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第1章:12歳、人生の握力を失う

    起きて部屋を出て、リビングがやけに白く眩しく感じたあの朝を、今でもよく覚えている。
    テーブルには大学生の姉と高校生の兄、父。キッチンに立つ母。
    みんないつもの場所にいた。

    でも、誰も声を発していなかった。

    いつもは気にもしないカーテンや窓の外が、やけに目に入った。
    それで余計に眩しく感じたのかもしれない。
    戸惑いながらキッチンに牛乳を取りに行くと、母が言った。

    「パパにこれ持っていって」

    焼き上がったトーストの皿を渡され、さらに困惑した。
    いつもなら母が自分で置くはずのものだったからだ。
    皿を持ってテーブルに戻り、無言の父の前に置く。
    静かな姉と兄が、入れ替わるように登校していった。

    こんな静かな朝が、何日か続いた。

    家で理由を聞ける雰囲気はなく、ただ自分の家と家族がおかしいことだけは肌で感じていた私は、学校で泣いた。

    「パパとママが変なの。分からなくて、家が怖いの」

    保健室で泣いた私の話を、大好きだった保健室の先生と担任は静かに受け止めてくれた。
    五十代のベテラン先生ふたりは、きっとすぐ察しただろう。
    家庭の事情に深入りできない立場で、どう対応してくれたのかは分からない。

    「いつでもおいで」

    保健室の先生のその言葉だけは覚えている。
    そんな不安定な日々が続いたある日、母が唐突に切り出した。

    「パパとママ、どっちといたい?」

    どっちも、の選択肢はなかった。

    どちらかしか選べないなら、仕事で不在がちだった父ではなく母のほうがよかった。
    それよりも、同じく母を選んでいた姉と兄と離れることのほうが嫌だった。

    「ありがとう。ママ、頑張るからね」

    父は、家に戻らなくなった。

    話は少し変わるが、この頃の私は約一か月後に中学受験本番を控えていた。
    東京より先にある千葉入試は、滑り止めや練習として受けるのが通例だ。
    母も塾長も、当然私も受けるつもりでいた。
    でも父がいなくなった今、これから先お金を稼ぐのは母になる。
    子どもながらにお金を心配し、出願の時期になって私は千葉入試を拒否した。

    「どうせ本命には受かる。行かない学校を受けるのは無駄だ」

    頑として譲らなかった。
    無駄だと思ったのは機会ではなく、お金だった。
    でもそれは、頑張るねと私に言った母には言えなかった。

    幸い、本命の中学には一発で受かった。
    入学後は愉快な友人たちに恵まれ、今でも仲良くしてくれている。

    朝はまだ疲れて眠る母を起こさぬよう登校し、
    日中は友人や先生と楽しく過ごし、
    夜は誰もいない家に帰った。
    兄はその春から就職して寮に入り、姉も大学が忙しく家にはいなかった。

    数か月前まで五人用だったテーブルで、ひとりで夕飯を食べていた。

    この頃の自宅での記憶はほとんど残っていない。
    ただひたすら眠く、世界はぼんやりしていた。

    『自分の人生には、自分ではどうにもならないことがある』

    12歳の冬。
    私はまだ、自分の人生を諦めたわけではなかった。
    けれど必死に握っていたはずの指先は、あの日を境に少しずつ、気づかぬうちに緩みはじめていた。


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    東京在住。30代後半の会社員。歴史と構造が好き。人生の節目に影響をうけた人たちとの記録を綴っています。

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