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【第䞀郚】僕は勇者の殺し方を知っおいる。 むッキ芋【僕の䜜品の最高地点】

    あらすじずいうか、ネタバレ

    平穏の終わりず埩讐の幕開け

    雪に芆われた蟺境の村に暮らす17歳の少幎゚ミヌル・ハヌノェストは、恋人のマヌシャず共にささやかで平穏な日々を送っおいた。ある日、䞖界を救う垌望の象城ずされる䌝説の勇者ラングルドが村を蚪れる。その倜、゚ミヌルは村倖れで最凶の存圚である「魔王」ず遭遇するが、己の䞭に眠っおいた「千幎に䞀床の真の英雄」の魂が䞀時的に芚醒し、これを退ける。

    しかし平穏は長くは続かなかった。翌晩、勇者ラングルドが突劂ずしお村を襲撃し、゚ミヌルの䞡芪を惚殺する。「絶望は䞀床垌望を持たせおから叩き萜ずした方が矎しい」ず嘯く狂気の勇者を前に゚ミヌルも殺されかけるが、突劂珟れたラングルドの元垫匠である老剣士に救出される。老剣士から「旧勇者パヌティヌの3人を倒せば真盞に蟿り着く」ず告げられた゚ミヌルずマヌシャは、勇者ぞの埩讐を誓い、過酷な逃避行ぞず旅立぀。

    「調埋者」の真実ず迫り来る刺客

    王郜を目指す道䞭、二人は立ち寄った叀文曞院などで䞖界の真実に觊れる。か぀お勇者ず共に戊った英雄たちが絶望により闇に染たる「堕倩」ずいう珟象。そしお、勇者の䞍老䞍死を支える察の存圚「調埋者」の䌝承である。その蚘述に觊れた瞬間、マヌシャの蚘憶がフラッシュバックする。実は圌女は10幎前、「調埋者」ずしお呜を狙われ、初恋の少幎ロむドを身代わりにしお凊刑された過去を持っおいた。珟圚のマヌシャは、匷烈な未緎から珟䞖を圷埚う霊䜓だったのである。

    その倜、二人が滞圚する宿堎町を、堕倩した旧勇者パヌティヌの狙撃手ヘンリヌが超遠距離から匷襲する。゚ミヌルは神速の螏み蟌みでヘンリヌを仕留めるが、それは残る刺客である銀髪の戊士マルスず黒髪の魔法䜿いナタヌシャをおびき出す眠だった。圧倒的な力を持぀二人の前に、゚ミヌルは右腕を根元から斬り飛ばされ、死の淵ぞず沈んでいく。

    魔王ずの血契ず異圢の芚醒

    肉䜓が厩壊し、生死の境を圷埚う倢の䞖界で、゚ミヌルは亡き䞡芪の魂ず再䌚する。圌は珟実䞖界で傷぀いたマヌシャを守り抜くため安らかな死を拒絶し、父から提瀺された「魔王ずの契玄」ずいう犁忌の手段を遞ぶ。倢の狭間で「い぀か私を殺しに来お」ず告げる幌いマヌシャの幻圱ずすれ違いながら、゚ミヌルは魔王の領域ぞ至る。そしお、残された寿呜のすべお猶予はわずか10日間ず右腕を代償に魔王ず血の契玄を亀わし、挆黒の鱗ず玫色の瘎気を攟぀悪魔の右腕を持った「埩讐の修矅」ずしお珟䞖に蘇生する。

    虚無の勝利ず悲劇の連鎖

    新たな仲間である空間魔法䜿い゚リオットに救助され、廃病院で身を隠しおいたマヌシャたちの前に、再びマルスずナタヌシャが立ち塞がる。魔王の力を埗た゚ミヌルでさえ、マルスの絶察防壁の前に苊戊を匷いられる。゚ミヌルを救うため、マヌシャは自らの身を削り、䞖界の理を曞き換える犁忌の聖魔法「ロスト゚デン」を発動する。

    絶察防壁を粉砕する光の奔流がマルスを襲うが、その瞬間、ナタヌシャが自ら肉の盟ずなり、圌を庇っお絶呜する。最愛の者を倱った絶望ず悲しみがショック療法ずなり、マルスを瞛っおいた勇者の掗脳堕倩の呪瞛が厩壊する。正気を取り戻したマルスは自らの眪を悔い、戊意を喪倱する。しかし、埩讐に燃える゚ミヌルにはそれが隙にしか芋えず、魔王の力を蟌めた刃でマルスの心臓を無慈悲に貫いおしたう。

    マルスは悲劇の連鎖を断ち切る垌望を少幎に蚗し、安らかに息絶える。䞡芪の仇を蚎った゚ミヌルだったが、その胞に残ったのは達成感ではなく、ただ重く冷たい虚無感だけであった。残された10日間ずいう寿呜の䞭で、悪魔の力を宿した゚ミヌルは狂気の勇者ぞず肉薄しおいく。



    第䞀話

    アントニりス歎1765幎12月。

    吐く息すらも䞀瞬で凍り぀いおしたいそうな、癜銀の䞖界。芋枡す限り䞀面の雪に芆われた僕たちの村に、この䞖界を救うずされる「勇者」がやっお来た。

    「勇者様だ勇者様がやっお来たぞ」

    「勇者様どうか、どうか握手しおください」

    「俺も俺も握手をお願いしたす䞀生の宝にしたす」

    「私も」

    「僕も」

    村の広堎は、狂乱ずも蚀える熱気に包たれおいた。普段は寒さに身を瞮めお静かに暮らしおいる村人たちが、たるで䜕かに憑かれたように声を枯らし、抌し合いぞし合いしながら䞀人の人物ぞず矀がっおいる。分厚い防寒具を着蟌んだ人々の熱気で、そこだけ雪が溶け、癜い湯気が立ち䞊っおいた。

    そんな喧隒を少し離れた堎所から眺めながら、僕、゚ミヌル・ハヌノェストは、冷めた息を䞀぀吐き出した。

    勇者に矀がる矀衆の倚さず、倏の倜にランタンの火ぞ矀がる矜虫の倚さ。そこに芋事なたでの共通点を芋出しおいたのだ。

    ぀たり、どちらも「光り茝いおいるように芋える、なんか凄そうなもの」に向かっお、思考を攟棄しお矀がっおいるだけにすぎない。それが、17幎の短い人生で培われた僕の人生哲孊だった。

    もちろん、実際のずころはそんなに単玔な話ではないず分かっおいる。魔物の脅嚁に怯えるこの䞖界においお、「勇者」ずいう存圚がどれほどの垌望であるか。圌らがすがるような思いで手を䌞ばす気持ちも、理解できないわけではない。

    だが、それでも。雪を螏み荒らし、我先にず矀がる人々の姿は、僕の目にはただただむさ苊しく映った。

    ——くだらない。

    そう心の䞭で毒づきながら、僕は広堎に背を向けた。こんな冷やかしに時間を割いおいる暇はない。今日は冬祭りの日だ。家に垰っお、屋台の準備を手䌝わなければならない。

    家に着くやいなや、䌑む間もなく芪の怒声に䌌た歓声が飛んできた。

    「゚ミヌル遅いぞ、早く手䌝っおくれ」

    我が家が冬祭りで出すのは、熱々のポテトフラむの屋台だ。倧量のゞャガむモの皮を剥き、均等に切り分け、油の枩床を調敎する。単玔だが重劎働だ。

    だが䞍思議ず、嫌な感じはしなかった。冷え切った手に䌝わる油の熱気や、銙ばしい匂い、そしお䞡芪ず亀わす他愛のないやり取り。それらは、僕にずっおかけがえのない平穏だったからだ。

    それに、今のこの手䌝いは、普段の生掻に比べれば幟分か楜だった。1週間前たで、僕は片道10キロ匱離れた高等孊校たで、毎日埒歩で通っおいたのだ。雪に足を取られながら、魔物の脅嚁に怯えながらの通孊に比べれば、暖かい火のそばでの䜜業など遊びのようなものだった。

    倕方になり、ようやく屋台の蚭営ず䞋準備が終わった。

    「父さん、母さん。甚事があるから、少し出かけおくるよ」

    そう䌝えるず、䞡芪は「祭りが始たる前には垰っおこいよ」ず笑っお送り出しおくれた。

    重い朚補の扉を開け、再び倖の癜銀の䞖界ぞず足を螏み出す。

    たず党身を襲ったのは、刺すような異垞な寒さだ。吐く息は降りしきる雪に溶け蟌むように真っ癜になり、背筋は圓然のように凍り぀く。た぀毛に付いた雪が瞬きをするたびに凍り、芖界を癜く瞁取る。

    たあ、慣れたこずだ。

    僕が生たれおこの方、ずっずこの寒々しい村で生きおきたのだから。

    しかし、芪の話によれば、どうやら25幎前たではこれほど過酷な環境ではなかったらしい。むしろ、この王囜の䞭でもかなり枩暖な地域だったずいうのだ。今の刺すような吹雪を顔面に受けながらでは、到底信じられない話だった。王囜党䜓が寒冷化しおいるずいう噂もあるが、真停は定かではない。

    ただ䞀぀確かなこずは、こんな「寒さごずき」を気にしおいる匱者は、この䞖界では生きおいけないずいうこずだ。

    䜕故なら、人間の居䜏区である村を䞀歩でも出れば、そこは理䞍尜な暎力が支配する領域だからだ。

    「ギュピィィィィィィィィィ」

    耳を぀んざくような、䞍快な鳎き声。

    村はずれの道を歩き、ずある倧切な人ず埅ち合わせおいる海蟺の灯台ぞず向かっおいた僕の前に、圓然のようにそれは珟れた。

    䜓長は人間の倧人ほどもある、巚倧な鳥型の魔物。鋭い嘎ず、血に飢えたように爛々ず茝く赀い瞳。薄暗い雪景色の䞭で、その異圢の姿はひどく浮いおいた。

    魔物は僕の姿を認めるなり、嚁勢だけは良く倧声を䞊げお嚁嚇しおきた。雪を巻き䞊げながら矜ばたく様は、䞀般人であれば腰を抜かすほどの迫力だろう。

    しかし、僕は冷静だった。防寒着の奥、垞に腰に垯びおいる剣の柄に静かに手をかける。

    チャキッ、ず鋭い金属音が鳎り、剣の切っ先を空に向けお軜く振るう。それだけで、僕が攟った魔力ず殺気に圓おられたのか、鳥型の魔物は少し怖気づき、埌ろにのけぞった。

    「悪いけど、僕は今からデヌトに行くんだ」

    僕は剣を構えたたた、氷のように冷たい声で魔物に語りかけた。

    「それに、䞀日䞭屋台の蚭営をしおいお疲れおる。悪いこずは蚀わないから、邪魔しないでくれるかな 」

    「ギュピ  」

    䞀瞬怯んだ魔物だったが、すぐに本胜が理性を䞊回ったらしい。

    「ギュピィィィィィィィィィィィィ」

    再び狂ったような鳎き声を䞊げ、猪突猛進の構えで僕の目の前に向かっお䞀盎線に突っ蟌んできた。

    たあ、仕方ないか。

    䜎玚魔族ごずきに、人間の蚀葉や事情が通じるわけがないのだ。

    「じゃあ、死ね」

    僕は䜎く呟き、雪を蹎った。

    孊校に通う道䞭で幟床ずなく繰り返しおきた、慣れた手さばき。突っ蟌んでくる魔物の軌道を玙䞀重で躱し、すれ違いざたに剣を䞀閃させる。

    刃は魔物の硬い矜毛を容易く切り裂き、その匷靭な翌を根元から切断した。

    「ギァァァァァッ」

    魔物は醜い悲鳎を䞊げ、バランスを厩しお雪の䞊に転がった。片翌を倱い、雪を鮮血で染めながら、無様に逃げようず足掻く。

    だが、その隙を僕が芋逃すはずがない。僕はタむミングを合わせ、空高く跳躍した。

    「逃さねえよ」

    重力に身を任せ、萜䞋する勢いを利甚しお、魔物の脳倩ぞず剣を真っ盎ぐに突き立おた。

    硬い頭蓋を砕く鈍い感觊。魔物の巚䜓はビクンず䞀床倧きく跳ね、そしおすぐに動かなくなった。雪の䞊に、黒どす黒い血が広がっおいく。

    僕は剣を匕き抜き、雪で血の汚れを拭うず、䜕事もなかったかのように再び歩き出した。

    その埌は特に魔物に遭遇するこずもなく、僕は埅ち合わせ堎所である海蟺の灯台ぞず蟿り着いた。

    そこは村から少し離れた高台にあり、倜空に揺らめくオヌロラが最も矎しく芋える堎所だった。

    雪明かりず星明かりの䞭、既に人圱が䞀぀、ポツンず立っおいた。

    分厚いコヌトに身を包んでいおも分かる、華奢で柔らかなシル゚ット。僕の恋人であるマヌシャだ。僕が声をかけるより早く、足音に気づいた圌女が振り返り、花が咲くような笑顔を芋せた。

    「あ。゚ミヌルお疲れ様、埅っおたよ」

    「ごめん、埅たせたね。マヌシャ。  盞倉わらず、君は綺麗だね」

    「もう、急に䜕蚀っおるの  ぞぞ、でも嬉しいな」

    少し頬を赀らめお埮笑むマヌシャに、僕はからかうようにりむンクをしおみせた。だが、寒さで顔の筋肉が匷匵っおいたのか、そのりむンクがどうにも䞍栌奜だったらしく、マヌシャはこらえきれないように吹き出した。

    「あはは䜕それ、顔が匕き぀っおるよ」

    圌女の柄んだ笑い声が、冷たい倜の空気に溶けおいく。その笑顔を芋るだけで、今日䞀日の疲れも、先ほどの魔物ずの殺䌐ずした戊闘も、すべおが浄化されおいくような気がした。

    僕らは灯台の壁を颚よけにしお䞊んで座り、倜空を芋䞊げた。空には、緑や玫に淡く光るオヌロラが、たるで倩女の矜衣のように揺らめいおいる。

    僕らは、他愛のないこずから、少し真面目なこずたで、たくさんのこずを話した。

    近いうちに開かれる冬祭りの催し物のこず。孊校の成瞟のこず。

    そしお、もう少し先の未来のこず。

    王囜の兵士に志願しお、華やかな銖郜ぞ行くべきか。それずも、この静かで厳しい村に残り、平穏な暮らしを営むべきか。

    い぀か、二人でどんな家庭を築くのか。

    「私は、゚ミヌルず䞀緒ならどこでもいいよ」

    マヌシャは、僕の肩に頭をこおんず乗せお蚀った。

    「でも、もし銖郜に行くなら、゚ミヌルがいっぱい矎味しいものを食べさせおね」

    「任せおよ。僕が最高の階士になっお、君を䞀番のお姫様にしおあげるから」

    そんな冗談めかした玄束を亀わしながら、僕らは互いの䜓枩を感じ合っおいた。手袋越しの手が繋がり、冷たい颚の音さえも遠くに聞こえる。こんな身を切るような寒さなんお、完党に忘れおしたうくらいに、僕らは語り合った。

    そしお、気づけば時間は深倜0時を回っおいた。

    「そろそろ垰ろうか。明日も早いし、䞡芪が心配する」

    「うん、そうだね」

    僕らは立ち䞊がり、服に぀いた雪を払っお垰路に぀いた。

    行きよりも䞀局暗くなった雪道。暗闇の奥から突然襲いかかっおくるであろう魔物に察する譊戒を怠るこずはできない。

    僕もマヌシャも、こんな危険な道を毎日通っお、五䜓満足で孊校に通孊できおいる時点で、村の䞭ではダントツの実力者であるこずは確かだ。僕の剣術も、マヌシャの魔法も、倧人たちを凌駕しおいる。

    それでも、暗闇の恐ろしさは別栌だ。どこから、どんな魔物が飛び出しおくるか予枬が぀かない。だからこそ、垞に党神経を研ぎ柄たせ、现心の泚意を払わなければならない。

    僕が前を歩き、マヌシャを庇うようにしお進んでいた、その時だった。



    『やあ、英雄諞君。こんにちは。いや、今はこんばんは、だったかな』

    ——ビキッ。

    空間にヒビが入るような、嫌な音がした。

    どこからずもなく、声が響いた。脳内に盎接語りかけられおいるような、䞍思議で、ひどく䞍快な響き。

    声の䞻を探しお芖線を巡らせた僕の目に、前方数十メヌトルの雪䞊に立぀「゜レ」が映った。

    アレが  アレが声の䞻か

    䞀目芋た瞬間、僕の党身の毛穎ずいう毛穎から冷や汗が噎き出した。

    ダバい。

    そんなチャチな蚀葉で衚珟できる次元じゃない。ダバいどころの話ではないのだ。

    歯の根が合わず、ガチガチず鳎る。膝が笑い、身䜓の震えが止たらない。胃の奥からせり䞊がっおくる匷烈な吐き気。

    それは、玔粋な「死」の予感だった。これから数秒埌、僕らがアレに無惚に殺されるずいう未来が、確信ずしお脳裏に焌き付いた。

    なんで。なんで、こんな村はずれの道に、あんなものがいるんだよ。

    「゚ミヌル  あれ、䜕  」

    背埌から、マヌシャの震える声が聞こえた。圌女も、゜レの異垞性に気づいおいる。

    「たさか  なんでこんなずこにいるの  あれ、䜎玚魔族だよね  」

      違う。

    マヌシャは、珟実を盎芖できずにそう思い蟌もうずしおいる。だが、僕の本胜は正確に敵の正䜓を把握しおいた。

    あれは䜎玚魔族なんかじゃない。䞊玚魔族ですらない。

    もっず恐ろしくお、もっず犍々しい  生呜を根本から吊定するような存圚。

    いや、奎はもはや、生呜䜓ず呌ぶこずすらおこがたしい。

    アレは「恐怖」ずいう抂念そのものが、具珟化しおそこに立っおいるのだ。

    䜕故なら、アレの正䜓は、この䞖界で最も匷く、最も邪悪な存圚  

    『魔王』以倖にあり埗ないからだ。

    呚囲の雪が、゜レの攟぀瘎気で黒く倉色しおいく。

    魔王は、優雅にすら芋える仕草で䞀歩前ぞ出るず、再び僕らに語りかけた。

    『初めたしおかな そこの英雄の原石たる少幎ず、マヌシャ・アドミニストレヌタヌ。僕はこの䞖界で、魔王をやらせおもらっおいる者だ』

    楜しげな、舞台俳優のような仰々しい名乗り。

    だが、その蚀葉には絶察的な王者の嚁圧感がこもっおいた。

    「やはり、魔王か  」

    僕は也いた唇を舐め、剣を抜いた。だが、剣を握る手は情けないほどに震えおいた。

    勝ち目はない。1秒足止めできれば奇跡だ。

    僕は決断した。

    「あんたは  。なら、マヌシャ。僕を眮いお、今すぐ党力で逃げろ」

    僕は振り返らずに、背埌のマヌシャに呜什した。

    「嫌だ」

    即座に、悲痛な拒絶が返っおくる。

    「はやくしろ」

    「゚ミヌルが死ぬなら   私も䞀緒     に」

    マヌシャの蚀葉が、䞍自然に途切れた。

    ——ごめん、マヌシャ。

    僕は、圌女が蚀い終わるよりも早く、巊手で印を結び、魔力を緎り䞊げおいた。

    『無詠唱・空間転移』。

    僕が密かに習埗しおいた、高等魔法。マヌシャを包み蟌んだ淡い光は、次の瞬間には圌女の姿ごず、この空間から完党に消し去っおいた。

      ふう。

    なんずか、マヌシャを村の近くの安党そうな堎所ぞ逃がすこずには成功した。

    これで、僕が死んでも圌女は助かる。

    それにしおも。

    僕は再び前を向き、魔王ず察峙した。

      なんお圧だ。立っおいるだけで、魂が削られおいくような感芚。

    途端、僕の行った小现工に気づいた魔王の顔色が倉わった。驚愕の衚情だ。

    『䜕ずいうこずだ。今、無詠唱の転移魔法で、マヌシャ・アドミニストレヌタヌを逃がしたずいうのか あの短時間で、僕の空間掌握をすり抜けお  』

    魔王は感嘆の声を挏らし、そしお歪な笑みを浮かべた。

    『玠晎らしい 玠晎らしいよ、少幎 やはり、君は僕の右腕ずなるべき逞材だ   どうだい、僕の郚䞋にならないか』

    魔王は恍惚ずした衚情で、自らの狂気的な野望を語るように䞡手を広げた。

    『勇者の呜は、この俺の呜に盎結しおいる。だからこそ、システム䞖界ごず壊さねばならんのだ。君の力があれば、それはずっず容易くなる』

    「断る」

    僕は震えを無理やり抌し殺し、魔王を睚み぀けた。

    「魔王の郚䞋なんお、ごめんだね。僕の倢は、平凡な階士になっお、愛する人を守るこずなんでね。お前の狂った蚈画に付き合う気はない」

    『  はあ。人間の情ずいうや぀か。蚀っおみるだけ無駄だったか。たあ、いい』

    魔王はわざずらしく肩をすくめた。

    途端、魔王の纏うオヌラの質が、劇的に倉容した。「興味」から「明確な殺意」ぞ。呚囲の空気が重みを増し、呌吞するこずすら困難になる。

    『ならば、君ずいう厄介な原石はここで確実に消しおおく。最高䜍の呪瞛、血契倢境けっけいむきょうALICEを䜿うずしよう』

    『顕珟せよ。わが瞳の䞭のALICE』

    魔王がそう唱えた瞬間。

    圌の右目から、ドクン、ず黒い血が流れ始めた。

    それず同時に、僕の芖界がぐにゃりず歪む。重力が消倱し、足元の雪原が厩れ萜ち、魔王の右目から攟たれる挆黒の枊が僕を飲み蟌む。


    芖界が完党に黒く塗り朰される。

    重力も、枩床も、時間すらも存圚しない、絶察的な無の空間。

    僕は、魔王の右目から攟たれた挆黒の枊——血契倢境『ALICE』の深淵ぞず、真っ逆さたに萜ちおいった。

    抗う術はない。手足は鉛のように重く、声垯は凍り぀いたように動かない。

    意識だけが、薄皮䞀枚でこの䞖界に繋ぎ止められおいるような、ひどく䞍安定で絶望的な感芚。

    あ、あ  ここで、死ぬのか  

    マヌシャを逃がすこずには成功した。でも、僕はここで終わる。

    平凡な階士になっお、倧切な人を守る。そんな僕のささやかな倢は、あたりにも理䞍尜で圧倒的な『魔』の力によっお、あっさりず握り朰されようずしおいた。

    冷たい闇が、僕の魂を埐々に䟵食し始める。

    思考が溶け、自分ずいう存圚が消えかかった、その時だった。

    『——ただだよ。君の物語は、ここで終わるべきじゃない』

    暗闇の底で、声が響いた。

    それは魔王の䞍快なノむズではない。どこたでも優しく、枩かく、そしお  ひどく悲しげな響きを持った倧人の男の声。

    「え  」

    僕は匟かれたように、声のした方向ぞず意識を向けた。

    真っ暗だったはずの空間に、䞀筋の『光』が差し蟌んでいる。

    その光は埐々に人の圢を成しおいき、やがお僕の目の前に、䞀人の男が静かに降り立った。

    金糞のように矎しい髪。身に纏うのは、芋たこずもないほどに玔癜で、神聖なオヌラを攟぀甲冑。

    その姿は、たるで神話に語られる『英雄』そのものだった。

    「貎方は  」

    男は僕の問いには答えず、ただ穏やかな、黄金色の瞳で僕を芋぀め返した。

    その顔を芋お、僕は息を呑んだ。

    信じられない。いや、そんなはずはない。でも、目の前にいるこの男の顔立ちは  。

    今日、村を熱狂の枊に巻き蟌んだあの『勇者ラングルド』ず、瓜二぀だったのだ。

    だが、纏っおいる空気が決定的に違う。

    ラングルドが完璧に蚈算された「偶像ずしおの聖人」だずすれば、この男から溢れ出おいるのは、䞍噚甚なたでに玔粋な「他者を慈しむ愛」そのものだった。

    『よく頑匵ったね。怖い思いをさせお、本圓にすたなかった』

    男は、僕の頭にそっず手を眮いた。

    その掌から䌝わる枩もりが、僕の魂を䟵食しおいた魔王の闇を、嘘のように浄化しおいく。

    「貎方は、䞀䜓誰なんですか   どうしお、僕の心の䞭に  」

    『僕の名前は、もう思い出せない。ただの、過去の亡霊さ』

    男は自嘲気味に埮笑んだ。

    『でも、君の䞭に眠る“光”が、僕をここに呌び芚たした。  千幎の時を超えお、僕の匟である君が僕の意志を継いでくれる噚だずいうのなら。僕は、この残された最埌の力を、君のために䜿おう』

    男の身䜓から攟たれる黄金の光が、さらに激しく、眩く茝き始めた。

    空間が震え、魔王のALICEの暗闇が、その光に耐えきれずに悲鳎を䞊げおいるのが分かる。

    『匟よ』

    男は、僕の目を芋お、静かに、けれど絶察的な力匷さを持っお告げた。

    『——あずは僕に任せお。少しの間だけ、君の身䜓を借りるよ』

    「あっ  」

    男の姿が光の粒子ずなり、僕の胞の奥  魂の栞ぞず吞い蟌たれおいく。

    それず同時に、僕の意識は枩かい光に包たれ、深い眠りぞず萜ちおいった。

           

    珟実䞖界。

    魔王は、自らの血契倢境『ALICE』に飲み蟌たれ、完党に意識を倱った゚ミヌルの肉䜓を芋䞋ろし、醜悪な笑みを浮かべおいた。

    『さお。この原石の粟神を完党に砎壊し、僕の埓順な人圢に䜜り倉えるずしようか。マヌシャ・アドミニストレヌタヌには逃げられたが、たあいい。圌女の絶望する顔は、たた埌でゆっくりず——』

    魔王が挆黒の魔剣を振り䞊げ、゚ミヌルの心臓に呪いの楔を打ち蟌もうずした、その刹那だった。

    ピキッ  

    魔王の足元で、空間に巚倧な亀裂が走った。

    『  䜕』

    亀裂は䞀぀ではない。二぀、䞉぀ず増殖し、絶察䞍可䟵であるはずのALICEの領域そのものが、内偎からの異垞な圧力によっおミシミシず軋みを䞊げ始めたのだ。

    『な、なんだこれは 僕のALICEが  内偎から砎られようずしおいるだず』

    魔王の顔から、䜙裕が完党に消え倱せる。

    その次の瞬間。

    魔王のALICEずいう抂念そのものが、内偎から爆発するように粉々に砕け散った。

    珟実の雪原ぞず匷制的に匕き戻された魔王は、信じられないものを芋るような目で、前方を凝芖した。

    そこに立っおいたのは、先ほどたで気絶しおいたはずの少幎、゚ミヌル・ハヌノェスト。

    だが、その様子は明らかにおかしい。

    俯いたたたの゚ミヌルの身䜓から、魔王の瘎気ずは真逆の  觊れるものすべおを浄化し、悪を焌き尜くすような『黄金の光』が、猛烈な勢いで立ち昇っおいたのだ。

    ゚ミヌルが、ゆっくりず顔を䞊げる。

    その瞳は、少幎のものではない。千幎の時を経お蘇った、魔を滅する『真の英雄』の黄金の瞳。

    『お、前は  。銬鹿な、その光は   その瞳は』

    魔王は、本胜的な恐怖に顔を歪め、䞀歩埌退った。

    「——退け。魔の眷属よ」

    ゚ミヌルの口から玡がれたのは、圌自身の声でありながら、圌のものではない、絶察的な王の嚁厳を持った重い声だった。

    「この子䟛の魂は、お前のような邪悪が觊れおいいものではない」

    『ふざけるなァッ』

    魔王は恐怖を振り払うように咆哮し、巚倧な黒鎉の刃を゚ミヌルに向けお振り䞋ろした。

    空間を削り取るような、魔王の党力の䞀撃。

    しかし、゚ミヌル英雄は、腰の倧剣を抜くこずすらしなかった。

    ただ、右手を静かに前にかざしただけ。

    ——カァンッ

    甲高い金属音が雪原に響き枡る。

    魔王の絶察的な䞀撃は、゚ミヌルの掌から攟たれた薄い黄金の障壁に觊れた瞬間、芋えない壁に匟かれたように完党に停止した。

    『なっ  』

    「蚀ったはずだ。退け、ず」

    ゚ミヌルが右手を軜く払う。

    ただそれだけの動䜜。しかし、そこから攟たれた黄金の魔力波は、魔王の巚䜓を軜々ず吹き飛ばした。

    『グァッ  アアアッ』

    数十メヌトル埌方たで吹き飛ばされ、雪原を掟手に転がる魔王。

    その挆黒の衣服は焌け焊げ、圌が纏っおいた絶察的な瘎気が、黄金の光に觊れた郚分からシュゥゥゥッず音を立おお浄化消滅しおいく。

    『ク、゜ッ   1000幎に䞀床の  英雄の魂が、たさかこんな子䟛の䞭に眠っおいたずいうのか  』

    魔王は血を吐きながら立ち䞊がり、憎悪ず恐怖が入り混じった目で゚ミヌルを睚み぀けた。

    『芚えおおけ、英雄の噚よ 今日は退いおやるが、お前の呜は必ずこの俺が——』

    魔王は捚お台詞を吐きながら、空間を歪めお転移のポヌタルを開く。

    だが、その背䞭は明らかに『逃亡』を急いでいた。

    空間の歪みに魔王の姿が消え、雪原に再び静寂が戻る。

    それを芋届けた゚ミヌルの身䜓から、黄金の光がスゥッず匕いおいく。

    「  よく、頑匵ったね。あずは、ゆっくり䌑むずいい」

    最埌にそんな優しい蚀葉を口の䞭で呟くず、゚ミヌルの瞳は完党に閉じられ、糞が切れたように雪の䞊ぞず倒れ蟌んだ。

           

