
トライアングル / 第一部 2-1 (16〜17話)
あらすじ
知っていると思っていた明来が遠い存在に感じる。
高校に入り、それまでは習い事先の友人だった存在が、同じ学校の友人にまで昇格した。年数だけで言えば付き合いは長く、それなりに仲が良いという自負はある。性格上人の内側にはいるのは得意で、誰とでもすぐに打ち解けられた。
だから、明来の幼馴染だという奏太ともすぐに仲良くなったんだ。
それなのに、なんだか物足りない。なんだか近くに感じない。
幼馴染程時間を共有していないけれど、それでも明来の事を知っているつもりで、仲が良いつもりで、それでもずっと疎外感を感じるのはなぜだろう。それを自分は、どう思っているのだろう……。
アキラを通して知る、好きというもの、好きという事。色んな好きの形。
何に向けるか、誰に向けるか、それがどんな意味を持っているのか、どんな意味を持ったせてしまうのか。
色んな好きの形があり、想いがあり、それらを受け入れ生きていく、高校生の物語。
音楽×恋愛×青春の長編小説。
恋愛部門のヒューマンドラマです。
同性愛等の表現も含まれます。苦手な方はお気をつけ下さい。
登場人物
不破 颯翔 (ふわ はやと)
1-Eクラス/ドラム 淳汰とは中学からの友人で、中学時代からバンドを組んでいた。ドラムを始めたのは淳太がキッカケ。明来の事を敵視している。 皮肉屋で、物事を否定的に見る癖がある。
小埜寺 淳汰 (おのでら じゅんた)
1-Cクラス/ギター 明るくて人当たりが良く、コミュ力とテンションが高い颯翔の親友。 小学生の頃ギターを始め、同い年でギターが上手い明来を憧れの存在だと触れ回っている。
逸見明来 (へんみ あきら)
1-Eクラス /ギター・ベース 奏太の幼馴染で、淳汰とは同じ音楽教室に通っていた。一見大人しい清純派だが、複数開いたピアスにサボり癖など、強かな一面も持ち合わせる。 ベースも得意で、普段からサポートバイトをするなど実力派。
柿谷 奏太 (かきたに そうた)
1-Cクラス 成績優秀で、入試は1位のメガネ男子。入学式の代表スピーチも行っていた。 見るからに真面目そうなガリ勉で、実際勉強は好き。明来とは幼馴染以上の仲に見える。 写真部に所属しており、よくカメラを持って明来の写真を撮っている。
16.確かに遠く感じるんだ
明来の正式入部の熱を確かめる間もなくやってきた期末テストの部活休みに、淳汰のフラストレーションは溜まる一方だった。文化祭が終わり念願揃って3人揃ったバンド活動が出来ると思ったら、今度はテスト前の部活休止期間。ギターは家でも弾けるが、3人揃っての演奏は部活以外だと難しい。
仮にも進学校の期末テストだ。そもそもテスト前にのんびり部活をやって、ギターを弾いて、なんて事をしていられる程勉強に余裕はなかった。
前回の中間テストは、まだ中学時代の復習も兼ねていたから良かったものの、今度は正真正銘高校に入ってからの勉強内容。油断したら順位を落とす所か、平均が取れないなんて事にもなりかねないのではないか。
普段の授業を真面目に聞き、ノートもとり、ある程度学習内容が頭に入っているとはいえ、テスト前は真面目に勉強しないと落ち着かない。
とはいえ3人でのバンド活動という楽しみが目の前にぶら下がっていながら、簡単に気持ちの切り替えが出来る訳もなく。早く3人で練習をしたいという欲に悶々としながらテスト勉強に勤しんでいた。
そんな状況から解放された7月上旬。全てのテストから解放された昼休み。学食で先に食事を摂っていた明来の所へ、自分の食事を持ってやってきた淳汰が向かいに腰を下ろす。食事中の明来と目が合うや否や身を乗り出しながら「今日は部活来るだろ!?」と食い気味に訊ねた。
やっとテストが終わった、開放感と部活が再開されるその嬉しさが全身から滲み出ている。
「うん…………行くよ……」
