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Photo bypiccolotakamura

玉手箱

     倧孊の旧校舎が取り壊されるこずになり、その片付けのために孊生アルバむトが集められた。
    私もその䞭の䞀人であった。

     旧校舎は十幎近く前から䜿われおいなかった。耐震性に問題があるずいう話だったが、孊生たちの倚くはそんな事情を知らない。
    ただ立入犁止の建物があるずいう皋床の認識であった。

     建物ずいうものは䞍思議なもので、人が出入りしなくなるず急速に忘れられおいく。
    同じ敷地の䞭にありながら、たるで別の時間が流れおいるように芋えるこずがある。

     私は教育孊郚の䞉幎生であった。

     教垫になる぀もりで入孊したのであるが、最近はその「぀もり」ずいう蚀葉が少し頌りなく感じられおいた。

     高校生の頃は、自分が教垫になるこずを疑ったこずがなかった。
    教垫になり、結婚し、子䟛が生たれ、定幎たで勀めるものだず思っおいた。
    しかし二十歳を過ぎるず、人は自分の未来よりも、自分の䞍確かさを先に知るらしい。

     教垫になれないかもしれない。

     そう考えるこずが増えおいた。

     もっずも、それは私だけではない。
    倧孊には将来の話をする孊生が倧勢いるが、その倧半は未来を語っおいるのではなく、䞍安をごたかしおいるだけのようにも芋えた。

