
No0072- 土泥年表第一章環境地盤工学から生まれた構造循環工学― 身体感覚教育とLLMをつなぐ探究学習の概論 ―
土泥年表第一章
環境地盤工学から生まれた構造循環工学
― 身体感覚教育とLLMをつなぐ探究学習の概論 ―
水野克己 大阪大学

はじめに
2022年以降,大規模言語モデル(Large Language Models : LLMs)の急速な発展によって,人工知能(AI)は社会へ爆発的に普及した。ChatGPTに代表される生成AIは,文章生成,翻訳,要約,画像生成などを高精度に実行し,多くの人々に「AIは人間の知能へ到達した」という印象を与えた。しかし2026年現在,世界最先端のAI研究者たちは,むしろ現在のAIが「現実世界を理解していない」という根本問題へ直面している。ここでいう現実世界とは,物体には重さがあり,土には水分があり,粘土には粘りがあり,人間の手には圧力や摩擦を感じる感覚があるという,物理現象を伴う世界である。AIがこのような身体感覚を含む現実世界をどのように理解するかは,現在のAI研究における重要な課題となっている1)。
一方,学術論文は高度な専門知識を体系的にまとめた知識基盤である。しかし,専門知識は論文として蓄積される一方で,一般市民や子どもたちに十分伝わっているとは言い難い。従来は,「論文→要約→普及」という流れが一般的であったが,その過程では論理構造や因果関係が失われ,再現性が低下するという問題が生じやすい。AIによる情報発信が急速に普及する現在,専門知識を社会へ正しく循環させるためには,知識構造そのものを保持したまま伝達する新たな方法論が必要となっている。
著者は,環境地盤工学における粘土鉱物の研究と,長年にわたる体験型教育の実践を通して,身体感覚による理解と知識構造の理解は密接に関係していることを経験してきた2)3)。さらに,生成AIを教育へ応用する過程で,身体感覚,論理構造,AIによる情報処理を一体として扱う新たな教育体系の必要性を認識した4)5)6)7)8)。
そこで本研究では,環境地盤工学を出発点とし,大阪大学SEEDSプログラムにおける教育実践を基盤として,「構造循環工学」を提案する9)10)。構造循環工学は,知識を生成するだけでなく,検査し,評価し,社会へ循環させることを目的とした情報検査体系である10)。本論文では,環境地盤工学から構造循環工学(概論)が生まれるまでの過程を整理するとともに,「泥だんご」「無課金AI」「AI破綻」の三種のAI神器による探究学習へ発展した背景について述べる。以下,本研究では「無課金AI」は,無料利用可能な生成AI環境を指す。「AI破綻」は,AIがどこで失敗・挫折するかを観察する知識循環の健全性試験と定義する。環境地盤工学と身体感覚教育
環境地盤工学は,嘉門雅史によって体系化された実践的な工学分野であり,建設発生土の有効利用,廃棄物最終処分場の遮水技術,土壌・地下水汚染対策,地盤材料の再利用など,地盤と環境の調和を目的とした学問である2)3)。その中でも粘土鉱物は,遮水性能,膨潤性,吸着性など多様な機能を有し,環境地盤工学を支える中核材料(図-1)として位置付けられている。しかし,粘土鉱物の機能は数式や文章だけでは理解しにくい。著者は,泥だんご(写真-1)や泥だんご電池(写真-2)などの教材を活用し,実際に「触る」「握る」「混ぜる」「比較する」という身体感覚を通して粘土の性質を理解する教育を継続してきた(図-2,写真-3,写真-4)。
さらに、粘土鉱物のコンシステンシー(図-3)の変化や膨潤挙動を体験することで,受講生は教科書では理解しにくい環境地盤工学の概念を,自らの身体感覚として理解できるようになる。このような身体感覚を重視した教育は,単なる実験実習ではなく,「現象を体験し,構造を理解する」という探究学習の基盤(写真-5)となっている。
大阪大学SEEDSプログラムにおける教育実践
大阪大学SEEDSプログラムは,高校生を対象として,文理の枠を超えた最先端研究を体験できる探究学習プログラムである。受講生は複数の研究テーマから関心のあるテーマを選択し,大学教員の指導のもとで実験,観察,討論を行う9)。またSEEDプログラムは,父兄と一緒に幼稚園や小中学生から遊びながら体験できるように考案(図-6)されているのが最大の特徴である。
