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トライアングル / 第一部 2-2 (18〜20話)

    あらすじ

    球技大会が始まり、クラス一丸となって優勝を狙う所もあれば、程々に頑張るクラスもある。それぞれの思惑がある中進む学校行事で、先日行われた文化祭のミスコン対決が行われていた。
    女子のバレー対決、ミスコン優勝者クラス対準優勝クラス。周りの声援と共に見えてくるのは、学校という小さな世界での立場でもあった。
    応援席で見守る淳汰は奏太から明来の中学時代の話を聞く。知らない明来の姿に、上手く言葉に出来ないない何かが生まれ始めていた。


    アキラを通して知る、好きというもの、好きという事。色んな好きの形。
    何に向けるか、誰に向けるか、それがどんな意味を持っているのか、どんな意味を持ったせてしまうのか。
    色んな好きの形があり、想いがあり、それらを受け入れ生きていく、高校生の物語。

    音楽×恋愛×青春の長編小説。
    恋愛部門のヒューマンドラマです。
    同性愛等の表現も含まれます。苦手な方はお気をつけ下さい。



    登場人物

    不破 颯翔 (ふわ はやと)

    1-Eクラス/ドラム
淳汰とは中学からの友人で、中学時代からバンドを組んでいた。ドラムを始めたのは淳太がキッカケ。明来の事を敵視している。
    皮肉屋で、物事を否定的に見る癖がある。

    小埜寺 淳汰 (おのでら じゅんた)

    1-Cクラス/ギター
明るくて人当たりが良く、コミュ力とテンションが高い颯翔の親友。
小学生の頃ギターを始め、同い年でギターが上手い明来を憧れの存在だと触れ回っている。

    逸見明来 (へんみ あきら)

    1-Eクラス /ギター・ベース
奏太の幼馴染で、淳汰とは同じ音楽教室に通っていた。一見大人しい清純派だが、複数開いたピアスにサボり癖など、強かな一面も持ち合わせる。
ベースも得意で、普段からサポートバイトをするなど実力派。

    柿谷 奏太 (かきたに そうた)

    1-Cクラス
成績優秀で、入試は1位のメガネ男子。入学式の代表スピーチも行っていた。
見るからに真面目そうなガリ勉で、実際勉強は好き。明来とは幼馴染以上の仲に見える。
写真部に所属しており、よくカメラを持って明来の写真を撮っている。


    18.知らない一面

     あれから歌詞作りが全く進まないまま日にちだけを重ね、とうとう夏休み前の一大全校イベントの球技大会の日が来た。。
     イベント事に積極的な颯翔率いるE組は、文化祭に続きやる気満々。対する淳汰率いるC組は文化部が固まり比較的静かな生徒が多いクラス。E組と比べると、積極性ややる気がやや欠けるが、それなりの健闘は見せていた。
     球技大会は2日間、学年別の戦いとなる。男女別に競技ごと、2チームに分かれての総当たり戦。上位2クラスだけが2日目に行われる決勝トーナメントへと駒を進める事となる。負けたクラス達は順位決定戦があるが、1試合のみとなり殆どの時間が応援となってしまうのもあり、どのクラスどの学年も、白熱した戦いを繰り広げていた。
     Cクラスの男子は既にバレーボールで2敗、バスケは初戦を接戦で勝ち取ったものの、次の試合は優勝候補と言われるF組で、ソフトボールの初戦も黒星発進と、既に明日のトーナメントに出られるが怪しく、全敗だけは避けようという空気が漂っている。
     そんな中、バレーボールとソフトボールにエントリーしていた淳汰はクラスの試合がない空白の時間を持て余していた。

    「第二体育館で、明来がバレーボール出るよ。応援行かない?」
    「行く!」

     流石は奏太というべきか。明来の試合スケジュールをしっかり把握している。奏太の誘いに乗って、暇つぶしに、明来の応援へと向かった。
     明来のでる女子バレーボールの試合がある第二体育館へ向かうと、丁度始まる所だった。ギャラリーを見ると、試合を行うE組とA組の女子を中心に、多学年まで観客が居るのがわかる。
     この試合に出ているのが、この間の文化祭でミスコン2位だった明来と優勝した成瀬結菜というミスコン対決だからか、騒ぎ立てる声も聞こえてきた。
     多学年や男子の姿が多く見られるのはそのせいだろうか、

    「すごい人だね」
    「そりゃミスコンの上位2人の直接対決となりゃ、観る人も多いんじゃない?」

     不思議そうに言い奏太に、淳汰は同意する。さっきまで自分達が行っていた試合とは、応援の規模が違う。普通、ただの予選でここまで人は集まらない。少なくとも自分達の試合も、他の1年生の試合も、ここまでの人数は集まってなかった。女子の試合の方が、確かに男子と比べると応援する人数は多かったが、次の試合待ちでも無い限り、他学年が集まり、まして応援するような事はない。それだけミスコンそのものが、学校注目のイベントであり、その上位というものに価値があるのだろう。現に学年関係なく選ばれる学内ミスコンでの優勝者には学食無料券などの商品や、ちょっとしたジンクスなどもあり、選ばれると学内では有名人となる。それらに疎い奏太でも顔と名前が一致する程に、意味を持つ存在となるのだ。
     一年生のミスコンとなればそこまでの注目度とはならないが、それでも学内では充分有名人であり、影響力は出るらしい。なんとなく見せ物みたいになるのは、あまりいい気分ではなかったが、友人が注目される事自体は悪い気がしないので、なんとも矛盾した気分だ。
     淳汰は奏太と共に、E組のコート側に上り、上から観戦する事にした。試合はE組がリード、というより、ほぼ圧勝だった。
     A組は特進クラスという事もあり、運動に特化した生徒は少ない。対するE組も決して運動が出来る女子ばかりではないのだが、運動部も何人か居る上にイベントに対する熱量とチームワークがある。そのせいか、徐々に点差は開いていった。
     どうやらミスコン対決とは言われていたものの、成瀬の方は運動が得意ではないらしい。決して運動音痴という程ではないが、来たボールを返すのが精一杯なようで、打ち返すのが怖くて避けてしまう事も多く、そんな成瀬を見た応援席は「かわいい〜」「頑張れ〜!」などという声が出ていた。
     ああいう健気に頑張る女の子というのは、男心をくすぐるものがある。先輩達も含め、他クラス男子までもがこれを観にくる気持ちが、淳汰にもわかってしまう。
     E組の方は運動部を中心に連携を取りながら、A組に容赦なくアタックを打ち込み、声を掛け合いながらミスは拾わないという徹底されたチームワーク。
     その中で運動部でないながらも、明来はかなり活躍をしている。背も高く、種目的にも有利だ。ブロックを止め、ボールが来ればしっかり決める。得点をすればクラスの応援が一気に湧いた。

