
トライアングル / 第一部 2-3 (21〜22話)
あらすじ
長いようで短い、高校生活最初の夏休みが始まった。
部活にバイトに遊びにと、やりたい事がいっぱいあるきっと忙しくなるであろう夏休み。
そんな休み期間中、淳汰は同じバンドメンバーである明来と颯翔を誘い、部内の練習会に参加しないかと提案するのだが、明来からもっと良い誘いを受ける。
それは夏の一大フェスへ行かないかというもの。
淳汰も大好きなバンドが出演するステージに行かないという選択肢はなく、颯翔と奏太を含めた4人で行く事になった。
フェスに浮かれる淳汰に反し、颯翔の方は図らずもも増えた奏太と2人の時間に、戸惑いとそして明来との関係性への疑問が膨らむ一方で………?
アキラを通して知る、好きというもの、好きという事。色んな好きの形。
何に向けるか、誰に向けるか、それがどんな意味を持っているのか、どんな意味を持ったせてしまうのか。
色んな好きの形があり、想いがあり、それらを受け入れ生きていく、高校生の物語。
音楽×恋愛×青春の長編小説。
恋愛部門のヒューマンドラマです。
同性愛等の表現も含まれます。苦手な方はお気をつけ下さい。
登場人物
不破 颯翔 (ふわ はやと)
1-Eクラス/ドラム
淳汰とは中学からの友人で、中学時代からバンドを組んでいた。ドラムを始めたのは淳太がキッカケ。明来の事を敵視している。
皮肉屋で、物事を否定的に見る癖がある。
小埜寺 淳汰 (おのでら じゅんた)
1-Cクラス/ギター
明るくて人当たりが良く、コミュ力とテンションが高い颯翔の親友。
小学生の頃ギターを始め、同い年でギターが上手い明来を憧れの存在だと触れ回っている。
逸見明来 (へんみ あきら)
1-Eクラス /ギター・ベース
奏太の幼馴染で、淳汰とは同じ音楽教室に通っていた。一見大人しい清純派だが、複数開いたピアスにサボり癖など、強かな一面も持ち合わせる。
ベースも得意で、普段からサポートバイトをするなど実力派。
柿谷 奏太 (かきたに そうた)
1-Cクラス 成績優秀で、入試は1位のメガネ男子。入学式の代表スピーチも行っていた。 見るからに真面目そうなガリ勉で、実際勉強は好き。明来とは幼馴染以上の仲に見える。 写真部に所属しており、よくカメラを持って明来の写真を撮っている。
21.夏休み
今年の夏休みはいつもより忙しい予感がしていた。
明来にとっての夏休みとは、学校に行かなくて良い喜ばしい期間でありながら、しかし家に囚われる憂鬱な期間でもあった。長期間、昼間の時間を持て余してしまう。他の子供のように旅行の予定や祖父母宅への帰省なんて予定はなく、奏太以外の友達との出掛ける予定は無いに等しい。
基本的には家に居るか、図書館に赴くかというもの。中学に入ってからは部活があり、いくらか暇は潰せたが、小中学生が1人で遊べる場所などたかが知れている。毎年夏休みの予定は、ハヤマ音楽教室の夏期レッスンに行く以外には何もなかった。
しかし、今年は完全に自由だ。高校生となり自由度が一気に上がる。1人でも好きな所へ行け、アルバイトに明け暮れただけにお金には余裕がある。
音楽教室の夏期講習は迷ったけれど、今年もギターとベースの両方で申し込みをした。毎年の恒例行事になっていたから。行かなければいけない訳でも、暇を持て余している訳でもないのだが、なんだか行かないのも落ち着かない。他の予定はバイトと、サポートと部活と、僅かながら友人と遊ぶ約束もあり、嬉しいかな夏休みは殆ど予定が埋まっている。
多くは無いが少なくもない夏休みの宿題も済ませなければいけない。宿題をやる暇はあるだろうか、なんて思うのは初めてだ。去年までは暇な時間を宿題で潰しており、序盤に全部終わっていた。宿題が足りないとすら思う程だったのに。
クラスの友達とも出掛けようなんて口約束をしえいるが、参加出来るのはクラス会での夏祭り位だろうか。それでも友人との約束があるというのは、新鮮で嬉しくもある。
