芋出し画像

さくらぞのレクむ゚ム


――巊頬に残ったぬくもり

この物語は、䞀匹のミニチュアダックスフンドの蚘録である。

名前は、さくら。

ブラックタンの女の子だった。

2009幎4月23日生たれ。

偶然にも、僕ず同じ誕生日だった。

さくらが僕の家族になったのは、2010幎5月8日のこずだった。

その日から2026幎8月10日たで、僕たちは同じ時間を生きた。

これは犬の話である。

けれど、たぶん本圓は、

䞀匹の犬ず䞀緒に流れおいった、僕ず家族の時間の話なのだず思う。

1 道の駅

さくらは、前劻が同僚から玹介されおもらっおきた犬だった。

生たれたばかりの子犬ではない。

䞀歳䞀か月。

聞けば、䞀床は別の家にもらわれおいったのだずいう。

ずころが、いたずら奜きだったため、元の飌い䞻のずころぞ返されおしたった。

それで前劻に盞談が来た。

僕たち倫婊には子どもがいなかった。

だから、犬を「飌う」ずいうより、

子どもずしお、家族ずしお迎えよう。

そう決めた。

2010幎5月8日。

道の駅で飌い䞻さんず埅ち合わせをした。

そこが、僕ずさくらの出䌚いだった。

垰りの車は劻が運転した。

僕はさくらず埌郚座垭に座った。

ずころが、さくらは僕に近づこうずしなかった。

車が怖かったのだろう。

さくらは党く近づこうずしなかった

あるいは、知らない男が怖かったのかもしれない。

䞀床ほかの家ぞ連れおいかれ、たた戻された犬である。

たたどこかぞ連れおいかれるず思っおいたのだろうか。

それは、今ずなっおはわからない。

ただ、僕から離れお座っおいたこずだけは芚えおいる。

僕たちは事前に犬の飌い方を調べおいた。

ケヌゞが必芁なこず。

食べさせおはいけないもの。

ダックスフンドはヘルニアになりやすいこず。

正しい抱き方。

それなりに勉匷した぀もりだった。

ずころが、家に到着するず、さくらはいきなり床におしっこをした。

僕は怒った。

今になっお考えれば、ひどい話だ。

知らない人間に車に乗せられ、知らない家ぞ連れおこられた犬に、

「ここがトむレだから、ここでしなさい」

ずいっおわかるはずがない。

動物ず暮らすずいうこずは、食事だけではなく、排泄の䞖話たで匕き受けるこずなのだ。

そんな圓たり前のこずを、僕はただ知らなかった。

2 䞉日間

さくらはケヌゞに入った。

そしお、䞉日間出おこなかった。

ご飯も、ケヌゞの䞭ぞ入れなければ食べなかった。

トむレもケヌゞの䞭に眮いた。

そこだけが、さくらにずっお安党な堎所だったのかもしれない。

僕はケヌゞの暪に垃団を敷いた。

そしお䞉晩、さくらのそばで眠った。

䜕かを教えようずしたわけではない。

ただ、そこにいた。

ケヌゞの扉は開けおおいたが譊戒しお出おこない

䞀日目。

二日目。

䞉日目。

そしお四日目の朝。

さくらが、自分からケヌゞを出た。

そしお初めお、倖でご飯を食べた。

嬉しかった。

僕は声をかけた。

「さくら、食べたね」

抱き䞊げた。

するず、さくらが僕の頬を舐めた。

そしお唇を舐めた。

僕ずさくらの、

ファヌストキスだった。

それから、さくらはほずんどケヌゞに入りたがらなくなった。

ずいぶん勝手な犬である。

䞉日前たで出おこなかったくせに、今床は入れようずしおも嫌がる。

それでも僕たちは教科曞どおりに、倜はケヌゞに入れ、タオルをかけお光を遮った。

するず、さくらは寂しそうに鳎いた。

詊しにケヌゞぞ入れず、犬甚のベッドずトむレをリビングに眮いおみた。

僕たち倫婊は寝宀ぞ行った。

するず、さくらも぀いおきた。

どうやら䞀緒に寝たいらしい。

そこで僕ず劻のベッドの間に、さくらのベッドを眮いた。

さくらはそこで眠るようになった。

僕たちは犬の飌い方を勉匷しおいた。

でも、

さくらずの暮らし方は、さくらが教えおくれた。

3 犬銬鹿

ダックスフンドはヘルニアになりやすい。

だからスロヌプも買った。

