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【第二郚】僕は勇者の殺し方を知っおいる。 むッキ芋【僕の䜜品の最高地点】






    第十䞉話


    それは、この俺マルスが、か぀お共に背䞭を預け合った勇者パヌティヌの仲間たちず過ごした、圚りし日々の思い出。
    血ず泥に塗れ、絶望に打ちひしがれながらも、互いの手を匕き合い、必死に乗り切ろうず足掻いた苊難の日々の蚘憶。
    俺の魂の奥底に、焌け焊げたようにこびり぀いお離れない、眩しくも残酷な青春の残滓だ。
    ――物語の始たりは、今から十六幎前。
    じっずりずした汗が銖筋を䌝い、息をするだけで肺が熱くなるような、ひどく蒞し暑い倏の日のこずだった。
    「やあ。君たちが、マルスずナタヌシャだね」
    蝉の鳎き声がやかたしく響く村の広堎に、その男は唐突に珟れた。
    照り぀ける倪陜の䞋、そこだけが別次元であるかのように、䞀切の汗をかかず、玔癜の倖套を矜織った金髪の青幎。
    「僕はラングルド。この䞖界を救う『勇者』ずいう者だ。君たち  僕ず䞀緒に、魔王を倒す旅に出おくれないか」
    それが、俺ずナタヌシャ、そしお勇者ラングルドずの出䌚いだった。
    䜕の前觊れもない、あたりにも突拍子もない誘い。
    普通の人間であれば、頭のおかしい奎だず笑い飛ばしお断るか、あるいは厄介事から逃げるように扉を閉ざすずころだろう。魔王を倒すなど、おずぎ話の䞭の狂人の戯蚀にしか聞こえないのだから。
    だけど、その誘いに察する俺たちの答えは、ただ䞀぀だった。
    「  ああ。行くよ。俺も、ナタヌシャも」
    迷いなど、䞀秒たりずもなかった。
    俺の隣に立぀ナタヌシャも、震える手で俺の服の裟を匷く握りしめながら、無蚀で、しかし確かな意志を持っお深く頷いた。
    䜕故なら、俺たち二人はお互い  あの絶察的な邪悪である『魔王』の手によっお、愛する家族を皆殺しにされおいたからだ。
    家が焌け萜ちる焊げた匂い。䞡芪が、兄匟が、無残な姿に成り果おお血の海に沈んでいたあの凄惚な光景。俺ずナタヌシャは、その地獄を共有する幌銎染であり、互いの心に空いた底なしの穎を埋め合わせるようにしお生きおきた共犯者だった。
    俺たちの心は、ずっくに埩讐ずいう名の炎で焌き尜くされおいたのだ。
    こうしお、俺たちは育おおくれた村の倧人たちに短い別れを告げた。
    手䜜りの粗末な剣ず、僅かな荷物だけを持っお。
    「絶察になんお蚀うなよ 生きお垰っおくるんだぞ」
    「マルス ナタヌシャちゃんを頌んだからね」
    涙ながらに芋送っおくれる村人たちの声を背に、俺たちは村を出発した。
    胞の䞭にあるのは、魔王をこの手で八぀裂きにしおやるずいう暗く熱い執念だけ。
    しかし  この時の俺たちは、知る由もなかったのだ。
    この䞖界に暪たわる、本圓の「厳しさ」ずいうものを。
    そしお  魔王を殺すずいう行為に䌎う、血反吐を吐くような『真の意味での芚悟』なんおものは、この時の未熟な俺たちには埮塵も備わっおいなかったずいうこずを。
    俺たちがその珟実を、冷氎ずしお頭から济びせられるこずになったのは、旅が始たっおすぐのこずだった。
    勇者パヌティヌずしお道䞭で出䌚った、巚倧な長匓を背負った口の悪い匓䜿いの男、ヘンリヌ。
    圌を仲間に加えおから、わずか五日目の朝。
    「  ッ マルス、䞊よ」
    鬱蒌ず茂る森の䞭で野営をしおいた俺たちを、突劂ずしお黒い瘎気が包み蟌んだ。
    ナタヌシャの悲鳎にも䌌た譊告。
    芋䞊げるず、朚々の隙間から、ドロドロずしたタヌルのような闇が凝瞮し、巚倧な獣の姿――『魔王の幻圱』を圢䜜っおいた。
    「チィッ   幻圱ごずきが、朝っぱらからふざけやがっお」
    俺は剣を抜き、ヘンリヌもたた舌打ちをしながら匓を構えた。
    だが、幻圱の動きは、俺たちの動䜓芖力を遥かに凌駕しおいた。
    「な  」
    音もなかった。
    突颚が吹き抜けたかず思った次の瞬間。
    「ガ、ハッ  」
    俺のすぐ暪で、也いた、ひどく嫌な音がした。
    振り返った俺の芖界に飛び蟌んできたのは、ヘンリヌの胞の䞭心――心臓のある䜍眮を、魔王の幻圱の鋭い黒爪が完党に『貫通』しおいる光景だった。
    鮮血が、朝日に照らされお赀い飛沫ずなっお宙を舞う。
    「ヘンリヌ」
    俺の絶叫虚しく、ヘンリヌの䜓は糞の切れた人圢のように厩れ萜ち、血だたりの䞭に沈んだ。ピクリずも動かない。急所を完党に砎壊された、即死だった。
    嘘だろ。
    たった五日だぞ。昚日たで、焚き火の前で䞋らない冗談を蚀っお笑い合っおいたじゃないか。
    それが、こんな、あっさりず。
    「ああああああああッッ」
    怒りず、それ以䞊の「己の無力さ」に察する絶望が党身を駆け巡った。
    俺は我を忘れ、ナタヌシャの揎護魔法ず共に、悲鳎を䞊げながら魔王の幻圱に斬りかかった。䜕床も䜕床も剣を振り䞋ろし、幻圱を完党に霧散させるたで、ただただ刃を振るい続けた。
    そしお、戊闘が終わり、静寂が戻った森の䞭。
    俺ずナタヌシャは、血の海に沈むヘンリヌの亡骞の前にぞたり蟌んだ。
    ナタヌシャは䞡手で顔を芆い、嗚咜を挏らしおいる。俺もたた、剣を握る手が震え、歯を食いしばっお涙を堪えおいた。
    これが、魔王ず戊うずいうこず。呜を懞けるずいうこずの、本圓の恐ろしさ。
    俺たちは、䜕もわかっおいなかったのだ。
    「  なあ」
    䞍意に。
    背埌から、ひどく間の抜けた、聞き慣れた声がした。
    「俺を勝手に殺すなよ〜。服が血たみれで気持ち悪いじゃねえか。たあ、めんどくさいから死んだふりしおただけだろ な」
    「は」
    俺ずナタヌシャは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたたた、匟かれたように振り返った。
    そこには、胞にぜっかりず倧穎を開け、党身を血で真っ赀に染めたヘンリヌが、䜕事もなかったかのようにのそりず立ち䞊がっおいる姿があった。
    傷口からは血が流れおいるはずなのに、圌の顔色は普段通りで、欠䌞たでしおいる。
    幜霊か いや、ゟンビか
    「お、お前   心臓を、えぐられお  」
    「ああ、そうか。お前らにはただ蚀っおなかったか  俺はな、半分『䞍死身』なんだよ」
    ヘンリヌは、自分の胞の倧穎を指を突っ蟌んで掻きながら、呆れたように蚀った。
    「死のうず思っおも、脳みそを完党にぶち抜かれない限りは死ねないんだよ。䜓質䞊な。だから、心臓をえぐられたくらいじゃ、ちょっず痛いだけで死にやしねえのさ」
    理解が远い぀かなかった。
    だが、目の前で文句を垂れながら立っおいる圌が「生きおいる」ずいう事実だけは、埐々に俺の脳髄に浞透しおいった。
    「お前   ふざけんなよ 生きおいたなら、もっず早く蚀えよ  」
    俺は、怒りよりも先に、党身の力が抜けおいくのを感じた。
    膝から厩れ萜ちそうになるのを必死に堪え、安堵のあたり倧きく息を吐き出す。
    「  良かったぁ  本圓に  っ」
    しかし、隣にいたナタヌシャは違った。
    圌女は涙目のたたズンズンずヘンリヌに歩み寄るず、その血たみれの胞ぐらを掎んで怒鳎り぀けた。
    「なんでっ   生きおいたなら、私たちが必死に戊っおる時に助けおくれなかったのよ バカ 最䜎」
    そう怒りながら、圌女の小さな手は、ぜかぜかずヘンリヌの肩を叩いおいた。
    文句を蚀いながらも、その手から䌝わるのは確かな安堵ず、「生きおいおよかった」ずいう深い愛情のようなものだった。ヘンリヌも「悪かったっお、痛い痛い」ず、満曎でもない顔で苊笑いをしおいる。
    俺たちは、ただ出䌚っお五日しか経っおいないずいうのに。
    すでにヘンリヌのこずが、倧切でかけがえのない仲間になっおいたのだ。
    そしお  それは、この時のラングルドも同じだったず。
    俺は今でも、本圓にそう思っおいる。
    ずっず少し離れた堎所で、静かに事の顛末を芋守っおいた勇者ラングルドが、ゆっくりずこちらぞ歩み寄っおきた。
    「生きおいお良かったよ。ヘンリヌ」
    そう蚀っお笑ったラングルドの衚情を芋お、俺はハッず息を呑んだ。
    圌のその笑顔は、俺たちが初めお芋るような、ずおも自然なものだったからだ。
    ずいうのも、出䌚っおからこの五日間、ラングルドが四六時䞭顔に貌り付けおいた笑顔は、どこか人工的で、感情の䌎わない「䜜り笑い」のような䞍気味さがあった。
    だから俺は、ラングルドのこずが正盎怖かったし、「こい぀は䜕か裏でよからぬこずを䌁んでいるんじゃないか」ず、垞に心のどこかで疑念を抱いおいたのだ。
    でも  この時の俺の、ラングルドに察する疑念は、その䞀瞬で完党に消え去った。
    䜕故なら、今のラングルドの笑顔は  幎盞応の少幎のような、心底ホッずしたような、あたりにも無邪気で矎しいものだったからだ。
    「  なんだよ。勇者様も、そんな顔しお笑えるんじゃねえか」
    俺ががそりず呟くず、ラングルドは少しだけ照れくさそうに目を䌏せた。
    この時、俺たちは確かに「䞀぀のパヌティヌ」になったのだず、そう確信した。
    これが、俺たちの短くも熱かった、冒険の本圓の始たり。
    この先に、あんな絶望に満ちた地獄の裏切りが埅っおいるこずなど、知る由もなかった、幞せな蚘憶。

    第十四話


    ヘンリヌがその厄介な「半分䞍死身」の䜓質を明かし、再び四人での隒がしくも枩かい旅が再開しおから、およそ䞀ヶ月の月日が流れおいた。俺たち勇者パヌティヌの冒険は、控えめに蚀っおも「拍子抜けするほど順調」だった。

    道䞭、魔王の差し金である䞊䜍魔族や、か぀おヘンリヌの胞を貫いたような恐るべき魔王の幻圱たちが幟床ずなく立ち塞がった。

    しかし、それらすべおを俺たちは容易く退けおきた。遥か遠方から攟たれるヘンリヌの長匓が敵の急所を正確に射抜き、挆黒のロヌブに身を包んだナタヌシャが炎ず氷の槍で敵の陣圢を厩す。

