
#005 真っ黒な口の「妖精」|【エッセイ】奇妙な父①|今という時に向かって
奇妙な父の奇妙な話
私の父という人はもうこの世にはいません。
ちょっと変な人でした。
どんなと言われると困るのですが「普通ここまで説明すれば人というのは納得して黙るだろう」と思う説明をしても黙らない。そういう人でした。
なんか変だなぁと、思っていました。
母は私に「私はあの人を”宇宙人”だと思っている」と言いました。
そんな父は奇妙な体験の多い人でした。
その中で我が家に伝わっているとっておき奇妙な話があるので、今日はその話をしたいと思います。
豊かな農村
父の生まれたのは、とある関東の農家でした。今もその農家は住む代が変わってもそこにあると聞きました。
その頃の私達は東京の傍での暮らしでした。
その農家は大きな母屋と離れのある広い土地で、建物は古かったですが大きく、後ろには先祖の名を冠した山があり、のんびりと落ち着いた開放感のある場所でした。
夏には大きな花のヒマワリが植えられ、秋には品種の良い栗の木に大粒の栗がなり、すいかだ、ザリガニだ、とにかく見た事も無いような豊かな豊かな暮らしをしているのです。
私の子供時代にそこを訪れたときがまだそんなだったのだから、少年父の頃もそういう農村だったのだろうと思います。
豊かな農村で出会った森
今から25年ほど前、父の晩年のある夜のことです。晩酌をしていた病気の父の傍で、飲めない私がそれを看ていたことがありました。私は父の実家である豪農で、今は亡くなった次男坊と私の思い出話をしました。
私は小学生でその次男坊は高校生で、とても優しい人でした。田舎を訪れた私が一人で暇そうにしているのを見かねてバイクに乗せて沼に連れて行ってくれました。
その沼は切り立った崖が両側にあり、その奥に森のあるとても印象的な小路を通りぬけた、そのまた向こうにあった。私はそう話しました。
もうその時から30年程の時が経っていましたが、あまりに印象的な場所だったのでよく覚えていました。
その翌日、父が一枚の絵を私に見せてくれました。どうも昨日描いたらしいのです。
そこには、私が通ったのと同じあの崖の絵が描かれていました。
私は「そうそうこの場所!」と言いました。
父は昔ここで「妖精」にあったと言い出しました。
森の「妖精」
少年父はある日友達の家から帰って来ようとしていました。山の小路の両側が崖になっていて、その向こうに森が広がるとても印象的な場所です。
そこを通りかかったとき、森から口の中が真っ黒な「妖精」が現れて
「お前の持っているその宝箱を俺によこしたら、お前が一生大きな病気にかからないようにしてやる」
そう言ったそうです。
少年父は少し考えてからその宝箱を渡したそうです。
そう話し終えると、父は特に何も言わずに部屋へと静かに戻って行きました。
後には両側が崖になっている、小路の絵が描かれたスケッチブックだけが残されました。
私は、この話を父の葬式の終わったある日、姉に話しました。
父の死因は「脳塞栓」でした。
私は姉に尋ねました。
「脳塞栓は”大きな病気”の内には入らないのだろうか」
すると姉は少しだけ頭をひねってうーんと唸っていました。