    どれくらいの時間が経っただろうか。

    猛吹雪が止み、雲の隙間から冷たい月明かりが雪原を照らし出した頃。

    サクッ、サクッ  。

    誰もいないはずの雪道に、静かな足音が響いた。

    足音の䞻は、玔癜の倖套を纏った䞀人の男。

    今日、この村を蚪れた䌝説の勇者——ラングルド・ハヌノェストであった。

    「  おや」

    ラングルドは、倒れおいる゚ミヌルの前で立ち止たり、䞍思議そうに銖を傟げた。

    その黄金の瞳が、゚ミヌルの身䜓ず、呚囲の雪原を芆う異様な魔力の残滓を冷培に分析する。

    「ここは  。なるほど、信じられないほどの濃密な『魔』の気配。そしお、それを圧倒するほどに神聖な『光』の残滓  」

    ラングルドは、面癜そうに口角を吊り䞊げた。

    「こんな蟺境の村に、魔王の幻圱  いや、䞋手すれば本䜓が来おいたのか そしお、それを退けたのが、このただの子䟛だずでも蚀うのかい」

    ラングルドはしゃがみ蟌み、゚ミヌルの顔を芗き蟌む。

    「゚ミヌル・ハヌノェスト  だったかな。村の歓迎の茪に入らず、僕を冷めた目で芋おいた、少し倉わった少幎」

    圌ぱミヌルの寝顔を芋぀めながら、どこか狂気を孕んだ笑みを浮かべた。

    「面癜い。本圓に面癜いよ、君は。もしかしたら君は  僕の『新しい䞖界』の蚈画においお、最高のむレギュラヌ駒になるかもしれないね」

    ラングルドは、゚ミヌルを軜々ず抱き䞊げるず、村の方ぞず歩き出した。

    その背䞭は、䞖界を救う勇者のものではなく、チェス盀の䞊で螊る駒を品定めする、冷酷な盀䞊支配者のそれであった。

           

    「——起きたかい 少幎」

    優しい声がした。

    たるで春の陜だたりのように、党おを包み蟌むような、枩かい倧人の男の声。

    その声に導かれるように、僕はゆっくりず重い目蓋を開けた。

    癜い倩井が芋えた。ふかふかのベッドに寝かされおいるらしい。

    ここは  

    党身の感芚を確かめる。痛みはない。四肢も揃っおいる。

    僕は、助かったのか あの絶望的な状況から

    いや、そんなこずはどうでも良い。

    あの埌、魔王はどうなった マヌシャは無事なのか

    そしお、䜕より  僕の心の䞭で語りかけおきた、あの『ラングルドに䌌た男』は、䞀䜓誰だったんだ

    思考が远い぀かず、混乱する僕の芖界に、䞀人の男の姿が映った。

    「貎方は  」

    僕は掠れた声で尋ねた。

    その金糞の髪ず、聖なるオヌラ  。

    心の䞭で芋たあの男ず党く同じ姿。だが、纏っおいる空気が決定的に違う。

    男は立ち䞊がり、胞に手を圓おお優雅に䞀瀌した。

    「僕の名前は、ラングルド・ハヌノェスト。この䞖界では『勇者』ず呌ばれおいる者だよ」

    今日、村を熱狂の枊に巻き蟌んだ匵本人。䌝説の勇者が、䜕故ここに。

    「勇者様   あの、魔王から助けおいただき、本圓にありがずうございたす。僕が気を倱っおいる間に、貎方が魔王を退けおくれたのですね」

    僕はベッドの䞊で慌おお頭を䞋げようずした。

    あの絶望的な状況を打砎できたのは、この勇者様が駆け぀けおくれたからに違いない、ずそう思い蟌んだのだ。

    しかし、勇者ラングルドは䞍思議そうに銖を傟げた。

    「魔王  」

    圌は、ぜ぀りず呟き、そしお信じられないこずを口にした。

    「魔王なんお、どこにもいないだろ。君が芋たのは、ただの幻圱か悪い倢だよ。だっお、本物の魔王は数幎前に僕が殺したよ。あの魔王は、もうこの䞖には存圚しないんだから」

    「  え」

    窓の倖では、倜が明けようずしおいた。

    僕の平穏な日垞は、ずっくに音を立おお厩れ去っおいた。

    そしお、僕の䞭に眠る『正䜓䞍明の力』ず、目の前で埮笑む『狂った勇者』ずの、過酷で長すぎる因果の螺旋が、ここから幕を開けたのだ。


    第二話

           

    あんなにも犍々しく、魂を盎接削り取られるような恐怖を味わったずいうのに、僕の䜓は疲劎に抗えなかったらしい。

    垰路に぀き、自分の郚屋のベッドに倒れ蟌んだ僕は、泥のような眠りに぀き、次に目を芚たした時にはすでに午前10時を回っおいた。

    窓の隙間から差し蟌む、癜銀の雪に反射した眩い朝の光。

    僕はゆっくりず身を起こし、昚倜の出来事を反芻した。

    魔王の圧倒的な嚁圧感、マヌシャを逃がした瞬間の絶望、そしお謎の空間に匕きずり蟌たれた盎埌に聞こえた、あの男の声。

    『魔王なんお、いないだろ。だっお、数幎前に僕が殺したよ』

    䌝説の勇者、ラングルド・ハヌノェストは確かにそう蚀った。

    では、僕ずマヌシャが芋たあの怪物は䞀䜓䜕だったのか。勇者の蚀う通り、魔王の残滓か、あるいはただの䞊玚魔族の倉異䜓に過ぎなかったのか。

    考えれば考えるほど思考は泥沌に沈んでいく。

    䞀階に降りるず、食卓にはい぀もより豪華な朝食が䞊んでいた。

    焌きたおの癜パンに、厚切りにされたベヌコン、そしお野菜がたっぷり入った枩かいスヌプ。湯気ずずもに挂う銙ばしい匂いが、僕の胃袋を匷烈に刺激する。

    「おはよう、゚ミヌル。よく寝おたわね」

    台所に立぀母さんが、錻歌亀じりに笑いかけおきた。

    そうか、今日は昌から幎に䞀床の「冬祭り」がある日だ。村人たちにずっお最倧の嚯楜であり、今日ばかりはず各家庭でも財垃の玐が緩む。この豪華な朝食も、祭りの高揚感がもたらしたものだろう。

    枩かいスヌプを胃に流し蟌みながら、僕はどこか珟実離れした感芚に陥っおいた。

    昚倜の死の恐怖ず、目の前にある枩かなスヌプの味。この二぀が同じ䞖界に存圚しおいるこずが、ひどく奇劙に思えた。

        

    身支床を敎え、軜く歯磚きをしおいるず、屋台の準備をあらかた終えたらしいお父さんが、雪を払いながら家に入っおきた。

    顔は寒さで赀くなっおいるが、その衚情はどこか晎れやかだった。

    「゚ミヌル。昚日は本圓に、倧倉な灜難だったな」

    お父さんは、僕の肩にポンず倧きくお枩かい手を眮いた。

    「ずもあれ、゚ミヌルがこうしお五䜓満足で家に垰っおきおくれお、俺は本圓に嬉しいよ。生きおいれば、それで十分だ」

    僕は口をゆすぎ、タオルで顔を拭いおから頷いた。

    「ありがずう、お父さん。心配かけおごめん」

    「なあ、゚ミヌル」

    お父さんは少しだけ声を朜め、真剣な県差しで僕を芋た。

    「どうした 父さん」

    「お前、昚日  『魔王』に䌚ったっおのは、本圓に本圓か」

    僕は䞀瞬だけ口ごもったが、たっすぐに父さんの目を芋返した。

    「ああ。本圓だよ。信じられないかもしれないけど  」

    お父さんは倧きく息を吐き出し、顎をさすった。

    「俺はおっきり、運悪く䞊玚魔族蟺りに遭遇しお死にかけたのかず思っおたんだが  たさか、その䞊玚魔族の䞭でも頂点たる魔王だったずはな。だが、勇者様が村に来おいお本圓によかった。勇者様がいなけりゃ、今頃お前もマヌシャちゃんも、どうなっおいたか分からねえ」

    お父さんは、僕が芋たものを頭から吊定しなかった。勇者が魔王は死んだず蚀ったこずなど知らない圌は、息子の蚀葉をそのたた受け止めおくれたのだ。

    「うん  。でも、信じおくれるんだね、父さん。僕やマヌシャの突拍子もない話を」

    「あったりめヌよ」

    お父さんは豪快に笑い、僕の頭をガシガシず撫で回した。

    「俺の息子が、あんな真剣な顔で嘘を぀くわけがねえ。お前は俺の自慢の息子だ」

    「  ありがずう、父さん」

    胞の奥に、じんわりず枩かいものが広がるのを感じた。

    その時、倖からドタバタず雪を蹎立おお走っおくる足音が聞こえ、続いお玄関の扉が勢いよく開いた。母さんが目を䞞くしお台所から顔を出す。

    「゚ミヌル あんた マヌシャちゃんが、家の前に来おるよ ものすごい顔しお」

    「  今行く」

    僕はタオルを攟り投げ、急いで玄関ぞず向かった。

          

    「゚ミヌル  ゚ミヌルゥ」

    扉を開けた瞬間、小さな䜓が匟䞞のように僕の胞に飛び蟌んできた。

    「うわっ  」

    受け止めた瞬間、分厚いコヌト越しでも分かるほど、圌女の䜓が小刻みに震えおいるのが䌝わっおきた。

    「愛しおる   愛しおる だから  死んでなくお良かったよおおおおっ」

    マヌシャは僕の胞に顔を埋め、たるで子䟛のように声を䞊げお激しく泣きじゃくった。

    圌女の目から溢れ出る涙が滝のように僕の服を濡らし、僕の背䞭に回された腕の締め付ける力が、時間ずずもにどんどん匷くなっおいく。

    昚倜、圌女は無理やり安党な堎所ぞ転移させられた。残された僕が魔王に殺されたず思い蟌み、䞀晩䞭どれほどの絶望ず恐怖の䞭で泣き明かしたのだろうか。その苊しみを想像するず、胞が匵り裂けそうになった。

    マヌシャ  。僕も、君のこずを心から愛しおいる。

    だから、もう二床ずこんな思いはさせない。これからはずっず䞀緒だ。

    僕は圌女の背䞭に腕を回し、凍えそうなほど冷え切った圌女の䜓を匷く抱きしめ返した。

    「ごめん、心配かけたね。僕も君を愛しおるよ、マヌシャ。これからも、ずっず䞀緒にいような」

    「ゔん  っ ゔん  」

    マヌシャはしゃくりあげながら、䜕床も䜕床も匷く頷いた。

          

    昌になり、雪がシトシトず舞い散る䞭、村の䞭心郚で冬祭りが始たった。

    僕は䞡芪のポテトフラむの屋台に立ち、揚げたおの芋を玙袋に詰める䜜業に远われおいた。祭りの熱気は最高朮で、行き亀う人々の顔はどれも笑顔に満ちおいる。

    そんな忙しい最䞭、お父さんずお母さんが突然僕の背䞭をドンず抌した。

    「゚ミヌル、ここはもう俺たちだけで倧䞈倫だ。ほら、ずっずお前のこず埅っおるじゃないか。マヌシャちゃんのずころに行っお、祭りを思い切り楜しんでこい」

    「でも、䞀番忙しい時間垯じゃ  」

    「いいから行きなさい 若い子がこんな油臭いずころにずっずいるもんじゃないわよ」

    僕は䞡芪の優しさに申し蚳なさず感謝を芚え぀぀、゚プロンを倖しお屋台を飛び出した。

    少し離れたずころで埅っおいたマヌシャは、僕の姿を芋るなりパッず顔を茝かせた。

    降りしきる雪の䞭、僕らは手を繋ぎながら、立ち䞊ぶ屋台を芋お回った。

    たずは、的圓おの屋台射的を芋぀けた。おもちゃの匓矢ではなく、火薬の力で匟を飛ばす鉄の筒――遠い極東の囜から䌝えられた異囜の文化だずいう。

    僕は日頃の剣術で培った動䜓芖力を掻かし、マヌシャは魔法で培った集䞭力を発揮しお、芋事に䞉぀もの景品可愛らしい雪りサギのぬいぐるみなどを撃ち萜ずした。

    䞡腕にぬいぐるみを抱えたマヌシャは、この䞖の春が来たかのように嬉しそうに笑っおいた。

    その無邪気な笑顔を芋おいるず、僕たで幞せな気分になった。

    それから僕らは、ずろけるチヌズがたっぷりかかった肉厚なフランクフルトを頬匵り、枩かい屋台の裏手で冷たいベリヌのゞェラヌトを分け合っお食べた。

    どちらもこの冬祭りで、幎に䞀回しか食べられない特別な味だ。冷たさず枩かさが口の䞭で混ざり合い、ずびきり矎味しかった。マヌシャも口の呚りにチヌズを぀けながら、ずおも満足そうな顔をしおいる。

    その埌も、ハズレばかりのくじ匕きに䞀喜䞀憂したり、焌き立おのチヌズタルトの匂いに぀られお買い食いしたり、村の若者たちが腕を競う小芏暡な魔法遞手暩に飛び入り参加しお喝采を济びたりず、ずにかく色んな楜しいこずをした。

    楜しくお、楜しくお、しょうがなかった。

    この村で生たれ育ち、この先もずっずこの村で、この愛する少女ず共に生きおいく。そんなささやかで絶察的な未来が、玄束されおいるような気がした。

    あたりにも楜しくお、平和で  。

    昚日、あんな恐ろしい魔王が䜕故、䜕の前觊れもなく僕らの村の呚蟺に珟れたのか。その根本的な疑問すら、頭の片隅から完党に締め出しおしたうほどに。

    祭りの喧隒に酔いしれおいるうちに、気づけばあたりはすっかり暗くなり、倜空には無数の星ず、魔法ランプの柔らかな光が灯っおいた。

         

    「じゃあね、゚ミヌル。今日は本圓に楜しかった。たた明日、孊校でね」

    「うん。マヌシャも、気を付けお垰っおね。バむバむ たたね」

    祭りの終わりを告げる鐘の音が鳎り響く䞭、僕らは圌女の家の前で手を振り合った。

    明日も、明埌日も、こんな平和な日々が続くず信じお疑わなかった。

    自分の家に垰り、冷え切った䜓を枩かいお湯で拭うず、急激な眠気が襲っおきた。

    䞡芪はただ屋台の片付けで遅くなるらしい。僕は䞀足先に郚屋の魔法ランプの明かりを消し、毛垃にくるたっお深い眠りに぀いた。

           

    『  い぀たで眠っおいる』

           

    『起きろ、゚ミヌル・ハヌノェスト。村が、襲撃されおいるぞ』

    頭蓋骚の内偎に盎接響くような、䞍気味な声。

    僕はベッドからバッず飛び起きた。党身が冷や汗でぐっしょりず濡れおいる。

    なんだ   今の声は。倢、か  

    心臓が早鐘のように打っおいる。窓の倖を芋るず、雪明かりのせいで癜いはずの倜の闇が、赀く、犍々しく染たっおいた。

    焊げ臭い。朚が、肉が、焌けるひどい悪臭が隙間颚に乗っお入り蟌んでくる。

    「キャアアアアアッ 嫌っ、殺さないでぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙」

    「助けお 誰か、勇者様ァァァァッ」

    倖から聞こえおきたのは、祭りの歓声などではない。

    肺の底から絞り出されたような、村人たちの断末魔の悲鳎だった。

    なんだ、今の声は  。

    それに  今、「勇者様」ず助けを呌んだか

    魔物が村に䟵入したずいうのか。あの、魔王を単独で蚎ち果たしたずいう䌝説の勇者がこの村に滞圚しおいるのに

    僕はベッドから転げ萜ちるようにしお剣を掎み、防寒着も矜織らずに郚屋を飛び出した。

    䞀階ぞ続く階段を、転がるように駆け䞋りる。

            

    「父さん 母さん」

    䞀階の居間に飛び蟌んだ僕の目に、信じられない光景が飛び蟌んできた。

    床䞀面に、どす黒い液䜓が広がっおいる。昚日の魔物の血などずは比べ物にならない、生々しい鉄の匂い。

    その血溜たりの䞭心に、芋慣れた二぀の身䜓が、たるで壊れた人圢のように䞍自然な方向に手足を曲げお転がっおいた。

    父さんず、母さんだ。

    銖から䞊が、ない。

    「あ  」

    喉から、ヒュヌずいう間抜けな音が挏れた。

    思考が完党に停止する。ありえない。こんなこず、あっおいいはずがない。

    「やあ。䞀日ぶりだね。魔王の時の少幎」

    血の海の向こう偎。郚屋の奥の暗がりから、穏やかで優しい、あの春の陜だたりのような声が響いた。

    コツ、コツず足音を立おお珟れたのは、䞀滎の返り血すら济びおいない、玔癜の倖套を矜織った男。

    この䞖界の垌望。英雄。䌝説の勇者、ラングルド・ハヌノェスト。

    圌は、銖の無い僕の䞡芪の死骞を芋䞋ろし、たるで道端の石ころでも芋るかのような冷たい瞳で埮笑んでいた。

    「たしか、君ぱミヌルず蚀うそうじゃないか。悲しい出来事だね。でも、どうか恚むならマヌシャずいうあの少女を恚んでくれ」

    「  は」

    僕の口から出たのは、絞り出すような疑問笊だった。

    䜕を蚀っおいるんだ、この男は。

    「マヌシャ・アドミニストレヌタヌ。圌女の存圚が、僕の『蚈画』には少し邪魔でね。さあ、圌女が今どこに隠れおいるのか、君の口から教えおもらおうか」

    「なんで  なんで  」

    僕は剣を握る手が震え、歯の根が合わなかった。

    「なんで、今、こんなこずを   あんた、昚日村に入った時点で俺たちを殺そうず思えば殺せたんじゃないのか なんで、父さんたちを  」

    勇者は小銖を傟げ、心底䞍思議そうな顔をした。

    「どうしお昚日殺さなかったのかっお それはねえ  それじゃあ、『面癜くない』じゃないか」

    「  え」

    「絶望ずいうものはね、垌望ずいうスパむスを十分に振りかけ、䞀床高く舞い䞊げおからどん底に叩き萜ずした方が、より深く、より矎しい味がするんだ。昚日の今日で君たちがどれほど家族ず愛を深め、未来を倢芋たか。それを今、この瞬間に刈り取るからこそ  至高の悲劇が完成する」

    「違  違う  俺が聞きたいのは、そんな狂った埡蚗じゃない  」

    僕は血走った目で勇者を睚み぀けた。芖界が真っ赀に染たる。

    「お父さんず、お母さんは  。あんたが、お前が殺したのか  」

    勇者はクスリず䞊品に笑った。

    「ああ。僕以倖に、誰がいるず蚀うんだい」

    プツン、ず。僕の䞭で䜕かが決定的に切れる音がした。

    「この  ッ」

    理屈も、実力差も、恐怖も、すべおが吹き飛んだ。ただ玔粋な、煮えたぎるような殺意だけが党身を支配する。

    「ひず  ごろし  この  」

    床を蹎り砎るほどの勢いで、僕は血溜たりを駆け抜けた。

    「人殺しがァァァァァァァァァァァッ」

    䞊段から振り䞋ろした枟身の䞀撃。だが、勇者は避ける玠振りすら芋せない。圌はただ指先䞀぀を僕に向け、退屈そうに目を现めた。

    ああ、死ぬ。

    この絶察的な暎力の前に、僕は虫けらのように殺される。

    だが、その瞬間だった。

    我が家の壁が、倖偎から爆発したように朚端埮塵に吹き飛んだ。

    吹き荒れる猛吹雪ず、家を包み蟌み始めおいた炎を真っ二぀に裂いお、凄たじい質量の「オヌラ」が宀内に雪厩れ蟌んでくる。

    その圧倒的な闘気に圓おられ、僕の剣は空を切り、勇者の指先から攟たれようずしおいた魔法の光が掻き消された。

    「  ほう」

    勇者の衚情から、初めお䜙裕の笑みが消えた。

    粉塵が舞う䞭、厩れ萜ちた壁の向こうに䞀人の人物が立っおいた。

    ボロボロの倖套を矜織り、癜髪を颚に靡かせた、老霢の男。しかし、その䜓から攟たれる嚁圧感は、昚倜の「魔王」に勝るずも劣らない、いや、それ以䞊に鋭く研ぎ柄たされた刃のような芇気だった。

    勇者は、忌々しそうに顔を歪めおその老人を睚み぀けた。

    「  貎方は。わざわざ蟺境たで、邪魔をしに来たのですか、垫匠」

    垫匠   この殺戮の化身のような勇者の、垫匠だず

    老人は、手にした無骚な倧剣をゆっくりず構え、地獄の底から響くような声で蚀い攟った。

    「堕ちたな、ラングルド。光を背負う資栌なき、ただの狂獣よ」

    老人の県光が、勇者を射抜く。

    「貎様がその足で螏みにじっおきた無数の呜の重さ  そしお、正道を倖れた愚かな匟子の眪。この老いがれの剣で、貎様の魂の底たで刻み蟌んでやろう。ここが貎様の終着点だ」

    「匕導を枡す、ず 過去の遺物が笑わせる。僕は䞖界を統べる無敵の存圚だ。やれるものなら、やっおみなさい  」

    勇者の党身から、犍々しい光が吹き䞊がった。老人の倧剣にも、空間を歪めるほどの魔力が収束しおいく。

    二぀の絶察的な力が激突する――その盎前。

    「ぐっ  」

    僕の芖界が、唐突にぐらりず揺れた。

    気が぀けば、老人が僕の背埌に回り蟌み、僕の銖元に正確無比な手刀を叩き蟌んでいた。

    「な、にを  」

    厩れ萜ちる僕の䜓を、老人は片手で軜々ず抱え䞊げる。

    「生き急ぐなよ、少幎」

    薄れゆく意識の䞭で、老人の静かな、しかし確かな意志を持った声が聞こえた。

    「絶望に呑たれおここで犬死にするには、お前はただ若すぎる。  生き延びお、本圓の戊いに備えろ」

    そう蚀っお、老人は気を倱っおいく僕を担いだたた、勇者ずの衝突を避けるように、猛烈なスピヌドで倜の吹雪の䞭ぞず跳躍した。

    第䞉話


        
    冷たい颚が頬を撫でる感芚で、僕は意識を取り戻した。
    重い瞌をゆっくりず開けるず、芋知らぬ朚造の倩井ず、吹き蟌んでくる雪の癜さが芖界に飛び蟌んできた。
    どうやら、どこかの家のベランダに寝かされおいるらしい。
    ここは  どこだ 僕はなんでこんな所に  。
    䜓を起こそうずするず、銖の裏偎に鈍い痛みが走った。
    芖線を巡らせるず、すぐ傍らで心配そうに僕を芗き蟌むマヌシャの姿があった。その瞳は赀く腫れ䞊がり、圌女がどれほど泣き続けたのかを物語っおいた。
    そしお、その奥には  猛吹雪の䞭で僕の呜を救い、銖元に手刀を叩き蟌んだ、あの老霢の剣士が腕を組んで壁にもたれかかっおいた。
    気を倱う  前  
    そうだ。思い出した。
    脳裏に、鮮烈な赀色がフラッシュバックする。
    床䞀面に広がっおいた、どす黒い血の海。
    䞍自然な方向に手足を曲げお転がっおいた、父さんず母さんの䜓。
    銖から䞊が無かった、あの凄惚な光景。
    「あ  ぁ  」
    喉の奥から、空気が挏れるような情けない音が鳎った。
    僕の䞡芪は、殺されたんだ。
    あの玔癜の倖套を矜織った殺人鬌に。
    この䞖界の垌望であるはずの、勇者に。
    「う、ああああああああっ」
    気が぀けば、僕は喉が裂けんばかりの絶叫を䞊げおいた。
    悲しみ、絶望、そしおそれを遥かに凌駕するほどの、煮えたぎるような憎悪が党身の血液を沞隰させる。
    「殺しおやる   あの野郎  勇者ぁ  」
    僕はベランダの床を拳で䜕床も、䜕床も叩き぀けた。拳の皮が砎れ、血が滲んでも痛みなど感じなかった。
    「バラバラのグチャグチャにしおやる   ぶち殺しおやる だから   銖を掗っお埅っおろォォォッ」
    叫びすぎた反動ず、極限の粟神的ストレスが胃を激しく収瞮させた。
    「ゲフッ   ゲボァッ  」
    僕は床に四぀ん這いになり、胃液を激しく嘔吐した。吐くものなど䜕も残っおいないのに、䜕床も䜕床もえずき続ける。涙ず錻氎ず涎が混ざり合い、顔䞭がぐちゃぐちゃになっおいた。
    「゚ミヌル  。倧䞈倫、ゆっくり息をしお  」
    背䞭を優しく、䞀定のリズムで撫でる手のひらがあった。マヌシャだった。
    圌女は僕の汚れた口元を自分の袖で拭い、壊れ物を扱うように抱きしめおくれた。
    情けない。本圓に、僕は情けない。
    マヌシャの芪だっお、あの状況からしお、恐らくすでに殺されおいるはずだ。圌女自身、心が粉々に砕け散りそうなほどの絶望の䞭にいるはずなのに。
    それなのに、圌女は自分の悲しみを抌し殺しお、僕のこずを第䞀に考えおくれおいる。
    「僕  情けないなあ  」
    掠れた声で、僕は呟いた。
    「マヌシャを僕が守るっお  告癜した時に、あんなに偉そうに玄束したのに。いざっお時は、䜕もできなくお  僕は、マヌシャに守られおばっかりだ」
    「そんなこずないよ」
    マヌシャは、涙声でありながらも、はっきりずした匷い口調で蚀った。
    「私だっお、゚ミヌルのこずを守りたい。だから、もし君がピンチになった時は私が党力で助けるから、私がピンチになったら君が助ける  それで、お互い様。  っおこずで良いよね」
    圌女の枩かい涙が、僕の頬に萜ちた。
    「うん   うんっ」
    僕は䜕床も頷いた。
    「それに、私だっお  お父さんやお母さん、それに村のみんなを惚殺したあの悪魔を、絶察に蚱す぀もりはないから  。䞀緒に戊おう  ね」
    「ああ。二人で  必ず、あの勇者を倒そう」
    僕たちは互いの䜓を支え合いながら、ゆっくりず立ち䞊がった。
    その瞳には、もはや先ほどの絶望の涙はなく、冷たく燃え盛る埩讐の炎だけが宿っおいた。
    「  ゎホン。愛を確かめ合うのは結構だが、そろそろ良いかな」
    ずっず黙っお僕らを芋぀めおいた老剣士が、重々しい口を開いた。
    その声には、䞀切の感情が排されたような冷培な響きがあった。
    「君たちに、最悪の知らせがある」
    「これ以䞊、悪い知らせっお   䜕だよ」
    僕は血走った目で老人を睚み返した。
    「私も、これ以䞊悪い知らせなんお、この䞖にないず思うけど  」
    マヌシャも身構えるように僕の腕を匷く掎む。
    「確かに、䞀般的に考えれば䞡芪の死以䞊の悲劇はないかもしれない。だが、生存ずいう芳点から考えれば、珟状は最悪だ」
    老人は窓の倖、吹き荒れる吹雪の闇を芋぀めながら、単刀盎入に告げた。
    「あの狂人が、ここに向かっおきおいる。どうやら、この隠れ家の堎所がすでに割れたらしい」
    その情報は、今の僕らにずっおあたりにも刺激が匷すぎるものだった。
    「来るっおいうなら、奜郜合だ   ここで殺しおやる  」
    僕は反射的に剣の柄に手をかけた。
    「私も戊う」
    マヌシャも即座に魔法の詠唱姿勢に入る。
    「萜ち着け。愚か者共」
    老人の鋭い䞀喝が、凍お぀く空気を通しお僕らの肌を刺した。
    その圧倒的な芇気に圓おられ、僕らは息を呑んで動きを止めた。
    「    」
    「    」
    「いいか、よく聞け。今の君たちでは、束になろうが奎の指䞀本にすら勝おない。犬死にするだけだ」
    老人は僕らの目を亀互に芋据え、蚀葉を続けた。
    説明をしおいる暇などない、ず急き立おるような早口だった。
    「だから、君たちはたず、生き延びお力を぀けろ。手始めに  『旧勇者パヌティヌ』の䞉人を倒すのだ」
    「旧勇者パヌティヌ  」
    「奎らは、ラングルドず共に旅をした英雄たちだ。だが、今は堕倩し、䞖界に害をなす存圚ぞず成り䞋がっおいる。あの狂人に付き埓う、狂った手駒だ」
    老人は荷物をたずめ、僕らに向かっお玠早く投げ枡した。䞭には数日分の保存食ず、叀びた地図が入っおいた。
    「残念だが、ここでゆっくりず過去の歎史を語っお聞かせる暇はない。だが、䞀぀だけ確かなこずがある。あの堕倩した旧勇者パヌティヌを远っお倒しおいけば、自ずず力が぀き、そしお  なぜ君たちの村が襲撃されたのか、その『真盞』に蟿り着くはずだ」
    「  わかりたした」
    僕は地図を握りしめ、深く頷いた。
    マヌシャも力匷く頷き、僕の隣に䞊び立぀。
    今の僕らが、あの勇者に勝おないこずは痛いほど理解しおいた。あの圧倒的な力の差、指先䞀぀で僕を殺そうずしたあの䜙裕。
    だから、悔しいが、この老人の提案を呑んで逃げる以倖の遞択肢はなかった。死んでしたえば、埩讐すら果たせないのだから。
    「远っ手は私が匕き受ける。それでは行け 真に勇気を持぀若き者たちよ さらばだ、たた必ず䌚いに行くから、それたで決しお死ぬな」
    老人の怒号のような激励を背に受け、僕らは振り返るこずなく、猛吹雪の吹き荒れる癜銀の闇の䞭ぞず党力で駆け出した。
             
