首都決壊シーズン2 首都崩落前半

※本作は完全なフィクションです。本文中の実在の俳優名は、作者が映像化を想定した際の架空のキャスティングイメージとして記載したものであり、本人の出演・関与・承諾等を示すものではありません。作中の人物・設定は実在の人物の実際の言動・思想・経歴等を描いたものではありません。
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首都決壊シリーズ
続編シーズン2 首都崩落になります
〇 首相官邸・総理執務室(春・昼)
あれから3年の月日が流れた、春。
「国民を共犯者」とした瀧川政権は、薄氷を履む思いでその命脈を保っていた。
室内には、瀧川(総理)、大原(官房長官)、そして飯沼(現・農林水産大臣)の姿。
瀧川「アメリカのクランプの野郎、また派手にドンパチ始めやがって……!」
大原「まったく。一寸先は闇、先の読めない世界情勢ですよ」
瀧川「(ふんぞり返り、煙草を燻らせながら)テロリストもよ、わざわざ日本なんか狙わずに、アメリカの五大湖でも爆破してやりゃいいんだ。あっちの方がよっぽど水も豊富だろ?」
大原「(即座に、冷徹に)総理。それは看過できない国際問題です」
瀧川「(鼻で笑い)冗談に決まってんだろ。……硬ぇんだよ、お前は」
飯沼「(苦笑いし、どこか遠くを見ながら)勘弁してくださいよ。私なんて三年前、あの『トリアージ』のせいで、農家への補償で文字通り地面に額を擦り付ける毎日だったんですから。……国交相なんて、もう二度と御免です。……って、そもそも農家に平謝りするのって、国交省の仕事でしたっけ?」
大原「(眼鏡を上げ、淡々と)だから今、貴方は『農林水産大臣』の椅子に座っているんですよ、飯沼さん」
瀧川「ハハッ! ……まあ、俺だってまだ総理に居座ってんだ。あの地獄を見た後じゃ、次に手を挙げる命知らずな奴もいねえか」
瀧川が自嘲気味に笑い、室内に束の間の弛緩した空気が流れる。
その時、廊下を激しく打つ足音が急接近してくる。
バンッ! と音を立ててドアが跳ね飛ばされ、血相を変えた役人が雪崩れ込んでくる。
役人「内閣危機管理センターより緊急報告です! ……また、テロリストが動きました!!」
室内の温度が、一瞬で氷点下まで下がる。
瀧川「(身を乗り出し、鋭い眼光で)本当かッ!? 今度は何を仕掛けてきた!?」
役人「前回同様、1兆円の要求……。そして、拒否すれば……『今度こそ、東京を完全に水没させる』と!!」
一同、言葉を失い、凍りついたように絶句する。
瀧川の顔から、先ほどまでの冗談めかした色が消え、あの三年前の「トリアージを下した男」の顔が戻る。
瀧川「……なるほどな。結局、あの日から奴らの尻尾一つ掴めてなかった。これまでの三年間は、ただの『偽りの平和』だったってわけだ」
瀧川が、獣のような鋭い声で命じる。
瀧川「――対策室を立ち上げろ!!」
〇 首相官邸・大記者会見場(昼)
無数のフラッシュが瞬き、怒号に近い質問が飛び交っている。
演壇に立つ瀧川総理と、その横で氷のように佇む大原官房長官。
瀧川「……あれから、3年の月日が流れました。残念ながら、警察当局および国家の総力を挙げた捜査を続けてまいりましたが、テロリストの正体は今日まで掴めておりません。……そして本日、また奴らから要求がありました」
会場が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
瀧川「前回と同じく1兆円の要求。……そして、『支払わなければ、今度こそ東京を完全に沈める』と」
記者A「払うんですか!? 払わないんですか! どっちなんです総理!」