     倉庫には長幎攟眮された備品が積み䞊げられおいた。

     壊れた机や怅子。

     䜿われなくなった映写機。

     色耪せた掲瀺板。

     叀い卒業アルバム。

     どれも䞀床は必芁ずされたものである。

     必芁ずされなくなったからここにある。

     そう考えるず、少し寂しい気がした。

     昌過ぎ、棚を動かしおいた時である。

     棚の裏から䞀぀の朚箱が芋぀かった。

     靎箱ほどの倧きさで、衚面はひどく色耪せおいた。埃を払うず、蓋に曞かれた文字が珟れた。

     倪いマゞックで、

     玉手箱

     ず曞かれおいる。

     その䞋には小さな字があった。

     二〇二五幎の自分ぞ

     私は少し銖を傟げた。

     今幎は二〇二六幎である。

     䞀幎過ぎおいる。

     箱を持ち䞊げおみるず、䞭で䜕かが動く音がした。

     重くはない。

     おそらく玙が入っおいるだけだろう。

     タむムカプセルの類かもしれないず思った。

     倧孊では時々そういう䌁画がある。
    未来の自分ぞ手玙を曞くずいうものだ。
    倢や目暙を曞き、それを数幎埌に開封する。

     私も高校生の頃に䌌たようなこずをした蚘憶があった。

     もっずも、䜕を曞いたのかは思い出せない。

     未来の自分に向けお曞いたはずなのに、その内容だけが綺麗に消えおいる。

     事務宀ぞ持っお行くこずにした。

     勝手に開けるべきではないず思ったからである。

     事務宀には総務課の職員がいた。

     定幎間近の男性で、私がアルバむトを始めた頃から䞖話になっおいる人だった。

     箱を芋るず、

    「ああ、これか」

     ず蚀った。

     懐かしいものを芋るような口調であった。

    「ご存じなんですか」

    「少しな」

     職員は箱を受け取り、蓋を眺めた。

    「ただ残っおいたずは思わなかった」

    「タむムカプセルですか」

    「そんなものだ」

     そしお箱の偎面に曞かれた名前を芋た。

     名前は初めお確認した。

     知らない人物であった。

     孊籍番号も曞かれおいる。

    「教育孊郚ですね」

     私ず同じであった。

    「そうだったな」

     職員は頷いた。

    「教員志望だった」

    「じゃあ、連絡は」

     そこたで蚀いかけお、職員は少し黙った。

     それから、

    「無理だな」

     ず蚀った。

    「卒業しおいるからですか」

    「いや」

     職員は銖を暪に振った。

    「亡くなっおいる」

     私は返事ができなかった。

     人の死ずいうものは、案倖あっさり告げられるこずがある。

     亡くなっおいる。

     それだけで説明は終わっおしたう。

     しかし、その短い蚀葉の向こうには䞀人分の人生がある。

     そのこずを考えるず、䞍思議な気持ちになった。

    「教垫にはなったんですよ」

     職員は蚀った。

    「卒業しお、小孊校ぞ勀めた」

     私は箱を芋た。

     二〇二五幎の自分ぞ。

     そう曞かれおいる。

    「䜕歳だったんですか」

    「二十八歳だったかな」

     職員は蚘憶を探るように倩井を芋た。

    「事故だった」

     それ以䞊のこずは語らなかった。

     私も聞かなかった。

     事故の内容を知ったずころで䜕かが倉わる気はしなかった。

     重芁なのは、その人物が二〇二五幎を芋るこずなく死んだずいうこずだった。

     職員は箱を机の䞊に眮いた。

    「凊分する予定だったんだがな」

     そう蚀っお苊笑した。

    「開封日が来る前に本人が亡くなったから、そのたたになっおいた」

     私は箱を芋぀めた。

     未来の自分ぞ向けた手玙である。

     未来は来た。

     しかし、それを読むはずだった人間だけがいない。

     そういうこずがあるのかず思った。

     いや、あるのだろう。

     本圓は珍しい話ではないのかもしれない。

     人は明日の予定を立おる。

     来月の予定を立おる。

     十幎埌の話をする。

     老埌の話をする。

     けれど、その未来が本圓に来るかどうかは誰にも分からない。

     分からないたた、圓然のように話をしおいる。

     職員は封筒を芋おいた。

    「本人もいないんだ」

     静かな声で蚀った。

    「読んでみるか」

     私はすぐには答えられなかった。

     封筒は二十幎以䞊前に閉じられたたただった。

     それは未来の自分に宛おた手玙であり、私に宛おたものではない。

     しかし、その未来の本人はもう存圚しない。

     そう考えるず、読たれないたた凊分されるこずの方が奇劙な気もした。

     私は朚箱を手に取った。

     軜い箱であった。

     䞭に入っおいるのは、おそらく数枚の玙だけだろう。

     それでも、その重さが劙に気になった。

     そこには、誰かが二十幎埌たで持ち越そうずした人生の䞀郚が入っおいるような気がしたのである。
     私は朚箱を借り受け、その日の倕方、自宅ぞ持ち垰った。

     六畳ほどのアパヌトである。

     倧孊ぞ通うには郜合がよかったが、それ以倖に特筆するこずはなかった。

     郚屋の䞭倮に箱を眮き、しばらく眺めおいた。

     読たないずいう遞択もあった。

     もずもず私に宛おられた手玙ではない。

     しかし二十幎ずいう幎月を経お、ようやく開封日を迎えたその手玙が、結局誰にも読たれずに終わるずいうのも奇劙な気がした。

     私は封筒を取り出した。

     玙は黄ばんでいたが、保存状態は悪くなかった。

     慎重に封を切る。

     䞭には䟿箋が五枚入っおいた。

     最初の䞀枚には、日付が蚘されおいた。

     二〇〇五幎䞉月䞀日。

     今から二十䞀幎前である。

     その䞋に、

    「二〇二五幎の自分ぞ」

     ず曞かれおいた。

    âž»

     二〇二五幎の僕ぞ。

     元気でしょうか。

     こういう手玙は最初に元気ですかず曞くものらしいので、ずりあえず曞いおみたした。

     でも二十幎埌の自分が元気かどうかなんお分かるはずがありたせん。

     病気かもしれないし、怪我をしおいるかもしれないし、もしかするず髪がなくなっおいるかもしれたせん。

     それでも読んでいるずいうこずは、生きおいるずいうこずなので、たぶんそれだけで十分です。

    âž»

     私は少しだけ笑った。

     教垫らしい文章だず思った。

     正確には、教垫になろうずしおいる孊生らしい文章だった。

     読たせるこずを意識しおいる。

     盞手が未来の自分であっおも、その癖は倉わらないらしい。

     続きを読む。

    âž»

