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西海市崎戸町百話#048〜江島は「えのしま」と読む

    園崎咲人ーー第四十八話 江島は「えのしま」

    西海市崎戸町江島。

    私は最初、読み方が分からなかった。

    「えしま」なのか。

    「えのしま」なのか。

    調べてみると、「えのしま」だった。

    えのしま?

    それなら、神奈川県の「江の島」と同じではないか。

    偶然だろうと思いながら調べてみた。

    すると、意外な話が出てきた。

    鎌倉幕府が滅亡した1333年、九州には鎮西探題という幕府の機関があった。

    その最後の鎮西探題が北条英時である。

    江島に残る伝承では、幕府滅亡後、英時の残党がこの島に潜み、相模国の江の島にちなんで「江島」と名付け、八幡神社を祀ったという。

    伝承なので、そのまま史実とはできない。ただ、島には現在も八幡神社がある。しかも英時は赤橋流北条氏だった。

    その系図を遡ると北条長時と重時へ行き着く。

    重時の別の息子が北条義政。

    元寇の文永の役の当時、幕府の連署だった人物で、後に信濃国塩田荘へ入った北条氏でもある。

    崎戸町の小さな島を調べていたはずだった。

    それが藤沢の江の島へ行き、鎌倉幕府へ行き、北条氏へ行き、さらに故郷信州上田までつながった。

    始まりは、ただ一つ。

    「江島って、何て読むんだ?」

    地名というものは、読んだだけでは終わらないことがある。

    園崎咲人


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    長崎県西海市崎戸町の観測者。 観光案内や、郷土史ではありません。 島、橋、炭鉱、店、記憶などを調べ、それらのつながりも書きます。 崎戸を飛び出し、西海市の他の町へ行くことも。 間違いや、地元の方が知っていることがあれば、教えてください。 目指すは、百話。その先はまた考えます。

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