    「明来って運動も出来るんだな」
    「あぁ。昔から足も速くて、いつもリレーの選手だったな。でも、バスケはもっと上手いよ。あまり練習出てなかったけど、小中バスケ部だったから」

     淳汰の何気ない言葉に、奏太は自慢げに明来の話を始める。

    「バスケ部?そうなの?」
    「うん。中学は全員部活に入らないといけなくて、軽音部も勧めたけど、小学校のクラブ活動がバスケだったからって。ほら、ハヤマ通ってたから、あんまり練習参加してなかったし、大会にも出てないけど、レギュラー狙える位上手いって話だったよ」

     明来が小中バスケをやってた事など知らなかった。共にハヤマに通っていた時は、既にバスケ少女だったのに、一度もそんな話聞いていない。
     また自分の知らない明来を知っている奏太に、幼馴染の壁を感じてしまう。

    「文武両道ってやつか。才色兼備が似合うのはあっちの女より明来の方かもな」

     自身の試合を終えた颯翔がふらりと会話に入ってきた。淳汰の横に立つと下で行われている試合を見る。
     成瀬といえば才色兼備のお嬢様と有名だが、確かにギターにベースに作曲に、勉強もそれなりで運動も得意となると、明来も才色兼備と言えるかもしれない。

    「おつかれー。どうだった」
    「勝った」

     颯翔は珍しく明るいトーンで言う。普段からこういうイベント事に積極的に参加する方ではないだけに、わかりやすく表情や声の高揚感が出るのは珍しい。よっぽど良い試合だったのだろう。
     首に掛けた汗拭きタオルと横から伝わってくる冷め切らない熱気、ほのかに香る制汗剤の匂いが、白熱した試合だった事を物語っている。 

    「どことだっけ?」
    「D。次はお前らとか」
    「お手柔らかに頼むよ」

     そう言って笑ってはみるが、実際のところ勝てる見込みはない。さっきはなんとか勝てたが、試合内容など、底辺同士の泥試合だった。E組は男子の殆どが運動部で、うちのクラスが勝てる見込みなどこれっぽっちもない。
     そうこうしているうちに、女子の試合が終わった。点差は縮まることなく、明来達E組の圧勝で試合が終わる。クラスの女子に囲まれる明来は、勝利に抱き合いながら楽しそうに笑っていた。
     横を見ると奏太はそんな明来を愛しむような目で見ている。E組の勝利を喜ぶというよりも、明来の姿そのものを喜ぶように。
     普通の友人に見せる顔だろうか。その横顔がとても印象的だった。

    ***

     初日の球技大会を終えた放課後の部室は、どの部員も疲れを滲ませていた。高学年である程その傾向は顕著で、部活を休む部員も居る程だ。それだけ全校生徒が学校行事に積極的とも言える。
     おかげでスタジオは空いていて、3人は部活開始早々にスタジオに入る事が出来た。

    「流石に疲れたな……」

     そう溢す颯翔は予選2位で決勝進出だ。明来は勝ち点で負けてしまった為、決勝進出を逃しており、自身が参加していないバドミントンだけが決勝に行くらしい。
     淳汰のC組は全敗で決勝進出が出来た試合は1つも無い。明日は明来と共に順位戦に出るだけで、かなり余裕のある1日になりそうだった。

    「一日中動いてたもんね。明日も期待してるよ〜」

     そう言いつつ疲れを感じていないのか、明来は手早く準備をすると、肩にかけたベースのチューニングをする。明来も出場していたのは、バレーとバスケで、今日1日かなり動いていた筈なのだが、疲れを見せず楽しそうにベースを弾き始めた。相変わらず音楽の事となると元気が出るらしい。

    「ところで、歌詞は進んだの?」
    「あーーー…………出来てない」

     明来の何気ない質問に、颯翔は項垂れる。曲が決まってから毎日曲を聴いてはいるが、何せ歌詞など書いた事がないので、1歩も進んではなくいなかった。
     とりあえずそれっぽいものを書くというのを続けてはみているが、進展はない。薄っぺらいどころじゃない、ありきたりな文字群の羅列になっており、恥じをかなぐり捨てたとしても、見せられる状態じゃななった。

    「何で詰まってるの?」
    「それをお前に言って解決出来るのか?あのセンスで」

     颯翔は揶揄うように言った。歌詞を書く難しさを身に染みて実感しつつも、強く返してしまう。今は同じバンドメンバーとして、協力しなければならないのだが、つい対抗心が出てしまうのだ。颯翔はいつも明来に対して毒舌ではないかと、淳汰も思っていたが、明来の方は特に気に留めている様子はない。

    「私の歌詞センスは確かに無いけど、勉強はしてるからアドバイスは出来るよ」
    「その割には……」
    「あれしか出来ないから勉強したの!」

     口を突いて出た淳汰の言葉に、明来は頬を膨らませる。普段は大人っぽく見えるが、こういう時の表情はとても子供っぽい。

    「まぁ、センスは無いから……勉強の成果は出てないけどね……」

     明来はベースをボン……ボン……と鳴らしながら遠い目で答えた。つまりは勉強をして、あの餅の歌以外にも歌詞を書いてきたという事だろうか。それはそれで、どんな成果が出たのか、気になってしまうが、あれだけ笑ってしまったのだ。もう見せてはくれないだろう。

    「歌詞が行き詰まってるなら手伝うから。……とりあえず練習しよ」

     球技大会の疲れが残る中、練習は滞りなく進んでく。
     明来は相変わらず楽しそうに弾き、颯翔も前よりずっと音が良い。これでオリジナル曲という武器がついたらきっと、更に面白くて、楽しくなるだろうと淳汰は確信していた。


    19.知りたくない一面

     スタジオでの練習を終えた後、再び曲を選んだあの長テーブルに集まった。今日は部員もまばらで、ここを使う人間は居らず、また前回と同じ配置で席に座る。

    「この間も歌詞については少しだけ話をしたの覚えてる?」

     明来の話に2人はそれぞれ返事を返す。
     この間の話というのは、曲を決めた時に歌詞作りのアドバイスとして明来が他のバンドマンから聞いた話を教えてくれたやつだ。その話を聞いたものの、歌詞は浮かばずに行き詰まっているのが現状だ。

