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回想Ⅱ モンレヌノの倜雑居ビル管理組合の再線、匷制執行認諟文蚀付き公正蚌曞ぞの捺印【間宮真の機胜的ロココ探偵事務所】

    地雷撀去を前提に、地雷物件を買った男の物語。

    間宮真がロココ探偵ずなる前の時間軞。
    幎月に、独立開業甚の拠点、自宅兌事務所ずしお、グラン・パレ元町ビル階ワンフロアの賌入を決めた間宮真。
    ゚レベヌタヌなし。築幎。平成バブル埌の「䞭小事業者向け・䜎コストビル」ずしお竣工された雑居ビル。
    春䞀の自宅から埒歩圏内。䞉田線、駅埒歩分。階がパティスリヌカフェで雰囲気良奜。自宅兌事務所に利甚できる氎回りの間取り。  怜査枈蚌あり。

    幎。探偵・間宮真は、アスベスト建材が䜿甚された雑居ビルの区分オヌナヌになった。




    ​​幎月7日。
    冬が明けるには、ただ時間が必芁だった。

    倜時、パティスリヌカフェ・モンレヌノ。
    即垭䌚議卓の䞊には、䜕通もの曞類。倩井灯から萜ちる光を受けお癜く浮かび䞊がっおいる。

    オヌナヌ名党員が、叞法曞士・東郷拓哉の甚意した契玄曞に刀を抌す。『匷制執行認諟文蚀付きの公正蚌曞』の䜜成に同意する契玄曞だ。

    束浊が、ふず手を止める。
    「  間宮さん。これを抌せば、俺たちは䞀生あんたに頭が䞊がらないな」

    俺は静かに頷く。
    「たあ、そうですね。ですが、それを抌せば、貎方は所有するフロアを負債ではなく資産に出来る。どちらが安い賭けか、刀断は任せたす」

    党員のペン先が止たり、そしお同時に動き出す。


    その光景を芋た瞬間、ここに至るたでの怒涛のカ月が、走銬灯の劂く脳裏を過ぎる。


    ◆


    月日、午前時。
    い぀もの銀行、い぀もの支店。
    だが、い぀もの銀行窓口が䞊ぶロビヌを暪目に、奥ぞず進む。

    山仲の融資元、その板橋支店。俺もメむンバンクずしおいる芋知ったメガバンクが契玄の珟堎に遞ばれた。些か気が楜だ。

    「お取匕宀」ず蚀われ案内された個宀を、さり気なく芋枡す。

    防音の効いた静かな郚屋。黒いレザヌ゜ファに囲たれた長方圢の朚補テヌブルが真っ先に目に飛び蟌んでくる。朚目調の壁、グレヌのカヌペット、癜いブラむンド。机の䞊には、倧型の朱肉、捺印マット。
    人が座れる立掟な応接セットで埋たる、狭さはないが広くもない空間。

    思えば、自分の甚事でこの類の郚屋に入るのは、人生初だな。

    枅朔感のあるレザヌ゜ファ。柔らかな倖芋に反しお、座面ぞの沈み蟌みは党くない。曞類に䜕箇所も実印を抌す郚屋、深く腰掛けおは䜜業に差し障る。

    垭に着くのは、買䞻である俺ず、売䞻である山仲忠資、そしお叞法曞士の東郷拓哉。テヌブルの短蟺にいる東郷を挟んで、俺ず山仲が察面する。あずは傍に控える銀行員。さきほど受け取った名刺には朮谷優花里ずあった。
    蚈名だけがここにいる。

    これから、​叞法曞士である東郷に埓っお、取匕を進めおいくこずになる。

    俺の手元には、実印ず運転免蚱蚌、そしお通垳。
      ポップで没個性なオリヌブグリヌン、い぀芋おもゆうちょ銀行のそれにそっくりだな。

    東郷が黒いアタッシュケヌスから曞類を取り出し、机に眮いた。

    たずは、叞法曞士による曞類審査ず本人確認。山仲から、先日取埗した『印鑑蚌明曞』ず『䜏民祚』、実印を預かり、突き合わせる。

    次は、暩利蚌玛倱の凊理だ。山仲から受け取った運転経歎蚌明曞を、東郷は䞁寧に目芖する。

    東郷は運転経歎蚌明曞を山仲に返华したのち、最終確認を行う。口頭で山仲に、生幎月日ず、ビルの売华意志に間違いがないかを尋ねた。

    そしお事前に䜜った『本人確認情報』を机に䞊べた。先日の面談蚘録、ビルの倉遷などの質疑応答をたずめた枚の曞類。

    叞法曞士が「間違いなく本人の意思による売华である」ず保蚌する囜家資栌者の特暩曞類。

    これに山仲の眲名ず実印を求め、完成させた。

    東郷が俺に小さく頷く。
    ​「曞類は党お揃っおいたす」

    有資栌者による確認は枈んだ。次は、山仲による所有暩移転・抵圓暩抹消曞類ぞの抌印。

    ​山仲が、東郷の指瀺通りに『登蚘原因蚌明情報』及び『登蚘申請甚委任状』に眲名、実印を抌す。

    ぀いで山仲は、銀行員・朮谷が甚意した、ロヌン完枈甚の『繰䞊返枈申蟌曞』にサむンする。

    ​山仲の手が、少し震えた。これで䞀旊は、身綺麗になれる。東郷が「ゆっくりで倧䞈倫ですよ」ずフォロヌを入れた。

    ​「  はい、間違いなく、曞類は党お揃いたした。い぀でも登蚘申請ができたす。間宮さん、着金の手続きをお願いしたす」

    いよいよ取匕。俺の口座から山仲の返枈甚口座ぞの、資金移動だ。

    手付けの䞇を匕いた残代金䞇円ず、玄束した固定資産皎・郜垂蚈画皎の䞇円。
    それを盎接振り蟌むための『払戻請求曞』ず『振蟌䟝頌曞』を銀行員に手枡す。

    ​俺の䌝祚ず通垳、山仲の通垳を預かった朮谷が「では、手続きを行っおたいりたす」ず郚屋を出おいく。


    䞇ずいう数字が、俺の口座から山仲のロヌン口座ぞず、電子デヌタずしお吞い蟌たれおいく時間。

    さお、ここからが本番である。朮谷が戻っおくるたで分前埌。無駄にする手はない。

    グラン・パレ元町ビル。
    その管理組合の再線が、俺ず山仲に共通する喫緊の課題ずなる。

    今埌のロヌドマップを䜜るためにも、たずは珟実を盎芖しおもらわねばならない。東郷にも今日、䟝頌の内定たでは枈たせおおきたい。

    静たり返った郚屋。巊手銖にある自動巻時蚈、春䞀に莈られたMaison ValberrysのRoyale de Diamantロワむダル・ド・ディアマンに目をやり、心を決める。

    山仲は憐れな老人ではなく、理知的なビゞネスパヌトナヌだ。

    山仲を芋据えお口を開く。
    「山仲さん、これで貎方のロヌンは消えたす。ですが、ビルの問題が解決したわけではありたせん。階の梅野さんのフロアでアスベストが出た。そしお階にも深刻なアスベストがあった。これは぀たり、ビル䞀棟党䜓に爆匟が埋たっおいるずいう意味です」

    虚を突かれた、そんな反応だった。ロヌン返枈に远い詰められパニックになった結果、思考の倖にあったらしい。

    「山仲さんが貞し出されおいる階ず階にも、区分所有のオヌナヌのフロアにも、ビル共有郚の内階段や配管の䞭にも、アスベストはある。そう考えるのが、自然。違いたすか」

    山仲は、䞀瞬で青耪めた。だが、反駁も蚀い蚳もしない。ただ、老いた顔に苊悩が滲む。階ず階の資産䟡倀の䞋萜。いやこの男の気質なら、テナントにどう顔向けすべきか、だろうか。

    「アスベストが、ですかお持ちいただいた曞類には陀去報告曞がありたしたが、それは」
    東郷がギョッずした顔で、俺ず山仲に向けお芖線を埀埩させる。

    「ええ。今回私が買ったグラン・パレ元町ビルの階フロア、私の専有郚は、山仲さんが事前にアスベストを陀去しおいたす。ですが、共有郚は手付かず、ですよね」

    山仲が青耪めたたた、こくりず頷く。

    「特に問題ずなるのは配管スペヌス。ここに階にあったようなアスベスト断熱材が残っおいれば、壁の䞭を通る配管工事をするたびに、アスベストが飛散するリスクがありたす」

    「なるほど。  間宮さんは、それを分かっおこの物件をお買いになった、ず」

    「ええ。ビル党䜓のアスベストを陀去する、その筋道を山仲さんずなら立おられるず思いたしたから」

    俯きかけおいた山仲は、バッず顔を䞊げお、俺を食い入るように芋぀めた。

    今なら、建蚭的には話し合えるだろう。山仲ず目を合わせる。
    「​アスベストには法的な告知矩務がありたす。アスベストの存圚が確認された以䞊、管理責任者である山仲さん、たたは管理組合には、党区分所有者ず賃借人に察しお『調査結果および今埌の察策』を報告する矩務が生じたす。その準備はできおいたすか」

    「いいえ  自分のこずに手䞀杯で、なにも。お恥ずかしい、限りです  」
    矞恥。悔恚。そしお僅かな屈蟱が滲む声色。

    䞋手に慰めるのは逆効果。隣に座る東郷ぞ話を振る。
    「東郷先生。珟圚ビル管理が山仲さん頌りになっおいたす。ビル管理組合が機胜しおいたせん。このたた党通調査に入れば、他の区分所有者や貞借人ずの間で必ず摩擊が起きたす。法的に党員を玍埗させ、か぀動かすための『噚』を䜜りたい。力を貞しおいただけたすか」

    東郷は県鏡のブリッゞを指で抌し䞊げお苊笑する。そしお、胞元で鈍く光る五䞉の桐を撫でおから快諟しおくれた。
     「これですね、『幎明けの仕事』は。いいですよ。アスベストのような法的瑕疵が発芚した以䞊、攟眮すれば党員が共倒れです。たずは圢匏的な管理組合を『法人化』するか、あるいは芏玄を厳栌に改定し、党員に『圓事者意識』を持たせる合意曞、公正蚌曞を巻くべきですね。最叀参の束浊さんはご高霢、盞続を突けば、率先しお動いおくださるでしょう」

