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Photo bytakumienterprise

慰問先の片隅で

    その人は10歳以上年上で、すでに社長業を退いていた。今は地域活動に熱心だという。老人ホームへの慰問、寸劇、合唱、楽器の演奏、近所のゴミ清掃。ギター弾きでもあるから、できることの幅が広い。

    そう聞くと生真面目で立派な人物を想像するかもしれないが、若い頃はずいぶんやんちゃだったらしい。愛人のもとに入り浸り、家に帰らない時期が長く続いた。それでも離婚せずに今に至っている。その話を面白おかしく語る人だった。バブルの頃の話も、聞いていて飽きなかった。

    今は家族を大切にし、地域社会で頑張っていた。

    ある介護施設を訪問したときのことを話してくれた。
    認知症の入居者が多い施設だった。

    部屋に入ると、見覚えのある顔があった。小学校と中学校のときの同級生だった。真面目で、勉強のよくできる男だった。同じグループにいたわけではないが、それだけ目立っていたから名前を覚えていた。その男が、認知症でここにいる。同い年だということもあって、ショックがあったと言っていた。

    それでも声をかけてみようと思い、その男が三人ほどと座って話しているところへ後ろから近づき、苗字を呼んだ。

    男はぱっと振り向きざまに言った。

    「なんだ、女でも紹介してくれるのか」

    あの真面目だった同級生が、という驚きもあった。
    認知症になってしまったという悲しみもあった。ただそれ以上に、その一言が鮮烈だったと話してくれた。ぼけた後に出てきたものが、その人の本質なのかどうかはわからない。高校も違い、大学も就職先も知らない。その間に人格が変わったのかもしれないし、変わらなかったのかもしれない。

    ただ、記憶が削れていった果てに残ったものが、あの一言だったとしたら。

    怖いとも思うし、何か人生というものを感じるとも言っていた。
    私もそう思ってグラスを傾けた。

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