明来はその勢いに押されながら、口の中の物を一生懸命噛んでから飲み込んで答える。
「元気だねぇ。部活がそんな楽しみ?」
明来の野暮な質問に、淳汰はキラキラとした眼差しで「もちろん!」と元気良く答えた。
「だって、やっと明来が部活来るんだよ!文化祭の後だって殆ど参加出来ないままテスト期間入っちゃったから、俺ずっと今日の3人で合わせられる日を楽しみにしてたんだから!」
「文化祭に向けて3人でやってたじゃん」
「あれは別。今度は明来が正式加入なんだから、意味が違うんだよ〜」
「随分楽しそうだが、テスト大丈夫だったのか?」
箸を指揮棒のように振りながら熱弁する淳汰の横に、遅れて来た颯翔が座る。
「用事終わったの?」
「あぁ。今度の球技大会の話だった」
購買で買ってきたパンを広げながら颯翔が答える。テストが終わったと思ったら、今度はクラス対抗の球技大会ときた。この学校はやたらとイベント事が多い。
春の文化祭に始まり、年2回の球技大会と秋にはそれとは別に体育祭もあり、また冬前には合唱コンクールも控えている。
その他一年生は研修旅行、2年生は修学旅行など、それぞれ学年内の大きなイベントもあったりと、年間通してハードなスケジュールだ。
淳汰も颯翔同様各クラスで委員長をやっていた。尤も淳汰は颯翔のようなじゃんけんによる選定ではなく、推薦によるものだったが、学内行事は基本クラス委員長と実行委員会が仕切る為、これから2人はまた忙しくなるのだ。
そうなるとまた放課後に全員揃っての部活が難しくなってしまう。
たった3人なのにと言われてしまえばその通りなのだが、元からサポートやバイトで参加頻度の低い明来が居るだけで揃うのが難しい中、やっと明けたテストが終わると、今度は2人が委員長として参加が難しくなる。こうして揃う部活は1回1回が大事なものになっていた。
特に淳汰にとっては念願叶ったメンバーだ。合わせられるなら早く合わせて、早くバンドとしての形を確立していきたい。
「因みにテストは頑張ったから、まぁそんなに悪くないと思う!今回も奏太は一位か?」
「どうだろうな。範囲は狭かったから大丈夫だと思うけど、大事なのは順位じゃなくて内容だから。何が出来て何が出来ていないのか。それを確認する為のテストだろ」
淳汰の質問に持ってきた弁当を黙々と食べていた奏太が淡々と答えた。周りが次の順位も1位かどうかで騒ぐのも、奏太は全く興味も無ければプレッシャーも感じてないらしい。今更騒いだところで、テストは終わってしまったのだから、仕方ないのはその通りなのだが、それにしたって、勉強が出来る人間の貫禄は違う。
「淳汰に限って、テストで赤点取って補習って事はないと思うが……」
そう言いながら颯翔は明来の方を見る。
「なんでこっち見るの!大丈夫だよ、流石に赤点は」
テストの話を他人事のように聞き流して食事を続けていた明来が、その心配を否定する。
前回、貼り出される50位以内には居なかったが、話では数学は奏太以上実力で、クラスでは上位に居るらしい。しかし、颯翔は明来の点数を直接見たわけではなく、普段は真面目な授業態度という風でもない。窓の外をぼーっと眺めたり、黒板も見ずノートに何かを書いていたり、居眠りも授業に出ずにサボる事も見受けられる。同じクラスでそんな様子を見ているだけに、颯翔は明来の学力に対して懐疑的だった。
淳汰は久しぶりの部活を楽しみにしているようだが、明来が赤点を取れば補習になってまた部活どころじゃなくなる。
「それなら良いけど。赤点取ったら泣くのはお前より淳汰だからな」
「前回の点数ならいくらなんでも赤点はないだろ。それに学年主席が勉強見てるんだから、そこは問題ないって」
「明来に赤点なんて俺が取らせないから安心して。少なくとも平均は硬いよ」
釘を刺す颯翔に、淳汰と奏太が続ける。明来は相変わらず他人事の様に日替わりランチを食べながら「テストの話はもう良いよ。終わったんだから」と話を切った。どうやらテストや勉強の話は好きじゃないらしい。
