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僕の「倱われた10幎」に぀いお䞭線

    【このシリヌズに぀いお】
     これは、僕の倧孊入孊瀟䌚人幎目の珟圚たでの虚無の10幎間を勝手に振り返るずいう、僕以倖誰人読んで埗するこずのない独話䌁画の第二匟である。前線では、厳しい受隓戊争を勝ち抜いお無事郜内の倧孊に入孊し、䞀人暮らしを始めたものの、友人ひずりすらできず、郚掻やサヌクルにも所属できず、難しい授業ず毎倜の孊習塟のアルバむトに疲匊し、䞀般的な倧孊生の明るくお快掻なむメヌゞからはおよそかけ離れた僕の灰色のキャンパスラむフをお届けした。

     この蚘事では倧孊幎生になっお以降2016幎、さらに闇が深くなっおいく悲惚で陰鬱な倧孊生掻の様子を、正盎思い出したくもないが、圓時の日蚘をもずに蚘憶を匷匕に掘り返しながらお䌝えしおいくこずにする前線は以䞋のリンク先からご芧ください。今回もかなりの長文になっおしたったが、自宅で倩井を芋぀めるくらいしかやるこずのないくらい暇で仕方ないそこのあなた、ぜひお付き合いいただけるず幞いである。

    倧孊生線②深たる孀独、眠り、そしお闇

    倧孊幎生の過ごし方

     倧孊幎生ずなった僕の暮らしぶりは、前線で曞いたのずほずんど倉化がなかった。埌が楜になるのでずりあえず最倧限の単䜍を取っおしたおうず授業を詰め蟌み、しかも少しでも䜕か孊びを埗お自分の血肉にしようず倉に意気がっお難易床の高い授業を取っおいたから䟋えばギリシャ語ずかラテン語ずいった、難解でずっ぀きにくいうえ瀟䌚に出おもミリも圹に立たない、倉人奇人向けの授業もしっかり履修しおいた、平日は授業の準備やら埩習に远われ、息抜きをする暇もなく䟋の孊習塟のバむトに出かけ、疲れ果おお倜遅くに誰もいないアパヌトに垰る毎日だった。

     塟のバむトは週で続けおいた。毎回なんずかしお小孊生や䞭孊生をギャフンず蚀わせようずしお準備を欠かさず、盞倉わらず片道30分かけお通勀しおいた。準備時間も考慮するず時絊は䞀般の飲食などのバむトずそこたで倉わらず、いわゆる「やりがい搟取」のワナに嵌っおいたが、この時には党く気付いおいない。

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    自䜜の「教育方針」たで䜜っおいた

     生埒にむゞられたり、僕の話も聞かずに奜き勝手隒がれたり、嫌な思いをするこずも毎日のようにあっお、20歳を迎えおからはストレスで酒を飲むようになったどうでもいいが、あの頃は駅前の日高屋か、アサヒかキリンの倧瓶ず「グリヌン豆」を買っお垰っお自宅でささやかな晩酌を楜しんでいたようだ。ビヌルのうたさを知るのは比范的早かった。

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    圓時の晩酌の颚景䞀䟋である

     だが、バむトの蟞め時が分からなかったし、お金がないず生きおいけないので、結局は幎床末たで続けるこずになった。元々教員免蚱を取るこずも考えおいたが、䞀生この仕事を続けたら粟神が厩壊しおしたうず思っおやめた。

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    圓時の日蚘。倏䌑み䞭、塟の倏期講習を担圓しおいた頃だ。バむトのストレスなどで酒に溺れ、憔悎しおいる様子が読み取れる

     さお、倧孊幎ずもなるず、同玚生の倚くは留孊に行ったり、気の早い者はむンタヌンシップに参加したりする。埌ほど知ったが、䞭には孊生団䜓を立ち䞊げお東南アゞアのどこかの囜で孊校を建蚭するずいう、いわゆる「ガクチカ」゚ピ゜ヌドのテンプレヌトをやっおのける奎も本圓にいたようだ。いや、それは玠晎らしいこずには違いないし、揶揄する意図はないが、「孊校できた、思ったよりチョロかったわよヌし就掻でアピヌルしよ埌は知らね」みたいな無責任なオチで終わっおいないこずを願うばかりだ。

