
「緑の葉っぱが灯る夜」 第3章:別の声⑤
緑の精が友人に目を向けながら言った。
「すっげぇもの知りなんだ。俺なんかなんにも考えてないのに――」
すると相棒はまたもや早口で語りはじめた。
「いやぁそんなことはないよ。自分たちを取り巻く環境を論理的に把握しておくことが必要だと思ったんだ。僕らのやっていることを単に仕事としてではなくもっと大きな枠組みの中で位置づけておきたいんだよ」
「はあ……」
裕子はなかば呆然としながらうなずいた。相手が話し終えたあとで意味を追いかけるといった感じで――。
友人はさらに続けた。
「それで降りてきたら彼がこんなところにいるだろう。てっきりまたさぼってると思ったんだ。そしたら君のことをあれこれ質問してきてね――」
「わたしの?」
「うん。僕たちの姿が見える人間がいるって――。だからいろいろと教えていたんだ」
「そっか」
返事をしながら裕子は、
(緑の精にもいろんなタイプがいるんだ)
と思った。どちらも同じ緑の精なのに、性格も考え方もまるで違う。
(でも、ふたりとも気が合ってるみたい)
それが不思議でもあり、おかしくもあった。
「それはそうと、お名前は?」
裕子が友人にたずねると、代わりに緑の精が答えた。
「いっしょさ。緑の精だよ」
「えっ、それって不便じゃない?」
「えっ別に……。俺とかおまえですむし――」
「じゃあ、わたしはなんて呼んだらいいのよ?」
裕子の問いに、緑の精はちょっと間をおいてから――。
「『あっち』と『こっち』でじゅうぶんだろ?俺がこっちであいつがあっち――。なっ」
我ながら良い考えだと言わんばかりだ。名前を持たない世界の認識なのだから無理もないのだが――。
「でも……」
と、そこで裕子は閃いた。
「そうだっ。わたしがあなたたちに名前をつけてあげる」
途端に目の前が左右に動いた。
「いいよ、そんなの。めんどくさいし――。なあ」
そう言って『こっち』が隣に目をやると、考え深げに腕を組む『あっち』の姿があった。
「いや僕は別にかまわないよ。実際彼女の言うとおりかもしれないしね。第三者から見たらやはり個別の名称で呼ばないと不都合なことが多いんじゃないかな。だから便宜上なんらかの区別をつけておくべきだと思うんだ」
「ほらね」
そう言って『こっち』の反応をうかがうと、
「しょうがねえなあ。じゃあ、それでいいよ」
と、投げやりな返事が返ってきたので、裕子は待ち構えていたように考えはじめた。
いろんな名前がひとしきり頭の中をよぎったが、
「そうだ。昨日飲んだのが――」
「昨日飲んだ?」
同時に聞き返すふたりに裕子が言った。
「ねえ、『アルグ』と『レモテ』ってのはどう?あなたが『アルグ』で、お友だちが『レモテ』なの。いいでしょ?」
「俺がアルグで――?」
「僕がレモテか。うん、悪くないよね」
「でしょぉ?」
裕子も満足げだ。
「そうかぁレモテか。なるほどレモテだな。レモテ……レモテ……」
緑の精の友人はよほど嬉しかったのか、自分につけられた名前を呪文のように唱えている。あ~だこ~だと理屈を並べてはいたが、結局のところ単に名前をつけてほしかっただけのようだ。
そのとき、レモテの背後を何かがちらりとよぎった。
アルグの視界なので目で追うことはできなかったが、奥のほうの片隅で、風がひと筋、薄紅に光って消えた。髪を後ろに束ねた横顔が残像のように残ったが、あまりに一瞬のことだったので、それを本当に見たのかどうかすら裕子にはわからなかった。
「さてと、じゃあ、そろそろ出発するか」
おもむろにアルグが立ち上がった。
「え、あ……そうね。それで、レモテはどうするの?」
裕子に名前を呼ばれたレモテは不気味なくらいニンマリして答えた。
「そうだな。まだ地上に降り立ったばかりだしもう少し全体を把握しようと思うんだ」
「慎重なんだね」
「いや別にそうでもないんだけど状況的に見て今うかつに動くのはよくないと思ってね。僕が気流に乗る方法を発見したのもただの偶然じゃないだろうし――。きっと何か重要な意味が込められているんだよ」
「そう……」
裕子の頭の中はすでに飽和状態に達していた。
やがて目の前が薄く緑色に染まり、アルグの体がふわりと浮かぶのがわかった。
「じゃあ、またな」
「そうだね。いずれまた――」
タンクの上で手を振るレモテの姿が次第に遠ざかり見えなくなると、アルグはくるっと前に向き直って、ふたたび速度を上げた。
「すっごい真面目なんだね。肩こらないのかな」
裕子の言葉にアルグの声が答えた。
「半分趣味みたいなもんだからな。それなりに楽しんでるようだし――。あれでけっこう頼りになるんだ」
「そうだね。あなたたちの姿が見えるしくみも、なんとなくわかったしね」
「えっ、あっ、そうなんだ。俺は……」
「なあに?」
「いや、なんでもないよ」
アルグはそのまま黙って飛び続けた。
言われたことをまるごと受け売りしたアルグは、自分が話した内容をよくのみこめていなかった。