記者B「またトリアージをするおつもりか!」
一斉にマイクが向けられ、記者たちが身を乗り出す。
大原「(鋭く、静かに制し)お静かに。……我が日本国政府として、テロリストの不当な要求に屈することは一切ありません。現在、直ちに対策室を立ち上げ、状況の把握に全力を挙げております」
最前列でノートを閉じた記者・松永が、静かに立ち上がる。
松永「……『払わない』という選択。それはつまり、政府として最悪の事態を防ぐ、相応の『覚悟』と『策』がある、と解釈してよろしいでしょうか。……私共としても、徒に混乱を煽ることは控え、静観させていただきます」
松永が深く一礼し、席に着く。
3年前、あれほど厳しく政権を叩いていた彼女が、今は政権を庇うような発言をする。瀧川の決断で両親を救われ、「共犯者」となった彼女の、抗いようのない沈黙。他の記者たちも、その空気に呑まれるように声を失っていく。
〇 首相官邸・総理執務室(3年前・夜)
激闘が幕を閉じ、静まり返った執務室。
窓の外には、傷つきながらも灯りを取り戻し始めた東京の夜景が広がっている。
瀧川と森田が、二人だけで静かに向き合っている。
瀧川「……結局、テロリストの尻尾は掴めずじまいだ。奴らはまた、必ず狙ってくる。……だが、じいさん。これ以上あんたに、この国の重荷を背負わせるわけにはいかねぇ」
森田「私は一向に構わないんだけどねぇ。ただ、世間様がね。いつまでもご老体に頼りきりじゃ、総理の支持率に響く」
瀧川「支持率なんて知ったことか! あんたがこれ以上、世間の批判の矢面に立たされるのが……俺としては我慢ならねえんだ。あんたには、アイツの墓参りでもして、ゆっくりしてもらいてえ」
「アイツ」の名に、森田がふっと目を細める。
森田「ははは、お気遣いは無用。毎日仏壇に手を合わせてるさ。それだけで、十分だよ」
瀧川「そうか。……じゃあ、せめて『個人的な相談相手』としてなら、どうだ?」
森田「それじゃあ今まで通りだよ(笑)。……しょうがないね。それなら、彼にお願いしよう」
瀧川「そんな奴がいるのか? あんたみたいに、インフラにイカれたバケモノが」
森田「まあ、少しやかましいのが玉に瑕だが。国交省時代、弟子みたいなもんだった男だよ私を勝手に先生と呼んでいるが。……ただ、第二次瀧川政権が続くのが条件だ。彼を、次の内閣で国土交通大臣に任命しなさい」
瀧川「……しばらくは、この椅子に座り続けるさ。あんな地獄の後の日本を、代わりに仕切ろうなんて物好き、他にいやしねえからな」
〇 同・危機管理対策室て
大型モニターに映し出される、青く光る首都圏の水系図。
瀧川がネクタイを緩め、モニターを睨みつける。、
瀧川「……どうなんだ。前回みたいに『国交省』の偽看板を出して、堂々と堤防を弄ってるようなふざけた場所はねえのか?」
上原国土交通大臣(石原良純)が、デスクを叩かんばかりの勢いで身を乗り出す。
上原「大丈夫です、総理! 首都圏全域に全国から道路パトロール隊をかき集め、一平方センチ単位でインフラを精査させております。……現在のところ、一切の異常は見当たりません!一部を除いては」
その無駄に響く大きな声と、オタク特有の異常なまでの自信に、対策室の空気がわずかに落ち着きを取り戻すが最後のひと言が気にかかった。
瀧川「そうか……。だが、奴らの狙いはどこだ? 最初の多摩湖だって、誰も予想できなかった手口(水圧テロ)で来やがった」
上原「私も、まさか一軒家の地下をバイパスにするなんて……あんな変態的な地形利用、夢にも思いませんでした。……ですが、本気で『東京を沈める』というなら、やはり本命は荒川か、利根川でしょうか」