     それ以倖にも孊生ながらに起業したり、に関わったり、積極的に倖の䞖界に出お成功䜓隓を積む優秀な同玚生もいた。それに匕き換え自分は授業ずアルバむトに出るだけで粟䞀杯、呚囲の孊生はなんでこれに加えお友達付き合い、サヌクル、遊び、留孊、むンタヌン、恋愛、゚トセトラ、゚トセトラ・・・をそ぀なくこなせるのか、本圓に理解ができなかった。

     それは倧孊進孊で䞀緒に䞊京しおきた数少ない高校の同玚生たちも同じだった。䞊京しおからも定期的に䌚っおはいたが、皆それぞれちゃんず人間関係を䜜り、い぀の間にか圌女ができおいたりしお、なんだみんな倧人しそうな顔しおやる事やっおんじゃん、倱敗䜜なのは自分だけだず絶望的な気分になっお次第に関わりを避け、誘いがあっおも断るようになった。

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    すがるような思いで神頌みをしたこずも

     䟝然ずしお僕は倧孊幎に進玚しおもサヌクルなどに入る勇気もなく、孊内での人間関係を構築できず、遠方の䞡芪ずもほずんど連絡を取らなくなり、さらに孀立を深めるこずずなった。たたに来る母芪からのメヌルに平静を装っお返信する自分が痛々しいし、実家にも合わせる顔がないから垰省を拒吊するようにもなった。

     もちろん孊園祭の類にも䞀床も参加しなかった。ずいうか、孊園祭の期間䞭は倧孊の呚りの商店なども含めお街が掻気づくので、その雰囲気を嫌悪し、䞀切その呚蟺には近寄らず、自宅に匕き籠ったり、授業が䌑みなのでチャンスずばかりに日光や台湟に芳光に行ったりした。もちろん䞀緒に行く人などいないのでい぀も䞀人旅であった。

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    他にも䞀人旅の行き先ずいえば、熱海は奜きでよく来おいたした

     人恋しさから宗教の勧誘にノコノコず぀いお行ったこずもあった。倧孊構内のベンチに座っお䞀人ボヌッずしおいたら、カタコトの日本語を喋る自称ミャンマヌ人の䞭幎女性に声をかけられたのである。教䌚でゎスペルコンサヌトをやっおいるのだずいう話で始たり、今床の日曜日の瀌拝に参加し、その埌にみんなでご飯を食べないか、孊生も倚いから友達もできるだろうずいう誘い文句だった。

     今考えたら胡散臭いこずこの䞊ないが、その圓時は色々なずころが麻痺しおいたのだろう。早皲田にある教䌚だったこずは芚えおいるが、教団の名前も忘れたし、韓囜人も倚く瀌拝に蚪れおいたが䟋の統䞀教䌚ずの関係性があったかは知る由もない。

     キリスト教埒でもないのにお祈りをし、讃矎歌を聞き期埅しおいたがゎスペルの披露は無かった、神父の説教を聞いたずころで突劂自分がここにいるこずが怖くなっおタダ飯の暩利を攟棄し、たたらず逃げ出した。それを知った䟋のミャンマヌ人からは䜕通もメヌルが入っおいたが怖いので党郚無芖した。たぁ怪しい団䜓だったこずは倚分間違いないので、あそこで逃げおおいお正解だったず思う。

    忍び寄る鬱の圱

     ゚ネルギヌに満ち溢れた呚りの同玚生たちぞの劣等感ず、深たっおいく瀟䌚からの疎倖感、孊習塟のバむトのストレス、そしお䜕よりも、前回の蚘事でもお話しした、思い描いおいた理想ず珟実のギャップ、そんな颚に色々なこずが重なり、倧孊幎の頃から埐々に心身に異垞が出始めた。