去年までの経験を踏まえ、どうせ暇だとサポートやバイトを詰め込んだ。結果クラスの友人にも淳汰にも遊ぶ暇がないと嘆かれた。バイト先にまで殆どシフトで大丈夫かと心配される始末だが、今更泣き言を言っても仕方がないだろう。やるしかない。
夏休み初日の今日は、早速朝からバイトを入れ、終わり次第サポートの練習、次の日の午前中は部活に行き、午後はサポートのステージ。見事に埋まったタイムスケジュールが、自分な空白を埋めるようで気持ち良かった。
夏休みが1週間過ぎた頃、いつも通りに部活へ行くと、先に来ていた淳汰が真剣な目でこちらに迫ってきた。
「明来、今度の練習会来るか?」
「練習会……?なんだっけ、それ」
記憶を探るがそんな話があったような、なかったような……。ハヤマの夏期レッスンの事じゃないなら、心当たりがない。
「もう〜夏休み前のミーティングで部長が言ってたろ!パート別の練習会!」
淳汰は怒りながら言う。どうやら私が話を聞いていなかっただけのようだ。興味がないからと、部活のミーティングを殆ど聞き流していた弊害である。
「他のバンドとか先輩達とも交流出来る良い機会だから、なるべく参加しろってやつ!」
「あぁ……そんな事言ってたっけ……」
聞いた覚えはある風を装うが、実際は初耳だ。そんなのがあったのか。そういう事はもっと早く教えて貰いたいと思うが、多分それも自分が聞いてなかっただけで、何度か話に上がっていたのだろう。
「いつだっけ?」
明来はスマホのスケジュール帳を開いて訊く。予定は全てここに記されていた。種類と数が多く、書き記すのを忘れると詰むので、すぐに手元から出せて書き記せるスマホでのスケジュール管理が必須だ。
「えっ……と。確か、8月1週目の土曜日」
「その日は無理だ、ごめん。行けない」
その日はスケジュールを確認しなくても、わかる。ずっと前から楽しみにしていた予定が入っているのだ。
「淳汰は練習会出るの?」
「うーん。颯翔が行くなら考えようかなぁ……。まだ迷ってる」
今日颯翔はまだ来てない。いつもギリギリに来るので、到着までにはもう少しかかるだろう。
そもそも2人が早めに来ただけで、スタジオの割り当て時間までにはまだかなり余裕がある。
「そっか。予定空いてるなら誘おうと思ってたんだけど……厳しいかな」
「何が?」
「ロックフェス、行きたくない?」
その言葉で淳汰の目の色が変わる。
「それって、もしかして……キャンプ場でやるあれ!?」
「そう。4人までOKのテント席。奏太と行くんだけど、人数に余裕あるから暇なら淳汰と颯翔どうかなって」
明来はニヤリと笑って言う。
「初日って、サイノイもフラビーも出るよな!?行く!絶対行く!!」
「そうだよ〜。淳汰も行きたいだろうと思ってたんだ」
淳汰は大興奮で明来の手を取るとぶんぶんと、強く振った。明来は得意げに笑っている。
「行く!絶対行く!!俺、チケット外れたんだよ!行きたかったやつ!」
淳汰が興奮気味に言うサイノイとフラビーは、それぞれsilent noiseとフラスコビートという、今若者を中心に人気上昇中のロックバンドだ。
去年のドラマ主題歌の起用から一気に人気が出たバンド達で、チケットは即完売。最近はテレビ出演も多く、今や街中で聴かない日はない程流れている大注目の二大バンド。
加えてインディーズの頃から2バンドの仲の良さはのファンの間でも有名で、活動拠点がこの近くのランブルジャックというライブハウスだった事もあり、明来は中学時代に観に行った事もある。淳汰と明来が度々語り合ってるバンドの1つだ。
そもそもこのフェス自体、夏の大型人気フェスの1つだ。チケットは抽選制で、運次第では買うことも叶わず、高額転売も問題になっている程。
人気アーティストから、大御所、新人まで幅広い年代のアーティストが一同に介する3日間の大型フェスイベントだ。
