
【雑サメ。#16】 勇者候補生/第4章 距離を保つこと(たぶんセーフ寄りの編)
ある日、神官Bの部屋にミカルと二人で呼び出されてしまった。
「e国の勇者候補生の研修?」
「はい。そうでございます」
神官Bは静かに頷く。
「e国って、海越えた向こう側の国だろ。そんな接点、ないと思うけど」
「おっしゃる通りです。実際、現在フォローに入っているのは近隣諸国ばかりで、こちらとはあまり関わりがありません。ただ――」
神官Bは淡々と続けた。
「神殿の立場として、“干渉しない”という判断も、避けられないのです」
「……で?」
ミカルは短く息を吐き、近くの椅子に腰を下ろした。
「ペアとして、シオリ様にも同行していただきたいと考えております」
「え? 私も?」
「はい。勇者候補生はまだ若く、繊細だと報告にございます。この辺りで“ペアのモデル例”を複数見るのも、決して無駄ではないかと」
「余計だな。気が進まない」
ミカルは視線を逸らしたまま、低く呟く。
「別のやつじゃ、ダメなのか」
「各国の報告書を精査した結果、ミカル様とシオリ様のペアは、運用面において群を抜いて安定しております。勇者候補生にとっても、非常に分かりやすい教材となるでしょう」
神官Bはそう言って、深々と頭を下げた。
「わかった」
短く答えると、ミカルはそれ以上何も言わず、部屋を出ていった。
「え? なに? それって……旅行?」
廊下に向かう背中に問いかけると、ミカルは振り返りもせずに言う。
「準備しとけ。そのうち日程、来るから」
「あっ、そうだ。ねえ、ペアって何?」
広い廊下を追いかけながら聞くと
「神殿が好きな形式上の呼び名だよ」
ミカルは素っ気なく言った。
どこか珍しく、不機嫌そうな足取りだった。
◻︎◻︎
旅行。
とりあえず、シオリの中ではそういうことになった。
「準備しとけ」って言われたし。
日程が来るって言われたし。
神殿の人は否定しなかったし。
――じゃあもう、旅行でいい。
部屋に戻って、まず考える。
(……あ、移動)
海越えるって言ってたけど、たぶん船じゃない。
神官Bだし。
(オーブだよね)
神殿の転移オーブ。
あれ、景色とか過程とか一切ない。
「移動します」→「着きました」で終わるやつ。
湿気も潮風も船酔いも、存在しない。
「じゃあ、楽だな」
準備の難易度が一気に下がった。
部屋の隅にかけてある“いつものやつ”を見る。水着。
「……泳げるのかな?」
どうしても転生前の思考が邪魔して、
旅行=バカンス、という発想になる。
暖かいところだったら、ワンチャン泳げるんじゃないのか。
そんなことを考えてから、
「まあ、小さいし」
と、鞄に雑に滑り込ませた。
鞄は大きすぎず、小さすぎず、神殿基準で「無難」なやつ。
中身を並べる。
・着替え(実質一択)
・下着
・タオル
・糸と針
・石鹸
移動でも汚れないし、荷物も最小でいっか。
……でも、現代人として石鹸は手放せない。
途中で思い出して、小さな袋を足す。
シスターが作ってくれた焼き菓子。結構、日持ちする。
「研修って言ってたし……お腹空くよね」
勇者候補生、若くて繊細らしいし。
繊細な子は空腹に弱い。これは経験則。
準備しながら、自然と口元がゆるむ。
(ペアのモデル例、か)
よく分からない評価だけど。
でもミカルと一緒なら、現地でもたぶん楽だ。
危ない場所には立たせないし、
説明は雑だけど、判断は早い。
「……旅行だなあ」
声に出すと、ますますそう思える。
移動は一瞬。
でも生活は続く。
ご飯は食べるし。寝るし。朝は来る。
鞄の口を閉めて、床に置いた。
(あとは、神官Bのタイミング次第)
オーブが光ったら、もう向こう側だ。
るん、って音は鳴らなかったけど、
たぶんシオリの中ではちゃんと鳴ってた。
少なくとも、不機嫌そうだったミカルよりは。