    そしお俺が、身の䞈ほどもある倧剣を振るっお残った敵を䞡断し、最埌に玔癜の倖套を矜織った勇者ラングルドが聖なる光で浄化する。

    俺たちの連携は日を远うごずに掗緎されおいき、気づけば、魔王城を望む「終焉の回廊」ぞず足を螏み入れおから、䞉日が経過しおいた。

    空は垞に鉛色の雲に芆われ、吹き荒れる颚は生物の䜓枩を容赊なく奪い去っおいく。だが、そんな過酷な環境ずは裏腹に、俺たちの進軍は驚くほどに「順調」だった。  

    ​「  なあ、やっぱりおかしくねえか」

    ​愛剣の柄を握り盎しながら、俺――マルス・゚マヌ゜ンは䜎く声を挏らした。

    「魔王の膝元だっおのに、雑兵の䞀匹も出おこねえ。たるで、赀い絚毯でも敷いお招埅されおる気分だ」  

    ​「同感だ。俺の勘が、この先は死ぬほど面倒なこずになるず告げおるぜ」

    巚倧な長匓を肩に担いだヘンリヌが、吐き捚おるように蚀った。圌は半分䞍死身ずいうデタラメな䜓質を持っおいるが、その譊戒心は誰よりも匷い。  

    ​「  そうね。あたりに静かすぎお、自分の心臓の音がうるさく感じるわ」

    挆黒のロヌブを纏ったナタヌシャが、杖を握る手に力を蟌める。圌女の瞳には、家族の仇である魔王ぞの憎悪ず、それ以䞊の蚀いようのない䞍安が同居しおいた。  

    ​そんな俺たちの背埌で、玔癜の倖套を翻した勇者ラングルドが、い぀もの穏やかな  感情の読めない䜜り笑いを浮かべおいた。

    「倧䞈倫だよ。きっず魔王も、僕たちが来るのを震えお埅っおいるんだ。さあ、先を急ごう」  

    ​圌の蚀葉には、垞に䞍思議な説埗力がある。だが、その瞳の奥にあるはずの「熱」を、俺はこの旅の間、䞀床も芋たこずがなかった。

    ​進軍を続けお数時間。

    吹き荒れる吹雪から逃れるようにしお俺たちが蟿り着いたのは、岩壁に穿たれた巚倧な掞窟だった。

    ただの自然掞窟ではない。入り口には、人間が造ったずは思えないほど巚倧な石柱が立ち䞊び、神話の時代の空気を感じさせる。

    ​「ここは  聖堂の跡」

    ナタヌシャが指先を灯すず、青癜い光が広倧な空間を照らし出した。

    奥ぞず続く通路の壁面には、色耪せながらも鮮明な色圩を残した「壁画」が、果おしなく連なっおいた。

    ​俺たちは導かれるように、その壁画の前で足を止めた。

    ​「これは  創䞖神話か」

    ナタヌシャが壁面に手をかざす。

    最初のパネルに描かれおいたのは、䞀人の巚倧な神――『最高神ワヌルド』が、掌の䞭に䞀぀の炎を掲げおいる姿だった。  

    ​「ぞっ、神様が退屈しのぎに䞖界を䜜ったっお話か。どこにでもあるお仕着せの神話じゃねえか」

    ヘンリヌが錻で笑う。

    ​だが、二枚目のパネルを芋た瞬間、俺たちの空気が倉わった。

    神の掌にあった炎が、二぀に匕き裂かれおいる。

    䞀方は眩い「黄金の光」を攟ち、もう䞀方はすべおを呑み蟌む「挆黒の闇」を纏っおいる。

    そしお、その光ず闇はそれぞれ䞀人の「人間」ぞず姿を倉えおいた。

    ​「光を宿した勇者ず  闇を纏った魔王」

    俺は無意識に呟いおいた。

    ​「芋お、マルス。その次よ」

    ナタヌシャが指し瀺した䞉枚目のパネル。そこには、巚倧な『倩秀』が描かれおいた。

    倩秀の䞡端には、先ほどの勇者ず魔王が乗っおいる。

    驚くべきは、倩秀を支える䞭心の針だ。それはどちらかに傟くこずを拒むように、完党に氎平を保っおいる。

    ​「『調埋』  」

    ナタヌシャが壁画に刻たれた叀代文字を読み解く。

    「『光が匷たれば闇もたた深たり、闇が極たれば光がそれを撃぀。勇者ず魔王は、䞀茪の銬車の䞡茪なり。䞀方が倱われれば、理システムは厩壊し、䞖界は無ぞ還らん』」  

    ​「  どういう意味だ 勇者ず魔王が、銬車の䞡茪だず」

    俺は冷たい汗が背筋を䌝うのを感じた。

    「俺たちが魔王を倒せば、䞖界が救われるんじゃないのか この絵じゃ、たるで  」

    ​「たるで、魔王が死ねば勇者も死ぬ。あるいは、その逆も然り、ず蚀いたいみたいだな」

    ヘンリヌの皮肉めいた声が、静かな掞窟に冷たく響いた。

    ​「ふざけるな そんな理屈があるか ラングルド、お前はどう思う」

    俺は答えを求めお、勇者を振り返った。

    ​ラングルドは、壁画を芋䞊げおいた。

    その顔には、盞倉わらずの穏やかな埮笑みが匵り付いおいる。

    だが、その黄金の瞳だけが、壁画に描かれた「死にゆく勇者」の姿を、吞い蟌たれるような深い愛おしみを持っお芋぀めおいた。

    ​「  矎しいず思わないかい マルス」

    ラングルドの声は、どこか遠い堎所から届いおいるように聞こえた。

    「この䞖界は、最初から完成されおいるんだ。正矩ず悪、垌望ず絶望。そのバランスこそが、神が望んだ『平和』の正䜓なんだよ」  

    ​「平和だず   家族が殺され、故郷が焌かれるこずがか」

    俺の叫びに、ラングルドはゆっくりず銖を巡らせた。

    「そう。それも含めおだ。誰かが泣かなければ、誰かの笑顔に䟡倀は生たれない。それが、この䞖界の残酷で完璧な『理』なんだから」  

    ​「ラングルド  あんた、䜕を蚀っお  」

    ナタヌシャが恐怖に顔を匷匵らせ、䞀歩埌退る。

    ​その時、壁画の最埌のパネルが目に飛び蟌んできた。

    そこには、砕け散った倩秀ず、その䞭心で「自らの心臓を貫く勇者」の姿が描かれおいた。

    そしお、勇者の圱がそのたた魔王ぞず繋がっおおり、勇者が死ぬこずで魔王もたた厩れ萜ちおいく描写。

    ​「『勇者の殺し方は、剣で身䜓を貫くこずではない。それは、察なる存圚そのものを消滅させるこずなり』」  

    ​「ハハッ、ずんだバッド゚ンドだ」

    ヘンリヌが自嘲気味に笑った。

    「俺たちがやっおるこずは、䞖界を救う旅じゃなくお、心䞭盞手を探す旅だったっおわけか」

    ​「違う こんなのはただの叀い迷信だ」

    俺は自分自身に蚀い聞かせるように叫んだ。

    「俺たちは魔王を倒しお、ナタヌシャの仇を蚎っお、䞉人で村に垰るんだ。そうだろ、ラングルド」  

    ​ラングルドは、再び俺たちに背を向け、奥ぞず続く暗闇を芋぀めた。

    「  ああ。行こうか、マルス。魔王が、そしお『終焉』が僕たちを埅っおいる」  

    ​圌は䞀歩、たた䞀歩ず、迷いのない足取りで進んでいく。

    その背䞭は、䞖界を救う英雄のそれずいうよりは、すべおの因果を断ち切るために、自ら地獄ぞず飛び蟌もうずする「狂人」のそれに芋えた。

    ​「マルス  」

    ナタヌシャが俺の腕に瞋り぀く。圌女の手は、小刻みに震えおいた。

    「私、怖い。ラングルド様が  あの壁画の蚀葉が  」  

    ​「倧䞈倫だ、ナタヌシャ」

    俺は圌女を安心させるように、その手を匷く握り締めた。

    「壁画がなんだ。運呜がなんだ。俺の剣は、お前を守るためにある。神様が決めたルヌルなんお、俺がブチ壊しおやるよ」  

    ​そう匷がっおみせたものの、俺の胞の奥には、拭い去れない䞍安が柱のように溜たっおいた。

    壁画の最埌に描かれおいた、あの勇者の笑顔。

    それは、今たさに俺たちの前を歩いおいるラングルドが時折芋せる、あの「無邪気な笑み」ず、気味が悪いほどに䌌おいたのだ。  

    ​俺たちが向かっおいるのは、本圓に垌望の地なのか。

    それずも、すべおを無に還すための「前フリ」に過ぎないのか。

    ​暗い掞窟の奥から、冷たい颚が吹き抜けた。

    それは、これから始たる凄惚な悲劇を予感させる、死の匂いを孕んでいた。

    ​俺たちは、沈黙に包たれたたた、魔王の埅぀玉座の間ぞず歩みを進めた。

    その先で埅ち受けおいる、本圓の「絶望」を知る由もなく。

    
     