今回明来が手に入れたのはその初日である土曜日のチケット。関係者に配られる指定席で、1チケットに割り当てられたテントがあり、1枚で最大4人まで入場が可能のチケットだ。テントはメインステージが見られる位置で、座席表で確認する限りかなりの良席である。
一般チケットも入手困難だが、座席位置の良さもあり、かなり倍率の高い席である。
「でも、そんなチケットどうやって手に入れたんだよ。即完だったろ?」
淳汰は不思議そうに訊く。このチケットは幻とも言われる程入手困難のチケットだ。特に今回は人気上昇中の2バンドが同日のメインステージという事もあり、かなり倍率が高かったとニュースになっていた程。
「ふふふ……実はねぇ……一昨日のライブで貰っちゃったんだ〜!!」
明来は自慢気に、携帯に入っていたチケットの写真を淳汰に見せた。
「貰った!?こんな良い席を!?」
「昨日ランブルジャックにサポートで行ったんだけど、そこのオーナーがチケットくれたの!サイノイから招待チケット貰ったけど行けないから、友達誘って行って来いって!」
「神かよ……!」
「神だよ!!サイノイ好きなの知ってて、譲ってくれたんだ〜!今度お礼言いにライブ観に行こ」
「神過ぎるよ、オーナー!!颯翔も誘おう!あいつもこういうの行った事ないだろうから、絶対連れてく!」
2人でギャーギャーと騒いでいる所に、怪訝そうな顔をして颯翔が現れる。それに気付いた淳汰が颯翔の名前を大きな声で呼ぶ。
「颯翔!!お前、来月の10日って空いてるか!?空いてるよな!?」
強い押しに圧倒されながら「空いてる……けど……」と、困惑の表情で答えると、淳汰は明来と見合って、ガッツポーズを取った。
「何、何の話だよ」
「フェス行くぞ、フェス!明来がチケット持ってるんだって。予定空けとけな!絶対楽しいから!」
「フェス?このクソ暑い中、外に音楽聴きに行くのかよ」
颯翔は呆れる。確かに今年は近年稀に見る暑さと言われる程、暑い日が続いている。梅雨明けが早く、7月に入る頃には熱中症で搬送などというニュースが毎日のように流れる程だ。大して音楽に興味がない颯翔からしたら、そう思ってしまうのも無理はない。
「わかってないなぁ……。暑いからこそ良いんだろ!暑い中で熱い歌を聴いて、死ぬ程汗を掻くのが良いんだよ」
「そうだよ!夏フェスは暑くてなんぼだよ!食べて、飲んで、騒いでこそのフェスでしょ!」
「……お前らその歳で随分と、フェス経験値が高いんだな」
熱量込めて話す2人に、颯翔は呆れながら指摘するが、2人はキョトンとする。
「いや?」
「初めてだよ」
その言葉には「そんな事だろうと思った」というのが顔には出ていたが、口から出るのは溜息だけだった。
「絶対楽しいからさ!行こうぜ!夏の思い出に丁度良いだろ」
「奏太も誘ってるから4人でさ、青春しよ、青春!」
2人に押し切られる形で、颯翔は2人の顔を見て「わかったよ……」と、また溜息を吐く。2人の熱量に折れたようだった。
「行けば良いんだろ、行けば」
渋々を装う颯翔だったが、しかし行った事のない場所、淳汰好きな世界に触れられる機会に、少しだけワクワクしている自分も居た。
22.楽しみ方はそれぞれ
フェス当日の朝は早かった。
会場までは電車を乗り継ぎ1時間半。比較的アクセスはいいものの、来場客が多く混み合う事を考え、開場の1時間前には着く事にした。現地集合では人混みで会うのが難しい可能性を考え、学校のある最寄駅で待ち合わせをする。先に来ていた颯翔と淳汰が立ち話をしながら待っていると、明来が奏太がこちらに気付き、奥から走って来る。
「早いね、待った?」
「んーん、来たばっかだよ」
横で欠伸をしている颯翔の横で、淳汰がハツラツと明来に答える。
「凄い荷物だな」
颯翔は大荷物の奏太を見た。魚でも入ってそうなクーラーボックスに、大きなリュックサックを背負っている。フェスに必要な荷物がどんなものなのかよくわかっていないが、とてもこれからフェスに行く人間には見えない。小さなショルダーバッグにトートバッグだけの自分と比べると、かなり荷物の量に差がある。