     今、僕は倧孊四幎生です。

     卒業も決たり、ようやく教員採甚詊隓にも合栌したした。

     四月から小孊校の教垫になりたす。

     たぶん、この手玙を読んでいる頃にはベテランですね。

     二十幎埌ですから。

     子䟛たちに偉そうなこずを蚀っおいるかもしれたせん。

     でも正盎に蚀うず、今は少し怖いです。

     教垫になりたいず思っお倧孊ぞ入りたしたが、教垫になるのが怖くないわけではありたせん。

     僕は人を叱るのが苊手です。

     人に嫌われるのも苊手です。

     だから教垫に向いおいないかもしれないず思うこずがありたす。

    âž»

     そこたで読んで、私は䟿箋から目を離した。

     窓の倖は暗くなっおいた。

     私も教育孊郚の孊生である。

     教垫になるのが怖い。

     その感芚はよく分かった。

     教育実習を終えた先茩たちの䞭には、教垫になるこずを諊めた者もいた。

     子䟛が嫌いになったわけではない。

     むしろ逆である。

     子䟛ず向き合う責任の重さに耐えられなくなったのだ。

     私は再び䟿箋ぞ目を萜ずした。

    âž»

     最近、小孊校の卒業文集を読み返したした。

     将来の倢を曞くペヌゞがありたす。

     野球遞手。

     ケヌキ屋。

     宇宙飛行士。

     いろいろありたした。

     教垫になりたいず曞いおいる子もいたした。

     たぶん、そのほずんどは叶わないのでしょう。

     でも、それでいいのだず思いたす。

     倢ずいうのは叶うためだけにあるのではなく、その時その人を前ぞ進たせるためにあるのだず思いたす。

     偉そうなこずを曞いおいたすが、二十幎埌の僕が読んだら笑うかもしれたせん。

    âž»

     䟿箋の文字は䞁寧であった。

     几垳面な性栌だったのだろう。

     倧きな野望に぀いおはほずんど曞かれおいない。

     政治家になりたいずか、䞖の䞭を倉えたいずか、そういう話は䞀切なかった。

     代わりに、生掻の話が続いおいた。

    âž»

     結婚はしおいたすか。

     これは少し気になりたす。

     倧孊の友人たちは、たぶん結婚しおいるだろうず蚀いたす。

     でも僕はどうでしょう。

     あたり想像できたせん。

     もし結婚しおいるなら、盞手に感謝しおください。

     僕みたいな人間ず二十幎も䞀緒にいおくれたのですから。

     子䟛はいたすか。

     もしいるなら、僕が教えおいる子䟛たちより倧きいかもしれたせんね。

     それは少し䞍思議です。

    âž»

     私は読みながら、䜕床か䟿箋を裏返した。

     そこに曞かれおいる未来は、どれも実珟しなかった未来であった。

     いや、正確には分からない。

     結婚したかもしれない。

     子䟛がいたかもしれない。

     教垫ずしお働いた数幎間のどこかで、そういう人生を手に入れおいた可胜性はある。

     だが本人が確かめるこずはできない。

     この手玙は、その答えを知るために曞かれたものだった。

     その答えを聞く盞手がいなくなっおしたったのである。

     䟿箋は䞉枚目に入っおいた。

    âž»

     二十幎埌の僕ぞ。

     たぶん今頃は四十代ですね。

     四十代ずいうのがどういう幎霢なのか、ただよく分かりたせん。

     小孊校の頃は倧人だず思っおいたした。

     倧孊生になるず、案倖そうでもない気がしおきたした。

     たぶん四十代になっおも、自分では自分を倧人だず思っおいないのでしょう。

     最近そんな気がしおいたす。

    âž»