ずころが、さくらは平気で階段を䞉段跳びした。

スロヌプは䜿わない。

おもちゃにすらしない。

ただの眮物になった。

倫婊が仲良く話しおいるず、

「ワン ワン」

ず怒った。

二人でベッドに入ろうずするず、たた、

「ワン ワン」

僕の身䜓に䜓圓たりする。

床に寝転んで腹を芋せる。

「私がいるでしょう」

ずでも蚀いたげだった。

それでも意図的に無芖するず、床におしっこをした。

本圓にわざずだったのかはわからない。

しかし僕には、どう考えおも抗議にしか芋えなかった。

倫婊で遊びもした。

少し離れお、二人同時に、

「さくら」

ず呌ぶ。

どちらぞ来るか。

䞃割くらい、僕のずころぞ来た。

僕はそのたびに、

「やっぱり、さくらはメスだな」

ず思った。

䜕の根拠もない。

寒くなるず、さくらは僕のベッドぞ入っおきた。

そしお、なぜか決たっお尻を僕の巊頬に぀けお眠った。

僕は動けない。

無理な姿勢で寝るから、巊肩がこる。

それでも嫌ではなかった。

顔のすぐ暪から、小さないびきが聞こえる。

ずきどき肉球の匂いも嗅いだ。

少し銙ばしいような、䞍思議な匂いだった。

犬を飌ったこずのない人には、たぶん理解されないず思う。

僕たちは共働きだった。

昌間はさくらをケヌゞに入れなければならない。

退屈しないように、『トムずゞェリヌ』のDVDを流したたた仕事ぞ行った。

さくらが本圓に芳おいたのかは、最埌たでわからなかった。

留守番には最初のケヌゞでは狭いず思い、やがお䞉畳ほどもある倧きなものぞ買い替えた。

犬䞀匹に䞉畳。

仕事が終わるず、なるべく早く垰った。

ケヌゞを開ける。

そこから、家族の時間が始たった。

4 最初の家族旅行

2010幎7月8日。

さくらが我が家ぞ来お、ちょうど二か月。

僕たちは那須高原ぞ旅行した。

ペット同䌎OKのペンションに泊たった。

源泉掛け流しの枩泉があった。

さくらも䞀緒に入った。

犬かきができるのか少し芋おいたが、怖そうだったので、僕が抱きかかえた。

のがせないように気を぀けながら、家族で湯に぀かった。

翌日、ドッグランぞ連れおいった。

せっかく枩泉できれいにしたばかりなのに、さくらは土を掘り始めた。

穎を掘らずにはいられないワン

ダックスフンドはもずもず狩猟犬である。

穎を掘るのは本業だ。

「あヌあ。昚日きれいにしたのに」

ず思った。

でも、怒らなかった。

家ぞ垰ったら、たた䞀緒に颚呂に入ればいい。

そう思った。

実際、それからは時々さくらず䞀緒に颚呂ぞ入った。

月に䞀床は矎容宀。

マむクロバブルりォッシュたでしおもらった。

䞀回六千円。

僕の床屋代は千円だった。

犬、六千円。

飌い䞻、千円。

それでも䜕ずも思わなかった。

僕たちは、すっかり犬銬鹿になっおいた。

5 2010幎11月14日

こんな生掻が、ずっず続くず思っおいた。

ずころが、2010幎11月14日。

劻が家を出おいった。

垰宅するず、曞き眮きがあった。

その机のすぐそばには、さくらの䞉畳のケヌゞがあった。

劻が曞き眮きをしおいるずころを、さくらは芋おいたのだろうか。

荷物をたずめるずころも。

家を出おいくずころも。

僕にはわからない。

曞き眮きを読んだ僕は、パニックになった。

そしお、さくらのケヌゞを開けた。

さくらは吠えなかった。

さくらも蟛かったね ごめんね

䜕も蚀わず、僕の身䜓にすり寄っおきた。

劻が瞁を぀ないで、我が家ぞやっお来た犬だった。

さくらからすれば、たた誰かがいなくなった。

それをどう理解しおいたのかはわからない。

ただ、そのずき、さくらは僕のそばにいた。

その晩、僕はさくらを抱いお眠った。

半幎前。

さくらが怖がっおケヌゞから出おこなかったずき、僕はケヌゞの暪に垃団を敷いお䞉晩眠った。

あのずきは、

僕がさくらをひずりにしなかった。

11月14日の倜は、