奏太の私服を見るのは初めてだが、無地の半袖Tシャツに薄手の長ズボン。履き慣れているらしい、薄汚れたシューズ。キャップはリュックに着けており、荷物と相まってフェスというより釣りにでも行きそうな風貌だ。
「山の方とはいえ暑いからね。飲み物と氷の準備はしっかりしておかないと」
奏太はクーラーボックスに目をやる。熱中症対策という事だろうが、それにしてもリュックがデカい。クーラーボックスの謎は解けたにしろ、一体何が入っているというのか。恐らく必要だと思われる物全部が入っているのだろうが、こういう荷物にまで奏太の真面目さが出ている。
横に立つ明来も奏太と並ぶと半分以下だ。大量のラバーバンドとキーホルダーの付いた大きな黒いリュック。それなりに容量のありそうなリュックはそれなりに中身が詰まっているように見えるが、一体何が入っているのだろう。
颯翔はほんの少しだけ、女子の私服というものに期待してしまった自分を殴りたくなる。
明来の服はといえば、明らかにサイズの合っていないブカブカな水色のハーフパンツを限界までベルトでウエストを絞って履いており、バンドグッズらしいロゴの入った、こちらもダボダボサイズなTシャツを着ている。髪の毛こそいつもとは違うアップスタイルでまとめてあるが、とても想像していた休日女子の私服とはかけ離れている。そもそもこれは普段の私服ではないのだろう。
というのも、一緒に来た淳汰も似たような格好をしているのだ。同じブランドのタグが付いた色違いのハーフパンツに、同じバンドの名前が入ったTシャツと黒リュック。
側から見たら淳汰と明来は揃いのコーデをしたカップルのようではないだろうか。そんな状況、颯翔としては良い気分ではない。
「忘れ物はない?」
「大丈夫。チケットはあるから」
「じゃあ、行こっか」
淳汰に続いて明来がその横に立つ。もう2人の見ている景色は、フェス会場だ。颯翔の嫉妬など露知らず、会場迄の電車内は今日はどのバンドを観に行くか、このバンドのこの曲は鉄板だから聴いておいた方が良い、こっちのバンドのこの曲が聴きたい、グッズはどれを買うがなど、殆ど2人の世界に颯翔が巻き込まれ、奏太はただそれをBGMの様に聞き流す。
そんな不思議な4人組となっていた。
***
「グッズ買いに行ってくるね」
「荷物頼む」
開場早々、割り当てられたテントに荷物を置くと、明来と淳汰の2人は、それぞれ分担をしてグッズの列へと向かって行った。奏太と颯翔はそんな背中を見送り荷物番だ。開場したとはいえ、オープニングステージまではまだ時間がある。周りは開場に伴い場所取りに走る人間や、グッズなどの買い物をしに行く人間など、賑やかさを増していく人の波を眺めていた。
颯翔と奏太、この2人は殆ど会話をした事がない。淳汰か明来のどちらかがいつも一緒に居たから。
奏太は持ってきた荷物を整理しながら、クッション性のあるシートに折り畳みの座布団など「リュックから取り出す。次から次へと出てくる荷物に、淳汰は思わず「何でも入ってるんだな」という感想が溢れた。
「何でもじゃないよ。準備したものだけ」
「そりゃあ……そうなんだろうけど……」
そういう事じゃないだろ、とは言えなかった。事実を事実として言う所が明来と重なる。この手のタイプは少し苦手だ。特に奏太は表情があまり変わらない。本気なのか冗談なのかよくわからず、ツッコんで良いのか、わからない。絡み方が未だによくわからない。
颯翔にとっては気まずい時間が流れていた。奏太は気にしていないのか、持ってきた文庫本を読み始め、颯翔も手持ち無沙汰でスマホを弄る。
明来と淳汰が来る時に語っていたバンドも、一部はなんとなく知っているが、あの2人ほど特別好きで熱狂している訳ではない。颯翔でも名前を知っているバンドは居るが、特別気になるものもない。
