
#33 そうめん
気がついたら、私は台所に立っていた
主寝室であの箱を見つけてから、
どれくらい時間が経ったのか分からない。
気がついたら、
私はなぜか台所に立っていた。
鍋の中では、
そうめんが白い糸みたいに揺れていた。
去年開封したまま、
中途半端に残っていた束。
賞味期限も、
湿気も、
どうでもよかった。
ただ、
手が勝手に動いていた。
気持ちが乱れて、動悸がするのに
指先だけがひんやりしていた
胸の奥がざわざわして、
心臓が早足で歩いているみたいなのに、
指先だけが妙に冷たかった。
冷蔵庫の取っ手を触ったときのような、
金属の冷たさ。
感情と身体が
別々の方向に歩いているみたいだった。
今は「そのこと」を考えたくなかった。
あの白い箱。
縞模様のカラフルな形。
押し込まれた段ボール。
思い出すだけで、
胸の奥に白いノイズが走る。
ヨガウエアなんて探すんじゃなかった
あの部屋に入るんじゃなかった
ウエアを探さなければ、
あの部屋に入らなければ、
あの箱を見つけることもなかった。
そう思った瞬間、
頭の中に
真っ白な煙がぐるぐると渦を巻いた。
煙は形を持たず、
ただ視界を曇らせるだけ。
考えようとすると、
その煙がさらに濃くなる。
だから私は、
考えるのをやめた。
無表情で、味のないそうめんを
いっぽんずつ吸い込んでいた
茹で上がったそうめんを
ざるにあげることも忘れて、
鍋から直接、
いっぽんずつ口に運んだ。
味はしない。
温度もよく分からない。
ただ、
吸い込むという行為だけが
私を現実につなぎとめていた。
無表情のまま、
白い糸をひとつ、またひとつ。
そのたびに、
胸の奥の煙が
少しだけ薄くなる気がした。
でも、
完全には消えなかった。