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#006 タラの「目」|奇妙な父②|【エッセイ】今という時に向かって

    スーパーマーケットに並んだタラの芽


     最近のスーパーでタラの芽が売っているのを見かけるようになりました。私の子供の頃はあれは売っているものではありませんでした。採ってくるものでした。

     私は揚げ物をしません。揚げ物の為にあれだけの油を一人で使うのに抵抗があるからです。揚げ物が食べたければ揚げ物になったものを買います。

     幸い揚げ物を売っているお店も近くにあるので食べたければそこで調達します。体重を落とさなくてはいけなくて、食事制限があるのでそんなには食べませんけれど。

     タラの芽の季節に総菜売り場に行くと、タラの芽の天ぷらがあることがあります。

     私はあれが大好物だったので、何度か買ってみました。しかし感想は
    「え。これタラの芽?」
    でした。

     野生のものとは味が違うのです。

     私の知っているタラの芽は、独特のえぐみが濃くて、青臭くて、ほろ苦くて。そんな感じなんですけど、売っている物は薄味なのです。

     酷く残念な気がしましたが、私は実は「タラの木」が見分けられません。手に入れたければ買うしかありません。不本意なのですが好きだから買って食べています。

    タラの「目」な父


     父という人は田舎育ちのせいなのか、田舎育ちでもあんなに木について見分ける人はいるのか、その辺は分からないのですが、目が「タラの目」でした。

     どんなに遠くても、タラの木があるとすぐにわかる。変な人でした。

     あるとき、家族で車に乗って、親戚の家から自宅に帰ろうとしていました。私はかなり大きかったです。

     夜、日が暮れていて辺りは真っ暗でした。まだその頃その道は山に囲まれていて雑木に覆われていました。

     父は運転をしながら運転席で叫びました。
    「タラの木だ!」
    私にはどれがタラの木やらわからないのもあるのですが、どうしてこの暗い中でタラの木が判別できるのかわかりませんでした。

     きっと季節はタラの芽が出る季節だったのでしょう。父はトランクからレジ袋を取り出すと喜び勇んで山の中に入っていきました。

     取り残された家族はしばらくの間、車の中で待つこととなりました。

     どれくらい経ったのでしょうか、向こうの山の方から父がニコニコして戻ってくるのです。レジ袋に「タラの芽」を一杯詰めて。

     その日の夜、私達はあんなに待たされたのに、現金なもので母の揚げるタラの芽に塩を付けて
    「おいしいね~」なんて言いながらパクパクと食べました。

    雑木のない山


     今そこの山がどうなっているかというと、時代の波です、山は切り開かれて木はありません。

     代わりにできたのが、墓地でした。

     父は今そこの墓地に眠っています。

     本望だと思います。



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    2026年4月から2年間という活動期間を定め静かな生活を通してエッセイを書いていきます。テーマは記憶や人間関係、心の揺れ、大人の恋愛です。世界がシンプルなものだと分かりたくて文章を書いています。

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