
「緑の葉っぱが灯る夜」 第4章:黄緑色の余韻②
表面が蛍光塗料を塗ったようにぼうっと光っていて、導火線とおぼしきひもが一本長く伸びている。
「花火の煙幕みたいだね」
裕子が言った。
「えんまく?」
「うん、色のついた煙が出るの」
「へぇ~、おもしろそうだな。でも、こいつは破裂するんだ」
そう言ってアルグが杖の先を導火線に近づけると、薄い緑色の火花がバチッとはじけ、エメラルドグリーンの光が勢いよく導火線を伝っていった。
シュシュシュシュシュシュ……
それを広場の真ん中に素早く置くと同時に、さっと空中に舞い上がった。導火線が見る見る短くなってゆく――。
思わず両手で耳をふさいだが、アルグの聞いている音はしっかり届いていた。
ボムッ
破裂する音は少しこもった感じで、思っていたほど大きくはなかった。その音と同時に広場の真ん中が小さく緑黄色に光った。
その直後、
ザワザワザワ……ザワザワザワ……
塗りたての絵具を思わせる緑が、きらきらと波打ちながら波紋のように広がっていった。生気の失せていた地表が見る見る生命を吹き返してゆく――。
緑の円が大きくなるにつれ、勢いは次第にゆっくりになり、形もだんだん不規則になっていった。石畳のすき間やベンチのまわりだけでなく、広場を取り囲む生け垣や柵の外にまで、新しい草の芽は果てしなく広がり続けた。
――と、そのとき、
バタバタバタ……
突然、大きな音が広場に響き渡った。
「なんなの?」
裕子が驚いてたずねる。
「鳩だよ」
広場の一角にいた鳩がいっせいに飛び立ったのだ。その下を黄緑色の波がずんずんと押し寄せてきている。
「そっか。鳩にはわかるんだね」
「鳩だけじゃないぞ。ほら――」
と、アルグは裕子に見えるように指さした。
遊歩道のむこうでは、緑の波がまるで生き物のようにブロック塀をはい登っていた。表面を覆うツタが、下から徐々に透き通る新芽に覆われてゆく。
塀の上では猫が一匹、登ってくる緑を真剣な眼差しで見つめていたが、それが足元まで迫ってくると、あわてて飛び上がり、むこう側へと姿を消した。
「猫にも見えるんだね」
裕子は感心したように声をもらした。
ベンチでは白いひげをはやした老人がひとり、キャンバスに向かってしきりに絵筆を動かしていたが、ひょいと顔を上げた途端、不思議そうに首を傾げ、眼鏡をかけたり外したりして、自分が描いたものと実際の風景を何度も見比べていた。
「あのおじいさんも気がついたのかな?」
裕子はわくわくしながら言った。が、
「なんとなくね。でも、自分が思ってた色と少し違ってたっていう程度じゃないかな」
アルグは妙に冷めた口調だった。そしてその言葉どおり、老人は目の前で起きた変化に気づいた様子もなく、しばらく考え込んだあとで色を混ぜなおし、何事もなかったかのように筆を走らせはじめた。
「え、どうして?」
裕子には老人の反応が理解できなかった。アルグは淡々と言った。
「見ている風景が一瞬で変わったなんて、まず思わないんだよ。陽射しの角度だとか、単なる思い込みだとか、そんなふうに自分を納得させてるんだろうな」
「こんなにはっきりわかるのに?」
「変わる瞬間を意識していないからな。ただ眺めてるだけだと、なかなかわからないもんなんだ」
「うそ……」
たしかに公園には何人かの人がいたが、誰ひとり気づいたふうには見られない。それがどうしても信じられない。
ただ、年配の女性に連れられた犬だけは、尻尾をぴんと立て、広がっていく緑の様子をなかば興奮した面持ちで眺めていた。
(人間と動物でこんなに違うんだ)
もちろん裕子自身もアルグに出会っていなければ、何も知らずにいたかもしれない。それでも――。
(こんなにきれいなのに……)
人は誰も気づいてくれない。裕子は、なんとなくやりきれないような、淋しいような気分になった。それと同時に、アルグが点火を見せようと張り切る理由が少しわかった気がした。
さっきの犬は、どうしても緑の動きが気になるらしく、何度も立ち止まっては振り返っている。そのたびにリードがぴんと伸びきっていたが、やがて飼い主に引きずられるように広場を退場していった。その様子が視界の片すみでくすぶる黄緑色の余韻とともに裕子の心の中に残った。
【クイズ・妖怪そらみみ】
問1)
英単語を並べて音読したら妖怪の名前になりました。なんて聞こえる?
※答えは次回