     最も顕著だったのはロングスリヌパヌの症状だ。長くずも日時間くらいだった睡眠時間が、知らず知らずのうちに時間、10時間ず増えおいく。䜕しろ誰にも起こされない䞀人暮らしの環境だから、際限なく眠り続けおしたう。別に起き䞊がっおやりたいこずもない。ずいうか䜕をするべきなのかもわからないのだ。そのうち、朝どうしおも起き䞊がるこずができず、限の授業を欠垭しおしたうこずも倚くなった。

     特にテストやレポヌトが重なる孊期末などはひどかった。授業のコマ数が倚かったから、出されるレポヌトが10皮類ずいう時もあり、これにはもう憔悎するほかなかった。昌過ぎに起きお映画やネットを芋おしばらく珟実逃避したのち、やっず倕方頃にフラフラず自転車を挕いで倧孊の図曞通たで出かけ、図曞通が閉たったら今床はマクドナルドに移動しお明け方たで䜜業し、家に垰ったらたた泥のように眠る日々が続いた。

     圓時ただ20歳そこらなのに、たるで枯れ果おた老人のように昏々ず眠り続け、文字通り時間ず゚ネルギヌをドブに捚おおいく自分に嫌気が差すばかりだったが、どうすればいいのかさっぱり分からなかったし、盞談できる人も誰もいなかった。今考えたらメンタルクリニックを受蚺すべきだったが、これは病気ではなく自分が怠惰なのが悪いのだず思い蟌み、睡眠時間を削れない努力䞍足の自分に察する呪詛の蚀葉をひたすら日蚘垳に曞き殎った。

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    圓時、手垳にこんな文句を曞いお枕元に眮いおいたが、もちろん䜕の意味もなかった

     圓時の日蚘からいく぀か匕甚しおみよう。

    ・「呚りの目を気にせず悠然ず泳ぐりミガメに心底憧れる。りミガメになっお果おしない海の䞭を自由に泳ぎ回り、飜きたらそのたた海の底に沈んで死にたい」月日
    ・「自暎自棄になっおカラオケで倜通し歌った。䜕も残らなかった」月30日
    ・「䜕にもしおないなあ。空癜だらけの日々。死んだ方がマシだったのか」月日
    ・「髪型も倚汗症も運動音痎なのもチビなのもコミュ障なのもすべおが嫌になる。酒を飲んでも気持ちよくなるどころかその逆だ。ほんずうに自●したい」月19日
    ・「蚀いたいこずはあるのに蚀葉が出お来なくおもどかしい。歌いたいのにギタヌが匟けなくお悔しい。寂しい。誰かに抱きしめお欲しい。でもそんな人どこにもいない。これからもずっず、人寂しく性欲を凊理する毎日だろう」月19日
    ・「焊燥感がひどい。自分の生きる道を思い描けない。倧孊生の身分なんおあっずいう間に剥奪されおしたう。䞀寞先は闇だ。䜕かをしたいが、もう遅すぎる気もする」月日

    倧孊生線③貯金ず仕送りを食い぀ぶす無為の日々

    れミナヌルが始たるが・・・

     倧孊幎生になるず、「孊業に専念する」などず適圓な理由を぀けお塟講垫のアルバむトを退職し、それで貯めたわずかな貯金ず芪からの仕送りを食い぀ぶすだけの無為の日々を送った。バむトを蟞めたら粟神的に楜になるかず思っおいたが、䜕も生み出せない、せめおお金すらも生み出せない自分に察する嫌悪が募るばかりだったなお、さすがに生掻に䜙裕がなくなり、結局採点スタッフや譊備員のバむトをスポット的にやるこずになった。これらは最䜎限のコミュニケヌションで枈むから楜だった。

     倧孊生掻では、幎から「れミナヌル」に入るこずになった。ピンず来ない方もいるかもしれないが、簡単に蚀うず、倚くおも十数名ほどの少人数の授業圢匏で、文献の茪読などを行うずずもに、教員の指導を受けながら各人がテヌマに沿っお研究に取り組む、ずいった感じである。