    「歌詞作りにも色々あるんだけど、一般的なものとして2つあって……自分の想いを歌詞にして、そこに合った曲を乗せる方法と、出来上がった曲からイメージを得て歌詞にする方法」

     明来はホワイトボードの前に立つと、黒いマーカーを手に取り、文字を書き始めた。

    「他にも恋愛ソングとか応援ソングみたいに、テーマに沿った歌詞を作る方法や最近のだと1つの物そのものを歌詞にするのとかもあるよね。……私の餅の歌の……上位互換みたいなやつ」

     明来は恥ずかしそうに、餅の歌の話をする。
     確かにそう言われると、明来の曲はシュールで突拍子のない歌詞に思えたが、そういう歌を歌うバンドも居る。あの時はなんて不思議な歌だろうと言われたが、案外悪くないのかもしれない。

    「テーマ系は書きたいのがあれば良いと思う。タイアップ曲とかもこれになるよね。後者はそういうのばかり歌うバンドとなら良いけど、このバンドが目指す方向性は違うと思うから、今回は説明を省くよ」

     スラスラと知識が出てくる辺り、明来なりに勉強をしてきたのが伺える。楽器の技術だけではなく、この手の部分まで、音楽に関する事は本当に好きでなんでも学んでいるらしい。

    「実際書ければどれでも、なんでも良いと思う。でも今回はこっち……曲からイメージを膨らませて歌詞を書くのが良いと思う。既に曲があるからね」

     明来は赤いペンに持ち替えると、書き出した2つの歌詞の書き方から、下に書かれた曲イメージの方に線を引いた。

    「いい?まずはこの曲を聴いて、浮かんだイメージや単語を書き出す。いきなり歌詞にしようとしなくて良い、感じた事をひたすら書き出していく」
    「曲のイメージ?」
    「ノリが良いとか……明るいとか?」

     まるで音楽の勉強会のような状況を楽しみながら、淳汰は颯翔と2人で明来の話を聞き、質問をしていく。

    「うん、そういうやつ、なんでも良いから。曲の中には必ず誰かが込めた想いや感情がある。歌詞がなくても曲を聴けば必ず何かが込められてる。まずはそれを探す……掬い取る所から始めてみて」
    「言うのは簡単だけどよ、曲から感情?を掬い取るって……そんな事出来るのか?そんなのわかる気がしないんだが……」

     颯翔の言葉に淳汰も同じ事を思っていた。
     明来の言いたい事はわかる。曲に滲む感情を汲み取り、そこからその曲の感情を単語にする。
     だが、曲の感情などあまり考えて聴いた事がない。基本的に音楽を聴く時は歌詞に注目しがちだ。曲調やメロディの好みは気にしても、感情の部分となると、どうしても歌詞に引っ張られてしまう。

    「そんなに難しい事じゃないと思うよ」

     明来はあっけらかんと答える。

    「普段歌詞のついた音楽ばかり聴いていると、あまりピンとこないかもしれないけど……例えば挿入歌やゲームミュージック。ああいう歌詞がないメロディだけの音楽だって、聴いたら何かしら感じない?」

     明来はそう言うと、曲のタイトルらしいものをホワイトボードに書き始めた。そして、ポケットから取り出したスマホを操作すると、書き出した1つのタイトルをら差す。

    「これは私がお気に入りのBGMの1つ。シンプルだけどワクワクしてこない?」

     その問いに2人は頷いた。これは有名なゲームのゲームBGMだ。確か主人公が旅するマップ上で流れる曲で、旅する街の雰囲気によって曲が全く変わる。

    「聴くだけで、どんな場面なのか、どんな雰囲気で、どんな情景で……それらが浮かびあがってくるでしょ」

     そう言われるとそうだ。好きなゲームもシーン毎に違う音楽は、冒険が始まるシーンはワクワクとした明るい音楽、対してボス戦ではハラハラドキドキと言った感情を湧き立てる音楽が使われていた。
     何気なく聴いていたが、言われてみるとその通りだ。あれには歌詞がないのに、ちゃんと感情に寄り添っている。

    「難しく考えなくて大丈夫。私の曲が難しかったら、今書いたこれらを聴いてみて、イメージを膨らませる感覚を掴んでも良いかも。まずは、とにかく聴いて感じた事、思った事を書き出してみる。その後に、出てきた単語から共感出来るものを選んでみて。自分の考えている事や、想いに通ずるものがあればそれをキーにして、連想していくの」

     明来はホワイトボードにイメージ図を書き出しながら説明をした。
     曲を聴いているらしいヘッドホンを着けた人間と、CDプレイヤーらしきイラスト。CDプレイヤーから出た吹き出しには「楽しい」「ロック」「ギター」「カッコ良い」といった単語。そして人間の頭から出た吹き出しからは「学校」「友達」「趣味」といった単語が並ぶ。音楽のイメージから、聴いている人間はこういうものを連想したという事だろうか。伝えたい事はよくわかる。
     だが、絵心のセンスもないらしい。音符のマークと今のこの話がなければ、このイラストが何を示すのか、何を描いてるのか、全くわからなかっただろう。

    「メロディに乗せる事は一旦考えなくて良い。まずはこの曲で何を想い、何を伝えたいのか。それを文章に起こしてくれれば、歌詞の調整は手伝うし、多少の文字数なんかは曲で調整も出来るから」

     真面目にこの絵を描いて熱心に伝える明来の顔に思わず笑いそうになるのを耐える。明来は自分達のために講習をしてくれていて、わかりやすく伝える為に絵を描いてくれたのだ。それをバカにしてはいけない。
     いけないと思うのに、向かいでは颯翔も笑いを堪えているようで、俯き加減で肩を震わせていた。それを見たらつい吹き出してしまう。

    「待って……ごめん…………。ふっ……ひっ……そ、その絵……何」
    「悪い……無理だ……腹痛ぇ……。頭に何乗せてるんだよ、ソイツ」

     2人して笑い転げるのを、明来は不思議そうに、けれどつられて笑いながら見つめている。

    「そんなに変?頭に乗せてないよ、耳に着けてるんだよ?」
    「耳はそこにないだろ」
    「あと奥の、その音符が出てるのも何?なんでそんな変な形してるの……横の穴の空いたのはCD?」

