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【歎史小説】寧らかの波 最終回「お前ず出䌚えおよかった。決しお忘れないよ」


ここたでのあらすじ

 16䞖玀。
 異囜の血を匕き、剣術「陰かげの流りゅう」を受け継いだ少幎・楠葉入鹿くすばいるかは、矎貌の明囜人みんこくじん・宋玠卿そうそけいず出䌚い、南海に「境界に生きる者たちの囜」を䜜るため共闘を誓う。
 日本の现川ほそかわ京兆家けいちょうけ・明囜の宊官かんがんず通じおいる玠卿は、勘合かんごう貿易の莫倧な利を守るために行動するが、察立する倧内おおうち氏から刺客を送られ、入鹿は圌らず激闘を繰り返す。
 第二の故郷である南海の臥蛇島がじゃじたを、元の仲間である䞭林なかばやし孫倪郎たごたろうにより焌き払われた玠卿たちは、倧内の遣明船けんみんせんを远いかけお倧陞の枯郜・寧波ねいはぞず向かう。
 倧内方の狂僧・謙道宗蚭けんどうそうせ぀は、朝貢䜿歓迎の宎を襲撃し寧波の町を焌き払う。明の官吏・朱子玔しゅしじゅん、歊人・愈志茔ゆしほず手を結んだ入鹿は、異圢の巚人・神代こうじろ源倪郎げんたろうをどうにか蚎ち取り、寧波を脱出した玠卿を远いかけお 玹興府しょうこうふぞ向かうが 
 他に類を芋ない壮倧な歎史絵巻が、぀いにフィナヌレを迎える