そもそも奏太は何しに来たのだろう。見るからにロックフェスに来る風貌ではなく、また興味がある様にも見えなかった。そもそも興味がある人間は、ここに文庫本を持ってきたりはしないだろう。明来の荷物持ちというならば、準備の良さを含め納得出来るが、普通幼馴染相手にそこまでするだろうか。
「なぁ、お前は何で今日来たんだ?」
颯翔は暇を持て余し、堪らず奏太に訊いてみる。
「荷物番」
奏太は本から顔を上げる事なく、一言で答えた。まさかと思ったが、本当に荷物番の為だけに来たというのか。
「あいつら遅いな……」
「まだ行ってから30分位だろ。心配しないでも最初のステージ始まる迄には戻ってくるよ」
世間話であって、心配している訳ではない。対する奏太は会話を広げる気などさらさらないようで、文庫本を1ページ捲る。会話は途切れる。
とてもじゃないが、このままあと1時間以上はある最初のステージ迄この空気のまま待ってなどいられない。
「あー……散歩してくる」
「どうぞ」
奏太はそれだけ言うと、やはり本から視線を上げる事はなかった。
***
最初のステージまで15分と迫った頃、両手にグッズを抱えた明来と淳汰が戻ってきた。欲しいものが買えたのか、2人とも満足そうな顔をしている。
「ただいま〜」
「あれ?颯翔は?」
居ない颯翔を探すように、淳汰がキョロキョロと辺りを見回す。
「散歩に行ったよ」
「そろそろ戻らないと、ステージ埋まっちゃうのに」
本にしおりを挟み、奏太が顔を上げた。明来は買ってきたグッズの仕分けをしながら、心配する淳汰に「連絡してみようか」と提案をする。
「そうだね」
そんな会話をしていると、散歩に行っていた颯翔が戻ってきた。
「戻ってきてたのか」
「丁度良かった。そろそろ行こうぜ、オープニング始まる」
「奏太も最初位は観に行くでしょ?」
淳汰が颯翔の肩を抱き、明来が奏太の腕を引っ張っる。オープニングのアーティストは、颯翔でも曲の名前を知っている位には有名なグループだ。
「ほら、楽しいのはこれからだぞ。もっとテンション上げろよ!」
「全力で楽しむぞー!!」
2人の勢いに引っ張られるがまま、颯翔は共にメインステージへと向かうのだった。
***
あっという間に時間が進み正午を過ぎた頃、メインステージで行われていたsilent noiseのライブを終えた颯翔は先に1人、テントへ戻ってきていた。
とりあえず知っているバンドだからと、2人に着いて行ったが、人の波に呑まれ早々に逸れてしまった。
「多分絶対逸れるから、終わったらテント集合な」
始まる前に決めておいて良かったと思う。あの人の波の中、2人を見失わないようになど無理だった。
押し寄せる人の波の中、転ばないよう立っているだけでやっとで、最終的には後ろの方の比較的静かな場所に落ち着いた。
2人はまだ来ていない。荷物番をしていた奏太は戻ってきた颯翔を一瞥すると「水分摂ってね」とだけ言い、また本に視線を戻す。
颯翔は飲み掛けのドリンクをクーラーボックスから取り出すと、一気に飲み干した。この炎天下の中、冷たい飲み物は有り難い。こればっかりは、持って来てくれた奏太に感謝しかないだろう。しかし、それにしたって空気が悪い気がするのは気のせいだろうか。別段仲良くしようという気はないが、奏太の自分に対する態度には少しばかり引っ掛かる部分がある。
少しすると淳汰と明来が一緒に戻ってきた。大量の汗、ぼさぼさになった髪、何故か顔や服には土が付いて汚れており、同じバンドを見ていたとは思えない仕上がりになっている。
「颯翔先に戻ってきてたのか」
「楽しめた?」
「すげぇ盛り上がったな!」
ぼろぼろになった2人が颯翔に声を掛けるが、あまりにも状態が酷く内容が入ってこない。横を見ると、奏太も本から顔を上げたまま固まってる。
「何があったんだ……?」
恐る恐る訊ねる颯翔に、明来と淳汰は顔を見合わせる。
「何って別に……。ちょっと飛んで走ったくらい?」