「そういえば、奏太は明来と小学校から一緒なんだろ?ずっと勉強教えてたのか?」
「受験勉強位だよ。……むしろ昔は明来に教えて貰ってた位だ」
奏太の返答に淳汰と颯翔が2人で顔を合わせる。
「明来に教わってた!?」
「嘘だろ。うちの学年一位の秀才が……こいつに?」
まるで信じられないという顔で明来の顔を見る。
「言っとくけど、理数系は2人より上位に居るんだからね」
明来はむくれながら答える。理数系は、と協調するだけに文系の点数は良くないと見える。
「ごめんってば〜。奏太が明来に勉強教わってるなんて想像つかないからさ。小テストとかいつも満点だし、昔から勉強一筋ってタイプだろ?」
その質問に奏太は答えない。弁当の中身を片付けながら、答えを探しているようにも見えた。何かまずい事を言っただろうか。
「まあ、いつもクラスで100点取ってるタイプだったよ。作文で表彰されたり、漢検1級取ったり、凄かったんだから」
明来は奏太の代わりに質問を答えると「ね!」と強めに言った。奏太もそれに頷く。表情が強張って見えたのは気のせいだろうか。
高校に入って数ヶ月、わかったことがある。明来と奏太の間には、淳汰が明来と築いてきた時間よりも、ずっと開いた差があるという事だ。
淳汰も明来とは小3からの付き合いだ。確かに学校は違うし、ギターのレッスンで顔を合わせて話す程度の仲と言えばその通りで、毎日顔を合わせるであろう幼馴染との比べたら差が出るのは仕方ない。それでも淳汰には他人の距離を詰めるのは得意だという自負もあり、小3の頃から週2で会っていたのだから、習い事仲間にしては仲が良い方だとも思う。
明来とだって打ち解けるまでに時間は掛からなかった。明来自身、誰でも受け入れるオープンな性格だったのもあるが、同じバンドを好きだった事がキッカケで、すぐに意気投合した。そこからは早く、他になんの曲を聴いているとか、最近はこの曲を弾ける様になりたくて練習しているとか、そんな話をする放課後の時間が楽しみで、レッスン日を増やせないかと親にねだった位だ。
確かに学校の話はあまりした事がない。会えばギターや音楽の話ばかりで、学校での出来事や友達の話など、そういう事はあまり話してこなかった。けれど、習い事の友達なんてそんなもんだろう。共通の他愛ない話をして、その時その場で面白いと思った、中身のない事で仲良くなる。小学校の頃なんて、何を話したか覚えてない位くだらない話ばかりしていた。でも毎回話をするのが楽しくて、気が合って、会うのが楽しみで、レッスン以外で音楽教室以外で顔を合わせる事はなかったが、自分は勝手に親友だとも思っていた。
だから、高校が一緒だと分かった時は飛び上がる程嬉しかったし、共にバンドが組めると喜んだ。明来とした指切りは、中学生にもなってバカみたいだと思いながら、それでも確かな約束になる気がしていた。
淳汰にとっての明来は目標であり、憧れだ。あんな風に自由に弾けたらどんなに楽しいだろう。
でも同級生で友達で、これまで共に過ごせなかった時間を高校で取り戻したいという気持ちさえある。
だからどんな事でも知りたかったし、少しでも時間を共有したかった。クラスは離れたが、同じ階で1クラス挟むだけ。この規模の学校で考えたらかなり近い。休日に一緒に遊ぶのだって、高校に入ってやっと出来るようになった。もう音楽教室でしか会えない関係じゃない。まだ放課後の寄り道と明来のライブ終わりに食事へ行く位しか出来てないが、それもそのうち増やせば良い。
正直言うと、放課後の寄り道ですら楽しくて、幸せで。だって、それは夢に見た高校生の姿で、やりたかった事で、青春をしてる感覚になるから。
明来のライブを観に行き、出待ちでファンじゃない″友達″という立場で憧れに会えるのも、その日の演奏や出演者の話で盛り上がるのも、ちょっとだけと言いながら入った楽器屋で時間を忘れて長居しちゃうのも、全部楽しい。学校が同じになれただけで、こんなにも幸せで良いのかと、不安になってしまう。
