
「緑の葉っぱが灯る夜」 第7章:まだらの悲悶(ひもん)④
さっきよりは穏やかになったとはいえ、窓の外ではまだ風が吹き荒れていた。細かな雲が川に浮かんでいるように押し流され、陽射しが見え隠れするたびに、下界は晴れになったり曇りになったりとせわしない。そんな光景をぼんやり眺めていると――。
「ねえ、聞いてる?」
その声に裕子ははっと我に返った。
「えっ?あっ、うん、ちゃんと聞いてるよ」
「どうしちゃったのさ?」
電話口の相手は、いつもと違う様子に少し戸惑っていた。
「う、うん。なんでもない」
「なんでもないって、あんたのなんでもないはあてになんないのよねぇ。何か考え事でもしてんの?」
「ううん、別に……」
裕子は電話を片手にぼんやりとベランダの向こうを眺めた。
黒っぽい大きな鳥が羽ばたきながら横に流されていくのが、遠くにちらりと見えた。ベランダに干していた洗濯物を慌てて取り入れて正解だった。
「ちょっとぉ」
ふたたび声が耳元で響き、はっとベランダから目をそらす。
ちゃんと話を聞いているつもりなのに、いつの間にか気持ちがあさってのほうへと向いてしまう。しばらくすると、今度は天井から下がっている洗濯物になんとなく焦点を合わせていた。
さすがに相手の声もだんだんと大きくなってきている。
「だからさぁ、とりあえず明日の午後に予約いれといたんだけど、大丈夫なの?」
「う~んと……ねえ。それが、ちょっとわからないというか……」
裕子はもどかしそうに額に手をあてた。
「何か急な予定でも入ったの?」
「うん――。て、まだ、はっきりしてないんだけど……」
「またぁ、えらく曖昧ねぇ」
自分でもそう思う。なんでそんなとらえどころのない返事しかできないのか、裕子本人にもわからなかった。『開店したてのお店』という言葉に人一倍弱く、居ても立っても居られないのが常で、こんなことは一度もなかったのに――。
このままだと友だちにも迷惑がかかてしまう。裕子はすっと背筋を伸ばして切り出した。
「ごめん、今はわからないの。だから、また今晩かけなおしてもいい?そのときまでにはちゃんと返事ができると思うから」
さすがに完全に断るほどの決心はつかなかったが、
「そうぉ?しょうがないわねえ。じゃあ、待ってるわよ。みんなにも伝えなきゃいけないんだから、なるべく早くね」
ありがたいことに長年の友人はなんとか応じてくれた。
「うん。ごめん。じゃあね」
それから電話を切ったあと、裕子はほうっと息をもらした。
どういうわけか友だちの誘いに乗れない。別に予定があるわけでもないのに、明日はここにいなければならないような気がする。ただそれだけのことだった。
(あんなに楽しみだったのに――)
もしかすると夕刻までには理由がわかるとか、気が変わるとか、あるいは単なる思い過ごしだったとか――、そんなかすかな期待もあって無碍に断ることもできないでいる。
(ほんとに……どうしちゃったんだろう)
ぼんやりと窓の外に目を向けながら、裕子はもう一度ため息をついた。
「なっ、おかしいだろ?」
アルグが顔をのぞき込むように声をかけると、
「ほんとだ……」
呆然とイチョウを見上げながら、レモテは力なく答えた。
やや焦点の定まらない目線を木に向けたまま、しきりに首を傾げている。
「何をどう考えても完璧なはずなんだけど――」
レモテが点火しても結果は同じだった。
枝のあちこちから新芽が顔を出してはいるが、それがことごとく妙にまばらなのだ。かろうじて点火された葉だって、大きさが安定しておらず、形もどこかいびつだった。
あの例えようもなく細やかな作りで、つややかな光沢をたたえた扇状の芽はほとんど見当たらず、大半は色がくすみ、しおれた野菜みたいに元気がない。
「神社のイチョウでは確かにうまくいったのになあ」
レモテはどうにも合点がいかない様子だ。
「天気も気温もそれに湿度だってたいして変わらないと思うしむしろこっちのほうが日当たりもよくて申し分ないと思えるんだが……。いやあ正直言って僕もショックだよ。もしかすると何か良くないことが起きる前兆かもしれないね」
「良くないこと……?」
レモテは神妙な面持ちでうなずいた。
「何かとてつもなく重大な出来事が発生する可能性も否定できないね。この状況を通じて僕らはそのことを知らされているんだよきっと」
「とてつもない……か」
アルグが怪訝そうに眉をひそめる。レモテは自分の手のひらほどの小さな新芽をひとつ手にとって言った。
「とりあえず僕は神社に戻ることにするよ。これと昨日点火したイチョウとを比較してみようと思うんだ」
「そうか、だったら俺は……」
アルグはちょっと考えてから言った。
「もうちょっと小さな木で試してみるよ」
「そうしたほうがよさそうだね。それで何かわかったらお互いに知らせ合おうよ」
そう言い残して、レモテは神社の方角へと飛び去って行った。
そんな二人のやりとりを、
「……」
遠くからじっと見ている人物がいた。
【クイズ・妖怪そらみみ】
問15)英単語を並べて音読したら妖怪の名前になりました。なんて聞こえる? ⇩ ⇩ ⇩
問14の答え:ぬらりひょん
使った単語: new rally he on