
西海市西彼町~キリシタン墓碑:崎戸町百話番外編‼⑧ー「INRI」の文字
園崎咲人――番外編 西彼町:キリシタン墓碑(INRIと稲荷)
1.懐かしさの中で
2025年の年末、私は、岐阜県多治見市で「修道院の入口は左」という道路標識を見た。
そして、それがきっかけで、長野県上田市にある「聖マリア幼稚園」を訪ねた。
「聖マリア幼稚園」は私が出た幼稚園だ。
多治見市の郊外に、修道院があることが少し面白いと思って行ってみたところ、私の出た幼稚園を経営するカトリック教会だったのだ。
そんなことがあり、つい懐かしくなってしまい、数十年ぶりに自分の幼稚園を訪れた。
2.INRI
事前に幼稚園の方に許可をもらって、お御堂(教会)に入った。
幼稚園児だったころは、いつもこのお御堂に入るのが少し怖かった。
イエス・キリストの磔刑の像があったからだ。打ち付けた釘まで再現された像だった。
十字架を見上げた。
「INRI」の文字が掲げられていた。
「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」。
イエスが十字架に架けられた際に掲げられた罪状書きに由来する四文字。
幼稚園児だった私には、もちろんこの文字の意味は分からなかった。そんな文字が掲げられていることすら知らなかった。

3.キリシタン墓碑
西海市について調べていて、思わぬところで同じ四文字を見つけた。
西彼町に残るキリシタン墓碑である。
のどかな風景の中、花十字とともに、「INRI」と刻まれている。

もともとキリスト教とは関係の深い地域だと思うが、長崎県の資料によると、INRIの銘を持つ墓碑は極めて珍しいという。
数十年ぶりに故郷で意識した四文字が、西海市にもあった。
4.INRIと稲荷
ここで私は、以前から知っていた一つの説を思い出した。
INRIと稲荷は関係しているのではないかという説である。
稲荷信仰と深い関係を持つのが秦氏である。
その秦氏を古代のキリスト教、景教などと結びつけ、INRIという音が「イナリ」になったのではないかと考える説がある。
だから西海市の墓碑のINRIを見た瞬間、稲荷神社のことまで思い出した。
5.定説?
もちろん、これは定説ではない。
伏見稲荷大社が説明する「イナリ」の由来は、稲が生じたこと、あるいは「イネナリ」「イネニナル」から来たというものだ。

INRIが稲荷になったという説が、歴史的に証明されているわけではない。
「INRI」と「イナリ」。
たった四文字、あるいは一つの音から、まったく違う宗教の歴史が重なって見える。
6.四文字がつないだもの
幼い頃に通ったキリスト教の幼稚園と数十年ぶりに見上げたイエス像。
西海市西彼町に残るキリシタン墓碑。
そして、日本中にある稲荷神社。
本当にすべてがつながっているのかは分からない。
むしろ、分からないほうが歴史としては面白いのかもしれない。
「INRI」。
幼い頃には意味さえ知らなかった四文字が、西海市を通じてふたたび私の前に現れた。
7.史跡紹介
このキリシタン墓碑があるのは、西海市西彼町平原郷。
現在、この場所には二基の墓碑が残されている。私はまだ、ここへ行ったことがない。
次に西彼町へ行くとき、見てみたい場所がまた一つ増えた。
そして、「INRI」の文字をふたたび見た時、私には何が見えるのだろうか。

園崎咲人