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『COWBOY CARTER』を読む①|なぜビヨンセは「カントリーアルバムではない」と言ったのか


1. はじめに

2024年にビヨンセ(Beyoncé)が発表した『COWBOY CARTER』。

「TEXAS HOLD 'EM」をはじめ、カウボーイハットや馬、ロデオを思わせるビジュアルなど、作品にはカントリーを連想させる要素があります。

実際、公式リリースでも、この作品は「カントリーに深く根ざしている」と説明されています。

ところが発売直前、ビヨンセ本人はこう書きました。

“This ain’t a Country album. This is a “Beyoncé” album.”

「これはカントリーアルバムではありません。これは『Beyoncé』のアルバムです」

カントリーに深く根ざしているのに、「カントリーアルバムではない」。

なぜビヨンセは、あえて『COWBOY CARTER』を「Beyoncéのアルバム」と表現したのでしょうか。

今回は本人の声明と制作の経緯をたどりながら、その言葉の意味を考えます。


2. 2024年に突然カントリーを始めたわけではない

『COWBOY CARTER』以前にも、ビヨンセにはカントリーとの接点がありました。

ビヨンセはテキサス州ヒューストン出身です。

地元のRODEOHOUSTONには、デスティニーズ・チャイルド(Destiny's Child)として2001年と2002年に出演しました。ソロになってからも、2004年と2007年にステージに立っています。

▶RODEOHOUSTON 2001年公式資料

▶RODEOHOUSTON 2007年公式プログラム

2016年のアルバム『Lemonade』には、「Daddy Lessons」も収録されました。

さらに『COWBOY CARTER』発売時の公式リリースでは、ヒューストンのロデオを訪れ、のちに出演するなかでビヨンセが親しんだ音楽として、カントリーのほか、R&B、ブルース、ザディコ、ブラック・フォークなどが挙げられています。

『COWBOY CARTER』は2024年に発表された作品ですが、ビヨンセとカントリーとの接点は、それ以前から続いていました。


3. 2016年、CMA Awardsにビヨンセが立った

2016年11月2日、ビヨンセは第50回CMA Awardsのステージに立ちました。

共演したのは、当時ディクシー・チックス(Dixie Chicks)と名乗っていた現在のザ・チックス(The Chicks)です。

ビヨンセの「Daddy Lessons」を中心に、ディクシー・チックスの「Long Time Gone」の一節も取り入れたパフォーマンスを披露しました。この共演は、現在もCMA公式サイトに記録されています。

一方、出演をめぐってはオンライン上で反発も起きました。

ビヨンセはカントリーの場にふさわしくないとする声があり、その中には人種差別的な反応もあったことが当時の報道で確認されています。

そして2024年、『COWBOY CARTER』の発売を目前にしたビヨンセは、過去に「歓迎されていない」と感じた、ある経験について言及します。

▶CMA公式「50th Annual CMA Awards」記録


4. ビヨンセは「CMAだった」とは言っていない

2024年3月19日、ビヨンセは公式Instagramで『COWBOY CARTER』について声明を発表しました。

声明では、その経験について次のように書いています。

“It was born out of an experience that I had years ago where I did not feel welcomed…and it was very clear that I wasn’t.”

「このアルバムは、数年前に私が歓迎されていないと感じた経験から生まれました……そして、実際に歓迎されていないことは明らかでした」

さらに、その経験をきっかけにカントリー音楽の歴史を調べたことも明かしています。

“But, because of that experience, I did a deeper dive into the history of Country music and studied our rich musical archive.”

「しかし、その経験をきっかけに、私はカントリー音楽の歴史をさらに深く掘り下げ、私たちの豊かな音楽的アーカイブについて学びました」

この発言について、複数の主要メディアは2016年のCMA Awardsとの関連を指摘しています。

ただし、ビヨンセ本人は、その経験がCMA Awardsだったとは明言していません。

声明には、2016年、CMA Awards、ザ・チックス、「Daddy Lessons」といった具体的な名称は出てきません。

そのため、「2016年CMA Awardsでの反発が『COWBOY CARTER』制作の直接のきっかけだった」とまでは断定できません。

本人の言葉から確認できるのは、『COWBOY CARTER』が「歓迎されていない」と感じたある経験から生まれ、その経験をきっかけにカントリー音楽の歴史を深く調べたことです。


5. 『COWBOY CARTER』には5年以上かかっていた

同じ声明で、ビヨンセは制作期間についても明かしています。

“This album has been over five years in the making.”

「このアルバムは、5年以上かけて制作してきました」

さらに、アルバム発売時の公式リリースでは、当初は『COWBOY CARTER』を先に発表する予定だったことも明かしています。

“I was initially going to put COWBOY CARTER out first, but with the pandemic, there was too much heaviness in the world. We wanted to dance. We deserved to dance. But I had to trust God’s timing.”

「当初は『COWBOY CARTER』を先に出すつもりでした。
でもパンデミックのなか、世界はあまりにも重苦しい状況にありました。
私たちは踊りたかったし、踊っていいはずでした。
でも、神のタイミングを信じなければならないと思いました」

結果として、『RENAISSANCE』がAct I、『COWBOY CARTER』がAct IIとなりました。

つまり、『RENAISSANCE』を完成させてからカントリーに取り組み始めた、という単純な順番ではありません。

『COWBOY CARTER』は5年以上にわたって制作され、当初は『RENAISSANCE』より先に世に出る予定だった作品です。


6. カントリーなのに、「カントリーではない」

ここで、冒頭の言葉に戻ります。

“This ain’t a Country album. This is a “Beyoncé” album.”

「これはカントリーアルバムではありません。これは『Beyoncé』のアルバムです」

この言葉だけを見ると、ビヨンセが『COWBOY CARTER』とカントリーを切り離そうとしているようにも読めます。

しかし、発売時の公式リリースには、次のような説明があります。

“COWBOY CARTER, executive produced by Beyoncé, is about genres, all of them, while deeply rooted in Country.”

「ビヨンセがエグゼクティブ・プロデュースした『COWBOY CARTER』は、あらゆるジャンルについての作品でありながら、カントリーに深く根ざしています」

さらに同じリリースで、ビヨンセはこう語っています。

“The joy of creating music is that there are no rules.”

「音楽を作る喜びは、そこにルールがないことです」


公式リリースでも、『COWBOY CARTER』はカントリーだけではなく、複数の音楽を背景に持つ作品として説明されています。

こうした説明とあわせて読むと、「これはカントリーアルバムではない」という言葉は、カントリーとの関係を否定するものではなく、作品全体を一つのジャンルだけで括らせないための言葉だったのではないでしょうか。

“This is a ‘Beyoncé’ album.”

「これは『Beyoncé』のアルバムです」

では、ビヨンセが深く調べたというカントリー音楽には、どのような歴史があるのでしょうか。

▶Sony Music Canada/Parkwood Entertainment『COWBOY CARTER』公式リリース


次回予告

次回は、黒人カウボーイやバンジョーのルーツ、ブルースやゴスペルなどを手がかりに、カントリーが形づくられてきた歴史をたどります。

『COWBOY CARTER』を読む②|カントリーは本当に「白人の音楽」なのか


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