    そしお、気づけば俺たちは、この䞖界の元凶が朜む最奥の地――「魔王城」の奥深く、玉座ぞず続く巚倧な黒曜石の扉の前にたで蟿り着いおいた。
    「  おかしい」
    ひんやりずした城内の空気が肌を撫でる䞭、俺は自身の愛剣の柄を握りしめながら、ぜ぀りずこがした。
    「あたりにも順調すぎる」
    眠らしい眠もなく、魔王の偎近ず呌べるような匷敵ずの死闘もなかった。たるで、誰かがご䞁寧に俺たちのために道を切り開いお、玉座たで案内しおくれたかのような気味の悪さがあった。
    だが、そんな俺の僅かな䞍安を打ち消すように、先頭に立っおいたラングルドが振り返り、い぀もの穏やかな笑顔を芋せた。
    「倧䞈倫。なんずかなるさ」
    その蚀葉には、䞍思議な説埗力があった。
    ――本圓に  そうなのかな。
    たあ、なんずかなるか。ここたで誰䞀人欠けるこずなく蟿り着いたんだ。俺たちなら、絶察にやれる。
    俺は小さく息を吐き出し、匵り詰めおいた肩の力を少しだけ抜いた。
    「よし、行くぞ」
    ラングルドが静かに頷き、重厚な玉座の扉に手をかける。
    ギギギギギ  ず、地鳎りのような重い音を立おお、魔王が埅぀はずの絶察的な闇の空間が、俺たちの目の前に開かれた。
    俺たちは歊噚を構え、党神経を研ぎ柄たせお玉座の間ぞず足を螏み入れた。
    しかし。
    「  誰も  いない」
    静たり返った広倧な空間の最奥。
    そこにあるはずの犍々しい玉座には、䞻の姿はなかった。空気の淀みもなく、魔力すら感じられない。ただの、だだっ広い空掞だった。
    「なんで  。こんなこずっお  」
    ナタヌシャが、手にした魔法の杖を䞋ろし、悲痛な声で嘆いた。圌女の瞳には、家族の仇を蚎おなかったこずぞの行き堎のない怒りず萜胆が枊巻いおいた。
    「これじゃ   魔王を倒せないじゃねえか」
    ヘンリヌも匓を䞋ろし、忌々しそうに舌打ちをしお呚囲の柱を蹎り䞊げた。
    俺もたた、激しい困惑の枊䞭にいた。だが、同時に俺の心の䞭には、ある皮の「驕り」が芜生え始めおいた。
    ――逃げたのか あの魔王が
    自分たちの匷さに自惚れおいた俺は、本気でそう思い蟌んでしたったのだ。
    俺たちが䞀ヶ月間、無敗のたた進軍しおきたその圧倒的な力に恐れをなし、魔王は玉座を捚おお俺たちから逃げ出したのだず。
    「チッ、臆病颚に吹かれたか。魔王のくせに情けねえ  」
    俺が譊戒を完党に解き、倧剣を背䞭の鞘に収めようずした、その次の刹那だった。
    「――ここは戊堎だぞ 勇者殿」
    空間そのものが、ひび割れるような嫌な音がした。
    盎埌、空気を切り裂く鋭い音ず共に、生枩かい赀い液䜓が俺の頬に飛沫ずなっお降り泚いだ。
    「気を抜いおは駄目ではないかァ」
    地獄の底から響くような、粘り気のある悍たしい嘲笑。
    「は なんで  ラングルド」
    俺の芖界が、スロヌモヌションのようにゆっくりず珟実を捉える。
    数歩先を歩いおいた玔癜の倖套の背䞭。その埌ろに、先ほどたで䜕もなかったはずの「暗闇」が実䜓を持っお歪み、這い出おきた異圢の化物の腕が、背埌からラングルドの巊胞――心臓の䜍眮を、容赊なく貫いおいたのだ。
    「嘘  そんな」
    ナタヌシャが喉をひき぀らせる。
    「ラングルドオオォ」
    俺の絶叫が、虚無の玉座の間にこだたした。
    玔癜の倖套が、どす黒い鮮血で急速に染たっおいく。
    なん  で  。
    「ク゜っ  」
    俺の脳内を、匷烈な埌悔ず自責の念が駆け巡った。
    俺は甘かった
    自分たちの力に慢心し、勝手に勝利を確信しおいなければ
    順調すぎる道のりに察しお抱いたあの違和感を無芖せず、もっず呚囲の気配に気を配っおいれば
    勇者は  ラングルドは、こんな颚にあっけなく死なずにすんだのに
    俺が倧剣を抜き盎し、狂ったように魔王ぞ向けお螏み蟌もうずした、その時だった。
    心臓を完党に砎壊され、血の海に倒れ䌏す寞前。
    ラングルドは、絶望ず混乱に陥っおいる俺たちの方ぞずゆっくりず銖を巡らせた。
    その顔には、死の苊痛も、魔王ぞの憎悪もなかった。
    ヘンリヌが生き返ったあの朝に芋せたような、本圓に優しくお、心底無邪気な笑顔を浮かべおいた。
    そしお、圌は俺たちに、最埌の蚀葉を遺しおくれた。
    「倧䞈倫だよ。みんな  たた䌚える」
    その蚀葉の真意を枬る間もなく、ラングルドの瞳に、勇者ずしおの最埌の匷い光が宿った。
    「ラングルド  ッ」
    「勇者よ。すでに心臓を朰されたずいうのに、この俺盞手に䜕をする぀もりだ」
    魔王がいぶかしげに声を荒げる。
    ラングルドの顔぀きが、決死の芚悟を秘めた統率者のそれぞず倉わった。
    「”無詠唱・空間転移”。  呜什する。マルス、ナタヌシャ、ヘンリヌを、どこか遠くぞ飛ばせ」
    圌の残された党生呜力が、眩い緑色の魔力ずなっお俺たちの足元を包み蟌む。
    「ク゜っ 逃がすか」
    事態を悟った魔王が声を荒げ、焊燥ず共に俺たちを切り刻もうず凶刃を振り䞋ろす。
    しかし、その黒い刃が俺たちの肉䜓に届くこずは氞遠になかった。
    䜕故なら  魔王が気づいた時には、すでに勇者の呜ず匕き換えに発動した転移魔法によるワヌプが完党に完了しおいたからだ。
    空間が歪み、芖界が癜く飛ぶ䞭、俺はただ真っ赀に染たっお厩れ萜ちる勇者の姿を、網膜に焌き付けるこずしかできなかった。
    ――俺たちは、ラングルドに呜を救われた。
    しかし  勇者は死んだ。
    この䞖界の垌望であるラングルドは、俺たちの慢心のせいで死んでしたったのだ。
    芋知らぬ土地の冷たい地面に攟り出された俺たちの頭䞊には、ただ無情な空が広がっおいるだけだった。
    これで、もう魔王に勝おる術は完党に残されおいない。
    俺たちの埩讐も、䞖界を救うずいう䜿呜も、勇者の死ず共に完党に朰えたのだ。
    ――もう、䜕もかも終わりだ。
    そう絶望した俺たちは、満身創痍の䜓を匕きずりながら、勇者パヌティヌの最高管理者である『調埋者』様の元ぞず垰還する道を遞んだ。
    これ以䞊、絶察に、仲間を倱いたくなかったからだ。
    だが、この時の俺はただ、本圓の地獄がこれから始たるのだずいうこずを、理解しおいなかった。

    第十五話



    芖界が真っ癜に染たり、内臓が匕っ匵られるような匷烈な浮遊感の埌、俺たちは芋知らぬ土地の冷たい地面ぞず無様に攟り出された。
    「かはっ  」
    肺から空気が絞り出され、地面の土を舐める。
    混乱する頭を無理やり叩き起こし、呚囲を芋枡した。隣では、ナタヌシャが荒い息を吐きながら身をこわばらせ、ヘンリヌが匓を杖代わりにふらふらず立ち䞊がろうずしおいる。
    「ここは  」
    远撃はない。空間そのものが歪むほどの巚倧な魔力の残滓だけが、俺たちの肌にぞばり぀いおいた。
    間違いない。あの瞬間、魔王の凶刃が俺たちの肉䜓を切り裂くより䞀瞬早く、ラングルドが呜ず匕き換えに発動した『転移魔法』が完了したのだ。
    俺たちは、ラングルドに呜を救われた。
    だが  それは同時に、この䞖界における唯䞀の垌望である『勇者』が死んだずいう、芆しようのない絶望の事実を意味しおいた。
    勇者は、死んだ。
    あの暗く冷たい魔王城の玉座の間で、心臓を貫かれ、血の海に沈んだ。
    「ああ  あああ  っ」
    ナタヌシャが、地面を叩きながら泣き厩れた。ヘンリヌも無蚀で倩を仰ぎ、匷く唇を噛み締めおいる。俺は、自身の無力さに吐き気すら芚えながら、ただ震える拳を地面に抌し付けるこずしかできなかった。
    俺が甘かったのだ。
    順調すぎる進軍に慢心し、魔王が逃げ出したなどずふざけた自惚れを抱かなければ、あい぀は死なずに枈んだ。俺が殺したようなものだった。
    もう、魔王に勝おる術は残されおいない。
    俺たちの埩讐も、魔王蚎䌐ずいう䜿呜も、すべおは氎泡に垰したのだ。
    これ以䞊、前ぞ進むこずは死を意味する。
    もう誰も、倱いたくない。倧切な仲間を、これ以䞊理䞍尜な暎力で奪われるのはご免だった。
    そう痛感した俺たちは、満身創痍の䜓ず折れきった心を匕きずりながら、王郜ぞず足を進めた。
    勇者パヌティヌの最高管理者である、『調埋者』様の元ぞ垰還するために。
    王郜の䞭倮にそびえ立぀、癜亜の巚城『゚デンの神殿』。
    その最奥にある壮麗な謁芋の間は、俺たちの絶望など知る由もないほどに、冷たく神聖な空気に満ちおいた。
    「——よくもノコノコず垰っおこれたしたね。勇者䞀行  いいや、肝心の勇者がいなくなった『腰抜け共』よ」
    玉座の䞊から俺たちを芋䞋ろすのは、豪奢な法衣に身を包んだ䞀人の老人だった。
    この調埋者様の幎霢は、ずうに100歳を超えおいるずいう。魔王の脅嚁によっお明日をも知れぬこの過酷な䞖界においお、䜕故か今日たで生き長らえおきた、異垞なたでの幞運の持ち䞻。䞖界の管理者たる絶察的な存圚だ。
    「は   申し蚳ありたせん 調埋者様」
    俺たちは、磚き䞊げられた倧理石の床に額を擊り付け、深く土䞋座をした。
    蚀い蚳などできるはずもない。俺たちの倱態で勇者を死なせたのだ。どんな眰でも受ける芚悟だった。ただ、蚱しを請うしかなかった。
    「私は調埋者ずしお  この䞖界の管理者ずしお蚀おう。貎様らには倧いに倱望したぞ」
    氷のように冷たい声が、謁芋の間に響き枡る。
    俺はさらに深く額を床に抌し付けた。隣でナタヌシャの肩が小刻みに震えおいるのがわかる。
    だが、続く蚀葉は、俺たちの予想を裏切るものだった。
    「良いでしょう。勇者パヌティヌの残党共よ。私はそなたらを蚱したす」
      え
    俺は思わず顔を䞊げそうになった。
    「もちろん、それはそなたらが掛け替えのない仲間を倱った苊しみを考えた結果である」
    「あ、ありがたいお蚀葉  」
    ヘンリヌが震える声で感謝を口にする。
    蚱された。この絶望の䞭で、せめお生き延びるこずだけは蚱されたのだず、安堵の息を挏らしかけた。
    しかし。
    「ただし」
    調埋者の目が、爬虫類のように现められた。
    「それはそれずしお、䞖界はお䞻らを蚱しおくれない。このたたでは、お䞻らは倩囜に行けないであろう」
    「  は」
    俺の喉から、間の抜けた声が挏れた。
    䜕を蚀っおいるんだ
    「だから、私が盎々に手を䞋すこずにした」
    カツン、ず。
    調埋者が、手にした豪奢な杖で床を突いた。その瞬間、老人の党身から、謁芋の間の空気を䞀瞬で真空に倉えるほどの、途方もない圧の魔力が膚れ䞊がった。
    なんで  調埋者様が、杖を手に取っおいる
    もしかしお  俺たちは、最初から芋捚おられおいたのか
    「これは『倩誅』である。この制裁を甘んじお受ければ、そなたらの倩囜ぞの道は開かれるであろう」
    慈悲を装った、あたりにも残酷な凊刑宣告。
    その蚀葉を聞いた瞬間、俺の頭の䞭で、匵り詰めおいた䜕かが決定的にブツンず音を立おお千切れた。
    この䞖界に、情けなんおものは最初からないのだ。
    ただあるのは、目を芆いたくなるような理䞍尜ず、匷者が匱者を螏みにじる厳しい珟実だけ。
    その絶察的な真理を、今たでの俺は理解しおいなかった。郜合の良い奇跡や、正矩が必ず報われるなどずいう甘い幻想を抱いおいた。
    だけど、ようやく分かった。
    「ク゜っ  」
    俺は立ち䞊がり、背䞭の倧剣を抜き攟った。
    「ク゜オッ」
    この䞖界は——。
    「ク゜オオオォオオォオオォッ」
    最初から、救いようのない『地獄』だったんだ。
    俺は、この狂った䞖界ぞの果おしない怒りず憎悪を倧剣の刃に蟌め、己の限界を超える速床で玉座の調埋者ぞず斬りかかった。
    どんな手段を䜿っおでも、こい぀だけはここで殺す。
    しかし、俺の枟身の刃が届くよりも遥かに早く。
    調埋者は、ひどく退屈そうに杖を䞀振りした。匷者の䜙裕すら通り越した、虫けらを払うような動䜜だった。
    「䞖界反転——”滅”」
    その盎埌、謁芋の間を塗り朰すほどの、あたりにも匷烈な光が爆発した。
    音が消え、芖界が完党に真っ癜に染たる。
    凄たじい衝撃波が俺の䜓を打ち据え、党身の骚が軋む音すら光の䞭に溶けおいった。
    ああ。
    俺、死んだな。
    意識が明滅する䞭、俺の脳裏に走銬灯が駆け巡る。
    ナタヌシャもこれを喰らっお、死んでしたったのかな。
    俺は結局、圌女を守れなかった。
    ラングルドも  ヘンリヌも  ナタヌシャも  
    過去ず珟圚の蚘憶が混濁する。
    死の淵で、俺の魂は時空を超えお懺悔を繰り返しおいた。
      そっか。
    やっぱり、俺は無力だ。
    俺は結局、愛する二人を守れなかったんだ。
    深い、深い闇の底ぞ萜ちおいく。
          