上原がモニターの広大な流域を、愛おしむように、そして恐れるように指でなぞる。
瀧川「あれから利根川も荒川も、首都圏全てのダムも、死ぬほど警備をガチガチに固めてるはずなんだが……。奴ら、今度はどこから『水』を呼ぶつもりだ?」
〇 首相官邸・地下秘密対策室
大型モニターには関東全域の最新インフラマップ。
円卓には、瀧川総理、大原官房長官、そして各県の知事たちが顔を揃えている。
今回はその中に、山梨県知事・早川(武田真治)の姿もある。
瀧川「……ご存知の通りだ。またあのテロリストの野郎が仕掛けてきやがった。今回は山梨、お前さんも呼んでいる」
早川「(落ち着きなく指を組み替え)お、お呼び立ていただきまして……」
寺山(都知事)「……また。また私達を『共犯者』にするおつもりかしら?」
下川(千葉知事)「アイツらもしつけぇな。んで、今回はどこなんだ? 房総の宿、また空けとこうか?」
光田(茨城知事)「ええ、うちは喜んで霞ヶ浦を差し出しますよ」
前回の失言を抱えながらも、辛くも再選を果たした光田。その言葉には余裕を装った卑屈さが混じる。
田岡(栃木知事)「……相変わらずだねぇ、イバラ・ギさんは」
光田「(即座に)『いばらき』だ!」
藤川(群馬知事)「……本題に入りましょう。時間は限られている」
下川「(鼻で笑い)前回被害が少なかったから余裕だな、群馬のオッサンはよ」
土田(埼玉知事)「もう勘弁してくださいよ! どのみち東京を狙う通り道はウチなんですから! さんざん破壊されて、まだ足りないってんですか? ……で、山梨がいるってことは何です、今度は多摩川方面ですか!?」
瀧川「お前ら、焦るな。――今日は、森田のじいさんの代わりを呼んである」
一同の視線が注がれる中、一人の男が勢いよく立ち上がる。
上原国土交通大臣(石原良純)だ。
上原「どうも! 森田先生の弟子、国交相の上原です! 趣味はインフラ、鉄道、城巡り! 国交省時代から先生には公私共にお世話になりまして、一緒に災害対策を……」
瀧川「(手で制し)……少しやかましすぎるのが難点だが、じいさんのご指名だ。腕は確かだ、安心しろ」
上原は一転、鋭い目気で地図を指差す。
上原「前回のような『瓦礫のダム』はもう通用しません! 奴らが狙うのは本物のダム、あるいは、それに匹敵する『地形の喉元』です! 警備の隙を突き、奴らは必ず新たなダムを作り出す!」
瀧川「……場所は特定できているのか」
上原「おそらく、ここです! 長瀞・矢那瀬……『金尾の要害城』跡!!」
モニターに、荒川が蛇行し、金尾山が両岸から迫る「地形の急所」が映し出される。
秩父鉄道、国道140号、河川が一本の糸のように重なる、長瀞と寄居の境目。
上原「師匠、森田先生なら真っ先におっしゃるはずだ! ……かつて江戸を沈めた『寛保(かんぽう)の洪水』を! 1742年、関東一帯を襲った江戸時代最大級の水害……。ここ長瀞、当時の樋口村では、荒川の水位が通常より約18メートルも上昇し、付近一帯が飲み込まれた。……奴らが狙っているのは、その『再現』どころか、それを超える地獄です!」
「えええええええーーー!!!」
一同から、悲鳴に近い驚愕が漏れる。
瀧川「おい! そこがもし『決壊』したらどうなる!?」
上原「(冷酷なまでに冷静に)直下の寄居町は、一瞬で消滅します。熊谷、深谷は水中都市。県内どころか関東平野の北部は壊滅です! もちろん東京の海抜ゼロメートル地帯も。……川島町一箇所を犠牲にして済んだ前回とは、次元が違います。秩父盆地がまるごと『巨大なダム』になるわけですから」
瀧川「……そういうことだ」
