こころの因数分解とは何ですか?|【エッセイ】シリーズこころの因数分解を紹介します。
書くという行為は、面白い。
頭の中にあった「モヤモヤした塊」をポンと文章にしておいてみる。
頭の中に隙間が出来て、出来たところにぎゅっと必要な要素だけが集まって意味を成してきます。
それを又、書く。
そうすると、今まで思っていたのとなんか違う結論が出てきます。
「これ、私の考え?」
って、心の中を覗いてびっくりするときもあるし、逆に、
「言葉にしたことなかったけど、思っていたのはこの言葉。確かに」
そう、納得する日もあります。
だから、私のnoteの下書きの中には、まだ思いついただけの「種」がいっぱい入っています。
寝かせては書き、書いては寝かせ、折角長い時間考えて書いたのに「あ、こりゃ人に見せられないわ」っていうのも出来たりして。
でも、そういうのも勿体ないからって取っておくと、ある日、ひょんな事で「"今"出す時!そう、今出す為に私これ書いておいたんだ!」
と思うってこともあって、結構スリリング。(「地平線が見えた日」とか)
そんな風に書いていった文章ですが、正直、「深いんだか」「浅いんだか」書いている本人にはわかりません。
ただ、「私こんなこと思ってない」とか「どっかステレオタイプ」という自分の頭で考えてない内容を書いていると「違和」が文章に現れだします。
そして、それはすぐわかります。読んでみると頭がはっきりしなくなって、詰まった感じになります。
そうすると、また前に戻って、どこが詰まってる感じがするか?違和の塊が潜んでる個所はどこのところか?そこを掘り返すと、一旦ほどけかけたようにみえた解が、全く違った方に走り出すなんてこともしょっちゅうです。
それが、おもしろいんです。
心の違和は文章にしてほどくことができます。
心の奥にあって時々みぞおちのざわつきと共に現れるその残像を、ちょっと紙に書き留める。一行で良いのです。これも立派な「こころの因数分解」。
そうすることで、頭の中に隙間が生まれ今迄と違った見え方できあがってくる。そう思うこともあります。
こころの違和には必ず自分なりの理由がある。自分が自分の味方でいるために、書くことでこころの形をとらえ直し安心へと導いていく。
それが「こころの因数分解」です。
読む人が、それぞれの心の中にある“塊”を、 覗き込むきっかけになればと思っています。
▼そんな私ゆみれもんてぃーの書いた「こころの因数分解シリーズ|違和の正体を探すー目次」はこちらです。

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