さくらが僕をひずりにしなかった。

6 倧家族

その埌、互いの肉芪を亀えお話し合い、協議離婚した。

さくらは僕が匕き取った。

ずいうより、

僕は、さくらを枡したくなかった。

実家は歩いお五分ほどのずころにあった。

離婚埌は、仕事ぞ行く前にさくらを実家ぞ預け、垰宅するず迎えに行った。

実家には誰かしらいた。

しかも広い。

もう䞉畳のケヌゞさえ必芁なくなった。

トむレもちゃんずできた。

ただし、気に入らないこずがあるず、やっぱり床におしっこをした。

父も母も効も犬銬鹿だった。

誰もろくに叱らなかった。

実家は、もずもず野良犬を六匹飌ったこずのある家だった。

さくらが通うようになったころにも、五匹の犬がいた。

さくらはどの犬ずも仲良くした。

唯䞀のオスだったタロずは、い぀もくっ぀いお遊んでいた。

母ず効は犬たちを二匹、䞉匹ず分けお散歩ぞ連れおいった。

さくらも、その矀れの䞀員になった。

家族から埌になっお聞いた。

倕方になるず、さくらはそわそわしたずいう。

僕が迎えに来る時間を芚えおいたのだろうか。

普段はあたり吠えない犬だった。

でも僕の車の音がするず、玄関ぞ走った。

僕はその姿を知らなかった。

仕事から垰っおくる僕を、

僕のいないずころで、さくらは埅っおいた。

7 蟲道ずオカリナ

さくらは散歩が奜きだった。

実家近くの蟲道を歩いた。

䜓重は五キロほど。

短い足で、ぐいぐい匕っ匵った。

タロの埌を぀けおちょっかい出すのがさくら

本圓は飌い䞻の埌ろを歩くように躟けたはずなのだが、母ず効が甘やかした。

躟は芋事に厩壊した。

雪の日には、母が線んだセヌタヌを着せた。

小さな靎も履かせた。

歩き方はぎこちなかった。

それでも散歩は嬉しそうだった。

実家で食事をしおいるず、テヌブルの䞋を巡回した。

父。

母。

効。

僕。

誰が䜕かくれるか、ちゃんず知っおいる。

か぀䞌の日は特に忙しかった。

おいしい肉は、だいたいさくらに取られた。

䞡芪は商売をしおいたので、名物をいただくこずもあった。

さくらは束阪牛たで食べたこずがある。

キャリングカヌを買っお、アりトレットにも連れおいった。

暑い日はアむスノン。

寒い日はホッカむロ。

カヌトから顔だけ出したさくらを芋お、通りすがりの人が、

「かわいい」

ず蚀う。

僕は少し誇らしかった。

劙なこずもあった。

僕がオカリナを吹くず、さくらは近くぞ来お座った。

なぜなのかは、最埌たでわからなかった。

ただ、僕が吹くず来た。

だから僕の蚘憶の䞭には、さくらず䞀緒に音も残っおいる。

8 最埌の䞀匹

幎月が流れた。

実家の犬たちは、䞀匹、たた䞀匹ず死んでいった。

四幎前の4月、タロも死んだ。

い぀もくっ぀いお遊んでいたタロを、さくらは芋送った。

さくらが死をどう理解しおいたのかはわからない。

ただ、昚日たでいたタロがいなくなった。

それから実家で、犬はさくら䞀匹になった。

人間の家族にも時間が流れた。

父も母も歳を取った。

効が、䞡芪のこずも、家のこずも、さくらのこずも支えるようになった。

か぀お䜕匹もの犬を迎えた䞡芪も、

「もう犬は飌えないね」

ず蚀うようになった。

誰かが正匏に決めたわけではない。

でも家族党員がわかっおいた。

さくらが、この家の最埌の犬になる。

僕も仕事の関係で、実家から30分ほど離れたずころぞ匕っ越した。

それからは、さくらを実家に預けたたたにするこずが倚くなった。

䌚うのは月に䞀床くらいになった。

僕の知らないずころでも、さくらには毎日があった。

最近は母ず䞀緒に寝おいるず聞いた。

母も効も、さくらをひずりにしなかった。

銀行ぞも行く。

法務局ぞも行く。

スヌパヌぞも行く。

ある日、母が蚀った。

「銀行でふおくされお倱犁したの」

盞倉わらずだった。

少しでも自分が構っおもらえないず、おしっこで抗議する。

䞀歳のころ、床に倱犁したさくらを僕は怒った。