土田「(胃薬を噛み締めながら)……やっぱり、うちなのね……(泣)」
瀧川「ただ、俺たちだって指をくわえてるわけじゃねえ。秩父への入り口は、自衛隊と警察で検問をガチガチに固めてる」
土田「……で、で、その……沈むかもしれない市町村には、誰が、いつ『沈む』って言うんですか……?」
瀧川「まだ決まったわけじゃねえ。テロリストを全力で追っている」
上原「(割って入り)いや! 彼らの奇想天外な発想と覚悟を見る限り、こちらも『最悪』を想定する必要があります!」
瀧川「(苛立ちを爆発させ)じゃあ、どうすんのッ!!」
上原「だからこそ、お呼びしたんです。山梨県知事。……総理、もう腹は決まっているでしょう?」
瀧川「……ああ。秩父盆地の住民を、安全が確保できるまで山梨へ避難させる。下川の言う『房総の宿』じゃねえ。……『山梨の宿』だ」
早川(山梨知事)「えっ!? いや、でも……宿泊代や補償はどうなるんですか? い、いや、もちろん受け入れはしますが……後でしっかり請求もさせていただきますからね!」
瀧川「(呆れたように)おいおい……。今、この状況で安全な場所を確保し、大量のバスが往復できるルートは、雁坂トンネルを抜けた山梨しかねえんだよ。正丸峠を降りたって、逃げ場所はねえ。……いいか、秩父を死地にはさせねえ。お前ら、協力しろ。以上だ」
〇一年前
埼玉県長瀞町・矢那瀬(春・昼)
山間に位置する、静かな集落の一軒家。
荒川が大きく蛇行し、金尾山が両岸から迫る「地形の喉元」。
秩父鉄道、国道140号、そして荒川が肩を並べて走るこの要衝に、一組の男女が立っている。
落ち着いた風貌の男・浦井が、一軒家の呼び鈴を鳴らす。
浦井「こんにちはー。……どなたかいらっしゃいますか?」
住人「(怪訝そうに扉を開け)……はい、どちら様で?」
浦井「(穏やかな笑みを浮かべ)あ、どうも。今度すぐ近くの空き家に越してきた浦井と申します。ご挨拶に伺いました」
浦井菜々(鈴木奈々)「妻の菜々です! よろしくお願いいたします!」
菜々は高いトーンの明るい声で、いかにもおしゃべり好きな「愛想の良い嫁」として、屈託のない笑みを浮かべる。
浦井「実は東京にも住まいがありまして。しばらくはあちらと行き来しながら、ゆくゆくはここで本格的に農業をやりたいなと思ってるんです。……これ、つまらないものですが」
浦井が丁寧な身の上話と共に手土産を渡し、菜々が「これから色々教えてくださいね!」と明るく言葉を添える。その自然な「夫婦の風景」に、住人の警戒心がするりと解けていく。
〇 浦井が借りた古民家・庭
庭先には、あの多摩湖の惨劇を彷彿とさせる白いハイエースが停まっている。
室内へ入り、ドアを閉めた瞬間。
浦井「……集落には紛れ込めた。あとは、淡々と作戦を遂行するだけだ。」
菜々「(明るいトーンを保ったまま、冷酷な目で)近所のおじいちゃん、完全に油断してた。……あんなに簡単に受け入れてくれるなんて、平和ボケもいいところですね」
菜々は鼻で笑い、納屋に積み上げられた肥料袋に目をやる。
田舎暮らしの「正当な住民」となった彼らにとって、肥料(硝酸アンモニウム)の大量購入は何の不審も抱かせない。
東京との往復を繰り返す中で、仲間から受け取った「材料」が、着々とこの納屋に集積されていた。
浦井「(肥料を手に取り)……硝安、軽油。これだけで『ANFO爆薬』の完成だ。身分証など、この平和な町には必要ない。存在しない男に、証明する身分などないからな」
窓の外では、長瀞の美しい渓谷を、秩父鉄道の列車がのどかな音を立てて走り抜けていく。
浦井はその光景を、冷酷な「標的」として見つめている。
