
「“考えろ”と言う前に」
「考えろ」で育つ人もいる。
でも、それが全員に通用するわけじゃない。
仕事をしているとよく思う。
人にはそれぞれ、
性格も、育った環境も、感性も違う。
自分で試して伸びる人。
先に型を知った方が理解できる人。
理由がわからないと動けない人。
まず安心感が必要な人。
全部いる。
だから、
「考えろ」
だけを投げる教育に、私は少し違和感がある。
もちろん、
考える力は大切。
でも、
判断基準も、方向性も共有されないまま
「自分で考えろ」は、
ただ迷わせているだけの時もある。
昔から有名な言葉がある。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ」
これは今でも本質だと思う。
まず見せる。
次に説明する。
そして実際にやってみる。
その上で、
「何故そうなると思う?」
「次はどうしたらもっと良くなると思う?」
を一緒に考える。
私は、
これが本当の“考えさせる教育”だと思っている。
「見て覚えろ」
を完全に否定する気はない。
観察する力は大切だし、
言葉では説明しきれない部分も確かにある。
でも、
経験が少ない人ほど、
“何を見ればいいのか”がわからない。
だから教える側には、
見るポイントや判断基準を
言語化する力が必要なんじゃないかと思う。
教育って、
同じやり方を押し付ける事ではなく、
相手によって変えていく事なんじゃないかな。