
「緑の葉っぱが灯る夜」 第5章:シツボウ ②
知らない間に中天の太陽は少しずつ傾きはじめていた。しかし、それよりも気になるのは空模様だった。薄く広がった雲が西のほうから次第に厚くなりはじめている。風も少し肌寒い。
部屋を飛び出した裕子は神社の前の道を急いでいた。そこから先は坂になっていて、突き当りの石段をさらに上ったところにアルグの待つ梅林がある。
――のだが、
(?)
ふいに裕子は立ち止まって首を傾げた。いったん来た道を少し引き返し、小さな鳥居のむこうに目を向ける。
(今、たしか――)
ほんの一瞬だったが、参道のわきのイチョウが光って見えた。鳥居をくぐってそっと近づいてみたが、それらしき姿は見えない。
(気のせいだったのかな)
そう思った直後、
ボボボボボボ……
背後から聞き覚えのある音がした。急いで振り返ると、枝のあちこちから細かな緑黄色の光点が次々に立ち現れるのが視界に飛び込んできた。
バタバタバタ……
根元にいた鳩がいっせいに舞い上がる。
イチョウの大木はあっという間に緑の点のかたまりと化していった。その少し離れたところにエメラルド色に透き通った光の玉が浮かんでいて、中の人影が満足そうに腕を組んでいる。
「なぁんだ、もう見つかったの?」
声をかけると、小さな影は驚いたように振り向いたが、相手が誰だかわかるとすぐに近寄ってきた。
「やあこんなところで会うなんてすごい偶然だね」
聞いたことのある声だったが、アルグではない。
「あ……」
裕子は思わず声の主を指さした。点火していたのはレモテだった。
「へえ、こんなところに来てたんだね。全体の把握はもういいの?」
裕子が聞くと、レモテは例の口調で語りはじめた。
「いやあ。もうじゅうぶんに把握しつくしたね。木の種類や性質に関してはかなりのレベルに達したと思うよ。草のほうもほぼ完璧だという手ごたえを感じているんだ。まあ知識面でこれほどの水準に達した緑の精はそういないんじゃないかな。僕が考えるにこれからやっていく上で重要なことは三つあって最終的にはそれらが相互にからみあって――」
と、そこまで話してレモテははっとした。
「見つかったって……何が?」
「え?ああ、あの……」
裕子は一瞬ためらったが、ついでだと思って切り出した。
「実は頼まれてほしいことがあるんだけど」
「うん。なになに?」
「アルグが杖をなくしちゃったの。だから、できたらいっしょに探してくれないかな?」
「え~っこれをなくしたの?」
レモテは目を丸くしながら、自分の手にある杖を見た。
「信じられないなあ。これは最も洗練された道具で点火をやる際に絶対に必要なんだよ。それをなくすなんて僕に関して言えばまずありえないことだな」
「袋にしまうときに入れそこなったみたいよ」
裕子が言うと、
「なるほどそういうことか。僕ならそうならないように細心の注意をはらっているけどなあ。ほらこうしておけば落とす心配はないだろう」
そう言ってレモテは自分の杖を差し出して見せた。よく見ると、握りのいちばん下にひもの輪がとりつけてあって、そこに手首を通している。
「そっか、そうしておけば大丈夫だね」
うなずく裕子にレモテが続けた。
「だから僕は常日ごろから言ってるんだよ。やっぱりある程度状況を冷静に把握しながら――」
「ごめん、すぐに行きたいの。雨が降るかもしれないでしょ?」
たまりかねて裕子が口をはさむと、
「そうか。まあ僕の人生にはなんの影響もないだろうけど彼が困ってるんだったらなんとか力になってやりたいね」
レモテはあっさり応じてくれた。
「じゃ、行きましょう」
そう言って歩き出す背後で、ふいにレモテがつぶやいた。
「う~む。杖ってのはつまり棒だよな。棒をなくして困ってるのか。じゃあこれがほんとの『失棒』ってやつだな」
「へ?」
思わず振り向いてぽかんと見つめると、
「えっと……。希望のボウと棒きれのボウとをかけてしゃれを言ったんだけど面白くなかった?」
レモテはあわてて説明した。
「それはわかるけど……」
真面目なんだか不真面目なんだか――、彼の性格が今ひとつつかめない。
それから裕子は、神社の境内をあとにすると、急ぎ足で坂を上りはじめた。そのあとを緑色のボールがふわふわと続く。
「今の空気の状態とまわりの湿度の様子からして雨が降ることはまず確実だね。これから起きることを的確に予想するのは僕らの知識水準ではまだまだ至難のわざだよ。だけど雲の速度や風向きから計算するとだいたい……」
そんなレモテの話をふんふんと背中で聞きながら、裕子は梅林へと足を速めた。
【クイズ・妖怪そらみみ】
問3)英単語を並べて音読したら妖怪の名前になりました。なんて聞こえる? ⇩ ⇩ ⇩
問2の答え:小豆洗い
使った単語: as key a lie