48歳コンビニバイト〜おでんの汁で世界を救う〜|第1話 『 深夜のレジ。中年男とタコ 』
※本作品は創作です。
※登場する人物、企業、生物、 巨大なタコ、
すべての出来事は フィクションです。
……たぶん。
※本作品を読んだあと。
深夜二時のコンビニへ行きたくなっても、
作者は責任を負いかねます。
※本物語は全10話で完結します。
第1週は、月・水・金に更新。
第2週は、毎日更新します。……多分。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
48歳コンビニバイト
〜おでんの汁で世界を救う〜
第1話 『 深夜のレジ。中年男とタコ 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ〜。
……あ〜、もう!
何がどうなっとんじゃ、ほんまに……」
深夜二時過ぎ。
街の喧騒がすっかり消えた頃。
小都市・白瀬市の中心街にあるコンビニ
『マルヤストア 白銀通り店』では、一人の男がレジカウンターに肘をつき、大きなため息をこぼしていた。
男の名は、大木健次。四十八歳。
独身。
アルバイト歴三年。
正社員として働いた経験は……一度もない。
深夜勤務のワンオペにも慣れ、レジ打ちも品出しも清掃も、それなりに手際よくこなせるようになった。
……だからといって、人生まで手際よく進むわけではない。
窓の外では、終電を過ぎた路面電車の線路だけが静かに街灯を反射している。
人影はほとんどなく、ときおり風が街路樹を揺らし…葉の擦れる音だけが夜に溶けていた。
健次は店内を見回した。
雑誌棚に冷蔵ケース。
湯気を立てるおでんと揚げ物ケース。
いつもと何も変わらない深夜。それなのに、胸の中に落ち着かない感覚があった。
「四十八歳か……」
貯金は雀の涙もない。だからといって、高齢になった両親には心配をかけたくない。
……老後なんて言葉が、少しずつ現実味を帯び始める年齢になっていた。
「このまま……。
年金だけで暮らせるんじゃろうか?」
電卓で計算したことがある。しかし、途中で怖くなって閉じた。
健康だけはまだ何とか保っている。健康診断でもコレステロール値は基準内だった。
だが、それだけでは安心材料にはならない。
「健康でも、お金がなかったら……
意味ないんじゃけどなぁ」
誰に聞かせるでもない独り言が、静かな店内へ吸い込まれていく。
……その時だった。
ポーン♪
ポーン♪
自動ドアが軽やかな電子音を鳴らした。
「いらっしゃいませ〜」
営業用の笑顔を作って顔を上げた瞬間、その表情は凍り付いた。
店へ入ってきたのは、色褪せたジャージ姿の中年男だった。
髪はぼさぼさ。目は妙に鋭く何日も眠っていないような顔をしている。
そして右手に……
緑色にうねうねと蠢く、得体の知れない何かが握られていた。野菜には見えない。ロープにしては…変だ。生き物のようにも見える。
見れば見るほど、見なかったことにしたくなる代物だった。
健次は思わず一歩だけ後ずさる。
男は真っ直ぐレジまで歩いてくると、身を乗り出して低い声で言った。
「おい、兄ちゃん。ちょっと聞くが……
巨大なタコが暴れとるっちゅう話、
聞いとらんか?」
「……は?」
あまりにも予想外の質問だった。
健次は数秒固まり、それから恐る恐る答える。
「タコ……ですか?」
「そうじゃ!」
「いや……
この辺でそんな話は…
聞いたことないですね。
そもそも海からずいぶん離れてますし……」
男は大きく頷いた。
「そうじゃろう!
じゃけえ妙なんじゃ!」
『妙なのはあなたです』と健次は心の中だけで突っ込む。
「わしは今からのぅ。
そのタコを退治せにゃならん!」
男は真顔だった。冗談を言っている雰囲気はまるでない。
「この店に熱湯はあるか?
あと塩じゃ。
大量の塩が欲しい」
「いやいやいや!」
健次は思わず両手を振った。
「ここでタコをゆでる気ですか!?
うちはコンビニです!
料理屋でも魚市場でもありません!」
「うるさいのぉー!
細かいことを言うとる暇はない!」
男は店内を見回しながら声を荒らげた。
「もう奴は入り込んどる!」
「……え?」
「見ろ!」
男が勢いよく指を差す。
その先は、フローズンマシンの陰だった。
健次もつられて視線を向ける。
最初は何も見えなかった。
ーーだが次の瞬間。
暗がりの奥から、ぬるり、と何かが現れた。
細長い触手。
吸盤のような丸い影。
それはゆっくりと床を這いながら、確かにこちらへ伸びてきていた。
「……っ!」
健次の背筋が一気に凍り付く。
冗談ではない。
見間違いでもない。
今、確かに動いた。
腰が抜けそうになった、その瞬間だった。
店の奥。
倉庫の方角から、激しい衝突音が響き渡る。
ガシャン!!
店内の静寂が一瞬で砕け散った。
続いて聞こえてきたのは、若い女性の悲鳴だった。
「きゃあああ――っ!
店長、助けて――っ!!」
「ミクちゃん!?」
深夜勤務をしていたアルバイトの女子高生。ミク。
その声だった。
同時に、男が握っていた緑色の物体も激しく暴れ始める。
まるで倉庫の異変に呼応するように店内の空気が変わった。さっきまで退屈だった深夜は一瞬で終わりを告げる。
四十八年間できるだけ平穏に生きてきた男。
大木健次は、この夜、自分の人生で最も理不尽で、最も理解不能な出来事へ巻き込まれていた。
ーーそれが始まりだった。
深夜のコンビニを舞台にした、誰も予想しなかった騒動の……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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