〇 埼玉県川島町・復興エリア(昼)
3年前、泥に沈んだ川島町。
今は「令和の玉川兄弟」こと、正広(元官僚・兄)と悟(元町長・弟)が、再生した田畑で共に汗を流している。
背後には、完成したばかりの巨大な「荒川第三調節池」の堤防が、城壁のように町を守っている。
正広「……おい、悟。さっきの会見見たか? また、あのテロリストの野郎が騒ぎだしたぞ」
正広がタオルで泥を拭いながら、スマホの画面を弟に向ける。
悟「(手を止め、顔を歪める)勘弁してくれよ。せっかくここまで立ち直ってきたのに。……まあ、でも今の川島には『荒川第三調節池』がある。3年前みたいな地獄は、二度と来ないだろ、兄貴」
かつてヘドロに覆われていた平地には、青々とした苗が並び、安穏な暮らしが戻りつつあった。
正広「全くだ。やっと『お蔵米』も復活して、これからだって時によ。たまったもんじゃねぇよ」
悟「おかげで、このガチガチのスーパー堤防も完成したわけだしな。……兄貴、昔のツテで官僚仲間に状況聞いてみてくれよ。町のみんなを安心させてやりたいんだ」
〇 同・正広の仮住まい(夜)
正広がノートパソコンを前に、かつての同僚へ電話をかけている。
同僚の声「……ああ、正広か。どうだ川島は、復興は順調か? ……例のテロの件、具体的なことは守秘義務で言えないが、今度の国交大臣はかなりの『切れ者』らしいぞ」
正広「切れ者? ……まあ、あの瀧川総理が選んだ人ならな。もう二度と、この町を沈められるのは御免だ。……その上原さんに会うことがあったら、よろしく伝えてくれ。『期待してる』ってな」
電話を切った正広。窓の外、闇の中にそびえ立つ巨大な堤防を見つめ、静かに拳を握る。
〇 首相官邸・大記者会見場(夕)
フラッシュの嵐。瀧川総理が壇上に立ち、大原官房長官がその横で鋭く記者席を睨んでいる。
瀧川「……テロの件で進展があった。専門チームとの協議の結果、現在の『警戒想定区域』を絞り込んだ。直ちに発表する」
記者たち「どこですか総理!」「具体的な場所を!」
大原「(一歩前へ出て)発表します。秩父全域、および寄居町、長瀞町です」
会場に激震が走る。
記者「確証はあるんですか! 根拠は何です!」
瀧川「(一息つき、演壇を両手で掴む)……完全な確証はねえ。だが、これが専門チームの導き出した唯一の解だ。……いいか、皆。3年前、俺は国民を『共犯者』として、あの非情な決断を下した。今回も、テロの阻止には死力を尽くす。だが……」
瀧川の眼光が、レンズの向こう側の国民を射抜く。
瀧川「……もし止められなければ、秩父は巨大な湖となる。かつて江戸を沈めた『寛保の洪水』。その再現となれば、日本は終わる。……そのためにも、再び国民の皆様には『共犯者』となっていただく!」
記者一同、その言葉の重圧に絶句し、会見場は静まり返る。
〇 埼玉県長瀞町・国道140号・検問所(夜)
パトランプの光が闇を切り裂く。
警察官が、浦井のハイエースの窓を叩く。
警察官「ご協力ありがとうございます。免許証とご住所の確認を。……それから、念のため後方も拝見します」
浦井「(穏やかに)はい。……矢名瀬の浦井です。こっちは妻の菜々」
菜々(鈴木奈々)「お巡りさん、夜遅くにご苦労様です! 本当、大変ですよねぇ」
菜々の屈託のない笑顔に、警察官の表情がわずかに緩む。荷台にも異常はなく、車は難なく検問を通過する。
〇 浦井の自宅(深夜)
帰宅した二人の前に、数人の警察官と警察犬が立っている。
警察官「浦井さんですね。深夜に恐縮ですが、付近の全戸に任意での宅内確認をお願いしておりまして。……よろしいでしょうか?」
浦井「さっき検問を受けたばかりですが……まあ、協力しますよ」
