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マガジン一覧

フリーランスになる前に知っておきたかったこと

フリーランスになる前に、 これを知っていたらよかったと思うことを、 少しずつ言葉にしています。 答えより、構造を考えるためのマガジンです。

「失われた30年」を、私は正社員として生きていた

前回、「お金になる仕事を続けるか、昔からやりたかった仕事を選ぶか」という記事を書いた。 思いがけず、たくさんの方が読んでくださった。 書いたあとも、私はずっと考えていた。 どうして53歳になった今、こんなにも「これから何を仕事にするのか」で揺れているんだろう、と。 そしてふと思った。 私の会社員人生は、日本の「失われた30年」と、ほとんど重なっている。 私は、就職氷河期世代だった「失われた30年」という言葉をよく聞く。 バブル崩壊後、日本経済が長く停滞した時代。 その中で社会に出た私たちの世代は、就職氷河期世代とも呼ばれている。 正社員になれず、派遣や非正規雇用で働き続けざるを得なかった人もたくさんいる。 でも、私は違った。 新卒で日本赤十字社に入った。 正社員だった。 そのまま29年間勤めた。 ベースアップはほとんどなかったし、ボーナスも少しずつ下がっていった。 それでも、安定した組織に所属して、毎月決まった給料が入り、社会保険があり、退職金もある。 世間で「就職氷河期世代」が語られるのを見るたびに、 私は恵まれた側だ。 そう思っていた。 もう少し言えば、 私は勝ち組だと思っていた。 あの頃、人生には「正解」があると思っていた私の中には、当たり前の人生の形があった。 22歳くらいまで学校に行く。 就職する。 60歳まで働く。 そして、そこから老後。 たぶん、私だけではなかったと思う。 いい会社に入って、真面目に勤め続ける。 そうすれば人生は大きく間違わない。 私は、そのルートにかなり忠実に生きてきた。 転職もしなかった。 会社の中で与えられた仕事を覚え、必要なことを勉強し、異動すればまた新しい仕事を覚えた。 「私は10年後、何の専門家になっていたいんだろう」 なんて、ほとんど考えたことがなかった。 会社の中でキャリアは続いていくものだと思っていたから。 『LIFE SHIFT』を読んで、人生の前提が崩れたそんな私が、あるとき『LIFE SHIFT』を読んだ。 LIFE SHIFT(ライフ・シフト)link.amazon 1,822円(2026年08月12日 23:30時点詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する 衝撃だった。 私がそれまで当たり前だと思っていた、 教育 → 仕事 → 老後 という3ステージの人生そのものが、これからは崩れていくという。 学校を卒業したら働き、定年まで勤め上げ、その後は老後を過ごす。 その一本道ではなくなる。 それだけでも十分衝撃だった。 でも、もう一つ、私にはもっと強烈だったことがある。 人生100年なら、60歳から40年ある。 40年。 その数字を見たとき、愕然とした。 60歳から40年って。 それはもう、「余生」ではない。 一つの人生と言ってもいいくらい長い。 じゃあ私は、その40年をどう生きるんだろう。 何をして働くんだろう。 