    区分所有法䞊の『管理組合法人』を蚭立するには、総䌚で特別決議による分の以䞊の賛成、今回なら人の賛成が必芁になる。

    「山仲さん、ほかのテナントはどうなっおいたすか」

    山仲が焊った顔をしお、たご぀いた。質問が悪かったらしい。
    問い盎す。
    「階矎容宀の貞借人は幎入居の青山雅子さんでしたよね。階貞借人は幎入居の笹朚亜矎さん。雑貚屋の看板がありたした。階区分オヌナヌは幎に取匕をした梅野悠貎さん。『パティスリヌカフェ・モンレヌノ』。山仲さん、階に入っおいる『やたしな鍌灞敎骚院』は、い぀頃に取匕をした、どんな方ですかロヌンや家庭の状況なども分かれば」

    山仲は少し意倖そうな顔をしおから話し出した。
    「幎、幎前。階を䞇円で売りたした。蚭備投資も含めお日本政策金融公庫で䞇円、幎ロヌンを借りられたず聞いおいたす。新創業融資制床を䜿ったずか。今も返枈䞭のはずです。  確か  固定金利%で借りられたから、支出が安定しおいお助かる、ず奥さんの麻里子さんが䜕床か口にしおいおいたした」

    盞倉わらず非垞に良奜な察人蚘憶力だ。元営業職だからだろうか。

      オヌナヌの䞭で䞀番この問題で差し迫っおいるのは山科か。
    完枈たであず幎。毎月の返枈額は、おそらく䞇円前埌。途䞭で劇的な繰り䞊げ返枈がなければ、䞇から䞇円はロヌンが残っおいる。

    そしお金融機関から芋れば、珟状のグラン・パレ元町ビル、​担保である物件の䟡倀は、実質的に喪倱したず刀断せざるを埗ない。

    誰も買わないものに、経枈的䟡倀はないからだ。

    金融機関ず亀わす融資契玄曞には、必ず『期限の利益喪倱事由』ずいう項目がある。
    これは、状況が倉わったずきに「分割払いの暩利を奪い、即座に党額返枈を求める」ずいう条項。

    ​民間ではなく政府系金融機関が盞手であったこずは幞運極たる。担保䟡倀なしず芳れば「即座に返枈せよ」ず求める民間ず違い、公庫は、「事業は続いおいるか」「 回埩の䜙地はあるか」ず、たず面談を蚭定しおくれる。

    「担保がなくなった。このたたでは融資を続けられない。だが、あなた自身に事業を立お盎す意思ず胜力があるなら、蚈画曞を出しおくれ。それで玍埗できれば、返枈条件を緩和する」ずいうのが䞭小䌁業の味方である圌らの基本姿勢。

    「この先幎間は元本返枈をストップしお、利息のみでいい」「返枈期間をさらに幎延長する」ずいった柔軟な条件倉曎たでしおくれる可胜性もある。

    だが、改善案がなければ同じこずだ。公庫からは、必ず​「経営改善蚈画曞」の提出を求められる。

    アスベストぞの有効な察応策を提瀺し、資産䟡倀の䞋萜はないず認めさせない限り、貞した金の未返枈分を䞀括で今すぐ返せ、ず蚀われるだろう。

    担保物件の資産䟡倀が『アスベスト汚染物件』である以䞊、改善案もなく、融資の党額繰り䞊げ返枈もできないのなら  自己砎産しかない。

    ​

    「階の梅野悠貎さんに぀いお、もう少しお尋ねしたい」



    ◆



    あらかたヒアリングは終えた。日埌に東郷ず詳现を詰める玄束たで取り付けたずころで、​ドアがノックされる。

    戻っおきた朮谷の手には、俺ず山仲の通垳ず、通の封筒。
    ​「山仲様、確かにご返枈を確認いたしたした。こちら、本日におお戻しする『抵圓暩抹消関係曞類』でございたす」

    山仲が䞭身を確認する暇もなく、東郷が「お預かりしたす」ずプロの手぀きで分厚い封筒を回収し、䞭身をチェックする。
    ロヌンが消滅した蚌拠である『抵圓暩抹消関係曞類』。
    コむツに銀行の実印抌し忘れなどがあった堎合、俺が䞍圓に借金を負うこずになる。

    通垳を確認しお目を最たせた山仲は、朮谷に促され、俺宛おの『残代金領収曞』に捺印した。

    「はい、倧䞈倫ですよ」ず東郷から埡墚付きを貰った山仲が、倧きく息を吐いた。

    ​心底安堵した、ずいう衚情で、山仲がポケットからグラン・パレ元町ビル階の鍵を取り出す。内階段偎ず非垞階段偎の本の鍵が、シンプルなキヌホルダヌで繋がれおいる。

    「間宮さん、これが階の鍵です。よろしくお願いいたしたす」
    ​䞡手で捧げ持぀ように差し出しおくる山仲に少々困惑する。山仲の手の平から右手で摘み䞊げ、巊手で迎えるこずにした。真鍮の重みを感じる。

    山仲から、領収曞を手枡される。
    鍵を机に眮き、䞡手で受け取る。売買残代金および固定資産皎等枅算金ずしお、金䞇円也。

    曞類の束を鞄に詰めた東郷が、い぀もの柔和な衚情で告げる。
    「お疲れさたでした。では、これより私は法務局ぞ向かいたす」



    ◆

    ​


    足早に急ぐ東郷を人で芋送ったのち、䞊んで銀行を出る。
    ふず山仲に目をやる。月初旬の午前。実に寒そうだ。

    叀いながらも仕立おの良い、密床の高さが芋お取れる䞊質なりヌルコヌト。だがそれが包む本䜓は、幎霢盞応に脂肪も筋肉も少ない。

    この生真面目なご老人は運転免蚱を返玍しおいる。

    「山仲さん。ご自宅たででよければ、送りたす。もしご予定がなければ、乗っおください」

    「え  よろしいのですか」

    目を䞞くする山仲に、先ほど受け取った鍵を降っお芋せる。
    「ええ。グラン・パレ元町ビルが、今日の目的地です。私のフロアを芋に行く぀いでに車を寄せるだけなら、手間でもありたせんから」



    ◆



    幎月日、午前時。
    グラン・パレ元町ビル、階。

    内階段を䞊り、本日手に入れた鍵を䜿いドアを開ける。

    「たあ、廃墟だな」
    山仲ず取匕の内定を亀わしたずきず倉わらぬスケルトン以䞋。

    手早くスマヌトフォンを取り出す。
    ​「さお、ず」
    ​画面にはマむナポヌタルアプリ。数タップで曞類を䜜成し、指先で『申請送信』のボタンを抌す。

    画面に衚瀺された『送信完了』の文字。

    ​これで、個人事業䞻ずしおの掻動が正匏に囜に認められた。心地よい達成感。

    本栌的に開業するずきに法人化する予定だが、これで圓面の掻動には事足りる。

    ​「個人事業の開業・廃業等届出曞」
    ​「所埗皎の青色申告承認申請曞」
    ​個人事業䞻になる手続きがスマホ䞀぀で完結する。良い時代だ。

    ​「これで俺は、探偵事務所の代衚、兌ビル管理組合の圓事者になったわけだ」

    アプリ画面を閉じ、春䞀からの連絡がないか通知を確認しおから、ポケットに端末を収めた。

    さお、やるべきこずはただある。
    『パティスリヌカフェ・モンレヌノ』の店䞻、階の区分オヌナヌである梅野悠貎ずの協議だ。



    ◆



    ​午前時分。女性客で賑わう階に足を螏み入れる。

    正面には、元ホテルパティシ゚梅野の䜜るケヌキが䞊ぶ冷蔵ショヌケヌス。巊手には広めのカフェスペヌス。

    店内を満たす甘い銙りに、春䞀を思い出す。
    幞せに匂いがあるのなら、それはバタヌの銙りをしおいるはずだ。

    この店に来るのは床目になる。
    床目は、この物件を芋぀けた盎埌。賌入を怜蚎する䞊での珟地調査。この店の存圚も俺がこのビルを賌入した芁因の䞀぀。探偵事務所や雑居ビルずいう響きに身構える人間は倚い。明るく女性客メむンの店が階にあるメリットは倧きい。
    床目は、山仲ずの口頭による契玄合意の盎埌。春䞀ぞの手土産を買う぀いでに、店䞻の人柄を軜く確かめおおいた。

    「いらっしゃいたせ。お持ち垰りですか店内でご飲食ですか」
    アルバむトだろう、若い女性スタッフに明るく声をかけられる。

    「店䞻の梅野悠貎さんず少しお話がしたい。お忙しいでしょうから、今は、今倜、お時間をいただきたいずお願いに来たした」

    スタッフは䞍思議そうな顔をしたが、「かしこたりたした」ず厚房ぞず向かう。

    盎ぐに梅野が出おきた。ニュアンスパヌマのオヌルバック。身長はcm前埌。幎霢は代前半。

    枅朔感のある奜青幎、を絵に描いたような颚貌。

    「あ、間宮さん。あの  私にご甚ずは」

    ​「䞍躟に申し蚳ない。今日、階の鍵を匕き取りたした。぀たり、今日からこのビルのオヌナヌの䞀人。ビル管理組合の緊急総䌚が近々ありたす。叞法曞士を亀えお。その話をしたい。今倜、お時間をいただけたすか」



    ◆



    午埌時。
    店の看板の灯りは消えおいるが、店内の厚房にはただ灯りがずもっおいる。

    ノックをするず、ただ゚プロンを぀けたたたの梅野悠貎が顔を出す。
    「間宮さん。どうぞ、お入りください」

    「倜分に倱瀌いたしたす」

    バタヌず埮かなバニラの銙りが挂う店内。奥の厚房からは冷蔵庫の駆動音が聞こえる。

    「間宮さん、こちらぞどうぞ」
    梅野は、゚プロンの玐を解きながら俺を手招いた。

    案内されたカフェスペヌス。风色の朚補テヌブルに持参したものを䞊べる。
    「たず、こちらを。私の名刺ず運転免蚱蚌、階の売買契玄曞ずアスベスト陀去完了報告曞です。私の玠性に぀いおはこれで玍埗しおください」

    梅野は䞀぀ひず぀指先で確かめるように目を通し、頷いた。玠性ぞの疑念が消えたらしい。

    梅野の目を芋お告げた。
    「挚拶は割愛させおもらいたす。階階の調査及び工事により、共有郚の配管スペヌスにも、アスベスト断熱材が残っおいる可胜性が高いこずがわかりたした。このビル党䜓に、陀去工事が必芁な状況です」

    ​梅野は、蚀葉を倱った。圌はパティシ゚だ。衛生管理には人䞀倍気を配っおいるはず。その顔から血の気が匕き、額に脂汗が浮かぶのが芋える。
    ​「  ありえない。俺は、開業の際、陀去工事に䞇円を泚ぎ蟌んだんですよ。店内の空気環境は䞇党です」

    「ええ。私のフロアも同じく。その報告曞にあるように専有郚は完党に陀去されおいたす。しかし共有郚は未だ手付かず。このビルで配管工事をするたび、あるいは振動があるたびに、貎方の店には埮现な繊維が降り泚ぐリスクがある」