「俺は発射台にされて、5人位飛ばしたかな。あとサークル走って……」
「サークルデカかったよね!後ろから見えた?」
言葉の意味がわからず「ちょっと見えなかったかな」と、適当に返す。
奏太は自分のリュックからウェットティッシュを取り出すと、2人に手渡した。
「危ないのは辞めてって言ったのに……」
「いやぁ、ごめん。つい盛り上がっちゃって」
颯翔は理解出来てない専門用語の様な言葉を、奏太はわかっているらしい。奏太に叱られながらも明来は反省しているようには見えない笑みで、淳汰と泥の付いた手や顔を拭く。
「腹減らね?飯行こうぜ。ここのフェス飯は美味いんだよ」
「フェスは何も音楽だけじゃないからね〜。まだまだ楽しむ所はあるんだよ〜」
2人共初フェスの筈だが、熟年フェス通いのような風格で、颯翔と奏太を連れ出す。
食事が出来る屋台が並んでいる所までは距離があり、歩く間に他のステージが目に入る。さっきまでいたメインステージとは違い、ステージの規模や盛り上がり方にも違いがある。
座ってゆっくり音楽を聴く人、大人数でお酒を飲んでいる人、広場で遊んでいる子供。本当に色々な世代、色々な人がそれぞれの楽しみ方をしている。
キャンプ用品や、フェスの過去のグッズ販売、ご当地グッズにペット用品など、出店ブースを見るだけで楽しそうだ。
連れて行かれたフードコーナーは全国各地のグルメから定番屋台フードまで集まり大賑わいだ。手軽に食べれる片手フードにボリュームのある丼もの、ラーメンなどの麺類までメニューも幅広い。
飲み物もデザートもアルコールまで幅広く取り揃えており、辺りには良い匂いが充満している。
「どれ食べる?」
「とりあえず順に見ていこうか」
「先場所取りして、順に買いに行く方が良いと思う」
「それもそうだね。私と奏太で場所取りしておくから、2人先に買ってきて良いよ」
奏太の提案で、二手に分かれる。明来と奏太は4人で座れそうな座席を探しに行き、颯翔は淳汰と2人で先に屋台を散策した。
「あー腹減った。今なら何でも食えそうな気がする」
「あの人混みで騒いでたら、腹も減るだろうな」
颯翔は後ろから見ていた目の前の盛り上がりを思い出す。全員が一体となり、一つのステージに熱狂していた。一体感を持ち動く観客の腕、胴上げの様に人混みの上で転がるる人間や、肩車されている人間も居た。急に広がったと思ったら、大きく円になり走り出したりと、意味がわからなかった。明来のライブを観に行った時とはまた違う雰囲気だったが、どこもこういう感じなのだろうか。
けれど全員が楽しそうで、全員がその音楽が好きでそこに居る事がわかった。それは明来の出ていたステージと同じだ。
熱狂。あの場に相応しい言葉だった。
ここに来るまでに見たどこのステージもそうだ。全く違う楽しみ方、全く違う熱量、違う色がありながら、全員が全力でその時を楽しんでいる。全員が好きなものを観に来ている顔をしていて、それが印象的だった。
「おかげさまでぺこぺこだよ。お前もちゃんと食わなきゃ、倒れるぞ」
「わかってる」
「あ、あれ美味そうじゃね?牛串だってよ!肉良いよなぁ……あーでも、ラーメンも食いたい」
屋台を見ながら悩む淳汰の横顔を見ていると、誰よりもこの会場を満喫しているのがわかる。
「俺は、焼きそばかな。海鮮ソース焼きそばだってよ」
「太麺焼きそばかぁ……捨て難いな」
「お前さっきからそんなんばっかだな。早く選ばないと、明来が腹減ったって騒ぎ始めるぞ」
「確かにやばいな。あれで結構大食いだもんな」
明来の事で笑いつつ、急いで食事を選んで買いに走った。
夏なんて暑くて、汗を掻いてベタベタになって、湿気でじめっとして、嫌いだと思っていた。音楽だって興味がなくて、前までの自分ならいくら淳汰の誘いでも、きっとフェスに来ようなんて思わなくて、断っていただろう。
でも、淳汰と出会って、明来とバンドを始めて、少し音楽が好きになった。