そもそも私は、会社を離れたら何ができる人なんだろう。 それまであまり考えたことのなかった問いが、一気に押し寄せてきた。 そして52歳で、会社を出た結局私は、60歳を待たず、52歳で29年間勤めた組織を辞めた。 独立して仕事を始めた。 会社員時代には想像もしなかったような仕事もした。 ありがたいことに、仕事にも恵まれた。 だから退職したことは全然後悔していない。 むしろ、会社を出たからこそ知った世界がたくさんある。 でも53歳になった今、時々ものすごく不思議な感覚になる。 29年間働いた。 それなりに一生懸命働いた。 安定した組織にいた。 ちゃんと給料ももらった。 なのに、会社という看板を外して自分だけになったとき、 「私には何が残っているんだろう」 と思った。 私にも「失われた30年」があったのかもしれないもちろん、正社員として働けた私が、就職氷河期で苦しんだ人たちと同じだったと言いたいわけではない。 私は間違いなく恵まれていた。 だからこそ、ずっと気づかなかったのだと思う。 組織に所属している間は、仕事があった。 役割があった。 肩書があった。 毎月給料が振り込まれた。 だから、 「自分は何を持っている人なのか」 を、それほど真剣に考えなくても生きてこられた。 日本経済の「失われた30年」の中を、 私は正社員として、それなりに安定して生きていた。 でも53歳になって振り返ると、 私自身もまた、別の意味で何かを失っていたような気がする。 それは給料ではない。 出世でもない。 たぶん、 自分は何になりたいのかを考え、自分の専門性を自分でつくる時間。 だったのかもしれない。 30年遅れて、今それをやっている最近、人材開発や組織開発、教育設計について学んでいる。 面白い。 ものすごく面白い。 本を読んでいても、講義を受けていても、実際の仕事をしていても、 「ああ、私はこういうことを考えるのが好きだったんだ」 と思うことが増えた。 同時に、悔しくなる。 もっと早く知りたかった。 30代で知っていたら。 せめて40代で気づいていたら。 今ごろどこまで行けていただろう。 立派な学歴があるわけでもない。 MBAもない。 英語も話せない。 地方に住んでいる。 そんな「持っていないもの」を並べて、 「今さら無理だよな」 と思うこともある。 でも最近、それをやめようと思い始めた。 私は53歳。 人生100年なら、まだ47年ある。 あのとき衝撃を受けた「60歳から40年」は、もうすぐ目の前に来る。 だったら今度は、 誰かに与えられたキャリアではなく、 自分で選んだものを、自分の専門性として積み上げてみたい。 30年遅かった。 その悔しさは、たぶん消えない。 でも、 30年遅かったことと、今から始められないことは、別の話だ。 「失われた30年」を正社員として生きた私は、 53歳になってようやく、 自分のキャリアを自分でつくろうとしている。 52歳で独立し、これからの仕事をもう一度選び直している途中です。 このマガジンでは、仕事、お金、独立、その先のキャリアについて、現在進行形で書いています。 フリーランスになる前に知っておきたかったこと|國井華子|現場が動き出す教育設計|noteフリーランスになる前に、 これを知っていたらよかったと思うことを、 少しずつ言葉にしています。 答えより、構造を考えるたnote.com