     ここでも、今たでお話ししおきた僕の芁領の悪さずいうか䞍噚甚さが灜いする結果ずなった。人より䜕倍もれミの予習の時間をかけるが、文献を読んでいおも内容に没入できないし、自分の考えのアりトプットができない。だから、぀い぀い党然関係ない本を読んだり、YouTubeの動画を芳たりしお、珟実逃避ばかりしおしたう。れミの堎でも、頭の回転が遅いから呚りの孊生ず蚎論できない、コミュニケヌションが取れないので茪に入れないずいうこずが続いた。

     さらに、先ほども蚀ったが、れミではテヌマを決めお研究をしなければならない。みんな興味のあるテヌマがあっお、その研究がしたくおここに来おいるのに、自分には䜕もなかったので、そもそものテヌマを決める段階で長い詊行錯誀の時間を芁するこずになった。おそらく僕には倧孊の勉匷がずこずん向いおいなかったのだず思う。

     ずりあえず文献や資料を集めたずころで行き詰たっお攟棄し、たた違うテヌマで文献を探し、色々調べ、たた頓挫し、たた新しい研究テヌマに・・・みたいなこずを悶々ず繰り返しおいたら、しびれを切らした教授にれミの授業䞭、他の孊生もいる䞭で激怒されおしたい、僕はその堎で号泣しおしたった。さらに翌日、研究宀に呌び出されお散々説教をされる矜目になった。

     教授に説教された内容には人栌吊定たがいのこずもあったが、党お真実なので䜕も蚀い返すこずができず、そのたたグサグサず僕の心に刺さっおいった。芇気がないずか、ずるいずか、考え蟌む癖をやめろずか、自分の殻にこもるな、もっず呚囲に心を開け、芁領が悪い、他人に迷惑をかけるな、コミュニケヌション胜力がない・・・云々。自分の悪いずころを党郚指摘されおしたったような気がした。

     呚りずも比范され、「●●君〔れミの優秀な同玚生、某コンサル䌚瀟に就職〕みたいな積極的な孊生は今埌瀟䌚に出たら呚りに奜かれるだろうなぁ」ずも蚀われた。「それに匕き換えお前は・・・」ずたでは実際には蚀われなかったが、倚分ノドたでは出かかっおいただろうず思う。その日は打ちひしがれお自宅に垰り、そのたた翌日の倕方たで寝蟌んだ。

    メンタル䞍調は続くよどこたでも

     こんな感じの毎日だから、前の幎から出おいたロングスリヌパヌの症状などのメンタル䞍調はさらに茪をかけおひどくなった。厳しい珟実から目を背けるように日の半分をベッドの䞊で惰眠を貪っお過ごし、限のみならず限にも出垭できず、午埌からでなければ登校できない日も増えた。倕方たで授業に出お、そこから倜䞭たでれミの準備や䜕やらをするので、昌倜逆転がデフォルトであった。

     さらに、目の焊点が合わないずか、脂汗が出おくるずか、頭がモダモダするずか、眩暈がするずか、色々な症状が色々な堎所で頻繁に珟れるが、どうすればいいのかわからないし、自分が甘えおいるだけだから気合で治すしかないず思っお病院にも行かなかった。

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    早めに然るべき医療機関ず぀ながっおおけばもっず生掻が改善されたかもしれないが、今曎䜕を蚀っおも無駄

     日垞生掻でも完党に生気を倱っおいた。髪を切りに行けるような粟神状態にならなかったのでだらしなく䌞び続けおおり、れミの同玚生からは「原始人みたいだね」ず蚀われた。たた、秋頃に自宅アパヌトの電球が切れおしたい、手が届かず自分では亀換できないため倧家に連絡しないずいけないのだが、電話䞀本かけるこずすらできず、結局そこから幎間、電気の぀かない郚屋で過ごすこずになった。

     心が荒み、それに比䟋するように郚屋もどんどん乱雑になっおいった。今でもあの真っ暗な郚屋で、目芚めおしばらく䜕もできずがヌっず倩井を芋぀めおいたこずをたたに思い出す。よく自●しなかったなず思う。ずいうか単玔に死ぬだけの床胞がなかったのだこれは今もだが。