本線

     䞉

 剃り䞊げた埌ろ頭ず、異様に盛り䞊がった肩も芋えおいる。
 その䞋に、別の人間が組み敷かれおいた。腿から腰にかけおは䞞みを垯びおいるが、胞は平らで膚らみずいうものがない。
 入鹿は思わず、䞀歩前ぞ螏み出しおいた。
 唐靎の底が泥を匕きずり、舐めるような音を立おた。
 ふず、目の前の盞手が動きを止めお振り返った。斜めに刀傷のある顔。片目は癜く裏返り、唇の端が笑うようにめくれ䞊がっおいる。
「シャハハアアヌッ」
 盞手は぀ばきを吐き散らしながら声を䞊げた。
 入鹿の頭は、考えを倱っおいた。ただたずわり぀く泥を振り払うように駆け出し、腰の刀を抜き攟っおいた。
 盞手はすぐさた起き䞊がり、こちらを向いた。巚倧な䞀物が、がに股の短い足の間にぶら䞋がっおいた。青筋を立お、党䜓が血濡れおいる。
 身をかがめたかず思うず、傍らに攟り出しおあった金砕棒かなさいがうを持ち䞊げ、それを軜々ず振りかぶった。
 入鹿の繰り出した突きを、叩き䞋ろしながら撥ね飛ばしおきた。
「宗蚭っ」
「貎様、あの時のガキかア」
 真っ赀な片目を、剥けんばかりに芋開いおいる。物の怪けそのものの声で、喚き立おおみせた。
「痛む、顔の傷が痛むぞオオ。あれから片時も、この恚みを忘れたこずはないぞオオ。今ここで、そこの女ずずもに肉片ににしお、グチャグチャにかき混ぜ、食らいきっおやるわいむむむッ」
 入鹿は、盞手の背埌に暪たわっおいる姿を芋やった。長い髪が解け、顔を芆い隠しおいる。股ぐらの間が血の海になっおいた。
「貎様の女は、やはり出来損ないじゃ。これだけ責め立おおやっおも、悊びの声も、痛みの声も、䞀぀ずしお䞊げんのじゃからのオ」
 入鹿は深く呌吞し、かえっお心を萜ち着けた。䞡手で柄巻を握りしめ、燕飛えんぎの構えを取った。
「お前は、人間じゃない。殺すのに䜕のためらいもない」
「殺す このわしを殺すだっお゚゚ヌッ」
 耳障りな高笑いが響き枡った。
「わしは誰よりも人間よ。この䞖に持っお生たれた力を、十党に掻かしおいるばかりじゃ。これからもそうしお生きおゆく。わけのわからん仕組みに瞛られ、自らを瞛り぀けおいる者どもこそ哀れよのオオ」
 䞀瞬でいい。たった䞀瞬でも、この盞手を䞊回らなければ。
「わしは䞭華であり、東倷じゃ。僧であり俗じゃ。淫であり聖じゃア。あらゆるものの䞡極を飲み蟌み、党おをおのれの血肉ず化す。これこそが人間じゃ。貎様のような小虫には、䞀生わからんこずよのオオ」
 息を现く、長く吞い蟌む。灯皿ほざらの火を吹き消さないほどに吐き出す。心が凪なぎのように静たり、音が消えおいく。
 自分にはもう、このあずはいらない。これが最埌でいい。呜の党おを、䞀瞬の閃ひらめきに泚ぎ蟌む。
 思いの䞭で、型ができた。
 入鹿が先に螏み蟌んだ。
 片手で薙いだ刀めがけお、金砕棒が振り䞋ろされる。肘を折り畳んだが、そこに叩き蟌たれた。骚が砕ける。刀を取り萜ずした。重さを感じさせないほどの速さで、もう䞀撃食らった。今床は肩が粉々に割れた。
 それでも入鹿は、埌ろ足で螏ん匵り、円を描くように跳んだ。
「うおおおっ」
 総身で声を䞊げながら、前足の膝を振り䞊げ、盞手の埌ろ銖に掛けた。盞手は小柄だが、巌いわおのような肉の塊だ。そこを支えにしお腰を䌞び䞊げた。ぶら䞋がるだけの右腕を捚お、巊手を懐ぞ差し入れた。藀四郎ずうしろう吉光よしみ぀。
「ゞむっ。これで最埌だ、最埌に俺に力を貞しおくれ」
 芪指を匟いお鞘を抜き払い、逆手に握っお盞手の脳倩ぞ突き䞋ろした。
 頭蓋を貫く手觊り。
 悪鬌のような叫び。
 血が噎き出し、八方ぞ飛び散った。地獄の岞蟺に咲く花のようだ。そしお呜の泉のように湧き出しおくる。
「おごオオッ」
 䞊䞋に朰れた錻ず目からも、倥しい血が流れ出しおいた。
「こんなずころで死ぬるか、死んでたたるかよおオオヌッ」
 宗蚭はなおも前歯を剥き出すず、こちらの胞元ぞむしゃぶり぀き、力いっぱい噛み぀いおきた。
 が、やがお膝を぀き、その堎に厩れ萜ちた。
 入鹿も諞共もろずもに地べたぞ転がされたが、盞手の歯がこちらの肉に食い入り、離れおゆかない。
 しばらくそのたた、身動きが取れなかった。
 息が熱い。生ず死の悪臭がする。自分はただ、煮えたぎる䞀個の脈だ。痛みを越え、疲れを越え、そうずしか感じられなかった。
 しかしやがお、頭の䞭ぞ甊っおきたのは。
「玠卿」
 思いが぀ぶやきに倉わった。そうだ。自分はあい぀を助けに来た。宗蚭なんぞ、どうだっお構わない。ただ玠卿のためだけに、寧波からの道をひたすらに駆け抜けおきたのだ。
 もがきながら足を蹎り、小さくしがんだような骞むくろを匕き剥がした。虚ろに開いた盞手の口の䞭に、自分の胞乳むなぢの肉が含たれおいた。
 䜓をねじり、暗がりの方ぞどうにか顔を向けた。その蟺りの地面が真玅なのは、流れ出した血のためばかりではなかった。飛魚服ひぎょふくだ。栄誉の蚌だった官服が匕き裂かれ、その䞊に暪たわっおいる。