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お金になる仕事を続けるか、昔からやりたかった仕事を選ぶか—53歳、フリーランスの現在地

最近、ちょっと怖い選択をしようとしています。 今の私には、すでにお金になる仕事があります。 それなのに、まだ十分にお金になるかどうかもわからない仕事を、これからの自分の本筋にしようとしています。 53歳。 我ながら、なかなか怖いことをしているなと思います。 29年勤めた組織を辞めて、VAになった私は日本赤十字社に29年間勤めたあと、VA(バーチャルアシスタント)として独立しました。 オンラインで個人事業主や法人の仕事を支える仕事です。 会社員時代とは、まったく違う世界でした。 オンラインツールを覚え、業務を整理し、仕組みをつくる。 動画を編集したり、コミュニティを運営したり、講座の運営を支えたり。 できることはどんどん増えていきました。 ありがたいことに、仕事もいただけるようになりました。 このままVAとして進む道も、もちろんあります。 もっとスキルを磨く。 単価を上げる。 仕事を増やす。 チームをつくる。 自分がやってきたことを誰かに教える。 お金のことだけを考えれば、VA街道をそのまま走っていた方がよかったのかもしれません。 少なくとも、今より先は見えやすかったと思います。 でも、仕事を続けているうちに、少しずつ気になることが出てきました。 「この作業、そもそも必要なのかな」 「この人にしかわからない状態にしておいて大丈夫なんだろうか」 「毎回ここでつまずくなら、人に頑張ってもらうより仕組みを変えた方がいいんじゃないか」 頼まれた作業そのものより、その前後にある構造の方が気になる。 誰が、いつ、何をして、どこで困るのか。 どうすれば、人が頑張り続けなくても仕事が回るのか。 そんなことばかり考えるようになりました。 VAという仕事をしたからこそ、自分は「作業をすること」よりも、その後ろにある仕組みを考えることが好きなのだと気づいたのかもしれません。 そして、教育設計に出会ったそんな中で、研修の仕事をする機会が少しずつ増えてきました。 同時に、インストラクショナルデザインという「教育設計」の考え方を学び始めました。 研修というと、以前の私は、 何を話すか。 どんなスライドをつくるか。 どうしたらわかりやすく伝えられるか。 そんなことを考えていました。 でも、教育設計を学び始めると、その前に考えることがたくさんあると知りました。 そもそも、この職場では何が問題なんだろう。 これは本当に研修で解決できる問題なんだろうか。 本人が知らないからできないのか。 知っているけれど、できない理由が別にあるのか。 そして、研修が終わったあと、現場で何が変われば「研修をやった意味があった」と言えるのか。 私は、こういうことを考えるのが思っていた以上に面白い。 最近は、研修そのものをつくること以上に、その前後を考えている時間の方が長いくらいです。 そしてあるとき、ふと思いました。 あれ。これ、最近見つけた仕事じゃないのかもしれない。 そういえば、ずっと「教育」が気になっていた日本赤十字社では、その多くを血液センターのMRとして過ごしました。 全国の血液センターに同じ仕事をしているMRがいて、年に何度か会議や研修で集まるのが当たり前でした。 他県の取り組みを知ったり、 「うちではこうしている」と情報交換したりする。 私は、そういう場が結構好きでした。 そして、全国のMRを統括する本社の仕事にも興味がありました。 中でも、MRの「教育」はずっと気になるテーマでした。 どうやってMRを育てるのか。 何を共通して身につけてもらうのか。 地域による違いがある中で、どうやって全体の質を上げていくのか。 考えてみれば、MRになった頃から興味があったことです。 ただ、私自身は長い間、かなりの「一匹狼」でした。 自分で考えて、自分で動く。 誰かを育てたり、チームをマネジメントしたりする立場ではありませんでした。 そんな私に、退職する前年に、初めて部下ができました。 人に仕事を教える。 任せる。 