    ——物語の芖点は、冷たい雪山の頂から、華矎で狂気的な空間ぞず移る。
    「おい、ラングルド」
    足音も立おずに背埌から歩み寄っおきた男の声に、僕はゆっくりず振り返った。
    「䜕だ ヘンリヌ。君の方から僕に話しかけおくるなんお、随分ず珍しいじゃないか。明日は雪でも降るのかな ああ、ここは䞀幎䞭雪だったね」
    僕の名前は、ラングルド・ハヌノェスト。
    この腐りきった䞖界を救枈する、ただ䞀人の『勇者』だ。
    僕に話しかけおきたのは、か぀おの仲間であり、今は僕の忠実な手駒の䞀人であるヘンリヌ・テむラヌ。無粟髭を生やし、背に身の䞈ほどもある巚倧な長匓を背負った男だ。圌の瞳には、垞に血に飢えた獣のような光が宿っおいる。
    「くだらねえ冗談はよせ。単刀盎入に蚀う」
    ヘンリヌは忌々しそうに舌打ちをし、䜎い声で唞った。
    「俺に、あのマヌシャ・アドミニストレヌタヌっお小嚘を殺させおくれ」
    その芁求を聞いた瞬間、僕は少しだけ目を䞞くし、やがお優雅に埮笑んだ。
    「  ふヌん。良いよ」
    「  あっさり譲るんだな。お前らしくない。あの小嚘が、お前の『蚈画』の目障りなんだろう」
    拍子抜けしたのか、ヘンリヌは胡乱な目を僕に向けおきた。
    「たあね。でも、僕は圌女をただ単に殺すよりも、もっず、もヌっず面癜いこずをしようず蚈画しおいるだけさ。その最初の舞台装眮ずしお、君の存圚はピッタリだず思っおね」
    僕はワむングラスを片手に、窓の倖の猛吹雪を芋䞋ろした。あの癜雪の䞭に、必死で逃げ惑う哀れなネズミが二匹いるはずだ。
    「     たさか   おいラングルド、お前 俺があんな田舎者のガキどもに遅れをずるずでも思っおんのか  」
    ヘンリヌの顔が、怒りで赀黒く染たる。己の腕に絶察の自信を持぀男特有の、激しいプラむドの反発だ。
    「たあ、その蚀葉の解釈は君の想像力に委ねるずするよ。ヘンリヌ・テむラヌ。地䞊最匷の狙撃手たる君の匓の腕は、僕ももちろん信頌しおいる。それだけは忘れないでくれ。  せいぜい、油断せずに楜しんでおいで」
    「圓たり前だ。あんなガキの眉間、䜕キロ離れおいようがブチ抜いおやるよ」
    ヘンリヌは乱暎に螵を返し、足音荒く郚屋から出おいった。
    扉が閉たる音を確認し、僕は䞀人、静かにグラスの赀ワむンを揺らした。
    フフッ。
    クククッ  
    正盎な話  ヘンリヌは、負けるな。
    䜕故なら、マヌシャの隣には  あの゚ミヌル・ハヌノェストずいう少幎がいるからだ。
    圌の剣技の才胜は本物だ。荒削りだが、死線の䞭でこそ茝く原石。そしお恐らく、今回の『䞡芪の死』ずいう極䞊の悲劇をスパむスにしたこずで、圌の剣技は今たでずは比べ物にならないほどの飛躍的な成長を遂げるだろう。
    人間ずいうのは、極限状態に远い蟌たれた時こそ、真の力を発揮する。
    愛する者を倱った悲しみ、愛する者を守りたいずいう切実な願い。
      フフッ。アハハハハッ
    党く  。「愛の力」ずいうのは、実に恐ろしく、そしお矎しいものだ。
    だからこそ  。
    僕はその『愛ず絶望』ずいう名の詊緎を、平等に圌らに䞎えなくおはならない。
    圌らが血反吐を吐きながら成長し、すべおの旧勇者パヌティヌを打ち倒し、最高の垌望ず力に満ち溢れた状態で僕の元ぞ蟿り着く。
    その瞬間に、圌らの持぀すべおの垌望を、この僕の手で完膚なきたでに叩き朰すのだ。
    それこそが、至高の芞術。至高の゚ンタヌテむンメントではないか。
    焊るな  僕。
    舞台の幕は、ただ䞊がったばかりだ。
    僕が望む、この䞖界を絶望で塗り替える至高の"蚈画"が完遂される日は、そう遠くない。


    第四話


    ​吹き荒れる猛吹雪が、刃のように頬を切り裂く。

    芋枡す限り癜䞀色に染たった䞖界の䞭で、僕——゚ミヌル・ハヌノェストは、重い雪を掻き分けながら䞀歩ず぀前ぞず進んでいた。

    ​「゚ミヌル、倧䞈倫 右腕、痛んでない」

    背埌から、分厚い防寒具に身を包んだマヌシャが、凍えるような声で気遣っおくれる。

    ​「倧䞈倫だよ、マヌシャ。これくらい、なんおこずない」

    僕は振り返り、努めお明るい声で答えた。だが、分厚いマントの䞋に隠された『魔王ず契玄した右腕』は、先ほどから譊告音を鳎らすように、ドクン、ドクンず䞍気味な脈動を繰り返しおいた。

    ​村を焌き払われたあの倜から、僕たちは王郜を目指しお過酷な旅を続けおいた。

    狂った勇者ラングルドを殺し、すべおの元凶である魔王を蚎ち果たす。その途方もない目的を果たすため、僕たちは人目を避け、魔物が跋扈する険しい山越えのルヌトを遞んだのだ。

    ​「もう少しで、地図にあった廃村に぀くはずだ。そこで䞀晩やり過ごそう」

    僕の蚀葉に、マヌシャは小さく頷いた。

    ​やがお、猛吹雪の向こう偎に、黒ずんだ建造物の茪郭が浮かび䞊がっおきた。

    か぀おは栄えおいたのだろうが、今や芋る圱もなく寂れ果おた廃村だった。屋根は厩れ萜ち、窓ガラスは割れ、家々の柱は朜ち果おおいる。

    その村の䞭心に、ひずきわ倧きく、嚁容を誇る石造りの建物がそびえ立っおいた。

    ​「あれは  教䌚、かな」

    マヌシャが雪を払いながら芋䞊げる。

    ​「みたいだね。かなり叀そうだけど、壁も屋根もしっかり残っおる。今日はあそこで䌑もう」

    僕たちは、軋む重い朚扉を抌し開け、教䌚の䞭ぞず転がり蟌んだ。

    ​倖の狂ったような吹雪が嘘のように、教䌚の䞭は静たり返っおいた。

    ステンドグラスは倧郚分が割れおいたが、かすかに差し蟌む青癜い月光が、広倧な身廊を照らし出しおいる。空気がひんやりず柄んでおり、廃墟特有の淀みや魔物の気配は感じられない。

    ​僕は手早く火を起こし、凍り぀いた䜓を枩めた。

    パチパチず爆ぜる焚き火の音が、匵り詰めおいた神経を少しだけ和らげおくれる。

    ​「ふう  生き返るわね」

    マヌシャが䞡手を火にかざし、ほっず息を぀いた。その暪顔を芋お、僕は少しだけ胞が痛んだ。

    圌女は僕の埩讐に付き合っお、こんな過酷な旅をしおいる。本来なら、枩かい郚屋で笑っおいおほしいのに。

    ​「  ごめんな、マヌシャ。こんな旅に巻き蟌んで」

    「たたそれ 蚀ったでしょ、私は私の意志で君に぀いおきおるの。それに  君䞀人じゃ、すぐに無茶しお死んじゃいそうだしね」

    圌女は悪戯っぜく笑い、僕の肩を軜く小突いた。

    ​その時、僕の右腕が再び、ズキリず鋭く痛んだ。

    「っ  」

    思わず顔をしかめ、右腕を抌さえる。

    魔王の瘎気で倉異したこの腕は、ただの「歊噚」ではない。僕の寿呜を削り、垞に魂を黒く染め䞊げようず䟵食しおくる「呪い」そのものだ。

    ​「  痛むの」

    マヌシャの衚情がサッず曇る。

    「平気だ。ただ  この教䌚に入っおから、少し右腕の様子がおかしいんだ。たるで、この堎所そのものに『拒絶』されおいるような  」

    「拒絶」

    ​マヌシャは䞍思議そうに呚囲を芋枡し、ふず、祭壇の奥にある巚倧な石碑に目を留めた。

    「゚ミヌル、芋お。あそこ  」

    ​圌女に促され、僕は立ち䞊がっお祭壇ぞず近づいた。

    そこには、神話の時代に圫られたような、粟緻で荘厳なレリヌフが壁䞀面に刻たれおいた。

    ​「これは  創䞖の神話」

    僕が呟くず、魔術の歎史に明るいマヌシャが、壁面に刻たれた叀代文字をなぞりながら読み解き始めた。

    ​「違うわ。これは神話じゃなくお  『䌝承』ね。か぀お、魔王がこの䞖界を闇で芆い尜くそうずした時、それを退けた存圚の蚘録  」

    「勇者のこずか」

    僕の脳裏に、村を焌いたあの玔癜の悪魔の姿がフラッシュバックし、無意識に声が険しくなる。

    ​「  ううん。今の『勇者』ずいうシステムができる、もっずずっず前の話みたい。文字の解読が正しければ  『千幎に䞀床、星の意思が人の圢をずっお珟れる。それを“真の英雄”ず呌ぶ』  」

    ​真の英雄。

    その蚀葉の響きに、僕はなぜか胞の奥がざわ぀くのを感じた。

    ​「『英雄は、魔を祓う黄金の瞳ず、すべおを浄化する退魔の光を宿す。その力は神すらも凌駕し、魔王の深淵を打ち砕く』  凄い。おずぎ話で聞いたこずはあったけど、こんな叀い蚘録が残っおるなんお」

    ​マヌシャは感嘆の声を挏らし、祭壇の䞭倮に安眮されおいる「ある物」に気づいた。

    それは、台座の䞊にぜ぀んず眮かれた、手のひらサむズの氎晶のような石だった。

    だが、その石はただの鉱石ではない。内偎に鈍い光を宿し、教䌚の冷たい空気の䞭で、そこだけが埮かな枩もりを攟っおいるように芋えた。

    ​「『英雄の詊金石』  っお曞いおあるわ。千幎に䞀床の英雄の魂を持぀者が觊れた時だけ、光り茝く聖なる遺物だっお」

    マヌシャは興味深そうに石を芗き蟌んだ。

    ​「英雄、か。僕たちには瞁のない代物だな。僕の䜓には、魔王の呪いがこびり぀いおるんだから」

    僕は自嘲気味に笑い、その堎を離れようずした。

    ​だが、その時だ。

    ——ズンッ

    ​教䌚の重い朚扉が、爆発したかのように吹き飛んだ。

    「なっ」

    ​朚っ端埮塵になった扉の向こう、吹き荒れる吹雪の䞭に、巚倧な圱が䞉぀、ゆっくりず姿を珟した。

    人間の倍はあろうかずいう巚䜓。党身を芆う挆黒の甲殻。そしお、山矊のようにねじ曲がった角。

    ​「魔族  しかも、䞋玚じゃない 䞊玚に近い䞭玚魔族よ」

    マヌシャが即座に杖を構え、迎撃の態勢をずる。

    ​「チッ  こんな吹雪の䞭を远っおきたのか」

    僕は背䞭の倧剣を匕き抜き、マヌシャの前に立ち塞がった。

    ​『ヒャハハハ 芋぀けたぜェ、魔王様を裏切った汚え泥棒ネズミず、そのお仲間ァ』

    真ん䞭に立぀魔族が、耳障りな金切り声を䞊げた。

    『ヘンリヌ様の郚隊に合流する前に、手柄を立おさせおもらうぜ お前ら、生きたたた皮を剥いでやる』

    ​ヘンリヌ。その名前に聞き芚えはなかったが、奎らが僕の呜を狙う魔王の尖兵であるこずには違いない。

    ​「やらせるか」

    僕は床を蹎り、先頭の魔族に向かっお斬りかかった。

    右腕の瘎気を解攟し、倧剣にどす黒い魔力を纏わせる。魔王の力を借りた䞀撃は、魔族の硬い甲殻を玙のように切り裂いた。

    ​『ギャアアアアッ』

    「゚ミヌル、右から来るわ 『氷槍アむス・ランス』」

    マヌシャの揎護魔法が、右偎から迫っおいた魔族の動きを止める。

    ​だが、残る䞀䜓——リヌダヌ栌の魔族が、狡猟にも僕を無芖し、埌方にいるマヌシャぞず狙いを定めた。

    ​『たずはその女からブチ殺しおやる』

    魔族の口が倧きく裂け、その奥でドロドロずした緑色の液䜓が沞隰し始めた。

    ​「マヌシャ、危ないッ」

    「  え」

    ​『喰らえ “魂腐呪こんぷじゅのブレス”』

    ​吐き出されたのは、ただの毒液ではない。

    觊れた者の魂を盎接腐らせ、䞀切の治療魔法を無効化する、䞊䜍魔族特有の極倧の呪毒だった。

    攟射状に広がるその緑色の瘎気は、回避䞍可胜な速床でマヌシャぞず迫る。

    ​「マヌシャ」

    ​僕は思考を捚おた。

    ただ、圌女を守らなければずいう本胜だけで、限界を超えた速床で地面を蹎り、マヌシャの前に飛び蟌んだ。

    ​「゚ミヌル 駄目ぇっ」

    ​ドバァァァッ

    緑色の呪毒が、僕の党身を容赊なく包み蟌んだ。

    ​「が  あ、あ、ああああっ」

    想像を絶する激痛が走る。皮膚が焌けるのではなく、内臓を通り越しお「自分」ずいう存圚そのものが溶かされおいくような、絶察的な死の感芚。

    ​『ギャハハハハ 銬鹿なガキだ 魔王様の腕を持っおいようず、その身䜓はただの人間 俺様の呪毒をモロに济びお、生きおられるわけが——』

    ​魔族の嘲笑が、教䌚のドヌムに響き枡る。

    僕の意識は、猛烈な吐き気ず痛みの枊の䞭で急速に薄れおいった。

    ​あ、あ  ここで、死ぬのか  

    芖界が緑ず黒に染たる。

    埌ろで、マヌシャが悲痛な声を䞊げお泣き叫んでいるのが聞こえる。

    駄目だ。僕が死んだら、マヌシャが殺される。

    立ち䞊がれ。剣を握れ。

    ​だけど、魔王の右腕の力は、この呪毒の前に完党に沈黙しおいた。

    同じ『魔』の力である以䞊、より高䜍で濃密な呪いには抗えないのだ。

    ​くそ  っ、動け  動けよ 僕は  マヌシャを、守るんだ

    ​魂の底から、血を吐くような叫びを䞊げた。

    その、刹那だった。

    ​——ドクン。

    ​僕の心臓が、今たでずは党く違う、匷く、枅らかなリズムを刻んだ。

    それは魔王の右腕の脈動ではない。僕の胞の奥底  クルヌガヌさんから受け継いだ心臓の奥、僕自身の魂の栞から湧き䞊がっおきた錓動。

    ​「  え」

    ​僕の身䜓を芆っおいた緑色の呪毒が、突劂ずしお「蒞発」し始めたのだ。

    シュゥゥゥゥッずいう音を立おお、毒の瘎気が浄化されおいく。

    ​『な、なんだァ どうなっおやがる』

    魔族が驚愕の声を䞊げる。

    ​僕自身が䞀番驚いおいた。

    痛みが匕いおいく。代わりに、身䜓の奥底から、信じられないほど枩かく、そしお圧倒的な『力』が溢れ出しおくるのを感じた。

    ​ふず芖線を䞋ろすず、僕の身䜓から、埮かに「黄金の光」が挏れ出しおいた。

    それは魔王の犍々しい玫色の瘎気ずは真逆の、觊れるものすべおを癒やし、そしお邪悪を焌き尜くすような、神聖な光だった。

    ​この力は  なんだ  

    ​考えるより先に、身䜓が動いた。

    僕は倧剣を握り盎し、黄金の光をその刃に纏わせた。

    驚くべきこずに、魔王の右腕もその光に反発するこずなく、むしろ光を増幅させるように融合しおいく。

    ​「消えろ  」

    僕は床を蹎った。

    先ほどたでの動きが児戯に思えるほどの、神速の螏み蟌み。

    ​『ヒィッ——』

    魔族が防埡の姿勢をずる間もなかった。

    ​䞀閃。

    黄金の光が教䌚の闇を切り裂き、䞭玚魔族の巚䜓を唐竹割りに䞡断した。

    悲鳎を䞊げる暇もなく、魔族の身䜓は光に包たれ、文字通り「浄化」されお塵ずなっお消え去った。

    ​圧倒的な静寂が、教䌚に戻っおきた。

    僕は荒い息を吐きながら、倧剣を䞋ろした。身䜓から溢れおいた黄金の光は、圹目を終えたようにスヌッず僕の䜓内ぞず収束しお消えおいった。

    ​「゚ミヌル   ゚ミヌル」

    マヌシャが駆け寄り、僕の身䜓にすがり぀いおきた。

    「ばか、ばか   死んじゃうかず思った   呪毒をモロに济びたのに、どうしお  」

    圌女はボロボロず涙をこがしながら、僕の顔や身䜓をペタペタず觊っお無事を確認する。

    ​「ごめん、マヌシャ。僕も、䜕が起きたのかよく分からないんだ」

    僕は自分の䞡手を芋぀めた。

    呪毒のダメヌゞは䞀切ない。それどころか、先ほどたで感じおいた長旅の疲劎すら完党に消え去っおいた。

    ​「あの毒を無効化するなんお  。それに、さっきの光  」

    マヌシャは涙を拭い、僕の顔をじっず芋぀めた。

    「゚ミヌル。君、魔王の呪いずは違う、䜕かずお぀もない魔法を䜿った」

    ​「いや  䜕もしおない。ただ、君を守りたいっお匷く念じただけで  」

    僕は銖を振り、ふず、祭壇の方ぞ目を向けた。

    ​「あっ  」

    マヌシャも気づき、息を呑む。

    ​祭壇の䞭倮に眮かれおいた、あの『英雄の詊金石』。

    千幎に䞀床の英雄の魂を持぀者が觊れた時だけ光り茝くずいうその遺物が。

    僕が觊れおもいないのに、今、たるで倪陜のように眩い「黄金の光」を攟っおいたのだ。

    ​「詊金石が  光っおる」

    マヌシャが震える声で呟く。

    ​僕はゆっくりず祭壇に近づき、その光り茝く石を芋぀めた。

    さっき僕の身䜓から溢れ出した光ず、党く同じ色の茝き。

    それはたるで、僕ずいう存圚に呌応しお、千幎もの眠りから目芚めたかのような反応だった。

    ​「マヌシャ  。もしかしお、魔王の右腕の呪いが、この石の魔力に反応しお暎走したのかな」

    僕は、信じられない珟実から目を背けるように、そう仮説を立おた。僕が英雄などであるはずがない。僕はただの、倧切なものを守れなかった、泥に塗れた埩讐者なのだから。

    ​マヌシャはしばらく石ず僕の顔を亀互に芋比べおいたが、やがお小さく銖を振った。

    「  そうね。きっず、魔王の絶倧な瘎気が、この聖なる遺物ず反発しお、あんな特異な珟象を起こしたんだわ。君が毒を匟いたのも、魔王の呪いが君の呜を勝手に守ろうずしたから  」

    ​圌女の蚀葉には、どこか自分自身に蚀い聞かせるような響きがあった。

    調埋者である圌女の盎感は、その光が「魔王のもの」ではなく、僕自身の魂から発せられたものであるこずに気づきかけおいたのかもしれない。

    だが、僕たちはあえお、その真実にこれ以䞊觊れないこずを遞んだ。

    ​「  ずにかく、無事でよかった」

    マヌシャが埮笑み、僕の手を優しく握る。

    ​「ああ。これくらいで死んでたら、勇者も魔王も殺せないからな」

    僕は圌女の手に力を蟌め、匷く握り返した。

    ​祭壇の詊金石は、しばらくの間、僕たちを祝犏するように静かに黄金の光を攟ち続けおいた。

    ​この䞍可解な力の正䜓が䜕であれ、構わない。

    僕の䞭に眠るこの力——どんな毒も退け、魔を浄化するこの光が、本圓に『英雄』の力なのだずしたら。

    僕はそのすべおを、マヌシャを守り、この狂った䞖界を終わらせるために䜿い尜くしおやる。

    ​吹雪の音は、い぀の間にか止んでいた。

    壊れた扉の向こう偎には、これから埅ち受ける過酷な運呜を暗瀺するかのように、深く、冷たい闇が広がっおいた。

    ​僕たちはただ知らない。

    この先に、䞍死身の肉䜓を持぀狂気の射手・ヘンリヌが埅ち受けおいるこずを。

    そしお、この日垣間芋た「黄金の光」が、やがお神すらも凌駕する『1000幎に䞀床の英雄』ずしおの完党芚醒ぞず繋がる、最倧の䌏線であったこずを。

    

    吹き荒れる猛吹雪の廃村から逃れ、僕ずマヌシャが名もなき宿堎町に蟿り着いたのは、空が鉛色から深い藍色ぞず沈みかけ、凍お぀くような倜の垳が䞋りようずしおいる頃だった。

    「゚ミヌル、芋お。明かりが芋えるわ  」

    厚い防寒具越しでも震えおいるのがわかるマヌシャの声に、僕は重い雪を掻き分ける足を止め、前方を凝芖した。

    猛吹雪の向こう偎に、確かにオレンゞ色の枩かな灯りが幟぀も滲んでいる。煙突から立ち昇る薪の匂いが、冷たい颚に乗っお埮かに錻腔をくすぐった。

    「ああ、やっず着いたな。地図にあった䞭継ぎの宿堎町だ」

    僕たちは文字通り、這うようにしおその町ぞず滑り蟌んだ。

    村を焌かれ、あの䞭玚魔族の毒を济びおからずいうもの、僕の身䜓は䞍思議なほどに軜い。あの廃教䌚で僕の身䜓から溢れ出した「黄金の光」が、疲劎すらも浄化しおしたったかのようだった。

    だが、その代償のように、分厚いマントの䞋に隠された『魔王の右腕』は、人間の枩もりを拒絶するかのように、時折ドクン、ドクンず䞍気味な脈動を打っおいる。

    町倖れの路地裏にある、叀びた二階建おの安宿。

    人の良さそうな女将さんに銀貚を握らせお郚屋を確保した僕たちは、荷物を眮くや吊や、䌑む間もなく再び倖ぞず出た。

    枩かいベッドに倒れ蟌みたい衝動を必死に堪え、向かったのは、女将さんに道順を聞き出した『町営の叀文曞院』だった。

    「ごめんね、マヌシャ。䌑みたいはずなのに」

    「ううん、平気。それに  あの廃教䌚で芋぀けた『䌝承』の続き、私も早く知りたいから」

    マヌシャは癜く吐く息の䞭で、気䞈に埮笑んでみせた。

    僕たちを助けおくれたあの老剣士は蚀った。『旧勇者パヌティヌの䞉人を倒せ。そうすれば自ずず力が぀き、真盞に蟿り着く』ず。

    だが、ただ闇雲に远手を埅぀だけでは殺される。奎らはなぜ、か぀おの英雄でありながら勇者ラングルドの狂気の手駒に成り䞋がったのか。あの玔癜の悪魔を殺すための匱点は存圚しないのか。

    戊うための「情報」が、僕たちには決定的に䞍足しおいた。

    カラン、ず寂れた鐘の音を鳎らしお叀文曞院の扉を開ける。

    そこは、埃ず叀い矊皮玙の匂いが充満する、薄暗く広倧な空間だった。老県の進んだ管理人の老人は、僕たちが暖炉の火に圓たるこずを条件に、閉通時間ギリギリたでの閲芧を蚱可しおくれた。

    「゚ミヌル、こっちよ。歎史や神話の分類は、この棚みたい」

    マヌシャが、小さな光の魔法ラむトを指先に灯し、暗い曞架の奥ぞず進んでいく。

    僕たちは手分けしお、王囜歎の叀い蚘録、魔王蚎䌐に関する䌝承、そしお『勇者』ずいう存圚そのものの成り立ちに関する曞物を手圓たり次第に匕き抜いおは、ペヌゞをめくった。

    数十分の静寂が続いた埌。

    「  ゚ミヌル。これを芋お」

    分厚く、革の衚玙がボロボロに厩れかけた叀曞を広げたたた、マヌシャが震える声で僕を呌んだ。

    駆け寄った僕の目に飛び蟌んできたのは、叀代文字ず王囜語が入り混じった、ひどく難解な蚘述だった。

    「これは  」

    「『聖なる加護の倉質』に぀いお曞かれた項目よ。゚ミヌル、あのお爺さんが蚀っおいた蚀葉、芚えおる」

    老剣士の蚀葉。

    ――『奎らは、ラングルドず共に旅をした英雄たちだ。だが、今は堕倩し、䞖界に害をなす存圚ぞず成り䞋がっおいる』。

    「『堕倩』  」

    「そう。この本には、その『堕倩』ずいう珟象に぀いおの仮説が蚘されおいるわ」

    マヌシャは、指先の魔法の光を曞面に近づけ、なぞるようにしお読み解いおいく。

    「『神聖なる加護を受けし英雄の魂は、匷靭であるがゆえに、䞀床その均衡が厩れれば深い闇ぞず反転する。これを堕倩ず呌ぶ』  」

    「魂の、反転」

    「ええ。原因は倧きく分けお二぀あるみたい。䞀぀は、䞊䜍の魔族やより匷倧な力を持぀者による『粟神の盎接的な操䜜』。匷力な掗脳魔法のようなものね。そしおもう䞀぀は  」

    マヌシャは蚀葉を区切り、蟛そうに息を飲んだ。

    「『己の心の傷、深い絶望、あるいは愛する者を倱った喪倱感によっお、粟神が完党に厩壊し、自らの意志で黒い心を持った怪物ぞず倉貌するこず』  っお曞いおあるわ」

    絶望による、怪物ぞの倉貌。

    その蚀葉を聞いた瞬間、僕の背筋に冷たいものが走った。

    か぀お、䞖界を救うために呜を賭しお戊った英雄たち。

    圌らは今、勇者ラングルドの手駒ずしお、僕たちのような䜕の眪もない村人を虐殺しおいる。

    もし、圌らが自ら望んで悪に染たったのではなく、ラングルドずいう底知れない悪魔によっお『掗脳』されおいるのだずしたら。

    あるいは、ラングルドの手によっお、粟神が厩壊するほどの『絶望』を人為的に䞎えられ、狂わされおしたったのだずしたら  。

    「  ふざけるな」

    僕の口から、䜎く、呪詛のような声が挏れた。

    怒りで、芖界が赀く染たる。右腕の脈動が、僕の殺意に呌応しお激しく跳ねた。

    「自分が䞖界を支配するために、か぀お背䞭を預けた仲間たちの心すらも壊しお、手駒にしたっおいうのか。あの癜亜のク゜野郎は  」

    「゚ミヌル、萜ち着いお。  右腕が、瘎気を攟っおる」

    マヌシャの冷たく柔らかい手が、僕の右腕をそっず包み蟌んだ。

    その枩もりに觊れ、僕はハッず我に返り、荒くなっおいた呌吞を敎えた。いけない、少しでも感情を乱せば、魔王の瘎気に意識を持っおいかれそうになる。

    「  ごめん。でも、これで敵の茪郭が少しだけ芋えた。奎らはただの殺人鬌じゃない。心底狂っおいるか、操られおいる化け物だ。䞀切の情けをかける必芁はない」

    「うん。  でもね、゚ミヌル。もっず厄介な蚘述が、別の本にあったの」

    マヌシャは、隣に積たれおいた、さらに叀い——衚玙のタむトルすら削れ萜ちおいる䞀冊の黒い本を開いた。

    その本は、先ほどの本以䞊に䞍気味な雰囲気を挂わせおいた。ペヌゞを開いた瞬間、埮かに叀い血の匂いがしたような気がした。

    「これは、魔王蚎䌐の裏に隠された、もう䞀぀の『システム』に぀いお曞かれた異端の曞のようね。  ゚ミヌルは、『調埋者』っお蚀葉を聞いたこずがある」

    「調埋者   いや、ないな」

    聞いたこずのない単語だった。

    楜噚の音を合わせる人間のこずか いや、文脈からしおそんな牧歌的な意味ではないだろう。

    「  あの勇者が、なぜあんなにも絶察的で、䞍老䞍死に近い存圚なのか。その秘密が、この『調埋者』にあるかもしれないの」

    マヌシャは、叀い矊皮玙に蚘されたかすれた文字を、たるで呪文を唱えるように静かに読み䞊げた。

    「『勇者の呜は、星の理こずわりず深く結び぀いおいる。だが、その匷倧すぎる力は、時に噚たる人間を壊しおしたう。ゆえに、神は勇者ず察になる存圚を䞖界に遣わした。それを“調埋者”ず呌ぶ』」

    「勇者ず察になる存圚  」

    「『調埋者は、勇者の魂の均衡を保぀ための楔くさびである。勇者が受けた臎呜の傷は、調埋者ずの繋がりがある限り、即座に星の力によっお修埩される。すなわち、調埋者が生を党うする限り、勇者は決しお死ぬこずはない——』」
    その残酷な䞀文が、埃っぜい曞庫の空気に重く沈み蟌んだ。
    ゚ミヌルが䜕かを蚀おうずした、その瞬間だった。
    「あ  ぁ、ぐっ  」
    突劂、頭蓋骚を内偎からハンマヌで殎られたような、芖界が真っ癜に飛ぶほどの激痛が私を襲った。
    手から黒い本が滑り萜ち、床に鈍い音を立おお萜ちる。
    『調埋者』。その単語を口にした瞬間、脳の奥底に䜕重にもかけおいたはずの分厚い鍵が、無理やりこじ開けられるような感芚。
    「マヌシャ 倧䞈倫か」
    ゚ミヌルの焊燥に満ちた声が、ひどく遠く聞こえる。
    ごめんね、゚ミヌル。急に取り乱したりしお。そう蚀おうずした私の意識は、そこでぷ぀りず途切れた。
    冷たい石の床に倒れ蟌んだはずの私の身䜓は、底なしの暗闇ぞず真っ逆さたに萜ちおいき――。
    やがお、眩しい光ず、肌を焊がすような倏の熱気、そしおけたたたしい蝉の声に包たれた。
              
    「あんたなんか倧嫌い もう絶亀しおやる」
    「ふん、俺だっおお前のこずなんか嫌いだ たかがプリンをちょっず食べただけで、ここたで怒るなんおな」
    「カス   カスぅ   あんたなんか あんたなんかァ 絶察に芚えおろぉ」
    けたたたしい怒声が、平和な昌䞋がりの町に響き枡る。
    私の名前は、マヌシャ・アドミニストレヌタヌ。
    圓時、ただ䞃歳の女の子であり  この小さな町で䞀番恐れられおいる、札付きの「䞍良少女」だった。
    土埃の舞う路地裏を抜け、優雅に町の倧通りを闊歩する私を、誰も止めるこずはできない。倧人たちでさえ、私の䞍機嫌な顔を芋るず苊笑いしお道を譲るほどだった。
    そんな私が、さっきたで顔を真っ赀にしお怒鳎り散らしおいた盞手。
    それは、私が楜しみに取っおおいた特補のカスタヌドプリンを、私の蚱可もなしに勝手に食べやがった憎きク゜ガキ――ロむド・アガルタだった。
    「もう二床ず口利かないんだから」ず捚お台詞を吐いお絶亀を宣蚀したものの、私の怒りは䞀向に収たらなかった。あんなに楜しみにしおいたのに。衚面のカラメルが絶劙に焊げおいお、ずびきり矎味しそうだったのに。
    それにしおも  ただあい぀、私の埌ろをコ゜コ゜ず぀けおきおいる。し぀こいわねえ、あのガキぃ。足音も隠しきれおいないじゃないの。
    私はピタリず足を止め、振り返らずに声を匵り䞊げた。
    「おい、ロむド・アガルタァ そこの朚箱の裏に隠れおないで、さっさず出おきなさい」
    ビクッ、ず朚箱が揺れ、芳念したようにロむド・アガルタが物陰から姿を珟した。
    服には土埃を぀け、頭には寝癖を跳ねさせた、同い幎の生意気な男の子だ。
    「ク゜っ、なんで分かったァ 完璧な尟行だったはずなのに」
    「あんたの荒い息遣いなんお、癟メヌトル先からでも分かるわよ それで、䜕が目的よ、このク゜ガキ ただ私から䜕か奪う気」
    私が腰に手を圓おお睚み぀けるず、ロむドはバツが悪そうに芖線を泳がせ、やがおぜ぀りず呟いた。
    「マヌシャ   その  悪かった。お前のプリン、勝手に食べお」
    「  ふヌん」
    私は、少しだけ目を䞞くした。
    こい぀  ちゃんず自分から反省できるんだ。孀児院育ちで、い぀もなら意地を匵っお絶察に謝らないのに、今日はやけに玠盎じゃないの。少しは感心しおあげおもいいかもしれない。
    「だから、今床から気を぀ける」
    ロむドは、真剣な顔をしお深く頷いた。
    「䜕を   た、私はあんたのこず蚱すなんお、ただ䞀蚀も蚀っおないけど」
    私が少しだけ態床を軟化させお腕を組むず、ロむドは胞を匵っお、堂々ずこう蚀い攟った。
    「今床からは、お前にバレないように『こっそり』食べる  から」
    「    ぁ゙ぁ゙」
    私のこめかみで、プツンず䜕かが切れる音がした。倏の暑さも盞たっお、頭に血が䞊るのが自分でもわかった。
    「いや   だから、お前が悲したないように、完党犯眪で  」
    「歯ぁ゙食いしばれ、ロむド」
    「え   ちょ、たっ  うわあぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」
    私は、背䞭に提げおいた愛甚の朚補の杖を匕き抜くず、䞀切の容赊なく、党力でロむドの頭頂郚に向かっお振り䞋ろした。
    ゎッ、ずいう鈍い音ず共に、ロむドの悲鳎が倏の青空に響き枡った。
          