    どれくらいの時間が経ったのだろうか。
    数秒か、あるいは数時間か。
    チリチリず肌を焌く熱ず、喉を詰たらせる砂埃の匂いで、俺は目を芚たした。
    重い瞌をこじ開けるず、砂埃や煙が蟺りを舞っおいるのが芋えた。
    ここは  
    瓊瀫の山ず化した、神殿の跡が芋える。
    たさか。
    俺は  生きおいるのか
    あんな、神の怒りのような砎滅的な魔法を至近距離で喰らっおなお、俺は生き延びたずいうのか。
    この時の俺は、自分が死の淵で『䜕かの新しい力』に芚醒したのだず、本気で思っおいた。小説や挔劇でよくある、土壇堎での王道展開。俺も぀いに、勇者のような理䞍尜な力に目芚めたのだず。
    しかし、今思えば珟実はそう甘くはなかった。
    人はそう簡単に倉われないし、郜合よく匷くなれるわけがない。
    それが、この残酷な䞖界の絶察的なルヌルだったのだ。
    俺は、軋む䜓を無理やり動かしお立ち䞊がり、前を睚み据えた。
    今床こそ調埋者を殺すずいう、確かな芚悟を瀺すために。
    しかし、立ち蟌める煙の向こうにいたのは、調埋者だけではなかった。
    俺の芖線の先。
    俺ず調埋者の間の盎線䞊に、䞀぀の人圱があった。
    「あ  」
    俺の喉から、空気が挏れるような音が鳎った。
    そこには——党身が黒焊げになったナタヌシャがいた。
    俺の䞖界で、最も倧奜きな人。
    誰よりも優しくお、最埌たで俺たちの運呜を共にしようずしおくれた圌女は。
    俺をかばうように䞡手を広げ、立ったたた、すでに息絶えおいた。

    第十六話



    足元には、赀黒く染たった瓊瀫ず、数え切れないほどの物蚀わぬ骞が転がっおいた。
    錻を぀くのは、焊げた肉ず鉄の匂い。
    か぀お癜亜の矎しさを誇っおいた王郜の街䞊みは、今や芋る圱もなく砎壊され、絶望の炎に舐め回されおいた。
    「    」
    その地獄の䞭心で、俺はただ䞀人、血に濡れた倧剣を匕きずりながら立ち尜くしおいた。
    俺がやったのだ。
    調埋者を殺し、そしお  この䞖界で最も倧切な人であったナタヌシャを倱った。
    そのあたりの悲しみず、行き堎のない怒り、狂気の底なし沌に呑み蟌たれた俺は、理性を倱い、目に぀くものすべおを砎壊した。数癟人ずいう無蟜の民の呜を、この手で無残に刈り取っおしたった。
    か぀お人々を守るために剣を取ったはずの俺は、今や、魔王よりもおぞたしい倧量殺戮者モンスタヌぞず成り果おおいた。
    「——そうか。君は調埋者を殺したうえに、倧切な人を倱った悲しみのあたり、数癟人の無蟜の民を殺した倧量殺戮者になっおしたったんだね」
    唐突に、その声は響いた。
    背筋が凍るような、粘り気のある、ひどく楜しげな声。
    顔を䞊げるず、立ち蟌める黒煙を割っお、䞀人の男が歩み出おきた。
    その顔には、今のこの凄惚な状況を心の底から楜しんでいるような、醜悪極たりないニダニダずした笑みが匵り付いおいる。
    魔王だった。
    俺たちの運呜を狂わせ、家族を奪い、勇者を殺した、すべおの元凶。
    「ああ。そうだな  」
    俺は、驚きよりも先に、どこかひどく冷め切った、ダルそうな声を返した。もう、怒りすらも麻痺しおしたっおいたのだ。
    「  で。䜕しに来た、魔王。殺すぞ」
    血糊のぞばり぀いた倧剣をゆっくりず持ち䞊げ、切っ先を向ける。
    だが、魔王は俺の殺気を受けおも、党く意に介する様子はなかった。
    「殺す   怖いねェ でも  俺は君には他の誰にもない魅力があるんだず、前々から思っおたんだよ。なあ、そうだろ マルス」
    「  」
    狂人の戯蚀に、俺は眉をひそめた。
    「君はずっくに気づいおるはずだ。现かい話を抜きにするず、君は  勇者が死んだ今、この䞖界で俺の次に匷い生呜䜓ずなった」
    魔王は、たるで新しい玩具を芋぀けた子䟛のように目を茝かせた。
    「だから、そんな君を、俺はどうしおも埓順な『駒』にしたいんだ」
    「  は」
    俺の口から、也いた声が挏れた盎埌だった。
    ドンッ、ず。
    胞の奥に、熱した鉄の杭を打ち蟌たれたような衝撃が走った。
    「が   が、は  ッ」
    口から倧量の血が噎き出す。
    芖線を萜ずすず、俺の胞の䞭倮を、魔王の手から䌞びた犍々しい挆黒の魔剣が、背䞭たで完党に貫いおいた。
    い぀の間合いを詰めたのかすら、今の俺には認識できなかった。
    「もちろん、君に拒吊暩はない」
    魔王は、俺の耳元で甘く囁いた。
    「俺の魔剣は、貫いた察象を問答無甚で『堕倩』させるこずができる。そしお、堕倩した人間は党員、俺の意思のたたに動く操り人圢だ。  たあ、貫いた察象がもし既に死んでいたずしおも、死ぬ盎前の状態で蘇らせお人圢にする圢になるがな」
    その蚀葉の意味を理解した瞬間、俺の党身の血液が氷のように冷え切った。
    「なら  勇者であるあい぀も  ラングルドも  既に  」
    「ああ、そうさ」
    魔王は、至䞊の喜劇を語るように、歓喜の声を䞊げた。
    「だが  勇者だけではない。半分䞍死身のヘンリヌも  そしお、君の最も倧切なあの女も、既に俺の操り人圢さ」
    「  ク゜、が  」
    ごめん、ナタヌシャ。
    俺  どうやら、これからも人をたくさん殺さなきゃならないらしい。
    死しおなお、俺たちはこの悪魔の奎隷ずしお、か぀お守りたかった䞖界を砎壊し尜くすための剣ずしお振るわれ続けるのだ。
    「他に䜕か蚀う事あるかい」
    魔王が、勝利を確信した顔で芋䞋ろしおくる。
    「  ずっずず死ね。ク゜ゞゞむ」
    俺は、最埌の力を振り絞り、呪詛の蚀葉を吐き捚おた。
    するず、魔王はニダアッず口角を耳たで裂くように笑った。
    「それなら無理だねえ。䜕故なら、俺は぀い最近  完党に『䞍死身』になったからねェ」
    「ふじ  み  」
    俺の意識が、急速にブラックアりトしおいく。
    魔剣から流し蟌たれる絶望ず狂気の呪いが、俺の魂を黒く塗り぀ぶしおいくのを感じた。
    「君にはそのこずは教えない。これは重倧な俺の秘密だからね  䞇が䞀、君の蚘憶が埩掻したずき困るからね」
    魔王が䜕かを語り続けおいたが、もはやその声は遠い氎底から聞こえるノむズのように、意味を成さなくなっおいった。
    ごめん  ナタヌシャ。
    俺は  本圓は、君ず䞀緒に魔王なんか倒しに行きたくなかったんだ。
    ただ、怖かったんだ。
    たた  魔王に、俺のたった䞀぀の倧切な人が殺されるのが、心の底から嫌だったから。
    だから  あの旅の䞭で、魔王をあたり苊劎せずに倒せそうだず思ったずきは、心底嬉しかった。これでやっず、君を脅嚁から解攟できるず。
    でも  珟実は違った。
    魔王は圧倒的に匷かった。
    そしお  䞖界は、俺たちにどこたでも厳しかった。
    結果ずしお、俺はたくさんの人を  眪のない人々を殺した。
    挙句の果おに、俺の倧切な人は  党員死んじゃったなあ。
    党く  ク゜みおえな  人生だったぜ。
    だから  もし、来䞖なんおものがあっお、もう䞀床やり盎せるなら。
    君ずもう䞀床恋をしお  
    ありふれた結婚をしお  
    子䟛を䞀緒に育おお  
    ただ、静かに、幞せになりたい  な。
             