うまくいかなければ、どこでつまずいているのかを考える。 そこで初めて、 自分ができることと、人ができるようになることは全然違う ということを実感しました。 当時は、これらをひとつながりのものとして考えてはいませんでした。 全国のMRと関わっていたこと。 本社の仕事に惹かれていたこと。 教育に興味があったこと。 初めて部下を持ったこと。 VAとして独立したこと。 そして今、教育設計を学んでいること。 全部、別々の出来事だと思っていました。 でも最近になって、それが少しずつ一本の線に見えるようになってきました。 もしかすると私はずっと、 人が力を発揮できるように、仕事や学びの仕組みを整えること に興味があったのかもしれません。 ただ、それに名前をつけられなかっただけなのだと思います。 だからといって、簡単に進めるわけではないだったら、やりたい仕事が見つかってよかったね。 ……で終われれば、とてもきれいな話です。 でも、現実はそんなにきれいではありません。 今の私には、VAとして積み上げてきたものがあります。 身につけたスキルがある。 実績もある。 仕事を頼んでくれる人もいる。 一方、教育設計や、人と組織の課題を整理する仕事は、まだ始めたばかりです。 これがこれから十分な収入になる保証なんて、どこにもありません。 53歳です。 生活もあります。 これから働ける時間だって無限ではありません。 「やりたいことが見つかったんだから、やればいい」 そんなに簡単な話ではない。 すでにお金になるとわかっている道をそのまま進むのではなく、まだお金になるかわからない方へ軸足を移す。 これは、結構怖いです。 フリーランスになって知った「自由」会社員だった頃、「フリーランス=自由」というイメージがありました。 実際、自由です。 でも、その自由は思っていたものと少し違いました。 会社が次の異動先を決めてくれるわけではない。 誰かが「次はこの仕事をしなさい」と言ってくれるわけでもない。 自分で、 これから何を仕事にするのか を決めなければならない。 そして、何をやるかを選ぶということは、 何をやらないかも、自分で決めるということです。 お金になるとわかっている仕事を続けるのか。 まだどうなるかわからなくても、自分がずっと気になっていた仕事の方へ行ってみるのか。 選べるということは、思っていたよりずっと怖い。 でも、それも含めてフリーランスの醍醐味なのかもしれません。 53歳、まだ途中キャリアって、まったく新しい「やりたいこと」を探すことだけではないのかもしれません。 昔から、なぜか気になっていたこと。 頼まれていないのに考えてしまったこと。 「こんな仕事をする人って面白そうだな」と思ったこと。 仕事にはならなかったけれど、ずっと興味が消えなかったこと。 そういうものが、自分のキャリアの中に点々と残っている。 その点が、20年、30年経ってからつながることもあるのかもしれません。 私の場合は、VAという一見まったく違う仕事も、その点のひとつだったように思います。 遠回りだったのかどうかは、まだわかりません。 教育設計を本筋にしようとしている今の選択が正しいのかどうかも、わかりません。 たぶん、何年か経たないと答えは出ない。 それでも最近、 初めてやっているはずなのに、どこか初めてではない感じがする。 そんな仕事に出会いました。 53歳になって見つけたと思っていた仕事は、 もしかすると、ずっと前からやりたかった仕事だったのかもしれません。 怖いけれど、少しずつそちらへ軸足を移してみようと思っています。 53歳。 フリーランスになって、まだ途中です。 このnoteでは、29年勤めた組織を離れて独立したあとに考えたこと、仕事のつくり方、働き方について書いています。 同じテーマの記事は、マガジン「フリーランスになる前に知っておきたかったこと」にまとめています。 ▶︎ マガジンを読む フリーランスになる前に知っておきたかったこと|國井華子|現場が動き出す教育設計|noteフリーランスになる前に、 これを知っていたらよかったと思うことを、 少しずつ言葉にしています。 答えより、構造を考えるたnote.com