奏太と友達になれたのはたまたまだったが、それも良かった。明来の幼馴染で、どう見たって親友で、明来の親友なら俺にとっても親友で、という単純な話。だからすぐ仲良くなれると思っていた。
だが現実、そう上手くはいっていない。
仲は良いと思う。奏太とも、明来とも。だけど、2人の間には特別な絆みたいなものがあって、俺はそこには入り込めない。他人が絶対に入り込めない、そういう領域がある。
基本ずっと2人はずっと一緒に居る。クラスが違うから、昼休みと放課後位なものだけど、昼休みは必ず一緒にお昼を食べている。
放課後は奏太も部活があるから帰宅は別々。だけど、明来が部活に顔を出した時や、淳汰に部活がない日はいつも一緒に帰っていた。そして朝の登校は毎日一緒。たまに明来が遅刻してくる日もあるが、そういう日も奏太は明来の遅刻を把握している。
あまりにも仲が良過ぎやしないだろうか。
最初は2人が付き合っているんだと思った。正直、否定された今でもちょっと疑ってる。だって恋人同士なら、四六時中一緒に居るのも頷けるから。だけど、それにしては色気がないというか、どっちかというと兄妹とか親子みたいにも見えるから不思議だ。
奏太が世話を焼いて、明来はそれをただ受け入れる。そういう風に見える場面がよくある。
淳汰には幼馴染と呼べる程前から仲の良い友達が居ないので比較が出来ないが、普通幼馴染とはそういうものなんだろうか。
少なくとも俺の姉は弟の自分に対してあんな世話を焼いてくれた事はないと記憶しているし、淳汰自身も妹に対して、あんなにべったり一緒に居た事もない。奏太が明来にするような甲斐甲斐しい世話を焼いた事もない。淳汰の姉が妹に対してもそうだ。
少なくとも淳汰の姉妹より、奏太と明来は一緒に居て、2人だけの空気を纏っている。それこそカップルのように。
けれど2人はそれを頑なにそれを否定し、確かに空気感はカップルのそれとは違う。だが一緒に居ても、時々疎外感を感じる事があるのは本当だ。
3人組はよく1対2になりがちと聞くが、まさにそんな感じだった。けれど何も仲が悪くてハブられているとか、2人だけのノリでついていけないとか、そういうのとは違う。むしろノリでいうなら、淳汰と明来が盛り上がり、奏太を置いてけぼりにしている事のが多いと思う。ただそれを、奏太は楽しそうに眺めている。
それも不思議なのだ。なんで奏太は明来が楽しそうにしているのを、あんな自分事のように見られるんだろう。それでいうと逆も然りで、2人の関係がどうしても不思議だった。
自分だけ疎外感を感じて寂しいとか、そういうのとも違う。ただ、2人だけの独特な距離感や空気みたいなのが、バリアとして張られていて入れないような、そんな感覚。距離は近い筈なのに、2人との間に入り込めない膜がある感覚に時々陥るのだ。
それがまさに今、目の前で繰り広げられたやり取りである。
小学校時代の話を、奏太の事なのに明来が答えるような。文化祭の時、明来をバンドに誘ったらその背中を奏太が押したような。2人だけにしか見えない、2人だけの空気に、俺は入れない。
高校に入って明来ともっと仲良くなれると思っていて、新しく友達になれた奏太の事ももっと知りたいのに、2人がセットで居る状況がそれを拒んでいるように感じるのだ。
だからといって引き剥がせない。まるで2人は2人で1人かのように、ずっと一緒だから。
今までこんな事はなかった。自分は人の内側に入るのは得意だから。みんなとすぐに打ち解けて、気付けばみんななんでも自分に話してくれる。淳汰も、自分の事はなんでも話す。お互いにそういう関係。だから、すぐにもっと仲良くなれる。
それなのに、今回はそれが上手く機能していない。
