
「緑の葉っぱが灯る夜」 第3章:別の声④
部屋に戻った裕子は、クッションに身をうずめ、急いで目を閉じた。
「おまたせ、もういいわよ」
ひとりごとのようにつぶやくと、
「おう」
やけにすっきりした声とともに、給水タンクからの眺めがまぶたの裏で広がった。
「もう大丈夫みたいだね」
裕子の言葉に緑の精が答えた。
「今日は天気がいいからな」
「晴れてると回復が早いの?」
目の前の風景がうなずく。
「もともと太陽の光から生まれたからな」
「えっ、太陽の光から?」
「そうさ」
緑の精は続けた。
「太陽の光には……だな、えー、いろんな波長があってだな、それで……」
「それで?」
「そのうちの一つが……いっていの温度にまで暖められると……」
「暖められるとどうなるの?」
「えっと、ぼうちょうして……はじけて……、俺たちが生まれるんだ」
「へえ、そうなんだ」
相槌をうちながら裕子は妙なことに気づいた。が、緑の精はそのまま続けた。
「光の波長には……人間の目でとらえられないものもあって、俺たちが生まれた光の粒もその中に含まれてて……だから俺たちの姿は、人間には見えなくて……」
「でも、わたしには見えるわよ」
「そう……。だから、え~っと、おまえの場合、本来なら見えないはずの光の波長を……だな、どういうわけか、とらえられてて……」
「だから、太陽や月がいつもと違って見えたんだね」
「え?あ……。まあ、そんなところだ」
説明してくれるのはいいのだが、やけにたどたどしい。しかし、それ以上に気になるのは、うしろで誰かがささやいているような……。
すると、いきなり、
「もうちょっとうまく説明してくれないかなぁ――」
聞きなれない別の声が割って入った。
「あっ、おい、黙ってろよ」
緑の精があわてて横を向くと、そこにはもうひとり男の子が座っていた。同じ服を着て、同じ袋を腰にさげ、こっちを見ながら笑っている。髪の毛は少し長めだったが、やはり同じ緑色をしていた。
「あら、お友だち?」
「ま、まあな」
緑の精はちょっと決まりが悪そうに答えた。
「はぁ~ん、そういうことね」
裕子がつぶやく。背後でささやく友人の言葉をそのままなぞっていたのだ。
「えっと、こいつはさ――」
気まずさを打ち消そうと、緑の精が切り出した。
「空から降りるとき、途中までいっしょだったんだ。でも、俺のほうが早くて、こいつはついさっき着いたところさ。ふたりともほぼ同時に生まれたんだけど、こいつだけ、うまいこと気流に乗って地上までの時間を稼いでたんだ。容量のいいやつでさ……」
すると、
「いや要領とかじゃないんだ」
もうひとりの緑の精が口をはさんだ。
「僕の調べたところでは今年は例年よりも暖かくなるのが早いらしいんだ。通常だともう少し成長してから仕事に取りかかるんだけどそれだと新緑に間に合わないだろう?ただその結果全体の年齢層が下がっていろんな不具合が生じる可能性が高くなるんだ。そこでたまたま会得した気流に乗る方法を使って必要な知識を吸収する時間をかせいでおこうと考えたんだ」
「……」
相槌をうつ暇もなかった。とにかく間というものがない。
(いつ息継ぎをしているんだろう)
と、裕子は思った。
「でも、あなたが着いたのはついさっきで、こっちは昨日の晩でしょ?そんなに差はないみたいだけど……」
「そんなことはないよ」
相手はまくしたてるように切り出した。
「人間と僕らとでは時間の感覚がまったく異なるからね。たとえ一日でもその差はやっぱり大きいよ。一見それほど極端な開きは見られないかもしれないけど個々の認識においてかなりの違いが生じるはずなんだ。仕事をするにもそれなりの準備が必要だし知識面での充実をはかることも大事だからね」
あまりにも理路整然とした口調に裕子は、
「そう……」
としか答えられなかった。
もっとも、彼が会得したと主張する、あやしげな術にどれほど信憑性があるのか、本当に言うほど会得できているのかなど、疑わしい点は多々あるのだが、この時の裕子はまだそれを知らない。