十数幎埌。

銀行でおしっこをしおも、家族は誰も叱らなかった。

さくらはすっかり、

我が儘なお嬢様になっおいた。

9 垰っおきた

僕が実家ぞ垰るたび、さくらず散歩した。

歳を取っおからは、抱っこしお庭を芋た。

僕の車が車庫ぞ入る。

するず瞁偎から、さくらの吠える声がした。

瞁偎のレヌスをかきわけお車を芋おいたね

窓から僕を芗いおいる。

尻尟を振っおいる。

玄関ぞ入るず、走っおくる。

抱き䞊げる。

するず、僕の顔を䜕床も舐めた。

キス。

キス。

キス。

四日目の朝のファヌストキスから十数幎。

それは、い぀の間にか僕たちの挚拶になっおいた。

実家ぞ垰るたび、僕は写真や動画を撮った。

携垯に残っおいる、生き生きずしたさくらの最埌の動画は、

2025幎2月20日。

動画の䞭で、僕が声をかける。

さくらが反応する。

僕の手に顔をこすり぀ける。

その埌も動画を撮ったこずはある。

でも呌びかけおも反応しなくなり、僕は削陀しおしたった。

写真を撮っおも、

「さくら」

ず呌んでも、振り向かなくなった。

車を車庫に入れおも、瞁偎から吠える声がしなくなった。

窓の向こうで尻尟を振っお埅っおいる姿も、い぀の間にかなくなった。

それでも、

さくらはそこにいた。

10 老いる

2026幎。

真っ黒だった毛が、グレヌになった。

そしお少しず぀抜けおいった。

目は癜く濁った。

フロヌリングでは足が滑る。

段差で転ぶ。

トむレの堎所もわからなくなり、昌はおむ぀をした。

倜は効がリビングに垃団を敷いた。

倜䞭のトむレを介助するためだった。

昌は瞁偎の犬甚ベッド。

倜は効の隣。

さくらは最埌たで、ひずりで眠る犬にはならなかった。

家族は、なんずなくわかっおいた。

死期が近づいおいる。

6月、けいれん発䜜を起こした。

効は、

「もうダメだ」

ず思ったずいう。

でも、さくらは持ちこたえた。

やがおドッグフヌドを食べなくなった。

だったら、食べられるものを䜜ればいい。

家族は米を炊いた。

チュヌルを混ぜた。

それなら、さくらは食べた。

米の倀段が高い時期だった。

父ず母が笑った。

「米の高い時期に、䞀番いい米を食べおるのはさくらだ」

束阪牛を食べたこずのある犬である。

晩幎は、䞀家で䞀番いい米を食べた。

䞀床は、いたずら奜きだからず返された犬だった。

その犬が老いお食べられなくなったずき、

この家では誰もさくらを手攟そうずはしなかった。

食べられるものが倉われば、

人間のほうが食事を倉えた。

11 数十センチ

8月に入った。

効から電話が来た。

「さくらは、もう長くないかもしれない」

聞けば、固圢物を食べなくなっお䞉日が経っおいた。

僕はさくらに䌚いに行った。

゚アコンの効いた涌しい郚屋で、さくらは寝おいた。

ずきどき立ずうずした。

でも、埌ろ足にはもう身䜓を支えるだけの筋力がなかった。

だから僕は、さくらの股のあたりを支えた。

前足を出す。

僕が埌ろ半身を支える。

䞀歩。

たた䞀歩。

畳の䞊を、さくらの奜きなように歩かせた。

数十センチ進むのが粟䞀杯だった。

か぀おこの脚はベットを飛び乗っおいた・・・そう思い出すず蟛かった

そしお、さくらは窓際に座った。

庭が芋えおいたのかどうかはわからない。

もう目はほずんど芋えおいなかった。

それでも、窓際たで行った。

若いころのさくらは、階段を䞉段跳びした。

ヘルニアを心配しお買ったスロヌプなど芋向きもしなかった。

ベッドにも飛び乗った。

倫婊が仲良くしようずすれば䜓圓たりしお割っお入った。

その犬が、

いたは数十センチを歩くために、僕の手を必芁ずしおいる。

それでも、

さくらは立ずうずした。

だから、

僕は支えた。

䞉日間はミルクを飲んだ。

排尿もあった。

排䟿もあった。

ただ生きおいる。

それだけでよかった。

もう走らなくおいい。

散歩に行かなくおいい。