     圓時の日蚘からいく぀か匕甚しおみよう。
    ・「今日から授業だったが、盞倉わらず浮き立぀新孊期独特の空気が鬱陶しい。改めお、サヌクルにも入らず、友達も圌女もいない絶望的な倧孊生掻も幎目を迎えた。たさかこうなるずは思っおいなかった」月日
    ・「結局、起きおいるより寝おいる方が、倖に出るより家にいる方が、䜕かするより䜕もしない方が、生きおいるより死んだ方がラクなのである」月14日
    ・「最近、日蚘をかく意味がよくわからなくなっおきおいる。この䜕の䞭身も無い日々を曞き留めお䜕になるのか。そもそも予定が無いから日々の暮らしがスカスカなのだ。他の奎らはサヌクル、飲み䌚、むベント、旅行、圌女ずむチャむチャ等でぎっしりなのだろう。矚たしいよ」10月日
    ・「銭湯で長颚呂そんな䟡倀ないのに、定食屋でご飯そんな䟡倀ないのに、今日も生きおいるそんな䟡倀ないのに」11月18日
    ・「䌑孊しお旅に出たいなんお、この倧事な時期に思い始めおいる。バカみたいだ。金も勇気もないくせに。就掻に倱敗したら本栌的に自●を考えるかもしれない。それでもいいず考えおいる自分が怖い。」12月28日

    恋愛経隓に぀いお箞䌑め

     そういえばこのシリヌズではただ恋愛関係の話題に蚀及しおいなかった。ずいうか、蚀及するもなにも、そもそも倧孊生掻で友人䞀人すら䜜れなかった人間に圌女なんおできるわけがない性別が逆であれば事情は違うかもしれないが。

     もちろんあの頃は性欲のピヌクだったし、出来るならば恋愛したいずいう気持ちはあった。モデルみたいにお排萜で掗緎された栌奜をした郜䌚育ちの可愛い女子孊生をキャンパスで芋かけるたび心は動かないわけがなかったが、具䜓的に䜕かアクションを起こすこずはなかった。ずいうより、起こせるだけの心の䜙裕が無かった。

     本来なら倧孊生掻なんお恋愛のチャンスがそこら䞭に転がっおいるはずなのだが、そもそものずころで躓いた人間にはそのチャンスを享受する暩利などないのだ。自分は「圌女いない歎享幎」ずしお死んでいくんだろうなずうっすら予感し始めるのもこの頃からだったように思う。

    倧孊生線④就掻、卒論ずいう倧きな壁

    䞍噚甚なコミュ障孊生の就掻

     さお、䟋のれミの教授に叱られた研究の件がずりあえず䞀段萜したあたりで倧孊幎の春䌑みに入ったが、今床は迫り来る「就掻」に怯えるこずずなった。僕はこの性栌なので、もちろん出遅れた。月くらいからやっずポツポツず説明䌚やむベントに参加しおみたりなどするが、自分の知らないずころで色んな事が進んでいるずいう印象だったし、もう既にベンチャヌ䌁業の内定を耇数持っおいるらしい孊生もいお唖然ずした。

     ずりあえず焊っお1dayのむンタヌンにいく぀か参加しおみるが、党然ダメだった。呚りの孊生ほど熱が入らないし、グルヌプディスカッションでもほずんど発蚀できず、なんずか挜回しようず勇気を出しお発衚者の圹割を申し出るも、「 」ずなっおしたっお倧恥をかいたりした。

     倧孊生掻で䜕もやっおないから倧手には入れないし、どこにも受からなかったら最悪ブラック䌁業に入っお䜿い朰され過劎死し、それがニュヌスずなっお䞖間の同情を集めるこずでこの䞖に小さいながらも深い爪痕を残すこずに䞀瞷の望みを芋出しおいたずはいえ残念ながら、男性の過劎自殺や過劎死は割ず「よくある」こずで、䟋の電通女性瀟員の事件のように瀟䌚を動かすほどのむンパクトを䞎えるこずは難しいのが珟実である。

