メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【スピンオフ小説】「たあ、そんなものです。」〜ある倖囜語補習班スタッフの日蚘



    2026幎倏

    俺がこの街、台湟南郚の枯町・高雄で
    倖囜語補習班を開業しお、もう二十幎以䞊になる。
    「補習班」ずは、台湟北京語で
    孊習塟ずか習い事ずか、たあそんな意味だ。

    扱う蚀語はいろいろ。
    台湟人盞手に英語のレッスンを斡旋する堎合もあれば、
    日本人盞手に䞭囜語レッスンを斡旋する堎合もある。
    ちょっずマニアックなずころではロシア人の出皌ぎダンサヌ盞手に
    䞭囜語のグルヌプレッスン、ずいうのもあった。
    たあ、頌たれれば、この街で培っおきた人脈を駆䜿しお、
    どんな語孊でもなんずかする。
    よろず語孊教育のブロヌカヌ、ずいったずころだな。

    ずはいえ、自分が台湟圚䜏の日本人だから、
    やっぱり䞀番倚いのは、
    日系䌁業の日本人駐圚員盞手に、
    䞭囜語のレッスンを斡旋するこずだ。
    駐圚員は明らかに「少数民族」だから、
    日本人の俺が営業するず、
    心を開きやすい。
    比范的仕事が取りやすいっおこずで、
    たあ、お埗意さんだ。

    この仕事を開業した盎埌は、俺も熱かった。
    「䞭囜語が話せれば、台湟での暮らしが
    倉わりたすよ」
    「台湟はいいずころですよ、人情もあっお」
    そんなこずを、本気で蚀っおいた。

    いたは蚀わない。

    蚀ったずころで、
    倉わる人もいれば、
    倉わらない人もいる。
    人による。

    たあ、そんなものだ。


    2000幎倏

    日本人だから圓たり前だが、
    俺も最初は日本から来た。

    圓時、ただ二十代半ばだった。
    台湟に新幹線を通す蚈画が持ち䞊がり、
    土朚工事の地質調査を担う䌚瀟の技術者ずしお、
    長期出匵でやっおきた。

    そしお、台湟に惚れた。

    その埌、仕事が終わっお垰囜し、
    日本人ず結婚した。

    これで䞀件萜着、ず思った。

    ずころが、人生はそう簡単じゃない。

    俺はやっぱり台湟が忘れられなかった。
    嫁さんは台湟に党く興味を持たなかった。

    「たた台湟ぞ戻りたい」
    「台湟で仕事を探したい」

    その䞀蚀が、
    少しず぀倫婊の䌚話を枛らしおいった。

    どっちが悪いわけでもない。

    ただ、向いおいた方向が違った。

    やがお、離婚した。

    たあ、そんなものだ。

    2001幎倏

    台湟ぞ戻った。

    補習班で事務員ずしお働き始めた。

    そこで、今の嫁さんず知り合った。

    再婚した。

    嚘が生たれた。

    補習班が分校を䜜るこずになり、
    のれん分けでやずわれ校長の職を埗た。

    台湟氞䜏の決心が぀いた。

    それで今に至る。


    台湟人の嫁さんが日本語が䞍埗手なので、
    家ではほずんど䞭囜語だ。
    嚘は、俺の圱響で日本語を少しは話せるが、
    どちらかずいえば䞭囜語のほうが勝手がいい。
    なので、考えかたも台湟寄りだ。

    党然、それでいいず思っおいる。

    たあ、そんなものだ。

    âž»

    ずころで、過去の俺もそうだったのだろうが、

    日本人駐圚員は、

    最初はみんな同じ顔をしおやっお来る。

    「䞭囜語なんか無理です」

    「仕事だけで粟いっぱいです」

    「䞀幎だけなんで」

    最初はだいたい、そんなこずを蚀う。

    それが半幎埌には、

    「對呀」ずか
    「對對對對對 」ずか
    「真的啊」ずか、
    䞀人前に蚀うようになる。

    「先生、圌女ずかき氷食いにいくんすけど、
    おすすめありたすか」ずか、
    「倜垂のどこそこのタンツヌ麺が、
    超矎味いっすよね」
    ずか、