     そこで私は手を止めた。

     劙なこずに気付いたのである。

     この手玙には垌望が曞かれおいる。

     だが垌望そのものよりも、垌望を抱いおいる人間の姿の方が目に残る。

     四十代になる。

     老埌を迎える。

     教え子が成長する。

     そんな未来を圓然のように前提にしおいる。

     人は未来を信じるこずで生きおいるのだず、改めお思った。

     信じおいるずいうより、疑っおいないず蚀った方が近いかもしれない。

     私自身もそうであった。

     来幎も倧孊ぞ通う぀もりでいる。

     卒業する぀もりでいる。

     働く぀もりでいる。

     五幎埌も十幎埌も生きおいる぀もりでいる。

     しかし、それは蚌明された事実ではない。

     ただ䜕ずなくそう思っおいるだけである。

     䟿箋は残り二枚になっおいた。

     そしお、その最埌の郚分に曞かれおいた内容が、私をしばらく眠れなくさせるこずになる。
    最埌から二枚目の䟿箋には、これたでず倉わらない調子で近況のようなこずが曞かれおいた。

     四月から教垫になるこず。

     初任絊で䞡芪に䜕か莈ろうず思っおいるこず。

     倧孊の友人たちず十幎埌に集たろうず玄束しおいるこず。

     どれも特別な話ではなかった。

     むしろ、どこにでもある話ばかりであった。

     そのこずが私には少し意倖であった。

     二十幎埌の自分ぞ手玙を曞くずなれば、もっず倧きな倢を曞くものだず思っおいたのである。

     だが圌は違った。

     䞖界を倉えたいずも、偉くなりたいずも曞いおいない。

     ただ働き、誰かず暮らし、幎を取り、時々昔を思い出す。そんな人生を想像しおいるだけであった。

     私はそこで、ふず考えた。

     おそらく人間の願いずいうものは、案倖その皋床なのかもしれない。

     若いうちは特別な人生を望んでいるように芋える。

     しかし本圓に欲しいものを䞀぀ず぀数えおいけば、結局は平凡な生掻ぞ蟿り着く。

     病気をせずに生きるこず。

     奜きな人ず暮らすこず。

     仕事を倱わないこず。

     芪より少し長く生きるこず。

     そうした圓たり前のこずが、実は最も手に入りにくい。

     䟿箋の最埌の䞀枚を開いた。

     そこには、それたでより少し小さな字が䞊んでいた。

    âž»

     二十幎埌の僕ぞ。

     ここたで読んでくれおありがずうございたす。

     未来の自分に瀌を蚀うのも倉ですが、䞀応蚀っおおきたす。

     この手玙は、倧孊の䌁画で曞いおいたす。

     本圓は倢ずか目暙ずかを曞くべきなのかもしれたせん。

     でも僕は少し違うこずを曞きたくなりたした。

     倢は倉わるからです。

     二十幎埌には、きっず今ずは別人になっおいたす。

     だから将来の倢を曞いおも仕方がない気がしたした。

    âž»

     そこたでは理解できた。

     しかし、その先を読んだ時、私はしばらく芖線を動かすこずができなかった。

    âž»

     その代わり、䞀぀だけ知りたいこずがありたす。

     僕は誰かの蚘憶に残りたしたか。

    âž»

     それだけが曞かれおいた。

     私は続きを探した。

     だが、その䞀文の埌には数行の空癜があり、文章はそこで終わっおいた。

     いや、正確には終わっおいなかった。

     その䞋に、さらに小さな字で付け足しのようなものがあった。

    âž»

     教垫ずいう仕事は䞍思議です。

     毎幎たくさんの子䟛に䌚いたす。

     でも、子䟛たちは成長するず先生のこずを忘れおいきたす。

     それでいいのだず思いたす。

     本来、先生は忘れられる仕事です。

     けれど、もし二十幎埌の僕がこの手玙を読んでいるなら、䞀人くらいは僕のこずを芚えおいおくれる子がいるでしょうか。

     それだけ少し気になりたす。

    âž»

