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カニの港が、サーモンを育てた。境港に学ぶ「受け入れる力」のブランド戦略【いいものインサイト #4】

    地方にはまだ知られていない価値がある。

    この価値を広く紹介していく記事を【いいものインサイト】としてシリーズ化していきます。

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    境港といえば、カニ。

    鳥取に来る前から、そう思っていました。松葉ガニが揚がる、日本海の漁港。水木しげるロードの町。マグロの水揚げでも全国上位に入る、日本海側屈指の港。

    だから、スーパーの鮮魚コーナーで「境港サーモン」を見たとき、正直、驚きました。

    「なぜここに、サーモンが?」

    その疑問が、思っていた以上に深い場所につながっていました。


    カニとマグロの港が持っていた「弱点」

    境港は、強い港です。

    日本海側屈指の漁獲量を誇り、松葉ガニのシーズンには全国から注目が集まります。マグロも水揚げ量が多く、境港ならではのブランドが確立されています。

    これだけ強みが揃っていれば、何も変える必要はないように見えます。

    でも、ここに「弱点」がありました。

    それが、端境期です。

    松葉ガニは冬が旬。マグロも漁獲に季節があります。冬と夏の間には、目玉商品が少なくなる時期が生まれる。強い産地であればあるほど、「強みのない時期」が目立ちます。

    注目したいのは、境港がこの弱点を「仕方ない」で終わらせなかったことです。

    端境期を埋める新しい名産を、地域全体で育てようとした。その答えが、サーモンでした。


    国産サーモンはなぜ少ないのか

    サーモンは、日本人が最も好きな魚のひとつです。

    国内での消費量は年間約40万トン。しかし、その養殖品の約92%はチリやノルウェーからの輸入に頼っています。

    なぜ日本で作らないのか。

    理由があります。サーモンの養殖には、淡水での育成期間と海水での養殖期間の両方が必要です。その両方を同じ地域で確保できる場所が、日本には多くない。だから国産は少ない。

    境港には実は、その条件が揃っていました。

    しかし当時、それはまだ誰も気づいていなかったのです。

    ここで重要なのは「強みはあったのに、見えていなかった」という事実です。外から新しいものが来るまで、その価値は眠ったままでした。


    受け入れてわかった、「最高の育ち場」

    境港にサーモン養殖が来たのは、もともと宮城県女川町でギンザケ養殖を行っていた弓ヶ浜水産(現・ニッスイサーモン)が、2011年の東日本大震災で施設を失い、ニッスイグループの拠点があった鳥取県境港市への移転を決意したことがきっかけでした。

    鳥取県・境港市・鳥取県漁協が地域一体となってこの移転をバックアップし、事業が再開しました。

    そして養殖を始めてみると、気づいたことがありました。

    境港の環境が、サーモンの育成に驚くほど適していたのです。

    大山の麓に点在する淡水養魚場では、ミネラルウォーターとして売り出されるほど清浄な大山の伏流水を使い、卵から稚魚まで約1年間育てます。

    その後、美保湾沖合い3kmの生け簀へ。直径25mのサークル生け簀が22基。日本海の早い潮流と荒波の中に放たれます。

    「時化が多い」「潮流が速い」。普通に考えれば、養殖には不向きに見えます。

    でも、この荒海こそが境港サーモンを育てた。

    運動量が多くなり、身が締まります。脂が適度に乗ります。しかも三陸より低水温期が短く成長が早いため、三陸では4月下旬だった出荷が、約1ヶ月早い3月下旬から可能になりました。

    ここで重要なのは、これが「計画されていなかった優位性」だということです。

    サーモンを受け入れたことで、はじめて「大山の水が価値を持つ」「日本海の荒波が武器になる」と気づいた。地域のポテンシャルは、新しい視点が入ってきてはじめて見えるものだった、ということです。


    「受け入れ続ける」ことがブランドになった

    境港サーモンのユニークさは、受け入れる姿勢が一度で終わらなかった点にもあります。

    水中3Dカメラで魚体をAIがスキャンし、成長予測から給餌量を自動調整するシステム。動画カメラでリアルタイムに摂餌活性を確認し、荒天で船を出せない日でも安定給餌が可能なプラットフォーム。

    そして手間とコストがかかる「全量活〆処理」を、妥協なく続けています。生きたまま工場まで海水ごと送り込み、1尾ずつ手作業で活〆・脱血。水揚げからわずか10分で真空パック。国際的な水産エコラベルであるASC認証も取得しています。

    テクノロジーも、職人的な手作業も、どちらも「受け入れる」。

    この姿勢が積み重なって、現在の年間約1,600トン・全国の国産養殖サーモンの約1割という規模になりました。


    成功体験が組織を縛る、その逆を行く

    マーケティングや経営の世界に「コンピテンシー・トラップ」という概念があります。

    過去の成功体験が、新しい学習を妨げる。カニで成功しているのだから、カニを深めればいい。変える必要はない。そう考えるのが、組織の自然な傾向です。

    でも境港は、カニで成功していながら、サーモンを受け入れました。

    「強みを守る」のではなく、「強みの上に新しいものを乗せてみる」という選択です。

    結果として、カニのシーズン以外にも地域を輝かせる名産が生まれた。そして大山の水も、日本海の荒波も、それ単体では「当たり前の自然」だったものが、サーモンという新しい文脈の中で「世界水準の養殖環境」として意味を持ちはじめた。

    SNS時代は「専門性を磨く」「強みをとがらせる」という方向性が声高に語られます。でも境港が教えてくれるのは、その逆かもしれません。

    すでに持っている土台に、新しいものを乗せてみる。その瞬間に、眠っていた価値が覚醒することがある。


    持っているものの価値は、新しい視点が入ってはじめてわかる

    わたしはIターンで鳥取にやってきました。

    来る前は「カニの港」としか知らなかった境港が、今ではサーモンでも全国に名前を知られています。外から来たわたしの目には、これがとても鮮明に映ります。

    地元にずっといると「当たり前」に見えるものも、外の目線が入ることで新しい価値として輝きはじめる。境港サーモンはその典型例です。

    思い返すと、Iターンでここに来てからのわたし自身もそうでした。

    縁もゆかりもない鳥取に来て、最初は「自分がここで積み上げてきたものは、この場所で何の役に立つのか」と感じる瞬間がありました。でも新しい環境に飛び込んでみると、以前の経験が思わぬところで意味を持ちはじめる。

    大山の水が、サーモンと出会うまで「ただの清水」だったように。

    あなたがすでに持っているスキル、環境、人脈。それは今の使い方がすべてではないかもしれません。

    新しいものを一つ、受け入れてみる。それだけで、眠っていた強みが動き出すことがあります。


    境港に来る機会があれば、カニと一緒に境港サーモンのお刺身もぜひ食べてみてください。荒波の中で育てられた、締まった身と適度な脂。その一口に、「受け入れる力」が詰まっています。

    参考ウェブサイト


    最後までお読みいただきありがとうございました。
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    ―地方にはまだ知られていない価値がある― 鳥取を中心に、子連れ旅行・地方暮らし・ローカル体験を発信 ガイドブックに載らない地方の魅力を発掘します 鳥取の“いいもの”から学ぶ【いいものインサイト】連載中。 マガジンからご覧ください

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