    梅野の手が、テヌブルの䞊で匷く握り締められる。
    プロの料理人特有の、小さな火傷跡ず、短く切り揃えられた爪。

    「ビル党䜓の問題だず」

    その通り。理解が進んできたようだ。
    ​「ええ。配管は共有郚です。管理組合が動かなければ、壁の䞭で繊維が飛散する『可胜性がある』。  飲食店にずっお、これは営業䞊の死刑宣告に等しい。違いたすか」

    梅野は答えなかった。圌自身、答えは分かっおいる。

    建材ずしお壁玙の奥深くに閉じ蟌められおいる以䞊、盎ぐに目に芋える被害が出る類のものではない。
    だが「被害が出る可胜性がある」。可胜性こそが、ビルの資産䟡倀ず安党を無限に毀損する。

    「党通の陀去工事を今すぐ発泚するしかない。攟眮すれば、この店も、このビルも、資産䟡倀どころか経営そのものが吹き飛ぶ」

    「山仲さんは  」

    「同じ区分オヌナヌである以䞊、私も貎方も、山仲氏ず同じだけの責任を持぀責任者です。そしおもう䞀぀、珟実的な話をしたしょう。山仲氏が䞇䞀倒れたら、䜕の知識もない息子さんが階ず階を盞続するこずになる。その方が、芋知らぬビルの䜏人のために骚を折るず思いたすか  山仲氏に力はないが、責任感は誰よりもある。この件で圌を責めお無闇に远い詰めるこずは、確実に解決を遠ざける。この事態においお悪手です」

    梅野は蚀葉を倱い、喉を鳎らした。
    「  間宮さん。なぜ、俺にそれを話したんですか」

    ​「このビルで、即座に動ける資金ず決断力を持っおいるのは、階の俺ず、階の貎方だけだからです」
    これは事実だ。
    だが今の圌は、それをただ自芚しおいない。

    「俺はここを買ったお金ず、アスベストの陀去、それからキッチンの蚭備投資で、独立資金の䞇円を䜿い果たしおたす。これ以䞊、このビルに金を泚ぎ蟌む䜙力はありたせん。  でもこのリスクを攟眮すれば、店が朰れる」
    梅野は、深く溜息を぀いお顔を芆った。

    「  ここのテナント、入居者に぀いお。どの皋床ご存じですか」
    圌には、芚悟を決めおもらわねばならない。

    「  挚拶皋床です」
    俺の問い掛けに、梅野が緩慢に顔を䞊げた。

    俺は感情を乗せずに、䞀蚀䞀句を叩き蟌むように事実を䞊べた。
    「階の青山雅子さんは歳。頌れる身寄りはない。䜏居兌甚のため、アスベスト陀去工事䞭には䜏む堎所すらなくなる。階の束浊哲也さんは歳。雀荘ずいう斜陜事業。嚘倫婊ず暮らしおいるが、嚘倫婊には人の小孊生の子䟛がいる䞊、旊那偎の芪は芁介護で斜蚭暮らし。階の笹朚亜矎さんは歳。実家暮らし、資本金円での開業。芪埡さんは自宅ロヌンを返枈䞭。階の山科秀明さんは歳。アスベストで担保評䟡が地に萜ちる、この物件をロヌンで賌入。䞀括返枈を求められお自己砎産たで秒読みです。青山さんず笹朚さんは山仲さんの店子、束浊さんず山科さんが区分オヌナヌです」

    これは、ただの珟実の矅列である。だがそれが意味するずころを察した梅野の衚情は、じわじわず硬盎しおいき、口元が匕き攣った。

    「  貎方は、どうしおそこたで他のオヌナヌの台所事情を知っおいるんですか」

      確かに。物件怜蚎の事前調査、先日成り行きで芋おしたった山仲の保管文曞、そしお本日に山仲からヒアリングした内容。それらを組み合わせお導き出した事情である。
    新参の区分オヌナヌが持぀には、あたりに䞍審。
    「自らの事業を行うために物件を賌入するんです。物件の資産䟡倀ず、管理組合を調べるのは圓然のこずです」

    「圓然の  そう、ですよね」
    俺の蚀葉に、梅野はテヌブルの朚目を芋぀めたたた盞槌を打぀。
    圌が気の良い人間で助かった。

    「斜陜事業の高霢者、ロヌン返枈䞭の個人事業䞻。山仲さんがいくら泣き぀いおも、どの銀行も銖を瞊には振らない。このビルの䟡倀はアスベストで毀損し、担保ずしおの機胜も停止しおいる。圌らに融資をする銀行は、この囜には存圚しない」

    「山仲さんには、所有する賃貞アパヌトがありたすが、そこの家賃収入は維持管理費ず皎金の支払いに消えおいるため、手元に珟金はありたせん。収益性の䜎い築叀ですから売っおも党通工事には党く足りたせん。自宅を抵圓に入れたずしおも、歳が事業のために数癟䞇を借りるこずは䞍可胜です」

    ​沈黙する梅野に、静かに畳みかける。
    「今日こちらに来たのは、飲食店である貎方の店を守るためには時間が呜だからです。それにはオヌナヌ党員が協力するこず、そしお費甚を銀行ロヌンだけに頌らないこずが必須事項ずなりたす。銀行融資を埅おば、工事開始たでに数カ月は溶ける」

    梅野は、カフェテヌブルの朚目を食い入るように芋぀めた。

    沈黙が、重く挂う。
    圌が珟実を飲み蟌むのを埅぀。

    ​「  おじいちゃんに、祖父に、頭を䞋げたす」
    ​梅野は震える声でそう蚀った。圌は、老舗ホテルで研鑜を積み䞇円を䞀人で貯めた、誇り高い経営者だ。

    それでも遞んだ。自らのプラむドよりも、自らの城ず、自らの矩務を。

    「日埌に、山仲氏が党オヌナヌを招集したす。管理組合を再線し、調査の承認を取り付けるための総䌚です」

    前提の共有は枈んだ。これが本題だ。
    ​「調査結果が出次第、その芋積もりを元に資金調達蚈画を確定させ、ほかのオヌナヌず管理組合経由での融資契玄を結びたす」

    圌が乗らねば、俺䞀人でやるしかない。

    「たずは芏玄改定の雛圢を䜜るために、日埌、午埌時。叞法曞士の先生の元ぞ行きたす。  梅野さん、貎方の店を守るために、俺ず組む気はありたすか」

    圌は俺の目を真っ盎ぐに芋据えた。
    「はい。俺の店を守るために。このビルを、貎方ず建お盎す。その芚悟を、決めたした」
    それは、厳しい珟実を盎芖する「経営者」の目だった。

    「  貎方ず私は、このビルのアスベストを完党陀去し資産䟡倀を再構築する『プロゞェクト』を立ち䞊げる。お祖父様には、貎方の孫は『甘え』で資金を乞うのではない。持続可胜なビゞネスプランなのだず、正しく説明を」



    ◆



    ​月日、午埌時。
    豊島ビルデむング階、東郷拓哉叞法曞士事務所。

    ​「梅野さん、お初にお目にかかりたす。間宮さんからお話は䌺っおいたす。たずは  これですね」
    東郷が、数枚の曞類を梅野の前に滑らせた。

    ​『グラン・パレ元町ビル保党及び事業持続性に関する蚈画芁旚』

    「これは、祖父に芋せるプラン  ですか」
    パラパラず目を通した梅野の口元に、僅かな安堵の笑みが溢れた。
    「ありがずうございたす。  これなら、話を聞いおもらえたす」

    ​「さお、本題に入りたしょう」
    東郷は衚情を匕き締め、胞元で鈍く光る五䞉の桐のバッゞをそっず撫でた。
    ​東郷が俺ず梅野に、䞀郚ず぀合意曞を配る。

    『グラン・パレ元町ビル再生プロゞェクト参加及び費甚負担に関する合意曞』

    ​「間宮さん、梅野さん。『ビルを綺麗にしたしょう』なんお綺麗事を蚀っおも、人は動きたせんよ。人を動かすのは正矩感ではなく『自己防衛』『自分のケゞメ』『子䟛ぞの責任』です」
    ​東郷の蚀葉は淡々ずしおいたが、極めお実践的な心理戊の芁諊を突いおいた。

    ​「アスベストを含む建材が䜿われおいるビルは、売るこずも、子䟛に盞続させるこずもできない、ただの負債、巚倧な石の箱だず䌝えたす。同時に敎骚院の山科さんには、『今のたたではロヌン返枈の継続が担保できなくなる』ず、金融機関の芖点を借りお忠告したす。  これは脅しではなく、圌らの人生を守るための『珟実の提瀺』です」

    ​梅野が合意曞の䞀文を指でなぞりながら、䜎い声で蚀った。
    「第条  金額の確定は総䌚決議を経お、ですか。぀たり調査結果が出お、芋積もりが出たら契玄を結ぶ。その前段階の玄束なんですね」

    ​「その通りです、梅野さん」
    東郷が満足そうに目を现める。

    「『お二人が調査費甚を立お替えお今すぐ党通調査をする』『調査・工事費甚をビルオヌナヌ党員が負担する』。その点の合意を取るんです。他のオヌナヌたちには、その調査結果が出た段階で、正匏な金銭消費貞借契玄を巻いおもらいたす。圓日は、この合意曞の意味を、お二人からも噛み砕いお説明しおあげおください。専門甚語ばかりだず、高霢者や曞類に䞍慣れな方は身構えおしたいたすから」

    東郷の蚀葉に、梅野がコクリず頷く。
    ​「分かりたした」

    「板橋区でも『調査費』の助成金は盎ぐに通せたすから、お二人の持ち出しは最小限で枈みたす。  問題は、その埌の『陀去工事』のお金ですがね」
    東郷が県鏡のブリッゞを抌し䞊げ、苊笑した。

    「あそこは新宿区や枯区ず違っお、財政的にこの手の補助金がずにかく枋いですから。工法や芋積もりが確定しないず、圹所に工事の着手申請もできたせん。私が調査期間䞭に建築指導課の担圓ず裏で詰めおおきたす」

    「綺麗事では人は動きたせん。特に、自分の無知や経枈的困窮を隠したい人間は、珟実から目を背けたがる。だから私が、法的なリスク、資産䟡倀の完党な喪倱、そしお最悪のケヌスずしおの刑事責任たで、培底的に珟実の提瀺を行いたす。梅野さん、驚かないでくださいね」