     困惑しながら、しかし一緒になって笑ってしまっている明来の弁解を聴きながら、結局3人で一通り笑い転げた。やっと落ち着いた後、息を整え本題に戻るが、まだ絵を見ると笑いそうになってしまう。

    「そこまでわかってて、どうしてあんな歌詞になるんだ?」

     颯翔は笑い過ぎて溢れた涙を拭きながら、明来に訊ねた。視線はまだ独特な絵から離れられていないのが面白い。
     確かに今の話を聴く限り、明来なら十分に歌詞が書けそうだ。音楽の事を誰よりも理解していて、歌詞の書き方もわかっていて、音楽に対して真摯に向き合っている。自分や颯翔よりずっといいものが作れそうなのに。
     けれど、餅の歌を聞く限りとそうとは思えない。本当にただセンスがないという一言で片付けてしまって良いものなのだろうか。

    「私だって単語までは出せるんだよ。ただ、そこから文章に落とし込むのが苦手なの」

     明来は持っていたペンを起くと、椅子を引いて淳汰の横に座った。

    「自分が何を伝えたくて、何を想っているのか、何を考えていて、どんな感情で……。それらを音に変換出来ても、言葉にするのが苦手なの。だから……細かいニュアンスとか、単語の意味を、伝えたい最大限の言葉に訳す事が出来ないんだよ」 
    「自分の感情を曲に乗せる事は出来るのに?」
    「何を想っているのか理解出来てるなら、そんなに難しい事じゃないだろ。むしろ曲で表現ってのが難しいような気がするが……」

     淳汰と颯翔の、理解出来ないといった顔を見ながら、明来は「これだから作文に困った事のない人は……」と溜息を吐く。
     徐にポケットを漁りると、取り出したいちごミルク味のキャンディを机の上に乗せた。乳白色のパッケージにいちごの柄が付いた三角形の飴。2人も食べた事がある。 

    「例えばこの飴をイメージした音楽を作れって言われたら作れるの。甘くて、いちごでミルクの味。三角形だけど丸みがあって、パッケージがいちご柄で、色もミルキーなピンク色をしてて可愛い。あとは、ふわふわでポップで軽くて、女の子っぽいとかそういうイメージで曲に落とし込むの。曲を作るのは雰囲気の話」

     明来は「ここまでは伝わる?」と2人の顔を見る。2人もその話に頷く。
     そのまま包みを開き、中から現れたピンク色の飴を摘んで2人に見せた。

    「歌詞って言うのはこの飴の全体を言葉で説明する行為ね。今言ったイメージを具体的に伝える言葉が必要なの。それもただ美味しいじゃだめ。どう美味しいか、そこから何を感じるか、どんな情景が浮かぶかのか、それをそのまま書くんじゃなくて、輪郭をなぞる様に、抽象的にでもちゃんと伝わるように描く世界」
    「要は料理の説明は出来るけど、食レポは出来ない……みたいな事?」
    「そう!そういう事!」

     淳汰の言葉に明来が飴を振る。

    「あぁ……なるほど。そう言われると納得だな。材料集めて料理して、何を使った料理かの説明まで出来るのに、肝心の味の説明や食レポは出来ないと……」

     颯翔が頷きながら言う。

    「私は曲は写真だと思う。曲は写真だから、思ったこと、感じたこと、伝えたい想いも全部そのまま写し取れば良い。けど、歌詞は絵なの。同じ景色を見ていねも、そのまま写し取るんじゃなくて、描き手の見え方や価値観や癖でどの画材を使うか、どう描くかが変わる」 

     明来の説明を聞きながら、けれどそんな風に例えの表現を出来る感性があるなら、歌詞を書く事など難しくないのではと思ってしまった。
     と同時に、さっきの絵と重なり、センスそのものが抜け落ちているという解釈が腑に落ちてしまった。
     誰にだって出来る事だ。画材を選び、その情景をどう描くか決めて描く。それ自体は出来るが、明来の場合画材選びから、場面の切り取り方まで、その全てのセンスが無いという事なのだろう。
     曲作りというカメラで感情を写し撮るのは、あんなにも上手いのに。

    「なんともまぁ……不器用だな」

     颯翔の言葉に、淳汰もまたその通りだと思った。
     とても不器用で、不器用なりに頑張った結果があの餅の歌だと思うと、あの歌にも愛着が湧く。
     もしかして奏太はそこまでわかった上で、あの歌が好きだったのだろうか。

    「仕方ないでしょ。言葉っていうのは複雑で厄介なんだから……」

     明来はそう言うと、手に持っていたいちごミルク飴を口に入れた。飴が明来の口の中で、カラコロと音を立てている。

    「必ずしも思った事が正しく伝わるとは限らないし、考えている事や想いを全て言葉に出来るとも限らない。私は具体性を持たせた言語化が苦手だから歌詞を書くのも苦手なの」

     明来と話していて言葉足らずだと思う事や、考えがちゃんと伝わってきてないと感じた事はなかった。その分というべきか、明来は表情が豊かだったから。それに言葉だって少なくはない。しっかり自分の状況を伝えられるだけのコミュニケーション能力は備えている。だから周りに人が居るのではないか。
     淳汰には明来が言う程、言葉が苦手なようには思えなかった。

    「飴食べる?他にもあるよ」

     ポケットから取り出した飴を机の上に広げた。どれも何かのミルク味で、似たようなパッケージのもの。アソートタイプでも買ったのだろうか。

    「甘いのばっかだな」

     颯翔が文句を言う。

    「仕方ないでしょ、ミルクアソートだったの」

     予想が当たった。

    「俺レモン味にしようかな」
    「じゃあ俺コーヒー」

     それぞれ違う味を選び、それぞれ違う味をの飴を口の中で溶かす。口の中に優しいミルクの風味が広がった。
     全く違うのに同じもの。なんだか自分達3人のようだと、そんな事を思いながら甘いミルク飴を味わうのだった。