3.1. 大阪大学SEEDSプログラムの詳細
本研究で対象とするテーマは,「『粘土』を科学してみよう ―無限の機能を体感する―」である。本プログラムでは,粘土鉱物を教材として,環境地盤工学の基礎概念を身体感覚から理解することを目的としている4)。
前半では,粘土鉱物と水,ベントナイトと高分子材料との相互作用を実験によって体験し,中空泥だんご(写真-1)または泥だんご電池(写真-2)を製作する。受講生は固体から泥状,液体へと変化するコンシステンシー(図-3)を実際に体験することで,粘土鉱物の機能を身体で理解する。
後半では,自宅での復習の成果を発表するとともに,AIを活用して作成したインフォグラフィック「土泥年表(図-4)」を教材として用い,粘土鉱物の形成から環境地盤工学への応用までを体系的に学習する。最後に感想文(写真-5)を作成し,自らが体験した内容を文章として整理することで,身体感覚を知識へ変換する学習を行う。この教育実践では,「体験する」「考える」「説明する」「文章化する」という一連の学習過程が構成されており,身体感覚と知識構造が循環する探究学習となっている。著者は,「これらの教育実践を継続する中で,身体感覚を文章へ変換し,それをAIが解析する過程そのものが,新しい知識循環であることに着目した。」この気付きが,後に構造循環工学を着想する契機となった。
身体感覚教育から生まれた構造循環工学
大阪大学SEEDSプログラムを継続する中で,著者は,受講生が実験によって得た身体感覚を文章化し,他者へ説明する過程において,知識構造そのものが形成されていくことを確認した。また,生成AIを用いて感想文や論文,引用文献を解析すると,AIは文章生成だけではなく,情報構造の検査や評価にも利用できることが明らかとなった。この経験を基に提案したのが「構造循環工学」である。構造循環工学とは,人間が作成した感想文,論文,引用論文を入力し,AIが12ステップ構造循環検査,ICE-4評価,13項目評価,成果物生成までを実行する情報検査・評価体系である10)。
さらに,構造循環工学を基盤として,人間による修正を行わず,AIが成果物を生成し,JSON-LDを付与したnoteやYouTube等への公開までを一体化した情報循環プロセスを「構造循環工学DX」と定義する。本プロセスにおいて,人間の役割は入力文章の作成,引用論文の提示,AIへの指示に限定される。一方,構造循環検査,ICE-4評価,13項目評価,成果物生成,必要に応じた追加評価はAIが自動的に実行する。これにより,知識は生成されるだけでなく,検査,評価,公開までを一連の循環構造として社会へ展開できる。
以上のように,構造循環工学は,環境地盤工学の身体感覚教育,大阪大学SEEDSプログラムにおける探究学習,そして生成AIによる情報検査を融合することで誕生した,新しい教育・情報工学の枠組みである。三種のAI神器による探究学習
前章では,環境地盤工学における身体感覚教育と大阪大学SEEDSプログラムでの教育実践を基盤として,構造循環工学が誕生した経緯について述べた。本章では,その理論を実践へ展開するための教育手法として,「泥だんご」「無課金AI」「AI破綻」の三種のAI神器について述べる。三種のAI神器は,それぞれ,身体感覚,知識循環,知識循環の健全性試験という三層構造である。三種のAI神器は,単なる教材ではない。それぞれが異なる役割を担いながら,相互に補完し合うことで,身体感覚,知識構造,論理検証を一つの探究学習として循環させる仕組みである。無課金AI(図-5)は,構造循環工学DXを誰でも再現可能にする教育基盤である。
5.1 泥だんご ― 身体感覚の獲得
第一の神器は泥だんごである。泥だんご作りでは,粘土鉱物の粒径,含水比,コンシステンシー,膨潤性,乾燥収縮などを,自らの手で体験する(図-2,写真-1,写真-2.図-3)。受講生は,「触る」「握る」「混ぜる」「磨く」という一連の作業を通して,教科書では理解しにくい環境地盤工学の概念を身体感覚として理解する。身体感覚によって獲得された知識は,後にAIを利用した情報整理や論理構築を行う際の基盤となる。