    梅野は、再び深く頷いた。
    「はい」

    東郷が合意曞の第条を指で叩く。
    「たず、党䜓の調査費や共有郚の工事費ずいった『共通費甚』は、専有面積比率で案分するずいう倧原則にサむンをさせたす。圓然ですが、階から階たでの『それぞれの郚屋の䞭』にかかる個別工事費は、そのフロアのオヌナヌの満額負担です。すでに自腹で専有郚を斜工枈みの間宮さんず梅野さんが、他人の郚屋の工事費たで背負う必芁は䞀切ありたせんからね」

    あたりに圓然のこずだが、䞖の䞭には圓然のこずを理解する気がない人間が存圚する以䞊、絶察的に必芁な文蚀である。
    「東郷先生。山仲さんには『情ず責任』で呚囲に呌びかけおもらうよう、事前に私から回しおおきたす」



    ◆



    幎月日、倜時。
    閉店埌の階パティスリヌに集たったオヌナヌ名。

    台のカフェテヌブルを぀なげた臚時の䌚議卓。
    俺の巊隣には山仲忠資、俺の右隣には梅野悠貎が着垭した。

    察面には、山仲の正面に山科秀明、俺の正面に束浊哲也、梅野の正面に束浊の嚘・䜐藀久矎が座る。

    叞法曞士の東郷は、山仲ず山科の間に䜍眮する臚時䌚議卓の短蟺の前に立った。党䜓を芋枡せる䜍眮。
    暩嚁ずは垞に芖芚から挔出するものだ。

    风色の朚補テヌブルの䞊には、階ず階の『アスベスト陀去完了報告』のコピヌ、そしお東郷の甚意しおくれた『グラン・パレ元町ビル再生プロゞェクト参加及び費甚負担に関する合意曞』が広げられおいる。

    東郷が、い぀もの柔和な衚情で、店内の静寂を砎る。
    淡々ず、事実を語り始めた。
    「階ず階でアスベストを含む建材が発芋された事実がある以䞊、党通の調査が必芁です。アスベストの含たれた建材をこのたた攟眮し、䞇が䞀、将来的な健康被害や売华トラブルが起きれば、区分所有者党員が法的責任を問われたす」

    パティスリヌカフェを、静寂が満たす。

    「山仲さんず間宮さんからご盞談された、ここで䞀床、党通の瑕疵を掗い出し、適正な陀去蚈画を立おお『安党な物件』ずしお公蚌する蚈画。極めお合理的です。そうすれば、資産䟡倀は回埩したすから。工事が無事に完了すれば、このビルは『アスベストなしの安党な建物』ずいう公的な蚌明曞が出たす。これは盞続や売华で『䞀番の歊噚』になるものです」

    山仲が、懞呜に話し出す。
    「アスベストのこずは䜕もわからず、皆さんに怖い思いをさせた。本圓に申し蚳ない。  だが、間宮さんたちが、高霢者の私の分たで知恵を貞しおくれおいたす。皆さんも、このビルを子䟛に遺せる資産にするため、営業停止や颚評被害を受けないため、どうか協力しおほしい」

    少し息を敎え、山仲は数日前に俺が䌝えた数字を口にした。
    「個人で調査するず高いが、党通たずめお頌めば安くなるらしい。具䜓的には芋積もり埅ちですが、アスベストの陀去䜜業も、個別に陀去するより、党通䞀括で専門業者を入れるほうが、ワンフロアあたりの単䟡が割から割は䞋がるそうです」

    東郷が間髪入れずに話を進める。
    「皆さん、これは山仲さん個人の問題じゃありたせん。このビルの構造䞊の瑕疵です。党員で負担を分け、䞀括で工事を行えば、䞀人の金銭的負担は数分の䞀に抑えられたす。たずは、このビルを『安党な物件』ずしお再生させる察策を行うための管理芏玄の厳栌化、管理組合の再線から手を付けたしょう」

    付き添いの嚘ず芖線を亀わしおいた束浊が、東郷に尋ねた。
    「そのうち売っお、老人ホヌムの入所資金にする予定だったんだが。  このたただず、どこにも売れないのか」

    「はい。珟状は、資産䟡倀がれロでなく、マむナスですので。売るには、最䜎でも専有郚のアスベスト建材を完党に陀去したず蚌明する必芁がありたす。アスベスト陀去完了報告曞があり、盞堎の半倀以䞋なら売れる可胜性はありたす。個別に陀去した階ず階は、階は玄䞇円、階は玄䞇円が工事に必芁だったそうですが、出せたすか」

    「無理だな。  隠しお売ったらいかんのか」
    煙草で焌けた声から攟たれた、昭和感溢れる思考。束浊の隣に座る嚘が、父芪の発蚀に目を剥いおいる。俺の暪に座る梅野からも驚いおいる気配がする。

    「もし『アスベスト未告知』のたた売ろうずすれば、今の䞍動産取匕では重芁事項説明で必ず匕っかかり、売買契玄の解陀や損害賠償に発展したす。぀たり、今珟圚アスベストを隠しお䞍動産を売るのは犯眪の䞀皮です」

    束浊の質問に淀みなく回答した東郷は、もう䞀぀の経枈的珟実を告げた。
    「よくある喫緊の問題ずしおは、そうですね。このビルの䞀宀を担保に銀行融資を受けおいる堎合、金融機関に瑕疵が露呈した時点で䜕ら察策がなされおいなければ、期限の利益喪倱、぀たりロヌンの䞀括返枈芁求の察象になりたす」

    階のオヌナヌ、やたしな鍌灞敎骚院の山科秀明が、みるみる青耪めた。

    「もし、䞇が䞀、このビルでアスベスト健康被害が出た堎合。䜕も察策を講じおいなかったオヌナヌ様は、善管泚意矩務違反を問われたす。そうなれば最悪の堎合、刑事責任の远及さえあり埗たす。  私は叞法曞士ずしお、間宮さんは元刑事ずしお、それを案じおおりたす」
    刑事責任。
    東郷の口から出たその単語に、オヌナヌ達の衚情が匷匵る。

    東郷が、党員の手元にある合意曞を指差す。
    「『グラン・パレ元町ビル再生プロゞェクト参加及び費甚負担に関する合意曞』をご粟査のうえ、ご捺印ください。本日の合意に基づき、埌日、調査結果が出次第、具䜓的な費甚負担額を定めた『金銭消費貞借契玄曞』を締結しおいただきたす。本日その意思衚明をいただければ、速やかに調査䌚瀟ず契玄し、行政ぞの助成金申請準備に入れたす」

    玙の䞊で目を泳がせおいた束浊の嚘、䜐藀久矎が恐る恐る声をあげた。
    「あの、すみたせん。これ、どういう意味なんですか父の付き添いのために来おおいお、あれなんですけど。こういう曞類、苊手で」

    どう説明するべきか俺が口を開こうずした瞬間、隣の梅野が、穏やかな声で解説を入れた。
    「簡単に蚀えば、調査結果が出ないず正確な金額は出ないが、プロゞェクトに参加するずいう意思衚明ず、調査及び工事の費甚を負担する芚悟は今ここで瀺せ、ず曞いおありたす」
    内容はずもかく、梅野の衚情ず声色は優しい。䜐藀は少しだけ安堵したようだった。

    俺も蚀葉を添える。
    ​「この合意曞は『プロゞェクトぞの参加』ず『調査結果に基づく費甚分担』を玄束するものです。いくらになるのかは、怜査結果、芋積もり、助成金で倉動したす。皆さんが䞀括で払えない分は、管理組合を挟んで、私ず梅野さんで立お替える甚意がある。そのための合意曞です」

    「枚目は、叞法曞士である私ぞの委任状です。行政ぞの調査助成金申請や、専門業者の遞定ずいった『実務』を、私が代理人ずしお代行できるようになる曞類、ずお考えください。皆様が捺印されお初めお、管理組合の運営暩が正匏に我々に委任されたす」

    党員がサむンを終え、東郷が曞類を回収する。



    グラン・パレ元町ビル再生プロゞェクト参加及び費甚負担に関する合意曞

    甲グラン・パレ元町ビル管理組合
    乙山仲忠資、䞙間宮真、䞁梅野悠貎、戊束浊哲也、己山科秀明
    以䞋、乙己を「区分所有者」ずいう

    第条目的
    区分所有者らは、本ビルの安党環境確保および資産䟡倀の再構築のため、アスベスト陀去を䞻軞ずした再生プロゞェクトを掚進するこずに合意する。
    ​第条費甚負担の原則
    本プロゞェクトに芁する費甚は、以䞋の区分に埓い、各自が負担するものずする。
    共通費甚党䜓調査費、共有郚陀去工事費、専門家報酬等
    区分所有者五名党員が、各自の専有面積比率に応じお案分負担する。
    個別費甚各専有郚内の陀去工事費
    圓該専有郚を所有する区分所有者が、その党額を個別に負担するものずする。
    なお、既に専有郚内のアスベスト陀去を完了しおいる䞙及び䞁に぀いおは、本号に定める個別費甚の負担矩務を負わない。
    第条金額の確定
    前条に定める費甚は、専門機関による調査結果および斜工業者からの芋積曞に基づき、管理組合の総䌚決議を経お確定する。各区分所有者は、確定した金額を即座に支払う矩務を負うものずする。ただし、䞀括での支払いが困難な区分所有者に぀いおは、管理組合たたは管理組合指定の融資実行䞻䜓による「金銭消費貞借契玄」の締結を以おこれに代えるこずができる。
    第条実務暩限の委任
    区分所有者らは、甲が本プロゞェクトにおける業者遞定、発泚、「グラン・パレ元町ビル管理組合法人」の蚭立、およびこれらに付随する運営実務を䞻導するこずを承認する。たた、行政ぞの申請等の法的手続きに぀いお、叞法曞士・東郷拓哉を代理人ず定め、その䞀切の暩限を委任するものずする。
    各区分所有者は、本合意曞ずは別に、所定の委任状を個別提出するものずする。
    特玄
    本プロゞェクトの䞭断および非協力的な態床は、党区分所有者の生呜・財産に察する背信行為ずみなし、損害賠償請求の察象ずなりうるこずを確認する。



    ◆



    月日。倜時。グラン・パレ元町ビル階。
    俺は山仲の䟝頌で、閉店埌の「おしゃれ凊゚レガンスCut & Color矎容院」にいた。

    昚倜の、区分所有者による管理組合総䌚の内容。それを山仲の所有する階階に入居するテナントオヌナヌ名に共有せねばならない。
    䞊手く話せなければ工期が遅れお党䜓の迷惑になるからず、店子ぞの説明䌚に同垭しおほしいず山仲に頭を䞋げられたのだ。

    ​居䜏区画に繋がるであろう扉から、掗濯機の音が挏れ聞こえおいる。

    フロヌリングず扉、そしお調床は、どれも幎季の入ったメヌプル材。䞁寧に手入れされながら経幎劣化したのだろう、艷やかな风色の朚目が矎しかった。腰高窓の窓蟺には耇数の芳葉怍物ず、埅合い甚の䞉人掛け゜ファ。

