
「緑の葉っぱが灯る夜」 第3章:別の声②
「な、今度は見えるだろ?」
「ほんとだ、見える、見える」
やや焦点がぼやけているものの、ヤナギを見下ろしている光景だ。ちょうど今、緑の精がいるあたりだ。が、よく見ると下に支えるものが何もない。途端に裕子はずぅ~んとした。それを振り切るように、
「ねえ……」
やや震える声で話しかけると、質問が始まる前に緑の精が答えた。
「簡単に言うとだな。今、おまえは俺が見ているのと同じものを見ているんだ」
「同じものを――?」
「おっと、それ以上は聞くなよ」
そこから先は彼にもわからない。やがて、緑の精の目線が正面に向けられる。これでなんとか下を見ずにすむ。
「いいか、この木は枝が垂れ下がっているだろう?こういうのは意外と簡単なんだ」
昨夜と同じように説明しながら例の杖を取り出す。小さな袋からどうしてあんなものが出てくるのか、やっぱり不思議だったが、
(そんなことより――)
緑の精の目を通して見ると、枝のところどころから陽炎のようなものがチロチロと噴き出ているのが、はっきりとわかる。
(これが『春の息吹』なんだ)
内心わくわくしながら、裕子はひとり納得した。
ちょうどヤナギの木のいただきあたりだろうか、緑の精が手品師みたいな手つきで杖を差し出す。その先から緑色の大きな火花が稲妻のように飛び散った直後、
ボボボッ
かすかな残像の向こうで、透明な黄緑色の新芽が一度にいくつも灯った。さらにそこから、
ザザザザザザ~ッ
エメラルドグリーンの小さな炎が無数の光点と化し、枝の先端に向かって次々と連鎖的に燃え広がっていった。まるで仕掛け花火だ。下に向かって大きな輪が広がるように、黄緑色の滝が枝を伝っていっせいに流れ落ちてゆく。緑の精の大きさの何十倍もあるヤナギの木は、瞬く間にしっとりとみずみずしい緑に染まっていった。
「あっという間についちゃうんだね」
裕子が言うと、すぐそばにいるかのように緑の精の声が答える。
「枝からあふれた春の息吹がそこらじゅうに広がっているからな」
枝に灯った緑黄色の芽は、しばらくゆらゆらと細かく揺れていたが、次第に動きが鈍くなり、やがてゆっくり止まると、ひとつひとつが葉の形へと固まっていった。
「ちゃんと葉っぱになってる」
「点火したときの息吹の状態で形が決まるんだ。出方は木の種類によって違うけどね」
緑の精の声に裕子がうなずく。
「だからいろんな形の葉っぱがあるんだね」
「そうさ。よぉし、次いくぞ」
すっかり気をよくした緑の精は、並木のヤナギを一本、また一本と浮きたつような黄緑色に染め上げていった。
「もう、いいぞ。目を開けてみな」
言われるままに裕子はそっとまぶたを開き、やや戸惑いながらあたりを見た。やっぱり手すりに手をかけて立っている。本当にずっとそうしていたのだろうか?まるでいっしょに空中にいるみたいだった。
「下を見てみなよ」
いつの間にか、緑の精も手すりの上に立っていた。
ぼやけていた焦点が元に戻ると、ベランダから見下ろす眺めが裕子の目に飛び込んできた。ついさっきまで寒々しく立ち並んでいた木々が、うっすらと黄緑色をまとっている。
「緑が……点火されてる」
単に新芽が出ているとは到底思えない。『緑色』の色彩のありったけをぜんぶ引っ張り出したような……そんな鮮烈さが形をなして眼下に広がっていた。