5.2 無課金AI ― 知識構造の可視化
第二の神器は無課金AI(図-5)である。近年,生成AIは文章生成だけでなく,図表作成,画像生成,要約,翻訳など,多様な知識処理を実行できるようになった。本研究では,ChatGPT,Gemini,NotebookLM等の無課金(図-9)で利用可能なAIを用い,感想文や論文を解析し,インフォグラフィック,スライド資料,動画原稿などを自動生成する。
さらに,構造循環工学では,人間による修正を前提とせず,AIが生成した成果物をそのまま構造循環検査へ入力する。この過程により,知識は文章だけでなく,画像,図表,動画へと媒体を変換しながら循環し,知識構造そのものが可視化される。無課金AIを活用する目的は,高価なAI環境を構築することではなく,誰もが再現可能な教育環境を構築することである。
5.3 AI破綻 ― 知識循環の健全性試験
第三の神器はAI破綻である。AI破綻とは,生成AIが自ら生成した画像やインフォグラフィックを再解析し,再び同等の成果物を生成しようとした際に,元の論理構造や画像を完全には再現できない現象をいう。この現象は,単なるAI性能の不足ではない。特筆することは、生成AIが自ら生成した画像やインフォグラフィックを再解析する以前に、自ら読み込みを受け付けない場合(拒否)もある。(図-6,図-7)
AI破綻は,構造循環工学において最も重要な教育教材である。AIは文章生成,画像生成,画像解析など個別の処理は高い精度で実行できる。しかし,「理論→画像→解析→理論→画像」という構造循環を繰り返すと,情報構造の一部が失われ,論理構造を完全には保持できなくなる。
この現象には,構造理解能力の限界,情報保存能力の限界,時間軸や情報次元の複雑性,安全基準による生成制約,文字や数値の再現精度,など複数の要因が関係している。構造循環工学では,このAIの挫折を失敗とは考えない。むしろ,「どこで構造が崩れたのか」を人間が観察することで,情報構造,因果関係,仮説検証能力を養う教育資源として利用する。すなわち,AI破綻は「AIを使う教育」ではなく,「AIの限界から学ぶ教育」を実現するための実践手法である。
構造循環工学DXへの展開
構造循環工学DX(図-8)では,人間が作成した文章を起点として,感想文→論文→構造循環検査→評価→インフォグラフィック→動画→JSON-LD付与→公開。という一連の循環プロセスを構築する。構造循環工学DXは,生成AIを利用する技術ではない。人間・AI・知識・媒体を循環させる教育・情報基盤である。
さらに,生成された成果物を再びAIへ入力することで,「理論→画像→解析→理論→画像」という知識循環を繰り返し実行できる。この循環過程においてAIがどこで挫折するかを調べることは,知識循環が健全に維持されているかを確認する試験となる。著者はこれを「知識循環の健全性試験」と定義する。(図-6,図-7)
この考え方は,教育分野だけでなく,企業DX,技術継承,研究開発,自治体における知識管理など,多様な分野へ応用できる。本研究で提案する構造循環工学DXは,AIを利用して知識を生成する技術ではなく,知識を生成,検査,評価,公開,再検査まで循環させる情報基盤である。おわりに
本研究では,環境地盤工学における身体感覚教育を出発点とし,大阪大学SEEDSプログラムでの教育実践を通して構造循環工学を提案した。さらに,「泥だんご」「無課金AI」「AI破綻」の三種のAI神器を用いた探究学習によって,身体感覚,知識構造,AIによる情報処理を一つの循環体系として統合した。構造循環工学DXにおける「理論→画像→解析→理論→画像」という循環プロセスは,単なる画像生成技術の評価ではなく,知識循環の健全性を検証する情報検査体系である。
世間一般のLLMの使い方が「AIに答えを出させる」という消費であるのに対し、構造循環工学は「AIを使って論理の破綻を炙り出す」という工学的な検証プロセスである。これは、素材(データ)の良し悪しに依存せず、その「組み上がり方」の健全性を問う、極めて高度なメタ・システムであり、既存のLLMを、構造循環という巨大な歯車を回すための「一つの部品」として定義し直すことは、情報処理の歴史において非常に大胆で、かつ本質的なパラダイムシフトとなる。AIの限界を観察し,その挫折から知識構造を再構築するという考え方は,AI時代における新しい探究学習の基盤となる。環境地盤工学から生まれた構造循環工学は,身体感覚教育と生成AIを循環的に結び付けることで,教育・研究・企業・社会をつなぐ新しい知識循環基盤となることが期待される。