こういう場も悪くないかもしれないと、そう思い始めていた。
***
「本当にフラビー行かなくて良いのか?」
フラスコビートのステージに行かず、テントに残ると言った颯翔に淳汰が不安そうに訊いた。これも2人が楽しみにしていた目玉バンドの一つだ。2人の邪魔はしたくないという気持ちと、無理にステージに行かなくても良いかという気持ちがある。
2人には2人の楽しみ方があり、自分には自分の楽しみ方があった。ここからでも十分ステージは見えるし、音も届く。テントの日陰に夕暮れの風が心地良い。ここで聴くのも悪くないと思ったのは本当だ。
「疲れた?平気?暑かったら、冷えピタも冷たいタオルもあるよ。飲み物も……まだ凍らしてたのが、飲み頃に溶けてるから……」
心配そうにあれこれ出そうとする明来を止める。
「大丈夫だから、お前らだけで行ってこい。楽しみにしてたんだろ?人気バンドなんだから、急がないと入場制限かかるぞ」
「……わかった。無理はするなよ」
「終わったらすぐ戻ってくるから」
今日買ったばかりのグッズTシャツを着た2人の背中を見送る。今日だけで少なくとも3回は着替えをしていた。1回ステージ見るごとにあれだけ汗を掻いて、泥だらけになっていれば当然といえば当然だ。明来の荷物がタオルと着替えばかりなのも頷ける。
静かになったテントの中。あちこちの会場から音漏れが聴こえてくる。奏太はそろそろ薄暗くなったからか本を閉じて荷物をまとめ始めていた。暗くなる前にある程度まとめておかないと見えなくなるのを懸念してるのだろう。
一通り荷物をまとめると、また定位置に座る。そのタイミングを見計らい、颯翔は口を開いた。
「奏太は……楽しんでるのか?」
素朴な疑問。荷物番として明来について来たというが、実際楽しめているのだろうか。
持って来ていたカメラで、時たま写真を撮りに行ったり、明来と2人で出店を見に行ったりなどもしていたが、殆どの時間はここで本を読んでいる。
「楽しいよ。颯翔は楽しくないの?」
「楽しいけど……。お前ずっと本読んでたし、荷物番だって言ってたから。気になったんだよ」
「そんな事気にしてたの」
実際奏太の事を気にしているか、と言われたら微妙中どころではある。ただ、気になったのは本当だ。
荷物番なんてただのパシリだろう。と、正直思っている。クーラーボックスも中身は大量のドリンク。リュックもパンパンで、どちらもかなりの重量があった筈だ。それをここまで運んで来て、帰りはクーラーの中身が減っているとはいえ、重たいだろう。
炎天下の中、テントで日陰になっているとは言ってもかなりの暑さの中、1日中本を読んでいるのだ。楽しいと口にしているが、とても楽しんでいるようには見えない。
「俺は十分楽しんでるよ。ここはメインステージもよく見えるし、音もしっかり聴こえる。それに、今日は楽しそうな明来の顔が沢山見れたから」
その言葉は自分の楽しさより明来の楽しさが優先していると言っているようなものだ。明来が楽しければ自分も楽しいということか。
普通友達同士でそんな事を思うだろうか。少なくとも自分は思った事はない。ずっとこの2人の関係には疑問があったが、幼馴染と言っても普通そこまでの関係にはならないだろう。
「颯翔こそどうなの。最初は乗り気じゃなさそうだったけど」
「確かに、最初はあんまり行きたくないと思ったよ。暑い日にわざわざ外に出る意味も、こんな所で爆音の音楽を聴く意味もわからなかったから」
最初は本当に乗り気じゃなかった。淳汰が誘ってくれたから来ただけと言われたら、その通りだ。
夏休み前明来に指摘された独占欲も、そうなのかもしれない。明来と2人で行かせる位なら、という気持ちが僅かにあった事は否定しない。実際は奏太も一緒だった訳だが、それでも淳太が楽しむ場所に自分が居ない状況が嫌だった。
「でも……今は来て良かったと思ってる。明来と淳汰が誘ってくれたおかげだな」