    ***

     球技大会2日目は、淳汰にとって暇を持て余す1日だった。
     2つに分けられた予選グループの順位下位のクラスから戦い順位決定戦が行われる為、最下位付近の順位しかない淳汰達のクラスは午前中に競技を終え、昼休みが始まる前には、既に時間を持て余していた。
     奏太は明来の順位戦の応援に行くと言っており、あえなく敗退した颯翔の3位4位決定戦までも時間がある。他のクラスや他学年を見に行くのも良いが、折角なので颯翔の為に作詞の手伝いをする事にした。どうせ暇でやる事もない。クラスの試合が終われば、委員長とて仕事は無かった。
     それでも委員長としていつ、誰に呼ばれるかわからない。そうなった時すぐに見つけやすいようにと、わかりやすく自分の教室へと向かう。ここなら自分を探すとなった時、誰か来るだろう。
     教室には既に何人かのサボりが居座っていた。やはり全員が全員、何処かのクラスへ応援に出向いている訳じゃないらしい。
      淳汰も例に漏れず自分の席に座ると鞄からワイヤレスイヤホンとルーズリーフを取り出した。イヤホンの電源を入れ、スマホと接続された事を確認してから曲を流す。
     筆箱から使い慣れたシャーペンを取り出し、昨日の明来の言葉を思い出しながら曲を聴いてみる事にした。何度聴いても、この曲は良い。
     やはり浮かぶのはロック調でカッコ良いということだろうか。選んだ3曲はどれもテンポの速さと疾走感とがあり、ノリが良い。ライブでやれば盛り上がりそうだ。
     一先ず言われた通り思った事を単語に出してみる。

     「カッコいい」「速い」「ノリが良い」「楽しい」「明るい」「勢いがある」「ライブ受けする」

     続いてそこから連想するイメージを書いていく。ライブステージや、速さからは青春、スポーツ、部活。球技大会に引っ張られ過ぎだろうか。
     楽しいのはやっぱりギター、バンド、軽音部。勢いなら、最近人気のバンドは勢いがある。バンドの名前も書いてみよう。果たして本当にこんなので良いのだろうか。
     同じ事を2曲目、3曲目と続けてやってみるが、これが本当に正しいのかと不安になる。ここから歌詞になる未来が見えてこない。
     曲はどれも3分半から4分少々だ。それをただ繰り返し、繰り返し聴きながら、明来の言っていた曲のイメージを読み取る事にした。昨日あれからおすすめのゲーム音楽を聴いてみて、なんとなくだが曲の感情を読み取る感覚はわかっている。
     明来が言ってたのはこんな表面的に読み取れるだけのものでは無いはずだ。何故ならいつも、音楽に感情を乗せると言っていたから。昨日の飴に例えていたやつだって、明来が曲にしたら、甘くてふわふわポップな可愛らしい音楽になるのだろう。それと同じようにこの曲にも、明来が言葉に出来ないニュアンスが混じっている筈だ。
     この曲は少なくとも、丸みを帯びていたり、ポップでふわふわという感じではない。甘くて、ミルクな感じでもない。どちらかというと、そう。もっとトゲトゲしい……角張った感じだ。ロックの激しさのせいだろうか。

    「トゲトゲ……角張り……四角」

     淳汰は浮かんだ単語を、一つ一つ書き並べてみる。曲調だけではない。ニュアンスというのはギターのフレーズやベースの音、ドラムのリズムなんかにも現れている筈だ。曲全体の構成は勿論、それぞれの音にも、言葉に出来ない想いが詰まっている気がする。
     そもそも明来はギターを弾く人間だ。どの楽器より一番ギターが好きな筈。それを踏まえ、ギターに注目して音を聴く。
     とても上手い。良い音。それぞれのコードの掻き鳴らしが堪らない。音の余韻があり、強弱があって、聴いてて気持ちが良い。
     それなのに。何故か……奥が冷たく感じる。気の所為だろうか。
     他の曲も聴いてみる。同じだ。明るいのに冷たい。曲の奥、特にギターのフレーズだ。全体で聴いた時はあんなに明るく疾走感のある曲だと思っていたのに。けれどその冷たさに気付くと、全体で聴いてもどこか冷たさを感じるような気がする。
     冷たい……冷たいだけじゃい。聴けば聴く程見えてくる。わかってくる音。
     仲間外れ……いや……独りぼっち。そんな感じだ。上手く説明出来ないが、特定の音が外れてる。音階がズレているというより、そこにその音がハマらないズレだ。
     どの曲もそうだ。他の2曲の方も聴いてみる。これはドラムの入ってないものしか手元にないので、より顕著に現れる。特定の曲作りの癖なのだろうが、それが調和を乱しているような感じがした。けれど曲として全体を聴いた時には全く違和感がない。
     だから気付かない。気付けない。
     だからこそ感じるのだろうか。独りぼっちという感覚。
     冷たくて、独りぼっち。この独りぼっちは何処に居るんだろう。
     独りぼっち……独りぼっち……?
     違う。これはもっと冷たいものだ。こんな丸みのある言葉じゃない。もっと角張った言葉……。四角く刺々しいもの。

    「……孤独だ」

     口をついて出た言葉が一番しっくりきた。
     仲間外れじゃない。独りぼっちなんて、柔らかい 言い方じゃない。″孤独″という、もっと突き放した言葉。それこそが、この曲から感じた冷たさの正体だった。

    ***

     その日の放課後はバイトで明来が居らず、颯翔と2人だった。淳汰は球技大会の最中にやっていた、作詞の単語出しを颯翔に見せる。

    「参考になればと思って、今日やってみたんだ」

     ルーズリーフに書き出しされた単語を見つめる颯翔は眉間に皺を寄せている。

    「おかしい事書いてたかな。やっぱりこの曲に冷たいとか……孤独とか……合わないよな」

     気の所為だ。そう思いたくて、いつものように笑って誤魔化してしまう。
     明来の作る曲にそんなもの感じる筈がない。だって明来からそんな要素を感じた事はないから。
     いつも人に囲まれていて、楽しげで、元気で、明るくニコニコと笑っている。そういう印象の音楽に熱心で前向きな女の子。それが明来だ。それはもう、出会った時からずっと変わってはいない。
     明来から冷たさを感じるとしたら、冷え性で冷たい指先、たまに見せる冷ややかな視線。それは大体自分がバカな事をやらかしたのが悪いので、向けられるべきして向けられる冷たさだ。
     孤独はなんだろう。パッとは浮かばない。ギターやベース以外の楽器だろうか?そういう意味なら、ドラムは明来にとって孤独なものかもしれない。叩けない、わからない楽器だから。
     でも、その位しか浮かばない。その程度しか感じられない。それくらい、明来とその単語は合わないものださら。
     けれど、明来に限って曲に感情や想いを乗せないとは思えない。それこそ関係のないものなら、入れていないと思ってしまう。いつだって音楽には感情を乗せるものだと言っていたから。だからいつも、明来の音は楽しそうだった。全身から音楽が好きで、音楽を楽しんでいるのが伝わる演奏をしている。
     明来の曲から感じる暗い印象は全く無かった。
     だからこれは、否定して欲しい気持ちの表れでもある。淳汰はこんな事感じたのか?気の所為じゃないのか?と、笑い飛ばして欲しかった。明来に限ってこれはないだろうと。
     けれど、颯翔の反応は違った。

