
「緑の葉っぱが灯る夜」 第2章:霧雨の晩に④
「え~っと――」
緑の精は塀の上を歩きながら、ぶつぶつとつぶやいていたが、
「よし、これにしよう」
手ごろな枝を見つけると、すぐに裕子のほうを向いた。
「いいか。この先のあたりをよく見てみろ。何か煙みたいなのが出てるだろ?」
「う~」
言われたとおりに目をこらしてみる。が、何も見えない。顔をしかめて首を横に振ると、緑の精はじれったそうに声をあげた。
「とにかく何かが出てるんだよ。なっ。それが『春の息吹』ってやつなんだ」
「うん……わかった」
裕子は仕方なく返事した。
「そこで、この杖を使ってだな、緑を灯すんだ」
説明しながら先端を枝に近づける。
すると――。
バチッ
ほんの一瞬、杖の先の透明な部分からエメラルド色の火花が散り、それと同時に、さっきまで何もなかった木の枝に、淡い黄緑色の葉がぽっと小さく灯った。
新しい木の芽だ。まるで火が灯るように枝から葉っぱが生まれてきた。
「わあ、すごい、すごい」
裕子は手をたたいて喜んだ。
「ねえ、もっとやってみせてよ」
「だめっ。一回だけって言ったろう」
緑の精はそう言うと、手にした杖をそそくさと袋にしまった。
「けち……」
「けちでけっこう」
それから、口をとがらせる裕子に背を向け、さっさと飛び立ってしまった。
「あっ、ちょっと……」
あわてて引き止めようとしたが、緑色のボールはみるみる遠ざかってゆく。
裕子は大きな声で叫んだ。
「ねえ、とってもきれいだったよ。また見せてよね」
その声が届いたのかどうかはわからなかったが、緑色の球体は、うすく光を放ちながら、霧雨に煙る闇に吸い込まれるように小さくなり、点となり、やがてかすれるように消えていった。
「……」
ひとり残された裕子は傘をさすのも忘れ、湯気のように立ち込める香りに包まれながら、緑の精が飛び去った方角をしばらく呆然と見つめていた。