     本栌的に就掻が始たるず、情報が圧倒的に䞍足しおいる珟状に危機感を芚え、なりふり構わず手圓たり次第に䌁業説明䌚などに参加した。やりたい仕事などなかったが、文章を曞くのが奜きずいう単玔な理由で、最初はマスコミや出版瀟を䞭心に芋おいた。しかし、どこも採甚枠が少ないうえ、「倜蚎ち朝駆け」ず蚀われるような激務に耐えられる自信がなかったのであっさりず撀退。だったらいっそ地元に垰っお圹所の窓口でもやるか、などず思うこずもあり、軞がブレにブレおいた。

     ずはいえ、もう割り切らないずいけない時期に差し掛かっおいたので、半ば匷匕に狙いを定め、倧孊の授業の傍ら、ひたすら面接を受ける倚忙な日々が続いた。したたかな孊生は、「埡瀟が第䞀志望です」ず平気で嘘を぀き、友人に協力しおもらっおSPIりェブテストを解いお乗り切るず聞くが、そのどちらもできない僕は、孀独に愚盎に進めおいくしかなかった。

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    䞞の内にある某䌁業のむベントに参加しようずギリギリで到着したずころ、参加に必芁なコヌドの出し方が分からなかったか䜕かで結局行くのをやめ、そのたた垰るのも䜕なので皇居の桜を芋に行った。ずおも綺麗だった。就掻䞭、ほが唯䞀の良い思い出である

     そしお玆䜙曲折あり、たった瀟だけ受かった䌚瀟に就職するこずずなった。孊生時代に特に努力したこずもない、䜕の資栌や特技やアピヌルポむントもない、たさに「ないない尜くし」の出来損ないなのに、よく拟っおくれたなず思う。あずは倧䜓䞀次か二次の面接かで萜ずされた。

     おそらく東京を離れるこずになるが、こちらに友人も恋人もいないし、郜内のむケむケキラキラ䌁業に就職しおモヌレツに働く気もなかったしそんな胜力もないし、元々䜕しにわざわざ東京たで出おきたのかず思っおいたくらいだったので、䜕の未緎もなかった。

    就掻の次は卒論に苊しむ

     就掻が終わっおホッずしたのも束の間、次は卒論に取り組たなければならない。これを完成させないず䞋手したら卒業できないからだ。そういえば、この頃にはスヌパヌでの早朝の品出しバむトに週で出おいお、生掻習慣が朝型になっおいたこずもあり、ようやくロングスリヌパヌの症状は改善の傟向にあった。この早朝バむトをしおいなかったら、盞倉わらず長時間睡眠⇒昌倜逆転⇒鬱⇒長時間睡眠・・・ずいう負のルヌプに苊しめられ、最悪就職キャンセル⇒留幎しおいたかもしれないず考えるずゟッずする。

     卒論には倏䌑みの半分ず残りの倧孊生掻の倧半を捧げた。瀟䌚に出るたでの残りたった半幎のせっかくの猶予期間なのだから、もっずのんびり過ごせばよかったのにず思うが、やはりどうしおも芁領が悪いし、人よりも倍、倍の時間がかかっおしたうのである。

     かけた時間ず成果が比䟋せずに苊しい日々が続く。行き詰たっお悩んでいるず、䟋のスパルタ教授が「だから君はダメなんだ」ず蚀う幻聎が聞こえおきたりした。溜たったストレスは、映画やニコニコ動画のゲヌム実況を芋たり、酒に溺れたりしお解消した。

     卒業たでの期間は、卒論執筆の傍ら、東京を離れるからず箱根や暪須賀など近郊を旅行したり、来たる就職に備えおコミュニケヌション教宀のようなものにも通ったりした。埌者に぀いおは、法など今や垞識ずなっおいる話し方の実践緎習にはなったが、やはりそれ以前の根本的な察人恐怖ずか回避ずいった問題は自分で解決するしかないのだず思った。

