【風まかせ文芸部】 『焼き芋が甘くなるまで』
夕方の庭の隅から、くんと鼻をくすぐるいい匂いがしてきた。
「そろそろ、いいころかな」
おばあちゃんが、軍手をはめた手で落ち葉の山をそっと突く。
ぱちぱち、と小さく葉っぱがはぜる。
秋の夕方のゴールドの光が、おばあちゃんの白髪と、しょんぼり座るそらくんの肩をやわらかく包んでいた。
小学二年生のそらくんは、今日あった嫌なことを思い出して、膝をずっと抱えたままだった。
学校で友達にうまく言いたいことが伝わらなくて、なんだか自分がちっぽけに思えて、胸の奥が冷たく重い。
おばあちゃんは、そらくんの横顔をちらりと見た。
何も聞かない。
ただ、新聞紙にくるまれた真っ黒な塊を、ひょいと取り出した。
軍手のままでふうふうと息を吹きかけ、ざっくりとふたつに割る。
「はい、できたよ」
むわっと湯気が立ち上る。

甘くて、どこか懐かしい匂いが鼻のなかに広がった。
その黄金色の湯気を見たら、そらくんはさっきまでこらえていたものが、急にこみ上げそうになった。
「ねえ、おばあちゃん……」
そらくんは小さな声でぽつりと言った。
「このお芋さ、ずっと土の中の暗いところにいたんでしょ。なんでこんなに甘くなるの?」
おばあちゃんは、自分の分をふうふうと冷ましながら、やさしく目を細めた。
「そうだねえ。すぐに甘くなるわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
「見えないところで、じっとしてる時間があるんだよ」
そらくんは、黙って焼き芋を見つめた。

「じっとしてる時間……?」
「そう。そういう時間も、ちゃんと必要なんだよ」
おばあちゃんは、湯気の立つ黄金色の半分を、そらくんの小さな手のひらにぽんと乗せた。
「だから、そんなに焦らなくていいんだよ」
そらくんは焼きたてのお芋を両手で包み込んだ。
じわあ、と熱が伝わってきて、冷たくなっていた指先から、胸の奥までゆっくりと溶けていくみたいだった。
ふうふうと息を吹きかけて、一口かじってみる。
口いっぱいに広がる甘さは、なんだか泣きたくなるほど優しかった。
――目に見えないところで、ちゃんと甘さは育っていたんだ。
西の空の夕暮れが、ゆっくりと藍色に染まっていく。
縁側に並んで座るふたつの背中のあいだで、焼き芋の温もりだけが、ぽっと小さく灯り続けていた。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。
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