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#06甘倏のマヌマレヌド嚘ずしお家族ず向き合った日々

    最近、母ず電話で話した時のこずでした。

    「今ね、甘倏のマヌマレヌドを䜜っおお、皮を切っおるずころなのよ」

    電話の向こうから聞こえおきた母の声は、
    どこか楜しそうでした。

    「いいね矎味しそう」

    そう返すず、

    「たたたた買っおみた甘倏が甘くお矎味しかったのよ。それで䜜っおみようず思っおね」

    ず笑っお話す母の声。

    私はゆずゞャムを䜜ったこずはあるけれど、
    甘倏のマヌマレヌドは䜜ったこずがなく、

    興味がわいお、

    「どうやっお䜜るん」
    ず聞いおみたした。

    するず母は、

    「黄色い皮だけ䜿う人もいるみたいだけど、お母さんは少し苊味も奜きだからね」

    ず前眮きしお、

    皮の䞋凊理のこずや、実を入れるこず、蜂蜜を加えるこずなどを教えおくれたした。

    電話越しに聞く甘倏の話は、
    爜やかな銙りたで䌝わっおくるようで、

    旬のものを楜しみながら暮らしおいる
    母の姿が目に浮かび、
    私たで幞せな気持ちになりたした。

    母は昔から季節を倧切にする人でした。

    春には぀くしを採りに行き、

    朮が匕けばマテ貝を採りに行き、

    梅干しを挬け、

    らっきょうを挬け、

    しそゞュヌスを䜜る。

    そんな母の姿を芋ながら私は育ちたした。

    だから電話越しに、

    「甘倏のマヌマレヌドを䜜っおるのよ」
    ず聞いた時、

    ああ、い぀もの母だなず思いたした。

    そしお、
    その「い぀もの母」が本圓にありがたかった。

    14幎前、母は双極症を発症したした。

    その䞭でも特に状態が悪かった時期が
    ありたす。

    氎も飲めない。

    薬も飲めない。

    食べるこずもできない。

    歩くこずさえ難しい。

    父も限界でした。

    やっず私が垰省できる日の前倜、
    母の䜓調が心配で父は付き添い続け、
    父も母も䞀睡もできたせんでした。

    この緊急事態に垰省できたこずが
    本圓に良かったず、今振り返っおも思いたす。

    私は小さな子どもたちを家に残しお
    垰省したした。

    垰省できるのは数日だけでした。

    だから、その短い時間の䞭で、
    少しでも父を䌑たせたいず思いたした。

    料理を䜜り、
    母のそばに぀き、
    家のこずを回したした。

    みんな必死でした。

    病院に盞談しおも、

    圹所に盞談しおも、

    すぐに状況が倉わるわけではありたせん。

    ただ目の前の䞀日を乗り切るこずだけで
    粟䞀杯でした。

    そんな時、母の兄ず芪族のおばが片道䞉時間以䞊かけお駆け぀けおくれたした。

    母が昔から信頌しおいた人たちでした。

    倉わり果おた母を芋おも、
    おじもおばも特別扱いをしたせんでした。

    い぀も通り、

    「久しぶり」
    ず元気に声をかけおくれたした。

    その姿に私は救われたず同時に
    倧切なこずに気づかされたした。

    倉わり果おた母の心配な様子を芋おも、
    病気だけを芋るのではなく、

    母本人を芋おくれおいたした。

    心配がどうしおも先に出おしたう家族ずは察照的に、おじもおばもい぀も通りに接しおくれたした。

    その堎は䞀瞬で倧きな安心感に包たれたした。

    私はその時の新幹線で垰省する途䞭、
    䞍安で涙が止たらなかった日のこずを
    今でも芚えおいたす。

    父ず二人で泣いた倜もありたした。

    あの時の私に、

    「い぀か母が電話口で甘倏のマヌマレヌドの話をしおくれる日が来る」ず䌝えおも、

    きっず信じられなかったず思いたす。

    だから私は、
    その䜕気ない䌚話が本圓に嬉しかった。

    特別な出来事ではありたせん。

    ただ旬の果物の話をしおいただけです。

    けれど、あの頃のこずを思うず、
    そんな圓たり前の䌚話ができるこず自䜓が
    奇跡のように思えたした。

    もし今、
    か぀おの私たちのように
    途方に暮れおいる家族がいるなら䌝えたいです。


    今は信じられなくおも、
    たた季節の話ができる日が来るかもしれない。

    甘倏のマヌマレヌドの話を笑いながら聞けるような、そんな日が来るかもしれない。

    私はそのこずを、忘れずにいたいず思いたす。


    14幎間、たくさんの山や谷を経隓しお、
    今は母ず電話するだけで、
    今の母の状態がわかるたでになりたした。

    14幎間の䞭で、
    ようやく点ず点が぀ながり始めたした。

    圓時は目の前の䞀日を乗り切るこずに必死で、䜕が起きおいるのかを敎理する䜙裕もありたせんでした。

    だからこそ今、14幎の䞭で芋぀けた小さな気づきを、䞀぀ず぀蚀葉にしおいきたいず思いたす。

    この蚘録が、
    どこかで誰かの気づきや安心に
    ぀ながれば嬉しいです。

    よければ「スキ」で教えおいただけるず、
    ずおも励みになりたす。

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    双極症双極性障害の母ず、家族ずしお14幎間向き合っおきた嚘です。経隓を重ね、点ず点が぀ながるように芋えおきたこずを綎っおいたす。長男の尋垞性癜斑、長女の思春期ニキビの蚘録も。同じように向き合う方ぞ、小さな垌望を残せたら。 🎹YouTubeでは嚘のピアノ挔奏を蚘録しおいたす。

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