図-1中核材料として泥(粘土鉱物)
写真-1中空だんご(PAT7412686)
写真-2 泥だんご電池
図-2 身体感覚を通して粘土の性質を理解する教育
写真-3 親子で泥だんごを体感科学
写真-4 直径7cm中空泥だんご作り
図-3 コンシステンシーの世界
図-4 AI生成インフォグラフィック(土泥年表)を用いた知識構造の可視化5)
写真-5 感想文を作成し,自らが体験した内容を文章として整理事例4)
図-5 無課金で利用可能なAI ChatGPT,Gemini,NotebookLMのキャラクター・ステータス
図-6「AIの限界から学ぶ教育」知
図-7 知識循環の健全性試験事例
図-8 構造循環工学DXの概念図
参考資料
Francisco J. Varela・Evan Thompson・Eleanor Rosch (フランシスコ・ヴァレラ、エヴァン・トンプソン、
エレノア・ロッシュ): The Embodied Mind,Cognitive Science and Human Experience,1991公益社団法人 地盤工学会:環境地盤工学入門,ISBN978-4-88644-419-6,丸善出版,1994
一般社団法人 環境地盤工学研究所(RIEG: Research Institute for Environmental Geotechnics):https://rieg.jp/
4)乾 徹:大阪大学SEEDプログラム体感コース体感科学研究,26.「粘土」を科学してみよう,2020
5)水野克己・乾 徹・大嶺 聖・遠藤和人:土泥年表で地球の自然科学と人類の文明・文化を俯瞰・探求,環境探究
研究会会誌,第2号,2021乾 徹:大阪大学地球総合工学科社会基盤工学コース応用地質学講座,3年生対象出前教室報告,2025
7) 大嶺聖:長崎大学教養教育(全学教育)全学モジュールⅠ科目「暮らしの中の化学」,1年生対象出前教室報告,2025大嶺聖:長崎大学工学部社会環境デザイン工学コース「環境修復学」,3年生対象出前教室報告,2025
大阪大学SEEDSプログラム:https://seeds.osaka-u.ac.jp/
10)水野克己:構造循環工学に基づく教育実践 非説明型教育(認知能力学習 Ver.2.0),2026
https://note.com/lovely_hebe39/n/n2eb6015c4904
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構造循環工学: 知識の生成・検査・評価・循環を一体化させた情報検査体系。
身体感覚教育: 泥だんご作りなどを通じて物理現象を体得する基盤学習。
環境地盤工学: 本研究の原点となる、地盤と環境の調和を目指す工学分野。
三種のAI神器: 「泥だんご」「無課金AI」「AI破綻」からなる探究学習のツール群。
AI破綻: 知識循環の過程でAIの生成物が整合性を失う現象を逆利用する健全性試験。
知識循環の健全性試験: 理論と生成物の変換を繰り返し、情報構造の崩壊を観察するプロセス。
無課金AI: 誰もが再現可能な教育環境を構築するための、無料で利用可能な生成AI基盤。
構造循環工学DX: 人間とAIが知識を循環させ、公開までを自動化する情報プロセス。
大阪大学SEEDSプログラム: 文理融合型の探究学習を推進する教育実践フィールド。
JSON-LD: Web上での知識構造の可視化と検索最適化に用いる構造化データ記述。
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この探究学習の枠組みは、AIを単なる道具として消費するのではなく、その限界(破綻)を工学的な指標として用いるという極めてメタな視点を持っています。この論文が、今後の教育・情報工学の議論においてどのような波紋を呼ぶか、非常に興味深いです。