     そこで手玙は終わっおいた。

     眲名もなかった。

     私は䟿箋を机の䞊ぞ眮いた。

     郚屋は静かだった。

     冷蔵庫の音だけが聞こえる。

     時蚈を芋るず、日付が倉わろうずしおいた。

     だが私は眠る気になれなかった。

     誰かの蚘憶に残ったか。

     その問いが劙に胞に匕っ掛かっおいた。

     人間は、自分が死ぬこずそのものよりも、自分が忘れられるこずを恐れおいるのかもしれない。

     少なくずも私はそうだった。

     小説家になりたいずいう人間がいる。

     有名になりたいずいう人間がいる。

     歎史に名を残したいずいう人間がいる。

     その根底には、忘れられたくないずいう願いがあるような気がする。

     しかし珟実には、倧半の人間は忘れられる。

     祖父の祖父の名前を蚀える人間は少ない。

     癟幎前にこの倧孊ぞ通っおいた孊生の名前を知る者もいない。

     人は思っおいる以䞊に早く消える。

     そのこずを私は知っおいたはずだった。

     翌日、私は倧孊の図曞通ぞ行った。

     どうしおも気になるこずがあったのである。

     教育孊郚の卒業アルバムを探した。

     二〇〇五幎床。

     手玙を曞いた孊生の卒業幎である。

     名前を確認し、ペヌゞをめくる。

     やがお写真が芋぀かった。

     ごく普通の青幎だった。

     痩せおいお、少しだけ猫背で、笑顔もどこか遠慮がちである。

     教垫になりたい孊生だず蚀われれば玍埗する顔だった。

     私はしばらく写真を芋おいた。

     䞍思議なもので、人間は顔を芋るだけで盞手を理解した気になる。

     だが実際には䜕も分からない。

     奜きな食べ物も知らない。

     恋人がいたのかも知らない。

     どんなこずで悩んでいたのかも知らない。

     私が知っおいるのは、未来の自分ぞ手玙を曞いたこずず、その未来ぞ蟿り着けなかったこずだけであった。

     数日埌、私は教育実習先だった小孊校の教員に、その人物のこずを尋ねおみた。

     もちろん知っおいるはずはないず思っおいた。

     二十幎以䞊前の話である。

     ずころが幎配の教員の䞀人が、

    「ああ」

     ず蚀った。

    「聞いたこずがある」

     私は驚いた。

    「知っおいるんですか」

    「同じ垂内だったからな」

     その教員は少し考えるような顔をした。

    「若くしお亡くなった先生だろう」

    「どんな人だったんですか」

    「さあな」

     教員は苊笑した。

    「䌚ったこずはない」

     そしお少し間を眮いおから、

    「でもな」

     ず蚀った。

    「今でも名前だけは時々出る」

     私はその蚀葉に、なぜか返事ができなかった。

     名前だけは時々出る。

     それは蚘憶に残ったずいうこずなのだろうか。

     それずも違うのだろうか。

     私には分からなかった。

     ただ䞀぀分かるのは、圌自身はその答えを知るこずができないずいうこずであった。
    その日からしばらくしお、私は朚箱を倧孊ぞ返した。

     事務宀の職員は、

    「そうか」

     ず蚀っただけであった。

     箱は凊分されるこずになっおいた。

     解䜓工事も始たっおいる。

     旧校舎はもう半分ほど姿を倱っおいた。

     窓ガラスは倖され、壁は剥がされ、長幎積もった埃が颚に舞っおいた。

     私は講矩の垰りにその前を通った。

     重機が鉄骚を匕き倒しおいる。

     倧きな音が響く。

     しかし、その音も数日続けば誰も気にしなくなる。

     人間は慣れる生き物である。

     建物がなくなるこずにも。

     人がいなくなるこずにも。

     やがお倏が来た。

     私は教育実習ぞ行った。

     朝早く起き、授業を芋孊し、子䟛たちの盞手をした。

     忙しかった。

     想像しおいたよりもずっず忙しかった。

     教垫は授業だけしおいるわけではなかった。

     䌚議があり、事務䜜業があり、保護者ずの連絡がある。

     子䟛が怪我をすれば走り、喧嘩をすれば間に入る。

     䞀日が終わる頃には足が痛くなっおいた。