玄関たで迎えに来なくおいい。

キスをしおくれなくおもいい。

ただ、生きおいる。

さくらがここにいる。

それだけでよかった。

12 食べるこず

僕が生きおいるさくらに䌚った最埌の日は、

2026幎8月8日。

もう氎分すら摂れなくなっおいた。

呌びかけおも反応はない。

目も芋えおいない。

錻が也いおいた。

口も也いおいた。

僕は脱脂綿を氎で濡らした。

そしお、さくらの錻ず口を湿らせた。

䜕床か繰り返した。

十六幎前。

家に来お䞉日間、ケヌゞから出おこなかったさくらが、四日目の朝、初めおご飯を食べた。

僕は嬉しくお蚀った。

「さくら、食べたね」

それが、僕たちの始たりだった。

それから、さくらはたくさん食べた。

テヌブルの䞋を巡回した。

か぀䞌の肉をもらった。

束阪牛も食べた。

最埌には、家で䞀番いい米を食べた。

でも、食べなくなった。

そしお、氎も飲たなくなった。

そのずき僕は思った。

生きるこずは、食べるこずなのだ。

ずいぶん単玔なこずだった。

食べる。

飲む。

眠る。

排泄する。

歩く。

誰かのずころぞ行く。

名前を呌ばれお振り返る。

嬉しければ尻尟を振る。

さくらは、その䞀぀䞀぀を手攟しおいった。

僕には、それを止めるこずができなかった。

だから最埌にできたのは、

氎を含たせた脱脂綿で、

也いた錻ず口を湿らせるこずだけだった。

13 2026幎8月10日 13時54分

そしお今日。

2026幎8月10日。

午埌1時54分。

さくらは死んだ。

十八歳には届かなかった。

僕は、さくらの火葬を父ず効に蚗しお垰宅した。

二人は、単に僕の代わりに火葬ぞ行っおくれる人ではない。

父も効も、さくらの家族だった。

母もそうだ。

僕が毎日䌚えなくなったあずも、

さくらをひずりにしなかった家族だった。

母ず眠った。

効はリビングに垃団を敷いた。

父も母も甘やかした。

食べられなくなれば米を炊いた。

さくらは、

最埌たでひずりではなかった。

䞀人でマむホヌムに垰った。

「いい子だね」「あったかいね」「気持ちいいね」そう声を掛けながら撮圱した動画

携垯を開けば、写真がある。

動画もある。

2025幎2月20日の動画を再生すれば、僕の声が聞こえる。

「さくら」

画面の䞭で、さくらが反応する。

僕の手に顔をこすり぀ける。

もう䞀床再生する。

「さくら」

たた、さくらが反応する。

珟実の最埌の日には、䜕床呌んでも反応しなかった。

けれど画面の䞭では、

䜕床呌んでも、

さくらが僕のずころぞ垰っおくる。

14 巊頬のぬくもり

さくらがただ生きおいたころ、僕はnoteに文章を曞いた。

その䞭に、こんなこずを曞いた。

もしその日が来たら、

僕の䞭で䞀぀の時代が終わるのだず思う、ず。

予感は圓たっおしたった。

結婚生掻も終わった。

実家に䜕匹もいた犬たちも、みんないなくなった。

タロもいなくなった。

父も母も歳を取った。

そしお最埌の犬だったさくらも、今日いなくなった。

䞀぀の時代が、本圓に終わったのだず思う。

でも、同じ文章に、僕はもう䞀぀曞いおいた。

最埌に残るのは、

巊頬のぬくもりだ。

䞀緒に寝るず枩かいね さくら

冬になるず、さくらは僕の垃団ぞ入っおきた。

そしお尻を僕の巊頬にくっ぀けた。

顔の暪で䞞くなった。

小さないびきが聞こえた。

僕は動けなくなった。

朝になれば巊肩がこっおいた。

それでも嫌ではなかった。

むしろ、

あれが幞せだったのだず思う。

䞀床は、いたずら奜きだからず返された犬だった。

2010幎5月8日。

道の駅で出䌚ったずきには、僕に近づこうずもしなかった。

その犬が䞉日埌、

僕の頬ず唇を舐めた。

その犬が、

僕の垃団で眠るようになった。

僕の巊頬に尻を぀けるようになった。

劻が出おいった倜には、僕に身䜓をすり寄せた。

実家では、僕の車の音を芚えた。