なんでも話すし、なんでも話してくれるのに、まだ足りてない気がした。仲良くなれている筈で、時間も共有しているのに、自分と2人の間に明確に大きな差がある。
奏太と同じだけ明来と仲良くなりたいとは言わない。奏太も同じだ。幼馴染との差をゼロにしようとは思ってない。
だけど、俺の知っている幼馴染の関係と、2人の関係は、本当に同じなのか?という疑問が湧いては消えてを繰り返していた。
昼休みの他愛のない雑談ですら、明来を一番よく知っているのは奏太だった。一番最初に教えて欲しいとは言わない。高校入ってから、明来とは毎日連絡を取ってるから、同じ事を知っている。だから最新情報の共有は済んでいる。
それで今まで満足だった筈だ。他の友人とも同じだった筈だ。
なのになんでこんなに気になってしまうのだろう。
食堂で話し込んでいると予鈴が鳴った。4人は席を立ち教室へと向かう。
「じゃあ、あとでね」
廊下で明来と颯翔とは別れ、2人が教室に入っていくのを見送った。淳汰も奏太と共に、自分達の教室へと向かう。
「次の授業なんだっけ?」
「地理」
「あー眠いやつだ。お腹いっぱい昼飯食っちゃったよ」
「俺もあの先生は苦手。授業が子守唄だよな」
「奏太でもそう思ってたんだ」
「あれで眠くならない奴居ないだろ。むしろこの時間の地理なんて、寝て下さいって言ってるようなもんだって。だから、俺はいつも聞き流して予習してる」
こうして話せば普通に2人でも会話は弾み、授業合間の15分休みだって、バカみたいなネタで奏太は笑ってくれる。他の友人達と一緒。出会って数ヶ月の割に結構仲は良いと思うし、クラスの中では一番だと思う。
欲張り過ぎるのかな……と、思う事にした。奏太はなんでも話してくれて、距離を遠く感じる訳じゃない。確かに明来と2人の時の空気に惑わされるけれど、一緒に過ごす時間は長いく、なんなら明来よりも休日に遊んでる。
あまり難しく考え過ぎないようにしよう。今が楽しいのだから、俺はそれで良い。
17.楽しみが始まって
「部活行こーぜー!」
チャイムが鳴り放課後が始まる。SHRが終わるや否や、教室を飛び出した淳汰は、1-Eの教室に飛び込むと、座っている颯翔に声を掛け、窓際でクラスメイトと立ち話をしている明来の所へと飛んでいく。
「ごめん話し中?俺ら部活行かないといけないんだよね!」
あまりにも勢いよく、そしてあまりにも楽しそうに、声を掛けに来た淳汰の周りには幸せに満ちた花びらが舞っている錯覚に陥る。明来とお喋り中の女子たちも「もう終わったよ〜」「ごめんね、小埜寺。アッキー取っちゃって」などと口々に言うと、明来の背中を押して離れていく。
「そんなに慌てなくても、逃げないよ」
明来は呆れつつ苦笑いで言うが、淳汰は聞く耳を持たない。
「明来はやっぱり行かないって言いそうだからさ」
そう言って、明来の帰り支度が終わるのを待っていた。
「信用ないなぁ……」
「日頃の行いのせいじゃないか?」
明来は心当たりなどないと言いたげに口を尖らせると、帰り支度を済ませた颯翔が淳汰の背後から声を掛けてきた。
「そんな筈はないんだけど」
明来は颯翔の言葉に軽い調子で返した。確かに殆ど部活に出ていなかったが、ちゃんと事前に出られない事は伝えていて、急に逃げたりした事はない。
何処で信用を失ったのか、そもそも最初から信用が無かったのか。
「つか、そんな張り切って行ってもスタジオ空いてないぞ。俺たちの順番は17時半からだ」
「んだよね〜、私宿題やってから行こうと思ってた」
スタジオは全部で4つ。それを部員でシフトを組んでの交代制だ。3人しか居ないので一番小さいスタジオでも事足りる為、大人数バンドよりもスタジオの割り当ては多い。
颯翔のいう通り今日の割り当てまでにはまだ1時間半もあり、明来ののんびりした行動もわからなくはない。
「だからさ、部室で次の曲考えようぜ。オリジナル曲、作るだろ?」
颯翔と明来は顔を見合わせる。作るとは言ったが、こんなに急に話が進むとは思っていなかったのだ。