     ある日の昌䌑みだった。

     教宀の埌ろで教材を敎理しおいるず、䞀人の男の子が近寄っおきた。

    「先生」

     ず蚀う。

     私はただ先生ではなかったが、実習生はそう呌ばれる。

    「どうした」

    「先生っおさ」

     男の子は少し考えおから、

    「倧人になっおも先生なの」

     ず聞いた。

     私は意味が分からず、

    「どういうこずだ」

     ず聞き返した。

    「だっお先生っお先生じゃん」

     男の子は真面目な顔で蚀った。

    「おじいちゃんになっおも先生なの」

     私は少し笑った。

    「そうかもしれないな」

     男の子は玍埗したように頷き、友達のずころぞ走っお行った。

     それだけの䌚話だった。

     だが私は、その埌もしばらく考えおいた。

     おじいちゃんになっおも先生なの。

     手玙の䞻は、その未来ぞ蟿り着けなかった。

     二十八歳で人生が終わった。

     それは知っおいる。

     しかし䞍思議なこずに、私はその人を二十八歳の人間ずしお思い出すこずができなかった。

     卒業アルバムの写真よりも、むしろ存圚しなかった未来の方が思い浮かぶのである。

     四十歳の教垫。

     五十歳の教垫。

     定幎間近の教垫。

     癜髪になりながら教壇に立぀姿。

     教え子に街で声を掛けられる姿。

     そうしたものばかりが思い浮かぶ。

     存圚しなかったはずの人生である。

     その幎の秋、旧校舎は完党に取り壊された。

     曎地になった堎所には雑草が生えおいた。

     玉手箱も凊分されたず聞いた。

     どこぞ行ったのかは知らない。

     焌华されたのかもしれない。

     埋め立お地ぞ運ばれたのかもしれない。

     今ずなっおは確かめようもなかった。

     ただ、手玙の内容だけは劙に蚘憶に残っおいた。

     誰かの蚘憶に残りたしたか。

     あの䞀文である。

     冬になった。

     教育実習先の小孊校から瀌状が届いた。

     定型文の䞊んだ短い文章だった。

     しかし最埌に子䟛たちの寄せ曞きが添えられおいた。

     字の倧きさも圢もばらばらである。

     ありがずうございたした。

     たた来おください。

     勉匷を教えおくれおありがずう。

     その皋床の蚀葉ばかりだった。

     私は䜕ずなくそれを読んだ。

     それから机の匕き出しぞしたった。

     しばらくしお、ふず思い出した。

     二十幎前の教垫も、もしかするず同じような玙を受け取ったこずがあったのではないか。

     運動䌚の埌に。

     卒業匏の埌に。

     あるいは䜕でもない日に。

     そしお、その玙も今はどこにも残っおいないのではないか。

     人間の残すものは案倖少ない。

     家も壊れる。

     孊校も建お替わる。

     写真は色耪せる。

     名前は忘れられる。

     それでも時々、誰かの蚘憶の䞭だけに残るものがある。

     それが䜕なのかは分からない。

     蚀葉かもしれないし、衚情かもしれない。

     あるいは存圚そのものかもしれない。

     翌幎の春、私は四幎生になった。

     桜が咲いおいた。

     就職掻動の話をする孊生たちがキャンパスを歩いおいる。

     皆、自分の未来に぀いお話しおいた。

     五幎埌のこず。

     十幎埌のこず。

     定幎埌のこず。

     その様子を眺めながら、私はふず思った。

     未来ずいうものは䞍思議である。

     人はそれを圓然のように語る。

     しかし実際には、誰䞀人ずしお持っおはいない。

     持っおいるのは今日だけである。

     それでも人は未来を信じる。

     信じなければ生きおいけないからかもしれない。

     颚が吹き、桜の花びらが萜ちた。

     私はしばらくそれを眺めおいた。

     そしお、あの手玙の䞻もたた、こうしお未来を信じながら歩いおいたのだろうず思った。

     そのこずだけが、なぜか少し胞に残った。

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