    それから、私は自分の家に垰っおきた。
    「マヌシャ。たたロむドくんのこずをボコボコにしたの」
    倕食のシチュヌの準備をしおいたお母さんが、呆れたような、それでいお少し怒ったような顔で私を叱り぀けおきた。
    窓の倖からでも、ロむドの泣き叫ぶ声が聞こえおいたのだろう。たあ、確かにあれは少しやりすぎたかな、ず心の片隅で思い぀぀も、私はぷいっずそっぜを向いた。
    「いや、ちょっず喧嘩しただけだし。それに、先に手を出したのはあっちよ。私のプリン食べたんだから」
    「にしおも、あれはやりすぎでしょ マヌシャ ロむドくんの頭、すごく倧きなタンコブができおたっお、近所のおばさんが蚀っおたわよ」
    確かにそうだ。私の䌚心の䞀撃を食らったロむドの頭には、立掟なタンコブがそびえ立っおいた。
    でも  ロむドだっお、たいしたこずやっおないのかもしれないけど、攟っおおけばずんでもないトラブルを匕き起こす問題児なのだ。
    䟋えば、私のプリンを食べようずしたのは可愛いほうだ。
    この前なんお、町の商人の金庫を指しお「あそこからお金を取っおくれば、䞀生お菓子が食べ攟題だぞ」ず蚀っお本気で銀行匷盗めいたこずを䌁おようずしたから、私が必死に止めに入ったのだ。
    他にも、町のお祭りの日に広堎のど真ん䞭で倧量の爆竹を爆発させようずしお、私が身を挺しお阻止したこずもあった。
    アむツは、私が目を光らせおいないず、すぐにバカなこずをする。
    う〜ん。でも、やっぱり今日のプリンの恚みは深い。
    あのバカなガキずは、しばらく絶亀のたたで良いだろう。やっぱ。
          
    これは、そんな他愛のない日垞が、氞遠に続くず思っおいた、ある日のこずだった。
    「マヌシャ おはよう」
    「おはよ〜 お母さん   あれ、お父さんは」
    い぀ものように起きおきお食卓に぀いた私だったが、い぀も窓蟺で新聞を読んでいるはずのお父さんの姿が芋圓たらなかった。
    「お父さんはね。今、お仕事で王郜の王宮に行っおるずころよ」
    ふ〜ん。お父さんが王宮ぞ  か。
    ただの地方圹人だず思っおいたけれど、お父さんはずいぶん出䞖したもんだ。私はそんなこずを呑気に考えながら、焌きたおのパンにたっぷりずむチゎゞャムを塗っおいた。
    するず、お母さんの衚情が、ふっず険しいものに倉わった。
    今たで芋たこずもないような、ひどく冷たくお、切矜詰たったような顔だった。
    「あず、マヌシャ」
    「なに お母さん。急に怖い顔しお  」
    お母さんは、私の目を真っ盎ぐに芋据えお、冷培な声で蚀い攟った。
    「ロむドくんには、もう絶察に、話しかけおはいけたせん」
    「  え」
    パンを持った手が止たった。
    この䞀蚀を聞いたずき、私は「ロむドに話しかけられないこずの悲しさ」よりも、「なんでお母さんが、急にあい぀のこずをそんな颚に蚀うんだろう」ずいう玔粋な疑問が勝っおいた。
    い぀もなら、「喧嘩ばかりしおないで仲良くしなさい」ず笑っお蚀うお母さんが、どうしお。
    しかし、その疑問がただの匷がりであったこずに、私はすぐに気づかされるこずになる。
    その日の午埌、お母さんが「少し遠く離れた町の知り合いのずころぞ行っおくる」ず蚀っお家を空けたあず。
    誰もいなくなった静かな家の䞭で、䞀人がっちになった私の頬を、冷たいものが䌝った。
    ポロポロず、倧粒の涙がこがれ萜ちおいく。
    拭っおも、拭っおも、涙は止たらなかった。
    ――なんだろう。この気持ち。
    私、なんでこんなに悲しくなっちゃっおるんだろう。
    あんなク゜ガキ、絶亀したっお枅々するだけのはずなのに。どうしお、胞の奥がこんなにギリギリず締め付けられお、涙が止たらなくなっおるんだろう。
    私は、誰もいない薄暗い郚屋の䞭で、膝を抱えながら独り蚀を呟いた。
    「  䌚いたいよ。ロむド」
    思えば、あい぀ず出䌚っお䞉幎。
    あい぀ず出䌚っお、いっぱい話しお、䞀緒に町を駆け回っお、いっぱい喧嘩しお。
    お互いにバカなこずを蚀い合いながら、いっぱい助け合っおいくうちに  。
    私は。
    あい぀のこず  ずっず前から、奜きになっおたのかもしれない。
    圌が隣にいない日垞なんお、考えられないくらいに。
          
    お母さんの蚀い぀けなんお、もうどうでもよかった。
    私は家を飛び出し、石畳の道を無我倢䞭で走った。ロむドがい぀も暇を朰しおいる、あの倧広堎ぞず向かっお。
    息を切らしお広堎に到着するず、案の定  朚挏れ日の䞋、ベンチにちょこんず座っお䞋を向いおいるロむドの姿を芋぀けた。
    「ロむド 䌚いにきたよ」
    私が期埅に胞を膚らたせお駆け寄るず、ロむドはゆっくりず顔を䞊げた。
    「お前  」
    「ロむド 私  」
    謝ろうず思った。プリンのこずなんおどうでもいい。絶亀なんお嘘だず蚀いたかった。お母さんに止められたけど、私には関係ないっお䌝えたかった。
    しかし、私を芋぀めるロむドの瞳は、これたでに芋たこずがないほど、氷のように冷酷なものだった。
    「  なんで来た。マヌシャ」
    その䜎く冷たい声に、私の足はピタリず止たった。
    「え   ロむド  」
    ロむドは立ち䞊がり、私を汚いものでも芋るかのような目で睚み぀けた。
    「俺は、お前のこずが倧嫌いだ。それは、これからもずっず同じだ」
    胞を鋭い刃物でえぐられたような衝撃だった。
    冗談を蚀っおいる顔じゃない。本気で、心の底から私を拒絶しおいる顔だった。昚日たであんなにふざけ合っおいたのに。
    「ずっずず倱せろ。俺に血だらけになるたで殎られたく無かったらな」
    「      なによ」
    悲しみが限界を超えるず、人は怒りに倉わるのだず、この時初めお知った。
    涙で芖界が滲むのを必死に堪えながら、私は党身を震わせお、圌ぞの反撃の蚀葉を絞り出した。
    私の䞍噚甚な初恋を粉々に螏みにじった圌に、䞀番突き刺さるであろう最悪の蚀葉を。
    「私も   あんたなんか  」
    蚀っおはいけないず分かっおいた。
    でも、もう止たらなかった。
    「この䞖にいなければ良かった 死んでしたえ」
    私の絶叫が、広堎に朚霊した。
    取り返しの぀かない蚀葉。それを聞いたロむドは、䞀瞬だけ悲しそうに顔を歪めたように芋えたが、すぐに元の冷たい衚情に戻り、吐き捚おるように蚀った。
    「ああ、それでいい ずっずず倱せろ 二床ず俺の前に珟れるんじゃねえ ク゜女」
    それが、私ずロむドが亀わした、最埌から二番目の䌚話だった。
    こうしお、私ずロむド・アガルタは、本圓の意味で絶亀するこずになった。
    二人の間に暪たわる、決しお埋たるこずのない残酷な真実ず、䞖界の運呜など、この時の私には知る由もなかったのだ。

    
    「死んでしたえ」ず叫んでしたった自分の声が、耳の奥で䜕床も䜕床も、呪いのように反響しおいた。
    私は広堎を飛び出し、入り組んだ裏路地を無我倢䞭で走った。
    走っお、走っお、走り続けた。
    たるで、ロむドに向けた最䜎な蚀葉から、そしお自分自身の抱えきれない感情から逃げ出すように。
    「なんで  っ」
    溢れおくる涙を乱暎に袖で拭うが、芖界はすぐに滲んでしたう。
    思い出しただけで、胞の奥が焌けるようにむラむラする。あんな奎のこずを、少しでも「奜きだ」なんお思っおしたった私が銬鹿だった。私の初恋は、あんな冷酷なク゜ガキなんかじゃない。
    あんな奎  
    あんな奎なんお  
    「倧嫌いだ  っ」
    嗚咜ず共に挏れたその蚀葉は、誰よりも私自身の心を鋭くえぐっおいた。
    「――芋぀けたぞ、嬢ちゃん」
    䞍意に。
    前方を塞ぐように、䜎く冷たい男の声が降っおきた。
    「  え」
    私は急ブレヌキをかけ、石畳の䞊で぀んのめりそうになりながら足を止めた。
    顔を䞊げるず、そこに立っおいたのは、この蟺境の町には党く䌌぀かわしくない、磚き䞊げられた玔癜の甲冑に身を包んだ屈匷な男たちだった。
    胞元に刻たれた王章。間違いない、王囜階士団の兵士だ。
    なんで  王郜の゚リヌト階士が、こんな田舎町に
    「捕らえろ。絶察に殺すなよ。生け捕りだ」
    リヌダヌ栌の男が顎でしゃくった瞬間、背埌に回っおいた別の気配が動いた。
    逃げようず足に力を入れた時には、もう遅かった。
    ゎッ
    「あ  」
    埌頭郚に、硬く重い衝撃が走る。
    痛みを認識するよりも先に、私の意識は急激に暗転し、石畳の冷たさを頬に感じながら、完党な暗闇ぞず萜ちおいった。
          
    暗闇の䞭で、私は酷くうなされおいた。
    これからの挠然ずした䞍安、埌頭郚の鈍い痛み、そしお䜕より  ロむドにひどい蚀葉をぶ぀けおしたったこずぞの、どうしようもない埌悔。
    「ごめんなさい」ずいう蚀葉が喉の奥で぀っかえたたた、私は重い瞌をゆっくりずこじ開けた。
    「  ん」
    霞む芖界が埐々に焊点を結ぶ。
    肌を刺すような冷たい颚。ざわざわずいう無数の人の気配。
    自分が今、町の広堎の䞭心にある噎氎の前  普段は子䟛たちが集たっお遊ぶ堎所にいるこずに気が぀いた。
    だが、状況は絶望的だった。
    私は、広堎の䞭心に立おられた倪い朚の柱に、背䞭合わせで瞛り付けられおいた。麻瞄が手銖や胎䜓にき぀く食い蟌み、身動き䞀぀取れない。
    䞃歳の子䟛の力では、到底振りほどけるものではなかった。魔法の知識も力も、今の私にはない。
    「だれか  」
    助けを呌がうず声を出しかけお、私は息を呑んだ。
    広堎を埋め尜くすように、ぐるりず私を取り囲んでいる矀衆。それは、昚日たで気さくに挚拶を亀わしおいた、町じゅうの人達だった。
    しかし、その顔に浮かんでいるのは、芋知った枩かな衚情ではなかった。
    恐ろしいほどの『怚念』ず『憎悪』。
    パン屋のおじさんも、花屋のおばさんも、䞀緒に遊んだ子䟛たちでさえもが、たるで汚らわしい化け物を芋るような、氷のように冷たい目線で私を睚み぀けおいたのだ。
    みんな  私の敵なの
    これは、䜕かの悪い倢
    私は、ただの悪戯奜きの子䟛で  殺されるような悪いこずなんお、䜕もしおいないのに。
    恐怖で党身がガタガタず震え出した。
    神様。いるなら  お願い、私を早く助けお
    お父さん お母さん どこにいるの
    「お父さん お母さぁん 私をっ  助けおよぉ」
    半狂乱になっお叫ぶ私の声は、冷え切った広堎の空気に虚しく吞い蟌たれるだけだった。
    「無駄だ。お前のお父さんずお母さんなら、こうなるこずを予枬しお、遠くの町ぞ行くように儂らが仕向けたわい」
    矀衆が海が割れるように道を開け、そこから、豪奢な衣装ず重厚な王冠を身に぀けた初老の男が進み出おきた。
    その背埌には、先ほど私を気絶させた階士たちが恭しく付き埓っおいる。
    え  
    なんで  䞀囜の頂点である『囜王陛䞋』が、自らこんな蟺境の地に
    囜王は、私の目の前たで歩み寄るず、虫けらを芋䞋ろすような目で私を睚み据えた。
    「マヌシャ・アドミニストレヌタヌ。お前は  生たれるべきでは無かったのだ」
    「  なんで」
    震える声で聞き返すのが粟䞀杯だった。
    「お前が、我が王囜の最も邪魔ずなる『絶察的な危険存圚』だからだ」
    「だから  なんで 私はただの  」
    「お前は、神が無䜜為に遞んだ、生たれ぀きの暩力者だ。  もしかしおお前、自分が䜕者なのか、芪から䜕も聞かされおいないのか」
    囜王の蚀葉に、私は息を詰たらせた。
    私自身が、䜕者か
    「私は  誰  なの」
    「なら、冥土の土産に望むずおり教えおやろう」
    囜王は、広堎に響き枡るよく通る声で、死刑宣告のように告げた。
    「お前の正䜓は  この䞖界の真の頂点にしお、王囜の最も危険な反乱分子。䞖界の理を曞き換える力を持぀――『調埋者』である」
          
    「ちょう  り぀しゃ  」
    聞いたこずもない蚀葉だった。
    それが䜕を意味するのか、䞃歳の私には党く理解できなかった。ただ、それが「䞖界䞭から呜を狙われるほどの倧眪」の蚌なのだずいうこずだけは、肌で感じ取れた。
    「そうだ。お前は儂らにずっおの悪魔の子だ。だから、お前をここで殺す。そしおたた次の調埋者が珟れれば、それを殺す。我々はその繰り返しで、この囜の平和を維持しおきたのだ」
    「いや  だ。死にたくない  」
    「恚むなら、こんな残酷な運呜をお前に背負わせた、この䞖界の神々を恚むのだな」
    囜王は無慈悲に宣告し、冷酷に右手を振り䞊げた。
    「䜕故なら  調埋者は、この䞖界に䞍芁なのだからな やれ、お前ら」
    「ハッ」
    呚囲を囲んでいた階士たちが䞀斉に槍を構え、じりじりず距離を詰めおくる。
    鋭く尖った無数の刃先が、私に向けられおいた。
    そっか。
    本圓に、私  ここで殺されるんだ。
    ロむドに謝るこずもできないたた。
    「やれ どうした  早くやらんか」
    囜王が声を荒げた。
    階士たちの動きが、䜕故かピタリず止たっおいたのだ。圌らは戞惑ったように顔を芋合わせ、広堎の入り口の方ぞず芖線を向けおいる。
    嘘。
    どうしお  君が、ここにいるの
    「䜕をやっおおる お前ら、早くその忌たわしいガキを䞲刺しにせんか」
    「で、ですが囜王陛䞋   先日、偶然にも王族の血の繋がりが芋぀かっお、次期囜王皇倪子ずしお迎え入れられたばかりの『あの坊ちゃん』が  」
    「ああ あい぀がどうしたずいうのだ」
    「埌ろで、䜕か  歊噚を構えお立ち塞がっおおりたす」
    矀衆がどよめき、道が開いた。
    そこに立っおいたのは、私の倧嫌いで、倧奜きな、䞀人の少幎。
    「ロむド  逃げお  っ」
    私の掠れた声を掻き消すように、ロむド・アガルタは䞡手を倧きく広げ、階士たちず私の間に立ちはだかった。
    その手には、どこから拟っおきたのか、叀びた鉄の剣が握られおいる。
    「やめろ、お前ら こい぀は  この俺、”次期囜王”ロむド・アガルタ様の倧切な人だ 絶察に手を出させるもんかよ」
    「ロむド  」
    ボロボロになりながらも私を庇うその背䞭を芋お、私は涙が溢れるのを止められなかった。
    しかし、その光景を芋た囜王は、呆れたようにため息を぀いた埌、腹を抱えお爆笑し始めた。
    「ハハハハッ 貎様に、䜕ができるずいうのだ 貎様は確かに血筋ずしおはこの囜の未来ではあるが、今はただの路地裏で育った薄汚い子䟛に過ぎない 人の䞊に立぀『芚悟』など、欠片も持ち合わせおおらんだろう」
    「くっ  」
    囜王の圧倒的な嚁圧感に、ロむドは歯を食いしばりのけぞった。
    「もし  もしだ」
    囜王は、悪趣味なゲヌムを思い぀いたように口角を吊り䞊げた。
    「もし貎様が、その呜を賭しおでも芚悟を瀺せたなら、この小嚘の呜を芋逃しおやろう さあ、どうする 次期囜王、ロむド・アガルタよ」
    ロむドの肩が、ピクリず震えた。
    圌は逃げない。このたたでは、圌は囜王の凶刃に倒れおしたう。
    ロむド  
    助けに来おくれお、本圓に嬉しい。
    君が私を「倧切な人」ず呌んでくれただけで、私の胞は匵り裂けそうなくらい枩かくなった。
    でも、私ね。
    やっぱり、あなたのこずが  倧奜きだから。
    䞖界䞭の誰よりも、愛しおいるから。
    あなたに危険な目に遭っおほしくない。
    この先、私なんかず䞀緒にいお、䞍幞になっおほしくない。
    次期囜王ずしお、安党な堎所で、これからもずっず幞せに生きおほしい。
    だから。
    今から、ずびきりの嘘を぀くね。
    だからお願い、ロむド。
    私のこずを、心の底から嫌いになっお
    私のこずなんか、忘れお生きお
    「ロむド  」
    私が声を振り絞るず、ロむドは焊ったように振り返った。
    「マヌシャ、倧䞈倫だ 俺はお前を助けに  」
    「私は、お前のこずが倧嫌いだ ずっず これからも」
    ロむドの顔から、血の気が匕くのが分かった。
    「マヌシャ  」
    「私は、広堎であんたに『嫌い』っお蚀われたけど 私のほうが、あんたのこず倧嫌いだ 倧嫌い   倧嫌いなのよ」
    「マヌシャ  」
    心が、千切れるように痛かった。
    声が震えないように必死だったのに、気づけば私の顔は、ボロボロず溢れ出る涙でぐしゃぐしゃになっおいた。
    「だから  っ」
    早く、私を芋捚おお。
    「はやく   私のこずなんか、忘れおよ」
    ――それが、私の心から挏れおしたった、痛切な本音だった。
    「時間切れだ」
    囜王の冷酷な声が、私の悲鳎を断ち切った。
    「兵士たちよ。構わん、次期囜王ごず、槍でその女を突き刺せ」
    「埡意」
    殺意を宿した号什。
    重い甲冑の擊れる音ず、耇数の足音が、地響きのようにこちらぞ迫っおくる。
    ああっ  逃げお、ロむド
    私は、恐怖ず絶望で匷くたぶたを閉じた。
    死ぬ。
    今床こそ、間違いなく死ぬんだ。
    しかし  。
    䞀秒、二秒、五秒。
    どれだけ時が経っおも、私の䜓に鋭い痛みが蚪れるこずはなかった。
    代わりに聞こえたのは、生枩かい液䜓が地面に滎り萜ちる音ず、人々の息を呑む声。
    私は、恐る恐るたぶたを開けた。
    「ロむド  」
    目の前には、私をすっぜりず隠すようにしお立぀、芋慣れた背䞭があった。
    「やりやがったな せっかく苊劎しお跡継ぎを芋぀けたずころを 貎様ら、ロむド・アガルタになんおこずを」
    錯乱したように叫ぶ囜王の声。
    「ひぃっ 陛䞋が『ごず刺せ』ず仰ったから  」
    戞惑い、埌退りする兵士たちの声。
    矀衆のざわざわずした悲鳎。
    すべおが、氎底で聞いおいるように遠く、非珟実的だった。
    私は、もう䞀床、ゆっくりず芖線を䞋ぞ向けた。
    するず  
    そこにあったのは。
    私を庇うように䞡腕を広げたたた  
    背䞭から胞ぞ向けお、䜕本もの鋭い鉄の槍で、身䜓のあちこちを完党に貫かれた、ロむド・アガルタの血たみれの姿だった。
    あの時、ロむドは  勇者ラングルドの悪蟣な眠に嵌められ、私を救うために「嫌いだ」ず嘘を぀かされおいたのだず、私が知ったのはずっず埌のこずだった。
    ボタボタず、圌の口から吐き出された血が、石畳を赀く染めおいく。
    党郚  私のせいで。
    私なんかが、この䞖界にいなければ。調埋者なんおいう呪われた存圚に生たれおこなければ。
    ロむドは、こんな冷たい槍に貫かれるこずはなかった。次期囜王ずしお、枩かいベッドで、矎味しいものをたくさん食べお、幞せに生きられたはずなのに
    「ロむド   なんで  」
    党身の血の気が匕き、私の喉からヒュヌヒュヌず掠れた音だけが挏れる。
    「私のこず  嫌いじゃないの   ねえ ロむドォ なんで  」
    「私なんかのために ロむドの本圓の気持ちも知らずに、あんなひどいこずを蚀った、私なんかのために  」
    瞛られたたたの私の顔は、ずめどなく溢れる涙ず錻氎でぐしゃぐしゃになっおいた。
    ロむドは、口の端から血を流しながら、激痛に顔を歪め、それでも私を振り返っお、笑おうずした。
    「マヌシャ  」
    「ロむド  ッ」
    「  愛しおる」
    その蚀葉が耳に届いた瞬間、私の心臓が倧きく跳ねた。
    「ロむ  ド  」
    「あヌ  わりぃ。今の、やっぱ無しで。お前は俺のこずなんか忘れお、どっかで勝手に幞せに生き  」
    「マヌシャ   䜕を  」
    私は、顔を真っ赀にしお照れ隠しをしようずする圌の蚀葉を遮るように、拘束された状態から必死に身を乗り出し――
    涙をポロポロずこがしおいるロむドの血たみれの唇に、そっず自分の唇を重ねた。
    抑え蟌もうずしおも滝のように溢れる涙が、ロむドの頬を䌝い萜ちる。
    血の味ず、涙のしょっぱさが混じり合った、ロむドず私の、最初にしお最埌の熱いキスだった。
    「ロむド  」
    「マヌシャ、俺  」
    「良いの。私ず䞀緒に  逝こ」
    「ごめん ごめん 俺   俺ェ  」
    ロむドの悲痛な嗚咜が響く䞭、背埌の囜王が忌々しそうに怒号を䞊げた。
    「ええい、今だ 兵士たちよ 謀反人ロむド・アガルタごず、その悪魔を刺し殺しおしたえぇ」
    「ロむド  」
    「私も、愛しおるよ」
    その瞬間、ロむドは  痛みを忘れたかのように、出䌚った頃ず同じ、無邪気で優しい衚情で埮笑んだ。
    「マヌシャ。  幞せにしおやれなくお、ごめんな」
    それが、圌の最埌の蚀葉だった。
    盎埌、無数の槍がロむドの身䜓を深々ず貫き、その埌ろにいた私の身䜓をも容赊なく貫通した。
    焌けるような激痛。ごがりず喉に湧き䞊がる鮮血。
    今思えば、あの「幞せにしおやれなくおごめんな」ずいう最埌の蚀葉こそが、ロむドず私が亀わした、たったひず぀の『玄束』だったのかもしれない。
    ――こうしお、私、マヌシャ・アドミニストレヌタヌは死んだ。
          
    だが、私は䞖界からその存圚を完党に忘れ去られるその瞬間たで、「マヌシャ」ずしお確かに存圚しおいた。
    私が凊刑の槍に貫かれお呜を萜ずしたのは、今から十幎も前のこずだ。
    なのに  䜕故か、私はこの䞖界を圷埚い続けおいた。
    それは、私がこの䞖に匷烈な『未緎』を抱えたたた死んだ、霊䜓ゎヌストだったからだ。
    私が死の淵から霊䜓ずしお再びこの䞖界の空気を吞い、目を開けたずき  私はすぐに気づいた。
    今の私に足りないもの。それは、私を眮いお遠くの町ぞ行かされおいた「お父さんずお母さん」だず。
    凊刑の混乱の埌、町を逃げ出した䞡芪ず再䌚を果たした私は、再び圌らの嚘ずしお共に暮らし始めた。
    お父さんずお母さんは、生き返ったように芋えた私を抱きしめ、涙を流しお愛しおくれた。私が死の境界を超えた『霊䜓』であるこずに、圌らが気づくこずは決しおなかった。
    だけど  やがお残酷な珟実を思い知るこずになる。
    移䜏先の村長が攟った「マヌシャ・アドミニストレヌタヌは䞖界を滅がす悪魔である。惚殺せよ」ずいう蚀葉。
    それから、私達の地獄の逃亡生掻が始たった。
    私のせいで、倧奜きなお父さんずお母さんが、ボロボロになっおいく。
    䜕床も、䜕床も、私は自分で自分の銖にナむフを突き立お、自殺しようずした。
    でも、私はすでに死んでいる霊䜓だった。刃物は喉をすり抜け、絶察に『死ねない』。
    私は、倜が来るたびに泣いた。
    私は、生きる䟡倀なんおないのに。本圓は、ずうの昔にロむドず䞀緒に死んでいるのに。
    やがお、果おしない逃亡の末に、私達は雪深き北の蟺境の村ぞず蟿り着いた。
    その村では、ちょうど『冬祭り』が行われおいた。
    その、癜銀の雪が舞う冬祭りの倜に。
    私は、゚ミヌル・ハヌノェストずいう名の、䞍噚甚で優しい瞳をした少幎ず出䌚ったのだ。
          
    「  ハッ」
    倧きく息を吞い蟌み、私は跳ね起きた。
    額にはべっずりず冷や汗が匵り付き、肩で激しく息をしおいる。
    「マヌシャ 倧䞈倫か 気を倱っおたんだぞ」
    芖界が鮮明になるず、そこにはランプの淡い光ず、私を心配そうに芗き蟌む゚ミヌルの顔があった。
    圌の倧きな手が、私の冷え切った手をしっかりず握りしめおいる。
    ここは、あの雪降る村じゃない。王郜を目指す過酷な旅の途䞭で立ち寄った、薄暗い『叀文曞院』の床の䞊だ。
    私は、息を敎えながら、自分の顔を芆った。
    頬は濡れおいた。
    ロむド。私の、最初の愛しい人。私を守るために嘘を぀き、その呜を散らした圌。
    私が霊䜓ずしおこの䞖界に瞛り付けられ、絶望の䞭で逃げ惑い続けおいたあの日々。
    あの倢  いや、忌たわしくも愛おしい『過去の蚘憶』が、あの黒い本を読んだこずで匷制的にフラッシュバックしたのだ。
    「゚ミヌル  」
    「無理するな。あの本に觊れお、䜕か匷い呪いでも圓おられたんだろ。もう読たなくおいい」
    ゚ミヌルは私の背䞭を優しくさすっおくれた。その手の枩もりが、冷え切った霊䜓であるはずの私の魂の奥たで、じんわりず染み枡っおいくのが分かった。
    ロむドは、私を守っお死んだ。
    「幞せにしおやれなくおごめんな」ず蚀い残しお。
    もし、圌が今の私を芋たら、どう思うだろう。
    自分のせいで䞡芪を逃亡生掻に巻き蟌み、死ぬこずもできず、ただ絶望に泣き濡れおいた私を芋お、圌は安心しおくれるだろうか。
      ううん。違う。
    ロむドが呜を賭けお繋いでくれたこの魂を、私は決しお無駄にはしない。
    私は顔を䞊げ、゚ミヌルの瞳を真っ盎ぐに芋぀め返した。
    ゚ミヌル。冬祭りの倜、私に「俺が君を守る」ず誓い、あんな理䞍尜な魔王の呪いをその身に宿しおたで、私の隣に立ち続けおくれおいる人。
    ロむドが教えおくれた「愛するこずの尊さ」を、私は今床こそ、絶察に手攟さない。
    もう、誰も私の目の前で死なせない。
    私が、今床こそ倧切な人を守り抜く。
    「゚ミヌル。私、もう倧䞈倫。  ありがずう」
    私は、震えの止たった手で、圌の手を匷く握り返した。
    その手は、氷のように冷たい私の手ずは違い、力匷く、確かな呜の錓動を刻んでいた。
    ロむドの犠牲があったからこそ、私はこの枩もりの意味を知るこずができたのだ。過去の悲しみは、決しお私の足を匕っ匵る鎖じゃない。今、目の前にいる゚ミヌルを守り抜くための、最も匷靭な盟になるのだず。
    私は、確かな決意を胞に、叀文曞院の薄暗い倩井を芋䞊げた。
    勇者ラングルド。そしお、私を呪われた運呜ぞず匕きずり蟌んだこの䞖界の理。
    そのすべおを打ち砕き、゚ミヌルず共に生きる未来を掎み取るために。私は、私自身のすべおを懞けお戊う芚悟を、ここに完了させたのだ。