そんな2人を他所に「早く行くぞ!」と、スキップしながらさっさと教室を出ていく淳汰の後を追って、2人も急いで教室を出るのだった。
***
「曲だけど……ある程度形になってるやつから、3人でやるのに丁度良さそうなのをいくつか見繕ってみたから、とりあえず聴いてくれる?」
部室の奥にのミーティングスペース。長机とホワイトボードが置かれ、普段は会議や各バンドの話し合い、休憩などの用途で使われる。
ホワイトボードの前に向き合う形で座った2人の前に、明来は音楽プレイヤーとイヤホンを差し出した。
「未だにこれで聴いてる奴いるんだ」
音楽プレイヤーなど、颯翔からすると化石のようなものだ。周りは皆スマートフォンとサブスクで音楽を聴いていて、持っている人間など見た事がない。
「こっちのが音質良いから。CDとか作った曲は全部これに入れてるの。スマホでも聴くけどね」
素朴な疑問を口に出す颯翔に、さも当たり前の常識と言った風に答える。然程音楽に興味の無い颯翔からしたら、スマホとサブスクで事足りる時代に音楽プレイヤーとCDというだけで別次元だ。音楽ガチ勢ともなると、スマホだけじゃ足りないらしい。
一先ず明来に言われた通り、颯翔と淳汰の2人でイヤホンを共有し、明来の作った曲を順に聴いていく。
「本当は左右バランスあるから、両方で聴く方が良いんだけど……」
そう言いながら再生された曲は、ギターとベースだけで構成されたアップテンポな曲調のものだった。
明来の持ってきた曲は全部で5曲。どの曲も共通した作り手の癖などはあるものの、疾走感のあるものから、ポップなもの、ロック調とそれぞれジャンルが違う。
明来曰く曲の難易度はそう変わらないという。ドラムはまだ納得がいかず入っていないが、曲が決まれば入れるという。しかしギターとベース、明来が弾き下ろしたその2つの音だけで十分に完成されていた。作曲歴はそう長くないと言っていたが、十分に聞き応えのある出来に、思わず息を呑んだ。
その中から2人が選んだのは3曲。タイプが違う曲調で、且つ特に気に入った曲だ。歌詞が書けそうなものから歌詞を入れて、1曲完成させてみる事にした。慌てず、まず1曲作るのが一先ずの目標である。
「で、歌詞はどっちが書く?2人で書いても良いけど」
提供した楽曲から3曲に絞った所で明来が2人に訊ねる。ホワイトボードには曲の仮題が並び、選ばれた3曲に丸が付いていた。
「明来は書かないの?」
淳汰が悪戯っぽく訊く。
「……あれを聴いても、まだ私に書かせるつもりなら私は書いても良いけど?」
それに対して明来は苦笑いで答える。作詞センスの酷さは、自分自身が一番良くわかっているという事なのだろう。
明来の作詞作曲お餅の歌は、確かに酷い出来だった。作ったのは中1だと聞いているが、作詞の内容としては幼稚園児が考えたと言われても、疑わないだろう。
曲調こそ今に通ずるものがあり、完成度は高い。それだけにお餅の歌詞の幼稚さとシュールさが際立っていた。
『真っ白もちもちのお餅。何で食べたい、白いお餅。きなこ、あんこ、いそべ。赤いお餅もあるよ、紅白餅。どの餅も良く伸びるね。米なのに。餅米って言うんだよ。餅なのか米なのかわからない存在だね。蒸され潰され伸ばされて、残酷だね。餅』
とまぁ、不思議な感性の歌詞だった。
それを大事に保存し、今でも訊き続けている奏太の感性も気になるところではあるが、しかし癖になりそうなのがわからないでもないのが怖い。
国語が苦手で、作文はいつも居残りだったという話にも、これを聴いてしまうと納得せざるを得ない。
「歌詞は俺が書くよ」
そう言ったのは颯翔だった。中学の時からバンドにも音楽にも特別興味や関心を持っている感じでは無かっただけに、その発言には淳汰が一番驚く。
「颯翔が……書くの?」
「悪いか?」
淳汰の質問に、颯翔は顔を背けながら返した。その頬はほんのり赤く染まっている。