    「俺も同じ事思ってた。アイツの作った曲って、どれもなんか寂しいよな。孤独で取り残されたものって感じがして」

     肯定される事が、こんなにも違和感に繋がる事があるという事をこの時初めて知った。
     そして本当にこれは、肯定して良い事なのだろうか、と。そう思ってしまった。

    「うん。ありがとう、淳汰。多分だけど、俺、歌詞書けると思うわ」

     颯翔の言葉に淳汰は笑う。

    「そっか!それは楽しみだ!少しでも役に立てたなら良かったよ」

     それは本心だ。だけど少しだけ嘘が混じっている。

    「このまま歌詞考えたいから、今日は俺、部活休むな。悪い。この勢いで書いちゃいたいんだ」
    「いいよ。……じゃあ俺も帰ろうかな。1人じゃなんも出来ないし」

     2人で帰り支度をして部室を出た。颯翔は歌詞の案なのか、携帯に何かを打ち込みながら歩いている。そんな姿に「前見ろよー」と、声を掛けた。生返事が、既に颯翔の中に歌詞が生み出されているのを感じさせる。
     曲が出来るのは楽しみだ。それは本心で、これからバンドがやっとバンドらしくなるという高揚感もあって、それは嘘ではなくて。
     けれど少しだけ、ほんの少しだけ、知らない明来を知りたくないと感じてしまった。
     俺は俺の知っている明来だけを、あの明来を信じたかった。


    20.お見通し

     その日はいつもより早く登校した。気持ちばかりが焦ってしまい、いつもより早く目が覚めて、いつもより早く支度が終わり、やる事もないのでいつもより早く家を出た。
     実際のところは早く見せたくて、早く意見が欲しいくて急いでしまっただけなのだが、それを認めたくはない。こんなにも自分が今のバンドや音楽にのめり込んでいる事を認めるようで恥ずかしかったから。
     きっとアイツはそんな事気にしないだろうけど、俺はそれを気にしてしまう。今まで何かに必死に取り組む奴はバカだと思ってたから。
     必死に何かを頑張ったって、必ずしも結果が伴う訳じゃない。まして部活動なんて決まった時期だけのもので、学生時代のお遊びみたいなもので、思い出作りにしかならない。そんなの程々に楽しんで、程々に頑張って、思い出作って終わりで良いじゃないか。どうせ卒業したら次第に連絡を取らなくなって、大人になった頃には薄れるものでしかない。そんなものに必死になるなんてバカらしい。
     そう思っていた。それなのに。
     今の自分はバカにしていた部活の為に早起きして、いつもより早く家を出て、いつもより早く学校に着いている。
     昨日書き上げた歌詞を、早く見て欲しかったから。
     出来が良いとか、自信があるとか、そういうんじゃない。ただ、見て欲しい。お前の曲から得たもので、俺が共感したのはこれで、俺の出した答えはこれだと。
     連絡先は知っている。昨日の夜のうちに送る事だって出来た。それをしなかったのは目の前で反応が見たかったからだ。どんな顔をして、何と言うのか、この目で確かめたかった。
     教室に着くと既に明来は席に着いていた。いつも自分が来る時には席に居るが、それでも、いつもより2本も早い電車に乗ってきたのに、もう来ている。一体何時に登校しているのだろう。普段の授業態度を見る限りでは、真面目に早めの登校をする風には見えないのだが、予想を裏切り、登校だけは随分と早いらしい。
     ロッカーから今日使う教科書とノートを取り出し、机に入れる。殆ど学校に置いていってる為、自分のカバンから出すのは筆箱くらいなものだ。そして今日は歌詞を書いてきたノートもある。
     そのノートを持つと、明来の席へと向かった。緊張で顔が強張る。まだ人がまばらな教室で、明来はぼーっと窓の外を眺めながらヘッドフォンで音楽を聴いている。

    「はよ」
    「……おはよ」

     明来はこちらに気付くと、聴いていた音楽プレイヤーの停止ボタンを押し、ヘッドフォンを外しながら挨拶を返した。
     見下ろす明来が小さく感じた。いくら明来の背が平均より高めとはいえ、座っている状態からでは颯翔をかなり見上げる形になる。緊張のせいか、そんなどうでも良い事が気になった。
     上目遣いを通り越し、見上げた視線で颯翔を見る明来は、相変わらず表情が読めない。ただ、いつもより眠そうな目をしていた。朝一はいつもこんな感じなのだろうか。

    「歌詞。書いてきたから見て欲しい」

     颯翔は歌詞が書かれたページを開いてノートを渡した。そこには何度か消した跡や、二重線の上に書かれた文字など、何度も直した形跡の残る文字の羅列がある。
     明来はそれを一瞥すると「紙派なんだ」と呟く。

    「もう淳汰には見せたの?」
    「いや、まだ誰にも。お前に見せて、完成させてからにしようと思って」
    「そっか」

     明来はノートを受け取ると、視線を颯翔からノートの文字列へと移した。時折瞬きをして、指を折る仕草を見せながら、颯翔が書き上げた歌詞を読んでいく。

    「うん。良いんじゃない?歌詞だね」

     あまりにも淡白な言葉に、何とも言えぬ気持ちになった。明来に期待していた訳ではないとはいえ、苦労して、悩んで、書き上げた言葉の積み重ねを、そんな一言で、よりにもよって「歌詞だ」なんていう、わかりきった事で片付けられてしまうのは、心外だった。そう思ってしまう自分にも、驚きはあるが、それでももう少し何か言葉を求めてしまう。