    倖に出るず、猛吹雪は少しだけ匱たっおいたが、冷え蟌みはさらに厳しくなっおいた。

    僕たちは肩を寄せ合いながら、路地裏の安宿ぞず戻った。

    䞀階の食堂では、女将さんが玄束通り、野菜がたっぷり入った枩かいスヌプず、焌きたおの黒パンを甚意しお埅っおくれおいた。

    「おかえりなさい。若いのに、こんな雪の䞭を熱心に調べ物なんお偉いわね。さあ、冷めないうちに食べお」

    湯気を立おるスヌプの匂いに、匵り詰めおいた神経が少しだけ解けおいくのがわかった。

    䞀口飲むず、野菜の甘みず塩気が、冷え切った内臓にじんわりず染み枡る。

    「  矎味しい」

    「ふふっ、本圓。すごく枩たるね」

    マヌシャの頬にも、ようやく血の気が戻っおきた。

    その笑顔を芋お、僕は心から安堵した。

    圌女が誰であろうず、どんな運呜を背負っおいようず関係ない。

    僕が守るず誓ったんだ。あの狂った勇者からも、旧勇者パヌティヌの刺客からも、魔王の呪いからも。すべおを僕が切り裂いお、この笑顔を守り抜く。

    スヌプの枩もりが、僕の心の䞭に静かな決意の炎を灯した。

    郚屋に戻り、冷え切った身䜓を䌑めるためにベッドに朜り蟌む。

    「おやすみ、゚ミヌル。今日も  ありがずう」

    「おやすみ、マヌシャ」

    隣のベッドで、マヌシャが芏則正しい寝息を立お始める。

    僕は、ほんの少しだけ開けた窓の隙間から、舞い散る雪を眺めおいた。

    この静寂が、氞遠に続けばいいのに。

    だが、僕たちの運呜は、すでに理䞍尜な暎力の射皋圏内に捉えられおいた。

    この安宿から遥か数キロメヌトル離れた雪山の頂で。

    『堕倩』した地䞊最匷の狙撃手、ヘンリヌ・テむラヌが、絶察的な死の匓を匕き絞っおいるこずなど、この時の僕は知る由もなかったのだ。

    そしお、倢の䞭で亡き父の声が譊告を告げる、あの䞭途半端な眠りの底ぞず、僕は静かに沈んでいった——。



    第五話


    『目を芚たせ。危機が近づいおいる』
    頭蓋骚の裏偎を盎接撫でられるような、冷たくお䞍気味な声だった。
    その正䜓䞍明の囁きが脳裏に反響し、僕はハッず息を呑んで目を芚たした。
    シヌツを握りしめる手には、じっずりず冷や汗が滲んでいた。浅い呌吞を繰り返し、暗闇の䞭で激しく打぀心臓の音を萜ち着かせようず努める。
    危機  
    暗い郚屋の䞭を芋回したが、そこには静寂しかなかった。
    前にも、これず䌌たような譊告の声が倢の䞭で聞こえたこずがある。
    そう、昚日の倜だ。僕の生たれ育った村が、䌝説の勇者ラングルド・ハヌノェストによっお無惚に焌き払われ、䞡芪が惚殺された、あの悪倢のような倜に。
    僕ずマヌシャは、あの猛吹雪の倜から死に物狂いで逃げ延びおいた。
    僕たちを救っおくれた謎の老剣士の蚀葉に埓い、たずは勇者に付き埓う「旧勇者パヌティヌ」の䞉人を蚎ち取るため、そしお圌らのアゞトを探るための旅を続けおいる。
    すべおは、僕のすべおを奪ったあの癜亜の悪魔――勇者を殺すために。
    その情報収集ず䌑息を兌ねお、僕らは村から遠く離れたこの小さな宿堎町に立ち寄り、目立たない路地裏にある叀びた宿屋の䞀宀を借りおいた。
    䞀階では人の良さそうな女将さんが枩かいスヌプを振る舞っおくれ、久しぶりに「普通の人間」の枩もりに觊れた気がした。
    僕はベッドの䞊で身を起こし、隣のベッドで芏則正しい寝息を立おおいるマヌシャに目を向けた。
    圌女もたた、心ず䜓に深い傷を負っおいる。䞡芪を倱った悲しみを胞の奥底に抌し蟌め、僕を支えるために無理をしお笑っおくれおいるのを、僕は知っおいる。
    圌女の安らかな寝顔を芋るだけで、僕の心に枊巻く埩讐の炎が、ほんの少しだけ和らぐような気がした。
    僕は毛垃を肩にかけ、ベッドを抜け出しお窓蟺ぞず向かった。
    郚屋が寒くならないよう、ほんの少しだけ窓の隙間を開け、そこから倖の景色を眺める。
    空からは、村にいた時ず同じように、シトシトず静かに雪が降り続いおいた。癜銀の䞖界は月の光を反射し、どこたでも矎しく、そしお残酷なほどに静たり返っおいた。
    明日の旅は、今日よりもさらに過酷になるだろう。
    旧勇者パヌティヌの足跡を远うこずは、垞に死ず隣り合わせであるこずを意味する。
    だから、今は䜙蚈なこずは考えず、少しでも早く䜓を䌑めなければならない。窓の隙間から舞い蟌んでくる冷たい雪の粒を数え、無理やりにでも眠りに぀こうずした。
    それにしおも  。
    さっきの倢の声は、䜕だったのだろうか。
    危機が近づいおいる、ず。
    あの老剣士のテレパシヌか䜕かだろうか。それずも、極限状態のストレスが芋せた単なる幻聎か。
      たさかな。
    こんな吹雪の倜に、しかも身分を隠しお泊たっおいるこの安宿たで、远手がすぐに蟿り着くはずがない。
    僕はそう自分に蚀い聞かせ、窓を閉めようず手を䌞ばした。
             
    『気を぀けろ。すでに攻撃されおいる』
             
      
    䜕だ  今の声は  
    僕が目を芋開いた、その瞬間だった。
    ヒュッ、ずいう、空気を極限たで切り裂くような鋭い音が耳に届いたのは、ほが同時のこずだった。
    眠気など、ずうの昔に吹き飛んでいた。
    䜕故なら、僕がほんの数センチだけ開けおいた窓の隙間を瞫うようにしお、挆黒の凶噚が突劂ずしお郚屋の䞭に䟵入しおきたからだ。
    「え  」
    理解するよりも早く、肉が裂け、骚が軋む鈍い音が郚屋に響いた。
    「ぐああああああッッ」
    遅れおやっおきた凄たじい激痛に、僕は思わず喉が裂けんばかりの絶叫を䞊げおいた。
    僕の巊腕の䞊腕郚を、倪く長い「矢」が完党に貫通し、背埌の壁に深々ず突き刺さっおいたのだ。
    鮮血が壁に飛び散り、傷口からどくどくず枩かい血が流れ萜ちおいく。
    痛い   ク゜ッ
    なんだこれは どこから撃たれた
    「どうしたの ゚ミヌル   あっ  腕が」
    僕の叫び声で跳ね起きたマヌシャが、血たみれの僕を芋お悲鳎を䞊げた。
    圌女は咄嗟に魔法の杖を手に取り、治癒魔法をかけようずこちらぞ駆け寄っおくる。
    「マヌシャ、来るな」
    僕は痛みを堪えながら、右手で圌女を制止した。
    「敵は  敵はすぐ近くにはいない 遥か遠くから狙撃されおる」
    窓の倖には、怪しい人圱など䞀぀も芋えない。ただ雪が降っおいるだけだ。
    だずすれば、敵はこの悪倩候の䞭、人間の芖力では到底捉えきれない超遠距離から、窓のわずかな隙間ずいうピンポむントを狙い柄たしおこの矢を攟ったずいうこずになる。
    垞軌を逞しおいる。こんなこずができる人間は、この䞖界にそう䜕人もいない。
    「  そしお」
    僕の党身の産毛が逆立った。
    先ほどの矢ずは比べ物にならない、途方もなく巚倧で犍々しい魔力の奔流が、遥か圌方からこちらに向かっお䞀盎線に収束しおくるのを感じ取ったからだ。
    「この異垞な魔力の出力   たた来る マヌシャ、䌏せろ 物陰に隠れろ」
    「うんっ」
    僕らは這いずるようにしお、郚屋の隅にあった頑䞈そうなオヌク材の本棚の埌ろに転がり蟌んだ。
    巊腕の傷が激しく痛み、意識が遠のきそうになるのを必死に歯を食いしばっお堪える。
    䞀方その頃――。
    宿堎町から遥か䞀キロメヌトル以䞊離れた、猛吹雪が吹き荒れる切り立った雪山の断厖絶壁。
    そこに、䞀人の男が立っおいた。
    「逃さねえよ。哀れなネズミども」
    旧勇者パヌティヌの䞀員にしお、地䞊最匷の狙撃手たるヘンリヌ・テむラヌは、獲物のあたりの滑皜な動きを遥か圌方から芖認し、歪な口角を吊り䞊げた。
    圌の手に握られおいるのは、身の䞈を優に超える巚倧な長匓。
    先ほど攟った第䞀の矢は、目暙の肉䜓を物理的に貫通するための『䞀点集䞭型』の培甲矢であった。あの猛吹雪ず暗闇の䞭、䞀キロ先の窓の隙間を通しお腕を貫くなど、神業以倖の䜕物でもない。
    しかし、これから攟぀第二の矢は、党く性質の異なるものだった。
    「さお、ずっずず終わらせお酒でも飲みに行くか。  顕珟せよ」
    ヘンリヌが呟くず、長匓に番えられた矢の先端に、呚囲の空間が歪むほどの超高密床の魔力が集たり始めた。
    それは、玔粋な砎壊の゚ネルギヌを圧瞮した『広範囲殲滅型』の爆匟矢。
    その嚁力は、着匟点である宿屋はおろか、その呚蟺䞀垯の建物を跡圢もなく消し飛ばすほどの絶察的な砎壊力を持っおいた。
    「  宿の連䞭は、ツむおなかったな」
    ヘンリヌは、匓を匕き絞りながら冷酷に呟いた。
    「この俺の手を煩わせる脱走者二人が、たたたたあの安宿に転がり蟌たなければ、こんな無惚な死に方をするこずはなかったのにな。恚むなら、あのガキどもを恚んで死ぬんだな」
    狙撃手にずっお、暙的の呚囲にいる䞀般人の呜など、路傍の石ころず同矩であった。
    ヘンリヌは䞀切の躊躇なく、魔力で眩く茝く矢を攟った。
    「吹き飛べ」
          
    ——ドゎォォォォォォォォォォォンッ
    䞖界が、癜に染たった。
    次いで、圧倒的な光ず、錓膜を砎るような蜟音が、僕らの隠れおいた宿屋を根底から蹂躙した。
    本棚の裏に身を隠しおいた僕の䜓は、床䞋から突き䞊げるような凄たじい衝撃波によっお、玙切れのように宙に舞い䞊げられた。
    「がはっ  」
    党身の骚が軋み、肺から空気が匷制的に絞り出される。
    業火が呚囲を舐め回し、頑䞈だった朚造の宿屋が、たるで積み朚が厩れるように䞀瞬にしお倒壊しおいく。
    倩井の倪い梁が焌け萜ち、床が抜け、僕ずマヌシャは瓊瀫ず炎の奔流ず共に、䞋の階ぞず真っ逆さたに萜䞋しおいった。
      どれくらいの時間が経ったのだろうか。
    意識が途切れ途切れになる䞭、僕は顔を芆っおいた瓊瀫をなんずか抌し退け、煀ず血にたみれた顔を䞊げた。
    「  あ  」
    僕の目の前に広がっおいたのは、地獄だった。
    ほんの数分前たで、人々が安らかな眠りに぀いおいたはずの静かな宿堎町。
    それが今や、芖界の及ぶ限りすべおが玅蓮の炎に包たれ、黒焊げの瓊瀫の山ず化しおいたのだ。
    パチパチず朚材が爆ぜる音。
    そしお、その炎の向こう偎から聞こえおくる、人々の悲鳎ず泣き叫ぶ声。
    「助けお   熱い、熱いっ」
    「誰か、子䟛が䞋敷きに  」
    なんで。
    なんで、こんなこずになっおいる。
    勇者の村ぞの襲撃の時ず同じだ。いや、今回は明確な暙的が「僕たち」だった。
    僕ずマヌシャが、この町の、この宿に泊たったせいで。
    枩かいスヌプを振る舞っおくれたあの笑顔の女将さんも、たたたた同じ屋根の䞋に居合わせただけの旅人たちも。
    僕たちずいう「疫病神」がいたせいで、すべおを奪われ、炎の䞭で焌かれようずしおいる。
    ああ
    僕は   僕は、䜕おこずを  
    匷烈な眪悪感ず自責の念が、巊腕の激痛を䞊回る勢いで僕の粟神を苛んでいく。
    「ク゜ッッ ク゜オオオオッッ」
    僕は瓊瀫の山に拳を叩き぀け、血を吐くような声で叫んだ。
    その時、ハッず我に返った。
    「マヌシャ   マヌシャは無事か」
    僕は炎の熱さず煙に咜せながら、必死に呚囲を芋回した。
    「゚ミヌル  」
    瓊瀫の隙間から、匱々しい声が聞こえた。
    「マヌシャ  」
    僕は転がるようにしおその堎所ぞ向かい、重い朚材を跳ね陀けた。
    そこにいたマヌシャの姿を芋お、僕は息を呑んだ。
    「゚ミヌル  逃げお。早く  远撃が、来る  」
    マヌシャは、厩れ萜ちおきた巚倧な梁の䞋敷きになり、党身を匷く打ち据えられおいた。
    額からは倧量の血が流れ出し、矎しい顔を赀く染めおいる。魔法の障壁で盎撃は免れたようだが、それでも僕の巊腕の貫通傷なんかよりも、ずっずずっず酷い重傷だった。
    マヌシャ  。
    ク゜ッ、ク゜ッ、ク゜ッ
    僕が守るず誓ったのに。䞀番近くにいたのに、たた傷぀けおしたった。
    しかも、今回は僕らの存圚そのものが、この町の人々を巻き蟌んでしたったのだ。
    絶望のどん底に突き萜ずされた僕の耳に、炎の爆ぜる音に混じっお、魔力通信による薄汚い男の嘲笑が響き枡った。
    『じゃあな。村の脱走者のマヌシャ䞀行。お前たちは、この地䞊最匷の狙撃手ヘンリヌ・テむラヌが蚎ち取った 泥を舐めお死に絶えろ』
    圧倒的な力ず、理䞍尜な暎力。
    僕らがどれだけ足掻こうずも、運呜は容赊なくすべおを奪っおいく。
    燃え盛る炎の䞭で、僕はただ無力に、マヌシャの血たみれの手を握りしめるこずしかできなかった。

    



    燃え盛る宿堎町の残骞。錻を぀く焊げた肉の匂いず、絶望の悲鳎。
    党身を打ち据えられ、瓊瀫の䞋で血に染たる愛しい少女。
    脳内に盎接響く、薄汚い男の嘲笑。
    僕の心は、深い自責の念ず絶望の泥沌に沈みかけおいた。
    僕らがこの町に立ち寄らなければ。僕らがもっず䞊手く立ち回っおいれば。
    こんな眪のない人々を巻き蟌むこずはなかったのだ。僕のせいで、たた人が死んだ。
    ——いや 違う
    僕は、血の味が広がる唇を匷く噛み締めた。
    今は、自らの犯した眪に苛たれおいる堎合ではない。
    眪の意識に囚われるな 敵の理䞍尜な暎力に怯えるな 己の無力さを嘆いおうろたえるな
    埌悔も、懺悔も、悲しみも、すべおは埌だ。今やるべきこずは、そんな感傷に浞るこずではない。
    今はたず、目の前で息も絶え絶えになっおいるマヌシャを守り抜くこず。
    この残酷な䞖界で、圌女ず共に生きおいきたいず願うなら  
    「芚悟を瀺せ   ゚ミヌル・ハヌノェスト」
    僕は自らを錓舞するように、喉の奥から獣のような唞り声を䞊げた。
    僕がマヌシャを守る。その誓いだけが、今の僕を突き動かす唯䞀の原動力だった。
    巊腕の貫通傷から流れる血を止めるこずすら忘れ、僕は右手に握りしめた剣の柄に、党身の怒りず魔力を泚ぎ蟌んだ。
    遠く離れた猛吹雪の雪山。
    そこから、再び先ほど宿を吹き飛ばしたのず同じ、いや、それ以䞊に巚倧で砎滅的な魔力が膚れ䞊がっおいくのを感じた。
    『顕珟せよ。我が矢に宿れ。"閃光の䞍死鳥フレア・フェニックス"』
    遠くの空が、倜明けのように赀く染たる。
    炎を纏った巚倧な鳥の幻圱が、吹雪を溶かしながら厖の䞊に顕珟しようずしおいた。
    「  させない」
    僕は、研ぎ柄たせた魔力探知を頌りに、奎の攟぀圧倒的な魔力の光源ぞ向けお、雪を蹎り䞊げた。
    目暙は、高䜎差を陀いお盎線距離でおよそ䞀キロメヌトル先の断厖絶壁。
    普通に考えれば、臎呜傷を負った人間が間に合う距離ではない。
    だが、関係ない。
    『無駄だ 悪あがきはやめろ』
    嘲笑うかのようなヘンリヌの通信が響く。
    『俺の究極魔法"閃光の䞍死鳥"のチャヌゞ時間は、たったの30秒間 そしおあの宿の残骞から、今俺がいるこの厖たでの距離は䞀キロメヌトルだ 貎様は俺には絶察に勝おない 貎様は俺には届かない チェックメむトだぁ ガキどもがぁ』
    僕は蚀葉を返さなかった。
    ただひたすらに、己の肉䜓の限界を超えお魔力を巡らせた。
    足元の雪が爆発するように吹き飛び、僕の䜓は文字通り「匟䞞」ずなっお暗闇を切り裂いた。
    呌吞を忘れ、痛みを忘れ、ただ前だけを芋る。
    颚の抵抗すら魔力で切り裂き、燃え盛る町を抜け、凍お぀く雪の斜面を、重力に逆らうように䞀盎線に駆け䞊がる。
    

20秒。
    

10秒。
    『終わりだ、ネズミども   灰に還れ』
    厖の䞊で、ヘンリヌが巚倧な光の矢を僕らの町ぞ向けお攟ずうず、匓の匊から指を離しかけた、その瞬間。
    「——それが、お前の遺蚀か  」
    ヘンリヌの耳元、その真埌ろから、氷のように冷たい声が囁いた。
    「  は  」
    ヘンリヌは目を剥き、党身を硬盎させた。
    「こんなこず  あるはずが、ない  」
    圌は信じられないものを芋る目で、ゆっくりず背埌を振り返った。
    そこには、党身から殺気ずいう名のどす黒いオヌラを立ち昇らせ、巊腕を血たみれにした僕が立っおいた。
    䞀キロメヌトルの距離を、魔法のチャヌゞが完了するよりも早く、完党に走砎したのだ。
    「殺しおやる   ゚ミヌル・ハヌノェストォォォッ」
    ヘンリヌは恐怖ず混乱で顔を歪めながら、匓を攟り捚お、腰に垯びおいた短剣を匕き抜いお僕に向けお振り䞋ろそうずした。
    しかし、そんな玠人のような近接攻撃が、僕に圓たるはずもない。
    短剣が僕に届くよりも遥かに早く。
    チャキッ、ずいう冷たい金属音ず共に、僕の剣の刃が、ヘンリヌの頞動脈にピタリず抌し圓おられおいた。
    「動くな。少しでも魔力を緎れば、その銖を刎ねる」
    僕が䜎くドスを効かせた声で告げるず、ヘンリヌは持っおいた短剣を取り萜ずした。
    カラン、ず虚しい音が雪原に響く。
    「くそ  なんでだ。なんで  」
    ヘンリヌは、血の気が匕いた顔でう぀むき、震える声で呟いた。
    「たあ、俺は昔から走るのは速い方だし  」
    僕は剣を抌し圓おたたた、無機質に答えた。
    「お前が隠れおる堎所も、さっきから数回掟手に巚倧な魔力を攟出しおいたからな。たるで『ここにいたす』っお狌煙を䞊げおいるようなものだった。それで、隠れおいる堎所が正確にわかった。  これで、理由は十分か」
    「  フフッ。  フハハハハハハハ」
    突然、ヘンリヌは狂ったように倩を仰いで高笑いをした。
    そしお、圌自身の象城でもある巚倧な長匓を、厖の䞋ぞず遠くに蹎り萜ずした。
    戊うのを諊めたのか  
    それずも、ただ䜕か奥の手を隠し持っおいるのか
    いや、それはないだろう。
    䜕故なら、今のこい぀からは、先ほどたでの傲慢な芇気も、人を殺すための殺気も、完党に消え倱せおいたからだ。そこにあるのは、絶察的な力を芋せ぀けられ、心が折れた敗北者の姿だけだった。
    遠距離からの狙撃に特化した圌が、僕の剣の間合いに入られ、完党に制圧された。これはもはや、芆しようのない「詰み」だ。
      さお。
    ここからは、呜の察䟡ずしお情報を吐いおもらおうか。
    「面癜い   確かに、お前は特別だ ゚ミヌル・ハヌノェスト」
    ヘンリヌは銖に刃を圓おられたたた、どこか枅々しいような衚情で僕を芋た。
    「お前は、我らが勇者ラングルドず同じように、理䞍尜な倩才の郚類なのかもしれないな あの化物が、盎々に『蚈画』の駒ずしお認めるわけだ」
    「  喚きたいこずはそれだけか」
    僕は剣を持぀手にわずかに力を蟌めた。刃が皮膚に食い蟌み、䞀筋の血が流れる。
    「特にもう、䜕も蚀うこずなんおねェよ。殺すならはやく殺せ」
    ヘンリヌは自嘲気味に笑った。
    「俺はこの戊いで勝぀こずを完党に諊めた。お前みたいな近接戊闘の化物盞手に、自分の最も苊手な間合いで戊おうずするなんお、この䞖で䞀番のアホのやるこずだ。しかも、急所を完党に抌さえられおるしな」
    「      」
    僕は無蚀で圌を睚み぀けた。
    「ああ、䞀぀蚀い忘れおた」
    ヘンリヌは、僕の冷たい芖線を正面から受け止めながら蚀った。
    「お前は確かに異垞に匷い。だから、倚分旧勇者パヌティヌの残り二人  あのむカれた連䞭も倒すこずができるだろう。だがな。  『勇者』には、あい぀だけには絶察に勝おない」
    「そうか。それはやっおみないず分からないな。それに、調埋者ずやらも殺さないずいけない」

    「そうか  それを知っおるのか。  やっぱりお前は、ただの村のガキじゃない、特別だな」
    ヘンリヌは少しだけ驚いた顔をした。
    「埡蚗は良いから、さっさず話を続けろ」
    僕は焊燥感を隠し、䜎く冷たい声で促した。早く情報を聞き出し、マヌシャの元ぞ戻らなければならない。
    「悪い悪い。そんじゃ話を続けるわ  なんだ 俺の話が䞍満か」
    ヘンリヌは、少しため息を぀いお、探るような目で僕を芋た。

    ヘンリヌの目が、埮かに现められた。
    その瞬間、僕は圌の攟぀空気が、ほんのわずかに倉質したのを感じ取った。
    「そんで、次の質問だ」
    僕は剣の刃をさらに圌の銖に抌し付けた。
    「なんだ  」
    「お前  さおは、䜕か隠しおいるな」
    僕がそう指摘した途端、戊いを諊め、完党に心が折れおいたはずのヘンリヌの衚情が、䞀倉した。
    「ああ、そうだ。それはなァ  」
    奎の顔に、獲物を眠に嵌めたような、邪悪で醜悪な笑みがニダァず、浮かんだ。
    「——お前の、埌ろだ」



    第六話



    その邪悪な笑みず共に攟たれた蚀葉が、凍お぀く雪山の空気に溶けるよりも早く。
    僕の身䜓は、極限状態の䞭で研ぎ柄たされた生存本胜に埓っお、半ば自動的に動いおいた。
    「ッ  」
    声なき気合いず共に、手銖を返す。
    ヘンリヌの銖筋に抌し圓おおいた剣の刃を、躊躇うこずなく真暪に䞀閃させた。
    骚を断ち、神経を完党に切り裂く、生々しくも確かな感觊が腕に䌝わる。
    振り返りざたに芖界の端で捉えたヘンリヌの銖からは、鮮血が噎氎のように吹き出し、その巚䜓は糞の切れた傀儡のように雪原ぞず厩れ萜ちおいった。
    奎は死んだ。確実に殺せた。
    だが、安堵する暇など、䞀瞬たりずも䞎えられなかった。
    ヘンリヌの蚀葉は、決しおハッタリなどではなかったのだ。
    僕が振り返ったその背埌、猛吹雪の向こう偎から、音もなく二぀の圱が立ち珟れおいた。
    䞀人は、月明かりを反射しお冷たく茝く銀髪を持った、長身の男の戊士。その手には、犍々しい玫色のオヌラを纏った身の䞈ほどもある倧剣が握られおいる。
    もう䞀人は、挆黒のロヌブに身を包んだ、黒髪の女の魔法䜿い。圌女の呚囲には、すでに詠唱を終えた無数の炎ず氷の槍が、僕に狙いを定めお宙に浮遊しおいた。
    旧勇者パヌティヌの、残り二人。
    ヘンリヌは、自分の呜を囮にしおでも、僕をこの絶奜のキル・ゟヌンに釘付けにするための「捚お駒」に過ぎなかったのだ。
    「これで終わりだ ゚ミヌル・ハヌノェスト」
    銀髪の戊士が、獣のような咆哮ず共に地を蹎った。
    同時に、黒髪の女魔法䜿いが冷酷に杖を振り䞋ろす。
    「ッ   たずい」
    芖界のすべおが、極圩色の魔法の光ず、倧剣の攟぀斬撃の軌跡によっお完党に芆い尜くされた。
    回避する隙も、防埡魔法を展開する時間も、剣で匟き返す䜙裕すらもない。
    圧倒的な「死」の壁が、僕の党身に迫り来る。
    死ぬ  
    その瞬間、僕の脳裏をよぎったのは、自分自身の呜ぞの執着ではなく、燃え盛る宿屋の瓊瀫の䞋で血に染たっおいた、愛しい少女の姿だった。
    マヌシャ  
    ダメだ、ここで僕が死んだら、マヌシャは  
    あんな重傷を負っお、たった䞀人でこの狂った刺客たちから逃げ切れるはずがない。
    僕が、僕が圌女を守らないずいけないのに  
    「くそぉぉぉぉぉぉぉっ」
    僕はありったけの魔力を党身から攟出し、少しでも臎呜傷を避けようず身䜓を捻った。
    だが、限界を超えお䞀キロを駆け抜けた肉䜓は、悲鳎を䞊げお僕の意志を裏切った。
    ——ドゎォォォォォォォンッ
    魔法の豪雚が僕の身䜓を容赊なく吹き飛ばし、その爆炎を切り裂くようにしお、銀髪の戊士の倧剣が僕の右半身を捉えた。
    「ああああああっ」
    熱鉄を骚の髄たで叩き蟌たれたような、これたでの人生で味わったこずのない次元の激痛。
    芖界が赀ず黒に明滅し、平衡感芚が完党に消倱する。
    自分の右腕が、肩の付け根から無惚に斬り飛ばされ、空を舞うのがスロヌモヌションのように芋えた。
    鮮血が猛吹雪の䞭に散華する。
    雪原に叩き぀けられた僕の身䜓は、もはや指䞀本動かすこずすらできなかった。
    激痛すらも次第に遠のき、急速に䜓枩が奪われおいく。
    たずい。芖界が  真っ暗に、消えおいく。
    マヌシャ、ごめん。僕が匱かったばかりに。
    玄束、守れそうにない  。
    深い、深い闇の底ぞ。
    僕の意識は、冷たい雪ず同化するようにしお、完党に途絶えた。
             
    ——パチパチ、ず。
    遠くの方で、䜕かがはぜるような、心地よい音が聞こえた。
      あれ
    ここは、どこだ  
    僕はどれくらいの間、気を倱っおいたのだろうか。
    暗闇に沈んでいた意識が、ゆっくりず氎面ぞず浮䞊しおくる。
    䞍思議なこずに、党身を苛んでいたあの狂おしいほどの激痛は、すっかり消え去っおいた。右腕の付け根から血が吹き出しおいたはずの感芚も、凍お぀くような雪山の寒さも、埮塵も感じない。
    代わりに僕の身䜓を包み蟌んでいたのは、たるで春の陜だたりのような、ひどく懐かしくお暖かい空気だった。
    どこかで嗅いだこずのある匂いがする。
    焌きたおのパンの銙ばしい匂いず、野菜がたっぷり入った枩かいスヌプの匂い。
    そしお、暖炉の䞭で薪がパチパチず燃える、あの優しくお安心する音。
    そんな、ずおも暖かい郚屋の䞭にいるような感芚。
    「——起きお ゚ミヌル、孊校に遅刻するわよ」
    䞍意に、階䞋から明るくハリのある声が響いた。
    なんだ  この懐かしい声は  
    僕は、さっきたで猛吹雪の雪山にいたはずだ。
    右腕を斬り萜ずされ、敵の魔法を党身に济びお、間違いなく死んだはずじゃなかったのか。
    ここは、倩囜ずいうや぀なのだろうか。
    僕は重い瞌を、ゆっくりず開けた。
    芖界に飛び蟌んできたのは、芋慣れた癜い倩井だった。
    そしお、顔の暪を向いお䞋を芋る。
    ベッドの䞋には、長幎の生掻で少しだけ傷が぀いた、枩かい色の朚でできた床が広がっおいた。窓からは、眩しいほどの朝の日差しが差し蟌んでいる。
    たるで、少し前たで僕が毎日圓たり前のように芋おいた、僕の郚屋の光景そのものだった。
    いや、そんなはずはない。
    だっお、この家は。僕の村は。
    あの勇者ず名乗る悪魔の手によっお、村人たちごず跡圢もなく焌き払われおしたったはずだ。
    きっず、死ぬ間際に芋おいる走銬灯か、僕の郜合の良い幻芚気のせいだろう。
    そう思いながら、僕は重い身䜓を起こし、ベッドからゆっくりず立ち䞊がった。
    足の裏に䌝わる朚の床の感觊が、あたりにもリアルだった。
    䞀歩、たた䞀歩ず、郚屋を出お階段ぞず向かう。
    階段を䞋りるたびに、台所から挂っおくるスヌプの匂いが匷くなっおいく。
    䞀階の居間ぞず足を螏み入れた、その瞬間だった。
    「あら、やっず起きおきた。もう、毎朝毎朝お寝坊さんなんだから」
    台所に立ち、゚プロン姿でスヌプの鍋をかき混ぜおいたその人が、振り返っお僕を芋た。
    「え  」
    僕の足が、床に瞫い付けられたようにピタリず止たった。
    呌吞の仕方を忘れおしたったかのように、喉がヒュヌヒュヌず鳎る。
    芖界が急激に歪み、目の奥から熱い塊が蟌み䞊げおきた。
    するず  
    僕の目から、堰を切ったように倧粒の涙が溢れ出した。
    拭っおも拭っおも、埌から埌からずめどなく溢れ、止たるこずはなかった。
    「おかあ  さん  」
    震える声で、僕はその人の名前を呌んだ。
    なぜなら、僕の目の前で優しく埮笑んでいるのは、あの惚劇の倜、無惚にも銖を刎ねられお死んだはずの、僕の倧奜きな「お母さん」だったからだ。
    「どうしたの、゚ミヌル そんなにボロボロ泣いお。どこか痛いの」
    お母さんは驚いたように目を䞞くし、お玉を眮いお僕の方ぞず駆け寄っおきた。
    「おかあ  さん   おかあさんっ」
    幻芚でもなんでもいい。
    僕は子䟛のように声を䞊げお泣きじゃくりながら、お母さんの胞に思い切り抱き぀いた。
    枩かい。柔らかい。゚プロンから埮かに銙る、掗剀ずスヌプの匂い。
    あの倜、冷たくなり、血の海に沈んでいた母さんじゃない。生きおいる、本物のお母さんだ。
    「うわぁぁぁぁぁぁっ   ああぁぁぁぁっ  」
    僕はなりふり構わず、顔をぐしゃぐしゃにしお嗚咜した。
    これたでの恐怖、絶望、己の無力さに察する怒り、そしお孀独。匵り詰めおいた心の糞がぷ぀りず切れ、すべおの感情が涙ずなっお決壊した。
    お母さんは僕の突然の錯乱に戞惑いながらも、昔から僕が泣いた時によくしおくれたように、優しく、䞀定のリズムで僕の背䞭ず肩を撫でおくれた。
    「よしよし  。お母さんには、急にどうしたのか党郚はわかっおやれないけど  。きっず貎方は、倢の䞭でずおも蟛くお、苊しい冒険をしおきたのね」
    倢の䞭で。
    その蚀葉が、僕の心に䞍思議な安堵をもたらした。
    そうか。そうだったんだ。
    あの勇者の襲撃も、村の党滅も、宿堎町の惚劇も、腕を切り萜ずされた痛みも。
    すべおは、僕が芋おいた途方もなく長くお、リアルな「悪い倢」だったんだ。
    今、この枩かい腕の䞭にいる珟実こそが、本物なんだ。
    僕は、お母さんの゚プロンをき぀く握りしめながら、䜕床も䜕床も、匷く頷いた。
          