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    卒業旅行ではバむトで貯めた金でたた䞀人で海倖を攟浪。この写真はマレヌシアの「ブルヌモスク」。他にもタむ、シンガポヌルやむンドにも行った

    総括「準ひきこもり」だった倧孊時代

     ここたで僕の孀独で陰鬱な倧孊生掻の様子を぀ら぀らず曞き綎っおきたが、䞀蚀で蚀うず、僕は倧孊時代の幎間、「準ひきこもり」ず呌ばれる郚類だったのだず思う。ある日い぀ものようにネットサヌフィンしおいるず、「準ひきこもり」倧孊生に぀いお考察した論文が出おきお、自分はこれにぎったり圓おはたるず思ったのである。同論文によるず、「準ひきこもり」の定矩は以䞋のずおりだ。

     䞀郚の倧孊生が取る非瀟䌚的行動の䞀皮である。倧孊には真面目に登校し、孊業成瞟にも問題はない。たた 目立った問題行動はない。しかし、家族を陀く他者ずの亀流がほずんどなく、埓っお察人的な瀟䌚経隓が䞍足しおいる状態のこず。しかし本人や呚囲の者は問題の存圚にさほど気づいおいない。就職掻動や瀟䌚人生掻ぞ のレディネスが圢成されおいないため、就職掻動期もしくは卒業埌に瀟䌚䞍適応を起こす状態のこず。

    暋口康圊「倧孊生における準ひきこもり行動に関する考察―キャンパスの孀立者に぀いお―」、
    囜際教逊孊郚玀芁VOL.2、2009幎。

    https://www.tuins.ac.jp/common/docs/library/2006kokusai-PDF/higuchi2.pdf

     詳现が気になる方は䞊のリンクから圓該論文を読んでいただきたい。今読んでもあたりにも自分に圓おはたりすぎおおり、グサグサず刺さっお血が噎き出おくる。倧孊生掻ずいうのは、人ず関わっおも関わらなくおも、䜕かしおも䜕もしなくおも、回っおいっおしたうものである。そこで「人ず関わらない」「䜕もしない」を遞択した堎合、僕のような「準ひきこもり」が生たれおしたうわけだ。

     僕もこの論文で蚀われおいるように、授業には真面目に出おいたし、成瞟も悪くなかった。ただ、それは倧孊生掻の䞀぀の偎面でしかない。それ以䞊に重芁な「察人関係」や「瀟䌚的スキル」の郚分をなおざりにしすぎおしたった。だから就掻も䞀時期どうなるこずかず思ったし、瀟䌚人になった今でも、毎日䌚瀟・瀟䌚に適合できるよう努力しおいるが、ギリギリの状態だ。

     さお、倧孊生掻最埌の春䌑み、亀通費がかかるし友達もいないからず、卒業匏を欠垭しお実家でのんびりしおいた僕のずころに、卒業蚌曞が届いた。倧孊生掻幎間で埗たものず蚀われるず、この玙切れ以䞊のものがあるのかどうかは疑わしいし、投資した時間ずお金に芋合っおいるのかず蚀われるず、返す蚀葉はない。

     䜕の目的意識もやりたいこずもなく入っおしたった倧孊で、察人関係を拒吊し、ひたすら自分の殻にこもるだけのモラトリアム生掻を経お、僕は晎れお瀟䌚人になった。この幎間で感じた孀独感や絶望感や焊燥感は卒業しお幎経った今でもずっず匕きずっおいるし、あの時ああしおいれば、こうしおいればず幟床ずなく頭をよぎる。

     でも、こうやっお文章にたずめられたこずで、過去ぞの囚われから解攟に向かい、少し気持ちが楜になったような気がする。どこかで聞いたような蚀葉だが、過去は倉えられない。前を向いお生きおいくしかないのだ。瀟䌚人線に぀づく

     
     
    独りで生き、独りで死んでいくだけの男の独り蚀。長文倚め。たたにオリゞナル曲の歌詞や旅行蚘も投皿したす。「孀独に腐る」→「孀独猿」で芚えおいただけたら。キモくおすみたせん

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