
反抗期は成長期~改・改「書道」と「習字」の違い~
毎日
面白いことをどうしたら言えるか考えている楷書の鬼・永野です。
(あ、はぁ…)
毎日字を書いています。
物心ついた頃にはもう書いていました。
あれから何年…何十年…
書き続けてきました。
きっと鉛筆を持って生まれてきました、永野です。
こちらの記事より
まずはこちらをご覧ください。(書道と習字の違い)




何が言いたいんだ?
これは
「字はいつまでも成長し続ける」
という証明です。
当時は自分でも
「うまっ」と思いながら
自分史上最高の字を書いたつもりでいましたが
今見ると「変」です。
(6年前の字は本当に恥ずかしいです。)
また2年後3年後… これからずっと
私の字は成長している未来が見えています。
未来には
「今の」私の字は「ヘタ」になります。
字の成長に終わりはないと感じています。
この私でも(あ、はい)
字はまだうまくなるんだから
みんな
もっと
うまくなるに決まっています。
もうそれは決まっています!
だから!!
「どうしよう、始めようかなぁ」じゃなくて!
「どうしよう、私にもできるかなぁ」じゃなくて!
「どうせセンスでしょ~」じゃなくて!
「今さら遅いかなぁ」じゃなくて!
「字がきれいな人憧れるよね~」じゃなくて!
それを言ってる時間があったら
今すぐやって!
です。
字は変わることは決まっているんです。
迷ってる時間がもったいないです。
「書道」の字である
デザイン文字や筆文字アートは
1日…いや数時間あればできます。
(いや、一分以内で書ける…)
書道は何を書いたって正解なんだから。
目的が違うんだから。

これも目的を考えれば書道だし
でも
日常で使う字に直結する
習字の基礎は1日では築けません。
だから
今すぐやって!
伸び代がもうなさそうな
私の字がまだ成長する。
その証明をしたかったです。
(ほんとは自分が
見ていられなく書き直したかっただけです。)
教室の生徒さんに対しても(みんなみんな)
「私を踏み台に私の字を越えていけ」と思っています。
けど
けど
けど
私の字も成長しますけど?
(どうしたものか…)
私は「誰か」への反抗期でなく
常に自分に対して反抗期です。
成長の一部として
反抗期はあった方がいいわけではないと思いますが
私は
とりあえず
これからもグレていきます。
(手がかかるんですよ、ホント)
この記事のコメントで
えむのマイトンさんに教えて頂き
今、吉田松陰のことを学んでいます。
(今さらちゃんとね)
私は吉田松陰になります!
(え、なるの?)
急にはなれません。
少しずつ。
私がよく言う
「私の字を見て!」
これでいいんだと思います。(まずは)
私は誰より書くし
私の字は成長し続ける。
私が誰より「実践」していく。「行動」していく。
きっと私は死ぬ瞬間も鉛筆を持っているでしょう。
私の「言葉」は信じなくていい
私の字を見て
私の背中を見て
私の目を見て
と思います。
そこに嘘はないから。
(どうせ言葉は下手だし…)
私が毎日どれだけ書いているか
この姿を見せたいです。
(裸同然みたいな格好で家でいますから。)
(いらん、いらん、いらん、いらん)
(いらん、いらん、いらん、いらん)
いらない情報も時々入ってきますけど
「字」だけは信じてくれて大丈夫です。
これからは「吉田松陰・江理無臭・変態鬼先生」永野でいきます。
(・・・)
(何の先生かわからんし)
(「江理無臭」の名付けの親の蛇内さん!
何とかしてください!)
「吉田松陰じゃない(蛇内)永野」にしようかぁ
「書道」と「習字」の違いはまた改めてやりますが
言いたいことは
だいたいこういうことです。
