
『歌舞伎とビヨンセ②』Renaissanceは現代の変化舞踊なのか?― 『京鹿子娘道成寺』と比較してみた
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1.はじめに
ビヨンセのRenaissance World Tourを初めて見たとき、私はある歌舞伎作品を思い出した。
『京鹿子娘道成寺』である。
もちろん『京鹿子娘道成寺』と『Renaissance』は、歴史的にも文化的にも直接の関係はない。
片や21世紀のポップコンサート。
片や江戸時代から受け継がれる歌舞伎舞踊。
しかし、じっくり見比べてみると驚くほど似ている部分がある。
それは物語そのものではない。
「変身すること」を見せる芸術であるという点だ。
そして、その変身の先にある女性性、幻想、解放の表現である。
本稿では、ビヨンセのRenaissance World Tourの世界観と『京鹿子娘道成寺』を比較しながら、ビヨンセのステージを「現代の変化舞踊」として読み解いてみたい。
2.『京鹿子娘道成寺』とは何か
『京鹿子娘道成寺』は歌舞伎舞踊を代表する演目の一つである。
白拍子花子という女性が道成寺で舞を披露するという筋立てだが、この作品の大きな見どころの一つは、舞台上で次々に衣裳や雰囲気を変えながら、多様な女性像を見せていく点にある。
恋する娘や艶やかな女性、時に気高く、時に情念を秘めた存在へ。
役者は短時間のうちに何度も姿を変えながら、一人の女性の内面にある複数の顔を表現する。
観客はストーリーを追うというより、「次はどんな姿になるのか」という期待と驚きを楽しむ。
3.Renaissanceもまた「変身」の物語だった
Renaissanceにも、似た面白さがある。
アルバム全体を通して描かれるのは、ひとつの固定された人格ではない。
楽曲ごとに異なる顔が現れる。
『COZY』では自己肯定の象徴となり、『ALIEN SUPERSTAR』では宇宙的な存在となり、『PURE/HONEY』ではクラブカルチャーの継承者となる。
そして『SUMMER RENAISSANCE』では祝祭そのものになる。
Renaissanceの世界でビヨンセは常に変身し続ける。
しかも、その変身は音楽だけではない。
ツアーでは衣裳が次々に変わり、照明が変わり、映像が変わり、ステージそのものが異なる空間へ変貌していく。
それは視覚的には「変化の連続」として理解できる。
しかし、この変化は単なる演出の積み重ねではない。
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