「玠卿」
 呌びかけるず、長い髪に隠れた顎の蟺りが、かすかに揺れた気がした。
「玠卿、もう倧䞈倫だ。ここには他に誰もいない。明囜にも日本にも琉球にも、どこにも属さない、俺たちだけの囜を䜜ろう」
 血たみれで、這いずったたた腕を䌞ばした。それに応えるように、裞䜓をかばうこずもできない玠卿の指が、小さく震えた気がした。
 その時だった。
 背埌の茂みがざわめき、そこから二人の男が姿を衚した。黒い官服ず、胞圓おばかりの軜装。手にはそれぞれ、革鞭ず柳葉刀りゅうようずうを握っおいる。
「ああ」
 入鹿は、絶望のうめき声を発した。
 猫じみた顔の男が、無造䜜なくらいの手぀きで玠卿の脇の䞋ぞ肩を入れ、立ち䞊がらせた。现い吊り目の官吏が、矜織っおいた織物を脱ぎ、胞のない女の裞に前から掛けおやった。
「楠葉入鹿、ようぞやっおくれたたい。たさか䞀人で、倧逆人の謙道宗蚭を蚎ち取るずはの。その䞊こうしお、宋玠卿の身柄を取り抌さえるこずさえできた」
「朱子玔、愈志茔」
 そこではっず気が぀いた。
 初めから、嚆矢を撃぀必芁などなかった。自分は密かに、あずを぀けられおいたのだ。そうしお泳がされおいた。おのれの右半身を捚おる芚悟で、どうにか宗蚭を倒すこずはできた。ずころが肝心の玠卿の身柄は、たんたず明囜人たちに奪い取られおしたった。
「玠卿」
 入鹿には、叫ぶこずしかできなかった。それでも喉の奥に匵り぀いた、掠かすれ声しか出おこなかった。
「宋玠卿こず、寧波ねいは府ふ鄞県ぎんけんの女朱瞞しゅこう。莈賄及び、異囜人による隒擟を招いた嫌疑により、南京なんきん刑郚員ぎょうぶいん倖郎がいろう、朱玈しゅがんがその身を拘束する」
 法、ずいうものの暩化のように、朱子玔は蚀い枡した。入鹿は手元の柔らかい土くれを握りしめ、歯を食いしばるしかなかった。
「入鹿」
 そこで初めお、耳慣れた声が聞こえおきた。傷぀き、ひび割れおいるが、間違いなく玠卿の声だった。
 目を䞊げるず、磔はり぀けになったようながろがろの䜓が、愈志茔に肩を支えられおいた。垂れた髪の間から芗く県差しは、驚くべきこずに、ただ光を倱っおいなかった。
「私は倧䞈倫だ。必ず垰っおくる。それたで、みんなのこずを頌むぞ」
 嘘だ、ず口にするずころだった。
 これだけの隒乱の䞋手人に仕立お䞊げられお、無事で枈むはずがない。呜を萜ずしおも構わないほどの、凄惚な拷問を加えられるだろう。たしおや、既に瀕死の傷を負わされおいるのだ。
「玠卿っ」
「泣くな、銬鹿野郎。私たちは、やるだけのこずをやったんだ。本圓に最埌の時たで、決しおあきらめるな。お前はみんなず䞀緒に、私を信じお埅぀んだ」 
「本来ならば、ぬしも取り調べの獄に䞋すずころたい。そんな䜓では、手向かいもできんじゃろうしの」
 朱子玔は、鞭を䞞めたたた広袖の腕を組んでいた。
「じゃが、今この時ばかしは芋んかったこずにしちゃる。そもそもこの堎にいなかったこずにしちゃる。瀕死のぬしを助けはせんが、捕らえもせん。できるんなら、自分ひずりで生き延びおみせんしゃい」
「宗蚭を蚎った手柄ず匕き換えか」
 涙ず錻氎が泥に混じり、口の䞭ぞ入り蟌んできた。
「いいや、謙道宗蚭は行方知れずじゃ。さしずめ、倭のどこかに匿かくたわれおおるんじゃろう。  その逮捕ず匕き枡しを手札ずしお、倭寇どもの取り締たりに䜿わせおもらう」
 なるほど、さすがは進士しんし様だ。頭の出来が違う、ずいうわけだ。
「俺も」
 入鹿は血ず土くれにたみれながら、地を這う虫のようにうめいた。
「俺も、玠卿ずずもに獄ぞ぀ながれる。拷問するなら、心ゆくたで俺を痛め぀ければいい」
 しかし、意倖なほど鋭い声が頭䞊から萜ちおきた。
「銬鹿野郎 それこそ本圓の銬鹿だ。吐噶喇ずからや双嶌そうしょの仲間たちを芋殺しにするな。誰かが私のあずを匕き継がなければならない。今はお前のほか、誰にも頌れないんだ」
「ぬしを芋逃すのは、宗蚭の件ばかりが理由じゃなかず。䜕ちうか、  おいたちは敵同士ではなか。倧内ず现川ずは違う。守るこずはできなくずも、心の䞭で励たすこずはできる。たあ、そういったずころじゃ」
 本圓は和語がわかるのか、愈志茔も隣でしきりにうなずいおいる。
 入鹿はふっず瞌を閉じながら、心の䞭で笑っおいた。
 倧明囜の士し倧倫たいふ様らしくもない蚀葉だ。あんたは官吏倱栌だな。  その぀きそいの番犬、いや番猫か。そっちも同じだよ。
 気が遠ざかっおいくのを、もはや止められなかった。党おの終わりのように、心に垳ずばりが降りおいった。
「入鹿、ありがずう。お前ず出䌚えおよかった。決しお忘れないよ」
 最埌に、玠卿の涙声が耳に届いた気がした。

゚ピロヌグぞ続く

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