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インドに赴きたる記⑤世界の底を見る


まだ朝だというのに、街は活気に満ちておった。路上でチャイが売られておったので、一杯もらうことにする。甘く、温かく、美味い。会社員、老人、学生らしき者たちが、めいめい鍋を囲んですすっておる。吾輩も輪になってすすっておると、すっかりこの土地の住人にでもなったような気分であった。

飲み終えると、リキシャの運転手がひっきりなしに声をかけてくる。やはり吾輩は観光客なんだと実感させられる。少し街を歩いてみたかったので、大丈夫だと断り、リキシャの群れを抜けた。

歩いても歩いても、インドの街というのは飽きが来ぬ。路地の角を曲がるたびに、見たこともない光景が待っておる。道の真ん中では牛が悠然と寝そべり、人も車もそれを避けて通るのが当たり前という顔をしておる。クラクションは絶え間なく鳴り響くが、誰も怒っておらぬ。あれは怒号ではなく、「ここにおるぞ」という挨拶のようなものらしい。揚げ物の匂いと線香の煙が流れてくる軒先には、色とりどりの布や香辛料の山が並ぶ。

何時間歩いたものか見当もつかぬが、気がつけば、今宵の宿の近くまでたどり着いておった。バラナシでは、ゲストハウスに泊まることにしておった。サンタナという日本人向けの宿で、ご存じの向きも多いであろう。チェックインを済ませ、少々仮眠をとってから、ついにガンジス川へと向かった。 


ガンジス川は、ヒマラヤに端を発し、ベンガル湾に注ぐインド随一の大河である。ヒンドゥー教徒にとっては聖なる川で、ここで沐浴をすれば罪が洗い流され、ここで荼毘に付されれば輪廻から解き放たれると信じられておる。

川岸に着くと、対岸へ渡るボートがあるというので、船頭たちが「乗らぬか」と我先に声をかけてくる。何人かに値段を尋ね、一番安い者の船に乗ることにした。

乗り込んだ頃には、日が傾き始めておった。ゆるやかな流れに船が揺られておると、あれほど騒がしかった街の音が遠のいていく。岸辺には荼毘の煙が細くたなびき、そのかたわらを牛が悠然と歩いておる。夕日を受けた水面はきらきらと光り、日が落ちるにつれて、岸の明かりがひとつ、またひとつと灯っていった。


薄暮のなか、祈りを捧げる者たち、荼毘に付される者たち、沐浴をする者たちを眺めておると、現実と夢のはざまにでもいるような心地がしてくる。生も死も祈りも、何ひとつ隠されることなく、この川の上に並んでおる。これが世界の底か。

明日にはインドを発たねばならぬ。船に揺られながら、ここまでの旅を思い返した。整理券を探して右往左往した駅、怪しいと疑ったリキシャの運転手、霧の中に浮かんだ白亜の霊廟、走る列車に飛び乗った一件。どれも、日本におっては決して出会えぬ出来事であった。そうこうしておるうちに、船はもといた岸へと戻っておった。

宿に戻ると、ほかの宿泊者たちが談笑しておった。吾輩も仲間に入れてもらう。皆、ここまでの旅の話をしておる。腹を下した話、値段をふっかけられた話、セクハラに遭ったがビンタして追い払った話。いかに大変であったかを語っておるのに、誰もが妙に嬉しそうで、笑い声が絶えぬ。

インドを訪れる者というのは、日本では味わえぬ厄介ごとに巻き込まれたいのかもしれぬ。そんなことを思いながら聞いておると、見覚えのある顔があった。あの日本人大学生である。

吾輩はすぐさま彼のそばへ駆け寄り、昨晩は本当に申し訳なかった、知らぬうちに毛布を占領してしまっておった、と深々と頭を下げた。彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて笑って、気にしないでくださいと許してくれた。思えば、あれほど震えておりながら、彼は吾輩には何も言わず、ただ耐えておったのである。若いのに、できた人物である。胸のつかえが、すっと下りた。

夜が更け、ひとり、またひとりと寝床につく。吾輩も、今宵は自分の毛布だけを大事に抱えて横になった。明日にはこの国を発つ。そう思いながら目を閉じると、昼間の川の景色がまぶたの裏に浮かんできた。そのまま、吾輩はいつしか眠りに落ちておった。

翌朝、チェックアウトを済ませて空港へ向かった。とある事情があり、吾輩は当時駐在しておったスリランカではなく、その足でイギリスへ向かうことになっておった。バラナシからニューデリー、ニューデリーからロンドンへと飛ぶ。

ヒースロー空港に着き、ホテルへ向かう。街は小ぎれいで、クラクションもうるさくない。牛もおらぬし、誰もしつこく話しかけてはこぬ。快適なはずである。それなのに、どうにも寂しい。

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