    「直す所とか……せめてもう少し、感想みたいなのはないのか」

     颯翔は前の席の椅子に座ると、少々不満気な様子で訊ねる。

    「センスの無い人間に何か言われるのは嫌かと思って」

     それは自分が歌詞をバカにした仕返しなのか、それとも単に気にし過ぎなだけか。明来の言葉にトゲがあるように感じてしまう。

    「嫌じゃない。お前に見て貰ったのは、お前の曲を聴いて作った歌詞だから、意見が欲しかったんだ。どう感じたとか、この解釈が正しいのか、とか……」

    「そういう事ね」

     どうやら何の感想もなかったわけではなく、ただ言葉を選んだ結果だったと知って、少々安堵する。
     颯翔としても明来の作った曲は良いと思っていた。それに乗せる歌詞なのだ、あまりにも酷いものには出来まい。せめて、明来の納得するものにしたかった。

    「言っとくけど、解釈は人それぞれだから、この曲に付ける歌詞に正解も不正解もないよ。昨日言った通り、思った事をそのまま歌詞にすれば良いだけ」

     明来は突き放す訳でも、寄り添う訳でもなく、ただそれが事実だと言うように告げる。

    「颯翔が私の作った曲を聴いて、こう感じて、そこに共感した部分からこの歌詞を書いたなら、それで良い。これは颯翔自身の言葉で颯翔の作った音楽だから。ただ……」

     明来は一度言葉を切る。その先に続く言葉は、何だろう。悪い意味なのか、納得出来ない所があったのか。正解はないとは言っても、明来の中には明確に何か正解がある筈だ。この曲を作った明来は、何を思い、何を考え作ったかの正解が。
     その答えがその先にあるような気がして息を呑む。

    「颯翔って意外とストレートに、素直に想いを連ねるタイプなんだなぁと思って……。そこは意外だったかな。……これが私の感想」

     明来は楽しそうに笑っている。それは眩しさと驚きを合わせた笑顔。大々的な発見のものじゃない。
     言うなれば、難しい計算問題が解けた時の喜びに似ていて、ミステリーで全てが繋がった時の驚きのような、楽し気で、しかし納得した顔で笑っている。
     自分としてはこの言葉がストレートなのかどうかすらわからない。少なくとも意味そのまま使う事は避けた。餅はもちもち、よく伸びる、といった言葉の使い方はしてないと思う。あれをバカにしただけに、流石にそういった言葉の使い方は避けている。

    「これ、淳汰の事でしょ」

     明来はノートに書かれた文字列を確かめるように見つめている。

    「出会った時から、ずっと颯翔に嫌われてんのかな〜って思ってたけど、なるほどね。これ読んではっきりした」

     明来はただ楽しそうに笑っている。

    「安心しなよ、お前の淳汰を取ったりしないから。私と淳汰との間には何もないよ」

     そう言う顔は、まるで人の恋バナを楽しく聞いている女子達のそれと同じで、やっぱりこいつも女なんだな、なんていう安直な思いと、自分の知らない淳汰の気持ちを明来に見透かされた様な恥ずかしさとで、言葉を失った。
     少なくとも淳汰の事を歌詞なんかにした覚えはない。ただ、何となくこの曲から感じたものをそのまま歌詞にしただけだ。
     そこに自分の中にある感情や思いを乗せたことに違いはないが、でも淳汰の事を考えて書いてなどいない。

    「何の話をしてるんだよ。……淳汰の事なんて、歌詞にしてないぞ?」

     眉間にシワを寄せる颯翔に、明来はきょとんとする。

    「もしかして、自分で気付いてないの?」
    「何が」
    「この歌詞の事だよ。これ、淳汰への独占欲の歌でしょ」
    「は?」

     颯翔は明来からひったくる様にノートを奪い歌詞を検める。そんな事は書いていない、と思う。
     そもそも淳汰に対して独占欲など抱いていないし、淳汰は自分のものでもなんでもない。歌詞を読む限りは、もちろん独占欲を露わにしたような事は書いてない。
     それなのに、向かいに座る明来はニヤニヤと楽しそうな視線でこちらを見ている。

    「音楽の前では誰しも噓は吐けないんだよ」

     明来は悪戯っぽく、それでいて自慢気に言う。

    「青春だねぇ」

     ケタケタと笑う顔に、腹立たしいと思ってしまったのは、図星だからとは思いたくなかった。
     その日の夜、明来から曲が送られてきた。歌詞に合わせ曲の最終調整をし、歌唱部分にメロディが入ったものと、文字数などを調整した最終版の歌詞。
     これで良いかという確認だった。
     送られてきた歌詞は、一部の変更はあったものの、文字数による言い回しの変更や、語尾の修正だけで中身は変わってない。同じ歌詞だ。
     それなのに、修正された曲にこの歌詞を合わせて聴くと、恥ずかしい程、明来の言う通りの曲に聞こえてきた。
     気付きたくないのに、気付かされてしまった独占欲に身を悶えさせながら、しかし、淳汰がこの曲を聴いた反応が知りたかった。

    『孤独を感じる。だけど貴方の横なら満たされる』

     消した歌詞の一文。直接的な言い回しを消しておいて良かったと、今は心底ホッとしていた。

    ***

     次の日の放課後はまた3人揃っての部活だった。夏休みまで残り僅か。短縮授業で、放課後は長めに部活が出来る。
     始まる前のミーティングで、夏休みの部活予定が配られた。軽音部は基本バンド毎の活動の為、学校の解放日に仮押さえでスタジオが割り当てられている。それと別で、夏休み集中練習会というパート毎の練習会があるらしい。苦手な部分の練習や、新しい楽器の挑戦などはここで出来るという。
     普段関わりのない先輩や、他のバンドメンバーなどと交流出来る良い機会とあって、実力関係なく参加者は多いと聞いていた。
     こういう機会に3人で参加して、他のバンドや先輩達との交流を深めておきたい、というのが淳汰の考えだが、颯翔はあまり他バンドにも先輩達にも興味はなく、明来の方はサポートやバイトで参加出来るかもわからないのが現状だ。
     夏休みという長期休暇に、部活らしい事をしたいと考えているのは淳汰だけなのか。
     集中練習会の出欠は夏休み中でも良いという事で、淳汰ももう少し参加については考える事にした。

