
「緑の葉っぱが灯る夜」 第3章:別の声①
翌朝――。
「はあ、もっと見たかったなあ」
裕子はベランダの手すりに肘をつき、ぼんやり遠くを眺めていた。
点火された緑の葉っぱが心に焼きついて離れない。これまで見たどんな光景よりも新鮮で、それでいてどこか懐かしいような……。
昨夜の雨が嘘のように晴れ渡り、ひんやりとした大気が陽の光に温められて、徐々にふくらみはじめていた。
裕子はおそるおそる太陽に目をやった。
(今日は……普通みたい)
ここ数日、突然、太陽が濃い緑に見えたり、空が薄いピンクに見えたり…。こないだなんか半月が紫色に円くふちどられて見えた。
(目がおかしくなっちゃったのかなあ)
裕子は不安げに首を振った。
そのとき、
「なにボーッとしてんだよ」
いきなり誰かが声をかけてきた。ぎくりとして顔を上げると、昨夜の緑の精が裕子のすぐ横の手すりに腰かけてにやにやしている。
「もぉ、いつからそこにいたの?」
裕子が眉をひそめると、相手は両足をぶらぶらさせながら答えた。
「さっきからずっとだ。ぜんぜん気づかないんだもんな。どうしたんだ?ぼんやりして」
「……ううん、なんでもない」
裕子は小さく笑ってみせた。
「なんでもない――か、まあ、いいや。それより見たいんだろう?見せてやるよ」
「えっ?」
「点火だよ、て・ん・か」
「あ、見せてくれるの?」
どういう風の吹き回しだろう。裕子は一瞬戸惑ったが、やや遅れて笑顔が湧いてきた。
「まあな、だけど特別にだぞ」
もったいつけるような口調で、緑の精はすっくと立ち上がり周囲を見渡した。それから、
「あれなんかどうだ?」
と、ベランダの下に立ち並ぶヤナギを指さす。
「うん、やってやって」
裕子のはずむような返事に、
「じゃあ、そこからよく見てろよ」
緑の精は、光る球体をまとって宙に浮いたかと思うと、たちまちヤナギのほうへと飛んで行った。それから木の少し上にぴたりと止まって大きく手を振った。
「お~い、見えるか?」
裕子は手すりから身を乗り出して目をこらしたが、どこにいるのかさっぱりわからない。
(目はいいほうなんだけど――)
もともと彼らの姿は人間の目でとらえることができない。いくら裕子に見えるからといっても、遠く離れるとさすがに無理があるようだ。ただ不思議なことに、声だけはすぐ近くにいるようにはっきりと聴こえる。
「見えない……」
裕子は相手がまた不機嫌になるんじゃないかと心配しながら答えた。
「しょうがねえなあ」
案の定、緑の精は不服そうに声をもらしたが、しばらく考えたあとで裕子に言った。
「よし、じゃあ、目をつぶってみろ」
「えっ、目を――?」
裕子はとっさに意味がのみこめなかったが、
「いいから早く」
緑の精にせかされ、あわてて目を閉じた。
すると――。
「あ……」
閉じたまぶたの奥でぼんやりと風景が浮かびあがってくるのがわかった。それは次第に形を整え、裕子の視界いっぱいに広がっていった。