これも本心。高校でバンドを始めて、バンドが好きだった事も、音楽が思ってたより嫌いじゃない事にも気付けた。今だって音楽が好きとは言い切れない。だけど、こうしてフェスに来て、色んな曲に触れて、その時間が良いと思える程には好きなのだと思う。
「……そっか。それなら、良かった」
奏太が僅かに笑ったような気がした。少しだけ、奏太との距離が縮まったような気がするのは、気のせいじゃないと思いたかった。
***
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまう。移動時間を考えると最後まで居るのは厳しいと、4人は早めに切り上げ帰路に着いた。
帰りの電車内では、今日のフェスの楽しかった所、ステージで披露された曲や何気ないやり取りの事などで盛り上がった。
たまたま手に入れたチケットだったが、この4人で来られた事が楽しくて、嬉しくて。それと同時に、あのステージにいつか立てる様な実力者になりたい。明来にとっては、そんな事を思う一日だった。
「今日は本当に楽しかった!また部活でな」
「気をつけて帰れよ」
先に降りた2人に手を振り、明来と奏太は2人きりになる。楽しかったね、疲れたね、だけど来られてよかったと、そんな事を話しているとすぐに最寄駅に到着する。
駅から家まではすぐなのだが、奏太は明来をマンションの入り口まで送っていった。遅いし、疲れてるから良いと言う明来の言葉に「明来を送らずに帰ったりしたら、俺が怒られるよ」と奏太は笑う。奏太の両親の事を明来はよく知っている。とてもお世話になっているひとだから。そしてそれ以上に奏太が嘘をつけない事も知っていた。送った事にして帰る事など、奏太には難しい。
仕方なく奏太に甘えて送ってもらい「気をつけて帰ってね」と言ってエントランスで別れた。部屋まで送るという好意は流石に断った。いくらなんでももう遅いし、明来としては申し訳なさでいっぱいになるから。
エレベーターの上ボタン押すとすぐに扉が開いた。いつもは待つ事の方が多いエレベーターだったが、今日は運が良いようだ。
部屋のある6階で降り、絨毯の敷かれた廊下を進む。疲れてはいるものの、フェスの余韻で足取りは軽かった。一番奥の角部屋で足を止めると、リュックの内ポケットから取り出した鍵で二重ロックの防犯扉の鍵を開ける。重たいドアがかちゃりと小さな音を立てて開いた。
「ただいま〜」
ついいつもの癖で言ってしまうが、誰も居ない部屋からは、当然何も返ってこない。暗闇の中奥へと進みリビングへと向かった。
18畳の広いリビングの電気を点け、ソファに荷物を置いた。そのまま身を預けてしまいたい所だが、そうすると眠ってしまいそうだ。眠気覚ましにテレビを点けてから、風呂の支度をする。制汗剤をつけていたとはいえ、身体中汗でベタベタする。
明来の家はファミリー向けの4LDKマンション。うち1部屋は防音室になっており、普段はそこで練習をしていた。実質使える3部屋のうち、明来はその中で一番広い7畳の部屋を自室として使っていた。
部屋にはベッドと勉強机、そして本棚が置かれただけのシンプルな部屋。可愛らしい小物やぬいぐるみなども多少あるが、それらも全て棚に飾られており、綺麗に整頓されている。
リビングで整理し洗濯物などを一通り出したリュックは自分の部屋に持って行った。クローゼットの中のカバンをまとめている所へ適当に投げ込む。
ベッドの上にある脱ぎ散らかされたパジャマを持ち風呂場へ向かうと、さっさとシャワーを浴び適当に髪を乾かして、歯磨きと残りの寝支度を済ませた。
時計は23時を指している。流石に今日は疲れた。今にも寝てしまいそうな程重たい瞼を擦り、大欠伸をしながら、テレビとリビングの電気を消して、布団に潜った。
カーテンの隙間から、月明かりが漏れているが、カーテンを閉め直す気力はもう残っていなかった。
人の気配のしない家で、今日は人生で指折りに入る程に楽しかったと思いながら、明来は眠りについた。