    それから数分埌。
    お母さんの枩もりに包たれ、背䞭を撫でられ続けおいるうちに、僕の激しい嗚咜は次第に萜ち着いおいった。
    涙で濡れた顔を拭い、倧きく深呌吞をする。
    倚分、今日僕がこんなにも取り乱しおたくさん泣いたのは、きっず、あのあたりにも生々しい倉な倢を芋たせいだ。
    「勇者」ずいうこの䞖界の垌望であるはずの存圚が、狂った笑みを浮かべながら僕らの村を滅がす倢。
    マヌシャが瓊瀫の䞋で血たみれになる倢。
    そしお、僕自身が絶望の䞭で腕を斬り萜ずされる倢。
    あんな非珟実的なこず、実際に起こるわけがない。正倢になるわけがないじゃないか。
    そう自分に蚀い聞かせるほどに、心の䞭にこびり぀いた暗い靄が晎れおいくような気がした。
    だけど  䜕がそんなに悲しいんだろう。
    䜕がこんなにも、僕の胞の奥底をギリギリず締め付けるのだろう。
    完党には拭い去れない奇劙な喪倱感を抱えながら、僕は顔を䞊げた。
    「たた悲しい顔しおるけど、もう倧䞈倫 ゚ミヌル」
    お母さんは、僕の顔を芗き蟌み、心底心配そうに僕を芋぀めおくれおいた。その目尻に刻たれた優しい皺が、僕の心をさらに解きほぐしおいく。
    ——やっぱり、僕のお母さんは、䞖界で䞀番優しいな。
    そう思った僕は、今床は僕の方から、安心させるようにそんなお母さんの肩をポンポンず軜く叩いた。
    そしお、ただ少し目が赀いかもしれないけれど、粟䞀杯の笑顔を䜜っお埮笑み返した。
    「うん。もう倧䞈倫だよ、お母さん。ごめんね、朝から倉なこずしお。きっず、すごくリアルで悪い倢を芋ただけなんだず思う」
    「そう。それなら良かったわ」
    お母さんはホッず胞を撫で䞋ろし、い぀もの明るい笑顔に戻った。
    「さあ、冷めないうちにスヌプを飲んで。孊校に遅れちゃうわよ」
    僕は枩かいスヌプを急いで飲み干し、制服のゞャケットを矜織った。
    そしお、玄関の扉を開ける前、お母さんに向かっお、い぀もの日垞ず党く同じように声をかけた。
    「行っおきたす」
    そしたら、お母さんはたた、倪陜のように枩かい笑顔で僕に手を振っおくれた。
    「いっおらっしゃい ゚ミヌル 気を぀けおね」
          
    家を出お孊校に向かう前、僕は庭を回っお、家の裏手にある朚造のベランダぞず向かった。
    そこは、お父さんが朝の仕事の前に、よく䞀人で日向がっこをしおいるお気に入りの堎所だった。
    角を曲がるず、案の定、そこには芋慣れた背䞭があった。
    分厚い胞板、ご぀ご぀ずした倧きな手。お父さんはい぀ものように、そこにちょこんず座り、腕を組みながら空の雪雲を眺めおいた。
    「あの  お父さん  」
    僕が背埌から声をかけるず、お父さんはゆっくりず振り返った。
    その顔を芋た瞬間、たたしおも僕の目頭が熱くなった。倢の䞭ずはいえ、銖の無いあの無惚な姿が脳裏に焌き付いおいたからだ。
    僕は、涙をお父さんに芋せたいずしお、ギュッず唇を噛み、少し䞋を向いた。
    お父さんは僕の様子に気づいたのか、少し驚いたような顔をした埌、ふっず目元を和らげた。
    そしお、あの倪くお䜎い、安心感のある声で蚀った。
    「どうした、゚ミヌル。  お前は、俺の自慢の息子だぞ」
    脈絡のない、けれど真っ盎ぐな愛情の蚀葉。
    それは、昚日の朝、僕が「魔王に䌚った」ず蚀った時に圌がかけおくれた蚀葉ず党く同じだった。
    堪えきれず、䞀筋の涙が頬を䌝っお地面に萜ちた。
    「お父さん  。本圓に、ありがずう。僕ね、お父さんずお母さんの息子ずしお生たれおこられお、本圓に良かったっお、心からそう思っおるんだ」
    僕は顔を䞊げ、涙ぐみながらも真っ盎ぐに父さんの目を芋お䌝えた。
    照れくさくお、普段なら絶察に蚀えないような蚀葉。でも、あの悪倢を芋た今の僕には、どうしおも䌝えおおかなければならない気がしたのだ。
    「  そうか」
    お父さんは䞀瞬だけ蚀葉に詰たり、それから、暪から芋おいおもハッキリずわかるぐらい、嬉しそうに目尻を䞋げお笑った。
    「ありがずう。やっぱりお前は、昔から本圓に優しい子だな。俺の方こそ、お前が息子で誇らしいよ」
    冬の冷たい空気の䞭、僕ず父さんの間には、確かな愛情ず枩かな時間が流れおいた。
    この穏やかな日垞が、ずっず、氞遠に続けばいいのに。
    僕は心底そう願った。
    でも。
    それから少し経぀ず——。
    呚囲の空気が、たるで真冬の湖に突き萜ずされたように、突劂ずしお䞀倉した。
    今たで優しく埮笑んでいたお父さんの顔から、䞀切の感情が抜け萜ちたのだ。
    「゚ミヌル」
    䜎く、冷培な声。
    「お前に、倧切な話がある」 


    第䞃話


    冬の透き通るような冷たい空気の䞭、僕ず父さんの間には、確かに穏やかで枩かな時間が流れおいた。
    このたた、このベランダでい぀たでも他愛のない䌚話を続けおいたい。今日孊校で䜕があるか、明日の倕飯は䜕がいいか。そんな、か぀おは圓たり前だった日垞のピヌスを、䞀぀ひず぀拟い集めるように。
    だが、そんな僕のささやかな願いをぞし折るように、呚囲の空気が䞀倉した。
    たるで、今たで僕たちを包み蟌んでいた春のような陜だたりが、芋えない巚倧な手によっお匷匕に剥ぎ取られたかのように。
    「゚ミヌル」
    錓膜を打぀声は、今たで聞いたこずがないほど䜎く、そしお冷培だった。
    僕はおそるおそる顔を䞊げた。
    そこに座っおいたのは、先ほどたで目尻を䞋げお優しく埮笑んでいた「お父さん」ではなかった。
    いや、姿圢は間違いなく僕の父さんだ。しかし、その顔からは䞀切の感情が抜け萜ち、たるで叀い圫像のように硬く、底知れない悲哀だけが瞳の奥に沈殿しおいた。
    ゎクリ、ず。僕は無意識に生唟を飲み蟌んだ。
    「  どうしたの お父さん」
    声が震えた。聞きたくない。䜕故だかわからないけれど、今から父さんの口から玡がれる蚀葉を、僕の本胜が匷烈に拒絶しおいた。䞡耳を塞いで、この堎から逃げ出したかった。
    お父さんは、僕のその怯えた芖線を真っ盎ぐに受け止め、ゆっくりず、ひどく重々しい口を開いた。
    「お前にこれを蚀うのは、俺ずしおも本圓に蟛いが  。だが、蚀わなければならない」
    お父さんの倧きな手が、膝の䞊で匷く握りしめられおいた。
    「いいか、゚ミヌル。よく聞け。  お前のお父さんずお母さんは、すでに死んでいる」
    「  え」
    時が、止たった。
    颚の音も、遠くで聞こえおいたはずの小鳥のさえずりも、すべおがパタリず途絶えた。
    脳が、その蚀葉の意味を理解するこずを拒吊しおいる。
    お父さんずお母さんが、死んでいる  
    䜕を蚀っおいるんだ。
    「なんで  。だっお」
    僕は匕き぀った笑いを浮かべながら、目の前に座る分厚い胞板を指差した。
    「目の前にいるじゃん。さっき、母さんだっお台所で枩かいスヌプを䜜っおくれた。お父さんだっお、こうしお僕ず話しおるじゃないか。倉な冗談はやめおよ」
    そう、冗談だ。たちの悪い冗談に決たっおいる。
    しかし、お父さんの衚情はピクリずも動かなかった。その瞳の奥にある悲哀の色が、さらに深く、濃くなっただけだった。
    「良いか、゚ミヌル。ここは珟実ではない。これは、敵の臎呜的な攻撃を喰らったお前自身の脳が、自己防衛のために芋せおいる『倢』にすぎないんだ」
    倢。
    先ほど、お母さんの胞で泣きじゃくっおいた時に僕自身が口にした蚀葉が、今床は党く別の、恐ろしい刃ずなっお僕の心臓に突き立おられた。
    「なんだよ  それ  」
    「思い出せ。お前は、旧勇者パヌティヌの残党  銀髪の戊士ず黒髪の女魔法䜿いの二人に襲われたはずだ。その圧倒的な力の前に敗れ、今は生死の境を圷埚っおいる。肉䜓は完党に砎壊され、圓分目を芚たすこずはないだろう」
    『終わりだ ゚ミヌル・ハヌノェスト』
    お父さんの蚀葉が匕き金ずなり、僕の脳裏に、鍵をかけお抌し蟌めおいたはずの蚘憶が奔流ずなっおなだれ蟌んできた。
    極圩色の魔法の豪雚。
    猛吹雪を切り裂いお迫り来る、犍々しい倧剣。
    そしお――熱鉄を叩き蟌たれたような激痛ず共に、肩の付け根から宙を舞った、僕自身の右腕。
    「あ  ああ  」
    幻肢痛ずいうべきか、すでに倱われたはずの右腕の付け根が、炎で焌かれるように熱く痛み始めた。
    それだけではない。
    焌け萜ちた宿屋。瓊瀫の䞋で血たみれになっおいたマヌシャ。
    そしお、あの忌たわしい勇者の手によっお銖を刎ねられ、血の海に沈んでいた䞡芪の姿。
    「あああああっ」
    僕は頭を抱え、その堎にうずくたった。
    すべお思い出した。
    ここは珟実じゃない。僕の心が䜜り出した、郜合の良い、甘くお残酷な幻圱揺り籠だ。
    「だから  この䞖界が、お母さんもお父さんも  党郚、ただの倢だっお蚀うのか  」
    僕は血走った目で、お父さんを睚み぀けた。
    「ああ。そうだ」
    お父さんは、残酷なたでに淡々ず肯定した。
    ふざけおる。
    ふざけるな。
    あんな地獄のような珟実。愛する人たちが次々ず理䞍尜に殺され、残された僕の腕すらも無惚に奪われるような、あんな狂った䞖界。
    「あんな䞖界、俺は認めない  」
    僕は床を叩き、喉が裂けんばかりの絶叫を䞊げた。
    「僕は あんな狂った䞖界なんお絶察に認めない   お父さん お母さん 勝手に死ぬなよぉっ 眮いおいかないでよ くそぉっ  」
    怒りず絶望が入り混じった涙が、ボロボロずこがれ萜ちる。
    倢の䞭の朚の床を、爪が剥がれるほど匷く掻き毟った。
    「゚ミヌル  」
    お父さんが、悲痛な声で僕の名前を呌ぶ。
    「僕は、結局  」
    僕は自分の䞍甲斐なさを、無力さを、これでもかず呪った。
    「お父さんも、お母さんも   村人のみんなも 宿屋の女将さんも 誰䞀人ずしお、䜕も守れなかった 䜕も 䜕も守れなかったじゃないか」
    僕は本圓に情けない。
    偉そうに剣を振り回し、マヌシャを守るず誓いながら、その実、い぀も圌女に庇われ、敵の圧倒的な力の前にひれ䌏すこずしかできなかった。
    叫びながら、嗚咜しお、胃の䞭身を吐き出しそうになる。
    本圓にみっずもない。哀れで、惚めで、滑皜な男だ。
    涙ず錻氎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、僕は自分の存圚そのものを消し去っおしたいたかった。
    「お父さん  思い出したよ。僕は、あの村の人達を   誰䞀人救えなかった 僕は   無力だ 勇者になんお、勝おるわけがないんだ」
    僕の心が完党に折れ、深い闇の底ぞず沈み蟌もうずした、その時だった。
    「——いや、それは違うぞ」
    お父さんの、倪く、そしお確かな力匷さを持った声が、僕の絶望を断ち切るように響いた。
    お父さんは立ち䞊がり、うずくたる僕の目の前で片膝を぀いた。そしお、僕の顔を䞡手でしっかりず挟み蟌み、無理やり䞊を向かせた。
    「お父、さん  」
    「いいか、゚ミヌル。よく自分の胞に手を圓おお考えおみろ。お前は、決しお無力なんかじゃない」
    お父さんの瞳には、先ほどの悲哀に代わっお、揺るぎない信頌ず誇りの炎が灯っおいた。
    「お前は、あの吹雪の䞭でたった䞀人で魔物を蚎䌐できる実力を持っおいる。ヘンリヌずかいう狙撃手の裏をかき、远い詰めたのもお前自身の力だ。お前は村䞀  いや、この王囜䞀の倩才剣士だ」
    「でも   腕も無くしお  」
    「腕の䞀本や二本、なんだず蚀うんだ。お前の剣の才胜は、腕に宿っおいるんじゃない。その折れない心ず、誰かを守りたいず匷く願う魂に宿っおいるんだ」
    お父さんは、僕の蚀葉を真っ向から吊定し、力匷く断蚀した。
    「あの狂った勇者や、はびこる魔王を倒せるのは  この䞖界で、お前だけだ」
    「お父さん   僕は   僕は」
    「泣くな。お前の涙は、今日ここで党郚眮いおいけ。珟実䞖界では、もう二床ず泣く必芁がないようにな」
    お父さんの蚀葉が、干からびおひび割れた僕の心に、熱いお湯のように染み枡っおいく。
    そうだ。僕がここで心を折らしおしたったら、珟実の䞖界で血を流しお倒れおいるマヌシャは、誰が守るんだ。
    あの勇者は、誰が殺すんだ。
    「  今はゆっくり䌑め。お前が、あの瀕死の状態から肉䜓を修埩し、目を芚たすには、かなりの時間がかかるだろうからな。それたでは、この倢の䞭で、俺たちず䞀緒に過ごせばいい」
    お父さんは、僕の頭を優しく撫でた。
    「うん   そうするよ。ありがずう  お父さん」
    僕は、袖で乱暎に涙を拭った。泣くのは、これで最埌だ。
    「萜ち着いたか 息子よ」
    「うん。ありがずう、お父さん。  あのね、お父さん」
    「どうした」
    僕は、もう迷いのない、柄み切った瞳でお父さんを芋぀め返した。
    「僕ね  マヌシャを、絶察に守るよ」
    それは、誰に蚀わされるでもない、僕自身の魂からの誓いだった。
    「マヌシャの呜や幞せを、䜕よりも䞀番に考える。もうこれ以䞊、僕の目の前で誰も殺させない。僕の倧切な人は、この僕が必ず守り抜く 勇者も、魔王も、党郚僕が斬り捚おる」
    その蚀葉を聞いた瞬間。
    お父さんは、砎顔した。あの、僕が䞖界で䞀番倧奜きな、豪快で枩かい笑顔だった。
    「よく蚀った」
    ドンッ ず、お父さんの倧きな手が、僕の肩を思い切り匷く叩いた。
    「いっ   痛いよ、お父さん」
    匷烈な痛みに、僕は思わず顔をしかめた。倢の䞭だずいうのに、劙にリアルな痛みだった。
    「はっはっは そこは『ありがずう』  だろ」
    お父さんは悪びれもせず、ガハハず笑った。
    「うん。  ありがずう」
    「倧䞈倫だ。お前なら、絶察にできる」
    お父さんは、僕の肩を掎んだたた、静かに、しかし絶察の確信を持っお蚀った。
    「䜕故なら、お前は  この俺ず母さんの、自慢の息子だからな」
    その時、背埌のスラむド扉が静かに開く音がした。
    「本圓に、お父さんの蚀う通りよ」
    振り返るず、そこにぱプロンを倖したお母さんが立っおいた。
    お母さんの目にも涙が光っおいたが、その衚情はずおも穏やかで、慈愛に満ちおいた。
    「お母さんも、ずっずずっず、゚ミヌルのこず応揎しおいるからね。どんなに離れおいおも、私たちの心はい぀も、貎方ず共にあるわ」
    お母さんはゆっくりず歩み寄り、お父さんの隣に膝を぀いた。
    僕の胞の奥で、もう二床ず䌚えないはずの二人ぞの愛おしさが、爆発するように膚れ䞊がった。
    「お父さん   お母さん  っ」
    僕は、二人に向かっお䞡手を広げ、思い切り飛び蟌んだ。
    お父さんの分厚くお逞しい胞ず、お母さんの柔らかくお枩かい腕。二人の䜓枩が、僕の身䜓をすっぜりず包み蟌んでくれた。
    倢だずわかっおいる。これが、僕の脳が䜜り出した幻圱に過ぎないこずも、頭では理解しおいる。
    それでも、この枩もりだけは、僕にずっお䜕よりも確かな「真実」だった。
    「ありがずう  ありがずう  。僕、絶察に匷くなるから。絶察に、諊めないから」
    「ああ。わかっおいるずも」
    「゚ミヌル、愛しおいるわ。ずっず、い぀たでも」
    僕は、二人の匂いを、その感觊を、魂の底にたで刻み蟌むように、匷く、匷く抱きしめ返した。
    この理䞍尜で残酷な䞖界を生き抜き、そしお終わらせるための、最埌の゚ネルギヌを充電するように。
    こうしお、僕は珟実䞖界での激しい修埩の時間を皌ぐため、しばらくの間、この枩かくも切ない倢の揺り籠にずどたるこずになった。
    圌らずの別れの時が来る、その瞬間たで。 


    第八話



           
    枅朔で、どこか冷たい匂いがした。
    薬品ず、血の匂いを誀魔化すために焚かれた銙草の入り混じったような、酷く無機質な空気。
    私は今、薄暗い病宀のパむプ怅子に座り、ただひたすらに目の前の光景を芋぀めおいた。
    いや、芋぀めるこずしかできなかったのだ。
    シヌツの䞊に暪たわる私の愛する人は、たるで蝋人圢のように青ざめおいた。
    普段の、あの自信に満ちた少し生意気な笑顔も、私を安心させおくれる優しい声も、今はどこにもない。ただ、埮かな胞の䞊䞋動だけが、圌が蟛うじおこの䞖界に留たっおいるこずを瀺しおいた。
    「゚ミヌル   ゚ミヌル  」
    私は、也ききった唇から䜕床も、䜕床も圌の名前を呌んだ。
    すがり぀くように圌の手を握りしめ、私の䜓枩を分け䞎えようず必死に祈った。
    だけど、䜕の反応もない。ぎくりずも動かない。
    圌の意識は、私には手の届かない深い深い闇の底ぞず沈み蟌んでしたっおいた。
    ゚ミヌルが負った傷は、あたりにも深く、そしお臎呜的だった。
    宿屋を吹き飛ばされた爆発の衝撃、党身の打撲、そしお魔法による無数の裂傷。
    だが、その䞭でも䞀際私の心を抉り、絶望の淵ぞず突き萜ずしたのは  圌の『右腕』だった。
    シヌツから芗く、圌の右肩。
    そこから先にあるはずのものが、ない。
    真っ癜な包垯が䜕重にも、痛々しく巻き぀けられおいるその付け根から先が、ぜっかりず空間を空けおいるのだ。
    あの猛吹雪の雪山。
    私を守るために、己の限界を超えお敵の元ぞ駆け出した゚ミヌル。
    だが、圌の背埌に音もなく珟れたあの銀髪の戊士の犍々しい倧剣が、無慈悲に振り䞋ろされた瞬間を、私は遠く離れた瓊瀫の䞭から確かに芋おしたった。
    ゚ミヌルの右腕が、鮮血を散らしながら、肩の付け根から無惚に斬り飛ばされたあの悪倢のような光景を。
    もう、゚ミヌルの右腕は戻らない。
    私を優しく抱きしめおくれたあの腕も、私のために剣を振るっおくれたあの手も、氞遠に倱われおしたったのだ。
    「ああ  っ、うぅ  っ」
    私は、圌の倱われおしたった右腕の付け根を芋぀めながら、耐えきれずに嗚咜を挏らした。
    ポロポロず、倧粒の涙がシヌツを濡らしおいく。
    確かに、私もあの時の敵の魔法の䜙波や宿屋の厩萜で、党身にそれなりの傷を負った。今でも動くたびに身䜓䞭が軋むように痛む。額には包垯が巻かれおいる。
    だけど、゚ミヌルが受けた臎呜的な痛みに比べれば、こんなもの  かすり傷以䞋の、倧したこずのない痛みだ。
    どうしお、い぀もこうなるのだろう。
    圌は「僕がマヌシャを守る」ず蚀っおくれた。その玄束通り、圌はい぀でも自分の呜を盟にしお私を庇い、血を流す。
    私が匱すぎるからだ。私がもっず匷ければ、足手たずいにならなければ、圌にこんな取り返しの぀かない傷を負わせるこずはなかったのに。
    激しい自責の念が、刃ずなっお私の心をズタズタに匕き裂いおいく。
    「  自分を責めるな。お前が泣いおも、圌の腕は戻らないし、傷が癒えるわけでもない」
    䞍意に、背埌から静かで、どこか達芳したような声がかけられた。
    同時に、私の震える肩をポンポンず軜く叩く、芋知らぬ手のひらの感觊。
    涙で霞む芖線を䞊げ、振り返る。
    そこに立っおいたのは、くすんだ緑色の髪をした、私や゚ミヌルず同幎代くらいの少幎だった。
    萜ち着いた、ずいうよりも、あらゆる感情を削ぎ萜ずしたような冷ややかな瞳。その身に纏う空気は、静かでありながらも、底知れぬ魔力の深さを感じさせた。
    圌の名前は、゚リオット・テンペスト。
    今回、私たちを確実な「死」から救い出しおくれた呜の恩人であり、そしお  同じ目的を持぀「新たな仲間」だ。
    あの絶望的な雪山での戊闘の最䞭。
    銀髪の戊士ず黒髪の魔法䜿いによっお゚ミヌルが斬り䌏せられ、次なる刃が圌に、そしお遠くにいた私にたで迫ろうずしたその刹那。
    突劂ずしお空間が歪み、緑色の雷光ず共に珟れたのが圌だった。
    圌は、垞人には到底䞍可胜な速床ず粟床で高床な空間転移魔法を展開し、意識を倱った゚ミヌルず、瓊瀫の䞋で身動きが取れなかった私を同時に回収。敵の虚を完璧に突き、远撃を蚱すこずなく、はるか遠く離れたこの䞭立の町の病院ぞず私たちを逃しおくれたのだ。
    冷静に考えれば、私たちは本圓にツむおいる。
    村を襲撃された倜は、あの埗䜓の知れない匷さを持぀老剣士に呜を救われ。
    そしお今回は、この゚リオットずいう凄腕の魔法䜿いに救われた。
    絶望のどん底で、二床も呜の恩人に出䌚えたのだから。
    私は袖で乱暎に涙を拭い、圌に向かっお深く頭を䞋げた。
    「゚リオット  。本圓に、䜕から䜕たでありがずう。あなたが来おくれなかったら、私たち  」
    「瀌なんかいらないよ」
    ゚リオットは、少しだけ目を䌏せ、淡々ず銖を暪に振った。
    「俺が君たちを助けたのは、ただの気たぐれじゃない。俺の目的ず、君たちの目的が䞀臎しおいたからだ。  俺も、あの『勇者』ずその取り巻きどもに、消しおも消しきれないほどの深い恚みがあるからね」
    その蚀葉の奥底に䞀瞬だけ閃いた、氷のような殺意。
    圌もたた、勇者によっお䜕か倧切なものを奪われた人間なのだず、蚀葉以䞊のものが䌝わっおきた。
    「うん  。ありがずう、゚リオット。でも、私   私 ゚ミヌルのこずが、心配でたたらなくお   圌、ずっず目を芚たさないの  っ」
    再び堪えきれずにこがれ萜ちた私の悲痛な叫びに、゚リオットは静かに目を閉じ、そしお萜ち着かせるように蚀った。
    「焊る気持ちはわかる。だが、ここは王囜でも有数の斜蚭だ。さっきたで、䞀流の回埩術士たちが総出で圌の手術に圓たっおいた。倱われた腕の再生は䞍可胜でも、呜に関わる傷はすべお塞いだし、魔力回路の修埩も行ったず聞いおいる。  いずれ、目芚めるはずだ。きっず」
    「  うん。だよね。きっず  そうだよね」
    私は、自分自身に蚀い聞かせるように、震える声で䜕床も頷いた。
    そうだ。゚ミヌルは匷い。あんな田舎の村で、誰よりも剣の才胜に溢れ、誰よりも優しい心を持っおいた圌が、こんなずころで簡単に死ぬはずがない。
    「それに、だ」
    ゚リオットは、病宀の窓の倖  遠くの空を芋぀めながら、声のトヌンを䞀段階萜ずした。
    「圌が目芚めるのをただ泣いお埅っおいるだけでは、たた同じこずの繰り返しになる。それより今は、次に向けおどう動くべきか  あの勇者の刺客二人ずどうやっお戊うのかを、冷静に考えよう。奎らは必ず、俺たちの痕跡を远っおくる」
    圌の蚀う通りだった。
    泣いおいる暇なんおない。悲しんでいる暇もない。
    あの悪魔たちは、私たちが生きおいる限り、どこたでも執拗に远いかけおくるだろう。
    ゚ミヌルが目を芚たした時、私がたた圌に守られるだけの足手たずいでいるわけにはいかない。私自身が匷くなり、共に戊う芚悟を持たなければ。
    私はギュッず拳を握りしめ、濡れた瞳で゚リオットを真っ盎ぐに芋据えお、力匷く頷いた。
    「  わかった。私、戊う。゚ミヌルを守るために」
             
    しかし。
    珟実は、私たちのそんな埮かな垌望すらも、根こそぎ奪い去っおいくほどに残酷だった。
    その次の日の、昌䞋がりのこずだった。
    病宀で゚ミヌルの手を握り続けおいた私ず、壁際で魔力鍛錬をしおいた゚リオットは、突然慌ただしくやっお来た看護垫によっお、別宀ぞず呌び出された。
    案内されたのは、重厚な扉の奥にある、冷たい空気の挂うカンファレンスルヌムのような堎所だった。
    䞭には、昚日゚ミヌルの手術を担圓しおくれた䞻任の回埩術士をはじめ、数名の医垫たちが円卓を囲むようにしお深刻な顔で座っおいた。
    「お座りください」
    促されるたた、私ず゚リオットは圌らの察面に垭に座った。
    座った瞬間、郚屋の空気が異垞なほどに重いこずに気が぀いた。
    誰も私ず目を合わせようずしない。医垫たちは皆、手元のカルテに芖線を萜ずしたたた、苊枋に満ちた衚情を浮かべおいる。
      䜕か、あったのかな
    嫌な予感が、背筋を這い䞊がっおくる。
    それから、数十秒  いや、数分に感じられるほどの、息が詰たるような重たい沈黙が続いた。
    郚屋の隅に眮かれた魔道時蚈の秒針の音だけが、やけに倧きく、カチ、カチ、ず無機質に響いおいる。
    私の心臓は早鐘のように打ち、胞がギリギリず締め付けられる思いで、誰かがその沈黙を砎るのを埅った。
    やがお。
    䞭倮に座っおいた䞻任の回埩術士が、深く、ひどく重い深呌吞をしおから、ゆっくりず口を開いた。
    「マヌシャさん。そしお、゚リオットさん」
    その声は、どこか震えおいるように聞こえた。
    「  はい」
    私は、無意識に自分の膝の䞊で䞡手を匷く握りしめおいた。
    回埩術士は、぀いに私の目を真っ盎ぐに芋た。
    その瞳には、隠しきれない同情ず、絶望的な事実を告げるこずぞの躊躇いが色濃く浮かんでいた。
    「倧倉、申し䞊げにくいのですが  」
    お願い。
    やめお。
    それ以䞊、蚀わないで。
    私の心の奥底での絶叫など届くはずもなく、回埩術士の口から、この䞖界のすべおを終わらせるような、残酷すぎる宣告が玡がれた。
    「  ゚ミヌル・ハヌノェストさんは  」
    「もう、すでに死んでいたす」
    時蚈の秒針の音が、ピタリず止たったような気がした。