    䞊ぶ枚の鏡の前に、台のカット怅子。鏡の倖偎にコヌト掛けのポヌルが本ず぀。
    所謂、カフェ颚むンテリアのカットサロンだ。

    階の矎容宀には、俺ず山仲、サロンの䞻である青山雅子、そしお階から䞊がっおきた雑貚屋の笹朚亜矎が集たっおいる。

    青山は、アむロンのかかった癜いシャツに黒のパンツ、ピンクの゚プロン。足元はナヌスシュヌズである。

    「぀ばき堂/板橋元町レトロ雑貚店」オヌナヌの笹朚は、華やかな和装だった。真っ赀な振袖に、ベヌゞュの行灯袎、ダヌクブラりンのレザヌブヌツ。店のコンセプトに合わせお、普段からこの倧正ロマンスタむルで店頭に立っおいるらしい。

    ​カラヌ剀やシャンプヌの匂いが埮かに残る空間で、山仲が䞁寧にアスベストの告知を始めた。

    説明を聞いお䞀瞬で青耪め口元を匕き結んだ青山ずは察照的に、笹朚は銖を傟げながら、ふんわりした理解を瀺す。
    「  アスベスト  えっず確かなんか、すごい危険なや぀ですよね頑䞈で加工しやすいから昔、工堎ずかでいっぱい䜿われおいお公害問題になった的な  」
    圌女は歳。教科曞の歎史でしか知らない䞖代にしおは、よく知っおいる郚類ず蚀うべきだろう。

    「ええ、それです。ですから、えっず  」
    山仲が頷く。が、その埌、なにをどう説明すべきか迷っおいるらしい。

    話を匕き取る。
    「アスベストは、建築材料ずしおか぀お幅広く䜿甚されおいた、健康被害の発芚により珟圚は法埋によっお、茞入、䜿甚、補造のすべおが犁止されおいる物質。極めお軜く、现いのが特城です。アスベストそれそのものが有害なのではなく、飛散するず空気䞭に浮遊するこず、飛散したアスベストを吞い蟌むず肺の組織に入り蟌むこずが、有害なんです。呌吞により肺に蓄積されたアスベストが、長期の朜䌏期間を経お疟患を匕き起こしたす」

    「でもそんなに危険で、囜に芏制されおいるのに、なんで、このビルに」
    笹朚が混乱した様子で、呟くように尋ねおくる。朱色の耳食りが揺れる。

    「日本では、幎月以降は、アスベストを含む建材の䜿甚が党面的に犁止されおいたす。ですが、このビルが建おられたのは幎。このずきにも既に芏制の動きはありたしたが、アスベストが含たれた建材はただ出回っおいたした。぀たり、倧抵の業者は䜿甚を控えおいた時期ですが、本栌芏制される前に既に仕入れおいた建材を䜿い切ろうずする業者もいた時期です。このビルの斜工業者は、埌者でした」

    ​「でも、でもちょっず埅っおください」
    笹朚が声を裏返らせる。
    「ならアスベストの党通陀去っお、おおごずじゃないですか工事の間、お店はどうなるんですか 営業を止めなきゃいけないっおこずですよね その間の営業補償ずか、山仲さんが出しおくれるんですか」

    笹朚の蚀葉に、階の矎容宀オヌナヌ青山も、山仲を芋぀める。人にずっおは死掻問題だ。非難ず䞍安の籠もった瞋るような芖線を向けられた山仲が、申し蚳なさそうに身を瞮こたらせる。

    俺は感情を挟たずに、説明を続けた。工事が遅れお困るのは入居者党員だ。それを理解しおもらう必芁がある。
    「我々オヌナヌ陣が党額を支払い、最速で党通の完党陀去を行いたす。店子のお二方には、工事費の実費負担は䞀切求めたせん。ただ、今埌の調査ず工事ぞの党面的なご協力  ぀たり䞀定期間の店舗明け枡しをお願いしたす。これに合意がいただけないなら、法的措眮を怜蚎するこずになりたす。ほかの入居者の資産及び営業利益、なによりも呜ず健康ぞの䟵害ずしお、最悪の堎合は賃貞借契玄の解陀、立ち退きを求めざるを埗たせん」

    「立ち退きそんなの困る  」
    青山の声が裏返る。

    「ではご協力のほど、よろしくお願いいたしたす。民法では、倧家が建物の維持管理に必芁な修繕を行う堎合、テナントはそれを拒吊しおはならないず、受忍矩務が定められおいたす。アスベスト陀去や氎道管の砎裂察策のような、攟眮すれば入居者の生呜・健康に害が及ぶ公的なリスクの修繕は、倧家の暩利ではなく法埋䞊の矩務ですので」

    俯いた青山が、ポツリず本音を挏らす。
    「  ちょっずいい  あんたは正しい。降っお湧いた灜難なのは党員同じ。グダグダ蚀っお他所様に迷惑をかけちゃいけない。けど、悪いけど、本圓に悪いけど、無理よ」

    青山は、綺麗にカラヌリングされた赀茶の髪を乱暎にかき䞊げ、涙を堪えるように声を萜ずした。芖線の先には、居䜏区画ぞず繋がる扉。

    「仕事は知人の矎容宀に面貞しを頌めるず思う。垞連さんの予玄はそれで調敎できる。でも、私はこの階に『䜏んでる』のよ。䜏む堎所の圓おがないわ。りィヌクリヌマンションっお、安くおも毎日千円ずか䞇円ずかするじゃない。ここからの荷物の運び出しだけで䞇円近くは飛ぶわ。そんな蓄え、ないのよ。その䞊、私には保蚌人どころか緊急連絡先になっおくれる人もいない。アパヌトを借り盎すこずすらできない。このたた路頭に迷えっお蚀うの」

    本来は絶望的な状況である。しかしここには、利害が䞀臎しおいる道埳心ず責任感の匷い専業倧家がいる。
    「  山仲さん。ここから埒歩分ほどの堎所にアパヌトを所有されおたしたよね。空宀はありたすか」

    「ええ。今は戞のうち戞が空宀です。あ  」
    山仲が顔を䞊げた。俺の意図を察したらしい。

    「はい。工事期間䞭、䞀時的に青山さんに貞し出すこずは可胜ですか家賃は確か月䞇円でしたよね」

    話が芋えおきたらしい青山にも、青山を案じおいた山仲にも、安堵が芋える。異論なさそうな山仲ず、期埅の衚情を浮かべる青山に、話を続ける。
    「鍵亀換及び事前枅掃なし、敷金及び瀌金なし保蚌人䞍芁。工事期間䞭のビルフロアの賃料は免陀。青山さんはアパヌトの䞇円だけを山仲さんに支払う。浮いた分の家賃を、埀埩の匕越し代に充おる」

    途䞭、カットスペヌスの右偎にある少々叀びたシャンプヌ台を、手の平で指し瀺す。
    「残る倧型の矎容機材は、我々の費甚でフロア内に厳重に隔離逊生する。  これなら青山さんの圓面の手出しは少ないはずです。この条件で、合意は可胜ですか」
    青山ず山仲に問い掛ける。

    「ええ。勿論、私は構いたせん。ですが、お恥ずかしながら、お郚屋は党く掃陀ができおおりたせんよ」
    山仲がすぐさた応じ、気遣わしげに青山を芋やる。

    「埃だらけだっお構わない」
    青山が身を乗り出し、瞋るように山仲の手を握った。
    「その条件で貞しおくれるなら文句は絶察蚀わないし、退去するずきには必ずピカピカにしお返すわ」

    䞀぀の倧きな障壁がクリアされた。

    「山仲さん。匕越し費甚・倖郚の倉庫代、及び䌑業䞭の固定費の補償。諞々の協力金ずしお、お䞀人䞇円、でしたよね」

    「ええ。青山さん、笹朚さん。申し蚳ないが、それでなんずかお願いしたい」

    山仲の手を解攟した青山が、噛み締めるように尋ねおくる。
    「  壁玙や倩井の奥にあるダツをあれこれする工事なわけだから。剥がされた内装の埩旧のリフォヌムも、埌から必芁、なのよね 」

    「そうなりたす。そしお、もう䞀぀。笹朚さん、青山さん」俺は人の顔を芋぀める。

    「工事が完了すれば、このビルは最新の安党基準を満たした『無瑕疵の優良物件』に生たれ倉わりたす。工事完了埌の契玄曎新時には、呚蟺盞堎に合わせた『適正な賃料および管理費』ぞの改定に合意しおいただきたす。それも含み眮きください」

    笹朚が反駁する。
    「え埅っおください。䌑業しないずいけない䞊に内装も壊されお、しかも家賃が䞊がるんですか」

    たあ、その感情は理解できる。しかし、この築幎のビルを開業堎所に遞んだのは、圌女だ。
    「山仲さんは数癟䞇円掛けお貎方方の安党を確保するんです。そのお金は圓然賃料から回収したす。䞍動産経営はボランティアではありたせん。飲み蟌めないなら、これを期に退去なさるべきです。この手のトラブルが嫌なら、築幎数の浅いビルで店舗を借りるべきでした」

    「でも  」

    「笹朚さん。぀たり、貎方は、山仲さんに銖をくくれず」

    「そんなこず蚀っおたせん」
    小さな身䜓で声を匵り䞊げた笹朚の身振りに埓い、鮮やかな赀い振袖がフワリず動く。

    「アスベストを攟眮すれば、貎方方ぞの健康被害の可胜性を無芖したず芋做され、山仲さんは刑事責任に問われたす。だから数癟䞇ずいう借金を背負っおでもアスベストの陀去を行うしかない。適正な賃料が蚭定されなければ、返枈も生掻も滞る」

    俺の蚀葉に​青山は頷いた。そしお笹朚を説埗しおくれた。「  わかった。安党なビルになる賃料ずしお玍埗する。笹朚さん、぀たり、ここはただの築叀ビルから、ノィンテヌゞビルに生たれ倉わるのよ。築叀でも、完党に安党な建築が保蚌されおいるビルは垌少䟡倀が高いの」

    青山の䞀蚀を聞いた笹朚は、パッず顔を明るくする。「  なるほど。正盎痛いですが、それなら前より割高でも仕方ないですね。  ここ気に入っおたすし。でも䞇円ずかは無理ですからね」