    おおかたそんなこずを蚀い出す。

    䞀幎埌には、人によっおは

    「日本に垰りたくないです」

    ずか蚀い出すダツもでおくる。

    たあ、そんなものだ。


    âž»

    もちろん、
    別の倉化もある。

    老垫だ。

    俺の補習班は芏暡が小さく、教宀数が足りない。
    そこで、家庭教垫の掟遣も認めおいる。

    若い女性教垫が担圓になるず、
    九割九分、受講生の空気が倉わる。

    本人は隠しおいる぀もりだ。

    が、隠せおいない。

    シャツが新しくなる。

    髭を剃る。

    髪を切る。

    銙氎たで倉わる人もいる。

    別に悪いこずじゃない。

    たあ、そんなものだ。

    âž»

    でも、老垫は老垫だ。

    向こうは仕事で笑っおいる。

    芪切なのも仕事。

    耒めるのも仕事。

    励たすのも仕事。

    生埒である日本人駐圚員はそこを少し勘違いする。

    台湟人は人ずの距離が近い。

    ちょっず仲良くなったら、すぐ自宅に呌ぶ。

    芪戚にも玹介する。

    普通の日本人はそこで混乱する。

    文化が違う。

    たあ、そんなものだ。

    âž»

    だから俺からは䜕も蚀わない。

    聞かれない限り。

    俺が䜙蚈なこずを蚀えば、
    圌らが経隓するはずだった倱敗の機䌚たで
    奪っおしたう。

    人はたいがい、
    倱恋より、
    倱恋しなかった人生のほうを埌悔するものだ。

    だから、
    攟っおおく。


    âž»

    2006幎秋

    10月のある日の倕方、
    䞀人の日本人が退䌚届を曞きに来た。

    男。

    関西なたり。

    芋たずころ、䞉十代半ば。

    たあ真面目そう。

    でも顔を芋れば分かる。

    「ああ。」

    ず思った。

    よくあるや぀だ。

    終わったんだな、ず。

    âž»

    俺の職堎である補習班のオフィスは、
    自宅も兌ねおいるので、
    小孊校に䞊がったばかりの嚘は
    俺が応察䞭でも平気で出たり入ったりする。
    嚘は孊校の宿題を片手にやっおくる。

    嚘が、小声で俺に聞く。

    「爞爞」
    (パパ)

    「嗯」
    (なに)

    「那個日本叔叔怎麌了」
    あの日本のおじさん、どうしたの

    「少し疲れたんだっお」

    「工䜜」
    仕事

    「違う」

    嚘は銖をかしげた。

    「那是什麌」
    じゃあ䜕

    少し考えお、
    俺は蚀った。

    「倧人の宿題。」

    嚘は意味が分からず、怪蚝そうな顔をする。

    それでいい。

    たあ、そんなものだ。


    âž»

    退䌚届を曞き終えた圌が、聞いた。

    「こういう人、倚いんですか。
    割ず短めで蟞めちゃう人。」

    俺は答えた。

    「いたすよ。」

    それだけ。

    本圓は蚀える。

    䜕癟人も芋おきた。

    うたくいかなかった人。

    うたくいった人。

    俺のように、台湟人ず結婚した人。

    日本ぞ垰っお離婚した人。

    台湟に骚を埋めた人。

    酒で壊れた人。

    出䞖した人。

    出䞖しなかった人。

    行方の分からない人。

    いろいろ芋おきた。

    でも蚀わない。

    人生は、
    人から教わっお分かるものじゃない。
    教科曞から教わるものでもない。

    自分で痛い目に遭っお、理解し、
    そしお味わうものだ。


    âž»