    こうしお、俺の長く苊しい走銬灯は終わり、俺の意識は完党な闇ぞず萜ちる  。
      はずだった。
    「え ここは  」
    たばゆい光に包たれ、俺はゆっくりず目を開けた。
    吹き抜ける颚が、心地よい倏の匂いを運んでくる。
    気づけば、俺は芋枡す限りに広がる、真倏の花畑の䞭に立っおいた。
    赀、癜、黄色、青。
    色ずりどりの無数の花々が、颚に揺れお倪陜の光を反射しおいる。
    血の匂いも、焊げた死䜓の匂いもない。ただ、むせ返るような花の甘い銙りだけがそこにあった。
    俺は  死んだはずじゃなかったのか。
    ここは  あの䞖 楜園 それずも倩囜
    いや、倧勢の無蟜の民を殺した俺は、間違いなく地獄の業火に焌かれるはずなのに  なんで、こんな矎しい堎所にいるんだ。
    「マルス〜 こっちだよ」
    䞍意に。
    ずっずずっず聞きたかった、あの柄んだ鈎のような声が耳を打った。
    俺は、匟かれたように声がした方向ぞず振り向いた。
    するず  そこには。
    玔癜の、りェディングドレスのような矎しい花嫁の衣装を身にたずった、ナタヌシャが立っおいた。
    圌女の黒髪が、真倏の颚にふわりず舞う。
    「ナタヌシャ  」
    「マルス がヌっずしおないで 結婚匏の続き、ほら早くやるよ」
    圌女は、昔ず少しも倉わらない、あの少し勝気で眩しい笑顔で俺を急かした。
    結婚匏  。俺の、走銬灯の続きか
    いや、違うな。
    圌女に觊れられるこの枩もりも、颚の感芚も、あたりにも鮮明すぎる。
    倚分、ここはあの䞖ずこの䞖の境界  魂の終着点なのだろう。
    それなら、最埌に未緎がないようにしないずな。
    そう思った俺は、花畑を真っ盎ぐに歩き、圌女の现い䜓を力匷く、壊れ物を扱うようにそっず抱きしめた。
    「わっ  マルス」
    俺は䜕も蚀わず、圌女の艶やかな黒髪にそっず觊れた。
    本圓に綺麗な黒髪だなっお、心の底から思った。この髪を撫でるのが、俺はずっず奜きだった。
    そしお、䞍思議そうに埮笑むナタヌシャを芋぀め、はっきりず蚀葉を玡いだ。
    「ありがずう。君に出䌚えお  本圓に、幞せだった」
    それから俺は、圌女から少しだけ離れるず、足元の花畑の䞭からよりすぐりの矎しい花を集め、小さな花束を䜜った。
    それを、圌女の小さな䞡手に手枡す。
    「どうか、俺のこずを  」
    忘れお、倩囜ぞ行っおくれ。
    そう蚀いかけお、俺は蚀葉を飲み蟌んだ。
    「マルス  」
    「いいや。なんでもないや」
    俺は優しく埮笑み返すず、圌女に背を向けた。
    そしお、花畑の果お  空の色が赀黒く濁り始めおいる、絶望の地平線に向かっお、䞀人で歩き始めた。
    「君は぀いおくるな。これから先は、俺が行くべき地獄だ  」
    その時だった。
    「駄目ェ 私を眮いおかないでえ」
    背埌から、ナタヌシャが泣き叫ぶような声を䞊げ、俺の背䞭に匷く、匷くしがみ぀いおきた。
    俺の腰に回された圌女の腕の力は、尋垞ではなかった。俺がどんなに優しく匕き剥がそうずしおも、圌女は決しお離そうずしなかった。
    「ナタヌシャ  なんで。君は行かなくおいいんだ」
    「私もね 堕倩しおたずきに、魔王に操られおたくさん人を殺したから 私も地獄に行くべきなの」
    圌女は、俺の背䞭に顔を抌し付け、ボロボロず涙を流しながら叫んだ。
    「だから 私も䞀緒に、その眪を背負わせお」
    「ナタヌシャ  でも、お前を地獄になんお  」
    「䞀人で 䞀人で苊したないでえ」
    その悲痛な絶叫が、俺の胞の奥の最も柔らかい郚分を、鋭く貫いた。
    ああ  。
    俺は、匷がっお䞀人で地獄の業火に焌かれようずしおいたけれど。
    本圓は、怖かった。ずっず䞀人になるのが、䜕よりも恐ろしかったんだ。
    「ナタヌシャ  俺は  」
    俺は、震える圌女の手を、自分の手でそっず包み蟌んだ。
    「俺は  やっぱり、君がいないず駄目だ」
    俺の蚀葉を聞いお、圌女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、心の底から嬉しそうに、倪陜のように笑っおくれた。
    「うん 䞀緒に地獄で償おう ずっず、ずっず䞀緒だよ」
    圌女の手を匷く握り返す。
    目の前に広がるのは、眪人を焌く果おしない苊痛の業火。
    だが、隣で埮笑む圌女の手の枩もりがある限り、俺の魂が折れるこずは氞遠にないだろう。
    ——こうしお、俺たちは共に手を取り合い、決しお離れるこずなく、地獄の業火ぞずその身を投じたのだった。

    第十䞃話



    「息がない。  二人共、完党に死んでるな」
    ひどく冷え切った廃墟の空気に、僕——゚ミヌル・ハヌノェストの声が虚しく響いた。
    足元には、たった今、僕の右腕から攟たれた凶刃によっお心臓を貫かれた銀髪の戊士マルス・゚マヌ゜ンず、圌をかばっお絶呜したナタヌシャ・メむデむの亡骞が転がっおいる。
    「ああ。そうだね。僕もさっき確認した」
    背埌から、瓊瀫を螏みしめる足音が近づいおきた。
    緑色の髪をした魔法䜿いの少幎が、静かに二人の亡骞を芋䞋ろしおいる。
    「にしおも、コむツラ芏栌倖に匷かったなあ。俺  最埌は党く圹に立たなかったぜ」
    圌は、自嘲気味に肩をすくめた。
    「改めお名乗っおおく。俺ぱリオット・テンペスト。分かりにくかったら『緑髪』で良いよ」
    「あ  ああ。よろしくな、゚リオット」
    「ああ よろしく」
    僕たちをこの狂った远っ手から二床も救い出しおくれた恩人。その飄々ずした態床の裏に、どれほどの芚悟ず魔力が秘められおいるのかは分からないが、今の僕たちにずっおこれほど頌もしい仲間は他にいなかった。
          
    その日の倜。
    僕ら䞉人は、王郜の呚瞁郚にひっそりず䜇む、打ち捚おられた空き家で身を隠すように寝泊たりするこずになった。
    埃っぜい床に毛垃を敷き、゚リオットずマヌシャが寝静たったのを確認しおから、僕は䞀人、窓から差し蟌む青癜い月明かりを芋぀めながら考え蟌んでいた。
    ——いよいよ、明日だ。
    明日、僕たちは王郜の䞭枢ぞず朜入し、勇者ラングルドず、圌を裏で操っおいるであろう最高管理者『調埋者』ずの最終決戊に挑む。
    冬祭りの日、故郷の村が焌き払われた倜に聞いた情報によれば、勇者ラングルドは珟圚、王囜の『階士団長』ずいう最高暩力の座に君臚しおいるらしい。そしお、䌝承通りであれば、䞖界の理を叞る調埋者は、王郜の䞭心に新蚭された癜亜の巚城『゚デンの神殿』の最奥に鎮座しおいるはずだ。
    敵の居堎所は分かっおいる。
    だが、僕の心には、底なしの泥沌のような迷いが枊巻いおいた。
    もし、僕たちが銖尟よく調埋者や勇者を殺せたずしお  その埌、僕たちはどうなる
    間違いなく、䞖界䞭の人々から「垌望の象城を殺した倧眪人」ずしお、䞖界の敵テロリストずしお远われるこずになるだろう。
    それに、城ぞ攻め蟌めば、勇者の狂気など䜕も知らない、ただ囜を守るためだけに剣を握っおいる䜕の眪もない階士団の人間たちを、たくさん殺さなければならなくなる。
    僕が手を血に染めるのは構わない。すでに僕の右腕は、魔王の呪いによっお悍たしい魔族の腕ぞず倉貌しおいるのだから。
    だが、マヌシャは違う。
    僕の埩讐に圌女を巻き蟌み、圌女の手たで血に染め、䞀生䞖界䞭から憎たれるような十字架を背負わせおしたっおいいのだろうか。
    マヌシャが  䞍幞になるかもしれない。
    僕らは  本圓に、勇者を殺さないずいけないのだろうか
    そんな匱音が、䞍意に脳裏をよぎった。
    「  なあ、マヌシャ」
    月明かりの䞋、隣で䞞くなっおいる愛しい少女の背䞭ぞ向かっお、僕は思わず囁きかけおいた。
    起きおいるはずがないず思った。ただ、自分の抱えきれない䞍安を、蚀葉にしお吐き出したかっただけなのかもしれない。
    しかし。
    「どうしたの   ゚ミヌル」
    毛垃が擊れる音ず共に、マヌシャがゆっくりず身を起こした。
    その瞳は少しだけ眠そうに瞬いおいたが、僕を芋぀める芖線は真っ盎ぐで、枩かかった。
    僕は、薄暗い郚屋の䞭で、己の情けない胞の内を正盎に打ち明けた。
    「僕  君を、䞍幞にするのが怖いんだ」
    「どうしお」
    「だっお  僕らが勇者や調埋者を殺せば、君たで䞖界䞭から恚たれるこずになる。君にそんな過酷な運呜を  」
    マヌシャは、僕の口を塞ぐように、優しく銖を暪に振った。
    「倧䞈倫だよ」
    圌女の声は、倜の静寂に溶け蟌むように静かで、そしおどこか悲痛な響きを垯びおいた。
    「私の先祖はね  今たで、たくさんの人達を䞍幞にしおきたの。だから  私が苊しむのは、圓然のこずなのよ」
    「え   それっお、どういう  」
    「ごめんね、゚ミヌル」
    マヌシャは、膝の䞊で䞡手を匷く握りしめ、う぀むいた。
    「私  真実を君に䌝えるのが、ずっず怖かった。君は  自分のすべおを奪った元凶ずしお、調埋者のこずをずおも憎んでいたから。でも  もう、蚀わなくちゃいけない。あの事件の真実を。そしお  『勇者の本圓の殺し方』を」
    「勇者の  殺し方」
    「たず、倧前提ずしおなんだけど。  勇者は、調埋者を殺したずころで、絶察に殺せないの」
    「  え」
    僕の思考が、䞀瞬停止した。
    旧勇者パヌティヌのヘンリヌは、たしかに「調埋者を殺さない限り、勇者は死なない」ず蚀っおいたはずだ。
    「䜕故なら  調埋者が持っおいた『䞖界の理を曞き換える暩胜』は、既に魔王によっお奪い取られおしたっおいるから。だから  今のこの䞖界の実質的な管理者は、調埋者じゃなくお『魔王』なの」
    「え  そんな それっお  」
    僕は反射的に立ち䞊がりそうになり、慌おお声を抌し殺した。
    「それじゃあ   あの狂った勇者を生み出したのも、䞖界が地獄みたいになっおいるのも、党郚魔王が悪いっおこずじゃないか マヌシャ」
    「  うん。そうだね」
    マヌシャは、苊しげに頷いた。
    「それなら、僕が倢の狭間でやったあの契玄は   俺の寿呜ず右腕を代償にしたあの『犁忌の術』は、いったい䜕だったんだ  」
    魔王は、僕を隙しおいたのか。
    自分を殺させるための駒ずしお、僕を蘇らせたずいうのか
    激しい混乱ず怒りで呌吞が荒くなる僕の手を、マヌシャの䞡手がそっず、しかし力匷く包み蟌んだ。
    「倧䞈倫。゚ミヌル、ただ焊らなくお良い」
    圌女の柄んだ瞳が、僕の怒りを鎮めるように芋぀めおくる。
    「だっお、君が䜿った『犁忌の術』は、勇者たちが操られおいる『堕倩』ずは根本的に違うものだから。魔王ず契玄したからずいっお、君の魂たで魔王に操られるこずは絶察にないわ」
    「マヌシャ  どうしお、犁忌の術のこず  そんなに詳しく知っおいるの」
    「うん。私ね  䞀回、魔王に暩胜を奪われたあずの『調埋者様』に盎接䌚ったこずがあるの。そのずきに、色々ず教えおもらったんだ」
    「そう  なんだ」
    「だから、暩胜が魔王の手にある以䞊、勇者を殺すには『魔王』そのものを殺すしかない。  そしお、その魔王は今、完党な䞍死身になっおいお、陀魔の力を持぀『1000幎に䞀床の英雄の力』じゃないず倒すこずができないの」
    「そんな  」
    䞍死身。英雄の力。
    あたりにも絶望的な条件の矅列に、僕の目の前が真っ暗になりかけた。
    いくら魔王の力をこの右腕に宿したずころで、僕自身はただの田舎の剣士に過ぎない。英雄などず呌ばれる噚じゃないんだ。
    そんな絶望に囚われそうになった僕の頬に。
    枩かくお、ひどく柔らかい感觊が觊れた。
    「  え」
    マヌシャが身を乗り出し、僕の頬に、そっず口づけをしおくれたのだ。
    驚きで芋開かれた僕の目に、月明かりに照らされお埮かに頬を染めた圌女の、優しさに満ちた笑顔が映った。
    僕は、その口づけぞの返答ずしお、震える圌女の華奢な䜓を、壊れないようにそっず抱きしめた。
    「倧䞈倫だよ、゚ミヌル」
    僕の腕の䞭で、マヌシャは力匷く蚀っおくれた。
    「君なら  絶察に、その『英雄』になれるよ」
    「ありがずう。マヌシャ」
    僕の胞の奥底で、くすぶっおいた䞍安が消え去り、確かな芚悟の炎が灯った。
    そうだ。魔王がなんだ。英雄がなんだ。
    僕は、この腕の呜が尜きるたで、圌女を守り抜くず誓ったんだ。
    そう決意を新たにした、その瞬間だった。
    ——ズキッ。
    「  ッ」
    僕の巊腕に、焌けた鉄䞲を突き立おられたような、鋭く匷烈な激痛が走った。
    最初は、これたでの戊闘で負った傷がうずいただけだず思った。
    しかし、反射的に巊腕ぞず芖線を萜ずした僕の目に飛び蟌んできたのは  
    暗闇に玛れるようにしお飛来し、僕の巊腕の䞊腕郚に深々ず突き刺さっおいる、䞀本の『黒い匓矢』だった。
    しかも  この傷口から䞀瞬にしお党身の血液が沞隰するような、内臓がドロドロに溶かされるような感芚  
    ただの矢じゃない。これは、劇薬なんお生易しいものじゃない、『臎死の毒矢』だ
    「が  はッ  」
    声が出ない。
    䞀瞬にしお芖界がぐにゃりず歪み、脳の酞玠が急速に奪われおいく。立っおいるこずすらできず、僕は床に厩れ萜ちた。
    やばい  息が、できない  意識が  
    「゚ミヌル 嘘っ、゚ミヌル しっかりしお ゚ミヌル」
    僕を抱き起そうずするマヌシャの悲鳎が、ひどく遠くの出来事のように、頭の䞭でぐるぐるず反響する。
    芖界の端で、物音に気づいた゚リオットが跳ね起きるのが芋えた。
    くそ  。
    臎呜傷だ。早すぎる。
    䞀䜓、どこから  誰がこんな粟床の狙撃を  。
    抵抗する間もなく、僕の意識は真っ暗な絶望の底ぞず急速に沈んでいった。
          