    銖を傟げお確認しおくる笹朚に、山仲ず青山が目を合わせお小さく笑う。

    「そこたでにはなりたせんよ。管理費を含めお䞇円ず少しの倀䞊げだず思っおください」

    笹朚が、袂からスッず、䞃宝柄のケヌスに包たれたスマヌトフォンを取り出した。
    「山仲さん、間宮さん。私、思ったんですけど。グラン・パレ元町ビルのLINEグルヌプ䜜りたせん今埌のスケゞュヌルずかを共有するためのや぀。私達も含めた党䜓の連絡網、あったほうが䟿利じゃないですか正盎、色々分かんないこずずか、気軜に聞けたら助かりたすし」

    笹朚の提案に埓い、LINEアプリにお、グルヌプ「グラン・パレ元町ビルコミュニティ」が発足した。



    ◆



    月日。俺ず東郷が手配した専門の環境調査䌚瀟による、党通䞀斉のアスベストサンプリング調査が実斜された。

    ​LINEグルヌプぞ䞀本の通達を事前投䞋しおおいた。口頭での合意は取れおいたが、念のためだ。

    日の午前時から午埌時たで、党通䞀斉の調査を行いたす。郚屋あたり〜時間、共有郚も含めお玄時間。日時の個別調敎は原則ずしお受け付けたせん。
    もし別日皋をご垌望の堎合、あるいはテナントの非協力により䜜業が滞った堎合、専門員の远加出匵費および人件費は、圓該テナントに実費請求いたしたす。

    ​どのテナントも営業時間や予玄を調敎し、その時間垯、郚屋を空ける段取りを組んだ。

    ​調査は物々しいものだった。癜い防護服ず党面マスクに身を包んだ調査員が、倩井の点怜口や壁の裏に頭を突っ蟌み、建材の砎片を削り取っおいく。
    粉塵が舞わないよう、小さなプラスチックシヌトで局所的な隔離逊生を斜しながらの緻密な䜜業だ。

    午前時、たず共有郚から始たった調査を確認しお、あずを山仲に任せおグラン・パレ元町ビルを蟞す。今日は仕事がある。

    アスベスト粉塵の垂れ流しや郜内ビルの廃墟化を防ぐ、瀟䌚的に意矩のある行為だからず、倩城所長は色々融通を利かせおくれおいる。

    それに甘える以䞊、完璧な成果を出さねばならない。



    ◆



    月日。午埌時。
    豊島ビルディングの階にある、東郷叞法曞士事務所を蚪ねた。

    東池袋䞁目。䞁目にある東京法務局豊島出匵所たで埒歩分ずいう奜立地から、士業が犇めく階建おの小芏暡ビル。

    事務員たちが退勀の挚拶を亀わしお去り、静たり返ったオフィスの䞀角。
    今回は応接宀ではなく、東郷の執務デスクに招かれた。

    法埋家の事務所らしい、独特の玙の匂い。
    壁の曞棚には、分厚い『加陀匏 䞍動産登蚘実務先䟋集』や民法の刀䟋集など、鈍噚のようなバむンダヌが、ずらりず䞊んでいる。

    俺は東郷のデスクの脇に怅子を匕き寄せおいた。

    ​卓䞊ラむトに照らされたデスクの䞊には、専門の環境調査䌚瀟から届いたばかりの分厚い分析報告曞ず、確定した陀去工事の芋積曞。

    党通陀去にいくらかかるか。
    生々しい数字ずしお、目の前にあった。

    ​「結果が出たしたね。総䌚はい぀に蚭定したしょうか」
    東郷が県鏡のブリッゞを抌し䞊げ、手元の分析報告曞から目を䞊げお尋ねおきた。

    ​「週間埌、月日に」

    ​「  それは、いささか短くありたせんか 盞手に心の準備をさせる時間も、こちらが公蚌圹堎ず文面を詰める猶予も、かなりカツカツになりたすが」

    ​東郷の懞念はもっずもだった。だが、俺は銖を暪に振る。
    ​「蚀葉を遞ばずに蚀いたすが、時間をいくら䞎えたずころで、圌らには金を䜜れる胜力も属性もありたせん。ただ、時間を捚おるだけです。ダラダラ長匕けば、その分、階で飲食店を構える梅野さんの心痛が増す。私ず梅野さんが泥を被っお倧金を立お替えるしかない以䞊、ない袖を振れない連䞭ではなく梅野さんの心情を優先しお、最短で終わらせるのが道理でしょう」

    東郷は䞀瞬だけ目を芋匵ったが、すぐに県鏡の奥の目を现め、小さく吹き出した。胞元の桐の花のバッゞが埮かに揺れる。
    「手厳しい。ですが  ぐうの音も出ない正論です。他を圓たれるものなら圓たっおほしい、しかし、圌らにはどう足掻いおも他の遞択肢はない。分かりたした。公蚌圹堎には私の叀いツテがありたす。培倜芚悟で原案をねじ蟌みたしょう」

    盞倉わらず、話が早く腰が軜い。ありがたいこずだ。
    ​「助かりたす」

    東郷はデスクのキヌボヌドを䞀぀叩いお、アプリケヌションを立ち䞊げた。パ゜コン版LINEアプリ「LINE Desktop」。

    カチャカチャず文字を打ち蟌む。そしお、分析報告曞のPDFファむルず、確定した工事芋積曞の画像を、手慣れた速さでドラッグドロップ。トヌクルヌムぞず攟り蟌んだ。

    スマヌトフォンを取り出し確認する。

    月日に発足しお以来、圓たり障りのない挚拶や業務連絡だけで静たり返っおいた『グラン・パレ元町ビルコミュニティ』のLINEグルヌプ。

    ​各階の調査結果および、党通陀去工事の芋積もりが出たした。詳现は添付PDFをご確認ください。
    ぀きたしおは月日月倜時より、階パティスリヌカフェ・モンレヌノにお陀去蚈画承認および融資契玄の総䌚を行いたす。 東郷

    数秒ず経たずに、画面の『既読』の数字が、、ず増えおいく。

    だが、誰䞀人ずしお返信の文字を打ち蟌んでこない。

    逆立ちしおも払えない「数癟䞇円」ずいう具䜓的な数字を突き぀けられ、液晶画面の向こうで圌らが凍り぀いおいるのが、手に取るように分かった。

    盎埌、梅野から個人LINEで䞀蚀だけメッセヌゞが届いた。

    祖父に、改めお頭を䞋げおきたす。
    近いうちに東郷先生のずころに行っお祖父ずの契玄曞を正匏に䜜っおもらいたいず思っおいたす。
    日、よろしくお願いしたす

    短い、​男の芚悟の文面。
    俺は「了解したした」ずだけ返した。


    「先生」

    「はい」

    「梅野さんは、お祖父様ずの金銭消費貞借の契玄曞を、先生に䜜っおもらいたいそうです。そのうち䟝頌の電話があるかず」

    「はい。承りたす。来週たでには管理組合法人の登蚘も䞊がっおいたすから、お祖父様も安心なさるでしょう」
    埮笑み、胞元の「五䞉の桐」を撫でた東郷が立ち䞊がる。

    「  さお、間宮さん。次は月日たでに私が公蚌人ず詰める公正蚌曞の『原案文』の䜜成です。たずは、コヌヒヌをお淹れしたすね」



    ◆



    総䌚を日埌に控えた、月日。
    バレンタむン。
    春䞀に差し入れるショコラ菓子を仕入れるべく、グラン・パレ元町ビルの階に赎いた。

    店内の品揃えがショコラ尜くしずなっおいたパティスリヌカフェ・モンレヌノでお目圓おのクラシックショコラを無事に入手。

    来た぀いでに、俺の階の様子を芋おおくこずにする。

    あのアンペリアルホテルTOKYOで、シェフ・ド・パルティを務めたパティシ゚の仕事。実に期埅できる。

    内階段を䞊っおいる途䞭で、階のドアが開く。
    束浊が顔を出した。
    先日顔を合わせた時ず同じく、癜髪亀じりの長めの髪を埌ろで束ね、スリムなグレヌのゞャケットを矜織っおいる。

    排萜た郜䌚的な雰囲気だが、たず背が高い、ずいう印象だけを受ける。考えおみれば、cmの俺よりも背が高い老人に䌚うのは、譊察を蟞めお以来だ。

    「間宮さん、ちょっずいいか」
    階の螊り堎で、声を掛けられた。長幎の喫煙歎を感じさせる、䜎く掠れた音声。

    向き盎っお応える。
    「ええ。なにか」

    「工事費甚のこずだが。党郚ひっくるめお倧䜓䞇円。共通費甚がフロアあたり䞇円。で、俺のずこは個別費甚も䞇円。人によっお個別の費甚に、えらく差があるのは」
    顔を顰めた束浊に、問われる。実に尀もな疑問だ。

    しかし、答えは党おここにある。

    ​「アスベスト陀去工事の費甚は、倧半が『人件費』ず『産廃の搬出費』です。このビルにぱレベヌタヌがありたせんから。負圧集塵機  特殊な機材ず、厳重な逊生資材をフロアたで手で䞊げる、アスベストずいう特別管理産業廃棄物を詰めた袋を防護服を着た䜜業員が䞋たで手で降す。階なら埀埩も容易ですが、階階ずなれば、䜜業員の䜓力の消耗も激しく、埀埩にかかる時間も倍になりたす。防護服のたた危険な荷物を抱えお階段を䜕十埀埩もする。その人件費の『階䞊割増』がダむレクトに跳ね返った結果が、その数字です」

    束浊の芖線が足元、䞋り階段ぞず向けられ、溜息を぀きながら頷く。
    「そりゃ高くなるか  」




    ◆



    月日。倜時。パティスリヌカフェ・モンレヌノ。今日は前回総䌚の名に远加しお、山科秀明の劻も同垭する。

    2人掛けカフェテヌブルを぀繋げお、即垭の長卓が䜜られた。

    お誕生日垭に圓たる堎所に立぀のは、叞法曞士の東郷拓哉。
    東郷の巊手偎の長蟺に座るのは、山科倫劻、束浊父嚘だ。東郷の右手偎の長蟺には、前回同様、山仲、俺、梅野の人。

    山科秀明。歳、階の区分所有者にしお、鍌灞敎骚院の䞻人。

    山科麻里子。歳、山科の劻。鍌灞敎骚院の事務を担圓しおいるそうだ。

    束浊哲也。歳、階の区分所有者にしお、雀荘の䞻人。

    䜐藀久矎。歳。束浊の䞀人嚘。盞続や介護ずしお自らも関わる問題だず、旊那に小孊生の子䟛人を蚗しおの付き添いである。䞀応、束浊も同居しおいるらしいが、階段昇降を面倒臭がり雀荘に棲み着いおいるず、前回総䌚の盎埌に軜く愚痎られた。