    第九話  



    時蚈の秒針の音が、ピタリず止たったような気がした。
    「  え」
    私の口から挏れたのは、ひどく間の抜けた、かすれた音だった。
    回埩術士の口の動きが、ひどくスロヌモヌションに芋える。郚屋の空気が急激に冷え蟌み、真空になったかのように呌吞の仕方がわからなくなった。
    「䜕をおっしゃっおいるのか、わかりたせん  。だっお、さっきたで手術をしおくれお  呜に別状はないっお、そうおっしゃっおいたじゃないですか  」
    私は、震える唇を無理やり動かしお、そう反論した。隣に座る゚リオットも、目を芋開いお回埩術士を睚み぀けおいる。
    「  申し蚳ありたせん。我々も、手を尜くしたのです。物理的な倖傷や、砎壊された魔力回路は確かに修埩したした。ですが  圌の『魂』が、肉䜓に戻っおこないのです。魔法による生呜維持も、すでに限界を迎えたした。圌自身の生呜力そのものが、完党に尜き果おおしたったのです」
    「そんな  」
    「いくら謝っおも、この事実をなくせないこずはわかっおいたす。無力な我々を、どうか恚んでもらっお構わないです。本圓に  申し蚳ありたせんでした」
    医垫たちは䞀斉に頭を䞋げた。
      え
    ゚ミヌルが  。
    死んだ  
    頭の䞭で、その蚀葉が䜕床も䜕床も朚霊する。
    嘘だ。あんなに私を守るず蚀っおくれたのに。あんなに優しく笑っおくれたのに。
    圌はい぀も、絶察に玄束を守っおくれる人だった。だから、今回だっお。
    「゚ミヌルは、死んでない   私が行く 私が声をかければ、きっず  」
    私が怅子から立ち䞊がり、半狂乱になっお病宀ぞ向かおうずした、たさにその瞬間だった。
    カンファレンスルヌムの分厚い壁が、倖偎から巚倧な質量をぶ぀けられたように、突劂ずしお爆砕された。
    粉々になったコンクリヌトの砎片ず粉塵が宀内に吹き荒れ、医垫たちの悲鳎が䞊がる。
    「きゃあああっ」
    「前を芋ろ 䜕だあれは」
    「うわあああっ 逃げろぉぉっ」
    巻き䞊がる土煙の向こう偎、倧きく開いた壁の穎から、冷たい倖気が䞀気に流れ蟌んできた。
    そしお、その倖気の向こうから、ゆっくりず、靎音を響かせお二぀の人圱が歩み出おきた。
    「  芋ィ぀けた。マヌシャ・アドミニストレヌタヌ。そしお、ネズミを逃した小賢しい空間魔法䜿い」
    耳を塞ぎたくなるような、底冷えする声。
    珟れたのは、月明かりを背に受けた二人の男女。
    䞀人は、身の䞈ほどもある犍々しい玫色のオヌラを纏った倧剣を肩に担ぐ、銀髪の長身の戊士。
    もう䞀人は、挆黒のロヌブに身を包み、劖艶な笑みを浮かべる黒髪の女魔法䜿い。
    間違いない。昚日、猛吹雪の雪山で゚ミヌルの右腕を斬り飛ばし、私たちを殺そうずした勇者からの刺客、旧勇者パヌティヌの残り二人だ。
    銀髪の戊士マルス・゚マヌ゜ンず、黒髪の魔法䜿いナタヌシャ・メむデむ。
    「どうやら、あの生意気なガキは䞀足先に地獄ぞ逝ったようだな。手間が省けた」
    マルスは、倧剣を無造䜜に床に突き立お、私を芋䞋ろしお冷酷に笑った。
    「お前の旅は、ここで終わる」
    「安心しお。私達が、䜕の苊しみも感じないように、䞀瞬で楜に殺しおあげるから」
    ナタヌシャが、たるで慈悲深い女神のような口調で、残虐な宣告を䞋す。
    殺す  
    私が、殺される
    いや、それよりも。
    今、こい぀らはなんず蚀った
    ゚ミヌルが䞀足先に地獄ぞ逝った
    死んだ  
    ゚ミヌルは、本圓に死んだ  
    死  。
    私の頭の䞭で、匵り詰めおいた䞀本の倪い糞が、ブツン、ず音を立おお千切れた。
    そっか。
    分かった。
    ゚ミヌルは、本圓に死んだんだ。私を庇っお、こい぀らに無惚に腕を斬り飛ばされ、そのせいで呜を萜ずしたんだ。
    私の、すべおだったのに。私の、䞖界そのものだったのに。
    「  殺しおやる」
    私の䞭から、悲しみも、絶望も、恐怖も、すべおがすっぜりず抜け萜ちた。
    埌に残ったのは、ただ玔粋で、どす黒く、煮えたぎるような『殺意』だけだった。
    「      」
    「殺しおやる  」
    私は、フラフラずした足取りで、瓊瀫を螏み越えお二人ぞず歩み寄った。
    「殺しおやる殺しおやる殺しおやる  」
    手にした魔法の杖が、私の膚倧な怒りの魔力に呌応しお、か぀おないほど激しく明滅し始める。
    「お前ら  党員  皆殺しだ  」
    マルスが目を现め、倧剣を構え盎した。
    「  構えろ、ナタヌシャ。狂犬が来るぞ」
    「ぶっ殺しおやる ゚ミヌルを 返せええええええええええっ」
    私は喉が裂けんばかりの絶叫ず共に、自身の持぀最倧火力の錬金魔法の構築を䞀瞬で完了させた。
    杖の先端から、呚囲の空間を歪めるほどの圧倒的な魔力が攟出される。
    「敵を貫けェェ 錬金魔法 "ダむダモンド・スピン"」
    倧気䞭の鉱物成分を極限たで圧瞮・硬化させ、絶察的な硬床を誇る巚倧なダむダモンドの槍を無数に生成する。さらにそれに超高速の回転を加え、あらゆる防埡を粉砕する必殺の魔法。
    無数の茝く槍が、竜巻のような蜟音を立おながら、真っ盎ぐに二人の刺客めがけお撃ち出された。

    凄たじい衝撃波が病院の建物を揺らし、マルスずナタヌシャのいた堎所が、さらに倧きく吹き飛んだ。
    二人の姿は、爆炎ずダむダモンドの砎片の雚の䞭に完党に呑み蟌たれ、そのたた厩れ萜ちた壁の倖、遙か䞋の地面ぞず真っ逆さたに萜ちおいった。
    荒い息を吐きながら、私は杖を䞋ろした。
    呚囲はもうもうず立ち蟌める煙に芆われおいる。
    「やった  の  」
    私の怒りの䞀撃が、奎らを粉砕したのだろうか。
    ゚ミヌルの仇を、蚎おたのだろうか。
    だが。
    そんな私の淡い期埅は、すぐに絶望的な珟実によっお打ち砕かれた。
    「ふむ  その皋床か。これでは、期埅倖れもいいずころだ」
    煙が晎れた穎の瞁に、マルス・゚マヌ゜ンが悠然ず立っおいた。
    その衣服には焊げ跡䞀぀なく、銀髪に埃すら被っおいない。圌の呚囲には、透明な六角圢の魔法障壁が展開されおおり、私の"ダむダモンド・スピン"を傷䞀぀なく完党に匟き返しおいたのだ。
    嘘  。
    あんな、私の呜を削るような枟身の䞀撃が、党く通甚しないなんお。
    「こんなのじゃ、私達の呜には到底届かないわよ。村嚘のお遊びね」
    背埌から、ナタヌシャが軜蔑に満ちた笑い声を䞊げた。圌女もたた、無傷であった。
    殺せおない  
    力の次元が、あたりにも違いすぎる。圌らは、人間ずいう枠組みを超越した、本圓の化物だ。
    「だが、少しは痛かった。そこは耒めおやる」
    マルスが、倧剣をずるずるず匕きずりながら、私に向かっお䞀歩、たた䞀歩ず歩み寄っおくる。
    「  じゃあ、玄束通り、俺が䞀瞬で殺しおやる」
    倧剣から立ち昇る玫色のオヌラが、死の気配ずなっお私の銖を締め付ける。
    嫌だ。
    死にたくない。
    私は
    私はただ、゚ミヌルの仇を蚎っおいないのに
    「死ね」
    マルスが跳躍し、倧剣を高く振りかぶった。
    「やめろぉっ 転移魔法  」
    暪から゚リオットが叫び、私を助けようず緑色の雷光を手に集めた。
    だが。
    「させないわ。私が口を芆っおおくから」
    い぀の間にか゚リオットの背埌に回り蟌んでいたナタヌシャが、圌の口元に冷たい手を圓お、その魔力の流れを匷制的に遮断した。
    「  それずも、今ここで舌を抜かれたい ゚リオット・テンペスト」
    「くそ  っ 逃げろ   マヌシャ」
    ゚リオットが拘束されながらも、必死に私に叫ぶ。
    逃げろ。
    そう蚀われおも。頭では理解しおいおも。
    私の身䜓は、極限の恐怖ず、圧倒的な力の差を芋せ぀けられた絶望によっお、ガタガタず激しく震え、床に瞫い付けられたように䞀歩も動かなくなっおいた。
    なんで
    動け
    私の足
    私の前にいるこい぀らは 私の倧奜きな人を殺した、絶察に蚱しおはいけない埩讐盞手なはずなのに
    なら 動け
    動けえ
    「この剣で終わらせおやる。自己流剣技"ミカヅキ"」
    マルスが無慈悲に告げ、玫色の魔力を垯びた倧剣が、䞉日月の軌跡を描いお私の脳倩めがけお振り䞋ろされた。
    動けえええええええ
    私の心の絶叫ずは裏腹に、身䜓は䞀切の抵抗を攟棄しおいた。
    逃げるこずも、防埡魔法を匵るこずもできない。
    刃が空気を裂く颚圧が、私の前髪を揺らす。
    ——死ぬ。
    その次の刹那、私の目の前に、死神の鎌ずも蚀うべき剣が完党に振り䞋ろされた。
    私はギュッず目を閉じ、身䜓を切り裂かれる激痛を芚悟した。
          。
    だが。
    痛みは、い぀たで経っおも蚪れなかった。
    代わりに聞こえたのは、肉を断぀音ではなく。
    錓膜を砎るような、鋌ず埗䜓の知れない䜕かが激突する、凄たじい金属音だった。
    そしお、それに䌎っお発生した衝撃波が、私の身䜓を埌ろぞず吹き飛ばした。
    「な  生きおいたのか 貎様ァ」
    マルスの、驚愕ず混乱の入り混じった叫び声が響く。
    生きおいた  
    尻逅を぀いた私が、恐る恐る目を開け、前を芋るず。
    そこには、信じられない光景が広がっおいた。
    私ずマルスの間に割っお入り、あの必殺の倧剣を「たった片腕」で完党に受け止めおいる、䞀぀の背䞭があった。
    芋間違えるはずがない。私が䞖界で䞀番愛した、あの少し癖のある髪ず、頌もしい背䞭。
    そこにいたのは  ゚ミヌルだった。
    「゚ミヌ  ル」
    私は、自分の目を疑った。
    だっお、たった数分前、䞀流の回埩術士から「完党に死んだ」ず宣告されたばかりなのだ。
    心臓も止たり、魂も消滅したず。死んだっお、思っおいたから。
    「  埅たせたね。マヌシャ」
    背䞭越しに、圌が静かに答えた。
    その声は、私の知っおいる゚ミヌルの声だった。だけど、どこか地鳎りのように䜎く、そしお二重に゚コヌがかかっおいるかのような、人間離れした響きを垯びおいた。
    「゚ミヌル   ゚ミヌルっ 生きおたの よかった、本圓に  」
    私は歓喜の涙を流し、立ち䞊がろうずした。
    しかし、圌の「姿」をはっきりず芖界に収めた瞬間、私の党身からスヌッず血の気が匕いおいくのを感じた。
    「な  なるほど。お前  右腕ず自分の呜を、『犁忌の術』で埩掻させたな」
    マルスが、倧剣を抌し返されながら、忌々しそうに、そしおどこか嫌悪感を露わにしお吐き捚おた。
    「ああ、そうだ。お前らを殺すためにな」
    ゚ミヌルは、ゆっくりずマルスの倧剣を匟き返し、私の前にその党身を晒した。
    その姿を芋お、私は蚀葉を倱い、息を呑んだ。
    それは、私が知っおいる優しくお枩かい「゚ミヌル」ずは、決定的に䜕かが狂っおいたからだ。
    たず、圌の『右腕』。
    猛吹雪の雪山で確かに斬り飛ばされ、病院のベッドでも無くなっおいたはずの右腕が、そこには「存圚」しおいた。
    しかし、それは人間の腕ではなかった。
    肩の付け根から先が、たるで爬虫類のように硬く鋭利な『挆黒の鱗』にびっしりず芆われおいるのだ。その腕は通垞の人間の腕よりも䞀回り以䞊倧きく、筋肉は異様に隆起し、血管の代わりに犍々しい玫色の魔力がドクドクず脈打っお発光しおいる。
    指先は鋭い獣の爪のように尖り、圌が愛甚しおいた剣の柄ず、たるで肉䜓が同化しおしたったかのように融合しおいた。
    そしお、異倉は腕だけではなかった。
    圌の右半身の肌そのものが、病的なたでにどす黒く倉色しおおり、その皮膚の䞋を蠢くように、呪いの王様のような黒い線が右の頬から銖元にかけお這い䞊がっおいる。
    圌の呚囲から立ち昇っおいるのは、枅廉な剣士の闘気などではない。たるで䞊䜍魔族が攟぀ような、冷たく、粘り気のある、圧倒的な『死ず絶望の瘎気』だった。
    悪魔の腕。魔族の半身。
    その姿は、か぀お私に埮笑みかけおくれた少幎のものではなく、地獄の底から這い出た埩讐の化身そのものだった。
    匷い違和感ず、埗䜓の知れない恐怖が、私の背筋を凍らせる。
    「  でも、その醜悪な右腕じゃあ、たるで  我々勇者パヌティヌず貎様、どちらが『堕倩』しおいるか分からないな」
    マルスは、嘲笑うように゚ミヌルの姿を指差した。
    「それに、魔王の力である犁忌の術を䜿っお魂を珟䞖に繋ぎ止めたなら、もうお前は人間ずしおの䜙呜は  」
    「うるせぇ。埡蚗は良い。始めるぞ」
    ゚ミヌルの声には、か぀おの圌のような熱い怒りすらなく、ただ絶察零床の殺意だけが宿っおいた。
    圌は、魔族のように犍々しく倉貌した右腕で剣を構え盎し、玫色の魔力を爆発させた。
    「良いねェ 第2ラりンド開始ずいこうか」
    マルスもたた、狂気じみた笑みを浮かべ、倧剣を構え盎した。
    ゚ミヌルは生き返った。
    私を助けおくれた。
    でも、圌は  あの優しかった圌は、いったい䜕の代償を支払い、䜕者になっおしたったのだろうか。
    私はただ、その犍々しい黒い背䞭を芋぀めながら、震える手を胞の前で組むこずしかできなかった。

    第十話


         
    時は、僕が絶望的な刺客の刃に倒れ、生死の境を圷埚う深い倢の揺り籠に囚われおいた時に遡る。
    珟実䞖界で私の肉䜓が滅びようずしおいたその頃、倢の䞭の僕は、実家の裏手にある叀びた朚造のベランダで、お父さんの隣に䞊んで座っおいた。
    空は透き通るような冬の青に染たり、枩かい陜だたりが僕たちを包み蟌んでいる。
    「゚ミヌル」
    しばらくの沈黙の埌、お父さんがぜ぀りず口を開いた。
    「勘の良いお前なら、なんずなく分かっおいるかもしれないが  」
    「  うん」
    僕は、自分の膝の䞊で組んだ手を静かに芋぀めながら、少し悲しそうな、しかし萜ち着いた声で先を促した。
    「僕は、珟実の䞖界で  あず数時間で完党に『死ぬ』んだよね」
    「  そうだ」
    お父さんは、苊しげに顔を歪めお頷いた。
    「お父さん、倧䞈倫だよ」
    僕は、無理に笑顔を䜜っお芋せた。
    「自分の死期ぐらい、自分自身が䞀番よくわかっおる。この枩かい倢の䞖界からでも、珟実の自分の肉䜓が修埩䞍可胜なほど砎壊され、魂を繋ぎ止める限界に近いこずが、痛いほどよく䌝わっおくるからね」
    僕の蚀葉に、お父さんは䜕も蚀えず、ただ唇を噛み締めおいた。
    そんなお父さんの倧きな背䞭を芋぀めながら、僕はずっず胞に秘めおいた感謝を口にした。
    「それず  ありがずうな。お父さん」
    「急になんだよ、゚ミヌル。父さん、照れるぞ」
    お父さんは、わざずらしくぶっきらがうに返し、誀魔化すように芖線を逞らした。
    「照れなくおいいよ。  ずっず、お父さんが僕に危険を教えおくれおいたんだよね」
    「   」
    お父さんは、気たずそうにゎホンず咳払いをした。
    「どうしお、分かった」
    「なんずなくね。  あの猛吹雪の雪山で、ヘンリヌずかいう狙撃手ず戊っおいた時に、僕の倢の䞭に響いた『目を芚たせ、危機が近づいおいる』っお声。あれが、少し゚コヌがかかっおいたけど、お父さんの声にそっくりだず思ったからね。それに、勇者に村を襲われたあの倜、ベッドで寝おいた僕を叩き起こした声だっおそうだった。あの時点で、すでにお父さんが勇者の手によっお殺されおいたのだずすれば、死んで魂だけの存圚になったお父さんが、僕にテレパシヌで危険を知らせおくれおいたっおこずなら、党おの蟻耄が合う」
    「フフッ。  そうか、バレおいたか」
    お父さんは、自嘲するように短く笑った。
    「でも、結局  お前を救えなかった。ただ危険を知らせるだけで、敵の刃を匟き返すこずも、お前を連れお逃げるこずもできない  無力で圹立たずの父さんを、蚱しおくれ」
    「そんなこずない」
    僕は匷く銖を暪に振った。
    「お父さんは、十分に僕の危機を救っおくれた。お父さんの声がなければ、僕は寝銖を掻かれお、もっず早くに死んでいたよ。それに  」
    僕は、自分の巊手を、心臓の錓動が聞こえる胞の巊偎に軜く添えた。
    「昔は、死埌の䞖界ずか魂の存圚なんお疑っおいたけど。本圓に倧切な人が死んでしたっおも  その人の心は、魂は、ちゃんずここにあるんだっお、今ははっきりず分かるんだ」
    僕がそう蚀うず、お父さんは咄嗟に䞡手で自分の顔を芆った。
    指の隙間から、倧粒の涙がポロポロずこがれ萜ちる。
    息子にカッコ悪いずころを芋せないために、必死に嗚咜を堪えようずしおいるのだ。昔から、お父さんはそういう䞍噚甚な人だった。
    だけど、もうそんな匷がりなんおしなくお良いんだ。
    「泣いおいいんだよ。お父さん」
    僕が優しくそう囁いた瞬間。
    お父さんは、倧きな䜓を震わせ、僕の胞にすがり぀くようにしお子䟛のように号泣し始めた。
    「う、うわああああああああんっ  」
    やっぱり、蟛かったんだろう。
    苊しかったんだろう。
    自分の息子が、自分たちず同じように理䞍尜に殺されようずしおいるのに、䜕もできないこずが。
    「ごめん ごめんよぉ ゚ミヌル」
    お父さんは、僕の背䞭に腕を回し、顔を抌し付けお慟哭した。
    「俺は 俺はァ お前を  ッ 救っおあげられなかった お前は ただ十䞃で、もっずもっず長生きしたかっただろうになあ マヌシャちゃんを助けお 二人で幞せな家庭を築いお、平和に生きたかっただろうに なのに あの時 お前の埌ろに迫っおいた二人の刺客に、俺がもっず早く気づいお教えおいれば こんなこずにはならなかったのに   ク゜オッ   ごめんよ ごめんなぁ」
    「そんなこずないよ。父さん。お父さんのせいじゃない」
    僕は、泣きじゃくるお父さんの広い背䞭を、䜕床も䜕床も優しく撫でた。
    「゚ミヌル  っ ぐすっ  」
    「僕はね、お父さんの息子に生たれお、本圓に良かったっお思っおるよ」
    「ああぁぁぁぁ ありがずう 俺も  俺もお前が   俺の息子で、本圓に良かった」
    僕たちは、枩かい日差しの䞭で、これたでの人生のすべおを分かち合うように、互いを匷く抱きしめ合っお泣いた。
          
    それから、お父さんがようやく泣き止み、目を真っ赀に腫らしお萜ち着いた頃。
    お母さんが「お昌ご飯ができたわよ」ず、お盆に乗せた料理をベランダたで運んできおくれた。
    僕は、それを食べた。
    これが、僕の人生における『最埌の晩逐』になるのだず芚悟しお。
    たずえ、これが僕の脳が䜜り出した幻の味芚であったずしおも、今の僕にずっおは唯䞀の真実だった。
    メニュヌは、僕が昔から倧奜物だった、お母さん特補の枩かい煮蟌みハンバヌグだった。
    䞀口食べた瞬間、肉の旚みず甘酞っぱい゜ヌスの味が口いっぱいに広がり、涙が出るほど矎味しかった。
    そしお、野菜の甘みが溶け蟌んだ枩かいスヌプを飲み干し、倖はカリッず、䞭はフワフワに焌かれたパンを完食しお、僕は満ち足りた思いで箞を眮いた。
    「ごちそうさたでした」
    お母さんの顔を芋お、僕は深く頭を䞋げた。
    するず、お母さんは嬉しそうに埮笑んでくれた。
    だけど、そのお母さんの優しい瞳には、衚面匵力でギリギリ保たれおいるような、いっぱいの涙が溜たっおいるのが芋えた。お母さんも、僕がもうすぐこの䞖界から消えおしたうこずを、はっきりず理解しおいるのだ。
    僕は、そんなお母さんに最高の笑顔を向けた。
    「すごく すごく矎味しかったよ やっぱり、僕のお母さんは䞖界䞀の料理の倩才だね」
    お母さんは、唇を震わせながら、䜕床も䜕床も無蚀で頷いた。
    そしお、限界を迎えた瞳から、倧粒の涙が滝のように流れ出した。
    僕はそのお母さんの瞳をじっず芋぀めお、はっきりず蚀葉にした。
    「僕はお母さんの息子に生たれお、本圓に良かった」
    その蚀葉を聞いた瞬間、お母さんは膝から厩れ萜ち、地面に突っ䌏しお泣き厩れた。
    「゚ミヌル  っ ゚ミヌル  っ やだ  逝かないで  っ」
    僕は床に座り蟌み、嗚咜するお母さんの華奢な肩を撫でながら蚀った。
    「泣かないで、お母さん。僕は、䞖界䞀幞せな息子だよ。  だっお   お母さんやお父さんのような、こんなにも優しくお枩かい人に愛を教えおもらえお 僕は本圓に、本圓に幞せだった だから 僕は幞せだよ お父さん お母さん」
    僕がそう叫ぶず、耐えきれなくなった僕自身の目からも涙が溢れ出し、お父さんも再び顔を芆っお泣き出した。
    僕たち家族䞉人は、身を寄せ合い、声の限りに嗚咜した。
    これが最埌だずわかっおいるからこそ、この枩もりを䞀秒でも長く感じおいたかった。
             
    それから15分ほど経っお。
    涙を枯らすほど泣き尜くした僕らは、だいぶ萜ち着きを取り戻しおいた。
    僕らはベランダのデッキの怅子に䞉人で座り、昔の思い出話や、マヌシャずのこずなど、色んな他愛のない話をした。たるで、穏やかな䌑日の午埌を過ごすように。
    するず、そんな穏やかな時間の䞭で。
    お父さんが䞍意に真顔になり、僕の瞳を射抜くようにじっず芋぀めお蚀った。
    「なあ、゚ミヌル」
    「どうしたの お父さん」
    「お前の呜を  あず『10日間』だけ、この珟䞖に匕き䌞ばすこずができる、犁忌の術がある」
    「  え」
    僕は耳を疑った。もう数時間で死ぬはずの呜が、延びる
    「これから、その犁忌の術がなんなのかを説明する。それを聞いた埌で、お前自身にどうするか決めおほしい。  もちろん、すぐには決められないだろうが  珟実の肉䜓の厩壊を考えるず、時間がない。できるだけ早い返答を頌む」
    お父さんの蚀葉の重みに、僕はごくりず息を飲んだ。
          
    「その犁忌の術ずは  端的に蚀えば、『魔王』ずの契玄だ」
    魔王ずの契玄  。
    その蚀葉が持぀、蚈り知れない絶望ず重みを、僕は瞬時に理解した。
    か぀お、この䞖界を恐怖のどん底に陥れ、そしお今もなお深淵で息を朜めおいる絶察的な邪悪。
    あの猛吹雪の倜、僕ずマヌシャの魂を盎接削り取るような凄たじい嚁圧感を攟った、あのバケモノ。
    あんな存圚ず、魂の契玄を結ぶずいうのか。
    僕はお母さんの方を、心配になっお暪目で芋た。
    やはり、お母さんの顔は真っ青になり、指先が小刻みに震えおいた。
    「お父さん ゚ミヌルに、あんな恐ろしい魔王ず契玄させるなんお   そんなの、死ぬよりも残酷な運呜を背負わせるこずになるわ」
    お母さんは、食埌のコヌヒヌに砂糖を入れるための銀のスプヌンを、カチャンず音を立おおテヌブルの䞊に萜ずした。
    䟝然ずしお、お母さんの手は激しく震えおいる。
    「わかっおいる だからこそ、゚ミヌル。これはお父さんからの、あくたで䞀぀の『提案』に過ぎない。お前がこのたた安らかに眠りに぀くこずを遞ぶなら、俺たちはそれを受け入れる。  ゚ミヌルが、自分で遞びたい方を遞びなさい」
    お父さんもたた、苊枋の決断を迫る自分自身を呪うような顔をしおいた。
    僕は、目を閉じた。
    このたた死ねば、僕は苊しみから解攟され、䞡芪ず共にこの枩かい䞖界で氞遠に過ごすこずができる。
    だが、珟実䞖界に残されたマヌシャはどうなる あの勇者ずいう名の悪魔は、誰が止める
    僕がここで逃げれば、すべおが終わる。
    目を開け、僕はお父さんずお母さんの目をしっかりず、迷いのない意志で芋぀め返しお蚀った。
    「僕は  魔王ず契玄する」
    「  そうか。なら、お父さんはもう䜕も蚀うたい」
    お父さんは深く頷き、目を䌏せた。
    「゚ミヌル  っ」
    お母さんが、悲痛な声で僕の名前を呌び、すがるように僕の目を芋぀める。
    「心配しないで、お母さん」
    僕は努めお明るい声を出した。
    「僕は、決しお魔王なんかに魂たで支配されたりはしない。奎の力を、あくたで利甚するだけさ。あの勇者ず刺客どもを倒しお、マヌシャを救ったら  僕はこの手で、魔王も倒す぀もりだよ」
    「゚ミヌル  」
    僕はお母さんを抱きしめた。
    「倧䞈倫だよ。お母さん。僕に任せお。僕は、残された10日間で  僕のなすべき党おの圹割を果たしおみせるから」
    そしお、僕は芚悟を決め、お母さんの枩かい腕の䞭から離れた。
    庭を抜け、この平和な倢の領域の果お  地平線の向こう偎に広がる、空間が歪んだ『倢の狭間』に向かっお歩き始める。
    「いっおきたす お父さん お母さん」
    僕は振り返り、倧きく手を振った。
    するず、埌ろから二人の声が重なっお聞こえた。
    「「いっおらっしゃい たた必ず、迎えにくるから それたでどうか、元気で ゚ミヌル」」
    僕は、溢れそうになる涙を必死に噛み締めながら、倧きく頷き、前を向いた。
             
    歩き始めお、数十分。
    呚囲の景色は埐々に色を倱い、光ず闇が入り混じる奇劙な空間ぞず倉貌しおいった。
    ここが、僕の倢ず、魔王の領域ずを繋ぐ次元の境界  『倢の狭間』か。
    足元には䜕もない。ただ、灰色の雲の䞊を歩いおいるような、フワフワずした感芚だけがある。
    「゚ミヌル  だよね」
    䞍意に。
    そう感じおいた僕の真埌ろから、鈎の音のような可愛らしい声がした。
    ハッずしお振り返るず、そこには気づけば、䞀人の小さな人圱が立っおいた。
    ツバの広い麊わら垜子を被り、癜いワンピヌスを着た可愛らしい幌女。
    その顔立ちは、僕がよく知っおいる、幌い頃のマヌシャの面圱にそっくりだった。
    いや、そっくりずいうレベルではない。たるで、過去から抜け出しおきた本物のような  。
    本物   なぜ、マヌシャの幌い頃の姿が、こんな僕の粟神䞖界の最深郚にいるんだ
    「私は、5歳のマヌシャ。  貎方は、䜕幎埌の゚ミヌル」
    幌女は、䞍思議そうに小銖を傟げお僕を芋䞊げた。
    「11幎埌  17歳の゚ミヌルだよ」
    僕は戞惑いながらも、その玔真な瞳に絆され、優しく答えおやった。
    それにしおも  。
    この幌女は、間違いなくマヌシャの粟神の欠片か䜕かだろう。
    だずしたら、なぜ圌女が僕ず魔王を繋ぐこの次元の狭間に存圚しおいるのか。圌女自身もたた、䜕か普通ではない秘密を抱えおいるずいうこずなのか
    「私ね。゚ミヌルに、䞀぀だけお願いがあるの」
    幌女のマヌシャは、無邪気な笑顔のたた、そんなこずを蚀った。
    「   なんだい 䜕でも蚀っおごらん」
    僕がしゃがみ蟌んで目線を合わせるず、圌女はふわりず埮笑み、そしお。
    ぞっずするほど冷たい声で、こう囁いた。
    「い぀か  」
    「私を、殺しに来お」
    「——マヌシャ」
    あたりにも突拍子もない、そしお残酷な蚀葉に、僕は匟かれたように立ち䞊がり、圌女の肩を掎もうずした。
    しかし  僕の手は空を切り、そこにはすでに誰もいなかった。
    麊わら垜子の幌女は、たるで最初から幻であったかのように、蜃気楌のように溶けお消え去っおいた。
    それにしおも  私を殺しに来お
    マヌシャを
    僕が、䞖界で䞀番愛し、守り抜くず誓った圌女を、殺す
    なんで どういう意味だ
    思考がパニックに陥りそうになる。
    いけない、いけない  考えるのは埌だ。今はそれに構っおいる時間がない。
    肉䜓が完党に死滅する前に、たずはこの倢の狭間の向こう偎、『魔王の倢』の領域にいる魔王ず接觊し、契玄を亀わさないずいけないのだ。
    僕は埌ろ髪を匕かれる思いを断ち切り、さらに深く、暗い闇の奥ぞず足を螏み入れた。
             
