    ​東郷がポケットから取り出したコンパクトなデゞカメのレンズに、山仲がやや緊匵した面持ちで芖線を合わせる。短いシャッタヌ音が宀内に響いた。

    ​「すぐに曞類を䜜成したす。少しお埅ちください」
    ​東郷が垭を立぀。

    「本人確認情報」の䜜成は、叞法曞士にずっお極めお倧きな法的リスクのある仕事だ。本人でなく地面垫だった、などずなれば、その士業資栌すら揺らぐ。

    自らの資栌ず名においお、間違いなく所有者本人だず蚌明する曞類を認める。
    のちに本人ではなかったず発芚すれば、懲戒凊分、さらに巚額の損害賠償の請求を受ける可胜性もある。慎重に慎重を期すべきゆえに、気軜に匕き受ける叞法曞士はいない。

    ​今回、東郷が日面談で枈たせたのは、山仲ずいう人間の実盎さず、圌が持っおきた曞類を、俺が確実に調査枈みであるずいう保蚌を信じたから。
    俺ぞの信頌の重さにほかならない。

    䞉分埌。
    プリンタヌの小気味よい駆動音を䌎っお、東郷が厚みのある数枚の曞類を手に郚屋ぞ戻っおきた。
    「お埅たせしたした。山仲さん、こちらが登蚘申請の『委任状』ず、今回の売買内容を蚘した『登蚘原因蚌明情報』の原本です。本日、ご本人であるず確認できたしたので、ここに実印でのご眲名ずご捺印をお願いしたす。朱肉はこちらをどうぞ」

    東郷が差し出しおきたのは、深い深玅の緎り朱肉だった。独特の油の匂いず重厚感。クラむアントの人生を巊右する契玄の重みを背負う士業は、䜕故かこれを奜む。

    山仲が緊匵で僅かに震える手で朱肉に実印を抌し圓お、曞類に向き合った。

    俺が昚日送っおおいた売買条件のデヌタを元に、東郷の事務員が面談䞭に打ち出したのだろう。䞀字䞀文の狂いもない曞類。
    篆曞䜓の、鮮明な朱が萜ちた。

    それを芋守っおいた東郷が優しく受け取る。
    「はい。倧䞈倫です。これで私が責任を持っお、法務局ぞ出す『本人確認情報』を䜜成いたしたす」

    この仕事を匕き受けおくれた東郷に、しかず玄束する。
    「東郷先生。この物件の売買が無事に終われば。来幎、独立開業の予定です。仕事を安くはしたせんが。先生のご䟝頌なら優先しお受諟するこずはお玄束したす」

    東郷が砎顔する。
    「それは、ありがたいですね。間宮さんに優先しおお願いできるずは。単䟡の高いお仕事をするには、間宮さんの調査胜力は魅力的ですから。私には、これ以䞊ないほど頌もしい蚀葉ですよ」

    東郷が差し出しおきた右手を、しっかりず握り返しながら告げる。
    「それから、幎明けにたたお仕事を持っおきたす。厄介ですが、勝算は十分。先生ぞの報酬も惜しみたせん」

    東郷が興味深げに頷く。
    「なるほど。楜しみにしおおきたす」


    ◆


    ​東郷叞法曞士事務所を出る頃には、垫走の短い陜は完党に萜ちおいた。倜の冷気が這い寄るなか、山仲の歩幅に合わせおゆっくりず俺の愛車に向かう。
    山仲を助手垭に乗せ、車を発進させた。

    䞊池袋の狭い䜏宅街をすり抜け、叀びた陞橋で線路を枡る。山仲を自宅に送り届けたら、今日は適圓に食べお垰るか。流石に、今から自炊はしたくない。

    山手通りを北䞊。板橋区圹所の裏手を通り、叀い平屋が身を寄せ合う氷川町ぞ。

    䞀日で片付くトラブル。それで物件が完党にロックできた。春䞀ずの時間は守られた。なら差し匕きプラス。
    あずは金だ。

    平屋の前に車を停め、ハザヌドランプを点滅させた。
    ダッシュボヌドから、茶封筒を取り出す。

    「これは手付け金です。䞇。今月の生掻費ずロヌン返枈の費甚に充おおください。今あなたの元に暩利蚌がないから取匕が流れかけおいるが、それはお互い困るだろう。取匕は先生からの連絡埅ちになりたすが、これで正月を越しおください」

    この手付け金は、単なる金銭の授受ではない。

    ​䞇円の入った封筒をこわごわ握り締める山仲の目を芋お告げる。
    「これは取匕が成立するずいう、俺からの保蚌です」

    ようやく安堵したのだろう。山仲が深い溜め息ずずもに目尻に涙を芋せる。

    声を詰たらせお瀌を蚀う山仲を芖線で促し、車から降ろす。合わせお俺も䞀旊車倖に出お、山仲を芋る。
    ふら぀きはなし。

    山仲ず暮れの挚拶を亀わしおから、愛車に乗り蟌む。

    䞀人きりの、暖房の効いた車内。
    そういえば春䞀以倖の人間を助手垭に乗せるのは久しぶりだった。俺も少し気を匵っおいたのかもしれない。䞍思議なほど気が緩むのを感じた。

    バックミラヌの向こう。冷え切った冬の倜空の䞋、深々ず頭を䞋げ続ける山仲の姿に思わず苊笑する。
    生真面目で、埋儀なご老人だ。

    アクセルを螏み蟌む。
    暩利蚌玛倱に纏わる党おの雑務は終わった。

    日たでに、なんずか春䞀に時間を貰わなくおはならない。ハむゞュ゚リヌメゟンに勀める春䞀の月の時間が、どれだけ貎重なものか。

    倕食をずったら、い぀もの掗車堎に行かねば。
    春䞀を乗せるずきに、桐箪笥の銙りは困る。



     
     

    桜子

     
     
    珟圚は無理せずノンビリ投皿。小説「間宮真の機胜的ロココ探偵事務所」を連茉䞭。昚幎投皿した「神の噚 幻燈の通」を倧幅加筆修正した新䜜旧䜜「倜に灯る〜幻燈の通〜」を投皿。北郚九州圚䜏。小説を曞き始めお早幎カ月。

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