
「緑の葉っぱが灯る夜」 第3章:別の声③
「さて、今度はどこにしようか」
緑の精はすっかりやる気になっていた。昨夜はあんなに渋ってたのに……。
(点火するところを誰かに見てもらいたかったのかな)
その張り切る様子に、なんだか自分まで嬉しくなってくる。
「そうねえ、あそこなんかどう?」
裕子が指さしたのは、こんもり樹木の生い茂った小高い丘だった。街を見下ろす公園や展望台もあって、ときどきた散歩にた出かけたりもする。そこではたくさんの樹木が点火を待ちわびるように、ところ狭しと裸の枝を差し出していた。
「おもしろそうだな。よし、行こう」
緑の精は光をまとって宙に浮くと、丘に向かって一直線に――、
「ちょっと待って。わたしはどうすればいいの?」
飛んで行こうとするのを裕子が呼び止めた。
「さっきみたいに目を閉じればいいじゃないか」
緑の精がじれったそうに振り返る。
「ここにずーっと立ってなきゃならないなんて無理よ」
「じゃあ、どうすんだよ」
「そうねえ……」
裕子はひとしきり考えたあとで、
「ちょっと待ってて」
急いで部屋に入ると、壁際のクッションにもたれ、床の上で両足を投げ出した。
「ここなら大丈夫。いいわよ」
と、窓の外に手を振り、それからすぐに目を閉じた。
「ちぇっ、ま、いいか。行くぞ」
緑の精はふたたび目的地に向き直ると、猛スピードでベランダをあとにした。
彼の目を介した眺めは、相変わらず度の強いレンズごしみたいにぼやけていたが、それでも見慣れた街並みが下を流れるのを見ていると、ほおに風が当たる錯覚する覚える。光の球体が左右に揺れると、自分も左右に引っ張られる――。
「すっご~い」
高さに対する不安も忘れ、気分はすっかりアトラクションだ。
「じゃあ、これならどうだ」
調子づいた緑の精も、逆さになったり、巨大な8の字を描いたり、らせん状に急降下したりと、曲芸のような動きを繰り返してみせた。
「……!」
裕子は危うく絶叫しそうになったが、自分が部屋にいることをとっさに思い出し、あわてて口元をおさえた。すると――。
「ち、ちょっと……休憩……、なっ」
突然、景色の流れるスピードが落ち、とぎれとぎれの声がした。
「うん、そうしよう。わたしも目が回っちゃったし」
「……」
視界がよろめくようにふらついている。
「だいぶ無理しちゃったみたいだね」
裕子が心配して呼びかけてみたが、
「……」
返事がない。それからやや間があって、
「こんなに思い切り飛んだのは……はじめてだから……」
息の上がった声とともに、どこかの給水タンクに降り立つのがわかった。
「だいじょぶ?」
様子をうかがいながら声をかけると、立ち並ぶ家々の屋根がこくこくと上下に動いた。
「少し休めば……どうてことないさ」
口調がさっきよりもしっかりしてきた。裕子はちょっと安心した。
安心すると――。
「ごめん、ちょっと待ってて」
そう言い残してまぶたを開いた。一瞬、暗くなった視界が徐々に明るさを取り戻していく。裕子はひとしきり周囲を見まわした。
(やっぱり部屋にいる)
どっちに自分がいるのかわからなくなってしまいそうだ。
「なんか、変な感じよね……」
それからゆっくり立ち上がり、ほうっと息をもらすと、そそくさとトイレに駆け込んだ。
ベランダの手すりの向こう側では、緑の精よりひとまわり大きな、ピンク色の球体が、宙に張りついたように浮かんでいた。
「……」
中の様子をうかがうように、しばらくそこにいたが、やがて、ついっとどこかへ飛び去って行った。