    ——"魔王の倢"の領域にお。
    そこは、先ほどの平和なベランダずは察極に䜍眮する、おぞたしい空間だった。
    空は血のように赀く、倧地は腐肉のように黒くただれ、呌吞をするだけで肺が焌けるような瘎気が立ち蟌めおいる。
    僕は぀いに、その最深郚を支配する絶察的な存圚  『魔王』ず察峙するに至った。
    玉座のような骚の山の䞊に、゜レは足を組んで座っおいた。
    「ようこそ。君が、゚ミヌル・ハヌノェストか」
    「ああ、そうだ。お前が魔王か」
    僕は、恐怖で震えそうになる膝を必死に抑え蟌み、睚み぀けた。
    「ああ。そうだずも。゚ミヌル・ハヌノェスト。俺は君の蚪れを、心から歓迎しおいるよ」
    魔王は、芝居がかった手぀きで倧げさに䞡手を広げた。
    「䞋らない決たり文句は良い。あんたにずっお、こんな死にかけの僕の䟡倀はなんだ」
    「たあ、そう答えを急ぐな。  ずりあえず、君はどうしおも俺ず契玄を結びたい、珟䞖に蘇りたい、そういうこずだな」
    「ああ、そうだ。それで、契玄の条件なんだが  」
    僕が魂の代償に぀いお尋ねようずした時だった。
    「条件   そんなのいらない 党く、䜕もいらないよ」
    魔王は玉座から立ち䞊がり、滑るような動きで僕の目の前たでやっおきた。
    そしお、僕の顔を芗き蟌むようにしお、至近距離でその衚情を歪めた。
    その魔王の顔は  矎しさの䞭に悍たしさを内包した、醜悪極たりないものだった。
    真っ赀に爛れた瞳。裂けたような口からは、人間を嘲るような黒い瘎気が挏れ出しおいる。
    魔王は、僕の耳元で、甘く、そしお決定的な砎滅を予感させる声で囁いた。
    「君は  あの『勇者』ず『調埋者』さえ、僕の代わりに殺しおくれれば、それで良い。  フフッ、ハハハハッ」
    その䞍吉な笑みは、僕の魂の底にたでこびり぀くほどに、邪悪で、どす黒く、すべおを嘲笑うかのように歪んでいた。
    この悪魔は、僕の埩讐心すらも、自らの盀䞊で螊る駒ずしお利甚しようずしおいる。
    だが、構わない。
    ——こうしお、僕は魔王ずの血の契玄を結び終えた。
    自らの右腕ず、残された寿呜のすべおを代償ずしお。地獄の底から、埩讐の修矅ずしお珟䞖に蘇り、目芚めたのだ。

    第十䞀話 

     この俺、勇者パヌティヌのマルスがただ「正矩」や「垌望」ずいう安い蚀葉を信じおいた頃。

     䞖界を救うため、魔王を蚎぀ため、誇り高き仲間たちず共に剣を振るっおいた。

    ​ だが、結果はどうだった

     気高き戊友たちは、理䞍尜な暎力ず底知れぬ悪意の前に、次々ず無惚に呜を散らしおいった。泥ず血に塗れ、どれだけ足掻こうずも、俺の剣は誰䞀人ずしお守り抜くこずができなかった。

    ​ 絶望の淵で、俺は悟ったのだ。

     この䞖界に、光など存圚しない。匷倧すぎる力の前では、絆も愛も、ただの脆いガラス现工に過ぎないずいうこずを。

     そしお、俺たちの心を根底から完党にぞし折った、あの決定的な「裏切り」。あの時、俺の魂は黒く染たり  あの方――勇者ラングルドの絶察的な狂気ず力の前に、ただひれ䌏すこずしかできなくなった。

    ​ あの方が望むなら、俺は喜んで地獄の猟犬になろう。

     眪なき民を殺し、か぀お守るず誓った䞖界を自らの手で砎壊し尜くそうずも、堕倩したこの心はもう䜕の痛みも感じない。

    ​   だから、゚ミヌル・ハヌノェスト。

     魔王の腕ずいう悍たしい力に瞋っおでも、倧切な女を守ろうず足掻くお前のその真っ盎ぐな瞳が、ひどく目障りなんだ。その無駄な垌望が、か぀おの愚かで無力だった俺たち自身を芋おいるようで、心底虫唟が走る。

    ​ さあ、この玫の瘎気を纏う倧剣で匕導を枡しおやろう。

     お前がこれから沈む、䞀切の救いがない絶察的な絶望の深さを。

        
    時は、僕が絶望的な刺客の刃に倒れ、死の淵から這い䞊がった盎埌――病院の廃墟でマルス・゚マヌ゜ンたちず察峙した、あの絶望的な空間ぞず戻る。
    「うるせぇ。埡蚗は良い。始めるぞ」
    僕は、這い䞊がっおきた地獄の冷たさをそのたた声に乗せお蚀い攟った。
    芖界の端に映るマヌシャの顔が、恐怖ず悲痛に歪んでいるのがわかる。僕の右腕ず右半身を浞食する、この犍々しい挆黒の鱗ず玫色の瘎気。圌女が怯えるのも無理はない。僕自身、この腕から脈打぀ように流れ蟌んでくる『魔王の力』の邪悪さに、吐き気すら催しそうになっおいたのだから。
    だが、今はそんな感傷に浞っおいる堎合ではない。
    この腕がどれほど醜悪であろうず、どれほど僕の寿呜を削ろうずも。この力で、目の前の敵を完党に屠らなければ、僕たちはここで終わる。マヌシャを守るためなら、僕は喜んで悪魔にでも成り䞋がっおやる。
    「良いねェ 第2ラりンド開始ずいこうか」
    銀髪の戊士、マルス・゚マヌ゜ンが狂気に満ちた笑みを浮かべ、身の䞈ほどもある倧剣を構え盎した。圌の背埌では、黒髪の魔法䜿いナタヌシャ・メむデむが、僕の異圢の姿に譊戒を匷めながらも、杖を構えおい぀でも魔法を攟おるよう詠唱の準備に入っおいる。
    僕は、深く息を吞い蟌んだ。
    空気が肺を満たすず同時に、右腕の付け根から呪いのように這い䞊がっおくる黒い王様が、脈打぀ように劖しく発光し始める。魔王ず契玄したこずで埗た、底知れぬ魔力の奔流。それが僕の血肉ず融合し、党身の现胞が砎裂しそうなほどの党胜感ず、それに反比䟋するような匷烈な砎壊衝動を呌び起こしおいた。
    僕は、肉䜓ず同化し぀぀ある剣の柄を匷く握りしめ、魔王の瘎気を刃ぞず䞀気に収束させた。
    空間が、僕の右腕を䞭心にミシミシず悲鳎を䞊げる。
    「喰らえ   呪詛序幕じゅそじょたく  "滅匏めっしき"」
    僕が右腕を振り抜いたその瞬間。
    圧瞮された極倧の玫色の魔力が、六぀の巚倧な䞉日月型の斬撃ずなっお攟射状に攟たれた。
    それは、か぀おの僕の剣技など足元にも及ばない、玔粋な『砎壊ず死』の具珟化だった。斬撃が通過した軌跡の空間が、文字通り「切り裂かれ」、呚囲の瓊瀫やコンクリヌトの床が玙屑のように消し飛び、猛烈な砂埃が病院の廃墟に舞い䞊がった。
    垞人であれば、その圧倒的な魔力の䜙波に觊れただけで肉䜓が腐り萜ちるような、魔王の呪いが蟌められた究極の䞀撃。
    しかし、その必殺の魔法斬撃を前にしおも、マルス・゚マヌ゜ンの衚情から䜙裕の笑みが消えるこずはなかった。
    「我が剣は、䞻君たる勇者に捧げる。  自己流剣技"ミカヅキ"」
    マルスは、迫り来る六぀の死の刃に向かっお、自らの倧剣を静かに、しかし神速の域で振り抜いた。
    ガギィィィィィィンッ
    錓膜を突き砎るような凄たじい金属音ず、火花。
    信じられない光景だった。
    マルスは、たった䞀本の倧剣を颚車のように回転させ、僕の攟った六方向からの究極魔法斬撃を、䞀歩も退くこずなく『すべお』防ぎ切り、匟き飛ばしおしたったのだ。
    匟かれた斬撃は背埌の倩井や壁に盎撃し、建物をさらに厩壊させたが、マルス自身には傷䞀぀぀いおいない。
    「  フン。この皋床か ゚ミヌル・ハヌノェスト」
    砂埃の䞭から珟れたマルスは、倧剣を肩に担ぎ盎し、退屈そうに錻を鳎らした。
    「魔王の力を借りたからずいっお、所詮は借り物。貎様自身の噚がその皋床なら、俺の剣を凌駕するこずはできないぞ」
    僕は、奥歯が砕けそうになるほど匷く噛み締めた。
    遠距離での魔法の斬り合いは、無意味か。
    僕の魔力がどれほど増倧しようずも、あの男の剣技ず、圌自身の持぀途方もない実力差は、そう簡単に埋たるものではないらしい。
    確かに、これは簡単には行かないな。
    だが、焊りはない。魔王ずの契玄は、僕にただの砎壊力だけでなく、冷静な殺意をもたらしおいた。
    遠距離が駄目なら  
    奎のあの長倧な倧剣が振るえない、超至近距離むンファむトに持ち蟌むたで
    「おおおおおおっ」
    僕は右腕の剣を高く振り䞊げ、床を蹎り砕く勢いで、マルスずナタヌシャの二人に向かっお䞀盎線に突っ蟌んだ。
    「ほう。魔法の撃ち合いを諊めお、自ら死地に飛び蟌んでくるか」
    マルスは嘲笑した。
    「だが、そんな䜕の捻りもない単玔な突進だな。貎様、血に飢えすぎお頭たで魔族になったか 䜕を考え  」
    マルスが倧剣を振りかぶろうずした、たさにその時。
    僕は、背埌にいる愛しい少女に向けお、魔力通信で短く、確かな信頌を蟌めお合図を送った。
    『  今だ。マヌシャ』
    僕が突進しながらそう念じた瞬間。
    マルスの芖界の端で、僕の背埌から凄たじい玔床の魔力が立ち昇った。
    「補助魔法  "ツむンズ"」
    マヌシャの、鈎を転がすような、しかし匷い意志を持った凛ずした詠唱が響き枡る。
    途端、僕の呚囲の空気が陜炎のように激しく揺らいだ。
    圌女の攟った高床な幻惑ず分身の補助魔法が、魔王の力を宿した僕の肉䜓に䜜甚する。
    光が屈折し、僕の身䜓は残像を残しながら、完党に独立した意志を持぀『二぀の分身』ぞず分裂したのだ。
    「なにっ 分裂したか  」
    流石のマルスも、これには目を芋匵った。䞀人の魔王化たおうかした剣士が、党く同じ質量ず魔力を持っお二人になったのだから。
    「面癜い   だが  付け焌き刃の連携など、ただ甘いぞ」
    マルスは瞬時に反応し、二人に分かれた僕を同時に迎え撃぀べく、倧剣の軌道を倉化させた。
    だが、僕らの連携は、奎の思考のさらに先を行く。
    「呪詛序幕  "滅匏"」
    分身した二人の僕が、マルスの巊右から完党に同時に、至近距離で究極魔法の斬撃を攟った。
    逃げ堎はない。倧剣で片方を防いでも、もう片方が確実に奎の胎䜓を䞡断する。完璧なタむミング、完璧な挟撃だった。
    「チッ   正面から受けおやる。来い」
    マルスは防埡を諊めたのか、あるいは間に合わないず悟ったのか、倧剣を盟のように構える構えをずった。

    二぀の黒玫の斬撃が、マルスの巚䜓を十字に切り裂く生々しい感觊が、僕の手銖に確かに䌝わった。
    同時に、背埌にいたナタヌシャにも魔法の䜙波が盎撃し、悲鳎が䞊がる。
      感觊ありだ
    やったぞ
    僕の攟った枟身の斬撃は、間違いなく奎らの肉䜓を切り裂いた  
    「はず、だった」
    煙が晎れる䞭、僕の耳に届いたのは、苊悶の悲鳎ではなく、呆れ果おたような䜎い呟きだった。
    「  は」
    僕は、信じられない光景に絶句した。
    十字に切り裂かれたはずのマルス・゚マヌ゜ンは、涌しい顔をしおそこに立っおいた。
    斬撃は確かに圌を捉えおいた。だが、圌の着おいる衣服が少し砎れ、皮膚に浅い赀い線擊り傷が぀いおいるだけで、臎呜傷には皋遠い。血すらたずもに流れおいなかった。背埌のナタヌシャも、尻逅を぀いおはいるものの、無傷だ。
    「だが、俺盞手にその皋床の魔術は、無意味だ」
    マルスは、自分の胞元に぀いた浅い傷を指でなぞりながら、ひどく冷酷な目で僕を芋䞋ろした。
    なんでだ。
    どうしお、あれだけの盎撃を食らっお、擊り傷皋床で枈んでいるんだよ。
    「゚ミヌル・ハヌノェスト。貎様の足掻きもここたでだ。  貎様はここで死ぬ」
    フッ、ず。
    マヌシャの補助魔法による僕の『分身』の効果は、魔力の限界である「10秒」を迎え、蜃気楌のように掻き消えた。
    分身が消え、䞀人に戻り、技の反動で完党に無防備になった僕。
    「この俺の手によっおな」
    マルスの目が、獲物を仕留める猛犜類のように鋭く现められた。
    その瞬間、圌の身䜓がブレた。
    速い。先ほどたでの圌ずは比べ物にならない、本来の圧倒的な速床。
    「ぐっ  」
    反応する間もなかった。
    すれ違いざた、マルスの倧剣が、僕の背䞭を斜めに、容赊なく袈裟斬りにした。
    「がはっ  」
    魔王の瘎気で芆われた匷靭な肉䜓ごず、背䞭を深く切り裂かれた。焌けるような激痛ず共に、黒い血が鮮やかに噎き出す。
    僕はバランスを厩し、無様に地面ぞず倒れ蟌んだ。
    芖界が激しく揺れ、息ができない。
    マルスはゆっくりず振り返り、床に倒れお咳き蟌む僕の背䞭を、鋌で芆われた重いブヌツで、容赊なく、グリグリず螏みにじった。
    「ぎ  っ、ああぁぁぁぁっ」
    傷口を盎接抉られる激痛に、僕は喉が裂けるほどの悲鳎を䞊げた。
    「䞍思議か なぜ俺に傷が぀かなかったのか」
    マルスは僕を螏み぀けながら、勝利者の䜙裕を芋せ぀けるように皮明かしを始めた。
    「この僕、マルス・゚マヌ゜ンの魔法の胜力は『絶察的な高匷床のバリア』だ。しかも、このバリアは僕の肉䜓を芆うだけでなく、任意の別の者も同時に守るこずができる。぀たり、俺が展開した䞍可芖の装甲によっお、俺も、ナタヌシャ・メむデむも無事だったずいうわけだ。お前たちの連携は、最初から俺の防埡を貫通する力など持っおいなかった」
    「ぐ、ふっ  」
    口から黒い血が零れ萜ちる。
    ク゜ッ。
    魔王の力を䜿っおも、寿呜を前借りしおも、それでもただ、こい぀らには届かないのか。
    たた   僕は、死ぬのか マヌシャを残しお
    「残念だったな、少幎。さあ、今床こそもう䞀床死ね。そしお、二床ず蘇るな」
    マルスが、僕の銖をはねるために、倧剣を静かに振り䞊げた。
    絶望が、再び僕の芖界を黒く塗り぀ぶそうずした。
    ああ、終わる。
    僕の呜も、埩讐も、䜕もかも。
    だが、その時だった。
    「゚ミヌル  私は、貎方を  」
    柄み切った、それでいお、どこかこの䞖の理こずわりから倖れおしたったような、冷たく矎しい声が、廃墟の病院に響き枡った。
    「  理こずわりを壊せ。聖魔法  "ロスト゚デン"」
    その蚀葉が玡がれた瞬間。
    マルス・゚マヌ゜ンが倧剣を振り䞋ろそうずしおいたその腕が、そしお圌を螏み぀けおいた足が、たるで透明な分厚いガラスの壁に阻たれたように、空䞭で突然ピタリず静止した。
    「  なっ」
    マルスが驚愕の声を䞊げる。圌の顔に、初めお明確な『焊燥』ず『恐怖』の色が浮かんだ。
    そのわずかな隙を逃さず、僕は残された力を振り絞り、這い぀くばるようにしお奎のブヌツの間合いから匷匕に抜け出した。
    背䞭から倧量の血を流しながら、荒い息を぀き、振り返る。
      にしおも、䜕が起こっおいる
    空気が、違う。
    魔力ずいう抂念すら超越した、䜕か神聖で、同時に恐ろしいほどに玔粋な『光の粒子』が、空間のあちこちから発生し、枊を巻き始めおいる。
    「マヌシャ  」
    僕は、信じられない思いで、光の発生源である少女を芋た。
    「マヌシャ   䞀䜓、䜕をしようずしおるんだ」
    僕の叫びに、マヌシャは悲しげに、けれど決意に満ちた瞳で僕を芋぀め返した。
    圌女の持぀杖の先端には、たるで小さな倪陜のような、圧倒的な光の球䜓が収束し぀぀あった。
    「これだけは、絶察に、䞀生䜿いたくなかった。お母さんにも、絶察に䜿うなず固く犁じられおいたから」
    マヌシャの目から、䞀筋の涙がこがれ萜ちる。
    「だけど  もう、嫌なの。私の目の前で、゚ミヌルが傷぀くのを芋るのは。゚ミヌルを、絶察に死なせたくない。だから  」
    圌女の声が、震えながらも、䞖界そのものに宣蚀するように響く。
    「私は今から  『犁忌』を犯す」
    その蚀葉を聞いた途端、マルス・゚マヌ゜ンが、か぀おないほど取り乱したようにわめき散らし始めた。
    「ク゜っ やめろ やめろぉっ」
    圌は芋えない拘束から逃れようず必死に身をよじりながら、顔を青ざめさせた。その次の瞬間だった。
    「  ぐ  」
    突劂ずしお、僕の頭を割るような匷烈な耳鳎りが襲っおきた。
    キィィィィィンずいう金属音ず共に、芖界が癜く点滅する。
    魔王の呪いによる反発か いや、違う。これは  。
        
    『私を、殺しお』
        
    錓膜ではなく、盎接脳味噌に、あの声が響いたのだ。
    僕が臚死䜓隓の䞭で芋た、「倢の狭間」にいた、あの麊わら垜子を被った5歳の幌いマヌシャの声。
    あの時は幻芚だず思っおいた。だが、珟実の䞖界に戻っおきた今、なぜ僕の頭の䞭に再び響くんだ。
    ぐ   これは、誰の蚘憶だ
    この声の䞻は 幌いマヌシャの姿をしたこの存圚は、䞀䜓䜕が目的なんだ
    なぜ、僕に「自分を殺せ」なんお呪いをかけるんだ
    激しい頭痛ず混乱の䞭で、僕は目の前の珟実ず、頭の䞭の狂気に匕き裂かれそうになっおいた。
    だが
    状況だけを芋れば、これは千茉䞀遇の奜機でもある。
    あのマルスの絶察的な防埡バリアすらも、マヌシャの攟ずうずしおいるあの神聖な光の奔流の前では、玙切れのように無力化されおいるように芋える。
    この術を䜿っおも、もしマヌシャ自身の身䜓が無事で枈むのなら  。この絶望的な状況を芆すには、むしろ奜郜合だ
    なぜなら、空気を振るわせるほどのあの砎滅的な魔法の゚ネルギヌなら  
    たずえマルスのバリアがあろうずも。
    奎らのどちらかを、確実に殺せる

    第十二話


    「  発動」
    マヌシャの、悲痛でありながらも䞀切の迷いを捚お去った叫びが、廃墟ずなった病院の空間に響き枡った。
    その瞬間。
    圌女の掲げた杖の先端から、たるで小さな倪陜が地䞊に顕珟したかのような、ずお぀もない出力の『原始的な魔力の塊』が攟出された。
    それは、玔粋な光。闇を打ち払い、眪を浄化し、䞖界の理こずわりすらも曞き換えおしたうような、圧倒的な癜。
    「おおおおおおっ」
    マルスが絶叫し、䞡腕を亀差させお己の持぀すべおの魔力をバリアに泚ぎ蟌んだ。
    圌の呚囲に、䜕十局にも重なる分厚い六角圢の魔法障壁が展開される。
    だが、聖魔法"ロスト゚デン"の光の奔流は、マルスめがけお䞀盎線に攟たれ  圌の誇る絶察防壁に激突した。
    ガラスの城が巚倧な鉄球で粉砕されるような、甲高い砎砕音が連続しお鳎り響いた。
    マルスのバリアは、光の濁流の前に䞀秒の抵抗すら蚱されず、倖偎から䞀枚、たた䞀枚ず、たるであぶられた风现工のように溶け、砕け散っおいく。
    「ば、銬鹿な   俺の防壁が  」
    マルスの顔に、明確な死の恐怖が匵り付いた。
    魔力回路がショヌトし、圌の巚䜓が埌ずさる。もはや、圌には打぀手がなかった。
    光の槍が、最埌の障壁を貫き、マルス・゚マヌ゜ンの心臓を完党に捉えた。
    そしお、その砎壊の光は、圌を跡圢もなく消し飛ばす  。
    ——はずだった。
    「    え」
    凄たじい閃光が収たり、舞い䞊がった粉塵が倜颚に流されおいく䞭。
    僕の目に入っおきたのは、予想だにしなかった、あたりにも静かで、残酷な光景だった。
    「ナタヌ  シャ  」
    マルス・゚マヌ゜ンの、ひどく掠れた、信じられないものを芋るような声がこがれ萜ちた。
    圌の目の前には、䞀人の女が立っおいた。
    挆黒のロヌブに身を包んでいたはずの女魔法䜿い、ナタヌシャ・メむデむ。
    圌女は、マルスを守るように圌の前に立ち塞がり、䞡手を倧きく広げた姿勢のたた、ピタリず静止しおいた。
    そのロヌブは聖なる光に焌かれおボロボロになり、圌女の胞の䞭心には、光の槍が貫通したこずによる巚倧な颚穎が空いおいた。
    圌女は、自分自身の防埡魔法すら展開する暇もなく、ただ玔粋な『肉の盟』ずなっお、マルスに向けられた臎死の䞀撃を、その身䞀぀で受け止めたのだ。
    「ナタヌシャ おい、ナタヌシャ」
    マルスが、血盞を倉えお圌女の肩を掎んだ。
    その瞬間。
    ナタヌシャの身䜓は、たるで糞の切れた操り人圢のように、がくりず厩れ萜ちた。
    「あ  」
    マルスは慌おお圌女の身䜓を抱きずめた。
    しかし、圌女の瞳はすでに焊点を倱い、その口元からは䞀筋の血が流れおいるだけで、ピクリずも動かなかった。
    その時、すでにナタヌシャ・メむデむは  䞖界で最も愛しおいた男を守り抜き、立ちながらにしお、完党に息絶えおいたのだ。
           
    廃墟に、䞍気味なほどの静寂が萜ちた。
    僕も、術を攟った反動で膝を぀いおいるマヌシャも、目の前で起きた唐突な悲劇に、ただ息を呑むこずしかできなかった。
    ナタヌシャは、死んだ。
    数え切れないほどの呜を奪っおきた冷酷な刺客が、最埌に残した行動は、仲間の呜を身を呈しお守るずいう、あたりにも自己犠牲に満ちた、玔粋な愛の蚌明だった。
    「ナタヌ  シャ   嘘だろ、おい  」
    マルス・゚マヌ゜ンは、腕の䞭で冷たくなっおいく圌女の骞を抱きしめながら、激しく震えおいた。
    その震えは、最初はかすかなものだったが、次第に圌の党身をガタガタず揺さぶるほどの激しい痙攣ぞず倉わっおいった。
    マルス・゚マヌ゜ンにずっお、この死に方は、この腕の䞭の重みは  どこかで、確かに芋たこずがあった。
    いや、圌自身の魂の奥底に、絶察に忘れられないほどの深いトラりマずしお、確実に刻み蟌たれおいた光景だった。
    ——か぀お、圌らがただ「英雄」ず呌ばれ、魔王蚎䌐の旅をしおいた頃。
    圌らを庇い、名誉ある犠牲ずなった数倚の戊友たちの死。
    そしお、圌らを粟神の限界たで远い詰め、絶望の淵ぞず叩き萜ずした、あの『裏切り』の蚘憶。
    ナタヌシャの死ずいう匷烈な粟神的ショックが、圌を瞛り付けおいた鎖を断ち切った。
    圌の粟神を狂わせ、"黒い心"を持った怪物ぞず堕ずしめおいた「堕倩」の呪瞛。あの勇者ラングルドによっお斜されおいた掗脳ず狂気の膜が、今、バリバリず音を立おお剥がれ萜ちおいく。
    「ああ  あああ  」
    マルスの口から、獣の咆哮ずも、子䟛の嗚咜ずも぀かない声が挏れ出す。
    圌の震えは、もう止たらなかった。
    「  党郚  思い出した」
    虚ろな目で宙を芋぀めながら、マルスは呆然ず呟いた。
    その目から、狂気が消え、代わりに深い埌悔ず、底知れぬ絶望の涙が溢れ出しおいた。
    「俺達は  䜕をしおいたんだ これたで  」
    圌は、血に塗れた自分の䞡手を芋぀めた。
    「あの方の  あんな悪魔の手䞋ずしお。眪のない人々を殺し、村を焌き  か぀お俺たちが守るず誓ったはずのこの䞖界を、自らの手で砎壊しおいたずいうのか  」
    マルスは、ナタヌシャの身䜓をそっず冷たい床に暪たえるず、ふらふらず立ち䞊がった。
    そしお、歊噚である倧剣を拟おうずもせず、どこぞ向かうでもなく、焊点の合わない目で歩き出した。
    その歩みは、たるで倢遊病者のように芚束ない。
    圌は、ブツブツず䜕かを呟いおいた。
    ひび割れた唇から挏れ出る、䜕かにすがり぀くような、悲痛な祈りの蚀葉。
    「殺さないず  魔王は  」
    それは、か぀お圌が正矩の階士であった頃、仲間たちず共に掲げた、絶察に曲げられないはずの誓いだった。
    「必ず  俺の手で  」
    しかし、その蚀葉が、僕やマヌシャの耳に届くこずはなかった。
    圌が正気を取り戻し、勇者の恐るべき陰謀や、圌らがなぜ堕倩させられたのかずいうこの事件の『真実』を語ろうずしおいたこずに、僕たちは気づけなかったのだ。
    そしお、これからもマルス・゚マヌ゜ンの蚀葉を  この理䞍尜な䞖界の真盞を、僕が圌自身の口から聞くこずは、氞遠にない。
    なぜなら。
    僕の目には、圌が隙だらけの無防備な状態になったずしか映っおいなかったからだ。
    「今だ  」
    僕は、玫色の瘎気を吹き出す右腕に党魔力を蟌め、地面を蹎った。
    先ほどの分身魔法の時ずは違う。残されたすべおの寿呜ず、魔王の呪力を叩き蟌んだ、䞀撃必殺の神速の刺突。
    次の瞬間。
    䜕も抵抗せず、ただ虚空を芋぀めながら歩みを進めようずしおいたマルス・゚マヌ゜ンの厚い胞板に、魔王の力を宿した僕の凶刃が、深々ず、そしお臎呜的に突き刺さった。
    「ガ、ハッ  」
    マルスの口から、倧量の鮮血が吐き出される。
    僕の剣は、圌の心臓を完党に貫通し、背䞭たで突き抜けおいた。
    「これで  終わりだ マルス・゚マヌ゜ン」
    僕は、䞡芪の仇を蚎぀ずいう執念のたたに、剣の柄を握る手にさらに力を蟌め、圌の身䜓を背埌の瓊瀫の壁ぞず瞫い付けるように抌し蟌んだ。
    だが。
    刃を突き立おられたマルス・゚マヌ゜ンの顔には、僕に察する憎悪も、死ぞの恐怖も、埮塵も浮かんでいなかった。
    圌は、ただ穏やかに、安堵の衚情を浮かべおいた。
    ——マルス・゚マヌ゜ンは、心底安堵しおいたのだ。
    なぜなら、この地獄のような狂気の日々からようやく解攟され、先ほど逝っおしたったナタヌシャや、か぀お死別した誇り高き仲間たちに、これでやっず䌚うこずができるからだ。
    圌の䞋がる芖線の先には、魔族のように犍々しい右腕を持ちながらも、必死に愛する少女を守ろうずしおいる僕の姿があった。
    そしおその埌ろには、傷぀きながらも、匷倧な光の魔法を攟っおみせたマヌシャの姿が。
    ああ。
    俺たちが成し遂げられなかったこず。
    あの狂った勇者の支配を打ち砎り、この䞖界に巣食う真の闇を払うこず。
    俺たちのような匱く、堕ちおしたった倧人たちには無理だったが  。
    『魔王は、あの少幎少女達がなんずかしおくれる』
    薄れゆく意識の䞭で、マルスはそう確信した。
    圌らの瞳の奥にある、絶察に諊めないずいう匷靭な光。それがあれば、必ず悲劇の連鎖を断ち切るこずができるだろう。
    俺は、心の底からそう思った。
    「  頌ん、だぞ  」
    音にならない最期の蚀葉を口の動きだけで玡ぎ、マルス・゚マヌ゜ンはゆっくりず目を閉じた。
    圌の身䜓から力が抜け、僕の剣に寄りかかるようにしお、その誇り高き戊士の呜は完党に燃え尜きた。
    廃墟に、静寂が戻った。
    僕は、剣を匕き抜き、力なく厩れ萜ちる圌の亡骞を芋䞋ろした。
    埩讐は果たした。
    だが、僕の心を満たしおいたのは、達成感でも歓喜でもなく、ただひたすらに冷たくお重い、底知れぬ虚無感だけだった。

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    共同マガゞンやっおたす 参加したい方は、どの蚘事にでも良いので、参加したい旚を曞いおくださいファンタゞア倧賞䞀次遞考突砎したしたが、二次遞考で萜ちたした。反省点は、明確にありたす。䞀぀じゃないですけど、、圌岞の國ず戊堎サクラを、今はメむンにしおたす。

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