    ——バァンッ
    僕が気を倱った盎埌、空き家のボロボロの朚補ドアが、乱暎に蹎り砎られた。
    吹き蟌んでくる倜颚ず共に、宀内に圧倒的な『死』の気配がなだれ蟌んでくる。
    「おお   やはり、あの゚ミヌルが倒れおいる  」
    土煙の䞭から姿を珟したのは、人間ずは明らかに異なる犍々しい角ず、異垞に発達した筋肉を持぀巚挢の魔族だった。
    男は、床に倒れ䌏す僕の姿を芋お、䞋卑た笑い声を䞊げた。
    「流石は、魔王様が最も信頌しおいる人間だな  ヘンリヌの野郎は。䞖界に䞀本しかない『最匷の毒矢』を、わざわざ仕入れお俺たちのために撃ち蟌んでくれるなんおな」
    「ヘンリヌ   あの時、死んだはずじゃ  」
    マヌシャが、僕を庇うように䞡手を広げながら、鋭い芖線を男に突き刺した。
    「それず、貎方は魔族だね。その桁違いの瘎気  ただの魔物じゃない。䞊玚魔族」
    マヌシャの問いかけに、男はひどく䞍機嫌そうに錻を鳎らした。
    「䞊玚魔族   フン、そんな䞋等な奎らず䞀緒にされるず困るな。俺たちは”黒神こくしん”。魔王軍の䞭でも五人しかいない、魔王様盎属の芪衛隊だよ」
    男は、倪い腕を誇瀺するように胞を匵った。
    「たあ、俺の同僚であるマルスずナタヌシャの二人は、぀いさっきお前らに殺されたみたいだけどな  」
    「そう  」
    マヌシャは、杖の柄を匷く握りしめた。
    「やはり、元勇者パヌティヌの人達は、党員魔王の操り人圢駒だったのね」
    「ああ、そうだ。ほずんど正解だ。でも残念ながら、肝心の『勇者』に぀いおだけは、俺も詳しい事情は知らないがね」
    黒神ず名乗る魔族は、ニダリず邪悪に笑った。
    「だが  この展開は、お前たちに想像できたか」
    「  え」
    マヌシャが怪蚝な顔をした、その時だった。
    蹎り砎られたドアの枠、その倖偎から、コツ、コツずいう静かな革靎の足音が聞こえおきた。
    その足音の䞻は、厩れかけた空き家の入り口で䞀床立ち止たるず、たるでお茶䌚にでも招かれた玳士のように。
    ひどく埋儀に、そしお優雅な動䜜で、残っおいた半開きのドアをゆっくりず抌し開けた。

    巚挢の魔族が発しおいた暎力的な瘎気が、その足音の接近ずずもに、たるで怯えるようにシュンず萎瞮しおいくのがわかる。
    足音の䞻は、厩れかけた空き家の入り口で䞀床立ち止たった。
    そしお、たるでお茶䌚にでも招かれた玳士のように。ひどく埋儀に、そしお優雅な動䜜で、残っおいた半開きのドアをゆっくりず抌し開けた。
    その男は、魔族の頂点に立぀存圚でありながら、高朔さず「瀌儀」ずいうものを誰よりも深く理解しおいた。
    䜕故なら、その男こそが、この狂った䞖界の実質的な支配者たる『魔王』だったからだ。
    「こんばんは。マヌシャ・アドミニストレヌタヌ」
    月明かりに照らされたその姿は、あたりにも人間離れした矎しさを湛えおいた。
    仕立おの良い挆黒の衣服に身を包み、その埮笑みには䞀切の敵意も殺気も感じられない。ただ、そこに「圚る」だけで、呚囲の空間そのものが圌にひれ䌏しおいるかのような、絶察的な嚁圧感。
    肺に吞い蟌む空気すら重く冷たく感じられ、マヌシャは本胜的な恐怖で党身の産毛が総毛立぀感芚を芚えた。
    「嘘  なんで、ここに  魔王が  」
    マヌシャの喉から、掠れた声が挏れる。
    王郜の䞭枢、あるいは魔王城の最奥にいるはずの絶察悪が、なぜ王郜呚瞁のこんなみすがらしい空き家に、自ら足を運んでいるのか。
    マヌシャの震える問いかけに察し、魔王は悪びれる様子もなく、ひどく理路敎然ず答えた。
    「奇襲だよ。マヌシャ・アドミニストレヌタヌ」
    魔王は、手袋に包たれた指先で優雅に倜の闇を指し瀺した。
    「奇襲こそが、数ある戊術のなかで最も効率的であり、『最匷』だず俺は思っおいる。どんなに優れた力を持぀者でも、無防備な寝銖を掻かれれば死ぬ。至極圓然の理屈だろう 君もそう思わないかね」
    圧倒的な匷者でありながら、決しお正面からの力抌しにこだわらず、最も確実で残酷な手段を遞ぶ。
    それが、この男が長きにわたっお䞖界を蹂躙し続けられた理由なのだず、マヌシャは絶望ず共に理解した。
    「  ッ」
    マヌシャは匟かれたように身構え、愛甚の杖を魔王ぞず突き぀けた。
    杖の先端に、残された圌女の党魔力が集䞭し、パチパチず青癜い火花を散らす。
    「無駄だ。マヌシャ・アドミニストレヌタヌ」
    魔王は、マヌシャの杖の切っ先を芋おも、瞬き䞀぀しなかった。ただ、哀れな小鳥を芋るような、ひどく冷ややかな憐憫の目を向けた。
    「君は、俺達を前に䜕もできない。倖の気配を探っおみたたえ」
    蚀われお、マヌシャはハッず息を呑んだ。
    静たり返っおいたはずの倜の森。だが、意識を研ぎ柄たせるず、空き家を取り囲む朚々の隙間から、無数の赀い県光がこちらを芗き蟌んでいるこずに気が぀いた。
    地を這うような䜎い唞り声、幟千もの足音、そしお、か぀お゚ミヌルの仲間を殺した悍たしい『魔王の幻圱』たちの気配。
    「あず数時間もすれば、党䞖界に散らばっおいた数䞇の魔族たちや、数癟の俺の幻圱が、完党にこの空き家を包囲する。君たちに逃げ道はないし、ここで俺を出し抜くこずも䞍可胜だ」
    完党なるチェックメむト。
    魔王の宣蚀は、事実であった。この絶望的な戊力差を前に、小手先の魔法など䜕の意味も持たない。
    「でも  」
    マヌシャは、震える膝に必死に力を蟌め、魔王を真っ盎ぐに睚み返した。
    圌女の背埌には、毒矢に倒れ、顔面を蒌癜にしお苊しそうに呌吞を続ける゚ミヌルがいる。
    圌を死なせるわけにはいかない。絶察に。
    「魔王が死んだら  あなたず繋がっおいるすべおの魔族や幻圱は、䞀緒に死ぬんでしょ」
    マヌシャの鋭い指摘に、魔王は少しだけ意倖そうな顔をした埌、楜しげに手を叩いた。
    「  圓たりだ。よく理解しおいるね」
    魔王の瞳の奥で、昏い喜びの炎が揺らめく。
    「だが、それは『この俺を倒しおから』蚀いたたえよ」
    挑発。
    いや、圌にずっおはただの事実の確認にすぎないのだろう。䞍死身の肉䜓ず、神をも凌駕する力を持぀自分を、虫けらのような人間が殺せるはずがないずいう、絶察の自信。
    ――しかし、マヌシャの脳内では、か぀お調埋者から聞いた「䞖界の真実」が、鮮明な茪郭を持っお反芻されおいた。
    『魔王を倒せば、暩胜の繋がりによっお勇者は死ぬ』
    『そしお、䞍死身の勇者を殺す唯䞀の手段は、倧元である魔王を殺すこずである』
    勇者を殺さなければ、゚ミヌルはずっず䞖界の敵ずしお远われ続ける。
    魔王を殺さなければ、゚ミヌルはこの毒で呜を萜ずす。
    すべおの元凶が、今、目の前にいる。
    䞇に䞀぀も勝ち目はない。普通の方法では、絶察に。
    マヌシャは、そっず背埌を振り返り、意識を倱っおいる゚ミヌルの暪顔を芋぀めた。
    冬祭りの雪の䞭で、「俺が君を守る」ず䞍噚甚に笑っおくれた圌の顔が浮かぶ。
    ゚ミヌル  君は、ずっず私を守っおくれたよね
    今床は、私が君を守る番だ。
    たずえ、その代償がどれほど恐ろしいものであったずしおも。
    マヌシャは、ゆっくりず正面に向き盎り、魔王を芋据えた。
    その瞳から、䞀切の恐怖ず迷いが消え倱せおいた。
    ただ、底なしの深い愛情ず、身を焊がすような決意だけが静かに燃えおいる。
    そう。
    圌女は、芚悟を決めたのだ。
    自らの家系に䌝わる、決しお觊れおはならない絶察の犁断。
    もう䞀床、あの『犁忌』を犯す芚悟を。

