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西海市大瀬戸町〜「音浴博物館」は難民施設だった:崎戸町百話番外編!!②

    園崎咲人ーー番外編~博物館は難民施設だった

    1.音浴博物館

    西海市大瀬戸町に、音浴博物館という少し変わった博物館がある。

    大量のレコードが保存され、実際にレコードをかけて音を楽しむことができる。

    レコードを聴くことが趣味の私は、そんな博物館が西海市にあるということで、いつか行ってみたいと思っていた。

    2.難民施設という歴史

    ところが建物の歴史を調べて、驚いた。

    ここはかつて、ベトナム難民が暮らした施設だった。

    ベトナム戦争終結後、多くの人々が船で国外へ脱出した。いわゆるボートピープルである。

    日本赤十字社 長崎県支部は1980年、この場所に「大瀬戸寮」を開設した。

    1995年までの15年間に、700人近くを受け入れたという。

    3.引揚者たちの学校という歴史

    さらに、この建物はもともと1957年に開校した、雪浦小学校の久良木開拓分校だった。

    この地区は戦後、旧満州からの引き揚げ者らが入植して開拓した土地で、そこで暮らす子供たちのための学校だったのである。

    ここで、私にとって急に遠い歴史ではなくなった。

    私の義母も引き揚げ者だった。

    義母が来たのは崎戸であり、そこで義父と出会った。

    「満州からの引き揚げ者」という言葉は、私にとって教科書だけの言葉ではなかった。

    4.西海市の記憶

    満州から帰ってきた人たちが開拓した土地に学校ができ、やがて廃校になる。

    その建物に、今度はベトナムから国を離れた人たちがやって来る。

    そして現在、そこにはレコードが集められ、人々が過去の音を聴いている。

    引揚者の子供たちの声。
    ベトナムから来た人たちの声。
    そして、レコードから流れる昔の声。

    建物は残りながら、その役割を何度も変えてきた。

    音浴博物館に残されている「記憶」は、レコードだけではない。

    建物そのものが、西海市の記憶なのだ。

    園崎咲人


     
     
    長崎県西海市崎戸町の観測者。 観光案内や、郷土史ではありません。 島、橋、炭鉱、店、記憶などを調べ、それらのつながりも書きます。 崎戸を飛び出し、西海市の他の町へ行くことも。 間違いや、地元の方が知っていることがあれば、教えてください。 目指すは、百話。その先はまた考えます。

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