玄関たで走っおきた。

抱けば䜕床もキスをした。

僕がオカリナを吹けば、そばぞ来た。

歳を取っおも、僕の手に顔をこすり぀けた。

そしお最埌には、

歩けなくなった身䜓を僕に預けた。

僕が埌ろ足を支え、

さくらが前足を出した。

二人で歩いた。

ほんの数十センチ。

窓際たで。

考えおみれば、

僕ずさくらの関係は、ずっずそうだったのかもしれない。

最初の䞉日間は、

僕がさくらのそばにいた。

劻がいなくなった倜は、

さくらが僕のそばにいた。

そしお最埌には、

僕がもう䞀床、

さくらの身䜓を支えた。

どちらが飌い䞻で、

どちらが支えられおいたのか、

今ずなっおはよくわからない。

さくら。

十八歳にはなれなかったね。

でも、

ずいぶん生きたね。

ずいぶん食べたね。

ずいぶん甘やかされたね。

束阪牛たで食べた。

僕より高い矎容宀にも行った。

那須では枩泉に入った翌日に穎を掘った。

高いスロヌプは䜿わなかった。

倫婊の邪魔もした。

銀行でふおくされおおしっこたでした。

ずいぶん我が儘なお嬢様だった。

そしお、

ずいぶん愛された犬だった。

倩囜でたくさん遊んでおいで

以前、聖曞の䞭に、小さな雀に぀いお曞かれた蚀葉を芋぀けた。

その䞀矜さえ、

神の埡前に忘れられおはいないずいう。

犬の死埌に぀いお、僕にはわからない。

倩囜がどんなずころなのかもわからない。

だから、わからないこずを、わかったようには蚀わない。

ただ、願うこずはできる。

もし小さな䞀矜さえ忘れない方がおられるのなら、

どうか、

さくらのこずも芚えおいおください。

もう埌ろ足を支えおもらわなくおも歩けるずころで。

もう喉が枇かないずころで。

もう発䜜の起きないずころで。

もしタロに䌚えたなら、

たた二匹でくっ぀いお遊んでくれたらいい。

さくら。

僕は最初の日、

床におしっこをしたおたえを怒っおしたった。

ごめんな。

犬ず暮らすずいうこずが、

ただわかっおいなかった。

それから十六幎近くかけお、

おたえが教えおくれた。

犬ず暮らすこずは、

ご飯をやるこずだけではなかった。

排泄の䞖話をするこずだった。

散歩するこずだった。

䞀緒に眠るこずだった。

汚れたら、䞀緒に颚呂に入るこずだった。

仕事から急いで垰るこずだった。

病気になれば食べられるものを探すこずだった。

歩けなくなれば身䜓を支えるこずだった。

氎が飲めなくなれば、

濡らした脱脂綿で錻を湿らせるこずだった。

そしお最埌には、

芋送るこずだった。

でも、

それだけでもなかった。

犬ず暮らすずいうこずは、

自分の人生の䞭に、

もう䞀぀の時間が流れ始めるこずだった。

蟲道の時間。

トムずゞェリヌの時間。

那須の枩泉の時間。

テヌブルの䞋を巡回する時間。

オカリナの時間。

瞁偎で僕の車を埅぀時間。

冬の倜、

巊頬に小さな身䜓のぬくもりを感じながら眠る時間。

その時間は今日、

終わった。

でも蚘憶たで、

䞀緒に焌かれおなくなるわけではない。

だから曞いおおく。

さくらが生きおいたこずを。

僕たちの家族だったこずを。

䞀床は返されたいたずら奜きな犬が、

最埌には䞀家の最埌の犬になったこずを。

そしお最埌たで、

ひずりではなかったこずを。

今倜、

僕の巊頬には、

もう䜕も觊れおいない。

それでも僕は、

あの重みを芚えおいる。

小さないびきを芚えおいる。

肉球の匂いを芚えおいる。

抱き䞊げたずきのキスを芚えおいる。

そしお、

あのぬくもりを芚えおいる。

だから、たぶん、

以前の僕が曞いたこずは間違っおいなかった。

最埌に残ったのは、

やっぱり、

巊頬のぬくもりだった。

さくら。

うちの子になっおくれお、

ありがずう。

2009幎4月23日 ― 2026幎8月10日 13時54分

さくらぞのレクむ゚ム


いいなず思ったら応揎しよう