第02話 仕えるつもりは、なかった
『私、貴方の専属メイドになります!』
『………………は?』
言葉が出たのは、理解よりも先だった。
彼は二十三年間、執事として働いてきた。
数えきれない朝と夜を、主の生活が滞りなく回るよう整えることに費やし、気づけばそれが自分の人生そのものになっていた。
仕える家は代替わりを迎え、次を任せられる後任も育った。
仕事としては、申し分のない区切りだったと思う。
――休暇を取ってはどうか。
そう勧められたのは、引き継ぎの最終日だった。
忙しすぎたのだ、と周囲は言った。
確かに否定はできない。
四十を越え、身体も心も、完璧であることを当然のように
求め続けるには、少しばかり無理が出始めていた。
だから彼は、一度職を離れることにした。
逃げではない。整理だ。
人生を畳み直すための、静かな間。
友人が日本にいる。二十年以上前に日本語を教えてくれた。
久しぶりに顔を見せるのも悪くないだろう。
そんな、ささやかな理由で、彼はこの国に来た。
少なくとも――
再び誰かに仕えることになるとは、その時は
考えていなかった。
かつて一度だけ、
立場が許さない感情を抱いたことがある。
それを行動に移す前に、彼は距離を選んだ。
誇りのためでも、忠誠のためでもない。
ただ、揺らがせてはならない人がいたからだ。
彼にとって執事とは、 誰かの人生に“割り込まな い”存在であるべきだった。
執事とは、揺らがせない存在でなければならない。
そうでなければ、守るべき相手の人生に、取り返しのつかない影を落とす。
それが、彼の矜持だった。
この出会いが、
彼自身の“立ち位置”そのものを
問い直すことになるとは、
まだ知らなかった。
そして今――
『雇用主ですらない相手からの宣言』
『前提が一つも整っていない』
『これは、業務範疇なのだろうか?』
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