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「自由」の正体ー自分を雇う難しさー

「雇われる安心より、自分で立つ面白さを。」これPodcastで毎朝話している定型文なのですが。 威勢よく30年勤めた職場を辞めてみたけれど、今、ものすごくリアルな壁にぶつかっています。 一言でいうと、「自分一人で頑張っているうちは、結局会社員時代とあんまり変わらないんじゃないか?」っていうこと。 52歳で独立した私の、ちょっとお恥ずかしい「想定の甘さ」の告白です。 自由と引き換えにやってきた「一人総務部」 フリーランスになって、時間は確かに自由になりました。 朝、何時に起きてもいいし、パジャマのまま仕事したっていい。交通渋滞とも無縁。 これは本当に最高だなって思うんです。 でもね、その自由と引き換えにやってきたのが、膨大な「名もなき事務作業」でした。 会社にいた頃、総務の人たちが当たり前のようにやってくれていたこと。お金の計算、スケジュールの調整、備品の買い出し……。 当時は「直接利益を生まない部署」なんて見方もあったけれど、とんでもない。 自分で全部やるようになってみて、そのありがたさに、もう辟易するほど気づかされています。今の私は、社長であり、営業であり、そして何より、自分自身の「総務」として、分からないことだらけの作業に追われていて。 東京・丸の内で、ふと我に返る 昨年はマイクロ法人の設立であちこち動いていましたが、ちょっとした珍事件がありました。 私のオフィスはバーチャル・オフィスなので東京の中央区にあるんですが、郵便物の不在票を巡って、たまたま上京したタイミングで東京駅前の「KITTE」まで荷物を取りに行ったんです。 あの大きな郵便局のカウンターで荷物を受け取りながら、ふと思っちゃったんですよね。 「私、秋田から出てきて、一体何やってるんだろう……?」って(笑)。 確定申告も4回目だし分かってるつもりだったけど、法人の手続きとか、国とのやり取りとか。次に何をすればいいか分からないもどかしさ。このストレスって、結構なもの。 昔、定年後の先輩たちが書類の手続きでバタバタしていたのを他人事として聞いていたけど、今まさにその渦中にいるのは私自身でした。 結局、場所を変えて自分を雇ってるだけ 結局ね、一人会社の社長って、自分で自分を雇っているのと同じなんですよね。 ここに留まっている限りは、実は会社を辞めた「本当の旨味」って、まだ得られていないんじゃないかな……。最近、そんなことに気づいちゃったんです。 もちろん、新しいことが次々降ってくる今は、楽しいっちゃ楽しい。 でも、これが一生続くのかと思うと、ちょっと大丈夫かなって不安もよぎる。 今の私の課題は、この「何でも自分でやる」っていうフェーズをどうやって打破していくか。 ただの労働力として自分を使うんじゃなくて、どうやって次のステージへ、本来やりたかった「自分という本業」に集中できる環境を作っていくか。そこに注力しなきゃいけないんだなって、身に染みて感じています。 勢いだけでここまで来たけれど 決めたら勢いで進んじゃうタイプなので、やってみてから「やばい!」って気づくことばかり。今回もそう。 でも、この「あ、これじゃないかも」っていう体感こそが、私の財産になるはず。 自立の面白さを噛み締めつつ、この「一人総務部」の壁をどう乗り越えていこうか。 52歳の試行錯誤は、まだまだ続きそうです。 これから「自由」を目指す人へ、私からのアドバイス もし、今これを読んでいる方の中に「これからフリーになろう」と思っている人がいたら、これだけは伝えておきたいんです。 それは、「事務作業や雑務にかかるエネルギーを、最初から見積もっておくこと」。 独立すると、自分の専門スキルを活かして稼ぐことばかりに目が向きがちです。でも実際は、それと同じくらい「自分という会社を維持するコスト」……つまり、慣れない書類仕事や細かい調整に、脳のメモリーをゴリゴリと削られます。 私は勢いで飛び出して、「あ、総務部がいない!」って現場で立ち尽くして初めて気づきました(笑)。 だから、最初から「全部自分一人で完璧にやる」と思わないこと。 早い段階で、ツールを使いこなすとか、誰かの力を借りるとか。自分をただの「労働力」として使い切ってしまわないための準備を、起業の準備と同じくらい大切にしてほしいなと思います。 ……なんて、ここまで書いてきて、自分自身でツッコミを入れてしまいました。 「それ、まさに私がやろうとしているバーチャルアシスタント(VA)を雇うべき案件じゃない!」って。 自分がその「痛み」を身をもって体験しているからこそ、断言できます。 忙しいリーダーが、本来の使命に集中するために。 私も、自分自身の「総務部」をどう作っていくか、ここからが本当の正念場になりそうです。 会社員の「枠」を飛び出し、自分という本業を生きるために。 スキルを学ぶ前にまずやるべきは、「会社員マインド」を脱ぎ捨てて、プロのサポーターとしての視点を持つことです。 あなたのこれまでのキャリアがどう武器に変わるのか? まずは無料診断で、自分の「変換ポイント」を確かめてみませんか? ▶︎ 自己実現のための第一歩「無料診断」を受ける Leading Career Works組織のルールから⾃分⾃⾝の「⾃⼰実現」へlp.leading-career-works.com

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第2章 環境依存マインドはどこで作られるのか

「環境依存マインド」と聞くと、 少し強い言葉に感じるかもしれません。 でもこれは、 誰かを否定するための言葉ではありません。 むしろ私は、 とても自然で、合理的な状態だと思っています。 なぜなら、 私たちは無意識のうちに 「環境に適応する力」を使って生きてきたからです。

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