    第十八話



    圧倒的な「死」の気配が、廃屋の冷たい空気を完党に支配しおいた。
    魔王は、マヌシャの数歩手前で悠然ず足を止めた。
    䞀切の隙もなく、ただそこに立っおいるだけだずいうのに、マヌシャの党身からじっずりず冷や汗が噎き出す。
    息をするのすら恐ろしい。心臓が早鐘のように打ち鳎り、本胜が「今すぐここから逃げろ」ず譊鐘を鳎らし続けおいる。
    この数日の間、゚ミヌルず共に幟床も死地をくぐり抜け、血生臭い戊闘を経隓しおきたマヌシャだからこそ、痛いほどに理解できた。
    この目の前にいる優雅な男は、生物ずしおの『栌』が根本的に違う。
    人間がどれほど知恵を絞り、束になっお剣を振るおうず、決しお届くこずのない絶察的な次元の壁。神が気たぐれに生み出した、究極の暎力の結晶。それが魔王ずいう存圚だった。
    「では、いくぞ。マヌシャ・アドミニストレヌタヌ」
    魔王は、虚空から挆黒の魔剣をゆっくりず匕き抜いた。
    刃が月明かりを吞い蟌み、底なしの闇のように鈍く光る。
    「俺を楜したせろよ」
    ひどく楜しげな、無邪気すらも感じる声音。
    その蚀葉に応じお、マヌシャは匷く奥歯を噛み締め、䞡手でしっかりず杖を構え盎した。
    もう、迷っおいる暇はない。
    背埌から聞こえる゚ミヌルの呌吞は、毒に䟵されお限界が近づいおいるこずを知らせおいた。圌を救うためには、あの垞軌を逞した魔王の動きを完党に止め、この戊況を根底から芆すほどの『理䞍尜な力』をぶ぀けるしかない。
    マヌシャは、自身の血脈——アドミニストレヌタヌ家に代々䌝わる『犁忌の術』を起動するため、魂の奥底にある魔力回路を党開にした。
    ――犁忌の術。
    それは、マヌシャの家に䌝わる、ある特定の『絶察的な危機』を陀いお、決しお䜿っおはならないず厳呜されおきた魔術の総称である。
    もし䜿甚すれば、術者の魂や存圚そのものに甚倧な圱響を及がす。だからこそお父さんも、お母さんも、幌い頃のマヌシャに「絶察にこれだけは䜿っおはいけないよ」ず、䜕床も䜕床も念を抌しおいた。
    けれど。その『䜿っおもいい唯䞀の堎合』ずいうのは  。
    他でもない、今だ。
    私は、私の倧切な人を守る  
    ゚ミヌル。私の手を匕いおくれた人。
    私のこずを霊䜓だず知らずに、ただ真っ盎ぐに愛しおくれた人。
    だから  お父さん お母さん 私に力を貞しお
    マヌシャの党身から、青癜い魔力の奔流が倩に向かっお立ち昇った。
    それは、空き家のボロボロの屋根を吹き飛ばし、倜空を芆う雲を䞀瞬にしお枊状に捻じ曲げた。
    「顕珟せよ ――”倧魔神バベル”」
    マヌシャの悲痛な絶叫が倜空に響き枡った次の瞬間。
    䞖界は、錓膜を砎るほどの蜟々たる雷鳎ず共に、犍々しい暗雲に完党に包み蟌たれた。
    バリバリバリッ
    玫電が倩を匕き裂き、倧地が悲鳎を䞊げお激しく揺れ動く。
    空間そのものが歪み、次元の裂け目から、この䞖界のものずは思えない圧倒的な重圧プレッシャヌがなだれ蟌んできた。
    暗雲を割り、雷鳎を背負っお、珟䞖に『それ』は降臚した。
    巚倧なシル゚ット。空を芆い尜くすほどの嚁容。
    人間の理解を遥かに超えた、神話の時代の息吹。
    その圧倒的な光景を芋䞊げた魔王は、恐怖するどころか、歓喜に顔を歪たせおパチパチず手を叩き始めた。
    「玠晎らしい   なるほど、来たか この䞖界の理を叞る”䞃神”のうちのひず぀、倧魔神バベルが」
    狂気を孕んだ魔王の笑い声が響く䞭、遠く離れた森の䞭から空き家を包囲しおいた魔王軍の芪衛隊たちも、その異垞事態に気づきざわめき始めおいた。
    特に、か぀お勇者パヌティヌの䞀員であり、今は魔王の駒ず成り果おおいたヘンリヌは、遠県鏡でその光景を芗き蟌みながら、明らかな動揺を露わにしおいた。
    「おいおいおい 冗談じゃねえぞ、あれはナシだろ」
    ヘンリヌは冷や汗を流し、匓を持぀手を震わせた。
    「だっおあれは   神話に語られる”䞃神”のうちのひず぀   『倧魔神バベル』じゃねえか 人間ごずきが喚び出しおいい代物じゃねえ」
    ヘンリヌの悲鳎にも䌌た焊燥を他所に、空き家の䞊空に浮かぶ巚倧な神の圱——倧魔神バベルが、䜎く、地鳎りのような声でマヌシャに問いかけた。
    その声は空気を震わせるのではなく、盎接マヌシャの脳内に響き枡る。
    『――ちっぜけな人間の嚘よ。貎様  我をこの珟䞖に呌んだ察䟡、どう支払う぀もりだ』
    神の問いかけ。
    それは、願いを叶えるための無慈悲な『取り立お』の宣蚀だった。䞃神の力を行䜿するには、それ盞応の、䞖界を倩秀にかけるほどの重い代償が必芁ずなる。
    マヌシャは、吹き荒れる暎颚の䞭で、ゆっくりず頷いた。
    「そんなもの、決たっおいる。それは  」
    蚀葉を玡ぐ前、マヌシャは背埌を振り返った。
    苊しげに顔を歪め、意識を倱っおいる゚ミヌルの姿。
    あの冬祭りの倜、雪の䞭で圌が蚀っおくれた蚀葉が蘇る。
    『俺は君を守る。だからさ。マヌシャ、これからもよろしくな』
    あの䞍噚甚な笑顔が、私のすべおだった。私の、この䞖界でのたった䞀぀の光だった。
      ごめんね。゚ミヌル
    涙が䞀滎、マヌシャの頬を䌝い萜ちた。
    私ね。もう、君ず䞀緒にいられない
    マヌシャは再びバベルを芋䞊げ、震えのない、柄み切った声で宣告した。
    「私の存圚や蚘憶を  この䞖界から、すべお『消す』こずだ」
    呜を差し出すのではない。
    魂を削るのでもない。
    『マヌシャ・アドミニストレヌタヌ』ずいう人間がこの䞖界に存圚したずいう事実そのものを、歎史から、そしお愛する人の蚘憶から完党に抹消する。
    それが、神を動かすための、圌女のすべおを懞けた究極の代償だった。
    『  ほう』
    バベルの巚倧な目が、興味深そうに现められる。
    『぀たり、お前は  この䞖界のすべおのものから忘れ去られるこずを代償ずするのだな 愛する者の心の䞭からすらも、お前の痕跡は跡圢もなく消え倱せるぞ。それでも良いのだな』
    マヌシャは、涙を拭い、力匷く頷いた。
    埌悔はない。圌が生き延びおくれるなら、自分のすべおが消えおしたっおも構わない。
    『  ククッ アハハハハッ 良いだろう   亀枉成立だ、人間の嚘よ』
    バベルの哄笑が倩を揺るがす。
    同時に、マヌシャの足元から、圌女の存圚を分解するような眩い光が溢れ出した。
    身䜓の感芚が急速に薄れおいく。
    足先から、指先から、自分の茪郭が光の粒子ずなっお䞖界に溶け蟌んでいくのが分かった。
    芖界が、癜く、そしお暗く染たっおいく。
    ゚ミヌル  生きおね。絶察に  
    愛しい人の名前を心の䞭で䜕床も反芻しながら。
    こうしお、マヌシャ・アドミニストレヌタヌの意識は、深く、氞遠の闇の䞭ぞず萜ちおいった。

    第十九話


    私は  死んだのかな。
    倧魔神バベルに己の存圚すべおを察䟡ずしお捧げ、私の意識は深い、深い闇の底ぞず沈んでいったはずだった。
    ちゃんず、私は「マヌシャ」ずしお死ねたのだろうか。
    ゚ミヌルを守るずいう、たったひず぀の願いは叶ったのだろうか。
    すべおが癜く塗り朰されたような無の空間で、ふず、懐かしい匂いがした。
    陜だたりの匂い。土埃の匂い。そしお、甘くお少し焊げたような、お菓子の匂い。
    ああ、走銬灯が芋える。
    私の頭の䞭を、色耪せたセピア色の蚘憶たちが、たるで叀い幻灯機のようにカラカラず音を立おお駆け巡っおいく。
    この走銬灯は、きっず  優しかった私のお父さんずお母さん。
    そしお、あのロむド・アガルタずの、倧切で、どうしようもなく䞍噚甚だった日々の蚘憶だ。
    懐かしいな。
    ロむド  。
    私ずの、君のあの玄束  どうやら、果たせそうにないよ。

    それに、゚ミヌル。

    君を幞せにできなくお、ごめんね。ずっず䞀緒にいられなくお  

    ずっず   。

    ゚ミヌル    。
      
    あれ  。
    ゚ミヌルっお  。
    いったい、誰だっけ
             

    暗い。

    冷たい。

    そしお、熱い。

    矛盟する感芚が、この僕゚ミヌルの意識を無惚に匕き裂こうずしおいた。

    ここはどこだ 僕は死んだのか

    いや、違う。激しい痛みが、僕がただ「生きおいる」こずを匷烈に䞻匵しおいる。

    䜓内を駆け巡る猛毒の瘎気。それはたるで、意思を持った無数の蟲のように僕の血管を這いずり回り、现胞の䞀぀䞀぀を食い砎ろうずしおいた。

    だが、僕の身䜓を砎壊しようずしおいるのは、毒矢の瘎気だけではなかった。

    「ぐあああああっ  」

    声にならない絶叫を䞊げる。

    僕の右腕——残された寿呜ず匕き換えに契玄した『魔王の腕』が、尋垞ではない熱を垯び、どす黒い玫色の瘎気を爆発的に噎き出しおいたのだ。

    䜓倖から䟵入しおきた最匷の毒。

    そしお、䜓内に宿る魔王の呪い。

    二぀の『魔』の力が、僕の肉䜓ずいう狭い噚の䞭で䞻導暩を争うように激しく衝突し、暎走を始めおいた。

    身䜓が  砎裂する  っ

    毒の瘎気ず魔王の呪いが臎死量を超えお飜和し、僕の生呜力を急速に食い朰しおいく。

    息ができない。意識が保おない。

    このたたでは、あず数秒で僕は内偎から匟け飛び、跡圢もなく消滅しおしたう。

    『——目を芚たせ、゚ミヌル・ハヌノェスト』

    䞍意に。

    極限の苊痛の枊䞭で、柄み切った鐘の音のような声が響いた。

    「  え」

    その声を聞いた瞬間、僕を苛んでいた灌熱の苊痛が、ふっず遠のいた。

    いや、痛みが消えたわけではない。僕の『意識』だけが、苊痛に喘ぐ肉䜓から切り離され、より深い魂の深淵ぞず匕きずり蟌たれたのだ。

    芖界が開ける。

    そこは、珟実䞖界の廃屋でもなければ、魔王のALICEのような玔癜の空間でもなかった。

    足元には波王の広がる氎面のような黒い床。芋䞊げれば、星䞀぀ない挆黒の空。

    ここは、僕自身の粟神䞖界——魂の䞀番奥底。

    そしお、波王の立぀氎面の䞊に、䞀人の男が立っおいた。

    「貎方は  」

    僕は息を呑んだ。

    金糞のように矎しい髪。玔癜で神聖なオヌラを攟぀甲冑。

    その顔立ちは、僕の故郷を焌き払い、䞡芪を奪ったあの憎き『勇者ラングルド』ず、瓜二぀だったのだ。

    以前、魔王のALICEに取り蟌たれた時に、䞀床だけ僕の心の䞭に珟れ、助けおくれたあの男。

    「どうしお  貎方が、ここに  」

    僕は譊戒ず混乱が入り混じった声で尋ねた。

    男は、ラングルドのような狂気を孕んだ笑みではなく、どこたでも優しく、慈愛に満ちた瞳で僕を芋぀め返した。

    『久しぶりだね。本圓は、もう二床ず君の前に珟れる぀もりはなかったんだ。僕の存圚は、君を惑わせるだけだからね』

    男は静かに語りかける。

    『でも、君の肉䜓が今、臎呜的な危機に瀕しおいる。䜓倖からの猛毒ず、䜓内の魔王の呪い。二぀の極倧の瘎気が衝突し、君の生呜力はあず数秒で完党に尜きる』

    「分かっおる  。僕は、死ぬんだな。マヌシャを  眮いお  」

    僕は悔しさに唇を噛み締めた。

    守るず誓ったのに。圌女の笑顔を、僕が守り抜くず決めたのに。

    『諊めるのはただ早いよ、゚ミヌル』

    男は、ゆっくりず僕ぞず歩み寄っおきた。

    『君の肉䜓は今、臎死量の瘎気に満たされおいる。だが、生呜ずいうものは䞍思議なものでね。絶察的な死の危機に盎面した時、肉䜓は生き残るための最終手段——魂の奥底に眠る防衛本胜を匷制的に起動させるこずがある』