    ***

    「曲が完成したから聴いてくれる?」

     それは待ちに待ったものだった。明来からの言葉に淳汰は「もちろん!」と大きく頷く。
     スタジオの割り当てまでには、まだ時間があった。どうやら颯翔は調整の確認で既に聴いているらしく、明来の音楽プレイヤーに挿したイヤホンを耳に着け、再生ボタンを押した。
     流れてきた音楽は最初に貰ったデモ曲よりもテンポが速くなり、音も力強い。基本的な曲の流れやメロディは変わらないが、前とは違うのがわかる。
     歌の部分は機械的なメロディ音が入っており、パソコンの打ち込みで入れたのがわかった。音の低さからも淳汰のキーに合わせて調整されたのがわかる。
     印刷された歌詞入りの楽譜を目で追いながら、曲と歌詞を頭に入れた。颯翔が書いた歌詞。言葉が丁寧で、遠回しな言葉選びが皮肉屋の颯翔っぽい。けれどそれがより歌詞っぽさを出している。直接的に言ってしまうと、きっと明来の作ったお餅の歌のようになってしまうのだろう。
     デモ曲の時に感じた冷たさや孤独感は曲に残っていて、歌詞にもそれは現れていた。

    『ここに居るのにここに居ない。温かいのは一瞬で、冷たさが覆っている』
    『一人ぼっちで寂しくて、だけど温かさの在り処は知っていて、それを自分だけのものにしたいと願った』
    『そして新しい温かさを見つけた。これで良いと思えた気がした』

     これは孤独が解ける歌だ。孤独だけど孤独じゃなかったと感じる歌詞。だけど後にまだ寂しさが残る。独り占めしたい感情は消えていない。
     歌詞を読みながら曲を聴くと、自分の中にあった明来へのイメージが、もっと深い所にあったような感覚を覚えた。だけど、この歌詞は多分、明来の心だけを乗せたものじゃない事もわかる。きっと曲をそのまま解釈しただけなら、明来は完成させたりしない。
     あの時明来は言っていた。曲から感じたものの中で、共感したものを歌詞にすれば良いと。そうするとこの歌詞は颯翔の孤独なのだろうか。颯翔も孤独を抱えていたのだろうか。
     明来はこの歌詞を見て何を感じたのだろう。曲の中に秘めた孤独を暴かれた気にはならなかったんだろうか。それとも、歌詞は歌詞として自分とは別のものと捉えたのだろうか。
     颯翔には見えて自分には見えなかった明来が居たのだろうか。そもそも自分には、颯翔すら見えていないのではないだろうか。
     とても良い曲だと思う。完成されたものに文句はない。
     歌詞を見て思うのは重たいという事だ。意味が、ではない。歌詞そのものが、自分の曲の解釈より一歩深くて重い所にあると感じる。
     そしてその歌詞に合わせて変えられた曲は、歌詞を最大限に活かす温かさと冷たさを兼ね備えたものに変わっている。
     明るくて、眩しくて、だけど重くて冷たい。曲の手触りはドロリとした何かだ。重いけれどずっしりと重さのあるものじゃない。もっと柔らかくて、重量感より質量のあるもの。だけどそれを溶かした光を見る歌だ。

    「歌詞が入るとイメージがまた変わるね。重いのに……明るい。冷たかったのに、温かい曲だ」

     淳汰の言葉に、明来は満足そうに頷き、颯翔は恥ずかしそうに視線を逸らした。

    「これを俺が歌うんだな……」

     それは楽しみの混じった興奮でもあり、不安でもあった。自分はこの曲の魅力を最大限に引き出せるのだろうか。
     2人の孤独に気付かなかった自分が、この重さを理解出来るだろうか。

    ***

     スタジオの順番が来たので、早速出来たばかりの曲を試してみる事にした。
     一旦弾きながら調整しようという事で、フレーズ毎に区切っての弾いてみる。まだ歌のメロディも完全に入っている訳ではない。なんとなく、こんな感じだろうかと、頭の中では歌いながら歌詞を追った。

    「ここのドラムもっと静かにしよっか」
    「こっち叩く方が良いんじゃないか?16音符なら、こんな感じにして……」

     明来自身がわからないと言っていただけあり、ドラムの修正は多い。2人を中心に、実際のメロディに合わせながら、意見を出して修正する。
     淳汰はそんな会話を聞きつつ、自分の苦手なフレーズの練習をする。
     1フレーズずつ、頭から順に修正したもので弾いてみてを繰り返した。
     3人で意見を出し合いながら修正した音は、最初よりぐっと良くなった気がする。何より自分が明来の作った曲の一部になれる事が嬉しかった。
     この歌を自分が歌い、そのメインのギターを自分が任されている。その責任は心地良い。

    「一回通しでやってみる?」

     明来の提案に2人が頷く。

    「いけそうだから、歌も入れてみるよ。明来はいけるだろ?」
    「うん。自分で作った曲だからね」

     そう言って明来と淳汰はマイクの準備をする。
     この曲はメインは淳汰だが、サビのハモリと掛け合いがある。最初の時にメインボーカルは淳汰で、サブは明来と決めていた。それに合わせて曲も作られている。
     淳汰の低くどっしりとした声に、明来の低くも綺麗な声が合わさる事で生まれる独特なハーモニーは、この曲に合うはずだ。

    「準備いいよ」
    「じゃあ、頭から通しで」

     ギターのソロから曲が始まった。

    ***

     デモから修正が入ったとはいえ基本は同じ曲だ。何度も聴いているだけあって、歌は案外すんなり歌えた。
     歌詞の意味を考え、言葉に乗せる。明来の孤独、颯翔の孤独。2人の孤独は光のある場所へと向かい、温かさのある所へ納まった。
     この歌はそういう歌の筈だ。
     明来の声が入る。掛け合いの部分。2人の音がハモる。
     激しいドラムリフからのサビは、ベースもよりリズミカルに。ドラムとは意図的にずらされたリズムに、ギターはただそこに在れという様に自分の音を信じて弾く。
     凄い。凄い。自分の音がある。声がある。それが2人の作った世界を曲に乗せていた。
     楽しい。今まで感じていた楽しさとは違う楽しさだ。
     この歌に何を乗せるか、どんな感情を乗せるかを考える。この歌詞を読んで感じた事、思った事、それを自分なりの解釈で歌に込める。明来の言う通り、自分の感情を歌に乗せる。ギターの音に乗せる。それで良い。
     それで良い筈なんだ。

     曲が終わった後の達成感と満足度は、普段のコピー曲からは得られないものがあった。
     楽しかった。
     それなのに。なんだか物足りない気がするのは何故だろう。
     なんだか、自分の歌では、この曲の重さを表現しきれていない、何か大事なものが足りてないように感じてしまうのだった。 


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