「いや……全く。むしろ俺は嬉しいよ!音楽に興味持ってくれて」
淳汰は頬杖をつきながら、ニヤリと笑った。いつも無気力な颯翔が、積極的に参加してくれている事が嬉しくて堪らない。バンドだって誘ったから渋々付き合っているような感じで、音楽に対しても熱量が高いかんじではなく、ずっと消極的に見えた。そんな颯翔が自ら名乗り出て、自分達の音楽を作ろうとしてくれている事が嬉しくて仕方ない。
「……明来が曲を作って、お前が歌うんだ。俺も何かしないとだろ」
そう言うが、ただ仕事欲しさで選んだ事は顔を見ればわかる。少なからずこのバンドの為を考え、興味を持って動いてる。それが透けて見えるから、余計に嬉しいのだ。
「気にする事ないのに。でも、俺はお前が書いてくれる歌詞で歌えるのが楽しみだよ」
「少しは手伝えよ」
「わかってるって」
そんな2人の会話を、明来は微笑ましく眺めているのだった。
その日の夜。夕食を済ませ部屋1人、風呂の順番を待ちながら、淳汰は今日決めた3曲を聴いていた。
「やっぱり上手いなぁ……」
ギターとベースだけのシンプルな音楽。それだけに明来の技術の高さが反映されている。
全体的にアップテンポでありながら、一定のリズムは外さない。それでいて、メロディの中にある遊びが独特な音楽を生み出している。
携帯画面を眺めていると、バンド3人のグループチャットからの通知が来た。ファイルを送信が3件。そして一件のメッセージ。
トークを開くと、明来か3つの音楽ファイルとメッセージが送られてきていた。
『急ぎドラム修正したから送るね。歌詞入れたらまた調整するけど、イメージの参考にして』
部活の時は納得がいかないからドラムの音は入っていないという話だったのに、もう送られて来るとは仕事が早い。まだ帰宅してから数時間だ。家に帰ってすぐ取り掛かったのだろうか。ちゃんと夕食は食べたのか。
そんな事を考えながらも、ドラムの音が入ったという曲が気になり、上のファイルから順に聴いてみる。
曲は丁度今聴いていたものと同じだった。それなのに、ドラムの音が入るだけで一気に音の奥行きが出る。
自分が演奏しない楽器の事はよくわからないと言っていたが、これはもう十分にカッコ良い。リズムの変化がより強調され、勢いのある部分と落ち着いた部分の対比がわかりやすい。
カッコ良い。身内贔屓ではなく、本当に良い曲だ。これをバンドとしてステージでやれば、間違えなくウケるだろう。
淳汰はすぐさま返信をする。
『いいね!カッコ良いと思う!天才!』
明来からは「ありがとう」と文字が書かれたスタンプが一つ送られてきた。
バンドが始まった。音楽が始まった。やりたかった事が、動き出してきた。
そのワクワクで小躍りしそうな気持ちの中、送られてきた曲に、颯翔はどんな歌詞を付けるのかと考えながら聴いていた。
***
「何書いたら良いんだ……」
自室の机で1人颯翔颯翔項垂れていた。歌詞を書くとは言ったものの、歌詞など書いた事はない。国語の成績は別に悪くはない。本文から作者の考えを抜き出せと言われたらちゃんと答えられるし、それを読んで自分の考えを答えろと言われたら、自分なりの言葉を使って書き出せる。
本だって人並みに読む方だと思う。読書家という訳ではないが、少なくとも月に1、2冊程度は読むし、ジャンルに拘りはない。それなりに活字には触れてきた。だからという訳でもないが、文字を書く事に関しては多分明来よりは出来るという自信はある。自分で考えて物語を書けと言われたら、きっと書けるだろう。
だが、歌詞となると全く勝手が違う。
ただ文章を書けば良いという訳じゃない。物語を書くのとも、作文を書くのとも違う。言葉をメロディに乗せなくちゃいけない。
歌詞を書くと伝えると、歌の部分にメロディが入った音源を渡された。その音の部分にそのまま歌詞が入る事になる。