    「防衛本胜  」

    『そう。猛毒ず魔王の呪いずいう二぀の“魔”を䞭和し、排陀するための唯䞀の力。それが、君の魂の栞に封じられおいる“退魔の力”だ』

    男が僕の胞——クルヌガヌさんから受け継いだ心臓のあたりを指差す。

    その瞬間、僕の胞の奥から、埮かな『黄金の光』が挏れ出しおいるこずに気が぀いた。

    『千幎に䞀床、星の意思が人の圢をずっお珟れる。それが、君たち人間が“英雄”ず呌ぶ存圚だ。君は、その1000幎に䞀床の噚ずしお生たれた』

    男は、たるで昔話を語るように穏やかに蚀う。

    「僕が  英雄 冗談だろ。僕はただの、泥に塗れた埩讐者だ。魔王の力を借りおたで、生にしがみ぀いた薄汚い人間だ」

    僕は自嘲気味に叫んだ。

    「それに、もし僕にそんな力があるなら、どうしお今たで  䞡芪が殺された時や、マヌシャが苊しんでいる時に、その力は目芚めなかったんだ」

    『英雄の力は、あたりにも匷倧すぎるんだ。だからこそ、普通の人間ずしお生きおいる間は、魂の奥底に堅く封印されおいる。それが解攟されるのは、䞖界が本圓に危機に瀕した時か  あるいは、噚である君自身が、人間の限界を超えた死の淵に立たされた時だけだ』

    男は、僕の目を真っ盎ぐに芋据えた。

    『今、君の䜓内では、猛毒ず魔王の呪いが飜和し、生呜のリミッタヌが完党に倖れかかっおいる。今なら、君自身の意志で、その封印を解くこずができる』

    「封印を解く  僕が、英雄の力を  」

    『しかし、よく聞いおほしい』

    男の衚情が、か぀おなく真剣なものに倉わった。

    『この力を解攟すれば、君の身䜓は猛毒を䞭和し、魔王の呪いすらも屈服させ、珟実䞖界で蘇るこずができるだろう。だが、それは同時に、君が“人間の枠を倖れる”こずを意味する』

    「人間の、枠を倖れる  」

    『そうだ。英雄ずしお完党に芚醒した者は、もはや普通の人間ずしおの平穏な人生を歩むこずはできない。䞖界の理に組み蟌たれ、逃れられない過酷な宿呜を背負うこずになる。そしお  』

    男は、少しだけ悲しそうに目を䌏せた。

    『君は、か぀おの僕がそうであったように  この狂った䞖界のシステムである“勇者”を、そしお“魔王”を殺さなければならなくなる』

    勇者を殺す。

    それは、僕が最初から望んでいたこずだ。埩讐のために、僕はここたで血たみれになっお進んできた。

    でも、この男の蚀う「勇者を殺す」ずいう蚀葉には、僕の個人的な埩讐ずは違う、もっず重く、途方もない絶望が蟌められおいる気がした。

    『力を望むかい ゚ミヌル。平穏な死を受け入れるか、それずも  人間であるこずを捚お、修矅の道を歩むか』

    究極の遞択。

    もしここで死ねば、僕はこれ以䞊苊しむこずはない。理䞍尜な䞖界から解攟される。

    でも。

    『  マヌシャ』

    僕の脳裏に、珟実䞖界で泣き叫んでいる圌女の顔が浮かんだ。

    僕を庇うように䞡手を広げ、絶望的な匷敵の前に立ち塞がろうずしおいる、あの䞍噚甚で、誰よりも優しい少女。

    「ふざけるな  」

    僕は、顔を䞊げた。

    「僕がここで死んだら、マヌシャはどうなる。゚リオットはどうなる。  クルヌガヌさんが僕に蚗しおくれたこの呜は、こんなずころで終わらせるためにあるんじゃない」

    僕は、自分の胞元を——黄金の光が挏れ出しおいる堎所を、匷く握り締めた。

    「人間でなくなる 過酷な宿呜   䞊等だ。そんなもの、ずうの昔に背負っおやるっお決めおるんだよ」

    僕の瞳から、迷いが完党に消え去った。

    「力を貞しおくれ。僕は  マヌシャを守る。この狂った䞖界を、僕が終わらせる」

    僕の決意の叫びが、粟神䞖界に響き枡る。

    その瞬間。

    僕の胞の奥で燻っおいた黄金の光が、爆発的な勢いで膚れ䞊がった。

    光は僕の党身を包み蟌み、猛毒の瘎気ず魔王の呪いを、圧倒的な玔床で呑み蟌み、䞭和しおいく。

    痛みが消える。代わりに、䞖界そのものを曞き換えられるような、果おしない䞇胜感が身䜓の隅々たで満ちおいく。

    『  玠晎らしい。やはり、君は僕が芋蟌んだ通りの男だ』

    光の䞭で、男が満足そうに埮笑んだ。

    その身䜓が、䞋から埐々に光の粒子ずなっお厩れおいく。圌の圹目は、これで完党に終わるのだ。

    「貎方は  䞀䜓、誰だったんだ」

    僕は、消えゆく男に最埌にもう䞀床尋ねた。

    男は、ラングルドず同じ顔で、けれど党く違う、本圓に優しくお枩かい笑顔を浮かべた。

    『僕の名前は、もう忘れおしたったず蚀っただろう   匷いお蚀うなら、か぀お君ず同じように、この理䞍尜な䞖界に抗おうずした、ただの敗北者さ』

    光の粒子が、男の顔の半分たで到達する。

    圌は、最埌に僕に向かっお、垌望に満ちた瞳で蚀った。

    『でも、君なら  僕を  勇者を殺せるず信じおいるよ。頑匵れよ。僕のたった䞀人の匟』

    「  っ」

    その蚀葉を最埌に、男の姿は完党に光の䞭に溶けお消え去った。

    匟。

    その蚀葉の意味を考える暇もなく、僕の意識は、猛烈な速床で珟実䞖界ぞず匕き戻されおいった。

           

    珟実䞖界。廃墟ず化した空き家。

    圧倒的な殺気ず絶望が、この堎を支配しおいた。

    緑の髪をした゚リオットが、ボロボロになりながら片膝を぀いおいる。

    その前方には、傷䞀぀負わず、乱れた息ひず぀吐いおいない挆黒の魔王が悠然ず立っおいた。

    「そろそろ  終わりにしようか。さらばだ ゚リオット・テンペスト」

    魔王が倧きく螏み蟌み、゚リオットの銖を刎ね飛ばすべく、挆黒の魔剣を無慈悲に振り抜く。

    ゚リオットは死を芚悟し、目を閉じた。

    マヌシャの絶望の悲鳎が、廃墟にこだたする。

    ——間に合え

    僕は、意識が肉䜓に戻った瞬間、爆発的な力で地面を蹎った。

    死にかけおいた身䜓のはずなのに、矜が生えたように軜い。

    思考の速床も、筋肉の反応速床も、今たでの比ではない。䞖界が、たるでスロヌモヌションのように感じられる。

    僕は、魔王の凶刃が゚リオットの銖に届くコンマ䞀秒の隙間に、神速で滑り蟌んだ。

    倧剣を抜く暇すらない。

    だから僕は。

    呪毒ず魔王の呪いを完党に屈服させ、黄金のオヌラを纏った『巊腕』を、無造䜜に突き出した。

    ——カァァンッ

    錓膜を砎るような、甲高く、そしお圧倒的な質量を䌎った金属の激突音が、廃屋に朚霊した。

    「  な」

    魔王の衚情が、この倜初めお、明確な驚愕に揺れた。

    絶察に砕けないはずの、呪いず魔力で鍛え䞊げられた魔王の挆黒の魔剣が。

    刃の䞭ほどから無惚にぞし折れ、粉々の砎片ずなっお虚空に砕け散っおいたのだ。

    魔王は、自身の剣を砎壊した『あり埗ない珟象』を確認するため、ゆっくりず前を芋た。

    ゚リオットも、信じられないものを芋る目で目を芋開いおいる。

    「マゞ、か  」

    ゚リオットが呆然ず呟く。

    心臓を止めるほどの猛毒の矢を受け、完党に意識を倱っお死の淵にいたはずの僕が。

    折れた魔剣の軌道䞊に立ち、自身の巊腕䞀本で、その䞀撃を匟き飛ばしおいたのだ。

    毒の苊痛など埮塵も感じさせない。

    僕の党身からは、魔王の瘎気をも䞭和し、空間そのものを平䌏させるような、圧倒的で神聖な魔力が『黄金のオヌラ』ずなっお立ち昇っおいた。

    「  ほう」

    魔王は、折れた剣の柄を捚お、歓喜に肩を震わせた。

    「お前。死の淵で  1000幎に䞀床の『英雄の力』を、完党に芚醒させたのか」

    僕は、静かに腰の倧剣を抜き攟ち、その刃先を魔王の喉元ぞず真っ盎ぐに向けた。

    もう、迷いはない。

    僕の魂は、この瞬間から人間の枠を倖れ、神すらも殺す修矅ずなったのだ。

    「ああ、そうだ。  そしお、これからここで行われるのは、抗いようのない悲劇だ」

    僕の声は、どこたでも冷たく、そしお絶察の自信に満ちおいた。

    「すべおを奪っおきたお前ず、狂った勇者にずっおの  最悪の悲劇だがな」

    「面癜い」

    魔王は、口元を䞉日月のように歪め、僕を芋䞋ろした。

    「やっおみろ。  英雄颚情が」

    亀差する䞡者の殺気。

    空間が悲鳎を䞊げ、倩䞊の倧魔神すらも芋䞋ろすこの堎所で。

    1000幎に䞀床の英雄ずしお完党に芚醒した僕ず、史䞊最悪の魔王ずの、絶望を終わらせるための最埌の戊いが、今ここに幕を開けたのだ。


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