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西海市崎戸町百話#027〜崎戸浦合戦の碑

    第二十七話 崎戸浦合戦の碑

    崎戸島の家の墓の横に、一つの石碑が立っている。 「崎戸浦合戦場跡」の碑である。

    1570年、平戸の松浦勢が船で崎戸浦へ攻めてきた。崎戸側では小佐々弾正純正らが迎え撃ったという。

    墓参りをする場所のすぐ横に、そんな戦国時代の記憶が残っている。

    私は「松浦」という名前を見ると、もっと昔の人物を思い出す。

    佐志房である。

    鎌倉時代の松浦党の武将で、1274年の蒙古襲来、文永の役で元軍と戦った人物だ。三人の息子とともに戦い、命を落としたと伝わる。

    崎戸浦合戦より、およそ300年前のことである。

    もちろん、同じ松浦という名前が出てくるからといって、二つの戦いを単純につなげることはできない。

    それでも、崎戸が元寇に関わりがなかったのかどうか気になってしまう。

    崎戸から海の向こうを見ると平戸がある。

    以前書いた、尖った志々伎山も見える。

    今はただ眺めているその海を、かつて武装した船が渡ってきた。

    そして、その出来事を伝える碑が、今は私の家の墓の横に立っている。

    歴史というものは、史跡を訪ねなければ出会えないものでもないらしい。

    墓参りに行った、その横にあることもある。

    園崎咲人


     
     
    長崎県西海市崎戸町の観測者。 観光案内や、郷土史ではありません。 島、橋、炭鉱、店、記憶などを調べ、それらのつながりも書きます。 崎戸を飛び出し、西海市の他の町へ行くことも。 間違いや、地元の方が知っていることがあれば、教えてください。 目指すは、百話。その先はまた考えます。

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