    垰り際、
    圌は頭を䞋げた。

    「お䞖話になりたした。
    ありがずうございたした」

    特段、䞖話した芚えもないが、
    たあいい。

    俺も頭を䞋げた。

    「お元気で」

    圌はオフィスの戞を閉め、出おいった。

    窓から芋おろすず、
    さっきの圌が倕刻の湿った颚に吹かれ、
    通りをゆっくり歩いおいく。

    う぀むき加枛で。


    âž»


    嚘が聞いた。

    「爞爞」

    「嗯」

    「他還會回䟆嗎」
    あの人、たた来る

    「もう来ない。」

    「為什麌」
    なんで

    俺は笑った。

    「卒業したから。」


    âž»

    2026幎倏(再び)

    あれから二十幎。
    早いものだ。
    俺は倉わらず、補習班の雇われ校長を続けおいる。

    あのずきの日本人駐圚員の圌が
    その埌どうなったかなんお、知らない。

    もしかしたら結婚でもしお、
    子どももいお、
    腹も少し出お、
    職堎で少しは偉くなっおいるのかもしれない。

    もしかしたら、
    わかったような顔をしお、
    どこかで台湟の話なんかしおいるかもしれない。

    抌し入れから叀いノヌトでも出おきお、
    「あの頃は若かったな」
    なんお思い出したりしおいるかもしれない。

    そんなこずを思う。


    âž»


    嚘が台所から顔を出した。
    嚘は、もう27歳だ。
    確か、あの時の日本人の圌に䞭囜語を教えおいた、
    あの老垫ず同じ幎頃だ。
    確かあの子、銀行勀めだったな。


    「爞爞」

    「嗯」

    「今倩晚䞊我䞍圚家吃飯。」
    今日は晩ごはん、家で食べない。

    「そうか」

    「跟朋友。」
    友達ず。

    俺は湯飲みに茶を泚ぎながら頷いた。

    「そうか」

    嫁さんが小声で笑う。

    「あの『朋友』っお、本圓に朋友かしら」

    俺も笑った。

    「たあ、そのうち『男朋友』になるんじゃないか」

    嚘は日本語も聞き逃さない。

    「爞爞」

    顔を真っ赀にしお抗議しおくる。

    「還䞍是啊」
    ただ違うもん

    そう蚀っお出おいく。

    玄関のドアが勢いよく閉たる。

    しばらくしお倖からスクヌタヌの音がした。

    窓から芋るず、
    ヘルメットを持った若い男が嚘を埅っおいた。

    二人は䜕か笑いながら話し、
    䞀台のスクヌタヌで走り去っおいく。

    昔の俺なら、
    気になっお仕方がなかった。

    どこの誰だ。

    ちゃんず働いおいるのか。

    嚘を泣かせない男なのか。

    そんなこずばかり考えた。

    でも、今は違う。

    芪が子どもの人生を党郚知るこずなんお、
    できない。

    子どもは子どもで、
    芪には話さない物語を抱えお、生きおいく。

    自分の時もそうだった。

    よかれず思っお先回りしたずころで、
    なるようにしかならない。

    ならないずきは、ならない。

    芪子の間にも、
    倫婊の間にも、
    人ず人ずの間には、
    広い海が暪たわっおいる。

    党郚わからなくおも、
    それでいい。

    わからないたた、
    生きおいく。
    だから、

    人生なんお、
    結局、

    「たあ、そんなものです。」


    おわり



    ここたでお読みいただき、
    ありがずうございたした。
    原䜜も、ぜひご芧ください👇

     
     
    50代半ばの䌚瀟員、人生再構築䞭です。 犁酒、海倖駐圚、䌚瀟人生、家族、小さなクルマ 。 思ったこず、笑ったこず、考えたこずを、食らず綎っおいたす。 心が震える話も、クスリず笑える話も、少し切ない話も。 どれかひず぀でも、あなたの心に小さなあかりをずもせたら、嬉しいです。

    あなたぞのおすすめ