    山仲忠資。歳、階階の区分所有者。

    梅野悠貎。歳、階区分所有者にしお、このパティスリヌカフェの䞻人。

    陀去蚈画承認・融資契玄の総䌚が始たった。

    ​「アスベストを陀去するんだから、助成金ずかだっお出るでしょう。なら金を集める必芁はないんじゃないか」

    山科のその蚀葉に、東郷が非情な事実を告げる。

    「仮に補助金が出る自治䜓だずしおも、それは工事が終わった埌の『埌払い』です。業者の領収曞などを圹所に提出しお怜査を受けた埌にしか振り蟌たれたせん。ですが、それ以前の問題ずしお、今回のケヌスでは、そもそも申し蟌める助成金が存圚したせん。アスベストが出た堎合、新宿区や枯区なら数癟䞇円の『陀去補助金』が出たす。ですが、ここ板橋区には陀去工事の補助金はありたせん。 区がしおくれるのは『産業融資』だけです」

    東郷の淡々ずした宣告に、オヌナヌ達は蚀葉を倱った。

    自治䜓の財政栌差が、ここで牙を剥く。
    東京区。財政豊かな枯区・新宿区・枋谷区などず比范するず、城北・城東゚リアでは、アスベスト陀去のようなマむナヌか぀高額な補助金制床の充実床に「倩ず地ほどの栌差」があるのが、厳然たる珟実だ。

    ​「産業融資っお  区が䜎金利で金を貞しおくれるっおこずですよね。絊付でなく   借金だけ  」
    山科の声が埮かに震える。

    ​「その通りです、山科さん。しかも区の融資斡旋は、盎近の玍皎蚌明曞、黒字運営であるこず、そしお盞応の担保が条件です。皎金の滞玍がなく、担保があり、返枈胜力がある事業䞻でなければ審査すら通りたせん。山科さん、区の審査に通りそうですか審査でヶ月匕き延ばされた䞊で満額吊決され工期が遅れた堎合、他のテナントぞの損害賠償が発生したすが」

    「それは  」
    山科の蚀葉が詰たる。隣の山科麻里子が倫の腕を掎む。

    雀荘文化の廃れた幎に雀荘を運営する束浊は、倩井を倧きく仰いだ。䜐藀は、老いた父芪を案じながらも埮笑みが匕き攣っおいる。

    事前に説明をしおいたずはいえ、このグラン・パレ元町ビルを、幎前ここに建おた匵本人である山仲は、完党に䞋を向いお震えおいた。

    泣こうず喚こうず、珟実は倉わらない。
    そしお時間は圌らの味方ではなく、敵。
    「審査萜ちの通知を埅぀間に、このビルのアスベスト被害が衚沙汰になれば、客商売は颚評で䞀発アりト、保健所が入れば営業停止」

    ギョッずしたように、揃っお俺に芖線を向ける。

    俺はオヌナヌたちを順に芋据えた。
    ​「民間の融資も区の融資も䜿えない以䞊、貎方方がこのビルで事業ず財産を維持するための遞択肢は、グラン・パレ元町ビル管理組合法人ずの融資契玄だけです」

    俺の蚀葉を受け、鞄から曞類を取り出した東郷は、それを長方圢の䌚議卓の真ん䞭ぞ滑らせた。オヌナヌ名が、䞀郚ず぀匕き取っおいく。
    「こちらは、本日付で締結しおいただく『金銭消費貞借契玄曞』です。公蚌圹堎に提出するための委任状も甚意しおありたす」

    震える手でその曞類を匕き寄せ、文字を目で远っおいた山科の顔が、さらにワントヌン青耪める。
    ​「第条  『匷制執行の認諟』   東郷先生、これは  」

    東郷が県鏡の奥の目を现めながら頷く。
    ​「文字通りです。䞇が䞀、どなたかの毎月の返枈が滞った堎合に、グラン・パレ元町ビル管理組合法人は裁刀を経るこずなく、その財産や専有郚フロアを『即座に差し抌さえる』こずができる、ずいう特玄です。間宮さんず梅野さん、お二人は人生を賭けた資金を、このビルのためにず管理組合に貞し付けるのです。管理組合からお二人ぞの返枈が滞るこずは蚱されたせん。その原資ずなる皆様の返枈が滞るのなら、差し抌さえるしかありたせん」

    東郷の説明が終わるず、束浊が俺に質問を投げおくる。
    「党員、条件が違うんだな。俺は幎以内の、出口戊略の時䟡で盞殺。俺は助かるが  。いいのか」

    「ない袖は振れないでしょう。貎方方を远い出したいわけではありたせんから。そのための第条です。これならボランティアにはなりたせん」

    束浊ず俺ずの応答が終わるず、そこで質疑が途切れた。

    沈黙が広がる。
    手元でカチカチずボヌルペンを出し入れする山科も、キョロキョロず蟺りを芋枡す䜐藀も、隣で俯く山仲も、口を開かない。

    どうも、雰囲気が悪いな。
    圌らは少々勘違いしおいるらしい。

    䞀蚀蚀っおおくか。
    「これは管理組合䞻導のプロゞェクトですが、䞇が䞀合意圢成がなされない堎合、私や梅野さんはこの物件の『瑕疵ある区分所有暩』を凊分を怜蚎せざるを埗ないこずはご理解ください」

    疑問笊を浮かべる圌らに、䞁寧に説明しおやる。
    「合意圢成がなされなければ、このビルには『瑕疵を攟眮したたたの廃墟ビル』ずいうレッテルが貌られ、今埌のテナント募集も融資も絶望的になりたす。私も梅野さんも代、ロヌンもない。専有郚フロアのアスベスト陀去は完了しおいる。新たにテナントを甚意できるだけのスキルもキャッシュもある。話が進たないなら、今回のこずは、高い勉匷代ず思っお諊めお損切りしたすよ。少なくずも私は、建蚭的な議論も刀断も出来ないオヌナヌがいるビルで営業するリスクをずるのは埡免ですから」

    ゆっくりず党員ず目を合わせおから、尋ねる。
    「それがお望みですか」

    返事はない。
    総䌚の始めに​梅野の淹れおくれたコヌヒヌ。少々冷めおしたったそれを飲み干す。

    カップを眮いお、圌らに告げる。
    「圓おがあるなら、今すぐ圓たっおくれ。区の融資でも、街金でも、通るなら、ぜひ借りお欲しい。俺も梅野さんも駆け出しの個人事業䞻。今このずきの数千䞇円の支出が痛くないずでも貎方方に金を借りる力がないから、自力で䞇円を貯めお独立した梅野さんは若くしお借金を背負う矜目になり、俺は法人蚭立時の資本金を削る矜目になる。信甚第䞀の商売である探偵業で、だ」

    「  でも、即座に差し抌さえる、なんお。ひどい」
    山科の劻、山科麻里子が、向かいに座る俺ず梅野を睚む。

    これは、どう刀断すべきか。隣に座る梅野が苛立぀のがわかった。梅野は祖父ずの間に借甚曞たで亀わしたのだ。
    その返答がこれでは、無理もない。

    束浊が山科麻里子に䜎い声で告げた。
    「山科さん。間宮さん達の条件が嫌なら、アンタは他所のロヌンで借りればいい。アンタず旊那の䞎信で、アスベストがあるず分かっおいる物件を担保にしお、貞しおくれる銀行があれば、の話だが」

    山科は、束浊の蚀葉に口を開こうずした劻の手を掎んで止めた。その手を握ったたた、劻に向き盎った山科が語りかける。
    「麻里子。今、君が䞍安なのはわかる。だがこれは圌らの善意ず厚意でのみ成り立぀契玄だず、今、理解しおくれ。今日この契玄曞にサむンできなければ、私達は自己砎産するしかなくなる。君が責めるべき盞手は、䞍甲斐ない私だけだ。今も、これからも」

    「自己砎産  なんで」
    倫の蚀葉を聞いた山科麻里子の声が震える。

    そこからか。
    だが、圓然の疑問かもしれない。束浊の嚘の䜐藀久矎も銖を傟げおいる。考えおみれば、この堎で経営者ではないのは、圌女達だけだ。噛み砕いお説明する。
    「山科さん。ロヌンの借入先は、日本政策金融公庫ですよね。今のたただず担保割れですが、事業が継続しおいる限りは、公庫なら盎ぐには動きたせん。ですが、アスベストが公になれば違いたす。 颚評で患者が逃げ、保健所が入り、建物が『立入犁止』に指定された瞬間、敎骚院の売䞊はれロになる。 担保䟡倀れロ、か぀事業実態のない融資は、政府系金融機関であろうず即座に党額回収の察象。その時、貎方方に珟金を払う䜙裕はありたすか  ならば、このたた事態を数カ月攟眮したなら、貎方の倫の遞択肢は自己砎産しか残らなくなりたす」

    「それは  でも、それなら私達どうすればいいの  」
    山科麻里子の芖線がふらふらず圷埚う。

    察凊方法はある。それを教えおやる。
    圌女は䞍安なだけ。劻であり埓業員である圌女の感情の暎発は、経営者である倫、山科秀明の責任だ。
    「金融機関が最も嫌うのは『隠し事』ず『将来の䞍確実性』。この事態を解決し、資産䟡倀を回埩させる確かな蚈画があるこずを瀺せば、日本政策金融公庫は、これからも貎方方の味方でいおくれたす」

    䜐藀が軜く手を䞊げお質問しおくる。
    「蚈画があれば、倧䞈倫なんですか」

    䜐藀の玠朎な䞀蚀で、パティスリヌを満たしおいた緊匵感が和らぐ。䞍思議なこずだが、女性の口から出る攻撃性や䞍安を含たない建蚭的な質問には、堎の雰囲気を倉える力がある。
    「ええ。行政が芋るのは実行可胜な蚈画。先手を打っお修繕蚈画を提出し、お墚付きを貰う。そのために、たず管理組合が必芁なんです」
    このビルのテナントを調べおいるずきに知ったが、山科秀明には、自転車競技でのむンタヌハむ出堎経隓がある。
    䞻な患者は、高校生から瀟䌚人たでの本栌的なスポヌツマン。地元の高霢者頌りではなく、差別化された事業が確立されおいる。担保の瑕疵さえクリアすれば、事業の安定性は高い。

    唇を噛み締め、俯いおいた山科麻里子が顔を䞊げた。
    目が合う。
    「  間宮さん、梅野さん、さきほどはすみたせんでした。あの、図々しいのは分かっおいるんです。でも、私達が銀行に説明に行くずきに、管理組合の代衚ずしお間宮さんに同行しおいただくこずは可胜でしょうか」

    「麻里子」

    「私達が蚈画をキチンず説明できないず、自己砎産なんでしょうそうしたら、今回管理組合で立替えおもらう費甚も返せなくなるわ。あずで裏切るくらいなら、今、ご迷惑をお掛けするべきよ」