菜々「(明るい高い声で)えー! ウチら怪しいですかぁ? 東京から移住してきたから? なんか映画みたい! ウチらがテロリストだったらマジウケるんですけど! どうぞどうぞ、つまらない家ですけど見てってください!」
菜々がおしゃべりを続けながら、快く警察を招き入れる。
簡易的な家宅捜索、そして警察犬によるパトロールが行われるが、当然、何も出ない。
警察官「ご協力感謝します。……失礼しました」
警察が立ち去った瞬間、菜々の顔から「愛想」が消える。
菜々「(冷酷な笑みを浮かべ)……あいつら、バカじゃない? こんな場所で爆弾こねくり回すわけないじゃん。あはははは!」
浦井「(表情を変えず)……仕方ないさ。だが、日本の警察は油断できない。……いや、油断できないのは、人間よりむしろ警察犬の方だがな」
菜々「そうね。……人間なんて、いつでも、いくらでも騙せるから」
〇 亀の井ホテル寄居・特設指揮室
上原大臣が、支配人を相手に腕を組んでいる。窓の外には、夜の闇に沈む「金尾の要害城」のシルエット。
上原「今日からここを指揮室にお借りします。……ここはね、昔は『かんぽの宿』と言ってね、県民にはそっちの方が馴染み深いかな? ほら、ここから金尾の城跡が実によく見える」
支配人「(圧倒されながら)は、はあ……」
上原「秩父は元々、海が隆起して出来た土地なんだ。武甲山の石灰石だって、あれは海底のサンゴの名残だよ。……つまりここは、かつて海だった場所に『水』が帰りたがっている場所なんだ……」
部下たちが呆れる中、上原は飯沼農水相へ電話をかける。
上原「飯沼くんか。……ああ、私だ。例の、三年前の『多摩湖のブツ』は取ってあるな?」
電話越しの飯沼「……はい。整備は万全ですが、一体どこへ?」
上原「あの『魔改造ポンプ』が、今度の主役になるかもしれない。……直ちにバラして、秩父太平洋セメントの工場まで運べ。くれぐれも奴らに悟られるな。秩父鉄道の貨車に紛れ込ませるんだ。いいな!」
飯沼「……承知しました」
電話を切った上原が、闇に浮かぶ要害城を、獲物を狙う鷹のような目で見つめる。
〇 亀の井ホテル寄居・特設指揮室(昼)
金尾山を望む窓際に立つ上原。そこへ、涼やかな、それでいてどこか底の知れない笑みを湛えた男が入ってくる。小津見防衛相(小泉孝太郎)だ。
小津見「どうも、上原さん。相変わらずお熱いようで」
上原「(振り返り)小泉くん! よく来てくれた。……見てくれ、あの山だ。奴らの狙いが地政学的にあそこであることは、もはや疑いようがない」
小津見「(窓の外を眺め)城跡に鉄道、温泉……。上原さんの趣味にはうってつけの場所じゃないですか(笑)」
小津見が皮肉めいた冗談を投げるが、上原は笑わない。この二人もまた、形は違えど「国家防衛」の最前線に立つスペシャリストであり、互いの実力を認め合う旧知の仲だ。
上原「バカを言うな。半分は正解だがね。……小津見くん、今回も君の力が必要だ。警察のパトロールだけじゃ、山は守りきれない。市街地の空き家や道路は警察に任せる。だが、あの急峻な山中は、君たち自衛隊に配備をお願いしたい」
小津見「(表情を引き締め)……前回、僕たちはテロリストに完敗しましたからね。爆弾を使わず、我々に爆弾を使わせることで『トリアージ』という名の引き金を引かせた……。奴らが本気で山を獲りに来るなら、次はあんなもんじゃ済まないでしょう」
上原「そのための秘密兵器は、すでに送り込んである。それともう一つ、荒川の底に『ステント用のパイプ』を沈めておいてくれ。これは奴らに見られていても構わない。最悪の事態が起きた時の、時間稼ぎの止血剤だ」