部室で聴いたギターとベースのみの音源に、メロディが入ると、また少し雰囲気が変わる。淳汰が歌う事を考えると、音程はもうちょっと低くなるだろうか。淳汰が歌うならどんな歌詞が良いだろうか。淳汰が自分の書いた詞を歌うと考えると、それはそれでなんだかむず痒い。
そんな事を考えながら曲を聴いてみるが、しかし歌詞など全く浮かばなかった。
歌詞を書くには、自身の経験などを活かすのが良いらしい。他には感じた事や伝えた事や、想いを歌詞にするのだと、歌詞の書き方で調べたところ出てきた。ミュージシャンのインタビュー記事なんてものにも目を通して見たが、どいつもこいつも「この曲は○○の体験談で——○○と○○という事があって————○○という想いを——」といった、似たり寄ったりな内容。勿論それぞれ体験の内容も感じた事も違うけれど、参考にはなるようでならない。自分には音楽を通して伝えたい気持ちも、想いも、そんなもの何もない。
そもそも生きてきて、言葉があって、わざわざ音楽に乗せようなんていう考えを持った事はない。普通の人間はそうじゃないだろうか。伝えたい事があるなら言葉にすれば良い。直接話をすれば良い。わざわざ音楽にして伝える意味がわからない。
なんてことを言い出すと、そもそも音楽の必要性や、音楽である事の意味がなくなってしまう。今考えなければいけないのは、音楽で伝える事の必要性ではなく、音楽で何を伝えるかだ。
しかし、つい最近まで音楽には興味がなかった。今だって、急に興味が出てきたり、勉強しようと思ったりした訳ではない。音楽もロクに聴いてこなかったので、歌詞についてじっくり考える事も、歌詞カードを見るような事もなかった。だから、この歌が何を伝えたいのか、何を思っているのか、どんな情景を歌っているのか。それについて考えた事がないので、歌詞の取っ掛かりすら掴めなかった。
「迷ったら情景をそのまま歌詞にしたら良いよ」
明来がサポートバンドで教えて貰ったという知識だ。歌を聴くと情景が浮かぶが、逆に情景から歌詞にするのも1つという事らしい。困ったら好きな曲を参考にするのも手だと、アドバイスを貰った。
だが最近まで音楽に興味などなく、深く音楽を聴いた事のない人間が思いつく、情景が浮かんで、伝えたい事がわかる曲なんて童謡くらいだ。森のクマさんに出会って、落とし物を拾って貰って、喜びに躍り出す。それくらいストレートな歌詞なら自分にも書けそうだと思う。何故なら、あの歌の歌詞は殆ど物語で、状況の説明で、でもそれじゃあ、俺が書く意味がない。それどころか、明来の歌詞と大差ないではないか。あんなに人の歌を笑っておきながら、出来たのが童謡じゃとても表に出せない。
仕切り直して、ノートに思いつく言葉を書き出していく。それっぽい単語をそれっぽく繋げて、試しにメロディに乗せて歌ってみるが、全く響かない。歌うまでもなくわかる。あまりにも薄っぺらい内容だ。
伝えたい事、届けたい想い、そんなのはない。思い付かない。世に居る自分で曲を作っている人間というのは、皆何かを伝えたくて曲を作っているのかと思うと、何もない自分の人生が薄っぺらいような気がした。
「なんでも良いから、テーマを決めると書きやすいよ」
そういえば、明来がそんな事も言っていた。しかしテーマと言われても、自分の人生において伝えたい事がないのに、テーマも何もない。
既に歌詞を書く為にノートを広げ1時間が経過していた。スマホを見ると明来からドラムの音を追加した新音源が送られてきていた。淳汰がそれに天才、とコメントを送っている。
ドラムが入った音源、自分が弾く音。新しい音源ファイルを開くと、流れてきたのはアップテンポな音楽だった。リズミカルに打ち込まれるドラム、曲の土台の音、これは中々難しそうだ。けれどこれを叩いてみたい。自分が叩き切れば、きっと楽しい。そんな気持ちが湧き出る。身体が疼く。
初めて、音楽を聴いて今すぐにでもドラムを叩きたいと思っていた。