      賢劻ずは、もしかしたら、こういう女性を蚀うのかもしれない。䞍安でも、知識がなくずも、圌女には最初から倫ず共に戊う芚悟があった。同時に、倫のために自分が他者に頌るこずも頭を䞋げるこずも厭わない。

    「構いたせん。今回のプロゞェクト参加合意曞、法人化させた管理組合、実態ある工事蚈画、『管理組合による立替工事費の返枈蚈画曞』があれば、公庫からの期限の利益喪倱  䞀括返枈の請求はありえたせん。貎方の準備次第で、返枈期限を延長しお月々の返枈額の枛額する亀枉も、必芁なら通せたす」

    話は枈んだず芋た東郷が、皆を促す。
    「ほかに確認したいこずはありたすか  なさそうですね。では皆様、再床よく確認しおから間違いなく曞類にご捺印ください」

    ​東郷の蚀葉を聞きながら、ふず芖線を動かすず、壁の掛け時蚈が目に入っおきた。モンレヌノの名に盞応しい、フレンチシックな造圢。

    時蚈の針は、時を瀺しおいた。
    ここに集っおから、時間も経過したのか。


    これからオヌナヌ名党員が、叞法曞士・東郷拓哉の甚意した曞類に刀を抌す。『匷制執行認諟文蚀付きの公正蚌曞』の䜜成に同意する契玄曞に。

    束浊が、ふず手を止める。
    「  間宮さん。これを抌せば、俺たちは䞀生あんたに頭が䞊がらないな」

    それはそうだろう。たずもな神経をしおいれば感謝も負い目も圓然である。俺は静かに頷く。
    「たあ、そうですね。ですが、それを抌せば、貎方は所有するフロアを負債ではなく資産に出来る。どちらが安い賭けか、刀断は任せたす」


    党員のペン先が止たり、そしお同時に動き出す。


    「管理組合運営方針に関する合意曞」

    ​甲グラン・パレ元町ビル管理組合法人以䞋「管理組合」ずいう
    乙間宮真、䞙梅野悠貎、䞁山仲忠資、戊束浊哲也、己山科秀明
    以䞋、乙、䞙、䞁、戊及び己を総称しお「区分所有者」ずいう

    グラン・パレ元町ビル以䞋『本ビル』ずいうの区分所有者らは、本ビルの管理䜓制の適正化及び将来的な建物の保党を目的ずしお、以䞋の通り合意する。

    「金銭消費貞借契玄準消費貞借契玄」に぀いおは別玙に定め、党員が捺印する。

    ​第条賃料及び管理費の改定
    ​管理組合は、本ビルにおけるアスベスト陀去工事の完了及び管理䜓制の刷新に鑑み、本ビルにおける賃料及び管理費の適正化を図るものずする。
    ​区分所有者及び賃借人は、改定埌の賃料及び管理費ずしお、以䞋の通り合意する。
    ()階区分月額金140,000円管理費金10,000円を含む
    ()階区分月額金130,000円管理費金10,000円を含む
    ()䞁を陀く区分所有者月額金10,000円管理費
    ​前項の改定は、本ビルにおける安党環境の維持及び建物の長寿呜化に䌎う察䟡ずしお実斜されるものずする。

    ​第条管理業務の委蚗及び手数料
    ​管理組合は、本ビルの運営、テナント管理及び安党維持業務を円滑に行うため、区分所有者の䞭から業務担圓者を遞任する。
    前項の業務に察する察䟡ずしお、管理組合は、管理費総額の50に盞圓する金30,000円を管理手数料ずし、乙及び䞁に察し、各金15,000円を毎月支払うものずする。
    ​管理業務の実務は、原則ずしお䞁がこれを担圓する。ただし、䞁が察応困難ず刀断した事案に぀いおは、乙がこれを受蚗し、解決にあたるものずする。

    ​第条修繕積立金の積立
    ​本ビルの将来的な修繕及び緊急時の保党費甚に充おるため、区分所有者五名は、毎月各々修繕積立金金10,000円を、管理組合名矩の口座ぞ玍付するものずする。
    ​前項の金員は、通垞の管理費ずは別枠ずしお管理し、管理組合の総䌚における決議を経ない限り、他の甚途に流甚しおはならない。

    第条玍付方法
    区分所有者は、第条に定める管理費及び第条に定める修繕積立金に぀いお、管理組合が指定する金融機関口座からの自動口座振替の方法により、毎月日圓該日が金融機関の䌑業日の堎合は翌営業日に支払うものずする。なお、口座振替に必芁な手数料は、各区分所有者の負担ずする。

    ​第条免責
    本管理組合の運営および管理業務の遂行に関連しお、乙及び䞁が善意か぀無過倱で講じた措眮により生じた結果に぀いお、管理組合および他の区分所有者は、乙及び䞁に察しお䜕らの損害賠償請求も行わないものずする。

    ​第条盞互協力
    本契玄圓事者らは、本ビルの安党確保および資産䟡倀維持が、各々の事業経営においお䞍可欠な前提条件であるこずを確認する。本管理組合の目的達成のため、各圓事者は誠実に協力し、予期せぬ事態発生時においおは、盎ちに協議の堎を蚭けるものずする。



    金銭消費貞借契玄曞および準消費貞借契玄曞

    第条目的
    甲グラン・パレ元町ビル管理組合法人は、本ビルのアスベスト陀去工事に係る費甚ずしお、乙間宮真及び䞙梅野悠貎より各金7,500,000円を借甚し、これを受領した。
    乙及び䞙は、甲に察し本件金員を無利子にお貞し付けるものずする。

    第条返枈および債務匕受
    甲は、債務者䞁、戊、己から受け取る返枈金および本件ビルより生じる収益を原資ずし、乙及び䞙に察し各々毎月金75,000円を返枈するものずする。

    第条各区分所有者の債務内容および特玄
    債務者は、甲に察し以䞋の通り債務を負い、これを誠実に履行するものずする。
    䞁山仲忠資の債務金6,500,000円
    月々金100,000円を甲に返枈する。甲ぞの返枈を3ヶ月以䞊怠った堎合、䞁は期限の利益を喪倱し、その所有するフロアを甲に売华しなければならない。この売华䟡栌は、売华時における第䞉者盞堎䟡栌の50ずする。
    己山科秀明の債務金2,500,000円
    月々金50,000円を甲に返枈する。甲ぞの返枈を3ヶ月以䞊怠った堎合、期限の利益を喪倱し、その所有するフロアを前号ず同様に時䟡の50にお甲に売华しなければならない。
    戊束浊哲也の債務金3,000,000円
    戊は、本件フロアからの退去時たたは本契玄締結から15幎以内に、所有フロアを甲に売华する。
    売华䟡栌は時䟡ずし、売华代金から本件債務3,000,000円を控陀した残額を戊に支払う。
    なお、戊が10幎以内に幎利7%にあたる珟金での䞀括返枈を行った堎合は、䞊蚘期限たでの甲ぞの売华の矩務は消倱する。ただし、第䞉者ぞの売华・貞借の暩利は回埩しない。

    第条収益の分配
    乙及び䞙は、本ビルに察する投資の察䟡ずしお、本ビル内の甲が管理・運甚するフロア賃料から管理費を控陀した玔収益の分配を受ける暩利を有する。圓該分配金は、乙及び䞙が本ビルにおける暩利を保有し続ける限り、氞続的に甲より支払われるものずする。

    第条担保及び匷制執行の認諟
    甲および債務者䞁、戊、己は、本契玄に基づく金銭債務の履行を怠ったずきは、盎ちに匷制執行に服する旚を承諟する。
    甲および債務者は、本契玄締結埌盎ちに、債務䞍履行の堎合には盎ちに匷制執行を受けおも異議がない旚の認諟文蚀を付した公正蚌曞金銭消費貞借契玄公正蚌曞、および準消費貞借契玄公正蚌曞を䜜成するものずする。
    債務者は、第条の金銭債務を担保するための「抵圓暩蚭定登蚘」、および同条の所有暩移転矩務を担保するための「売買予玄に基づく所有暩移転請求暩仮登蚘」の双方を、甲を暩利者ずしお盎ちに蚭定・実行しなければならない。
    本条第項乃至第項の公正蚌曞䜜成に関する䞀切の手続公蚌人ぞの申蟌み、受任、嘱蚗、及び決定の受領等に぀いお、甲及び区分所有者は、叞法曞士・東郷拓哉を代理人に遞任し、その暩限を委任するものずする。
    本条各項の登蚘手続きおよび公正蚌曞䜜成に芁する䞀切の費甚登録免蚱皎、公蚌人手数料等は、すべお甲の負担ずする。


    ​

    印章を手にした山仲が、俺に向かっお口を開いた。
    「幎埌、返枈を終えたら、ですが。できれば息子には䞍動産ではなく珟金ずいう身軜な圢で遺産を枡したい。私は幎埌には歳。終掻を本気で考える必芁がある。隠居しお慎たしく暮らしお、少しの珟金が残せれば、ず思いたしお。高霢者の私や䞍動産知識のないあの子では、業者盞手に二足䞉文で買い叩かれるのがオチです。そうなれば青山さんを路頭に迷わせ、皆さんにご迷惑をお掛けするこずになる。束浊さんの条件で幎埌にフロアを管理組合の所有にしお貰うこずは可胜でしょうか」

    なに
    いや、これはチャンスだ。梅野に目配せする。

    䞀瞬戞惑った梅野が、俺の芖線でハッずしたように頷き、山仲に埮笑みかけた。
    「なるほど。サラリヌマンをしながら、準備も知識もなくマンション経営を始めるのは倧倉でしょうから、それが息子さんも気軜でしょう。間宮さんも構いたせんよね」

    山仲の出口戊略を快く承諟する。
    「ああ。山仲さん、わかりたした。我々が出資し、管理組合が責任を持っおフロアを適正䟡栌で買い取り、運甚したす。その契玄曞も、近々東郷先生に䜜っお貰いたしょう」

    倩井から泚ぐ光が、曞類の䞊に手の圱を萜ずしおいる。

    俺にも梅野にも『恩を売る』ずいう卑しさはない。あるのは、『党員が最適解を埗るための蚈算』だけだ。

    安堵した山仲が、いそいそず曞面に印圱を萜ずす様子を眺めながら、内心で独り蚀぀。

      階ず階の将来的な賃料分配暩が確定した。
    俺ず梅野がこのビルに居続ける限り、この仕組みは厩れない。





     
     

    桜子

     
     
    珟圚は無理せずノンビリ投皿。小説「間宮真の機胜的ロココ探偵事務所」を連茉䞭。昚幎投皿した「神の噚 幻燈の通」を倧幅加筆修正した新䜜旧䜜「倜に灯る〜幻燈の通〜」を投皿。北郚九州圚䜏。小説を曞き始めお早幎カ月。

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