小津見「判りました。……テロリストは今も尻尾を見せません。影すら残さない相手ですが、こちらも最悪の準備を整えましょう」
その時、デスクの電話が鳴る。
部下「大臣、佐田経産相からです」
受話器を取る上原。
佐田(佐野史郎)の声「……上原くん。一体いつまで続くんだ? 首都圏の経済……いや、日本中がこの混乱で悲鳴を上げているんだよ」
上原「佐田さん。おっしゃることは重々承知しています。ですが今、我々は実体の掴めない『バケモノ』と戦っているんです。……佐田さんの好きな『ゴジラ』と同じですよ。正体は分かっていても、その生態が掴めない。……ただ、数日のうちに動きがある。それだけは断言できます」
佐田の声「(一転、興味深そうに)……ほう。相手はゴジラか。それは面白い。あいつなら、秩父の山なんて一捻りだろうからな。……まあいい、財界や同友会への顔もあるから聞いただけだ。またゆっくり、あっちの話(趣味の話)もしよう」
電話が切れる。上原が静かに窓の外、刻一刻と表情を変える空を見上げる。
上原「……私も、気象予報士の端くれだ。均衡が崩れる瞬間は、気象と同じで見れば分かる。太平洋高気圧の張り出しか、上空の寒気か……。その『時』が、すぐそこまで来ている」
〇 浦井の自宅・居間(深夜)
外は激しい雨が窓を叩いている。
コツ、コツと、一定のリズムで窓を叩く音。
浦井「(顔を上げず)……開いている。入れ」
音もなく窓が開き、雨に濡れた三人の男たちが室内へ滑り込んでくる。浦井の部下たちだ。
部下A「……上官。侵入経路、および運搬ルートに問題はありません」
浦井「ご苦労。……おい、そのリュックの中身。まさか本物じゃないだろうな?」
部下B「予行演習です。決行時と同じ重量の重りを入れてあります。ご安心を」
浦井「……いいか。警戒は日に日に強まっている。向こうの砦(寄居)には防衛大臣も乗り込んできた。そろそろ自衛隊が山を狩りに来るはずだ」
菜々(鈴木奈々)「(膝を揺らし、興奮を抑えきれない様子で)それで、浦井さん……いつやるの? いつやるのッ!?」
浦井「慌てるな、菜々。……いいか、お前たち。我々の『最優先事項』は何だと思う?」
部下A「命を厭わず、作戦を完遂すること……でしょうか。もしもの時は、敵を道連れに――」
浦井「(一喝して)違う! 命を厭うのではない。我々が、確実に生き延びることだ」
菜々「(高い声で笑い)だよねぇ~! 捕まっちゃったら、次のテロできなくなっちゃうもんねぇ!」
浦井「そうだ。我々は姿を見せてはならない。日本という国家を壊滅させるためには、我々が存在し続け、終わりのない恐怖を与え続けることこそが肝要なのだ。安物のアクション映画や、勧善懲悪のドラマにあるような……派手な死に様など一切必要ない」
菜々「(心底軽蔑したように)本当、バカみたいだよね。わざわざ敵に尻尾を出して、ハラハラ追いかけっこしてる映画とか……マジでウザいし、冷めるわぁ」
浦井「三年前もそうだ。我々は完璧だった。我々が爆薬を使うまでもなく、日本という国家が、自らの手で爆薬を使い、自国のインフラを破壊せざるを得ない状況に追い込んだ。……まさか町一つ(川島町)を丸ごと犠牲に沈めるとは思わなかったがな。……今、こうして我々がここに立ち、次の作戦を練っている。それこそが、我々の完全な『勝利』なのだ」
部下一同「――はっ! 承知しました!」
浦井「(窓の外、闇を見据えて)実行の日は近い。……『神風』がもうすぐそこまで来ている。その時が、引き金だ」
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